第五・五章 : やきもち妹とシスコン馬鹿
第58話「妹が好きな彼の悩み」
「ごめんごめん!ちょっと遅れたわ〜」
「あっ、ミラナ!お兄たん!おかえり〜」
「おお、ただいまと、話しかければおかえりと。答える妹のあたたかさ。妹枕に頭乗せ、妹布団に寝たいこの頃。字余り、」
「な、何?それ、?」
「姉妹丼を食べたいなという話だ」
「そんな食べ物あるの、?」
「今度食べさせてあげよう」
「ほんと!?」
「なんか凄い話してるけど大丈夫そ?」
エルマンノとオリーブが話す中、ネラが引き気味に割って入る。が、それ以上に。
「なっ!?ネ、ネラ、、さっき、コンロを任せたと言ったよな、?」
「ん?うん。言ったね」
「任せてとも言ってたよな」
「言ったっしょ?」
「ならあれはどういうことだ!?」
エルマンノは驚愕しコンロを指差す。なんという事でしょう。何とそこには、焦げまくった肉と野菜が。いや、黒い何かがあった。
「あわたたっ!あっりゃぁ、これやっば。で、でも何か黒い食べ物とかバズりそうじゃね?」
「強引なマーケティングだな。というか、改めてバズって言葉がある事に驚きだ」
「まあ、見た目は二の次っしょ!味よ味!」
「ギャルが言わなそうな事を平然と言うな?」
ネラは冷や汗をかきながらコンロに戻ってその暗黒物質をトングで取ると、エルマンノの皿に乗せる。
「何故俺の皿に?」
「やっぱり初めては、、兄ちゃんにもらってほしくて、」
「っ!?」
エルマンノはネラの、顔を赤らめ俯き気味に放ったそれに衝撃を受け吹き飛ばされながら、目つきを変える。
「任せろ。ネラの初めて。美味しくいただきます」
エルマンノはそう告げ暗黒物質を持ち上げる。うーん、これは。
「癌になる」
だが、これは妹が焼いてくれたもの。これで癌が出来ても、それは妹癌である。自身の体の中で、お兄ちゃん細胞を妹癌が包み込み、妹癌が増えて蝕まれるのも、それはそれでアリだ。
ー妹、待っていてくれ。俺も時期に妹になるー
エルマンノは意味の分からない事を強く考えその物質をいただく。
「ぐしゃぐしゅぐしょ」
「な、なんか食べ物の咀嚼音や無いんやけど、、ほ、ほんま大丈夫、?」
「お、お兄たん、?」
皆は心配そうに覗き込む。と、そののち。
「とってもおいしいです」
それが、彼の最後の言葉だった。
「お兄たーんっ!?」
ああ。妹が空から舞い降りる。そんな光景が目の前に広がる。もう、疲れたよ。これで、妹と同化出来るかな。
「お兄たん!」「あんちゃん!?しっかりしてーや!」
エルマンノは妹に包まれながら天国へと進んでいく。それを必死で止めるオリーブとミラナ。そんな中。
「あっべ〜、、やっぱこれ流石にキチかったかぁ、、今度はちゃんと見てないと駄目かなぁ、」
「おいちょっと待て。ちゃんと見て無かったのか、?」
「あ、戻って来た」
「いやぁ、なんてーか、、その、お話の役割に回ってたんよ。ソフィとも話したかったしさ」
「その本人は、?」
「寝てる〜」
「ソフィの口にそれを押し込んでおいてくれ」
「おっけ〜!」
エルマンノは淡々とそう告げながらネラを見据える。あれは良くあるバーベキューで自分から焼くと言い出しながらお話を優先して途中から焼かなくなる人だ、と。
「...?チェスタ。どうした、顔が引き攣ってるぞ」
「引き攣ってません。引いてるんです」
「俺そんな引く様なことしました、?」
「それで自覚が無いなら病院に行った方がいいと思います。今度変態さんを受け入れてくれるところ、探しておきます」
「優しいんだな」
「え、あんちゃんは今回に限ってはなんも変やなくない?」
「今回に限っては?」
「なんでそんな不思議そうなん、?あんちゃん、」
チェスタとの距離を感じながら、ふとコンロの方へと視線を戻す。すると、オリーブが悲しそうにそれを見据えていた。
「黒焦げ、」
「怖いか?」
「可哀想、」
「そう言われてるぞネラ」
「えっ、どしたん?」
エルマンノの放った言葉にネラが振り返ると、そこには。
「っ」
