第53話「兄失格」
彼女には、体温が無かった。
「嘘だろ、」
体重がほぼ無い少女の話もこんな始まり方だった様に思える。と、そんな事は今はどうでも良いと、エルマンノは目を細める。
「ど、どうしたの、?」
「これは、、風邪だな。やっぱり、完全に体が良くなってないみたいだ。昨日、はしゃぎ過ぎたからな。...今日は、ゆっくりしてた方がいいかもしれない」
「え、?わ、私、、病気、なん、?」
「大丈夫だ。安静にして寝てれば、元気になるよ」
「ほんま、?」
「ああ。本当だ。お兄ちゃんが保証しよう」
「お兄ちゃんの保証はそこまで信用出来るもんとちゃうよ?」
「そんな純粋な顔で言わないでくれ、、お兄ちゃん泣くぞ、?」
首を傾げるユナに、エルマンノは微笑んでそう放つ。これは、明らかに風邪では無い。そう思いながら、エルマンノは席を立った。
「え、エルマンノさん、?どうしたの?」
「ちょっとトイレだ」
「ちっちゃいほう?」
「大の方だ。時間かかるぞ」
「エルマンノさんうんちなんだ!」
「ああ。ペロに負けないくらいしてくるな」
エルマンノの答えにユナが無邪気に笑う。その姿に少し寂しげに微笑んだのち、そのまま部屋を出る。すると、その時。
「あ!エルマンノ!」
「お兄たんおはよー!今日も来たよ!」
「おお、、いいところに来たな」
「え?いいところ?」
「お、お兄たん、、どうしたの、?」
「ん?何かついてるか?」
「なんだか、、辛そう、」
「...ちょっと、ユナに顔を出す前に、一緒に来てくれるか?」
「「え?」」
エルマンノはそう告げると、二人を連れて受付に向かった。
「すみません。お忙しいところ」
「いえ、急に呼び出されてびっくりしましたよ」
「急ですみません」
「気にしてないですよ。そろそろお昼休憩にしようとしてたところですが」
「気にしてるじゃないですか。それよりお昼休憩早くないですか?まだ朝ご飯ですよ」
「予定があるんです。それより、どうかなされました?」
受付経由で担当医を呼び出すと、エルマンノは率直に告げる。
「すみません、、遅れたんですけど、ミラナの病状って、どの様なものなんですか、?」
「そうですねぇ、、それよりもまず、あなた方はミラナさんのお友達ですか?」
「兄です」「家族です!」「え、えぇ、」
迷いなきエルマンノとオリーブの返答にアリアが冷や汗をかきながらも、医師はそれを受け少し悩んだのち、告げる。
「では、、あの事故によって精神的に不安定になっているのも、、知ってますね?」
「はい、」
「それによって失った妹さんの代わりになろうとしてるんです。現在は、進行を遅らせるための魔素を与える事で耐えてはいますが、、このままだと、」
「最近寒いってユナ、、いや、ミラナは言ってるんです。何か、、関係が、?」
「寒い、、それは、、危険ですね、」
「「「っ」」」
医師の怪訝な表情に、皆は目を剥く。
「それって、、どういう事ですか、?」
「彼女の体では、それは耐えきれないという事です」
「えっ」
「存在しない存在を脳内で作り出して、それを自身の精神を壊して作り変えるなんて、大量の魔力と、力が必要となります。彼女の場合、確かに体は鍛えている様ですが、魔力も十分でなければ、体力も不十分です。そのため、このままだと、体が先に死んでしまう可能性が高い、」
「つまり、、体が腐る、、植物人間の逆って、事、か、」
脳は動くが体が耐えきれずに腐敗する。医師の話によると、それが進み、体温が奪われているのだという。このままだと、臓器が一つずつ止まり、時期に心臓も。との事である。
「それはっ!なんとかならないんですか!?」
「体の侵食を止める方法は確かにあります。ですが、一番の問題は精神にあります。わたくしも何度もカウンセリングをしているのですが、、上手くいきません、、最近はユナさんが多く、ミラナさんとしっかりお話する機会が減っています、」
「ならっ、見殺しにしろって言うんですか!?」
「お、落ち着いてください、、まだ手段はあります、、ですが、このまま"ミラナ"さんが現れなければ、彼女の納得する形で止める事は不可能です。最終手段として、記憶の消去を行います」
「「っ!」」
「そんなっ!駄目だよっ!ミラナ、、私達の事、、忘れちゃうの、?」
