第52話「妹のお見舞いは妹と共に」

「ふぅ、、さて、どうするか、」


 エルマンノはチェスタに強く宣言したのち、家まで送ると、そこでユナの話をした。彼女との病院での会話。生活。そして、彼女が残したもの。だが、それをミラナに話しても、きっとユナへの気持ちが更に大きくなってしまうだけだろう。エルマンノはそう考え、そのままミラナの病院に戻ろうとしながらも、そこに行って具体的にどうするべきかと悩んだ。と、そんな中。


「あ!エルマンノ!やっほー」

「ふっ、不審者だ!?」

「えぇっ!?エルマンノに言われたくないよ!」

「お兄たんっ!」

「ん?おおっ、オリーブ、、ということは、この犯罪者みたいな奴は、」

「ただフード深く被ってるだけでしょ!?」

「悪かった、、犯罪者というより巻き込まれてそうな人だったな」

「ムッカァ!別に巻き込まれないから!...って、言いたいけど、、エルマンノに出会ってるし、、そうかも、」

「俺が犯罪者なのは固定なのか、?」


 エルマンノは、王国だというのに珍しく歩いているオリーブと、相変わらずフード付きマントを深くかぶるアリアにそう放ったのち、改めた。


「それより珍しいな。...街の方、来て大丈夫なのか?」

「まあ、たまにはお買い物したいなって、」

「お金ないのにか?」

「なっ、阿保!一応お金あるよ!」

「なっ!?そ、そんな、金、一体どこで、?」

「ち、ちょっと、、家から取ってきた、」

「親の金を盗んできたというのか、?」

「人聞きの悪い言い方しないでよっ!ちょっと、、一人で生活するにはお金必要でしょ、?軍資金だよ軍資金!」

「...」

「な、、何、?クソガキだなとか思ってる?」

「いや、それを言うならメスガキだな」

「それ別の意味になっちゃうからぁ!」


 ジャラっと。取り出した銀貨に、エルマンノはジト目を向ける。恐らく、宿代などを前もって家出する時に持って来ていたのだろう。銅貨ならともかく、銀貨は金額が大き過ぎないだろうか。


「そんな事より、ここまでの金があって俺のところで食い漁ってたのか、?」

「そ、それはっ、その、、あの後、、その、一回帰った時に、、取って来たの、」

「あの後、?ま、まさか、俺の家から出た時か、?」

「うん、」


 エルマンノの問いに、アリアは小さく頷く。恐らく、ラディアとの事があった時だ。アリアが一度居なくなったあの時、彼女は家に戻っていたというのだろうか。エルマンノがそんな事を考えていると。


「いや、、ちょっと待て、俺、あの時無一文か聞いたよな?」

「ギクッ!?」

「ギクッて口に出すもんじゃないぞ」

「ま、まあ、えっと、その、出来たら、奢って貰えたらな〜とか、思って、」

「...」

「ごっ、ごめんってばぁ!か、返すっ、返すから、」

「身体でか?」

「う、、そ、それが、、いいなら、」


 その発言に、エルマンノは目を細める。その言い方は、どうやら本気の様子だ。今まで、そうやって体を張ってきたのか、と。その視線を受けたアリアもまた、表情を曇らせて目を逸らした。と、そののち、エルマンノは息を吐いて、改めた。


「いや、いい。まあ、、それは置いておいて、、その、買い物って言っても、村でも出来るんじゃないか?どうしてわざわざ」

「あ、それはーー」

「今日は王国のお店見たいって私が言ったの!」

「っ、なるほど、オリーブが、、確かに、あそこの服はどれもえっちなものばかりだもんな」

「え、えっち、なの、?」

「ああー!えっとっ、オリーブちゃんは気にしなくていいからっ!えーっと、なんて言うか、あの村の服装は民族衣装!って感じでしょ?だから、王国の服も見たいなーって、言ってたの」

「なるほどな」

「さっきまでネラも一緒だったんだよ!」

「え、ネラも?ほんとか?」

「う、うん、、居た、ね」

「そうなのか」


 エルマンノはアリアに確認すると、対する彼女はどこか言いづらそうに目を逸らした。それに、エルマンノは首を傾げると、オリーブが割って入る。


「うん!服選んでくれた!」

「ああ、確かに、ネラは妹界のファッションリーダーだもんな」

「うん!」

「なんか急に規模大きくなってない!?」


 エルマンノが淡々と放つと、それにオリーブは元気に頷き、アリアがツッコむ。と、それに続いてオリーブが買って来たという服を、紙袋の様なものを開けてエルマンノに見せた。