ホラー映画の様な風景が映し出されていた。
「なんだ、?あれは、」
「ん?」
振り返ったネラの後ろには、ソフィの口から黒いものが溢れ出る、恐怖映像が映っていた。
「なっ、何しとーと!?勿体無いやん!」
「でもあれもう食べるのキツいて」
「ネラがやったんだろ、」
「えぇっ、これも捨てると!?」
ミラナはネラの反応と、彼女がこちらに戻りコンロの暗黒物質をトングで取り始めた事により驚愕の表情を浮かべる。と、次の瞬間。
「ぐしゃむしょぐしょ」
「なっ!?」
「えぇっ!?大丈夫!?」
なんとミラナはむしゃむしゃとその暗黒物質を食し始めた。
「おいしいか、?」
「おいしいか言われるとムズイなぁ」
「そんな気を遣わなくていいと思うが」
「そ、そんなん食べたらマジ死ぬって!じっ、自分で言うのは何だけど」
エルマンノが質問し、ネラが慌てて止めようとする。それにミラナは勿体無いと首を振る。
「別に生やと危ないやろ?やったらこんくらいが丁度ええんとちゃう?」
「生が好きな人も多いだろ」
「男の子は生好きだよねぇ」
「そっちの話をしてるんじゃない」
「ビールの話だけど?」
「それ男の子限定じゃないだろ」
「あっちの方も男の子に限った話じゃないよ、?」
仄かに顔を赤らめ放つネラに、エルマンノは「おお、」と呟き震える。と。
「生演奏とかの話だな?」
「あっちゃぁ〜、バレたかぁ」
エルマンノはネラに確認をする。と、対するミラナが改める。
「それにや。お焦げって美味いやろ?やけん、別に体に悪いもんやないと思うと!」
「美味いものって体に悪く無いか?」
「ほ、ほんまやっ!?」
エルマンノの指摘に再確認するミラナ。
「やけど、大事な食料なんは変わらへん!大切なエネルギーよ。食べへんと良かなか!」
「凄い執念だな、」
「うっ、グッ、うぐ、あぐっ」
そんな会話をしている中、ふとソフィの方から声が聞こえる。
「なんかうなされてるぞ」
「ど、どないしたんやろ、、嫌な事でもあったんかな、?」
「だ、大丈夫、?」
「というよりあれ窒息じゃね?」
エルマンノとミラナ、オリーブが放つ中、ネラがさらっととんでもない事を放つ。なら助けてあげろと言わんばかりにチェスタがジト目を向けた。すると。
「んっ、んぐっ!ぐがっ!」
「おお、起きたか。おはようソフィ。お兄ちゃんだぞ」
「へ、?な、え?」
ソフィの口から暗黒物質を取り除こうと歩みを進めると、それと同時に彼女は目覚めそれを反射的に食べる。
「あ」
「ん、、うぅ、、あ〜、、ね、寝てたかぁ、、っ!うっ、うぐっ!?」
どうやら少し遅れて味覚が脳に到達したらしい。ソフィは驚愕に目を見開くと。
「おぼろろろろろろろろろ」
「だっ!?大丈夫かソフィ!?」
なんと、そこには妹の体を通過した先程の暗黒物質が。妹を通した。それを聞くと心が躍るものの、残念ながらそこまでハードな性癖は無かった様だ。エルマンノもまたあと一歩で同じ事になりそうであった。
「う、、うぇぇ、」
それから十分後。真っ白になったソフィは椅子にもたれながら空を見上げていた。
「大丈夫か、?落ち着いたか?」
「ん、、あ、あんがとぉ〜」
エルマンノは水をソフィに手渡しすると、隣の椅子に座った。ちなみに掃除の方は魔法で完璧である。森を汚すわけにはいかないからな。
「んっ、んっ、、はぁ、、うっぷ、、私どれくらい寝てた、?」
「そんなに長く無いぞ。十分くらいか、、だから別にまだ寝ててもいいんだぞ」
「でもぉ、、せっかくみんなで飲みに来てんだからさぁ。もっと楽しみたいじゃぁ〜んっ」
「飲みに来てるわけじゃないけどな」
エルマンノはそう口にしながら、ソフィがこうなった原因は我々にあると遠い目をして思った。
「ここからどうする?誰か焼きたい人とかおる?」
「ウチはパス!」
「知っとるで〜。チェスタも、やってみる?」
「う、、うん、」
「あ、私も焼いてみたい!」
どうやら皆で誰が焼くかを考えているようだ。そうだ、確かにバーベキューは皆でやってこそ。焼き専門の人が居るのは良くあるが、やはり妹バーベキュー。みんながみんな取り合ってやるくらいが丁度いい。そして。
