第50話「妹が居た証」

「...そう、、だったのか、」

「はい、、もしかして、な、何となく、、分かってました、?」

「嫌な予感、、みたいなものは、」

「そう、ですね、」


 エルマンノとチェスタはランニングしていた事も忘れ、その場で立ち尽くす。


「それで、、その事故から、妹を亡くして、、そのショックで、、ああなってる、、って事か、?」

「はい。...でも、正確には少し違うんです」

「え、?」

「あの事故で、ユナは死んで無かったんです」

「っ」


 チェスタが付け足したそれに、エルマンノは目を見開く。


「そう、なのか、?」

「はい、、でも、傷が大きくて、」

「...そんな傷を、、六歳で、」

「はい、、それで、その、最初にミラナと出会ったのは病院って言いましたよね?」

「ああ、、そうだな」

「私も、傷は深く無かったんですけど、入院してたんです。あの事故で、肉体的にも、精神的にも、衰弱してるって、、まあ、幼かったですし、」

「...よく、、頑張ったな、」

「...」


 エルマンノの呟きに、チェスタは目を逸らすと、続ける。


「...それで、、その病院にミラナも入院してたんです。丁度、部屋が一緒でした」

「相部屋か、」

「はい。そして、、もう一人、その部屋には居たんです」

「っ、、ま、まさか、それが、、ユナ、?」

「はい」


 エルマンノの恐る恐る放ったそれに、チェスタは頷く。


「だから、、私は本当のユナと会った事あるんです。あの子はよく、ミラナの話をしていました」

「ど、どんな話だ、?」

「一緒に遊んで楽しかったとか、優しいお姉ちゃんだとか。色々、、聞いてる方はほんと、迷惑でしか無かったんですけどね、、でも、」

「でも、?」

「...それに少し、救われてたのかもしれないです」

「...」


 チェスタが遠い目をして放ったそれに、今度はエルマンノが目を逸らす。


「それで、その、ある日、ユナの体が悪化してしまったんです、、頑張ってたのに、、それなのに、」

「...」

「あの時は、、もう、何も考えられませんでした、、ずっと、朝も、昼も、夜も、ずっと、隣で泣き続けてる声が聞こえるんです、、ミラナの、」


 チェスタの掠れた声に釣られ、エルマンノは拳を握りしめる。


「もう、全部終わりにしたいと思ってました。そこで、気づいたんです。今まで、全てを失った私が救われてたのは、、全部、ユナのお陰だったんだって、」

「...」

「あ、明るい子だったんです、、ほんと、嘘みたいに、、お母さんお父さんが、、亡くなったのに、、それなのに、」

「...まだ、、分かりづらい年齢、だよな、」

「いえ、、多分気づいてました。一回、見た事あります、、ミラナが泣きながら、その事は言ってませんでしたけど、ごめんなって、、それだけを伝えてる姿を、、そして、その後、ユナが隠れて泣いていたこと、」

「っ...そ、そう、、か、やっぱ、、立派だったんだな、、ユナは、」


 チェスタの発言に、エルマンノは強くズボンを握りしめる。すると、この空気感に気づいたチェスタは、改めて放った。


「その、、ランニング、、続き、、しませんか、?」

「あ、、ああ、、悪い、、そう、だったな、」


 エルマンノは動揺を隠しきれていなかったものの、チェスタに促されるまま、隣で同じ速度で足を進めた。


「それで、、そこで声をかけられたんです。ミラナの泣く声が聞こえなくなった二日後、、私のところに来て、事情を知っていた彼女は、うちの家族になってって、、そう、提案してくれたんです、」

「そうか、」

「お互いの穴を埋める様に、、私達は家族になりました、、でも、、そんなの、受け入れられなかったんです、」

「...」

「それで、、ミラナも、ある日突然、、ユナになる時があって、」

「その、、ユナは、、六歳、だったのか、?」

「はい。...丁度来週で七歳って、、亡くなる前に言ってたんです、、言ってたんですよ!ユナは!それなのにっ、、それなのにっ、!」

「っ」


 突如耐えきれなくなったチェスタは、足を止めて声を上げた。そんな彼女にエルマンノは歯嚙みしながら、目を細めた。

 即ち、妹を亡くしたショックから、妹が亡くなったその日で時が止まったままのユナが、ミラナの脳内に出来上がったのだろう。それが無意識的に人格となり、こうして二重人格になったのだ。そうエルマンノは解釈し、表情を曇らせた。すると、対するチェスタは掠れた声で。涙をボロボロと溢しながら振り返った。