「申し訳ございません、、ですが、もうそれ以外、このまま生かせる方法は無いのです。ミラナさんの精神が完全に消える前に、間に合わせなくてはならないので」
「そ、そんな、」
医師の言葉に、オリーブは崩れ落ち、エルマンノは歯嚙みし、アリアは表情を曇らせた。その後、ユナの病室に戻ったものの、彼女はどうやら寝ている様で、そこで合流したネラにも事情を説明し、その室内には無言の時が流れた。
「...」
「...ねぇ、兄ちゃん、、何か、方法ないん、?」
「...悪い、ネラ、、俺には、、何も、」
「...そ、そっか、」
医師でさえそれ以外方法が無いと言うのだ。それに、エルマンノは歯嚙みする。自身は、どれ程無力なのだ、と。そう思いながら、光の無い瞳のエルマンノは立ち上がる。
「エルマンノ、?」
「ちょっと、、外の空気吸ってくる」
「わ、私も、」
「いい、、アリア達は、、ユナを、看ててあげてくれ、、相当、怖いはずだ。寒くて、寒くて仕方ないんだろう、、魔法で痛みを消してるから、痛みはないが、、だからこそ、怖い筈だ。起きた時に、心細く無い様に、、頼む」
「わ、分かった、」
エルマンノが低くそう告げると、アリアは頷きオリーブと共にユナの手を握る。そんな中、ネラは、表情を曇らせエルマンノの背中を見据えた。
そして、一方のエルマンノは、外に出たのち、近くの広場まで足を運ぶと、同時。
「クッ、、う、うぅぅぅぅぅっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!」
声を上げ、泣き崩れた。
「何で、、何でだよっ、、何でこうなるんだよっ、!俺は、、俺はっ、何も出来なかった、、何も、してあげられなかったっ、!」
蹲り、声を上げる。医師の話によると、もう精神を破壊する様な事がない様に、あの事故に関する記憶を消すとの事。控えるべき項目ではあるものの、この様な場合で医療機関による魔法であれば、法律で記憶操作が許されている。即ち、それを行うと、エルマンノや妹達は勿論。本当の妹。大切な、ユナのことさえ、忘れてしまうのだ。
「クソッ、、クソッ、!」
チェスタにお願いされたじゃないか。ミラナを助けてくれと。これは、本当に助けられているのか。ふざけるな。チェスタにそれを頼まれたのはエルマンノ。お前自身だ。何も、何一つとして、助けられていないではないか。妹を守るのが、兄の役目だろ。いい加減な事ばっかり言って、兄を名乗って。一番大切な時に何も出来ないなんて。
「...ほんと、兄、失格だ、」
誰か助けてくれ。ミラナを、ユナを。お願いだ。誰でもいい。
エルマンノはゆっくり立ち上がり、歩き出す。目的も無ければ、気力も無い。そんな、絶望の表情を浮かべながら。
☆
コンコンとノックされ、恐る恐るフレデリカはドアを開ける。と、そこには。
「...どうしたの、?毒でも盛られた?」
「...そんな、気分だ、」
「...まあ、、入って」
「助かる、」
エルマンノとフレデリカはそう短く交わしたのち、二人で対面の席に座る。
「...ユナ、救えなかったの?」
「...いや、ミラナも、何もかもだ、、俺は、何も、、出来なかった、」
「そう、」
「よく、、分かったな、」
「分かるよ。あの時と一緒だから。ソフィが閉鎖空間を作り出した時と」
「ああ、、まあ、、あの時は、まだ希望があったけどさ、」
「別に、何があったかは聞かないけど、私のところに来たって事は、まだ、諦めてないんでしょ?」
「...」
フレデリカの言葉に、エルマンノは目を逸らす。彼女なら、何か分かるかもしれないと。心のどこかで甘えているのかもしれない。本当に、駄目な兄だ。
「...ミラナが、、ユナになってきてる」
「そう、、進んでるって、事ね、」
「それで、その魔力に耐えれなくて体が腐敗し始めてるらしく、このままだと、記憶を消すしか方法は無くなるってさ、、いくら魔素で長引かせても、ユナを想う気持ちが大きければ、またこれが起こるだろうって事で、」
「なるほどね、、それで、」
フレデリカはエルマンノの様子に納得したのち、改めた。
「ミラナとは、話せたの?」
「いや、、最近、ミラナが出てこない、、ユナしか、出てこないんだ、」
「本当にユナになり始めてるわけね、」
「フレデリカの新薬で、、魔力を高めて、体の腐敗を止めることは出来ないか、?」
「それで、、本当にいいの?」
「...でも、、時間は稼げる、、ミラナさえ、出てくれれば、」