『おっ、お兄ちゃんに食べさせるのは私なんだからっ!』
『いえっ!お兄様のお口に合ったお肉を焼けるのはわたくしだけでしてよっ!』
『そんなの求めてないって〜。兄ちゃんは私の膝の上で食べるのが好きなんだから〜』
「ぐへへ、」
そんなシチュエーションを求む。エルマンノはウキウキで妹お肉アンド野菜を頬張るべく待機する。
「ソフィは行かないのか?」
「行ける様に見える〜?」
「無理だな」
「なら聞かないで〜、」
「その代わりにお兄ちゃんとお話でもしていよう」
「阿保か!そんなんしたら吐くわ」
「もう掃除は勘弁してくれ」
エルマンノはニヤニヤと微笑みながらそう返す。
「それじゃあバーベキューもラストスパートやけん!みんなでじゃんじゃん焼くで〜。準備してーやぁ」
「あっ!うん!」
「オッケ〜!」
そんな最中、バーベキューも終わりに差し掛かり、肉や野菜、そして魚を焼き始める。ちょっと待て。魚?
「お、おい、何故ここに魚が、?」
「焼き魚はタンパク質が多く摂れるんに飽和脂肪酸が少ない!そしてビタミンB群が全盛りで、エネルギー産生栄養素を多く摂取出来ると!」
「そ、そういう話をしてるんじゃなくてだな、」
エルマンノはミラナが焼き始めているのを見て小さく呟く。
と、その瞬間。
「ギグルルゥゥゥゥゥゥ」
「ふぇっ!?な、何!?」
「ひっ」
「んっ!?」
オリーブとチェスタの脅えた様子に、エルマンノは目の色を変えて振り返る。なんと、奥から魔獣が数体、ゆっくりと迫ってきたのだ。
「クソッ!こんな夢の様な妹イベントッ!邪魔させてたまるか!」
エルマンノは炎の魔法を構えてその魔獣に向かう。が、その瞬間。
「スラッシュストライクブレーカー」
「「「「「っ」」」」」」
突如そんな掛け声と共に、瞬時に十何体と居た魔物を退治した。
そこに、居たのは。
「と、父さん!?」
「ははは。こう見えても、冒険者だからな。現役の」
「息子にいい顔をしたいのは分かるけど、そんな無茶しないでね、エルが真似しちゃう」
「もう真似しまくってるだろ?」
「だからです!」
父はそう声高らかに笑う。それに凄い凄いと、チェスタやミラナ、オリーブが寄る。それにいやいやと、ニヤニヤとしながら父は頭に手をやる。いや、あれは息子にいい顔では無く、女の子にいい顔したいからだろう。
「めっちゃカッコいいッス!どうやったんスか!?」
「おおっ」
ミラナを始めとし、皆が父に向かって身を乗り出す。それに父は目を見開いたのち、ニッと微笑んで告げた。
「まあ?魔法を使用しながらの剣捌きだ。どうやると言っても、これは経験だな!」
「すっ、凄い!お兄たんのお父さん強いんだね!」
父の発言にオリーブが元気にはしゃぐ。そんなにヨイショしないでくれ。父が天狗になって物干し竿と化するぞ。と、思った。その瞬間。
「グゥゥゥゥ」
「おっ」
またもや魔獣が現れる。それに、父が待ってましたと言わんばかりに振り返る。が。
「また来たんか、ほんましつこいなぁ。ほな、あたしが次行ってもいいッスか?」
「ん、?あ、あぁ。だが、無理はするなよ?直ぐに助けにーー」
「とぉうりゃ!」
「「「「「っ」」」」」
エルマンノや母、父も含め、その場の全員が目を見開く。父が言い終わるよりも前に、ミラナはその魔獣を華麗に殴りで倒した。
「おおっ!魔獣の感触はこんな感じなんやね、、身体能力アップの魔法を使って直接攻撃すれば、案外なんとかなるんやなぁ、、お父さんありがとうございます!お陰であたしにも出来ました!」
「え、お、おぉ、、そ、そうか、それは良かった!」
父は驚愕しながら半ばヤケクソに笑う。忘れていた。オリーブとミラナはフィジカルお化けだった。このくらいの魔獣ならなんなら素手でいけるだろう。それにチェスタは引いている様子だった、が。
「どうや!?チェスタ!何が来ても大丈夫やで!お姉ちゃんが守っちゃる!」
「っ、、あ、ありがとう、」