「すみません、、こんなっ、、風にするつもりなかったんです、」

「...いいよ、、全然、」

「ただ、、知って欲しかったんです、、ミラナが、ただの二重人格じゃない事、、そして、ユナっていう、、妹が居た、事実を、」

「...そう、か、」

「き、貴重な時間すみませんでしたっ、、その、それじゃあ、、また、」

「あっ、ちょ、」


 それだけを残すと、チェスタは走って帰っていった。女児が一人では危ない。そう思いながらも、足が動かなかった。連続で放たれた衝撃的過ぎる事実の数々。それを、エルマンノは受け入れるだけで精一杯であった。


「はぁ、、これは、、妹案件だな、」


 エルマンノはこの感情を一人で抱えるのは難しいと、助けを求めにネラの元へと向かった。


          ☆


「おーい、ネラ〜、いるか〜、約束通り妹の顔を見に来たぞ〜」


 エルマンノがドアをドンドンと叩きながら放つ事数分。勢いよくドアは開かれた。


「あ〜ごめんご〜、ちょっと立て込んでて遅くなった〜」

「立て込んでた、、まさか、お取り込み中だったか、?」

「一人だから安心して!」

「一人でお取り込み中か、、大丈夫か?ちゃんと終わりまで出来たか?」

「えぇ〜、う〜ん、まだ足りないかもぉ、兄ちゃん手伝ってぇ?」

「おお、、こ、これは、」


 ニヤニヤしながらネラが放つと、エルマンノはその僅かに色っぽい彼女に震えながら妹の頼みだと頷いた。と。


「いやぁ、マジ助かるわ〜、魔法石替えんのマジバット入るよねぇ、ヒール履けないと届かんくてマジ萎えるわぁ」


 なんと、電球の替えだった。この世界では電球の中のエネルギーは魔石で補っている。故に、電球では無く中身を取り替えるのだ。

 エルマンノは絶望した様子で土の生成魔法で粘土の様な土台を作り電球を取り替えると、息を吐く。


「これでいいか?」

「マジあざ!いやぁ、照明暗いと心までサガるよね!マジ盛れないし、やっぱ光最高だわぁ」


 ネラは手を広げ電気の光を浴びながらそう放つ。と。


「ん?どしたん?」

「いや、、騙されたなと、」

「騙された?あ、もしや期待しちゃったとかぁ?へぇ〜、兄ちゃんも男だねぇ」


 微笑みながらネラは近づく。すると。


「昨日さ、ソナーくれたのめっちゃ嬉しかった、しかも寝落ちとか」

「寝る前に消したぞ?」

「でも夜にソナーとかめっちゃ燃えるじゃん?」

「熱い夜になりそうだな」

「...ねぇ、今日一人だし」

「ああ」

「してみる?」

「なるほど、今度はトランプの話だな」

「違うよ、」

「じゃあババ抜きの話か?」

「それトランプに含まれてないん?てか、二人でババ抜き楽しい?」


 近づきながらもネラが驚愕すると、その瞬間。


「ああ!」

「ん?」


 なんと、先程生成した土が溶け、ネラの部屋を汚してしまったではないか。それにエルマンノは目を丸くすると、息を吐いて頭を下げた。


「悪い、、汚したな、」

「は?悪いで済むかよ最悪、、ガン萎えなんだけど、、掃除しといてマジで、」

「え、あ、はい、、す、すみません、」


 エルマンノはまたもやそれっぽい言い方をすると、予想外のネラの反応に敬語になる。ああ、そういえばネラは一つになったんだった。あの時のネラの一面がほぼ無かったため忘れていた、と。エルマンノは思うと同時に、その豹変ぶりに冷や汗を流した。てか、電球替えてって突然言われた兄、悪くなくね?

