第55話「悲しみの終点へ」
「アリア!オリーブ!待ったか!?」
「あ、お兄たん!だ、大丈夫だった、?」
「ああ、大丈夫だ。ただ取りに行っただけだからな」
「そ、そうなの、?」
「取りにって、、何を?」
フレデリカの実験室を後にしたのち、合流したエルマンノは、彼の表情を見て不安げなオリーブの隣で首を傾げるアリアに、手に持っていた「それ」を手渡す。
「な、何これ、毛、?」
「あっ、これって私達の毛?」
「ああ、その通りだオリーブ。獣族の毛だ。モフモフで、しかも美少女のだ。ここポイントな?まあ、以前この村の復旧作業の時いっぱい貰ったのがあったから、それを持って来たんだ」
「へぇ、、で?これがどういう事なの?」
「これでマフラーを作っていただけないかと思いまして」
「えぇっ!?何で突然!?」
「ミラナが寒そうだったからな」
「そ、そんな理由で、?それ、今やらなきゃいけないの、?」
「ああ。縫い物経験があるアリアが頼りだ。頼む」
「えぇ、、てかっ、マフラーは縫い物じゃ無くて編み物じゃんっ!」
「器用に手を使う点は基礎として同じだろ?」
「えぇ、」
エルマンノが真剣に放つと、アリアは腑に落ちない様子で声を漏らす。と、そこにオリーブが割って入る。
「ねぇねぇっ!わ、私はっ、、何か、、出来ること、」
「ああ、オリーブもアリアと一緒にマフラーを頼む。両端から真ん中に向かってく感じで」
エルマンノはそう言うと、民家の方から編み物道具を用意してもらい、互いに始めるよう促しそれを見据えた。
「おお、、なんか、ポッキーゲームみたいでえっちだな」
「どっ、どゆことっ!?」
「ポッキー、ゲーム、?な、何?それ」
「オリーブちゃんは聞かなくていいから!きっとマルじゃ無くて濁点の方だから!」
「ポッキーを知らないと下ネタに聞こえるのか、?それともアリアが汚れているのか、?」
「えっ!?何っ、私汚れてるって言われた!?」
エルマンノが悶々としながらそう口にする中、ふと周りを見渡し疑問を投げかける。
「そ、それよりも、ネラはどうしたんだ、?」
「あっ、あのねっ、ネラは、何か確認したいことがって言ってた!」
「確認したいこと、?」
オリーブの返しに首を傾げると、ふと、後ろにいたチェスタが袖を引っ張る。
「おうふっ!」
「へ、、な、何ですか変態さん、」
「いや、袖を引っ張られるなんて、ほっぺを引っ張られるくらいの感覚だから、ついな」
「変態さんは服にまで神経が通ってるんですか、?」
「ああ、服含め性感帯だ」
「せ、せーかんたい、?」
「おぉっ、年齢一桁妹にそういう言葉を言わせるなんてっ!」
「エルマンノ!通報するよ!」
「あー、、それはやめてくれ、」
エルマンノはアリアのみならず、その奥のお爺ちゃんやお婆ちゃんの視線が冷たいことに気づき目を逸らす。すると。
「エ、エルマンノさん、、その、私にも、手伝える事って、」
「そうだなぁ、、もう既に色々やってくれたのは事実だが、」
エルマンノはそう口にしながら悩んだのち、笑みを浮かべ改める。
「じゃあ、マフラーが出来るまでの間、俺とお話ししてくれないか?」
「え、、な、何でですか?」
「妹とのお話しはモチベに繋がるからな」
「何の話しようとしてるのエルマンノ!」
「別に変な話をするつもりはない。ただの雑な雑談だ」
「ほんとですか、?」
「...まあな、、本当の事を言うと、俺も、、ちょっと怖いんだ」
「「「っ」」」
エルマンノは震えた自分の手を見て呟く。それにその場の皆が目を見開く中、エルマンノは続ける。
「だから、、気を紛らわせてくれないか?」
「っ、、は、はいっ、!分かりましたっ!」
「じゃあまずは、スリーサイズから教えてもらえるか?」
「通報しますよ?」
「こういうインタビューは、最初にそういうものを聞くもんなんだ。大丈夫?緊張してる?」
「はぁ、、本当に聖騎士に突き出してやるから」
「っ!」「あ、フレデリカ!」「師匠!」
突如、エルマンノとチェスタの会話に割って入る形で、フレデリカが放った。
「どうして、」
「馬鹿、、ほんと、分かりやす過ぎ」
「...や、やっぱバレてましたか、、ほんと、妹に嘘は通じないなぁ、」
「...どうせ、新薬を渡しても渡さなくてもするんでしょ?なら、新薬を渡した方がいい。そう、思っただけ」
「そうか、、ありがとな、フレデリカ」
エルマンノは、フレデリカの言葉に目の奥が熱くなる。それと共に、親への対応含めて、みんなへ心配をかけている自分の不甲斐無さに息を吐きかけたものの、それを抑える様に微笑み改める。
「やっぱ、フレデリカはツンデレだなぁ」
「うっさい全部捨てるよ?」
「勿体無い。せめてフレデリカのを俺に飲ませてくれ」
「それわざと言ってる?」
恐らく新薬であろうポーションが多く入った箱を地面に置いて息を吐く。
「...これ、、相当あるんじゃないか、?」
「十はあるね」
「いいのか、?せっかく、、頑張って作ってたんだろ、?」
「別に、前にも言ったけど、新薬を作る際のノウハウをマニュアル化しようとしてたの。そっちの方が重要だから、これはそのための実験台。この複製を全て渡すわけじゃないから」
「と、言うことは、、これを飲んだ後の保証は出来ないという事か、」
「いや、全部私で試してるから。大丈夫だけど」
「なっ!?という事はっ!?フレデリカと間接キッ!」
「口つけて無いし、体にかけただけだから」
「お、お身体に、?」
「師匠、それ多分逆効果だよ、」
「クッ、抜かった、」
「抜くなら手じゃ無くて、俺のーーごふっ!?」
「貴方がチェスタちゃん?」
「え!?あ、はい!」
「こいつから話は聞いてる。私はフレデリカ。よろしくね」
「は、はいっ!お、お綺麗ですね、」