「それでも、ミラナが戻るとは限らないよ」
「...」
フレデリカの言葉に、エルマンノは目を逸らすと、ふと思い出す。
「今、、何時だ、?」
「午後四時あたりかな」
「...そうか、、もうそんな時間か、、そんな長い間、俺はただ歩いてたんだな、」
「え、?歩いてた?」
「ああ、、実は、さっきまで何をするでも無く王国を歩ってたんだ、、我ながら、こんな大変な時に、、クソッ、、呆れるよな、」
エルマンノは歯嚙みして、立ち上がる。それに浅く息を吐き、フレデリカは口を開く。
「別に、その時間のお陰で落ち着いたのかもしれないし、頭の整理も出来たわけでしょ。だからこそここに来たのかもしれないし。別に無駄でもない。その間、ミラナの事を考えてたなら、こんな時に呑気な事をやってたなんて、誰も思わないよ」
「...そんな事、」
「まあ、自分は納得出来ないかもしれないけどね。でも、私に話してくれて、ありがとう。私も、出来る限り、考えてみるから」
「...やっぱ、、妹に救われてばっかりだな、」
エルマンノは小さく微笑みそう口にするものの、その表情は暗く、今にも崩れそうだった。
「...よし、そろそろ、、移動し始めるか、」
「迎え?」
「ああ、、チェスタに、、なんて言えば、」
「無理に言わなくていいんじゃない?まだ、確信じゃないんでしょ。可能性を、一番に諦めてどうするの。エルマンノは、お兄ちゃんなんでしょ?」
「っ、、そう、だよな、」
フレデリカが強くそう放つと、エルマンノは噛み締めてそう頷き、目つきを変える。まだ、出来る事はある。それを諦めるのは、今では無いし、兄ではない。エルマンノはそう自身に無理矢理言い聞かせるようにしながら、足を踏み出した。
「ありがとう。本当に、、ありがとう。フレデリカには救われてばかりだ、」
「また今度、この間のプリン買って来てくれればそれでいいから」
「気に入ったのか?」
「...そういうわけじゃないから」
「気に入ったんだな」
目を逸らすフレデリカに、小さく微笑みエルマンノは放つと、改めて拳を握りしめながら、実験室を後にした。
☆
「ちょっと早く来過ぎたか、?」
エルマンノは昨日よりも十分程早くエルフラム施設に到着し、息を吐く。今日もグラウンドは閉まっている。どうやら、あの時の不審者のせいで控えている様だ。許せない。どこの誰だその不審者は。とっ捕まえてやる。
エルマンノはそんな事を考え気を紛らわせながら、入り口前で座り込む。
「はぁ、」
思わず大きなため息が零れる。妹の前では出せない。弱音を隠すための息だ。
「ほんと、、どうすれば、」
頭を押さえる。フレデリカは考えてくれると言っていた。だが、医師はこれ以上に方法が無いと言っていた。フレデリカの事は尊敬しているし、信頼しているものの、医師が無理だと話した事を、成し遂げられるとも考えにくい。だからこそ、エルマンノは歯嚙みした。彼もまた、何も思い浮かばなかったから。
「クソ、、何が、兄だよ、」
「...あれ、貴方は、」
「え、?」
ふと、頭を抱えたエルマンノに、背後から声をかけられた。その人物を確認するべく振り返ると、そこには。
「げ、」
「げ?」
なんと、通路を歩くヒルデが居た。
「確か、、ヒルデ、だったか、?」
「はい。お兄様、ですよね?チェスタちゃんの。お世話になってます!今日もお迎えですか?」
「お前にお兄様と呼ばれる筋合いはないし、お世話もしていない」
エルマンノは立ち上がり告げる。フレデリカの父の気持ちがよく分かる。
「ああ、そ、そうですね。すみません、、その、そしたら、お兄様の、お名前は、?」
「エルマンノだ」
「エルマンノさん」
「エルマンノでいい。お兄様よりよっぽどマシだ」
「いやいやっ!そんなっ、呼び捨てなんてっ、お兄様を呼び捨てって、むず痒いですよ、」
「呼び捨てよりも何十倍もむず痒い事をその後に言ってるが、」
「その、エルマンノさんは、チェスタちゃんのお迎えですか?」
「ああそうだ。それより、もう帰りなのか?」
「いえ、まだもう少しです」
「ヒルデは早いんだな」
「ちょっと事務室に用事があったので、早めに移動してたんです」
「そうか、」
エルマンノは事務室に何をしに行ったのか聞きかけて、口を噤む。また、足を突っ込んで、何も出来ないのがオチだと。心のどこかで諦めが勝ってしまったから。