 エルマンノはそう思いながらも、ネラに睨みつけられた事にニヤつきながら掃除を始めた。


          ☆


「うわっ!凄っ、マジ綺麗になってんじゃん!いやぁ、おつ〜!マジアゲだね!あざまる!」

「ネラも二重人格なのか、?」

「え?何の話?」

「いや、、何でもない、」

「部屋汚されんのが一番サガるからさぁ、いくら兄ちゃんでも、ちょっと許せないなぁ」

「そうなのか?」

「あ!兄ちゃん座らないで!汚れる!」

「えぇ、、お兄ちゃんは汚れてるのか、?手は洗えないが足は洗った筈だぞ、?」


 エルマンノはそろそろ泣きますよと呟きながらそう返す。


「いやぁ、別に兄ちゃんが汚れてるとか言ってるわけじゃなくてさ。普通に無理なんよね、部屋に誰か上げて座らせるとか、生理的に無理」

「ネラって潔癖症だったのか?」

「まあ、ちょっと入ってるかもね。でも外では気にならんし、自分の部屋くらいかな〜」

「なら何で部屋に入れるんだ、?」

「親帰ってきたら面倒っしょ?それに、、兄ちゃんだけ、特別だよ、?」

「ぶっ!?」

「ああ!ちょっ!血ぃ垂らしたらマジ殴るよ!?」

「あ、飴と鞭だな、」


 エルマンノは鼻を押さえながらジト目を向ける。以前座らせなかったのもただ単に潔癖だったからなのか、と。エルマンノは改めてネラを理解する。


「...」

「ん?どした〜?」

「いや、知らない事、多いなと」

「あ、ウチのこと?まあ、何だかんだ会ったばっかだしね〜」

「色々あったのは分かるが」

「まねぇ〜、、色々悩んだし、つい最近まで引きずってた事も多いけど、」

「つい最近、?今は、、違うのか、?」

「うん!なんか、色々吹っ切れたからさ!兄ちゃん達と居ると、何でも良くなるんだよね!」

「そうか、、凄いな、みんな、、妹パワーだ、」


 エルマンノは微笑む。ソフィの時もそうだ。みんな、前を向いている。


「だからマジ感謝してるんだよ、、兄ちゃんには、」

「俺は別に何もしてないぞ」

「してるよ」

「なら、座らせて欲しいんだが、」

「それは無理ぽ〜。ウチの部屋の床に触れるのは最低限の面積で済ませて」

「その理屈だと片足立ちとかの方が良くないか?」

「あ〜!それめっちゃいいね!」

「言わなきゃ良かった、」

「めんごめんご、冗談じょ〜だん」

「なんか古くないか?」

「多くの人が使えば古くないっしょ」

「哲学だな。座っていいか?」

「えぇ、そんな尻つけたい〜?」

「ケツ学だな」

「なら、、ほら、ウチの上、、来れば?」

「っ」


 エルマンノは歩いてばかりで足が限界だった。ランニングなんてしなければ良かったと思いながらそう放っていると、なんと。ネラが正座で座り、腿を軽く叩いた。こ、これは。


「い、いいのか、?」

「ん、全然いいよ〜」


 正直、床よりも膝上に座る方が嫌ではないか。そう思いながらも、エルマンノは遠慮なくとしゃがみ込み、倒れて頭をつけようとする。

 と。


「な〜っ!ちょっちょ!タンマ!」

「な、なんだ、?」

「何で膝枕なん、?」

「ああ、、悪い、つい癖で、」

「何の癖、、も、もしかして、誰かにされてるとか、?」

「抱き枕で膝枕してるんだ」

「なんそれ、、やりづらくね、?」


 エルマンノがそう放ち立ち上がると、ネラは何故か少し安心した様子で、ホッと胸を撫で下ろす。と、エルマンノは失礼しますと呟き膝の上に座る。


「足伸ばさんでね」

「えぇ」

「面積最小限。てか足立てて」

「それ逆に辛くないか?」

「辛く無い辛く無い!別に体重かけちゃっていいよ」

「辛いのは俺の話だ」


 まだ立ってた方がマシだ。エルマンノはそう思いながらも、これは傍から見たら妹とイチャイチャお家デートだなと。ニヤリと微笑む。


「兄ちゃんに筋肉痛にさせられるなら、、別にいいし、」

「それなんかえっちだなぁ」

「そ?明日足立たないかも〜」

「狙ってるのか?」


 エルマンノはそう呟くと、ふとネラに振り返り見据える。


「どした?」

「いや、逆の方がそれっぽく見えるかなと」

「それ意味ないじゃん!」


 エルマンノの言葉に、ネラはツッコむと、少しの間ののち周りを見渡し、彼は微笑む。


「ちゃんと、、居るんだな」

「え?ああっ、そ!可愛いっしょ!」


 エルマンノが見据えた視線の先。棚に可愛らしく座った、少し露出多めな服を着ているマロンがいた。


「兄ちゃんが買ってくれた服だよ」

「ちゃんと、、大切にしてくれてるのか、」

「ったりまえじゃん!」

「普通、兄に買ってもらったもんなんて吐き気がして捨てる様な気がするが、」

「妹の固定概念やめた方がいいよ〜。妹だって色々居るんだからさっ」

「なっ、、そ、そうだよな、この多様性の時代、、妹は兄を嫌いという固定概念は寧ろ良くない。つまり、兄を大好きな妹もおり、兄の服を着てしまう妹や、兄の後にお風呂入ったり兄と一緒に服を洗濯したりそれを嬉しく思う妹も居てもいいということだ。これは、、革命だっ、私の望む世界が、今目の前にある!」