「ありがとう、、それより、一緒にこいつを聖騎士のところまで連れて行くの、手伝ってくれる?」
「はい!」
「そんな元気に答えないでくれ、」
エルマンノはフレデリカに頭を殴られたのち、そこを押さえながら顔を上げる。と。
「それよりも、それ、相当重かったんじゃないか、?」
「それを一人で持っていく羽目になったんだけど」
「お、俺のせいでは無いと主張したいが、」
「それよりもこれを飲むネラはどこ?」
「ああ、ネラなら、何かを確認するって、」
「何か?」
「ん?うっは〜!?なんこれっ、なんかみんな揃ってどしたん!?クラブってる的な?」
「噂をすれば」
フレデリカと話す中、ふと帰って来たネラが一同を見て目を見開く。
「あっ、フレデリカちゃんお疲れ様ですっ!」
「ん。それよりも、何しに行ってたの?」
「あっ、実は転移魔法について、改めて確認してきたんだけどさ」
フレデリカの促しにネラは目つきを変えて答えると、家から持って来たであろう転移魔法の本を開く。
「他の生き物の精神を生き物に移す方法は、自分の精神を移動出来る人なら不可能では無いっぽいんだよね。まあ、十分ももたないのは変わらないけど」
「そうか、なら、」
「でも、ちょっと問題あってさ。転移魔法を第三者がするとなると、魔力のズレを正確にしないといけないんよ」
「ど、どういうことだ、?」
「つまり、それぞれの魔力を正確に受け止めて、それを移動させないといけないって事?」
「そそそ!まあ、なんつーか、極力精神を移動する本人と、移動先の人の二人だけにして欲しいんよね。それに、その二人はなるべくくっついてて欲しいって言うか、、もし他の人が近くに居ると、最悪精神移動の対象になって、下手すると近くに居ただけなのに精神に異常をきたす事になるかも、」
「と、、言う事は、」
「他の人達は近寄れないかな」
その話を受け、エルマンノとフレデリカは表情を曇らす。即ち、サポート出来る人間が近くに居る事が出来ないという事である。
「ま、まあ、、なんとかなる、、そう、信じるしか無いな、」
「...」
冷や汗混じりに笑うエルマンノに、フレデリカは目を細めて見据える。すると、ネラが改めて口を開く。
「それよか、フレデリカちゃんも協力してくれる的な?」
「まあ、私は手を貸せないけど。魔薬を貸す事は出来るから」
「いや、寧ろサポートが近くに入れない中魔薬は大活躍だ。助かる」
「あ〜、だからこんなに」
「悪いが、、ネラ。これを、飲んでくれないか?」
「こ、これ全部?」
「ああ。お兄ちゃんのを、全部、飲んでくれ」
「うん、分かった、、全部、、飲むね、」
「いや全部飲まないでくれない?」
「「え?」」
エルマンノとネラがそれぞれ顔を赤らめ謎会話をする中、フレデリカが呆れ気味に割って入る。
「最大でも五本。いくら体に影響出ない新薬でも、連続摂取は毒だから。それと、最低でも間に一分は開けること」
「最大で五本なのに十本も持って来てくれたのか?」
「念の為持って来たの。来る途中で落とさない可能性もないでしょ」
「流石フレデリカだな。だが、それは飲めって意味だ」
「じゃあ捨ててくる」
「おいっ!悪かった!勿体無いからやめてくれ!フレデリカの試作品だろ!?」
エルマンノが箱の中の新薬を捨てようと手を伸ばすフレデリカに声を上げると、そののち。フレデリカは息を吐いて、改めて作戦を把握するためにネラに寄る。その間、エルマンノはチェスタと夜という事もあり、少し大人な会話を。と思ったものの、村の人達含め通報の匂いがしたので留めた。
そして、チェスタと話しながら待つ事数分後。
「ア、アリア、、オリーブ、大丈夫か、?」
「う、あれ?どうなってるの、?これ、」
「お兄たん、、ごめん、、壊れちゃった、」
冷や汗混じりに様子を見に行くと、アリアは手に毛糸が絡まっており、オリーブに至っては棒針を折っていた。
「ま、マズいな、」
時間が無い。とは言え、色々と大変な事にはなっているものの、出来ていないわけでは無い。実際、三分の一くらいは完成している。だが。
ーこのままだと、ミラナがー
エルマンノは焦りを覚える。妹を急かすわけにはいかない。一生懸命に編み物をしているのだ。唆るな。だが、ミラナの方が危ない。ここから停留所までの道のりもあるが故に、エルマンノは冷や汗を流す。
「マズいな、、どうすれば、」
「どうしたのエルマンノ、、あ、え?もしかしてこれ待ちなの、?」
「ん?あ、ああ、、まあ、そう、だな、」
「えぇっ!?そんな重要だったの!?」
「ごめん、、あ、も、申し訳ございません、」
「いや、別に急かしてるわけじゃなくてだな、」
「でもそれなら無理だよ!普通マフラーとかって最低でも一週間くらいかかるでしょ!」
「なっ!?そ、そうなのか!?」
「え?知らんかったん?」
「な、ネラも知ってたのか、?」
「マフラー待ちなのは知らなかった」
「フレデリカもか?」
エルマンノは周りの皆が当たり前の様に頷く姿に驚愕する。と、フレデリカは続けて放った。
「それより、なんでマフラーが必要なの?」
「ネラに教えてもらったんだ。相当な魔力が必要だって。そして、回復を行う場合、精神移動する二人を同時に、同じ量の回復が必要になるって」
「い、言ったけど、それがどしたん、?」
「それが出来るのはこれしか無いんだ」
「ま、まさか、」
「ああ。獣族の毛は魔力を蓄える事が出来るんだ。そして、貯蔵した魔力を使用する事も出来る」
「っ!っていう事は、」
「ああ、そうだアリア。だからこそ、獣族の毛を持って来たんだ」
「それで?なんでマフラーなわけ?」
「それはお兄ちゃんの趣味です」
「なら無理に編まなくていいんじゃないの!?」
「いや、、それじゃなきゃ、駄目なんだ」