「おお、これが、、ん?...ちょっと、派手だな、」

「そ、そーなの、?」

「まあ、ネラだしね、」

「ギャルベらしいからな、、オリーブをギャルにはしないで欲しいが、、いや、待てよ、、うーん、、それはそれで、」

「いいの!?」


 エルマンノは顎に手をやりオリーブを見据え、そのビジョンを想像しニヤリと微笑む。普段和服が多いオリーブが、派手めな洋風衣装を着たら、と。それはそれでアリかもしれない。


「後で着てみせてくれ」

「うん!いいよっ!えと、、その、お兄たんに、、一番に、見て欲しい、から、」

「ぐごはっ!」


 上目遣いのそれに、エルマンノは倒れ込んだ。


「すっごい可愛かったよ!」

「な、、まさか、アリア、既に見ているというのか、?」

「まあ、試着だけどね」

「いっ、一番では無いではないかっ!」


 エルマンノは地面に手をつき項垂れる。それに、オリーブは慌てて割って入る。


「えっ、えとっ、さっ、さっきの試着は全身じゃないからっ!別だよぉ!」

「そうなのか、?」


 顔を上げるエルマンノにオリーブは元気に頷くと、その笑顔が眩し過ぎて。思わず彼女にしがみつく。


「ありがとなぁ、オリーブゥ!」

「ひゃっ、う、うんっ、!どうしたの、?ギューッてしたくなっちゃった、?」

「おうふっ、」

「あ!いつもの!」

「これ恒例になってるの、?」

「着るの難しそうな服とかあるか?お兄ちゃんが着せるの手伝ってあげるぞーーぶっ!」

「何ちゃっかり脱がせようとしてるの!?」


 エルマンノがオリーブにしがみついたまま服に手をやると、その瞬間に彼の頭を叩いてアリアは放つ。


「オリーブちゃん!早く逃げてっ!ここは私が何とかするからっ!」

「えぇ、、俺悪役になってます、?」

「変質者!」


 オリーブの前に手を横に出しながら割って入るアリアがそう放つと、エルマンノは頭に手をやりながらゆっくり立ち上がる。すると、そののち、ふとオリーブが未だに盾の役割をするアリアの後ろから放つ。


「それで、、お兄たんは何してたの?」

「あ、そうだよ、なんか、最近エルマンノ忙しそうだよ、?」

「昨日もすぐ帰っちゃった、」

「わ、悪い、、オリーブとは、今週デートの約束だったのに、」

「そっ、それは、大丈夫、、だけど、」

「その、実は、チェスタ、、あ、えっと、ミラナの妹の、施設への送迎をしてたんだ。まあ、明日は午後空いてるから、相合傘デートしような」

「っ」

「えっ、ほんと!?じゃあ、待ってるね!」

「ああ、熱い夜にしような」

「夜なの、?朝からがいい、」

「おお、オリーブは積極的だなぁ」

「そ、それよりエルマンノ、、そんな事、してるの、?」

「ん?そんな事?」

「妹さんの、送迎、」


 エルマンノの言葉に元気に笑うオリーブの前で、アリアが怪訝にそう聞く。


「...」

「な、なんだ、?」

「べ、別に、、それよりもまさか、、妹に手を出そうとしてるんじゃ、」

「いつも言ってるだろ。妹に手は出さない。絶対に」

「でも求められたらするんでしょ?」

「ああ、勿論だ」

「通報しなきゃ、」

「その時は一緒に連行されような」

「その時は私先帰るから!」


 エルマンノがニヤリとしながら口にすると、アリアは慌てた様子で返したのち、小さく呟いた。


「無理しないでよ、」

「ん、?どうした?」

「何でもない、」

「別に無理してないぞ」

「聞こえてるじゃん!」

「ふっ、妹の声は聞き逃さない。それが兄だ」

「はぁ、、もう、どうして、相談してくれないの、」

「...」


 アリアが目を逸らす中、エルマンノは歯嚙みする。すると、彼女は諦めた様に息を吐き、改めた。


「それより、、ミラナさん、大丈夫なの、?」

「ん?ミラナが、どうしたんだ?」

「実は、ネラに聞いたんだ。ね、オリーブちゃん」

「うん、、二重人格、?って、言ってた、」

「そうか、、聞いたのか、」


 エルマンノは、巻き込んでしまった事に僅かに罪悪感を覚えながらも、妹同士で妹を気にかける姿に思わず微笑む。エルマンノは以前、ネラに「何か変な事が起こるかもしれない」と伝えた。それは、皆知っておくべきだと、判断したのかもしれない。そう思いながら、エルマンノは口を開く。