「な、なんだか、、元気が無いようですけど、、大丈夫ですか、?」
「貴様に心配される筋合いはない」
「そ、そうですか、?む、無理はしないでくださいね、」
「...ああ、、でも、無理しなきゃいけないんだよ、、と言うより、、無理しても、何も変わらないんだ、」
「...もしかして、チェスタちゃんの、、事ですか?」
「...関係、、ないだろ、」
「そうですか、、でも、やっぱり素敵なお兄様ですね」
「え、?」
「今のそれは分からないですけど、いつも、チェスタちゃんの事考えてるじゃ無いですか。妹の事を、いつも心配して、大切にしてる。良いお兄さんです」
「そんな事ない、、俺は、何もしてあげられないんだぞ、」
「本当ですか?」
「え、」
拳を握りしめるエルマンノに、ヒルデは少し寂しげに続けて放った。
「何も、、してあげられてない。そう思ってますか?」
「思ってるじゃない。事実なんだよ、」
「それは、わがままですよ、」
「何、?」
ヒルデは小さくそうぼやくと、改めて告げた。
「俺は、そうは思わないっていう話です」
「どうして、、そう言い切れるんだ、」
「俺だって、何もしてあげられなくて、、辛かったんです」
「え、」
「チェスタちゃんが、、大変なことになってた時、俺は、何も力になってあげられなかった、、しかも、そんな事になってるのを知ったのは、、もう、退院した後で、」
そういえば、ヒルデはチェスタの幼馴染だったと。エルマンノは思い出す。
「それから、、俺は元気の無いチェスタちゃんを、どうにかして勇気づけてあげようって、、思ったんです。守ってあげようと、思ってたんです」
「ヒルデは口先だけじゃない、、ちゃんと、この間も、、チェスタを守ってたじゃないか、」
「いえ、、それでもチェスタちゃんは笑顔にはならなかった、、失ったものは戻せないし、俺はその代わりにはなれなかったんですよ、」
「...」
表情を曇らせ口にしたヒルデの言葉に、エルマンノもまたミラナの事を思い出し目を逸らす。と。
「でも、最近、元気なんですよ」
「え、?」
「ずっと、何か思い詰めた様子だったチェスタちゃんが、、今、笑ってるんです」
「そ、それは、?」
「きっと、お兄様のお陰ですよ」
「え、」
「チェスタちゃんが元気になったのは、丁度お兄様が迎えに来た辺りからです。だから、お兄、、いえ、エルマンノさんは大丈夫です。ちゃんと、チェスタちゃんにとって、必要な存在に、なってますよ」
「そ、そんな、事、」
「俺には出来ない力が、あるんです。貴方には」
「...」
少し辛そうに話すヒルデに、エルマンノは目を見開き泳がす。チェスタは家族を亡くし、ユナを亡くした後、ずっと苦しかった筈だ。それをミラナが支えようとしていたのだが、それは、響かなかったのだろうか。いや、そんな事より。
「クッ、、う、」
思わず、嗚咽の様なものが漏れ出た。そんな事ないと口にしかけたものの、ヒルデの眼差しは、本気であった。故に、エルマンノは理解する。
やはりチェスタは、期待しているのだ、と。
「あ、、す、すみませんっ!その、そろそろ帰りの時間になるので、クラスに戻りますね!」
「あ、ああ、、悪い、引き留めてしまって、」
「いえ!またお話しさせてください!」
「こ、こちらこそ、、頼む、」
エルマンノは小さく告げ、手を振り返すと、消えて行く彼を見据え手を下げる。早めに出たと言っていた彼が施設内に戻った事に、僅かに違和感を覚えながら。と、そののち。
「...そうか、、そうだよな、」
エルマンノは改める。チェスタは、エルマンノを本気で信じていたのだ。そうでなければ、彼女の性格上、頼りはしない筈だ。そうだ。そんな兄が、このまま諦めるわけにはいかない。先程のフレデリカの言葉と重なり、改めて勇気づけられる。が、それと共に。
「クッ、、クソォォッ!め、めっちゃ良いやつじゃねぇかヒルデェ、、これで、腹黒くないなんて、、兄としての立場がぁ、」
別の意味で、涙が溢れる。と、そんな中。
「何してるんですか、、変態さん、」
「え、、あ、、おかえり」
どうやら、帰りの時間になった様だ。目の前には、一番乗りのチェスタが居た。
「王子様を置いて、変態の元に来ていいのか?」
「何ですかそれ、」
「敗北を知っただけだ、」
「もっと何ですかそれ」
エルマンノは途方に暮れながらも、チェスタと共に帰路につく。