どこか、尊敬も感じる瞳であった。それにエルマンノは小さく微笑むと、対するミラナもまた恥ずかしいのか、そのまま肉を焼き始めた。すると、対するオリーブは。
「あ、あのっ、お兄たんのお父さん、、は、初めましてっ!オ、オリーブっていいます、」
「可愛い子猫ちゃんだな。初めまして、エルマンノの父です」
「猫じゃなくて狐なんだけどな、」
「はじめまして!」
「この子よ。前に話した、可愛らしい獣族の女の子って」
「ああ、って事は君が」
「は、はいっ!レイラさんもこんにちは!」
「えぇっ!?どうして私の名前を!?」
「お兄たんに聞いたのっ!」
「あら、そうだったの?」
「お兄たん、?」
「っ」
オリーブの方ではなんととんでもない話が始まろうとしていた。オリーブの口にしたその名を、小さく呟いてこちらに視線を送る父にエルマンノは震えながら、聞かないフリを貫くため体の向きを戻す。
「それはお前の性癖か?」
「とくしゅせーへき、?」
「オリーブちゃんといったな、、大丈夫か?言わされてるんだろ、?」
「え?」
「助けて欲しい時は遠慮せず言うんだぞ」
「だっ、大丈夫ですっ!お兄たんが助けてくれるから!」
「っ」
「前来た時も言ってたのよ?お兄ちゃんは私を救ってくれた、凄い人だから。大丈夫だって」
「え、」
母から放たれたその事実に、エルマンノは目を見開く。前来た時、というのは、恐らくソフィの件があった時だろう。その時にオリーブは、そんな事を。
恐らく、励まそうとしてくれていたのだろうか。エルマンノは今になってそれを知り、目の奥が熱くなる。
「そうか、お兄ちゃんは凄い人なのか」
「うん!」
「凄い人以外に何かあるか?お兄たんはどんな人か、お父さんにも教えてくれ」
「なっ」
父が詮索しようと口を開くと、エルマンノは冷や汗混じりに振り返る。すると。
「お兄たんはっ、えっと、私が触ると変な声が出てっ、えと、私が使ったスプーン食べちゃったり、なんか、変な、感じ、?」
「それは変じゃなくて変態って言うんだ」
「あっ、そうそう!みんな変態って言ってる!」
「俺を殺してくれ」
エルマンノは目の前で繰り広げられる地獄の会話を耳にしながらそう呟く。と、対する父は、目の前のオリーブにそうかと小さく笑いながらしゃがみ、近づく、と。
「ん、?こ、この匂いは、、どこかで、」
「え、?」
「っ、そうだ、、これは確か、前に家で嗅いだ事がある、、だが、それとはまた違う、、まさか、あの時家に上げていたのは一人じゃないということか、?」
「人の匂いを嗅ぐのはやめなさい」
「嗅いでない。香ってきたんだ」
父の驚愕の言葉にオリーブは首を傾げ、エルマンノはジト目を向ける。女性の匂いならば瞬時に理解出来てしまう父。どうやら獣族はここにも居た様だ。
これが自分の父親と思われたくは無いと息を吐く。エルマンノが言えた事では無いが。
「あのっ、えとっ、それよりっ、お父さんも、、色々な魔法、使えるの?」
「おお。見るか?」
魔獣を退治するために何故か残ろうとしている父の魔法に興味のあるオリーブは、改めて問う。そして、その最中。
「兄ちゃんのお母さん。いえ、お母様!これから、よろしくお願いしますっ!」
「えっ、どうしたの突然っ」
「ウチ、これからその、兄ちゃ、、いえ、エルマンノに、お世話になるかもなんで!」
「えっ、あっ、もしかしてそういう、?」
「は、はい、、その、今度、お出かけするんですけど、何か、好きなものとか、あるんですかね、?」
対するネラは、母と何やら相談している。母は顔を赤らめながらニヤニヤとしており、なんだか楽しそうだ。ソフィはいつもの様に野次を飛ばしながら酒を口にし肉を食らう。そんな一同を見据え、エルマンノは微笑む。
これこれ。これこそ、妹だ。やっと両親と妹達をこうして会わせる事が出来て、親公認(?)となった。やはり、こうして家族で居るのが、一番の喜び。このまま一緒に住んでいいよとか言われたら、あんな事やこんな事。妹としたかった事を沢山出来るかもしれない。例えばドライヤー待ちの喧嘩。トイレ待ちの喧嘩。服を一緒に洗う事への嫌悪の喧嘩。部屋に間違って入って、丁度一人作業中で色々あって喧嘩。うーん。どれもこれも捨てがたい。なんか喧嘩してばっかりだな。だが、それでいい。