「な、何の話?」

「ネラの言う通りだ。兄のくれたものを大切にする妹。それも時期に常識になっていくんだな」

「ウチはそういう意味で言ったんじゃないけど」


 ネラは苦笑を浮かべながらそう放つと、エルマンノは改めて微笑む。


「でも、、本当に良かった、、マロンを、必要としてくれて、」

「まあね、、マロンは何も悪くないしさ。そもそも、ウチの独りよがりだし」

「そんなことはない。独りよがりでも、目標のために努力して成し遂げたのは事実だ。それに動機が不純だとは思わない。ネラはよく耐えて、良く頑張ったよ。これからも、そういうネラの沢山の一面を、変わった姿を、俺に見せてくれ。全部のネラが大好きな、このシスコン馬鹿の兄貴にな」

「っ、、ま、まあ、、あ、あんま、見んで欲しいけどさ、」

「ガン見します」

「は、話聞いてた、?」


 エルマンノの言葉に冷や汗を流すネラだったが、どこか嬉しそうな表情を浮かべ、彼女は僅かに手を前に出しそのまま抱きしめようとしたものの、ふと手を止め元に戻す。と、その後。


「それで?にしても兄ちゃんどしたん?家入ってくるん珍しいね」

「今聞くことか、?」

「まあ、タイミング逃した的な?」

「入れたのはネラの方だろ、?」

「まー、そうだけど」

「実はな、、ちょっと、、聞いて欲しい話があって、」

「ん?話?いいよ〜、話聞こか?」

「実は、ミラナの事だ。...その、これから会う時、何か、変な事が起こるかもしれないが、、気にしないであげて欲しい」

「変な事、?」


 エルマンノは意を決して、ミラナの事情を知っているネラに軽く二重人格の話をした。すると。


「え、、そ、そマ、?」

「ああ、、マジだ、」

「そう、、だったんだ、」

「それで、、その、一つ聞きたい事なんだが、、その、転移魔法で精神移動が出来るだろ?それで、移動した可能性とかって、、あるのかなと」

「それは無いっしょ」

「そうなのか、?」

「無い無い。だって、ウチは無機物に移動させたから何とかなったんよ。生き物の精神を生き物に移すなんしたら、体が持たない。どれ程魔力があっても、どれ程回復力があっても、もって数分。十分ももたないよ」

「そうか、、なら、あれは本当に二重人格って事か、」

「そだね」


 エルマンノの問いに、ネラは即答する。以前ネラの事があっただけに、可能性はあるかと。そう思っていたのだが、どうやら本当に二重人格らしい。恐らく、亡くなった時のユナを別人格として作り上げた。その解釈で間違いないだろう。ミラナの存在を知っているのも、皆と普通に話しているのも、記憶が統合されていないのにそれが起こっているのも、そう仮定すると納得出来た。


「多分、、寂しいんじゃない、?受け入れられないんだよ。だからこそ、自分の中で作り上げた。これは魔法とかじゃ無くて、、精神的な、、心の話だと思う」

「やっぱ、、そう、、だよな、」

「...何か、気になってるん?」

「まぁな、、この現状、、チェスタはどう感じてるのか、って、」

「チェスタって誰?」

「さっき話した、ミラナが引き取ったって子だ。もちろんチェスタも俺の妹だ。今度紹介するな」

「勝手に家族増えてくシステムなん?」

「ハッスルしてるんだろうな」

「大家族の話してるわけじゃないけど、、それよか、チェスタちゃんがどう思ってるかって、それ聞いて来なかったん?」

「話せる感じじゃ無かったんだ」

「そかそか、」


 エルマンノの言葉に、ネラは目を逸らす。と、その後。


「でもま、別に他人に迷惑かけてるわけじゃないし、無理に手を出す話でも無いんじゃない?」

「まあ、、やっぱ、そうだよな、」


 分かっていた。今までとは違って、助けるべきだというものではないと。だが、それでも。


「気になっちゃう?」

「だなぁ、、妹の複雑な感覚、、兄が、出来る限りなんとかしてあげたいんだが、」

「まあでもさ、、言いたく無い事だってあるし、、今のままで、、満足してるなら、それでもいいんじゃないかな、?きっと、ミラナちゃんも、チェスタちゃんも、、怖いと思うよ。それで、関係が変わっちゃったらさ。人には、聞かれて嫌なこともあるっしょ?」