「大丈夫だ。今は精神科に通ってる」

「そ、そっか、、治療は、、受けてるんだね、」

「ああ。だから、心配しなくていい。俺達がどうこうするものでも無いからな」

「それもそうだね、」


 エルマンノは、二人を巻き込めないと。あえてそう放ったのち、それじゃあと別れようとする。が、その時。


「ねぇねぇ、、お兄たん」

「ん?どうした?」

「...その、ミラナの、、お見舞い、、行ってもいい、?」

「あ、そうだねっ!行こうよっ!」


 オリーブの提案に、アリアは先程の考えもあり後押しする。それに、エルマンノは少し迷ったものの、優しく微笑み了承する。


「分かった。丁度、俺も行こうとしてたところだ。一緒に行こう」


 エルマンノの返しに二人は元気に頷き歩き出す。二人を一緒に連れて行く事が正解だったかは分からない。ただ、エルマンノは、"先程チェスタの家で彼女から聞いたその話"を思い出しながら、目つきを変えたのだった。


          ☆


「ミラナ〜居るか〜?今日は妹を連れて来たぞ〜」

「ミラナさんも妹なんじゃないの?」

「ああ。その通りだ。というか、自分が妹なのにはツッコまないのか?」

「もう慣れたよ」

「とうとう認めてくれたか、、お兄ちゃんは嬉しいよ」

「認めてないから!」


 手続きを済ませたのち、ミラナの病室へと入室した一同は、そんな会話をする中、ふと。オリーブは一番にベッドの方へと駆けていく。すると。


「えぇっ、なんかきょーおおいとね!」

「え、?」

「っ、、あ、ああ。今日は妹を連れて来たんだ」

「妹、、こんなに居るん!?」

「ああ。複雑な家系なんだ」

「ふ、ふくざつ、」

「複雑じゃないから、」


 声を漏らすオリーブの隣でエルマンノがそう放つと、ミラナは顎に手をやる。だが、それにアリアはジト目を向けてツッコむと、そののち小さく耳打ちする。


「も、、もしかして、、これが、?」

「ああ、、これがミラナの妹であり、二重人格のもう一つの人格、、ユナだ」

「ユ、、ユナ、ちゃん、?」

「ユナって言うんだ!」

「うん!私ユナだよ〜!貴方は?」

「オリーブ!」

「オリーブ!可愛い名前やな〜!」

「ユナも可愛い!」


 どうやら、オリーブはそれを受け入れられた様だ。直ぐに打ち解け、可愛らしい会話を交わしている。


ー凄いな、、オリーブは、ー


 エルマンノは純粋だが誰よりも理解力があるオリーブに優しい眼差しを向けると、アリアが続けた。


「な、、何だか、オリーブちゃんに似てるね」

「ああ。なんてったって六歳だからな。純粋なオリーブに似てるのも頷ける」

「オリーブちゃん四十代でしょ?」

「年齢の話をするんじゃない」

「先にしたのエルマンノでしょ、」


 エルマンノは淡々と返すと、アリアは息を吐く。


「そっか、、六歳かぁ、、何だか、ミラナさんの見た目だと、、変な感じだね、」

「まあな、、俺も最初は困惑したが、、こういうプレイもまた悪くないかなと」

「何新しい扉開いてるの?」


 エルマンノはそう呟くと、ミラナに近づく。


「元気にしてたか?」

「うん!元気やで!なのに病院って、、なんか、変な感じやわぁ、」

「そうだよな、、寂しかったりしてないか?」

「うん!いっつもエルマンノさんたちが来てくれるけん!寂しく無かとよっ!」

「そうか、、良かった、」

「ユナはお兄たんといつ出会ったの?」

「えーっとねぇ」


 エルマンノが微笑む中、オリーブはユナに出会いを聞く。その最中、アリアもまた一歩近づく。


「...ねぇねぇ、」

「おうふ、」

「えぇっ、な、何事!?」

「いや、吐息を吹きかけられたから、」

「かけてないからっ!」

「もっとぶっかけてくれていいんだぞ?」

「エルマンノが言うと卑猥、」

「狙って言ってるからな」

「み、認めてるじゃん!」

「それで、どうした?」

「う、、うん、ユナちゃんは、ミラナさんの事、分かるの?」

「いや、人格は把握してない。ネラからは、、どこまで聞いてるんだ、?」

「その、事故があって、それから亡くなった妹がってところまでは、」

「ほぼ聞いてるわけだな」

「な、なんか、ごめん、」

「いや、謝る必要はない。普通にしてやってくれ。変に同情とかしても、、あまり、良い気分じゃないだろうからな」

「う、、うん、分かった」


 エルマンノはアリアにそう告げたのち、三人はユナという一人の少女との会話に大いに盛り上がった。そんなこんなで、いつの間にか夕方になっている事に気づき、皆は明日もまた来ると告げたのち、病院を後にした。


