第51話「妹の隠し事は兄が受け入れるものだ」

「ん、、んん、」

「大丈夫か!?」

「ん、え、?だ、誰、?」

「お兄ちゃんだ。貴方が愛して已まない、お兄ちゃんだぞ」

「朦朧とした意識を利用して変な思想を与えないでください、」


 薄らと露わになるその光景に、ミラナは目を見開いた。


「なっ、え!?なんしとーと!?」


 思わず起き上がり、二人を見据える。そこには、エルマンノとチェスタが居た。


「なんしとーとはこっちの台詞だ。大丈夫か?覚えてるかは分からないが、倒れたんだぞ?」

「え、」


 エルマンノに言われ、ミラナは周りを見渡す。するとそこは、病院であった。


「近くに病院があって助かったな」

「え?あの近くに病院あったと、?」

「ああ。俺の通ってる病院だ」


 実際は全く近く無い。だが、エルマンノの通っているところならば顔見知りであり、事情も分かってくれるだろうと。ミラナをここまで運んだのだ。それを悟られまいとするエルマンノに、ミラナは俯く。


「ほ、、ほんま、ありがと、」

「ああ。礼には及ばない。お兄ちゃんだからな。その代わり、お兄ちゃんとまたお風呂入ってくれればそれでいい」

「つ、通報しますよ、、変態さん、、それに、またって、、ミラナ、一回お風呂入ったの、?」

「うえぇっ!?入っとらんばい!?え、入っとらんよね!?」


 半ば自信が無くなっている様子でエルマンノを見据えるミラナに、わざと意味ありげに微笑んで見せた。それにミラナは顔を赤らめながらも悶々と頷く。


「でも、あたしの事やから、筋肉見せたい思て入っとる可能性あるか、」

「あるのかよ」

「はぁ、これは、ミラナだ、」


 エルマンノが驚愕を含め呟くと、チェスタは息を吐く。それにエルマンノは一瞥して目を細めると、改める。


「チェスタも、、ほんま心配かけてごめんな、」

「はぁ、、もう、本当だよ、」

「心配、、してくれはったんか、?」

「まぁ、ね、」

「そ、そっか、、に、にしても、何でや、?」

「ソナーを送ったんだ。魔力検知しておいた甲斐があったな」

「いつの間にしたと?」

「この間な」


 エルマンノはそれを放ちながら、これ以上話を膨らませるとあの時チェスタと会っていた事を悟られそうになると察し、話題を変えた。


「それよりも、体、大丈夫か、?」

「え、ああ!全然平気よ!いやぁ、貧血かなぁ?やんなっちゃうわぁ、ほんま」


 あははっと笑うミラナに、二人は不安げに見据える。


「バイト入れ過ぎなんじゃ無いか、?体、、少し休めた方がいいぞ、」

「でも、今だけでも無理せんと、」

「...」


 その言葉に、エルマンノとチェスタは目を逸らす。自分に何か出来ないか。ただ無理するなと告げるだけでは、何も変わらないだろ、と。自身を思い、そう察する。そんな事を考える中、ふと奥から医師が現れる。