「それよりも、早いんだな。まだ誰も帰って無いぞ?」
「...また、盗まれるのは嫌、ですから、」
「...そうか、」
チェスタの呟きに、エルマンノは拳を握りしめる。すると。
「それよりも、、ミラナは、大丈夫なんですか、?」
「あ、ああ、、まあ、大丈夫だ」
「本当ですか、?なんだか怪しかったですけど、」
「まあ、最近は、、会えて無いんだけどな、」
「あ、病院に、行けてない、ですか、?」
「いや、病院には行ってるんだけど、」
「...あれから、ミラナが出て来て無いんですか?」
「う、、そ、そう、だな、」
「...そう、、ですか、」
俯くチェスタに、エルマンノは歯嚙みする。だが、やはり彼女にミラナの現状を話す事は出来なかった。いや、話すべきでは無い。まだ、諦めるわけにはいかないのだ。きっと、それを言ってしまったら諦めたのと同じになってしまうから。そうエルマンノは口を噤む。すると。
「ミラナを、、お姉ちゃんを、、助けてください、、お願いします、」
「っ」
「ごめんなさい、、こんなお願い、、ミラナが出て来て無いのも分かります、、でも、お願いです、私のっ、、たった一人の、
「っ」
エルマンノは目を剥く。
「いい、、お姉さんなんですっ!ほんとに、明るくてっ、元気で、、そんな、大切な、姉なんですっ、!」
「チ、チェスタ、、その、ミラナの事、、あまり、受け入れられなかったんじゃないのか、?その、名前呼びだったし、」
「た、確かに、、最初は、、受け入れられなかったんです、、全て失って、、ただでさえ、もう何も感じなくて、信じられなかったのに、あんな、、無理な笑顔で、無理に接されて、」
「無理に、?」
「ミラナは、、姉になろうと一生懸命だったんです。いや、、姉、というよりかは、私の逃げ場所。ユナの代わりになろうと、、それが、辛くて、」
「っ!」
チェスタの呟きに、エルマンノは驚愕し足を止める。
「ど、どうしたんですか、?」
「そうか、、チェスタは、、ずっと、それに気づいてたんだな、」
「え、?」
ヒルデが話していた、あの話。エルマンノは思い出し目の色を変える。あそこまで一緒に居て、気にかけていたミラナでは笑顔になれず、こんな突然現れた意味の分からない兄で笑顔になれた。その理由。
「チェスタは、、無理に心の拠り所になろうとしてたミラナが、、心配、だったのか、?」
「それもあります、、というか、単純に痛々しかったんです。私を支えていたユナの真似をしようとして、その中でユナを失った辛さを、自分の苦しみを同時に紛らわそうとしていた、ミラナの姿が、」
「そうか、、そうだよな、」
エルマンノはそれを聞いて、改めて思い出す。あの時のユナの発言との違和感。それを思い返し目つきを変える。そう。
ミラナはチェスタの心の拠り所になれなかったわけでは無かった。チェスタは、ユナでは無くても、良かったのだ。
「チェスタ、、その、、えっと、落ち着いて聞いて欲しい。その、実は」
エルマンノは意を決して今の現状を包み隠さず話した。ミラナがユナに染まり始めている事。そして、その力に体が耐えきれなくて体温が奪われている事。話すのは辛かった。だが、彼女の力が必要なのだ。そう思い、絶望に顔を歪めるチェスタに、胸を痛めながらもなんとか言い切った。すると。
「う、、嘘、ですよね、、そんな、、そんなのっ、!そんなのって無いです!何でですかっ!?どうしてっ、、それだけで、、ミラナは死ななきゃいけないんですかっ!?また、、私を、置いて行ってしまうんですか、!?」
「チェスタ、」
「嘘つきっ!約束っ!してくれたじゃ無いですかっ!ミラナを、、救ってくれるって、!」
「チェスタ、聞いてくれ、」
「何ですか!?言い訳ですか!?」
「違う、、ミラナは、勘違いしてるんだ」
「え、」
声を荒げ、感情のまま涙を浮かべるチェスタの肩を掴み、エルマンノは真剣に告げる。
「ミラナは、ただユナを失った喪失感を紛らわせるためにユナを作り上げようとしてたんじゃない。一番は、チェスタのためだったんだ」
「わ、私の、?心の拠り所になろうとしてたんですよね、、それは、分かってますけど、でも、それは自分のためであって、」
「いや、違う。実はミラナの行動理由は全て、チェスタだったんだ」
「え、」