「にしても、ユナがスポーツ万能なのは驚いたな」

「ミラナがそうだもんね!」

「姉譲りってやつだな。まあ、元気になったら、、みんなでスポーツ大会でも開くか、」

「えぇ、、私パスね、」

「なら俺がアタックやるか」

「パスってそういう意味じゃないからぁ!」


 エルマンノとアリアが話す中、オリーブはその言葉に表情を曇らせた。


「ねぇ、、お兄たん、」

「ん、?」

「お病気、、治ったら、、ユナ、居なくなっちゃうの、?」

「「っ」」


 オリーブの言葉に、エルマンノは目を剥く。そうだ。今回はネラの様にはいかない。ユナという人物は、実際にはもう亡くなっているのだ。ミラナを助ける。チェスタと約束した以上、ミラナの中のユナは助けられないのだ。それを察して、エルマンノは頭を下げる。


「...ごめん、、ユナに、、会わせてしまって、」

「っ!そ、そんな事ないよっ!ユナの事、、知れてっ、良かった!」

「オリーブ、」

「だって、、知らないまま亡くなっちゃうなんて、、寂しいよ、、だから、良かった、、ユナの事知れて、、生きていた時のユナが、どういう人なのか知れて、、私は、良かった、」

「オリーブちゃん、」


 掠れた声で、そう放つ。本当は寂しくて仕方がないのだろう。今日初めてとは思えない程、オリーブはユナと仲良くなっていたから。だがそれでも、と。オリーブは強がりの笑みを浮かべてみせた。