「目覚めましたか、」

「あ、先生、、ごめんなさい、、お騒がせして、」

「いえ。早く来ていただけて助かりました」

「と、、言うと、まさか少しでも遅れたらマズかった、、ですか、?」


 ミラナが頭を下げる中、それを受ける医師の言葉にエルマンノは身を乗り出す。


「いや、そういうわけではないんですけどね、、少し、複雑な感じです」

「ふ、複雑、?ただの疲れとかでは無いって事ですか、?」

「何というか、、精神的なもの、と言いますか、ね」

「精神的、」


 医師の言葉にエルマンノは零すと、ハッとした様子のチェスタは彼の袖を引っ張った。


「おおっ!?どっ、どうしたんだチェスタ!?お兄ちゃんの袖なんて引っ張って、、そんなにお兄ちゃんに構って欲しかったのか!?」

「変な妄想しないでください変態さん。入院させますよ」

「その時は任せてください」

「先生も一緒になるのやめてくれません?」

「それより、エルマンノさん、、ちょっと、」

「?...分かった、、悪い、ミラナ、ちょっと席外すな。先生、お願いします」

「はい」


 エルマンノはそう促すと、ズカズカと病院から出るチェスタを追いかけて裏に移動する。


「ど、どうしたんだ、?一体、」

「あえて気づかれない様にああしたのに、あんな大きな声出すってどういう神経してるんですか。成人してないとはいえもう大人ですよね?」

「大きなお友達と呼んでください」

「醜い大人です」

「おお、、もっと、お願いします」

「勝手に助からないでください。犯罪者さんとして晒しますよ?」

「おお、、こ、これもまた、」

「はぁ、、最低ですね、相変わらず、」


 震えるエルマンノに、チェスタは呆れると、少し間を開け頭を下げる。


「悪かった、、きっと、ミラナの事を考えて、移動してくれたんだよな、、それなのに、ごめん」

「っ、、はぁ、、分かっててどうしてあんな事、」

「妹につんつんされたらそりゃ声も出ますよ」

「はぁ、声以外は出さないでください」

「つんつんされる場所によっては、」

「帰ります」

「ああっ!悪かった!」


 エルマンノは懸命にチェスタを止めると、目つきを変える。


「その、、ミラナの事、だよな、、精神的って、、多分、」

「...そうだと思います、、ミラナは、あの出来事から辛さを紛らわせるために色々なバイトを入れてました。多分、自分を守るためっていうのが、、大きいと思います、」

「まあ、、それもあるだろうけど、」

「それで、、病院には行って無かったんです。きっと休めと言われるから、、でも、私も、言い出せませんでした、」

「それは、、その、人格の話、か、?」

「はい。...それと、、せ、精神的なもの、」

「っ」


 エルマンノはチェスタの言葉に目を僅かに動かす。


「多分ですけど、、その話だと思います、、最近、、ミラナ、調子悪そうだったんです、、何だか、体が揺らいでいる感じで、」

「ゆ、揺らいでる、?」

「はい」


 エルマンノが疑問に思う中、チェスタは続ける。


「それが、、今回爆発してしまったんだと思います、、それで、病院からも、精神的なものに問題があるって、」

「爆発、」

「まあ、、でも、気にしないでください。...ちょっとした、、精神的な疲れ、、ですから、」


 エルマンノはチェスタの辛そうな姿に目を細める。実はミラナから話を聞いて、なんて、言える筈は無かった。ここで全てを話せば、それこそ全てが崩れてしまう。チェスタは彼女を二重人格だと考えている。だからこそ、精神的な部分と聞いて、それを思ったのだろう。だが、恐らく問題はそこでは無い。彼女は無理に二重人格を演じて、チェスタが離れない様にする内に、それが大きなストレスとなっていたに違いない。それをしながらのバイトだ。倒れても何ら不思議ではない。エルマンノはそれを思い拳を握りしめると、そんな中、チェスタは戻ろうと足を進める。それに、エルマンノは振り返る。


「もう、、いいのか、?」

「はい。その、ミラナが自分が二重人格だと気づいているのか、いないのかは分からないですけど、どちらにせよ、私達には知られたくない事だと思います。なるべく、隠したい事なのは間違い無いです。それを、皆が居る中話されたら、ミラナは、」

「...ふ、」

「何ですか、?」

「いや、、凄い優しいなと、、なんか、安心したよ」

「え、?」


 エルマンノは、チェスタの気遣いに微笑む。確かにチェスタから見たらそうだが、今ここでミラナにもし二重人格では無い事、それを演じている事がストレスになっている事、そんな事を事細かく話していたのならば、それをチェスタに聞かせるのはマズいのだ。それをエルマンノは思いながら、ミラナが言い出せなかったそれをチェスタが行った。その事実に。ミラナがそれをして欲しかった理由と、チェスタが考え行動した理由の意味が違くても。チェスタはミラナを大切に思っているのだと認知し、微笑んだ。

 だが、それと同時に、それを行えなかった自分の不甲斐なさに歯嚙みする。と。


「何ですか安心って、、怖いです、近づかないでください」

「俺の出る幕は無さそうだから安心してくれ」

「...?」


 エルマンノのそれに首を傾げるチェスタと共に、病室に戻る途中、ふと口を開く。


「なぁ、チェスタ」

「何ですか、?そんな舐める様に呼ばないでください」

「そんな風に聞こえたか?」

「はい」

「俺は元々こういう言い方する奴なんだ」

「なら気持ち悪いですね」

「おお、、シンプルなディスりもいいな、」

「はぁ、、それよりも何ですか変態さん」

「ああ、、その、明日から、俺が迎えに行ってもいいか?施設に」

「は、?な、何でですか?やめてください。何考えてるんですか?」

「ミラナ、あの様子だと通院とかあるかもしれないし、もしそういうのが無くても負担は減らした方がいいだろ?」

「嫌です」

「えぇ、、お兄ちゃんを同級生に見られるのは恥ずかしいか?」

「恥ずかしいです」

「思春期だなぁ」

「人として恥ずかしいんです」

「大丈夫だ。チェスタはそんな事ない。俺が言わせないから」

「貴方の事言ってるんですけど」

「施設には紳士として行きます」

「もう施設の人に捕まってるのみんな見てましたから、、手遅れです」

「えぇ、、マジかよ、」


 チェスタの淡々とした返しにエルマンノは項垂れる。が、それでもと。エルマンノは口を開く。


「なら、また侵入するとするか」

「っ!や、やめて下さい!迷惑ですよ!?」

「なら、お迎えとして行っていいか?」

「お、脅しですか、、流石ですね犯罪者さん、」

「慣れてるからな」

「はぁ、、施設に居る子供達に手を出さないでください変態さん。そしたら通報しますよ?」

「大丈夫だ。俺はロリコンじゃないシスコンだ」


 エルマンノは真剣な表情で。何故かドヤ顔で返す。

 確かにチェスタは一人が好きな子なのかもしれない。それは感じている。だが、彼女の放った「ずっと一人」という言葉。それを、今になって意味を理解し改めたのだ。ずっと絶望していた。そんな彼女を、一人にさせるわけにはいかない。一人が好きだろうが関係ない。ただ、一人で帰らせるわけにはいかない。そう、エルマンノは強く感じた。理由は不明だが、嫌な予感がしたのだ。