「ミラナは最初から何も変わってない。ただ、チェスタの事を想って、笑顔にしてあげたくて、ただ不器用に頑張ってただけなんだ。それで、チェスタは笑顔になれなかった。だから、ユナの力を借りるしか無かったんだ」
「え、、そ、そんな事、」
「ずっと、違和感があったんだ。"ミラナのユナ"と話していて」
「え、」
「前、教えてくれただろ?ユナは、ミラナの事大好きだったって。優しいお姉ちゃんって、いつも嫌になる程話されたって」
「は、はい、、そう、ですけど、」
「でも、ミラナのユナは、そんな素振り無かった」
「えっ」
「いつも、チェスタの事ばかり気にしていた」
「そ、そんなのおかしいですっ!ユナは、誰よりもミラナの事を、」
「ああ、違うのは仕方ない。だって、ミラナの中のユナは、どうやってもミラナの思い描くユナだから」
「っ、、そ、それってつまり、」
「ああ。ミラナには、ユナは自分よりもチェスタの事を気にかけていた。その印象が強かったんだろう。それと、ミラナ自身の、チェスタを思う気持ちが大きかったから。だからこそ、そんな反応をしてたんだと思う」
「...そう、、だったんですか、?」
「ああ」
「じ、じゃあ、どうすれば、」
「今の話で、一つ考えがある。今はユナばかりでミラナが現れない。だが、それでも意識は繋がってる筈だ。ユナであっても、それはミラナの中のユナだから。だからこそ、チェスタの力が必要だ」
「わ、私の、?」
いまいち理解出来ないといった様子で、チェスタは首を傾げる。それに、エルマンノは強く頷くと、目つきを変えて告げる。
「...ミラナに、分かってもらおう。本当は、ユナはミラナの事ばかり考えていた事を」
「っ」
「きっと、届くはずだ。チェスタの言葉を、聞いたら」
「...も、もし、、それでも戻らなかったら、?」
「...その時は、別の方法を考えるしか無いな、」
チェスタの言葉に、エルマンノはバツが悪そうに目を逸らす。すると、チェスタは少し俯き悩む素振りを見せたのち、覚悟を決めて口を開いた。
「分かりました、、エルマンノさん、、ちょっと、、いいですか、?」
「ど、どこに行くんだ?」
「見せたいものがあります」
あまり見せたいものでは無いのだろうか。チェスタは渋々といった様子で促すと、二人で家まで戻った。そののち、今度はあっさりと家の中に入る事に成功する。
「...見せたいものって、、家の中なのか、?」
「はい」
「あの、三日前に見せてくれた、ユナが残した手紙か、?」
「いえ、あれじゃないです」
エルマンノは怪訝な表情を浮かべながらも、チェスタの跡を付ける。すると、そこは。
「ここです」
「ここって、この間の、」
以前侵入した、ユナの部屋である。それを前に、エルマンノは身震いした。
「こ、今度は、俺のナッツを破壊したりしませんか?」
「な、ナッツなんて破壊しましたか、?」
「いや、何でもない」
「恐らく変態的なことなのは理解できました」
「流石だな」
「同類みたいにしないでください。気持ち悪いです」
「おお、」
「なんで嬉しそうなんですか、、ほんと変態さんですね」
ニヤニヤとするエルマンノに呆れ顔でチェスタは放つと、その部屋に入って行き、"それ"を手に取る。
「これです」
「こ、これって、」
出された"それ"に、エルマンノは目を見開いた。
☆
「ありがとう、、これで、少しは希望が見えた」
「ミラナ、、戻って、来てくれますかね、?」
「ああ。戻るさ」
二人で話をしたのち、家の前で口にする。
「今日は遅い。こんな小さな妹を、こんな夜更けに歩かせるわけにはいかない。明日、一緒に病院に行こう」
エルマンノはそうはにかんで放つと、手を振りチェスタと別れようとする。が、その時。
「待ってくださいっ!」
「おうふっ、」
「へ、?な、何ですか、、変態な声、出して、」
「いや、裾を掴まれるなんて、、台詞を"待ってお兄ちゃん"にしてくれませんか?」
「そんな事はどうでもいいです!」
「えぇ、、どうでもいいのぉ、?」
「それよりも、、今日、行きませんか、?」
「っ」
「ミラナ、、危ないんですよね、、なら、少しでも早く、、早くしないとっ、!」
チェスタは、いつもとは打って変わって、八歳と思い出させてくれる様な様子で涙を流し、ぴょんぴょんと懇願する。その様子に、エルマンノは小さく微笑み、しゃがみ込む。
「じゃあ、今日はお兄ちゃんと一緒に夜更かしするか」
「っ!は、はいっ!」