 その後はユナとの会話を思い出しながら三人で獣族の村まで帰った。


「それじゃあ、また明日な」

「うん!ねぇ、お兄たん、、明日、ユナのとこ、行かない、?」

「え、デートは、、いいのか、?」

「うん、、だって、ユナは、、いつまで会えるか、分からないじゃん、」

「っ、、それでも、だ、、大丈夫か、?」

「うん、、消えちゃうのは悲しいけど、、でも、ユナの事、もっと、知りたいから、」

「そうか、」


 オリーブの言葉にエルマンノは目の奥が熱くなりながらもそう返す。が。


「だが、そろそろ村の人達が雨を欲してるんじゃないか?」

「うん!大丈夫!その、実はねっ、お母さんと一緒にっ、頑張って、雨降らせられる様になったの!」

「なっ!?そ、そうだったのか!?」

「うん、でも、、それ言ったら、、その、もう、相合傘、してくれないのかなって、」

「そんな事ない。相合傘デートは半分以上俺の願望で出来てるんだ」

「そうなの!?」

「それもどうなの、?」

「ああ、じゃあ、ミラナが良くなったら、またしような」

「うん、」


 エルマンノが優しく放つと、オリーブは嬉しそうに。だが、その時を想像してどこか寂しげに頷き、それに手を振って別れる。と、そののち。


「エルマンノ、」

「おお、アリア。どうした?今日はお兄ちゃんの家にお泊まりするか?」

「ううん、それしたら多分通報されるでしょ?」

「別に襲ったりしないぞ」

「違うよ阿保!そ、その、、私が、、って事、」

「...まあ、、多分な」

「それよりも、エルマンノ。今日、ずっと何か言いたげにソワソワしてたけど、、何か、あったの、?」

「実はアリアのブラが透けてるぞと言おうと思ってて」

「うぇっ!?そ、そうなの!?てか見ないでっ、ってぇ!透けてないじゃん阿保!」

「はは、悪い悪い。まあ何というか、ミラナと話したい事があったんだ、、でも、今日はユナだったから、結局話せなかったな、」

「話したい事、?」

「今日の午前中はミラナだったんだけどな」

「え、、午前中も、、行ってたの、?」

「ああ。時間があれば妹に会いに行く。それが兄ってもんだろ」

「はぁ、兄っていうかシスコン馬鹿というか、」

「アリア〜?どうしたの?」

「あ!ごめんねオリーブちゃん!今行くからっ!」


 二人で会話をする中、ふと戻ろうとしているオリーブに声をかけられアリアは慌ててそう返すと、足を進ませながら、途中で振り返ってエルマンノに告げた。


「じゃあ、、明日ね。明日は、ミラナだといいね」

「ああ、、そうだな」


 どこか寂しげに笑うアリアにエルマンノは小さくそう答えて手を振ると、よし、と。目つきを変えて森へと戻って行った。


          ☆


「もしも〜し、、聞こえてるか〜?」

『しもしも〜聞こえてるよ〜』

「古く無いか、?」

『一周回るって言うじゃん?』

「回っても辿り着かないと思うが、」


 エルマンノは森を歩く中、ふと耳に手を当てそう呟いた。そう、ソナーを送っているのだ。相手はネラ。


『で〜?どしたん急に、、あ、も、もしかして、、その、今度の、、デ、デートの話、?』

「あ〜、、そうだそうだ」

『はぁ!?ちょ、今絶対忘れてたよね!?』

「いや、忘れてないぞ」

『はぁ、も〜ほんと萎え、、もういいよ、ウチ寝るから、』

「悪かった、、妹の事を四六時中考えるのが兄だ、、それは、皆平等だ、、他の妹の事で一杯一杯になっていた俺の落ち度だ。不甲斐ない俺に活を入れてくれ。明日行くから、踏んづけてくれ」

『それご褒美になるくない、?』

「ヒールでいい」

『それご褒美になるくない、?』

「えぇ、、俺そんなやばい性癖だと思われてるのか、?」

『明らかにそうだけど、』


 エルマンノの言葉に、ネラは口を尖らせて小さく「平等って、、なんか、」と呟く。それに、エルマンノは僅かに目を逸らしながらも改める。


「その、それも大切なんだが、、ちょっとその前に聞きたいことがある」

『どしたん?もしかして、、ミラナちゃんのこと?』

「ああ、、そうだ。あと、その前に今日はありがとうな。オリーブ達と色々、買い物付き合ってくれたんだろ?」

『ああ!そうそうっ!アリアっちはあんま買ってくれなかったけどねぇ』

「あんな派手なの、逃亡中のアリアには重いだろ」

『あー、だから、、って、逃亡?どしたん?何かあったん、?』

「ああ、いや、常にナンパ男が寄ってくるって言ってたからな」


 ふと、口を滑らせたエルマンノは、ネラにはその話をしていないのを思い出し、慌てて訂正する。これ以上、妹に嘘をつかせたくないのだ。と、随分と危ない回避方法だったものの、どうやらネラは信じてくれた様だ。


『あ〜ねっ!確かにアリアっち全然メイクしてないのにめっちゃ肌綺麗だしめちゃくちゃ可愛いもんね!絶対メイクしたら更に可愛くなりそうだけど、あれが清楚系ってやつなんかなぁ』