 そんな事を考える中で病室に戻ると、そこにはミラナだけがベッドで横になっていた。


「あれ?先生は?」

「っ、あ、うん、話は終わったっちゃ。なんか、精神科にって話やったとよ、」

「なるほど、、ここでは専門外って事だな」

「別に精神なんてどこも悪くないんに、」

「まあ、、そうは思っても検査だけでもした方がいいんじゃないか?早期発見はそういう一歩からだぞ?」

「でも、」


 エルマンノが微笑んで放つと、どこか不安げにミラナはチェスタを見据える。それに察したエルマンノは付け足す。


「送り迎えは俺がやるよ」

「えっ」

「チェスタのだ。まあ、チェスタは大人だし、立派だからな。送迎以外は一人で問題無さそうだけど。それに、ペロも居るしな」

「で、でも、」

「さっき話したんだ。大丈夫。ミラナは、少し休む時間も必要だ。息抜きはサボりじゃない。息を抜かないと息を忘れて窒息するぞ?」


 エルマンノはニッと微笑んでそうミラナに告げる。対するチェスタは不満そうだったものの、ミラナの様子を見て改める。


「...大丈夫。勝手に施設の子を襲わない様に見張ってるから」

「えぇ、俺の方が御守おもりされる側なのか、?」

「はい。危なっかしくて見てられません」

「うーん、八歳に御守か、、これはこれで、」

「近づかないでください変態さん、」

「そろそろお兄ちゃんって呼んでくれません?」

「ふふっ」


 エルマンノとチェスタがそんな会話を繰り広げる中、ミラナはクスッと微笑んだ。


「分かった。...じゃあ、お願いしてもいいと?」

「ああ。任せてくれ」

「私に言ったんじゃないですか?」

「えぇ、、そっちかよ、」

「あははっ、二人にやでっ!ほんま、頼りになる兄妹で助かるわぁ」

「兄妹じゃないから!」

「おお、、とうとう、言質を取れたな」


 ニヤニヤとするエルマンノに、チェスタが声を荒げると、それを見据えるミラナは安心した様に、だがどこか寂しそうに微笑んだ。


          ☆


「...」

「おはよう妹よ」

「...」

「おいっ」


 翌朝。チェスタの家の前で待機していたエルマンノを、彼女は無視して歩き出した。それを追いかける様に横に並び、エルマンノは放つ。


「もう少し反応があっても良くないか、?例えば、、早起きですねぇとか、暇なんですかぁとか」

「...前に聞きました」

「そう言われると、、というか、チェスタは朝不機嫌なんだな」

「いつも不機嫌ですけど」

「不機嫌ロリ妹は大いにありだ。もっとシカトしてくれ」

「聖騎士さーん」

「やめてくれっ!それだけはっ」


 エルマンノは仏頂面の彼女の言葉に、慌てて止める。本人がある事無い事言ってみろ。エルマンノは百逮捕だ。


「...ここでいいです」

「ん?まだもう少し学校まであるだろ」

「貴方と歩いてるところを見られたくないので」

「まあ、、一回職質されてるしな、」

「という事で。さようなら」

「お、おお、じゃあ、また帰りな」


 エルマンノはそう手を振ったのち、「無理すんなよ」とだけ、小さく付け足した。

 どうやらアリア同様低血圧の様だ。ソフィの二日酔いの時の如く機嫌が悪い。エルマンノは似た様な妹で鍛えられていて良かったと、小さく微笑んだ。


「よし、、じゃあ、次はミラナだな」


 送迎が終わったのち、エルマンノは腕を回すと、そのままミラナの病院へと足を運んだ。


「ミラナ。大丈夫か?具合は」

「え、?あ、この間のっ!変態さんや!」

「...そ、そっちで覚えないでくれ、」


 この声音は、ミラナではない。エルマンノはそれに驚愕したものの、直ぐに話を合わせる。


「あ、ごめん!えっと、エルマンノさん、、やっけ?」

「ああ。だが、お兄ちゃんと呼んでくれ」

「なんでぇ?」

「チェスタの兄であり、ミラナの兄だからだ」

「えぇっ!?血、繋がってたのぉ!?」

「血は繋がってない」

「へぇ、、む、難しいわぁ、」

「まあ、六歳には難しいかもな」

「もう少しで七歳や!」

「十歳でも難しいな」


 エルマンノは淡々とそこまで告げたのち、少し悩んで口を開いた。


「その、、ユナ、、だよな、?」

「え?うん!私ユナやで!」

「...大丈夫だ。チェスタは無事に送り届けたぞ。今は居ない。無理に演技なんてしなくていいぞ」

「チェスタがどうしたの、?演技ってなーに?」

「...」


 随分となりきっている様だ。まあ、いつ他の人が来るかも分からないだろうし、それで演技してるなんてめんどくさい事にならない様にそのキャラを貫いた方がいいか。エルマンノはそう思いながら改めた。