エルマンノはニヤニヤとしながら妄想を膨らませていた。
「ん、この肉美味いな。やっぱ焼き方か、」
ミラナが焼いてくれた肉を頬張りながら、今度はミラナを頬張りたいくらいだ。そんなゲスな事を考えていると、ふと。
「に、兄ちゃん、」
「ん、?どうした、?」
「今度、出かけるって言ってたじゃん?」
「ああ、そうだな。いつにする?」
「ま、まあ、ウチは、、別にいつでもいいんだけど、さ、」
「そうなのか?うーん、そうだな、、なら、来週にしないか?」
「え、、ら、来週の、、いつ、?」
「そうだな、」
エルマンノはふと考える。来週、といったら、クリスマスの時期だ。確かに妹とクリスマスの夜を過ごす。そんなシチュエーションを逃すわけにはいかない。だが、ネラと二人となると、別日の方がいいのだろうか。そんな事を考えながらネラを見据えると。
「...?ど、どした、ん、?」
なんだか今にも爆発しそうなくらい顔が赤い。なんと珍しい。エルマンノはあの花火大会の日を思い出し、悩む。どうするべきか。と、考えたのち、改めて告げる。
「その、、俺は、二二から二五まで問題ないが、、どこが良い?」
「っ!」
なんと腰抜けな。ネラに委ねるなんて。最初にいつでも良いと言っていたでは無いか。だが、エルマンノが決めるには中々ハードルが高いものであるのも事実だ。そう考えていると。
「じ、じゃあさ、、二四行かん、?」
「クリスマスイブか、、ああ。じゃあ、二四にするか。時間は、いつがいい?」
「いつでも、、いいけど、?」
「なら朝十一時に、迎えに行く」
「っ、、わ、分かった、、待ってる、」
「ああ。まあ、その前に会うと思うけどな」
「そ、そだね、」
エルマンノはそう微笑んでミラナ達の方へと向かう。そんな中、ネラは振り返った先で顔を手で押さえる。
ーやった!マ!?二四マ!?マジ最高じゃんっ、やっば、、こ、これって、、ふふっ、どうしよっ、何着てこうかなー
ネラは顔を真っ赤にしてそんな事を考え、改めてエルマンノを遠目で見据え息を吐く。きっと、自分の事は妹としか見ていないのだろう。いや、それが彼にとって一番なのだ。それは分かっている。それでも。
ー好きー
その気持ちは、どうしようもない。ネラは唇を噛みながらも、改めて元気にミラナ達と合流するのだった。
☆
その後はとても家族バーベキューの様なものであったため、エルマンノの心は浄化された。妹達と、母と父。皆でバーベキューとは最高のシチュエーション。とは言え、親が居るから静かに。なんて事も無く、エルマンノは片付けの際も妹達が使った皿。通称妹皿を持ち上げ。
『舐めます』
『聖騎士さ〜んっ!』
『わ、悪かった、』
実行に移そうとしたものの、チェスタに声を上げられ、流石に母の視線が怖かったためスッと皿を戻した。我ながら臆病である。誠に遺憾である。今度は全員を呼んでバーベキューをしたい。ミラナとも約束したのだ。エルマンノはそんな未来を想像しながらニヤニヤと微笑む。すると。
「何ニヤニヤしてるんですか、?気持ち悪いです」
「それはいつもだろ?」
「なら捕まってください」
「ニヤニヤすると捕まるのか、?」
「ニヤニヤの方じゃなくて気持ち悪いの方です」
「罪名は一体何だ、」
「変態さんの思考がもう少し変わればこんな事言わないですよ」
翌日。エルマンノはバイトのあるミラナの代わりにチェスタの送り迎えをしていた。久々のバイトである。ミラナは少しシフトの数を減らして、体を大切にしている様だ。
「...き、昨日、」
「ん?昨日?ああ、楽しかったな、バーベキュー」
「は、はい、、それより、お姉ちゃんと、何話してたんですか、?」
「ん?何の事だ?」
「昨日、お姉ちゃん泣いてたの知ってます、、何があったんですか、?」