「アリアが清楚系だったら俺の妹はみんな清楚系になるぞ」

『あははっ!確かにマジそれ!アリアっちガサツだもんね!』

「にしても、アリアっちって、アリアの事か?それともたまごのやつか?」

『卵、?なんそれ。ただのあだ名だけど?』

「おお、いつの間にそんなに仲良くなってたんだ、」

『知らない間に色々遊んでるんだよ?知らんかったっしょ?』

「な、そ、そうだったのか、、妹の百合化がどんどん進んでいる、、なんということだ、、兄が一人になってしまう、」

『デート忘れる兄ちゃんは忘れ去られちゃうよ?』

「わ、悪かった!もう忘れたりしない!」


 エルマンノはソナーであるのにも関わらず土下座をする。と、どうやらその意思は伝わったのか、ネラはクスッと笑ったのち改める。


『あははっ、何マジになってんの〜?兄ちゃん超可愛いじゃ〜んっ!別にいいよ。当日忘れてなければ。それよか、何か話あったんじゃないん?』

「ああ、そうだった、、その、ミラナの話なんだけどな、、その、二重人格の、片方の人格を、ネラのぬいぐるみみたいに移動出来たりしないか?」

『え?どしたん突然』

「いや、、ユナを、、消したく無いんだ、、どうにかして、もう一人に、出来ないかと、」

『ユナだれ?また新キャラ?』

「ああ、、その、ミラナの妹で、もう一つの人格の子だ」

『あーね。でも、、それは無理だね、』

「っ、、や、やっぱりそうなのか、」

『ウチはウチがやったから出来たの。自分の精神は、自分が別離しないといけない。ミラナが転移魔法を使えて、それ程の魔力があるなら別だけどね』

「なるほど、、ミラナがネラくらいの魔力があれば、、あるいは、」

『でもさ、、それ、本当にいいんかな、』

「え、?」


 ネラが付け足したそれに、エルマンノは表情が強張る。


『...だって、、結局それはユナちゃんじゃないんしょ?それってミラナの思い描いてるユナちゃんってだけでさ』

「っ!」


 ネラのその一言に、エルマンノはハッと目を見開き、何かに気づいた様に顔を上げた。


『だから、ユナちゃんって子はもう戻って来ないしさ。もしぬいぐるみとかに移動したとしても、それがいいとは一概には言えんよ』

「そうか、、そうだよな、、ありがとうネラ!ほんとっ、助かった!」

『え?ま、まあ、どういたしまして?』

「マジ助かった。次はデートで会おうな!」

『忘れないでよ〜?』

「ああ!当たり前だ!」


 エルマンノはそうニッと笑って告げたのち、ソナーを止め、そのまま強い足取りで家へと向かった。


          ☆


「久しぶりになってしまって申し訳なーー」


 ドン。

 翌朝、エルマンノはフレデリカの調合室に顔を出すと、言い終わるよりも前に閉められてしまった。


「悪かった、、最近顔を出せて無くて、、ほら、プリンを買って来たぞ。これで罪滅ぼしになるとは思わないが、ほんの気持ちだ。受け取ってくれ」

「...」

「ツンデレだなぁ」

「...」


 エルマンノの言葉にゆっくりとドアを開けたものの、その一言でまた閉められた。本当、ツンデレだなぁ。


「私がプリン好きって思ったの?」

「なんか、妹ってプリン好きな子多く無いか?」

「今の時代先入観って良くないと思うよ」

「多様性の時代だな」

「まあ、エルマンノの失言はいつもだけど」

「えぇ、、口は濯いできたんだが、」

「濯げば汚い言葉遣いが治るわけじゃないから」

「だが、口は綺麗だぞ。今度口車に乗せてあげるからな」

「そんな口上手くないでしょ」

「フレデリカは口でするのも上手いのか?」

「帰って」

「あぁっ!悪かった!閉めないでくれっ!」


 エルマンノは淡々とフレデリカと話す中、閉めようとした彼女を慌てて止める。と。


「それで?プリンまで用意してあるって事は、また何かの話?」

「流石妹だ。兄をよく分かってる」

「手土産を持ってくるだけ成長したかもね」

「だろ?」

「鼻を高くする様な話じゃ無いけど」

「高い鼻が理想だったんだが、、出鼻を挫かれたな、」

「それで?ミラナの話?」

「よく分かったな」

「まあ、そうだろうなって。それで、架空の妹とは仲良くやれそう?」

「実は仮想の妹が現実になったんだ」

「...」

「どうした、?」

「...とうとうその領域にまで辿り着いたんだね。エルマンノは」

「そうじゃない。実は、あの妹。ユナっていうんだが、、その子は昔事故で亡くなったミラナの妹だったんだ」

「っ、、なるほどね。それで、それを受け入れられなくて、その子がまだ居ると思い込んでるって事?」


 フレデリカの解釈に頷いたのち、エルマンノは補足する。


「それに、そのユナって妹を、自分の中に作り出してるんだ。つまり、今ミラナは二重人格になってて、そのもう一つの人格がユナって子なんだが」

「ちょっと待って。そんな行ったり来たりする話をそんな早口でしないで」

「わ、悪い、」

「結局、ミラナにはユナという妹が居て、事故で亡くしてしまった。だけど、それを受け入れられなくて、自分の中にユナというもう一つの人格を作り出してるって事でいい?」