「いや、何でもない。それよりも、チェスタと仲良いんだってな」

「うん!大好き!」

「そうか、、その、病院で出会ったって聞いたんだけど、」

「うん!よく知っとるね!ちょっと色々あって、、辛くてね、、苦しくて、、でも、チェスタと出会えたからっ!嬉しい!」

「そうか、」


 エルマンノはどこか寂しそうに微笑む。


「ねぇねぇから聞いたの?」

「ああ。勝手に聞いてしまって、、申し訳ない」

「全然ええよ!」

「そうか、ありがとう」

「エルマンノさんは、、私のお兄ちゃんになるの?」

「ああ。その通りだ」

「やった!ねぇねぇ寂しそうだから、、少しでも、、良くなるといいなぁ」

「...ミラナ、、寂しそうなのか?」

「うん、、お友達、、少ないみたいなんよ、」

「止めてくれ。その術はオレに効く」

「え?」


 エルマンノは腹を押さえてそう口にしたのち、目つきを変える。


「...チェスタは、、ミラナと友達じゃないのか?」

「うん、、仲良くなれんみたい。でもっ、私はチェスタと仲良しやで!」

「...そうか、」

「うん!私とチェスタは、何する時も一緒なんよ!」

「おお、、お風呂もか?」

「うん!入院中そうやった!」

「えっちだな」

「え、えっち、?なん?」

「変態という言葉を知ってるのにそれは知らないのか、?」


 その知識に偏りのあるユナに、エルマンノはジト目を向ける。と。


「ねぇねぇもお友達出来るとええなぁ。私とチェスタみたいに!」

「まあ、そう簡単に出来るものでもないんだ。ユナだって、チェスタと友達になるの、大変だっただろ?」

「大変じゃないっ!楽しかった!」

「っ、、凄いな、、ユナは」


 エルマンノは目を見開いたのち、優しくそう告げた。ミラナの話によるとチェスタにずっと話しかけていた様で、今の彼女を見ても、大変だったのは容易に予想出来る。それだというのに、ユナは楽しんでそれを行っていたというのだろうか。いや、ちょっと待てよ。だが、これはミラナの演技だよな。

 エルマンノはそこまで考えて頭を悩ませる。すると、その時、医師が現れる。


「あ、エルマンノさんいらっしゃってたんですか」

「ああ、はい。おはようございます」

「おはようございます。申し訳無いんですけど、そろそろ精神科の方へ移動のお時間ですので、」

「ああ。大丈夫です。すぐ出ますんで、」


 エルマンノはそう言うと、席を立つ。


「えっ、精神科、?なんそれなんそれ〜!エルマンノさんは来ないん?」

「ごめんな。俺は付いて行けないんだ。明日、もう一度顔出すから、待っててくれ」

「うん!分かった!」


 エルマンノが優しく告げると、そのまま医師に頭を下げ病院を後にした。


「はあ、、あれを見ると余計に、、このままじゃいけないよな、」


 エルマンノは外で病室に振り返り、いつまでも演技をし続ける大変さを実感した。


          ☆


「お、おはよう、」

「...」

「へへっ」

「...何笑ってるんですか?」

「相変わらずだなと、」


 翌朝、エルマンノは昨日と同じくチェスタの家に訪れ、彼女の送迎を行った。昨日は帰りのお迎えののち、一緒にペロの散歩まで行った。その時は口数は少なかったものの、まあまあ打ち解けてはきた筈だったのだが、朝は相変わらず親愛度がゼロに戻った様な感覚だ。ギャルゲのデータ消された時ってこんな感じなんだな。