「っ、、や、やっぱり、妹は騙せないな、」
エルマンノは気づいていたのか、と。そう思いながら、施設に向かう道でチェスタに告げる。
「まあ、大丈夫だ。気にしなくていい、、ただ、、ユナの事で、ちょっとな、」
「...」
エルマンノが少し視線を落として告げたのち、「でも大丈夫だぞ」と自信げに付け足し放つと、チェスタは少し目を細めたのち、施設に到着する。
「そ、それでは、」
「ああ。待ってるぞ」
「待ってないでください」
「えぇ」
エルマンノはそう優しく告げるものの、チェスタに一刀両断される。それに悲しげに声を漏らすエルマンノを背に、チェスタは表情を曇らせた。
☆
その日の夕方。今度はお迎えである。エルマンノは五分前あたりにエルフラム施設を訪れると、ゾロゾロと出入り口から現れる子供たちにビンゴ、と。ガッツポーズをする。と、その時。
「あ、お兄様。こんにちは!」
「っ!?」
なんと、ヒルデが居た。それに、エルマンノは歯嚙みしながらも。
「こんにちはヒルデさんっ!」
「えぇっ、そ、そんなっ、やめてくださいよっ!頭上げてください、」
エルマンノは深く頭を下げた。そう、もう彼には敵わないと。情け無いが身体がそう実感したのだ。以前の様子と、心の余裕に。だが、しかし。それを認めてはいるものの腹立たしい。
「く、悔しいですが、、貴方が、兄です。俺より一つ上の」
「ど、どういう事ですか、?」
エルマンノが拳を握りしめながらも真剣に放つ中、ヒルデは首を傾げる。と。
「そ、それよりその、お兄様、何か、あったんでしょうか?」
「な、何か、とは、?」
突如ヒルデの口から放たれたそれに、エルマンノは首を傾げる。
「昨日、休んだじゃないですか、」
「ああ、」
そういえば、昨日は一昨日の事があったため施設を休んだと聞いた。よく考えると施設を休んでバーベキューしてたのか、と。エルマンノは遠い目をしながら苦笑を浮かべる。
「それにその、、チェスタちゃん、今日一日なんだか悩んでる様子だったんです、、確かに、いつも色々悩んでる様子ですけど、今日はちょっと違くて、」
「詳しく聞かせてもらおうか」
エルマンノは木の魔法で椅子を作ると、平然と施設の前で座り、同じく座るかとヒルデに促した。
「え、い、いいんですか、?」
「立ち話もなんだ。座ってしよう」
「は、はい」
大掛かりなそれにヒルデは驚きながらも座る。よし、共犯が増えたな。エルマンノは下衆に微笑んだのち、目つきを変えて改めて放つ。
「それで、、どうしたんだ、?」
「あ、は、はい、その、チェスタちゃんとは、ちゃんと話せてはいないんですけどね、、でも、いつも以上に上の空といいますか、だから、気になったんです。昨日休んでましたし、どこか具合が悪いのか、、それとも、何かあったのか、と、」
「...」
その話に、エルマンノは顎に手をやり悩む。休んでバーベキューした事は置いておいて、昨日のあれでミラナとのモヤモヤは晴れた筈である。実際、パーティをした時や、バーベキュー中は楽しそうであった。ならば、どこで、と。そう考えたその時。
『お姉ちゃん泣いてたの知ってます』
「あの事かなぁ、」
エルマンノは小さくぼやいた。すると。
「あ、あの事、、何か、心当たりがあるんですか、?もし、よろしければ、俺も力に、」
「いや、そこまで頼むわけにはいかない。これは、兄妹の話なんだ。だから、心配してくれるのは嬉しいが、ここは任せてくれ」
「そ、そう、、ですか、?」
「ああ。寧ろ、ありがとう。学校で、チェスタを守ってくれてるんだよな、」
「っ、、そんなの、、全然ですよ、」
「?」
エルマンノが優しく告げると、ヒルデは目を逸らす。
「チェスタが、、笑顔には、なってないですから、」
「笑顔に、?」
「俺、前も言いましたけど、ずっと何もしてあげられて無かったんです」
その一言にエルマンノは目を見開く。そういえば、以前もそう言っていた。あの時は自分の事で精一杯だったため何も言えなかったため、彼は本気で悩んでいる様だ。