エルマンノはアリアの言葉に歯嚙みする。その様子に、皆が目を細めると。その時だった。
「なんだいなんだい。編み物の話かい?」
「っ!」
「あ!おにばあちゃっ!」
「そうだっ、おにばあさんっ!お願いがあります!」
「ん?どうしたんだい?というか、ばあさん言うんじゃないよ」
「以前、編み物が得意って、言ってましたよね?」
「ん?ああ、得意だよ。お、もしかして編ませてくれるのかい?」
「寧ろ、お願いします。セーターが二日で作れる貴方の力が必要なんです」
「よく覚えてるねぇ、あたしそんな事言ったかね」
「まあ、記憶力ですね」
「遠回しに記憶力が衰えてるって言うんじゃないよ!」
なんと、おにばあの参戦により、既に初めていたのも相まって五分とかからず終える事が出来た。
「す、凄い、」
「ふふん。どうよあたしの編み物の才能は」
「ほうほう、伊達に暇を持て余してないのぉ」
「なんか言ったかい?まるおじ」
「いえ、、何も、」
「ねぇ、兄ちゃん、この人達何話してるん?」
「ん?ああ、そういえば言葉違うんだったな」
「それ忘れる!?」
「多分エルマンノは勝手に翻訳してくれる魔法使ってるから」
「なんそれっ、めっちゃいいじゃん!」
「フレデリカは聞こえてるのか?」
「私を天才だと思わないで。魔薬の研究しかしてないから言語知識はゼロ」
「話せてるじゃないか」
「母国語だからね。それ舐めてる?」
「舐めて良いんですか?」
「はっ倒すよ?」
「エルマンノさん、何話してるんだい?」
「ああ、おにばあさん、、その、本当にありがとうございます。みんな、感謝してます」
「全然全然、まだいけるよ。他にもあったら言って。直ぐ編んじゃうから」
「ほんと、凄いな、、でもこれで、、いける、」
エルマンノは深く頭を下げながら感謝を告げると、出来上がったマフラーを見据える。
「ねぇエルマンノ、それなら、最初からお婆ちゃんに頼めば、」
「いや、妹の愛が大切なんだ。ありがとな、アリア、オリーブ」
「うん!」
「お婆ちゃんの混じってるけどね、」
「いや、愛が込もってるのには変わりない」
エルマンノは微笑みそのマフラーを手に取る。数十分で作ったのもあり見栄えは良くなかったが、しかし。
「うん、、あったかい、、大丈夫だ」
「チクチクして痛くない、?」
「ああ。俺はある程度チクチクしていた方が好きだ。全剃りもありなのはありだけどな」
「どこの話してるのぉ!?」
赤面するアリアにエルマンノはニヤリと微笑むと、そののち、優しく笑い付け足した。
「ああ。他のどのマフラーよりも、あったかいよ。妹達の想い。ちゃんと込められてる」
「「っ」」
エルマンノの言葉に二人が目を見開き微笑み合う中、彼は「よし」と。覚悟を決めた様子で頷くと、そのマフラーをアリアに向けて差し出した。
「え、?」
「悪い。これから、みんなの魔力を分けて欲しい。ここに、限界ギリギリまで、魔力を貯める」
「っ!あーねっ!」
「なるほどそういう事ねっ、分かった。任せて!」
「うん!分かった!」
「オリーブちゃん、魔力あるの?」
「あっ、そ、そか、」
「ありがとな。オリーブからは神様パワーを貰うとするよ」
「うんっ!お兄たん、絶対戻って来て。お祈り、してるからっ」
「ああ、頼んだ」
ネラとアリアが納得する中、オリーブの神様(天使の笑顔)パワーを貰ったエルマンノは微笑んだのち、「後は」と。少し悩んだものの、目つきを変えてソフィにもソナーを送った。
と、そんな中。一方のチェスタはふと、ハッとしたのち何かを思い出した様に外へと走り出した。その様子を、フレデリカは目を細め見据えると、同じく足を踏み出したのだった。
☆
「はぁ、はぁ、は、、はぁ、、と、とりあえず、、間に合ったな、」
「はぁ、はぁ、なんとかねぇ、、良かった、」
あれから十分後。前準備が終了したエルマンノとネラは、共に走って停留所に到着した。そののち、エルマンノは息を整えながら貼ってある時刻表に目をやる。
「ミラナが乗ってる電車は、、これか。だいたい五分後に来るっぽいな。先回りして正解だった。残りの停留所は、、二つか、」
「てか終点まで二十分も無いんだけど!?兄ちゃん大丈夫そ?」
「まあ、精神移動は十分ももたないんだ。その時間さえあれば十分だ」
「それもそっか」
エルマンノが小さく微笑み告げると、ネラもまた微笑み返す。と、少しの間ののち。ふとネラは一歩エルマンノに近づき、僅かに肩を触れさせる。
「おうふ、」
「肩も駄目なん?」
「肩も妹の一部です」
「あははっ、やっぱ変態だねぇ兄ちゃんは」
「シスコンと言ってくれ」
「...なんか、こうして夜で、無人の停留所に居るとさ。デートしてるみたいじゃん?」
「確かにな。デート帰りって、こんな感じなのかもな」
エルマンノにはそんな経験は無いので分からないが。
「デート帰りってか、夜はこれからっしょ?ならデートはこれからじゃね?その、、そういうことするんしょ?お持ち帰りとかしてさ」
「お持ち帰りって電車乗れなかったのを理由にするもんじゃないのか?」
「え、そうなん、?」
「エアプがバレてるぞ」
「う、、うっさいなぁ。今までそういう事無かったんだから、しゃーないじゃん!」
「なんかしまくってそうだが?」
「あっ、マジ心外っ!マジ病み〜、、つーか、前まではこんな見た目じゃ無かったし、、ウチみたいなんに近寄る奴居ないって」
「俺は近寄る部類に入ってないのか?」
「だから、、阿保だなって」
「ネラみたいな優しくて努力家で、可愛い子に近づくのが阿保なら、俺は大阿保でいいな」
「っ、、な、なんそれっ、、大馬鹿は聞いた事あるけど、大阿保って知らないんだけど、」
「確かに、何で無いんだろうな」
エルマンノは電車が来ないかを見据えながら、淡々と続ける。対するネラは、顔を真っ赤にしながら、更に近づく。