「そう、、だよな、」


 ネラは、強く今までのことを思いながらそう放つと、エルマンノもまた以前の彼女を思い出して頷く。だが、ネラも強くは言えない様子だ。それによって、救われたから。だが、それが必ずしも救われるか分からないから、と。ネラもまた葛藤しているのだろう。


「それにさ、、兄ちゃん無理するし、、その、あんまり、自分犠牲にしてほしくないかなって、」

「っ、、わ、悪い、、また、心配かけて、」

「別にいいけど、、ちゃんと無理する前に、相談、してほしいかな。突っ走って欲しくないから」

「そ、そうだな、、ちょっと、衝撃的過ぎて、一人で考えるのは、辛かったんだ。悪い、変な話したな、」

「全然いいよ別に。でもミラナちゃん、ウチ勝手に聞いちゃったけどいいんかな、?」

「それは話してしまった兄の責任だ。ネラは考える必要はない」

「そ、そうかもだけど、」


 ネラが目を逸らす中、エルマンノは部屋にある時計を見据えよし、と。覚悟を決めた様に立ち上がった。


「悪かった、色々悩ませてしまう話をして、、妹の話を、妹とイチャイチャしながらしたかったんだ」

「そうなん?」

「ま、本当は精神移動の可能性を考えたかったのと、誰かに話したかったのかもしれない」

「そか、」

「今度は、、ミラナに話に行こうと思う」

「聞いた事、、言うん、?」

「...それは悩み中だ、、それを言われて、傷つくかもしれないからな、」

「うーん、、そうだね、、まあ、二重人格の話はしなくていいんじゃね?自分では知らないかもだしさ、」

「ああ、、そうだな。...よし。じゃあ、もしまた何かあったら頼むな」

「うん」


 エルマンノはそう改めて覚悟を決めると、微笑んで部屋を後にしようとする。と、その時。ネラは少し悩んだのち、口を開いた。


「あ、あのさっ」

「ん、?」

「えと、なんつーかさ、、今度さ、、そろそろ寒いじゃん?」

「今度そろそろ寒いってなんだ。別の言語が出てるぞ」

「ウ、ウチそんな頭良く無いし、」

「学校行ってたからなぁ、、C言語とかいけそうじゃないか?」

「なんそれ、、てか、その、そうじゃ無くてさ、、えと、なんつーか、来月にさ、、なんか、イルミネーション、、やるらしいんだよね、、この王国の、東側で、」

「そうなのか。し、知らなかった、」

「で、、でさ、その、い、行かない、かなって、」

「おおっ!お兄ちゃんを誘ってくれてるのか!?」

「ま、まぁねぇ」


 ネラは、どこか恥ずかしそうに呟いたのち、いつもの様にニッと笑って見せる。と、エルマンノはこれは断る理由が無いと。強く頷く。


「是非とも行かせてくれ」

「っ!じ、じゃあさっ、近くなったらまた言うからっ!」

「ああ。待ってる」


 エルマンノは微笑みながらそう放って部屋を後にする。そんな中、ネラは耳を真っ赤にしながら顔を手で隠し綻ぶ口元を抑え、足をパタパタとさせた。

 と、一方のエルマンノは妹の誘いに心を躍らせながら階段を下り、玄関のドアを開けようと手を伸ばした。

 が、その瞬間。


「あ!それと兄ちゃん!」

「ん?どうした?」

「部屋に落ちたゴミちゃんと掃除して行ってね!」

「なっ、、ス、ストイックだなぁ、」


 階段の上から放たれたネラのそれに、エルマンノは冷や汗混じりに呟いたのだった。


          ☆


「はっ、はっ、はっ、、っ!あ、エルマンノさん!」

「おお、ミラナ」


 遠くから小走りで現れたミラナは、通りの店の壁に寄りかかるエルマンノが見えると共に手を振った。


「何しとーと?」

「待ってたんだ。ミラナを」

「え!?ほんま!?」

「ああ」


 エルマンノはそう告げながら、ミラナで間違いないなと、目つきを変える。


「いつもこの時間帯に走ってるからさ。今日も丁度時間的に被りそうだったから、一緒に走りたかったんだ。妹と一緒に、妹の好きをしたい。兄はそう思うものだ」

「それ分かるわ〜!妹とは出来る限り一緒に居たいと思うとね」

「お、やはり分かるな。流石ミラナだ。兄だけでは無く、姉も共通してるわけだな」


 ミラナと共にランニングを始めながら、エルマンノはそう放った。実際は、ミラナが通るまで三十分以上待っていたのだが、嘘は言っていないため口を噤んだ。