「ヒルデ、」
「お兄様が言うように、確かにああやってチェスタちゃんの事悪く言う人に怒ってますけど、、まずそれがいいとも、言えないんですよ、」
「...まあ、確かに、、それによって調子乗ってるとか、悪化する可能性も、、あるもんな、」
「そうなんです、、それに、この間の様にしていたら、それはただ力によって言いくるめてるだけな気がして、、それが、俺は嫌なんですよ。だから、基本的には強くは言いませんし、あの時みたいによっぽどの事や、目の前で起こった時を除いては、チェスタちゃんと裏で話を聞いたりしてるだけなんです」
「そうか」
「それが、、嫌なんです、、裏で話してる自分も嫌になります。表だと、白い目で見られそうとか、色々、自分を守るために考えてしまってると思って、、最低ですよね、口では大きな事言ってるのに、実際は助けてあげられてないんですから、、お兄様とは大違い、ですよ、」
「...いや、チェスタは嬉しがってるよ」
「えっ」
エルマンノはあの時のチェスタの様子を思い返し、悔しいながらも事実を告げる。
「きっと、ヒルデのお陰で、この施設に通えてるんだと思う。色々あって、悩んで。それでもこの場所に来れるのは、やっぱ大きな存在が居るからだと思うし、実際に、救われてるんだよ。陰で気にかけてくれる嬉しさ。きっと人前では相談も口を開く事も難しいだろ。その場の空気。それに恐怖してるのはチェスタも同じだ。だからこそ、人目につかないところで話を聞いてくれるヒルデが、有難くて、凄く心の拠り所になってるんじゃ無いかって、俺は思うよ」
「そ、それでも、」
「大丈夫だ。いじめがあった時にチェスタをそいつらから遠ざけたり、守ったりするのは兄の役目だ。ヒルデは、チェスタの話を聞いて、寄り添ってあげて欲しい。悔しいが、チェスタはヒルデのことを話してる時は凄く元気に、楽しそうに話すんだ」
「えっ」
「あんなにお兄ちゃんが好きだった妹が、他の男に顔赤らめてるんだぞ?だから、安心してくれ。チェスタは、その寄り添いを求めてるんだ。ヒルデのことを大切に思ってる。俺だってそうだ。妹の大切は、俺の大切だからな」
「お兄様、」
「お兄様やめろ?」
エルマンノはそうツッコんだのち、改める。
「まあ、だからこそ、巻き込めない事もあるんだ。だから、安心してくれ。チェスタの悩みは、俺がなんとかする。俺は馬鹿だからな。だから、どんな方法を使うか分からない。自分でも怖い。それで、チェスタを傷つけてしまう時も、あるかもしれない」
「え、」
「だから、ヒルデはそんな事になったチェスタを、優しく受け入れて抱きしめてあげられる様な、そんな存在でいてくれ」
「そ、そう、ですかね、」
「ああ。自信持って大丈夫だ。寧ろ、持ってくれ。チェスタは俺じゃなくてヒルデに顔を赤らめたんだ。信用もしてるだろう。そんな奴が、不安がってたら、張り合いないだろ?」
「っ」
「チェスタを支えられるのはヒルデしか居ないんだから。支えてあげてくれ。それをするのは兄でも姉でもない。彼女の大好きな、存在だ」
「っ!」
エルマンノはそこまで告げたのち、ヤバいなと口を噤む。チェスタの気持ちを把握する前にここまで告げてしまった。それに、ヒルデがチェスタをどう思っているのかも分からないのに。と、そんな事を悩んでいると。
ヒルデは一瞬顔を赤らめ驚き、その後少し嬉しそうに微笑んだのち、だがと。何かを察して寂しそうな表情をしたのち微笑んだ。
「そう、ですよね、、ありがとうございます!どんな、形であれ、俺を頼ってくれてるって事ですもんね、、それを、無下には出来ません」
「っ」
おお、そちらで受け取ってくれたか、と。エルマンノは内心ホッとする。最近の小学生はマセていると聞いたが、そういう純粋なところもあるのだろう。
「お兄様、本当に、ありがとうございます」
「だからお兄様やめろ?」
「ふふっ、いえ。お兄様ですよ。チェスタちゃんの、立派な」
「っ、そ、そうか?」
寂しそうに笑うチェスタにエルマンノはニヤニヤとしながらそう返したのち、真剣な表情で告げる。