「近くないか?」
「心細い妹がくっつくの嫌?」
「大好きです」
「あははっ、ならいいじゃーんっ」
笑顔を浮かべるネラに、エルマンノは複雑な表情をしながらも微笑み返す。と、ネラは少しの間ののち歯嚙みした。
「...絶対、、死なせないから、」
「ああ。俺も、ネラを死なせたりなんかしない」
「ウチの事はいいからさ、、無理してでも、助けるから」
「なら、俺もネラの事無理してでも助ける」
「っ、、やめてよっ、!自分をっ、もっと、大切にしてよっ、!お願いだからっ」
「...」
涙を浮かべながら顔を上げ告げるネラに、エルマンノもまた唇を噛み苦しそうに目を逸らす。すると、その時。
「はぁ、はっ、はぁ!ま、間に合いましたっ、!エルマンノさんっ、!」
「ん?なっ、チェスタ!?何やってるんだ!?」
「え!?な、何してん!?」
背後から現れたチェスタに、エルマンノと、涙を袖で拭くネラは振り返る。
「何やってるんですかはこっちの台詞です、、何してたんですか、?暗いからって、襲ってたんですか?」
「断じて違うぞ」
「変態さんですね」
「だから違うぞ」
「それよりも、これを、、エルマンノさんに、」
「ん、?っ!これって、」
チェスタはそう言うと、怪しい入れ物を差し出した。それを知っているエルマンノは目を見開く。
「その、必要になるかもと、思いまして、、それに、その、手紙も一瞬に入ってます、」
「手紙?」
「っ、、ああ。ありがとう。きっと必要になる。ありがとな、、本当は、、チェスタも一緒に来て欲しいくらいなんだけどな、」
「チェスタちゃんの体で、転移魔法に耐え切れるとは思えないし、、ごめんだけどさ。チェスタちゃんはお留守番ね、?」
「はい、」
ネラに諭され残念そうに頷くチェスタ。と、その様子にエルマンノは口を開く。
「それよりも、夜の街を一人で歩くのは危険だぞ?」
「それは大丈夫。私が見てるから」
「おぉっ」
エルマンノの言葉に、背後からゆっくり現れたフレデリカが割って入る。が。
「もっと危険じゃないか、?」
「どういう意味?」
「フレデリカも新薬を作った偉人だし、誘拐されてもおかしく無いんじゃないかって話だ。それに、可愛いし」
「はぁ、私を誘拐なんて、物好きが居るとは思えないけど、」
「ここに居ますが」
「通報するよ?」
「というか、一回されかけてただろ、」
「あれは勧誘」
「危ない勧誘だな、」
エルマンノが息を吐いて微笑むと、その時、突如背後から眩い光が近づく。
「それより、来たみたいよ」
「っ!...よし、、ネラ。行くか」
「...ふぅ、、うん!もうしゃーない!なるようになるか!」
エルマンノとネラはそう笑い合いながら放つと、電車へと乗り込み振り返った。
「ありがとう、チェスタ。絶対、、ミラナを、目覚めさせる」
「はい、、お姉ちゃんをっ、よろしくお願いしますっ!」
「ああ。任せろ!」
エルマンノは手に持った入れ物を掲げそう告げる。と。
「絶対、帰って来て。まだ殴ってないんだから」
「ああ、、そういえば、そうだったな」
「ネラも。絶対」
「うん。分かってる、、あんがとね、」
エルマンノとネラは真剣にフレデリカに返すと、そのまま電車の奥へと足を進める。その様子を見据えながら、閉まっていく扉を前に、フレデリカとチェスタは共に拳を握りしめた。
☆
「っと、、ミラナー、、居るか〜」
「あ、、お兄ちゃん、、どこ行ったんかと、、思ったわ〜、」
「っ、、悪い。ちょっと、忘れ物を取りに行っててな」
奥の車両へと移動したエルマンノは、一番奥でミラナと再会する。どうやら、意識が戻った様だ。だが、先程よりも顔色が悪い。
「隣、、いいか?」
「ええよ〜、、全然」
エルマンノは隣に座ると、ミラナに寄る。有難いことに、終点が近いからか、この車両には我々以外乗っていなかった。
「ミラナ、大丈夫か?」
「うーん、、なんか、ほんま、ダルいかもしれへん、、ち、ちょっと待ってな?少し、、寝れば、大丈夫だと、、思うと、」
「そうか、、そういえばミラナ。寒いのは、大丈夫か?」
「ははっ、、めっちゃ寒いで〜」
力無く笑う顔色は、どんどんと青ざめており、血が通っている様に見えなくなっていった。これはマズいと。エルマンノは思いながら、手に持っていたマフラーを広げる。
「それ、マフラー、?」
「ああ。寒いって言ってたからな。それに、なんか俺も寒くなってきたし」
エルマンノもまた、体が震える。それはそうだ。ミラナに寄り添うのは、氷山に横たわっているかの様な感覚なのだ。それに耐えながら、エルマンノはマフラーをーー
ーーミラナの首から、自分の首へと伸ばして、二人で密着して巻いた。
「どうだ?くっついてれば、あったかいだろ?」
「あー、、うん、、めっちゃ、あったかいわ〜、、ありがとうな、、お兄ちゃん、」
「ああ、当たり前だ。妹達が手編みしたものだからな。何よりもあったかい筈だ」
「そうなんや〜、、なんか、、眠っちゃいそうやわ〜、」
トロンとした目で、ミラナはボソボソ口にする。それに、大丈夫だと優しく抱き寄せエルマンノは呟く。
「いいぞ。着いたら、お兄ちゃんが起こしてやるから」
「ほ、、ほんま、?マジ有難いわ〜、」
掠れた声で呟くと、そののち。
エルマンノの肩に、ミラナの頭が乗った。
「...大丈夫だ。絶対に、起こしてやる」
エルマンノは頭を撫でながら、彼もまた頭をつける。すると。
「なーんか、、お熱くて変な気分だなぁ」
「おお、えっちな気分か?」
「そういう意味じゃなくてさー。なんてーか、、その、複雑、」
エルマンノと同じ車両の前の席に座っていたネラが目を逸らしながら割って入ると、エルマンノはニヤニヤと返す。
「それよか、起きてる時に説得すれば良かったくない?」