「ああ。その通りだ」


 フレデリカがそう口にしながら近くにあった魔薬のレシピをメモしている紙に話の内容を整理しながら書き出し話すと、エルマンノは頷いたのち目を見開いた。


「にしても、、ネラの時も思ったが、凄いな。よくあの短期間で理解出来るな」

「はぁ、そう思うならもう少し分かりやすく説明して欲しいんだけど、」

「悪かった。俺も上手くまとまってなくて、、あ、あとちなみにチェスタはミラナの本当の妹じゃ無かったみたいなんだ」

「そう言えばのノリで言う事じゃ無くない、?」

「チェスタも家族をあの事故で亡くしてて、ミラナが引き取ったみたいなんだ」

「え、?ミラナって未成年でしょ、?そんな事出来るの?」

「法律とかはよく分からないが、まあ、なんとかやってはいけてるみたいだ」

「なるほどね、、まあ、現状は分かったけど、、それで、何の相談?」

「ミラナのもう一つの人格、ユナを、ミラナ自身が大きくしていて、いつか本当の人格にしようとしてるんだ」

「え、、つまり、ミラナがユナになろうとしてるわけ、?」

「ああ、その通りだ。多分、ユナが居なくなった事が耐えきれないんだろう」

「自分が消えてでも、ユナを取り戻したいって事ね、」


 フレデリカがその話を経てそう解釈すると、エルマンノは無言で頷く。


「だから、どうにかしてミラナを戻したいんだ。何か、、案はないか、?」

「今話を聞いて、そんな直ぐに思いつくと思う?」

「フレデリカさんは天才だと存じ上げております。今も、ほら、新薬をお作りになっているではありませんか」

「過信しないで。これは前言った複製。同じに作るのに苦労してるの。それよりも、、多分それは精神的な問題。私達が外部からどうこうする話でも無いでしょ」

「まあ、、それはそうなんだけどな、」


 エルマンノは歯嚙みする。チェスタの、助けて。あの一言が忘れられない。どうにかしたい。妹を救いたい。そうは思うものの、方法が思い浮かばない。


「とりあえず、本人と話すしか無いんじゃない?ユナの事を思う強い気持ちがそうさせてるなら、その気持ちを、どうにかして変えるしか方法はないでしょ」

「...そう、だよな、」


 フレデリカの一言に頷くものの、それにどこか違和感を覚える。何故かは、不明だが。


「プリンまで持って来てくれたのに、こんな事しか言えなくてごめん」

「いや、一番はフレデリカにプリンを食べて欲しいから持って来ただけだ。気にする必要はない」

「なんか変なものとか入ってない、?」

「俺が食べさせるものはそんなに怪しいか、?」

「媚薬でも入れてそう」

「妹に薬なんて入れない。入れるのは妹におねだりされた時に俺自身に使う。妹を満足させるのも、兄の役目だ」

「副作用で死にそうだけどね」

「食べ終わった容器は俺にくれると助かる」

「何するわけ、?」

「別に妹唾液の付いた妹容器を入浴剤代わりにするつもりは無いから安心してくれ」

「その発言をする時点で死ね!」

「おうっふぅっ!?」


 エルマンノの言葉にフレデリカは心底嫌な顔をすると、彼の足を強く踏んだ。それを受けるエルマンノは、声を上げながらもどこか嬉しそうだった。いや、嬉しかった。


          ☆


「ミラナ〜、居るか〜?」

「あ!エルマンノさん!ミラナは居ないとよ〜!」

「...そうか、じゃあ、ユナを独り占め出来るな」

「えへへ〜何すんの〜?」

「お話だ。別に変な事をするつもりは無い」

「変な事ぉ?」


 エルマンノは実験室を後にしたのち、チェスタの送迎を済ませ、そのまま病院へと向かった。ミラナと話したいがために、アリアとオリーブより先に来たのだが、どうやら今日もユナの様だ。それを悟ったエルマンノは、アリアに先に来ている事をソナーで送ると、ユナに向き直った。


「ねっ、エルマンノさんは、ねぇねぇに会いたいん?」

「そう見えるか?」

「いつもねぇねぇの事呼んどるから」

「あー、、まあ、最近会ってないなとは思ってるけどな」

「私もねぇねぇとは会ってなーいっ、、どうしたんやろ、」

「心配か?」

「ううん。ねぇねぇはねぇ、強いから!大丈夫!」

「そうか、」


 ユナの元気に笑う姿に、エルマンノは小さく微笑んだのち、目を細める。


ーまただ、、この、違和感、ー


「チェスタが、最近行けなくてごめんって言ってたぞ」

「そっかぁ、、ちょっと寂しいけど、、仕方なかね、」

「まあ、施設があるからな」

「うん、、あーあっ、早く治して、チェスタと遊びたいなぁ」

「...」


 遠い目をしながら窓の外を見据えるユナを、エルマンノは無言で見つめる。すると。


「ねぇ、チェスタ、元気しとる?寂しそうじゃなか?」

「...ああ。大丈夫だ。お兄ちゃんが送り迎えもしてる。まあ、朝は不機嫌だけどな」


 エルマンノは、その問いに目を丸くしたのち、優しく返す。


「あははっ、確かに!」

「ああ。でも、大丈夫。元気そうだ。最近はなんかいい感じの相手も居てな、、なんか、めっちゃいい奴なんだよ、、それで、チェスタも、顔赤らめたりとかしてさ、、送り迎えでその様子見ると、いつも元気そうで、」