「おお、、なんだかえっちな響き、」
「ほんと変態さんですねっ、」
涙を拭きながら、チェスタはニッと微笑む。その無邪気な姿が、血は繋がっていないのにどこかミラナのユナに似ていて。エルマンノは思わず口元を綻ばせて放った。
「じゃあ、行くか」
「はいっ、、って、えぇっ!?」
エルマンノはなんとチェスタを抱っこした。
「通報しますよ!?」
「や、やめてくれっ。早くしなきゃなんだろ?だったら、この方が早い。病院まで結構距離あるぞ?その歩幅だと、まあまあ時間かかりそうだが、」
「忘れたんですか?ランニングで負けてましたよね?」
「あれは短距離だからなぁ」
「舐めないでください!」
「舐めたいです」
「はっ、離してくださいっ!変態っ!通報しますよ!?」
「とうとうさんが無くなった、、これはこれでありだなぁ」
「そう言いながら走り出さないでください!」
エルマンノはチェスタの言葉を無視し、そのまま走り出す。チェスタの柔らかい体が密着する。おお、これはお兄ちゃんの特権というやつだ。ヒルデに触られる前に堪能しなくては。下衆な思いを馳せながら歩く中、ふと。
「に、兄ちゃん!」
「っ、、ネ、ネラ、?」
突如背後から、声をかけられた。
「や、、やっぱり、、良かったぁ、マジどこ行ったのかと思ったぁ、」
「わ、悪い、、心配かけて、」
「本当だよぉ〜、、ってどしたん?どういう状況これ?」
「離してくださいっ!」
「紹介しよう。俺の妹、チェスタだ」
「妹じゃないです!」
「あっ、この子がチェスタちゃん!?マジ可愛いじゃん!六歳やっけ?」
「それはユナだ」
「あー、めんごめんご、七歳か」
「八です!」
「あっべぇ〜、、ウチマジ記憶力皆無じゃん」
「それより、この方誰ですか、?」
「ああ、悪い。この人は俺の妹のネラだ」
「気軽にネラでいいよ!よろ〜!」
「う、ま、眩しいです、」
「やっぱそう思うよな」
「ウチの事よりもチェスタちゃんだよ!マジかわじゃんチェスタちゃん。こりゃ犯罪者になる理由分かるわ」
「え、は、犯罪者、、あ、貴方もですか!?」
「"も"ってなんだ、"も"って」
エルマンノは引き気味に話すチェスタにジト目を向けると、改めてネラに放つ。
「それとネラ、安心してくれ。背中はネラの特等席だ。取ってあるぞ」
「えっ、あ、覚えててくれたん、?じゃあ、ウチも乗っちゃおっかな〜」
「おお、、これは、妹サンド、、これが、姉妹丼、!ああ、なんという至福っ!」
エルマンノはそう声を上げながらネラに背を差し出すと。
「ぐむっ!?」
「あっべ〜、、耐えきれなかったかぁ、マジサーセン、」
「いや、、これは、ありだ、、上に乗ってくる妹も、、最高だ、」
「何で嬉しそうなんですか、」
エルマンノは妹二人に耐えきれず潰されるものの、笑みを浮かべる。それにチェスタが引きながらも、ネラは改める。
「にしても、、なんかちょっと元気になってるっぽくて安心したわ、、なんか、さっきの兄ちゃん、死にそうな顔してたから、」
「悪かった、、戻るつもりだったんだが、、そういう気分になれなくて、」
「全然いいよ!とりま元気で良かった、」
「ああ、、お陰様でな。それよりも、アリアとオリーブは、?」
「先に帰ったよ」
「そうか、、ネ、ネラは、、俺を探しに来てくれたのか、?」
「あ、そうそう。実は、、これならいけるんじゃ無いかって、思って」
「「え、?」」
ネラの唐突な提案に、二人は首を傾げる。
「ミラナちゃんは体が腐敗しちゃうんが難点なんしょ?なら、体を変えれば良いんじゃないかなって」
「と、言うと、?」
「ウチの精神移動魔法で、前みたいに人形とかに移し替える的な!」
「でも、それは数分しかって、」
「それは生き物に生き物の精神移す時っしょ?それに、転移魔法は一応第三者がやってもいけるんよ」
「第三者が、?ま、前は駄目だって言って無かったか、?」
「前に駄目って言ったのは自分の中の精神を乖離しなきゃいけないからって話。自分の魔力が多く無いと出来ないって話っしょ?」
「っ!」
「だから、ウチがミラナちゃんの精神ごと無機物に移動させといたら、少しでも体の負担減らせるんじゃ無いかなって」
「そ、そうかっ、、で、でも、ネラが、、大変なんじゃ、」
「あーねー、、まあ、確かに簡単じゃ無いし、ウチも魔力がずっと持つわけじゃないからさ。数日とかになると思うけど」