「いや、多分またすぐに意識は無くなってた。限界の中話すくらいなら、ちゃんと頭に直接話した方がいいだろ?」
「文字だけ見たら相当パワーワードだね」
エルマンノがそう返すと、ネラはどこか苦しそうにしながらもそう口にした。
「じゃあ、、始めるよ」
「ああ。こっちも準備オッケーだ」
エルマンノは目つきを変えると、そのまま目を瞑り、ミラナを抱き寄せ更に頭をつける。そんな二人に、ネラは左手を前に出し、右手で隣に置いたポーションの栓を抜くと、そのまま口に流し込み放つ。
「転移魔法、起動っ!」
「クッ、うっ、!うぅあぁぁぁぁぁっ!」
「兄ちゃん!?大丈夫!?」
エルマンノはギュッと拳を握りしめて歯嚙みし声を上げると、それにネラは心配そうに手を止める。が、しかし。
「ああ、、はぁ、大丈夫だ。初めては痛いが、、少しすると慣れてくるって言うだろ?それと、はぁ、同じだ、」
「同じじゃないよ、」
エルマンノは苦しそうな笑顔で返す。それに、ネラは悩む素振りをしたものの、彼の覚悟を込めた双眸に息を吐き、改めて再開した。
「じゃあ、、慣れるまで耐えてっ!」
「ああっ、クッ、うっ、うあぁぁぁっ」
その瞬間、二人の周りに淡い緑色のオーラが現れ、包み込む。恐らく、マフラー内の回復魔法が放出したのだろう。それを確認しながら、転移を完遂させるためネラは更に集中する。
「はぁ!はぁ!クッ、うぅ!」
ネラもまた呻き声を上げる。前に出した左手は震え、ポーションを持っていた右手で頭を強く押さえた。
「...はぁ!はぁ!」
互いに限界を迎えそうになった、その時。
「クッ、、う、、すぅ、」
「っ」
エルマンノはカクンと。ミラナに体重をかけ眠りについた。それを見たネラは、息を吐く。
「と、、とりあえず、、はぁ、移動は、、出来たっぽいかな、」
そう掠れた声で呟くと、ネラは魔薬を取り出し、二本目を口にして、目つきを変えた。
「じゃあ、第二フェーズ、、いこっか!」
☆
「どこだ、、ここ、」
真っ暗の世界。エルマンノは独り、目を覚ます。
「...成功、、したのか、?」
エルマンノはその暗闇の中で立ち上がり周りを見渡す。終わりのない虚無。どこを見ても暗がり。これは。
「し、失敗か、?」
頭痛が酷い。目を開けているのもやっとだ。やはり、この体では耐えきれなかったのだろうか。エルマンノ独り、精神を置いていかれたと。この暗闇を見ると、そう察せざるを得なかった。
「はぁ、、クソッ、、クソッ!」
思わず地面の様な何かに殴りを入れる。
「何も、、何も出来なかった、、何一つとして、」
エルマンノは歯嚙みする。ミラナも取り戻せない。自身も消える。こんなの、誰も望んでいない結果ではないかと。悔しさから独りで声を荒げる。
と、その時。
「っ」
突如、薄らと壁の様なものが現れた。暗闇に目が慣れた様な。そんな感覚である。
「...こ、ここって、」
エルマンノはその壁に近づき、そこに耳をつける。すると。
「っ」
僅かに、声が聞こえたのだ。
それにまさかと。エルマンノはその壁を叩く。
「おいっ!誰か居るのかっ!?おい!返事してくれっ!」
「....の、」
「ん、?な、なんだ、?何かっ、言ってるのか!?」
「そこに、、誰か、居るの、?」
「っ」
僅かに聞こえたその声に、エルマンノは目を剥く。この声音。間違いない。ミラナである。
「ミラナッ!ミラナ居るのか!?」
「...え、お、お兄ちゃん、?」
「ああ!そうだ!俺だっ!エルマンノだ!お兄ちゃんだぞ!」
ドンドンと。ドアを叩く力を強め声を上げる。すると、ミラナは少しの間ののち、小さく告げた。
「...どうして、、ここに?」
「ミラナ、、迎えに来たんだ。帰ろう」
「...帰らんよ」
「えっ」
「い、言ったやろ、?もう、、帰りたく、ないんよ、」
「大丈夫だ、記憶は消されない。まだ、可能性はある!」
「そうじゃなか!」
「っ」
ミラナは、声を上げた。
「...あたしは、、このままじゃ、、いけないと、、あたしじゃ、、駄目なんよ、」
「駄目なんか、」
「...あたし、、チェスタの事大好きなんや、」
「っ」
対するミラナは、同じく壁に手を当て、口を開いた。
「...チェスタのお陰で、、何度も救われた、、あの子が居てくれたから、、生きとると、」
「...ミラナ、」
「あの日、、死のうと思った。みんな死んじゃって、、ユナも退院は叶わなくて、、あたしだけ生き残って、、そんなんもう、生きてる意味ないやん、」
「...」
「何回か考えとったよ。死ぬ方法、、どうしたらいいかなって、どうしたら、誰も傷つけずに消えれるかなって。そう考えとった」
ミラナはそこまで口にすると、少し間を開け俯き声を上げた。
「あたしが死んでも、誰も困らんやろ?家族もおらんし、引き取ってくれる人もおらん。なら、ええやんって。そう思ったと、」
「そんなっ!」
「でも、、でもね、一人いたんよ。いっつも浮かぶ、、チェスタの顔が」
「っ」
「チェスタも、、残された、、あたしみたいに、死のうと思ってたかもしれん、、けど、それでも、絶望しとったけど、それでも生きとったよ。チェスタは。それで、あたしが死んだら、それこそチェスタも死ぬしか無くなってしまう思うて。あたしは、チェスタを引き取って、親代わりになるって、決めたんや、」
「凄いな、、ミラナは、」
「凄くなんかなかとよ、、あたしは、一人じゃ死んどったもん。チェスタが居たから、"死ねなくなった"んよ」
「っ」
「でも、チェスタのお陰で、忘れられたのもある。あたしが辛い時、いっつもチェスタは助けてくれるんよ。まあ、何か対策を用意してくれるとかやないんやけどさ、、側に居るだけであたしは助けられて、、何気ない言葉で喜んで。あたしも、頑張らなあかんって、前を向けて、努力出来ると、」