「それよかこの間はほんまありがとうな」

「この間、?」

「お迎え行ってくれたやん!ほんま助かったわ〜。ちゃんとお返し出来んでごめんな?あの後ちゃんとゆっくり出来た?」

「あ〜、、そういえば、、まあ、ペロとペロペロは出来たな」

「おおっ!それええな〜!あたしもペロにペロペロなんてされた事ないで!」

「ならなんでペロなんだ、?」

「ペロがペロペロするんは好かれてる証拠とよ?ほんま、エルマンノさんには助けられてばっかりや、、今度、ちゃんとお返しするけん。待っとってね」

「いやいや全然。今度はチェスタをペロペロさせてくれればそれでいい」


 エルマンノが真剣に放つと、ミラナは「それは駄目やで〜」と笑う。と、そののち。ふと疑問に思ったそれを投げかけた。


「それにしても、お兄ちゃんと呼んでくれる話はどこにいったんだ?」

「ああっ!ごめん!そうやそうや。チェスタの前だとさ、お兄ちゃんって呼ぶと、ややこしいなるやろ?」

「ややこしいのは大歓迎だ」

「こっちは困ると!」


 エルマンノがニヤニヤとしながら口にすると、ミラナは苦笑を浮かべ声を上げる。


「それで、その癖でこうなってたんよ。ごめんごめん」

「気にする必要はない」

「そっか、良かった」

「チェスタももう俺の妹なんだ。お兄ちゃん呼びでも分かってくれるさ」

「あ、そっちかいな」


 エルマンノの言葉にミラナは苦笑を浮かべると、歩きながら改めて放つ。


「お兄ちゃんも最近ランニングしとるんやね。前にハマった言うとったし、運動もしとるんやろ?」

「ああ。ミラナのお陰でな」

「別にあたしは何もしてへんよ〜。でも、同士が増えて嬉しいわ〜」

「運動の良さを教えてもらったからな」

「でも、初めて会った時も走っとったよね?」

「そうだな。まあ、病院で、少し運動が必要って言われたから。それから始めたんだ」

「へぇ〜偉いなぁ」

「俺はお偉いさんだったのか」

「えらい偉そうな偉いお偉いさんやなぁ」

「ゲシュタルト崩壊しそうだ」

「あははっ、ややこしいん好きやないのぉ?」


 ニカッとミラナは笑ってそう放つと、そのまま続ける。


「偉いよ。普通、病院で運動した方がええ言われても、やる人少ないで?」

「まあ、俺も元々はそうだった」

「今は違うん?」

「ああ。妹の趣味にランニングがあったからな」

「へぇ、ランニング好きな妹おるんかぁ。話合いそうやなぁ」

「気づいてないのか、?」

「え、まさかあたしやった?」

「他に居ないと思うが」

「なんやぁちょっと期待してもうたわ〜」

「安心してくれ。お兄ちゃんが、ランニングが好きな妹になろう」

「意味分からんわぁ、」


 エルマンノが自信満々に放つと、ミラナは頭を押さえる。と、そんな中、ふと表情を変えて、エルマンノは悩んだ末、それでもと。嫌われる覚悟で、口を開く。


「そ、、その、、ミラナ」

「ん?どうしたと?」

「わ、悪かった、、実は、その、聞いたんだ、」

「な、なんを?」

「ミラナの両親のこと、、それと、妹の、事」

「っ」


 ミラナは、走りながらも目の色を変える。


「だ、誰から、?」

「...チ、チェスタだ、」

「そ、そっか、」

「頼む、チェスタは悪くないんだ。俺が無理に聞いたせいで、」

「別に怒っとらんよ。両親居ないん言った時から、大体の覚悟出来ててん」

「そう、、か、」

「...そしたら、気づいた、?あん時、あたしその妹の事話してたと」

「ああ、、ランニングしながら話してた妹の話だよな、、あれは、チェスタじゃ無くてユナの事だったんだな」

「っ、、な、名前も知っとるん?」

「まあ、妹さんだと、話しづらいし、」

「そ、そっかぁ、、まあ、大体予想しとるんと一緒や。あの時話したんはユナの事やってん。やけん、チェスタとはちょっと違う特徴やったと思う」

「そうだな、」


 エルマンノは改めて考える。ミラナから話で聞いていた妹の情報はユナであった。そのため、チェスタの送り迎えの話をした時、ミラナは『施設の話しましたっけ?』と、まるで妹の話をしていなかったかの様な反応だったのだろう。実際に施設には通っているものの、ミラナからするとその話はユナの話だったわけで。