「ま、もしチェスタに舐めた様な事言ってる奴が居たら言ってくれ。靴の裏にウンコでもつけてやる。妹を舐めていいのは、兄だけだからな」
「変な意味に聞こえるんでやめてください」
「ん?おおっ、チェスタ!」
「誰ですか」
「お兄ちゃんだぞ」
「誰ですか」
「知らないおじさんとお話しちゃ駄目って教わらなかったか?」
「じゃあ話しません」
「してるじゃ無いか」
エルマンノは顔を赤くして割って入ったチェスタにそう口にすると、対する彼女は知らない人のフリをしようとしながら、近づかないでくださいと言わんばかりの表情を浮かべる。
「ごっ、ごめん、ね、ヒルデくん、」
「う、ううん、、大丈夫だよ。寧ろ俺が引き止めちゃってたからさ。こちらこそ、ごめんね、」
「そ、そんな事ないよっ」
チェスタはそう放ったのち、エルマンノに一度キッと。鋭い視線を送る。おお、何だか妹っぽい。この感じもまたアリだ。エルマンノはニヤリと微笑む。
「まあ、立ち話もなんだから、座って話してたんだ。寧ろこちらこそ悪いな。引き止めてしまって」
「いえっ!今日は親が来るの遅くなるみたいなのでっ!全然大丈夫ですよ!寧ろ寂しいので嬉しかったです。椅子、ありがとうございました」
「いや。大丈夫だ。俺が座りたかっただけだ」
エルマンノはさらっと最低な事を話しながら、ふと考える。これは、以前も覚えた違和感だ。
「それよりも、今日親が遅くなるなら、なんでここに居たんだ、?」
「まあ、お話したかったからですよ」
エルマンノの問いに、ヒルデは微笑む。その様子に、エルマンノはチェスタの様子がおかしかった事を相談したかったのかと思い出して納得し、微笑み返す。それと共に、それに気づけなかった自分に呆れる。
と、そののち、チェスタに視線を向ける。
「なんですか?」
「お兄ちゃんの上に座るか?」
「...」
「お、おいっ、ちょ、先に帰らないでくれっ!」
「知らないおじさんと話さないので」
「おじさんじゃないお兄ちゃんだ!」
エルマンノはそう声を上げながら、耳を恥ずかしさから真っ赤にするチェスタを追う。そんな姿を、ヒルデは優しく見つめながら、どこか寂しそうに小さく微笑んだのだった。
☆
「え、えーっと、わ、悪かった、」
「...具体的にはどこですか?」
「椅子出して対談とか、、施設の前で恥ずかしいよな、」
「分かっていてやってたんですか、?」
「羞恥プレイってやつだ」
「変態さんですね。通報します」
「通報しないでくれ。どうせするならその前に妹養分を吸わせてください。無実で捕まるのは嫌だ」
「...」
「...?」
「...醜い、」
「最近の小学生は語彙が達者ですね、」
「小学生ってなんですか」
エルマンノが苦笑を浮かべて放つと、チェスタは呆れた様に息を吐く。と、そののち。ふと、チェスタの方から口を開く。
「それで、、その、昨日、何話してたんですか、?」
「ん?あ、ああ、朝のやつか、よく覚えてたな、」
「はい。それしか考えて無かったです」
ーや、やっぱりそうだったのかー
エルマンノはそう考えながら、息を吐くと、意を決して告げた。
「まあ、朝話した内容と同じで、ユナの事だ。ユナが居なくなって、やっぱり、寂しいんだ、、ミラナは。でも、もう家族なんだからって。そう伝えた。ミラナも、何と無く分かってた事だ。だから、安心してくれ。もし何かあっても、お兄ちゃんが何とかしてみせるよ」
「やっぱり、、そう、ですよね、」
「え、」
ふと、チェスタは低く呟くと、そののち。
「分かってたんです、、分かってたのに、ひくっ」
「っ、ど、どうした!?」
突如チェスタは泣き出し、俯く。それにエルマンノは慌てて駆け寄ると、振り返って告げた。
「やっぱり、、お姉ちゃんは、、ユナの事しか見てないんだっ」
「っ」
掠れた声で放ったそれに、エルマンノは険しい表情を浮かべた。
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