「?エルマンノさん泣いてる?」

「いかん、雨が降ってきたな」

「え、?降っとらんよ?あ!やっぱり泣いとるやん!」


 エルマンノはあの時の様子を思い出し男泣きする。どうやら、あの名言は室内で言うと効果が無いらしい。と、袖で目を拭いたのち、改めて告げた。


「いや、大丈夫だ、、それに、チェスタもな。何かあったら、俺が必ず駆けつける。心配しなくていい」

「そっかぁ〜!じゃあ、私も心配かけない様に、直ぐ治さんと!まあ、、どこが悪いのか、、よく、分かんないけど」

「っ」


 ユナのその言葉に、エルマンノは目を剥く。そうか、そういうことか、と。この違和感の正体。それはーー


 ーーユナがいつもチェスタを見ているという事。


ーそうか、、そうだったのか、、ミラナは、あまり大きな存在じゃ無かったって事か、、という事は、つまりー


 エルマンノはそこまで考えて確信する。フレデリカとの話で覚えた違和感。それは、ミラナがユナを失った辛さで人格を作り上げているという点。そうだ。元々違ったでは無いか、と。エルマンノは考え直す。ミラナは最初から、チェスタの事を考えていた。確かにユナが居なくなるのは辛い。その気持ちも大きくあるだろう。でなければ、ただ演じていれば良かった筈である。だが、それと同時に、チェスタの心の拠り所が無くなるという恐怖もあった。

 いや、違う。ミラナは、怖かったのだ。チェスタの心の拠り所に、自分がなれない事が。だからこそ、ミラナは。


「もうエルマンノ!酷いよっ!勝手に行っちゃうなんて!」

「お兄たん一緒に行くって約束した!」

「っ!わ、悪かった、」


 エルマンノが何かの確信を得たと同時、アリアとオリーブが病院に到着し、声を上げる。それに、我に返ったエルマンノは頭を下げ息を吐く。

 その後は、昨日と同じく何気ない会話を重ねた。だが、先程のそれを考えながら聞くと、どこか納得する点が多くあった。その、エルマンノの知っている"それ"と、ユナの話すそれの違いを感じながら、四人で会話を重ね、時には遊び、チェスタの送り迎えを思い出し、エルマンノが途中退出をしたりしながら、その日は幕を下ろした。

 そして次の日。昨夜、明日こそはとエルマンノは考えていたのだが、どうやら今日もミラナでは無くユナの様であった。今回はネラも呼び、皆でユナと遊んだ。そろそろ、ソフィも呼びたいところだ。きっと、ラディアの件で未だに寂しい夜を過ごしているに違いない。そう思う中で、迎えた次の日も。


「あ!エルマンノさんおはよー!」

「っ、、あ、ああ。今日も来たぞ」


 ミラナでは無く、ユナだった。その現状に、エルマンノは冷や汗を流す。以前からユナの回数が多くなっている。それは即ち、段々とミラナの体がユナに変わり始めているという事だろうか。もし、このままミラナに戻る事は無く、完全にユナになってしまったのだとすると、と。エルマンノは頭を抱える。遅かった、という事だろうか。


「...?エルマンノさん?どうしたん?」

「ん、?あ、ああ。悪い、妹の事を考えてた」

「どの妹ぉ?」

「全員だ」


 考え込むエルマンノにユナが首を傾げ放つと、それに微笑みながら返す。


「今日もみんな来るみたいだ。出来たら、今日はソフィっていう、もう一人の妹も紹介しようと思ってるんだけど、、って、ど、どうした?」


 エルマンノは取り繕ってそう口にすると、対するユナは僅かに震えている様に見え、首を傾げた。と。


「う、、うーん、、なんだか、、昨日の夜から、寒いんだ、」

「さ、、寒い、?ま、まあ、最近、寒くなってきたよな。この間まで夏だったのに、、気温差激しくて身体キツイよな、ほんと、この世界には秋が無いのかって思うくらい、」


 エルマンノはそこまで告げながら、未だ震えるユナに目を細める。


「って、、感じじゃないな。大丈夫か、?ユナ」

「う、、うん、」

「熱、あるんじゃないか、?ちょっと、いいか、?」

「うん、ええよ、?」


 エルマンノは身を乗り出し、憧れだった風邪を引いた妹のおでこを触るという夢を、ナチュラルに成し遂げる。が、それを思うより前に、エルマンノは手で触れると共に手を止め、目の色を変えた。


「え、」

「ど、どうしたの、?」


 風邪だと考えていた。ならば熱いはず。いや、風邪で無くとも暖かいはずだ。そう、予想していた。いや、常識だから。それ以外は予想していなかった。それだというのに。


「な、どうなってんだ、、これ、」


 彼女には、まるで体温が無い様に、冷たかった。

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