「凄く、、分かるな、、俺も、いつも妹に気づかされてばかりだ」
エルマンノは、ミラナの言葉に強く頷きながら返す。
「だからさ、、チェスタの事、大好きなんよ。なんか、、おかしいよな、、妹やないのに、妹だと思って、、大好きって、」
「おかしくなんてない」
エルマンノはミラナの言葉を遮って告げたものの、少し考え目を逸らす。
「いや、、まあ、その、ずっとそう考えてたと言ったら、嘘になるかもしれない、」
「え、?」
「俺は、妹じゃないのに他人を妹にして、大切にしてる。そんな俺を、俺はおかしいと思ってるし、ヤバい奴だと自覚してる」
「じ、自覚しとるんか、」
「ああ。でもな、、ネラとの事で、少し変わったんだ」
「ネラさんとの事、?」
「ああ。ネラは家族との関係性に悩んでた。仲良くは無いし、ちゃんと自分を見てくれて無いって。そう言ってた」
エルマンノは、外で懸命に我々に転移魔法をかけてくれている彼女を思い浮かべながら口にする。
「その時、丁度フレデリカの家族との関係にも触れる機会があって。考えた。俺も、フレデリカも、ネラも。みんな、家族との関係は違う。家族の形なんて、一つじゃないんだって」
「ひ、一つじゃない、」
「ああ。だから、俺は本当の妹じゃ無くても、みんなを本当の妹だと思ってるし、家族だと思ってる。勿論、ミラナも、チェスタもだ」
「っ」
「だから、今はおかしいとは思わない。家族なんて、それぞれ違う形がある。ミラナがそう思うならそれが家族の形だ。他の考えなんて関係ない。俺は妹に認められてないのに、妹だって思ってるしな」
エルマンノは、相手には見えないものの笑みを浮かべる。それを、見えない筈だというのに受け取ったミラナは、しゃがみ込みながら小さく微笑む。と、そののち。
「そっか、、でも、なら分かるやろ、?あたしは、チェスタが大切で大切で、仕方ないんよ」
「ああ。分かってる」
「だからっ、あたしは戻るべきじゃないと!」
「それは、、チェスタがユナを望んでるからか?」
「っ、、そ、そうや、、チェスタの大切はユナで、、心の拠り所はユナなんよ、、あたしじゃない。あたしが演じるユナじゃ、不十分なんよ、、ユナじゃないと、、また、ユナを作り出さないと、、いけないんよ、」
「それをするために、入れ替わろうとしてるのか?」
「う、、そ、そうや、」
「自分の命を犠牲にしてまでか?」
「そっ、そうや!あたしはチェスタのお陰で救われたんや!一度死のうと思っとるけん、そんな事なんとも思わんよ!それに、それでユナという存在を取り戻せるなら、、チェスタに、喜んでもらえるなら、寧ろ、嬉しいんよ、」
「...そうは、思わないけどな」
「え、」
エルマンノは壁に腕をつけ、近づき告げる。
「チェスタは、本当にそれを望んでるのか?」
「そ、そんな事、」
「チェスタの送り迎え、させてくれてありがとな。とても、楽しかった」
「そ、そうやった、?な、なら、良かった、けど、、なんで今、?」
「その時、教えてもらったんだ。チェスタは、ミラナの無理をしている姿が、見ていて辛かったって」
「えっ」
「ミラナが辛そうだったから、辛かったんだ。ずっと、気にしてたみたいだ。これはチェスタのクラスメートから聞いた話だけどな。ずっと、悩んでる様子だったらしい。それは、ミラナと居る様になってからで、俺が来てからは無くなったって言ってた」
「そ、それは、あたしより、お兄ちゃんの方が、」
「そうじゃない。それとな、、その、ミラナがこういう状態だって、、実は、話したんだ」
「えっ、!」
「悪かった、、でも、その時も、誰よりも心配してた。ミラナを助けてって、俺に泣きついて来たんだぞ?それに、他の妹にも、深く頭下げて。いやぁ、ミラナにも見せたかったなぁ」
「え、、そ、そんな、だって、、え、」
「だから、チェスタはミラナが居なくなって何もいい事なんてない。寧ろ、チェスタはミラナが大好きだったんだ」
「そ、そんな事、」
「まあ、ツンデレだからなぁ。そういう素振りは見せないかもしれない。...それに、ミラナがユナのフリをしているのを、知ってたみたいなんだ。ミラナの事を思って本人には言って無かったみたいだが、その無理している様子が、心配だったんだろう。きっと、言葉では言わないが、"本当のミラナ"と一緒に居たいって。そう思ってた筈だ」
エルマンノはそこまで告げると、壁から手を離して笑みを浮かべる。
「だから、大丈夫だ。知らない内に、、ミラナがチェスタの心の拠り所に、なってたんだよ」
「っ」
エルマンノが、優しく告げると、それにミラナは息を飲んで蹲る。
「そっ、、そんなっ、、そんな事っ、全然っ、言ってくれんかった、」
「まあ、チェスタは無口だからな」
「そやけどっ、こんなっ、、もう、遅いと、」
「遅くなんてない。大丈夫だ。まだ助かる。ミラナがしっかり自分を取り戻せば、またーー」
「でもっ、そしたらユナがっ」
「それでも、、結局、ユナは戻らないんだぞ、?」
「っ」
エルマンノは、言うか悩んだものの、意を決して、目を逸らして放つ。
「もしミラナがユナになったとしても、それはミラナの考えたユナであって、ユナじゃない。チェスタはそんな事望んでないんだ、、チェスタは、ミラナと二人で、また、歩み直したいって、そう思ってーー」
エルマンノは歯嚙みしながらも、そう強く伝える。と、その瞬間。
ピシッと。エルマンノの目の前の壁に、ヒビが入り、刹那。
「でもっ、!ユナが居ないなんてっ、あたしっ、耐えきれんよっ!」
「っ」
壁の向こうから、恐らく壁に拳を打ちつけていたであろうミラナが現れ、エルマンノの胸の中に飛び込んで来た。
「...ミラナ、」
「あ、えっ、あ、、エルマンノさん、」
「...」