「それよりも、、大丈夫ですか?」

「ん?ミラナの事か?」

「違います。息上がってますよ」

「チェスタの隣を歩いてたら、鼻息くらい荒くなるぞ」

「っ!?ち、近づかないでください変態さんっ、、本当に通報しますよ!?」

「本気で警戒しないでくれ、」


 距離を取り身構えるチェスタに、エルマンノは息を吐く。


「...その、実は昨日、あの後妹達に顔を出してお話してたら、夜遅くなったんだ。それで、寝坊した」

「だから息荒かったんですか、、はぁ、ならそうと言えばいいのに、ほんと意味分からない」

「聞こえてますよ」


 小さく息を吐くチェスタに、エルマンノはそう返す。


「実家暮らしですよね?大丈夫だったんですか?遅くなって」

「いや、大丈夫じゃないな。こっ酷く怒られた」

「はぁ、、そうはならない様にします、」

「ああ。反面教師にしてくれ」


 ジト目を向けるチェスタにエルマンノは何故か自信げにそう答えると、段々と学校が見え始める。


「...ここで、」

「ああ、分かってる。今日も、無理するなよ」

「普通、学校頑張ってねとか言うんじゃ無いんですか?」

「チェスタはもう頑張ってるだろ。まあ、頑張ってるのに無理すんなってのも、ウザいかもしれないけどな。でも、兄の言葉ってのは、ウザいもんだろ?」

「...意味分からないです、」

「ああ。俺も分からなくなってきた。とりあえず、授業遅れるなよ!」

「貴方じゃ無いんですから、遅くなったりしません」

「流石俺の妹だな」


 エルマンノは微笑んで、踵を返すチェスタに手を振る。と、それを見送ったのちに、昨日と同じく目つきを変えて、ミラナのところに向かった。


          ☆


「えーっと、、確か、こっちだな」


 エルマンノは昨日医師から教えてもらったおおよその場所を頼りに、ミラナが移動したという精神病院へ向かった。


「あの、すみません。ミラナさんって、居ますか?昨日こちらに移動して、入院中だと聞いたんですけど、」

「ミラナさん、、ですか、かしこまりました。えっと、貴方はミラナ様のーー」

「あ、お兄ちゃん!」

「ん?おお、ミラナ」


 受付で話す中、お約束。妹の方から声をかけてくれた。やはり持つべきものは妹だな。いや、持つべきなんてとんでもない。持たせていただいてるんだ。いや、踏んでもらえているんだ。

 エルマンノはニヤニヤとしながらミラナの病室に共に向かった。


「来てくれるなんて驚いたわぁ。あ、座っておくれやす」

「ああ、ありがたく」


 病室に入ると、ミラナはベッドに座り、エルマンノは隣にあった小さな椅子に座る。この話し方、間違いない。今回はミラナで間違いなさそうだ。


「ミラナ、、だよな?」

「え?そやけど?どうしたん急に」

「いやいや、」


 エルマンノは口を開きかけて、留まる。まるでその、昨日の事を覚えていない様な反応に。


「それよりも、、随分と大袈裟だよな。精神科なのに、入院なんて」

「いやほんませやねん。あたしも思ってたと。やけど、先生が言うには検査とかせなあかん言うとって、、家戻してくれ言うても、聞いてくれやんのや」

「そうなのか、」


 エルマンノは目を細める。何か、あるのかと。


「それよか、チェスタは大丈夫そ?」

「ああ。昨日も今日も、送り迎えは完璧だ。チェスタも元気そ、、いや、朝は不機嫌だけどな」

「あー、チェスタ朝方いつも以上に不機嫌やけん。大変やと思うけど、話しかけて欲しい、、あの子、言いたい事自分からは絶対言わへんから、、こっちが話してると、ちょっとずつ、断片的やけど、話してくれるんよ」

「なんだか、、分かる気がするな、」


 エルマンノは目を逸らす。その言葉には、チェスタはそうだという意味と、その気持ち自分が分かるという、二つの意味が込められていた。


「にしても、なんで昨日はユナを演じてたんだ?」

「え、?あ、あー、ま、一応演技の練習しとったんよ」

「そうなのか、?」


 その、どこか言い訳じみたそれに、エルマンノは目を細めた。


「まあ、なんていうか、、ユナの演技が多くなっても、変に思わんで欲しいんよ、、チェスタに、、少しでも、笑顔になってもらいたくて、」

「そうか、」


 ミラナの小さく呟かれたそれに、エルマンノもまた小さく返す。と、そののち。少し間を開け零す。


「ユナって、、どんな感じの子だったんだ?」

「え、?あたしの演技見とったんとちゃう?」

「あんな感じなのか?」

「せやで〜。まあ、ちょっとあたしの観察不足のとこあるかもしれへんけどな」

「...ユナって、、チェスタと簡単に友達になってたか?」

「うーん、、あたしから見たら、ゆっくりやったと思うよ?チェスタも心閉ざしとったし、色々あった後やけん。直ぐには仲良くなれやんよ」

「そう、か」

「でもな。ユナ本人は楽しかったんやと思う。チェスタがどんな反応してても、楽しそうやったんよ」


 少し間を開け付け足されたそれに、エルマンノは目を見開く。昨日のユナであるミラナの台詞は、彼女は知らない事の様な気がしていた。だが、ミラナもそれは分かっていたのだ。だからこそ、それを演じたのだろうか。確かに矛盾は無いがどこか不思議な感覚に、エルマンノは首を捻る。


「どないしたん?」

「ん?ああ、いや、、何というか、凄いなって、」

「ね、ほんまそう思うよ。辛かったと思うのに、、でもな。チェスタと友達になってからはずっと楽しそうでな?あたしは結構除け者やったんやけど、、それでいいって思っててん。あの子が幸せならそれでええ。そう、思っとったんやけどね、、それなのに、」

「ユナは、」

「うん、、ああなる思っとらんけん、、残されたチェスタとは、、上手くいかんかったとよ」


 ミラナでは、力不足だったのだ。チェスタには、ユナしか見えていなかった。だからこそ、ミラナはユナに力を借りるしか無かったのだ。それをまた言わせてしまった事に、エルマンノは歯嚙みした。


「わ、悪い、、また、辛い事を、」

「ううん、、ええよ。なんか、色々ごめんな。頭ごっちゃなるやろ?まあ、あたしも、普通やないんよ。みんな、あの事故でおかしくなってしもうてん。...やからかな、、多分、精神科勧められたんよ」