 と、そこまで考えると、ふと気になった。


「その、聞いていいのか分からないが、、どうしてあの時、妹の話をする時、チェスタじゃ無くて、、その、ユナの方の話をしたんだ、?」


 エルマンノは「どうしてもうこの世には居ない」と言いかけて、口を噤んだ。それに、ミラナは少し悩んだのち、言ってもいいかと覚悟を決め告げた。


「その、チェスタを妹として引き取った話って、聞いたと?」

「ああ。その、お互いに引き取り手が居ないからって、」

「そやそや、、まあ、それで、引き取ったんやけどね、、でも、あの子は認めてくれやんかったと、」

「えっ、」

「チェスタは、、あたしの事お姉ちゃんやと思ってなくて、、まあ、仕方ないんやけどね、、突然引き取って、知らん人がお姉ちゃん言うても、中々認めてはくれへんのよ、」

「よく分かります」

「あははっ、多分誰よりも強引やもんねっ」

「ああ。俺はいつもそうだ」


 深く頷くエルマンノにミラナは笑うと、またもや表情を曇らせて続けた。


「それで、チェスタはあたしとは姉妹やと認めて無いんよ、、やけん、妹の話する時にチェスタの話するんは違うと思ったと。元々妹の話しなければ良かったんやけど、、呟いたあれで、お兄ちゃんに見つかったからやな」

「なるほど、、それで、」

「そうや、、それで、ユナの事を思い返しながら、話したんよ。また暗い雰囲気なるん困るけん、亡くなったんは話さなかったんやけどね、、それで通そう思うたら、チェスタと会って、このまま話すと矛盾が出そうやったから、もう一人妹が居るみたいにしよう思っとったんやけど、」


 エルマンノはそれを聞いて理解する。考えてみると、ミラナはチェスタを妹とは言った事はない。対するチェスタも、ミラナを姉として呼んだ事はなかった。更に、エルマンノが妹とチェスタを認識する様な話をする度に歯切れの悪い返事だったのも納得出来る。他所の人にどう説明していいか分からず、その場しのぎの様な感覚で妹と答えていたのかもしれない。エルマンノの妹と同じ様な部分がある。エルマンノの妹もまた、その場しのぎに頷く事もあるだろう。主にエルマンノがめんどくさいから。


「そうか、、それなら、、申し訳なかった、、俺が、妹だと決めつけてしまって、」

「いいやっいやっ!ええよええよっ!ちゃんと話しとらんかったあたしが悪いんやし!」

「まあ、会って数日だ。言えない事も、言わない方がいい事も勿論あるだろ。それに対してミラナが気にする必要は一つもない」


 エルマンノはそう告げると、これ以上踏み込んだ事を聞くべきか悩み、無言の時間が流れる。その様子に、ミラナは何かを察したのか、恐る恐る放つ。


「その、、チェスタに、どんな話されたん?」

「え、?」

「あたしの事、、話してた?」

「あ、ああ、、まあ、」

「どんな話しとった?」

「え、?いや、それは、」

「あたしの中にユナがおるとか、、話してた?」

「っ」


 エルマンノは、ミラナの言葉に目を剥き、足を止める。すると、彼女は察した様子で微笑み、三歩先で振り返る。


「やっぱり、」

「...し、知ってる、のか、?」

「分かっとるよ」


 エルマンノは驚愕する。てっきりミラナはユナの時の記憶は無いものだとばかり考えていた。だが、その記憶を保持している。という事は、だからこそユナの話が出来て、部屋もそのままにしてある。という事だろうか。そんな事を悩んでいると、ふと、ミラナは口を開いた。


「やっぱ、、あの時の事、気にしとるんやね」

「え、、あの時、?」

「ユナのあたしが、、お兄ちゃんと出会ったあの時」

「っ」

「まあ、しゃあないかぁ、、あんなん見たら、忘れられやんよなぁ」

「覚えて、、いるのか、?」

「そりゃそうや。覚えてるも何も、だって、、あたし、分かってやっとるから」

「え、?わ、分かってって、?」

「チェスタから、二重人格とかって、言われたりしたん?」

「あ、ああ、、そういうニュアンスだった、、けど、」

「ほんとはちゃうんよ。あれ、、実は演じてただけやったんよね」

「えっ、」


 ミラナの衝撃的な言葉に、エルマンノは呆然と立ち尽くす。


「そ、、それって、」

「そう、、あたしは別に、二重人格とかやない。ただ演じてるだけなんよ」

「演じる、?」

「チェスタから、事故の話も聞いた?」

「あ、ああ、、それで、亡くなって、」

「そう、、それで、搬送された先の病院で、ユナとチェスタは一緒になったと。凄く悲しかったと思う。両親を亡くして、体もボロボロで。あたしは、辛かったけど、、ユナの心配しかしとらんかったなぁ、、でも、寧ろそのおかげで救われたんかもしれん。あたし一人だったら、色々考えて、生きてる意味も、、無くしてたと思う」