ミラナは焦っている様子だったが、エルマンノは先程の言葉を思い出し唇を噛む。すると、ミラナはパッと一度離れ、そののち、頭を押さえた。
「っ、ご、ごめん、、でも、やっぱあたし無理やわ、、ユナが居ない生活なんて、、考えられへん、」
「...」
エルマンノもまた歯嚙みして、頭を押さえた。何て声をかければ良い。妹を失った人相手に、妹が大好きな人間が、励ましなんて出来る筈ない。エルマンノも同じだから。この空間から、出られる筈がない。
「ミラナ、、分かる、、受け入れられないのも、、妹が居ない世界に意味なんてないって思う事も、分かる、、それでもっ」
「それでももなんもなか!あたしはっ、もうっ、生きてる意味なんて無いんよっ!」
「っ!」
ミラナがそう叫ぶと同時、二人の間にはまたもや壁が隔てられ、それに後退ったエルマンノの周りから、次々と壁が現れて彼もまた孤立させられる。
「クッ、、なんだっ、これっ!」
「かはっ!」
一方のネラもまた、何か大きなものに弾かれた様に吹き飛ばされ、車両の壁にもたれながら歯嚙みした。
「はぁ、、はぁ、クッ、兄ちゃん、、兄ちゃん、、絶対っ、、成功させてみせるっ、!」
ネラはクラクラとする視界の中、フレデリカから貰った新薬を飲み干していた事に気づいた。が、しかし。
「まだ、、まだっ、終わってないっ!」
ネラはそう覚悟を決めると、六本目の魔薬を、口に入れた。
「はぁっ、はぁ!兄ちゃんっ!絶対、戻ってっ、!来てっ!兄ちゃん!」
ネラは朦朧とした意識を懸命に繋ぎ、手を前に出すと、精神を集中させ声を上げた。
「クッ、ダメだっ、ビクともしない、」
対するエルマンノは周りに隔てられた壁を強く殴るものの、何も感触すら無く歯嚙みする。
「ミラナッ!ミラナッ、聞こえるか!?」
「もう出てって!」
「っ」
「あたしの頭からっ、、出てってよっ、!」
「クッ、」
その言葉に、エルマンノは一度歯嚙みしたものの、目つきを変え改める。
「悪い、、でも、それは出来ない」
「何でやっ!」
「俺は、妹を、愛してるからだ」
「は、?」
「ミラナは、俺の大切な妹だ。だから、ここで引くわけにはいかない」
「クッ、、そんなんお兄ちゃんの勝手やんか!あたしはっ!お兄ちゃんと一緒で、愛しとるんや!ユナをっ!ユナがっ、居ない世界なんて、、生きてても、何も意味ない、、どうせ死ぬんやったら、ユナの代わりになって、死にたいんよ、、だから、、もう、関わらんといてぇや、」
「それなら、チェスタはどうなるんだ」
「っ」
「チェスタも、大切な妹じゃないのか?」
「大切や、、やから、あたしが死んだら、、あの子が悲しむんよ、、やけん、あたしは死ぬけど、代わりを作るんよ。ただ、それだけ」
「チェスタは、そんな事望んで無い」
エルマンノは、そうかと。ミラナの本心を理解する。やはり、感情がごちゃごちゃだったのだ。チェスタの言う通り、ユナが恋しくて。大好きで、仕方なかったのだ。チェスタによって死ねなくなったそれを、理由付けして死ねる様にしただけの話だったのかもしれない。だが、それじゃあチェスタは何も救われない。
チェスタも、妹だから。彼女の願いも、叶えてみせる。
エルマンノはそう強く思いながらミラナに告げる。
「チェスタは、ユナのフリをしてるミラナが見ていて辛いと感じていた。ミラナが無理をしている姿が心配だった。チェスタは、"ミラナ"と過ごしたかった。そう思ってるチェスタにとって、ユナになる事は、何も良くなんて無い」
「は、、はは、、でもそれじゃあさ、」
「え、」
ふと、掠れた声でミラナは笑うと、そののち。
「あたしの心はっ!壊れたまんまやん!」
「っ!」
エルマンノは思わず後退り、頭を押さえた。
「ミラナ、」
「ユナッ、、ユナッ、、お姉ちゃん寂しいよっ、、もう一度、、会いたいよっ!なんでっ、何でこんなっ、どうしてあんなに元気で明るくて、優しい子がっ、死ななきゃいかんのよっ、!」
「...」
「もう一回っ、、もう一回ねぇねぇって、、呼んでよ、、お願い、、あたしのところに走って来て、、笑って今日のご飯何って、言ってよ、、お母さんのご飯の方が美味しいって、、あたしのご飯にケチつけてよ、、あたしの手を引っ張って、、公園に行ってまた遊んでよっ!」
「...」
「嫌や、、嫌やっ、!ユナッ、、ユナがおらへんやなんてっ、信じられへん、、あたしの時間は、、あれからずっと止まったままや、、うっ、うぅっ、!ユナァ、、ユナァ、、ユナがおらんと、、お姉ちゃん、、何も、出来ひんよ、」
エルマンノは声を上げ泣くミラナに、険しい表情で、拳を握りしめる。そうだ、その通りだと。エルマンノは言葉が出てこない。それに頷く事しか出来ない。ここから前を向けなんて、言える筈ない。ミラナにとって、ユナは全てだった。両親を同時に亡くし、唯一の家族であるユナ。彼女は、そんな環境の中、それでも明るく、ミラナを照らしてくれた。唯一の、心の拠り所だった。そんな大切な妹が、もう居ない。そんなの、耐え切れる筈ない。
「クッ、、うっ、ああぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「っ」
ふと、エルマンノは声を荒げ、拳を周りの壁の一つに打ち込んだ。
「ああ!そうだ、、進めないんだ、、失ったら、、それまでで、残された人はっ、何もっ、前なんて向けないんだ!」
「お兄ちゃんもそう思っとるやん!ならもうやめてよっ!なんでまだ居るの!?」
「前を向けなんて、、言えない。言える権利、俺にはない。それでも、、俺が言える事が、一つある」
「な、何や、」
「ユナは、ミラナに生きてて欲しいって、思ってるぞ」
「っ、、な、何や知った気になって!綺麗事とかやめてや!そんなん、、分かっとるよ、、それでもっ」