「...」


 遠い目をして話すミラナに、エルマンノは拳を握りしめる。


「まあ、色々お願いしとって、有耶無耶にするんはちゃうと思うし、あたしは聞かれたら全部話すっちゃ。何でも聞いてええよ?」

「なら、バストサイズとか聞いていいか?」

「えぇ〜っ、サイズゥ?測っとらんけん、、分からんよ、、でも体つきは気にしとるよ。いい筋肉のつき方と悪いつき方あるけん。まあ、えっと、どうやったかな、、ブラはFはあったと思うと」

「なっ!?さ、流石妹だ、、巨乳妹が二人、、これは、挟まれたいな」

「そういう趣味なん?」

「言っておくが顔だぞ?」

「他にどこかあるん?腕とか?」

「ミラナは純粋だったのか、」


 本気で言っているその様子に、エルマンノは予想以上にミラナが純粋だった事に驚愕する。


「でもまあ、動きづらいけん、あんま大きいと困るんよね、」

「それは大勢の人を敵に回してると思うが、?」

「そうなん?」


 ミラナは筋肉質故に巨乳でもそういう風に見えづらい。これは美乳というやつだろう。勿論、ソフィの様なふくよかな感じも大いにありだ。


「ほんで?他に質問とかある?」

「いや、、大丈夫だ。また今度、兄に求めるものとか聞きに来るよ」

「兄に欲しいのは筋肉やで」

「これは鍛え直しだな」


 エルマンノは冷や汗混じりにそう微笑むと、ミラナは笑う。その姿を見つめたのち、エルマンノは少し悩んだものの、それを放った。


「ミラナ、、その、質問は無いんだが、聞いて欲しい事がある」

「え?どうしたと、?」

「その、、チェスタはミラナの事ーー」

「ミラナさん、すみません。定期検査のお時間ですので、そろそろ、」

「あ、そうやったっけ、?す、すみません!今行きます!...ご、ごめんな、、で、なんやったっけ、?」

「いや、、後で大丈夫だ。定期検査、頑張れよ」

「頑張る事やないと思うけど、、ありがとうな!」

「定期検査という名目でえっちな事されない様に気をつけろよ?」

「そんな事されるん、?尻触られたりとか?」

「それ以上かもな」

「それ以上、、まさか、キ、キスされるとか、?」

「なんか、されそうだな」

「なっ、何を!?」


 無知な様子のミラナに、エルマンノは冷や汗混じりに微笑むと、恐る恐る検査室に移動する彼女を見据え、目つきを変え立ち上がった。


          ☆


 そして十六時。エルマンノはチェスタのお迎えのため施設に足を運んだ。


「さて、今日はストレッチやってるかな」


 エルマンノはやべぇ台詞を堂々と放ち外から覗く、が。


「クソッ、、外れたか、」


 どうやら、本日はストレッチが無いらしい。残念である。このために終わる数十分前に来たというのに。と、そんな事を考えていると。


「...」

「こ、こんにちは」

「こんにちは」


 施設の人に睨まれた。どうやら、顔を覚えられているらしい。これは授業参観は出来ないな。そう思いながら正門の前に足を進める。

 そして、待つ事十五分。


「お、そろそろか」


 どうやら終わったらしい。ぞろぞろと帰る人達が中から現れる。それ共に、保護者もまた集まっていく。その中で、エルマンノはえっちな、、いや、美人なお母さんとチェスタを探す。と。


「っ、いた、、おーいっ!チェスターッ!...って、、っ!」


 エルマンノは手を上げ呼ぼうとした時、それを目撃する。どうやらチェスタが外に出られなくて困っている様子だ。周りをキョロキョロとしているのを見ると、恐らく靴が無いのだろう。


「まさか、」


 嫌な予感を覚え、エルマンノは足を踏み出す。


「チェ、、っ」


 エルマンノはチェスタに近づこうとしたその時、奥の方でクスクスと笑う男子数名が居る事に気がつく。


「はぁ、」


 やはり人が集まれば闇が出来てしまうものなのだ。エルマンノは頭を掻いてチェスタの元に行く。


「おかえり、チェスタ」

「え、?あ、はい、、その、」

「靴、、どっか行っちゃったのか」

「...」

「大丈夫だ。お兄ちゃんがおんぶしてやる」

「やめてください。それなら歩いて帰ります」

「なら歩いて帰った靴下洗うんでください」

「洗う前に何するんですか、?」

「何故バレたんだ」

「本当に最低な変態さんですね、、吸うつもりですか?」

「食べるんだ」


 エルマンノがニヤリと放つと、チェスタは心底引いた様子で息を吐く。すると。


「うわーんっ、うわーんっ」

「え、?」「ん?」


 突如、先程陰に居た男子の一名が泣きながら現れる。


「お、お兄さんですか、?聞いてください、、チェスタちゃんがっ、、酷いんですっ」

「は、?」

「酷いくらいが丁度いいと思うが」

「違うんですっ、僕の事、いじめてくるんです!教科書取ったり、運動服隠したり、水かけてきたりっ!」

「ふっ、ふざけないでっ!私はそんなっ、そんな事してない!それやってるのあんた達でしょ!?」

「信じてくださいお兄さん!」


 慌てるチェスタ、そして懇願する様な視線を送るその男子。ほう、この世界ではこんなリスキーないじめをするのか。エルマンノはそう考えながら、彼をゆっくりと見据え、息を吸ったのちーー