「そ、そうか、」
「エルマンノさん、、でも、これなら日を伸ばして、、語り続ければ、」
「そう、、だよな、」
チェスタは目を輝かせるものの、エルマンノは目を逸らす。どこか、不安の色が拭いきれていない様子だ。
「ど、どしたん、?」
「いや、、でも、それは、医師がやろうとしてない事だよな、」
「まあ、、そうだね、確かに精神を移動させるのは法律違反だからさ。ウチの時みたいに自分でやる分にはまだ良いけど、第三者の精神移動は、法律的にはNなんよね。だから、多分勧めて来てないんよ」
「...」
「でも、ウチはその覚悟出来てるよ」
「っ」
「だって、もうウチら、家族じゃん?」
「っ」
ネラが笑って放ったそれに、目の奥が熱くなった。そうだ。ネラの家族は。我々なのだ。彼女が心を許せる。大好きな家族は。今ここに居るんだ。ネラがその家族を守るために、ミラナを助けるのならば、兄がする事はただ一つーー
「分かった。もしネラが体力的にも社会的にも危なくなったら、俺が全力で守る」
ーー妹の背中を押して、守るだけだ。
「あははっ!うん、、サンキュね、、兄ちゃん、」
エルマンノの言葉に、ネラは小さく、どこか寂しげに返す。と。
「ああ。寧ろ、こっちの方がありがとうだ。そうと決まったら、早めに行かなきゃな」
「だね!」「はい!」
三人で覚悟を決め、改めて体勢を整えると、皆で病院に走り出した。だが。
「やっぱもう入れないか、」
時間的に、病院に身内という話で入る事は不可能な状況であった。受付の人に話をしたところ、六時過ぎの面会はお控えくださいと突っ返されてしまった。明日来るようにと言われたものの、明日で本当に間に合うのか。エルマンノが目を細めていると。
「エ、エルマンノさん、」
ふと、チェスタが掠れた声で、辛そうな表情で見上げる。その姿に、エルマンノは歯嚙みしたのち、改める。
「...クッ、せっかく急いで来たんだ。しかも妹にこんな顔されたら、黙っていられないよな」
エルマンノはニッと。冷や汗混じりに微笑むと、瞬間、ミラナの病室がある方向に回り込み、皆の手を取り目つきを変えた。
「なっ、なんですか!?触らないでくださいっ!」
「手、絶対離すなよ」
「えっ」
「兄ちゃん、、もしかして、」
「ああ。もうこれから違法な事するんだぞ?これくらいの罪で、ビビってられないよな!」
エルマンノはそう笑うと共に、物体通過魔法を使い、皆で病院に侵入した。
「わわわっ、な、なんですかこれっ!」
「うわっ!こんな感じなんだ!」
「静かにしろよ、?違法な事はしても、誰にも迷惑はかけない。それがお兄ちゃんとの約束だ」
「普段めちゃくちゃ迷惑かけてないっけ?」
「うるさい」
エルマンノが小声で放つと、ネラが続けて放ち、チェスタが頷く。と。
「それより、ネラは通過魔法やった事なかったよな、?それなのに何で分かったんだ?」
「え?あー!オリーブちゃんから聞いたよ〜。人んち通過魔法で入ってるらしいねぇ」
「本当に犯罪者さんだったんですか、?」
「あれはっ、、まあ、色々とあったんだ」
エルマンノはラディアの時は仕方なかったと言う様に告げたものの、フレデリカの時は明らかに違法である。それを隠すと共に身を潜め移動し、ミラナの病室の前にまで到達すると、皆で覚悟を決め入室する。
「ミ、ミラナ〜、、いるかぁ〜、?」
小声で、誰も起こさない様に注意して声をかける。あたりは沈黙に包まれていた。奥の部屋のみ、灯りがついていた。恐らく、何かあった時に駆けつけられる様、医師の方なのか。看護師の様な方がこの世界に居るのか。どちらにせよ待機しているのだろう。
それ以外は静かで、真っ暗で。外からの月明かりのみに照らされていた。
「ミ、ミラナ、?」
静かだ。返事はない。恐らく、この声量では気づかなかったのだろう。エルマンノはそう思いながら、カーテンを開けベッドに顔を出す。
が、しかし。
「なっ!?」
思わず、声が漏れ出た。
「え、?何なに、?兄ちゃんどうしたん?」
「エルマンノ、さん、?」
不安げに聞き返す二人を他所に、エルマンノは歯嚙みし、拳を握りしめた。
「嘘、だろ、、クソッ!またっ、、またかよっ、!」
「「えっ」」
そう。そこに、ミラナは居なかったのだ。
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