「...」

「...それで、、そのチェスタって子も、同じく両親を亡くしとって、ユナと同い年だったんよ。やけん、あたしも気にかけとって、、でも一番は、ユナやったんよ」

「ユナが、、チェスタを、?」

「そや。毎日お話ししてた。最初の頃はユナが一方的やったんやけどね。でも、段々と仲良くなってきて、、お互いに、友達になって、入院してる間だけで親友にまでなっとって、、あたし友達居ないから分けて欲しいくらいやったわぁ」


 ミラナが冗談混じりに放つと、目を逸らす。


「...それで、あたしとチェスタが先に退院出来る様になったと。まあ、行く先が無いけん。家族になるんもユナが居らんとあれやし、あたしから頼んで、ユナが出るまであたしらも入院し続ける事にしたんやけどね。やから、それからもユナとチェスタはいっつも一緒におって、楽しそうやった、、それを、二人が楽しそうに遊んどるんを、、見るのが楽しみやった、、それだけが、生き甲斐やったんや、」

「...それなのに、」


 エルマンノは思わず拳を強く握りしめて歯嚙みする。その先を、知っていたから。


「そやな、、それでも叶わなくて、、ユナの体調は悪化して、、そのまま帰らんかった、、それで、チェスタの希望は全て消え去ったんよ、」

「それで、、その後引き取ったのか、?」

「そや、、やけど、全然話してくれへんし、、生きる希望すらないみたいな感じやったんよ、、帰っても一言も話さない、近くに行こうとしてもそそくさと離れてく。あたしじゃ駄目やった、、勇気が出んかったんよ、、あたしも確かに傷心しとったけど、、チェスタの境遇なんて、分かりっこないし、その辛さは、、計り知れやん」

「...そう、、だよな、」


 エルマンノも思い当たる節があった。妹達の辛さ。それを理解しようと動くものの、自身は今までそんな事を経験してきていない幸せな人間だ。だからこそ、深く踏み入れる事が出来なかった。それをして、本当に妹に寄り添えるのか。それが最善か、分からないから。その葛藤を知っているからこそ、エルマンノもまた強く頷いた。すると、ミラナは少し間を開け告げた。


「だから、、ユナなら、出来ると思ったんよ」

「っ」

「もう一度、、ユナを用意するしか無いって、、そう思ったんよ」

「そ、、それで、」

「そう、、だから、あたしはユナという人格を作り出し、まるで二重人格の様に演じ分けることで、初めて、チェスタとお話し出来たんよ、、そこから、ゆっくり、、ゆっくりと話したり遊んだり、そういう事が出来る様になって、、それで、今は、落ち着いとる、」

「...そう、、いうことか、」

「ごめんな。お兄ちゃん、、なんか色々巻き込んでしもうて、、あの時も、迷ったんやけどね、、でもあそこで普通に話したら、、今までの全てがバレてしまうと、、怖くなったんよ、それで、チェスタが離れてしまうのが、」


 エルマンノは無言で頷く。とても共感出来た。ただ怖いのだ。今の関係が、全てが、消えてしまう様な気がして。ネラの言う通りだった。そう思う中、ミラナは真剣な表情で改めた。


「でも、長くはもたないのも、いつまでも秘密にしとるわけにもいかないってのは、、十分分かっとる、、いつかは言おうって、、決めとるんやけどね、」

「...凄く、、怖いことだよな、分かる、」

「...うん、、怖いね。それを伝えたらチェスタはどう思うのか、どう感じるのか、そして、全てが崩れてしまう様な気もして、だからこそ、、言えんかった、、ごめん、、本当にごめんな、、色々と巻き込んでしまって、」

「いやいや、、俺は全く気にしてないから、」


 エルマンノは心からの言葉を放ちながらも、頭を悩ませる。ミラナの言う通り、チェスタをいつまでも騙す様な事をするわけにはいかない。それに、いつかは気がつくだろう。その時の衝撃は、計り知れない。それを察して、エルマンノは歯嚙みする。

 が、その時。


「っ」

「ん、?っ!?ど、どうした!?」

「うっ、クッ、、うぅっ!」

「大丈夫か!?ミラナ!?ミラナッ!?」


 ミラナは突如、倒れた。

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シスコン馬鹿が人生どん底の中異世界転生したので、向こうで妹ハーレムを作って青春やり直します。 加藤裕也 @yuuyakato

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