「やるはずが無いだろうそんなことをっ!俺の家族が!」

「「っ」」


 ーーちゃっかりと、名台詞をパクった。


「エルマンノさん、」

「な、き、兄妹そろって僕をいじめるんですか!?」

「...さっき、見ちゃったんだ。君達だよね?靴、隠したの」

「「っ!」」

「返してくれるかな?チェスタの、大切にしてた、大好きな、形見なんだ」

「いえ、違いますけど、」

「違うのかよ、」


 エルマンノはしゃがみ込み、その男子にそれっぽい事を言うものの、一瞬でチェスタに裏切られて口を噤む。すると。


「わ、分かってないだけですよお兄さん!この子、クラスで浮いてるんです。誰も相手にしないし、話したら色々言われて、挙げ句の果てには殺されるんだ!」

「はは、これまた大袈裟だな」

「本当ですよ!この子はね、家族全員殺したんだ!そうだろチェスタ!みんな死んでお前だけ生き残ってるのおかしいって!新しい家族が居るみたいな事聞いたけどさ、そいつらも全員ーー」

「おぃーー」

「言っていい事と悪い事があるよ。ギルバート。チェスタちゃんは何もしてない。知ろうともしないで噂を信じて、それで意地悪をする人の方がよっぽど悪だよ」

「なっ、ヒルデッ、お前イキがってんじゃねーよ!」

「イキがってるのはお前達だろ。ほら、君達も、見てるだけとか一番腹立つよ」

「「っ」」


 エルマンノが思わず声を荒げようとした時に現れたのは、とても顔の整った男子、どうやらヒルデというらしい。ヒルデが隠れていた男子に鋭い目つきを送る。


「俺、魔力試験A判定なんだ。どう?俺と魔力勝負する?」

「っ!チッ、、お、覚えてろよ!」


 何ともかませ役の様な台詞を残し、男子達は走って消えていった。すると、ヒルデはその人達が置いていったチェスタの靴を拾うと、彼女に渡す。


「大丈夫だった、?その、ごめんね、、また、辛い思いさせちゃって」

「う、、ううん、、いいよ、、それよりも、ごめんね、、ヒルデ君、」

「いやいやっ、チェスタちゃんが無事で良かったよ。ほら、お兄さんも来てるんだし、帰ろ?」

「も、、もうちょっと、、話、したい、かも、」

「えっ、ははは、嬉しいなぁ、、でも、お兄さん待たせちゃうよ?また、明日話そうよ」

「え」


 突然の展開に脳が破壊されました。


 エルマンノはその光景を見て思考が止まる。その後、ヒルデとかいうやつが改めてと自己紹介したり関係を話していたりした気がするが、そんなものは聞こえなかった。

 そして、気がついたのはチェスタと共に帰路についたその時。


「何だあの正統派イケメンは!?」

「っ、、ど、どうしたんですか、?いきなり、」

「誰だ奴は!?妹は渡さんぞ!?確かに顔はいい、、中身も、、良さそうだ、、颯爽と駆けつけるさまはまるで白馬の王子様、、クソッ!アンチの入る隙がないっ!」


 エルマンノは声を荒げた。妹に彼氏が出来たらこんな感覚なのだろう。いや、実際にそうなのかもしれない。これは、心中したくなる気持ちも分かってしまうな。


「さ、さっき紹介したじゃないですか、、幼馴染です、」

「なっ、お、幼馴染属性だとっ!?クッ、、ほ、本気なのか、?チェスタ、」

「ほ、本気、って、?」

「分かった、、妹の幸せを一番に願うのが兄だ。否定はしない。だが、任せられるかどうかのテストはさせてもらうぞヒルデ」

「べ、別にそういう人じゃないですから」

「なんか満更でも無さそうだったじゃないかっ!」

「そんな事ないです、」

「ヒルデの方も、なんか、、顔赤くしてたしぃ!?なんか、それっぽかったじゃないか!?」

「えっ、そ、そうだったん、、ですか、?」

「ほら!今もっ!」

「う、うるさいですねっ!関係ないじゃないですか!変態さんには!」

「おお、、こ、これ、なんか兄妹の会話っぽくていいな、」

「もう、、な、何でもいいんですか、?」


 エルマンノが声を荒げたのち、突如ニヤニヤしながら放つと、チェスタは引き気味にそう呟いた。と、そののち、エルマンノは改めてあのヒルデとかいうNTR王子の事を考えていると、ふと、チェスタの方から口を開いた。