「そうじゃない。ユナは、もう、分かってたんだ」
「は、?」
エルマンノが壁を殴り続けながら強く、低く放つと、ミラナは目を丸くする。
「ユナは、、ミラナに、チェスタをお願いって、、そう、思ってるんだ」
「な、なんやそれっ、!そんなんっ、分かる筈ないやろ!この間っ、会ったばかりのっ、奴にっ!」
「ああ、分からない!出会ったばかりで、俺は特に馬鹿だ。だからこそ、こうして大切な妹を泣かせてしまった。何も考えてない。最低な兄だ!」
「なんやそれっ!先に謝って予防線張っとんかいな!馬鹿な事を免罪符に使っとんちゃうぞ!」
「ああ、そんなところも大嫌いだ。だから、俺は何も言わない。俺に、出来る事は何もない。俺だって、前に進めないから」
「気持ち分かる言いたいんか?なら、さっきの話はなんやっ」
「さっきのは説得じゃ無い。事実だ!」
「っ」
エルマンノは声を上げ続けながら、尚も拳を入れ続ける。
「無理に前に進む必要なんてない。忘れる事もしなくていい。笑顔を作らなくて良い」
「それならっ、そう言うんやったら、、ほっといてっ、」
ミラナは段々と声が掠れていく。すると、しゃがみ込んだミラナを、まるで飲み込む様に、その暗闇は腕を始めとして段々と取り込んでいく。
「うっ、クッ、なんやっ、これっ」
「っ、どっ、どうした!?大丈夫かミラナ!?」
「はは、、そっか、そうやな、、た、多分やけど、、もう、消えるんやな、、あたし、、ユナが、大きくなってきてるん分かる、」
「クッ、、ミラナッ!よく聞いてくれっ!俺は、ミラナの事、本当に妹だと思ってる!それは、ユナも一緒だ!ユナもっ、チェスタの事、本気で妹だとっ、思ってたんだ!」
「...」
エルマンノは、そう強く放ちながら、目の前の壁を力一杯に殴る。
「だからっ、ユナはっ、ミラナに、チェスタをお願いって、そう、残したんだ!」
「...の、残、した、?」
「ああ!そうだ!」
エルマンノはそう頷き拳を振るうと、目の前の壁に、僅かにヒビが入る。
「チェスタから全て聞いた!チェスタは、見つけたと言ってた。ユナの、大切なものをっ!ユナが残したものをっ!そしてそこにっ、書いてあったんだっ!チェスタに対して、ミラナを支えてあげてって。そして、ミラナにも、チェスタを救ってあげてって!」
「え、」
「ユナは、望んでたんだ。二人が、仲良く過ごす事をっ!」
「そ、そんな、」
その瞬間、その壁は崩壊し、続けてその後ろに立っていた壁を、エルマンノは殴る。
「俺は、何も言えない。だが、これだけは言えるっ!無理に頑張る必要ない。忘れる必要もないし、寂しさを誤魔化す必要もない。ただ、ミラナに出来る事はっ、なんだ!?」
「っ」
「俺には出来ない。ユナがして欲しいと願った、ミラナにしか出来ない事がっ、あるだろ!?」
「あ、あたしに、?」
「ああっ!ここで、終わりにして、本当にっ、いいのかよ!?」
エルマンノはそう告げながら殴りを続ける。一枚、また一枚。目の前に立ちはだかる壁を、壊しながら向かう。そして。
「ミラナの事を、必要としてる人が居る。そして、ユナはミラナにお願いしていた。それを残して、終わりにして、本当にいいのか!?」
その一言と共に、"最後の一枚"を破壊し、向こう側から光が差し込む。と、そこにはーー
「...お、お兄ちゃん、」
真っ白な世界に、ポツンと黒いシミが出来ており、そこに体の半分が飲み込まれた、ミラナが居た。そんな彼女に、エルマンノは近づき、しゃがみ込む。
「チェスタは、泣いてた」
「っ」
「ここに来る時、ミラナを心配して泣いてたんだ」
「...」
「チェスタを笑顔に出来るのは、俺でもユナでもない。ミラナしか居ないんだ。そして、ユナが望んだ事を、実現させる事が出来るのも、ミラナしか、居ないんだ」
「っ」
エルマンノは、優しく。だが、「どうする」と。決断を迫る様に手を差し出す。それに、ミラナは少し悩んだ。ユナは、もう戻らない。ユナの代わりになんて、なれっこない。ただ言い訳していただけだ。それは分かっていた。それをユナが望んでいないのも、分かっている。だが、辛いのだ。辛くてたまらない。息が出来ない。それでも。
また、チェスタの笑顔が、それを止めた。
「っ」
気づいた時には、エルマンノの手を、握っていた。
「はぁ、、なんや、これ、、ほんま、、また死ねんくなったわ、、責任、とってくれるんやろな?」
「っ、、ああ。当たり前だ。俺は、お兄ちゃんだぞ」
涙目のミラナに、エルマンノは心の奥から熱いものが込み上げ、鼻の奥がつんとなったものの、それを抑え"兄の表情"を作り、笑みを浮かべ彼女をーー
ーー引っ張り上げた。
「っと、」
「んしょ、」
「案外簡単に取れたな、」
「多分、、あたしの気持ちとリンクしとるから、」
「...そうか、」
エルマンノは、微笑んだ。まだ、白い世界には黒いシミが残ったままである。だが、それはもうミラナを飲み込もうとはしていなかった。それを見つめる中、ふと、ミラナが割って入る。
「それよか、ほんまなん?」
「ん?ああ、ユナの、事か?」
「そや。そんなん、見た事なかとよ?」
「それはそうだな、」
エルマンノは目を細めながら、小さく笑う。
「なら、一度目を覚さなきゃだな」
「えっ」
「まだ最後。大勝負が残ってる」
「大勝負?」
「ああ。ミラナが、目を覚ます事だ」
「っ」
「この世界は精神世界だから、"証拠"は持って来れない。だから、ミラナ」
エルマンノは真剣な表情で告げると、その瞬間。
「「っ!」」
突如、大きな揺れと共にバキバキと、白い世界に亀裂が入った。
「なんやっ!?」
「嘘だろっ、!」
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