「...そ、それより、、送迎いつまでするんですか、?」

「ミラナが戻るまでだ。やめて欲しいのか?」

「はい」

「お兄ちゃん泣いちゃいますよ?ただでさえ傷心してるのに、」

「可哀想ですね」

「おお、それニヤニヤしながら言ってもらえます?ちょっと見下す感じで」

「そういうのも好きなんですか、?変態さんですね、」

「知ってる時点でチェスタも相当だと思うが」


 息を吐くチェスタに、歩きながらエルマンノはそう呟くと、その後、改めた。


「ミラナも、今日は元気そうだったから、多分大丈夫だと思う。昨日は、、ユナだったけどな」


 エルマンノはチェスタにバラさない様に注意しながら、事実を告げた。すると、突如チェスタは目を見開く。


「え、、ミラナのところに、、行ってるんですか、?」

「え、?あ、ああ、、毎日行こうと決めてるが、」

「っ、、や、やめてください」

「な、何か、あるのか、?」

「もしかして、、聞きました、?」

「な、何をだ、?まさか、」


 チェスタの様子に、エルマンノは目を細める。彼女から何かを聞いたか。そんなもの、あれ以外にありえないだろう。エルマンノがそれを言うべきか悩んでいた、その時。


「ミラナが、、演技してるって、、聞いたんですか?」

「っ!」

「やっぱり、、そうなんですね、」

「し、、知ってたのか、」

「はい。私のために、、ユナを演じてるって、、それくらい気づきます」

「す、凄いな八歳、、それよりも、何で、それを知ってて、」

「...これ以上、、エルマンノさんを、、巻き込みたくなかったんです、、それなのに、」

「巻き込む、?」


 チェスタが歯嚙みする様子に、エルマンノは話が見えずに首を傾げる。それを知っていて、何が問題なのだろうか。確かに、チェスタはそれを知りながら知らないフリをしていたという事になる。故に、また色々と大変な事にはなりそうだ。だが、それは優しさとも言えるだろう。それでここまでの反応をするだろうか。


「...エルマンノさん、、聞いてください、」

「え、?」

「エルマンノさんは、、おかしいと思いませんか?」

「おかしい、?」

「精神科に移動になった事です。二重人格じゃ無いのに、移動なんて、」

「た、、確かにそうだけど、、まだ精神的に不安定なんじゃないのか、?」

「はい、、その通りなんです、、だから、、ユナが出てくるんですよ、」

「え、」


 チェスタの、目を逸らしながら放ったそれに、エルマンノは声を漏らす。それを口にするチェスタは、震えていた。まるで、それを言うのに凄く勇気がいる様な、そんな様子だ。


「私はユナと仲が良かったです。そんな私のために、ミラナはユナになってる」

「ああ、、そうじゃないのか、?」

「そう、ミラナは思い込んでるんです」

「なっ」

「本当は、、ミラナの方が、耐えきれないんです、、ユナが、、大切な妹が、亡くなった事実を、受け入れられなかったんです」

「そ、それって、」

「はい、、だから、あの日から、、ミラナは私を助けるっていうのを理由言い訳に、ユナを演じていました。ただ、それだけなら、、良かったんですけど、」

「な、何か、、あるのか、?」


 エルマンノは予想外の言葉に冷や汗を流し、生唾を飲み込む。それに、チェスタは無言で頷いたのち、告げた。


「...ユナを生き返らせようとしてるんです」

「えっ」

「ミラナの中で、ユナの人格を大きくして、、ミラナは代わりになろうとしてるんです、」

「っ、、ま、まさか、、ミラナの中のユナを、主人格にして、自分自身を、ユナの器にしようとしてるって事か、?」

「はい、そうなんです、、私は、、今まで言い出せませんでした、、でも、この間倒れたって聞いて、、それで、病院の先生にも精神科を勧められて、、もしかすると、、もう少しで、、ミラナが、いなくなっちゃうんじゃないかって、、思ったんです、」

「...そうか、、本当は全部気づいてて、、怖くて、堪らなかったんだな、」

「でも、、こんな事にっ、、誰かを巻き込めるわけ無いじゃないですかっ、!私達の家の話、、ただでさえ、難しいのに、」

「大丈夫だ。俺はもうミラナの、チェスタの兄だ。だから、遠慮なんてしなくていい。チェスタの家の話は、俺の家の話でもあるからな」


 エルマンノもまた、衝撃的なそれに脳が追いついていなかった。何故だか、震えていた。それでも、目の前でこんな大きな事を、一人で抱えていた妹が居るのだ、と。エルマンノはしゃがみ込み、優しく放った。それに、とうとうチェスタは耐えきれなくなった様子で、泣き始める。


「う、うぅっ、、ごめんなさい、、こんな、」

「大丈夫だ。チェスタは、八歳なのに大人過ぎる。溜め込みすぎだ。お兄ちゃんよりも早く大人になるなんて、お兄ちゃんも泣いちゃうぞ?」

「そ、それでもっ、」

「大丈夫だ。もう、抱え込まなくていい。ここまで言ってくれて、、俺は嬉しかった。それに、誰にも言ってない事なんだろ?俺だけってなんか、特別感あるよな。兄妹だけの秘密、、なんか、いいな、」


 エルマンノは冗談めかして微笑む。すると、チェスタは一度彼の瞳を見つめたのち、俯いて少し間を開け、掠れた声で。泣きじゃくった赤い目で、そう告げた。


「うっ、うぅっ、お、お願いします、、お願いっ、、エルマンノさん、、ミラナを、、お姉ちゃんを、、助けてっ!」

「っ!」


 その一言に、エルマンノは目を剥くと、そののち。


「ああ!任せろ!」


 ニッと。力強く微笑み返してみせた。

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