第47話「幼女妹の帰りのお迎え」

「その、、その節は、、す、すみませんでした、」


 ぷいっと。顔を逸らしながらも謝る少女に、エルマンノは優しく放つ。


「いえいえ。次は貴方のもお願いします」

「踏んづけますよ、?」

「フン付けてください」

「っ、、こ、この人、、通報しなきゃ、」

「大丈夫だ。俺にそんな趣味はない。断じて違う」

「全く信憑性がないんですけど、」


 エルマンノが真剣に放つと、その女児はミラナの後ろに隠れて睨みつける。すると、盾にされたミラナが驚いた様に目を見開き放つ。


「え、?お、お兄、、いや、エルマンノさんと知り合いなん?」

「え、?なんで、そっちこそ知り合いなの、?」

「エルマンノさんとはウォーキングの時に出会ったんよ。最近給料良かった日あったやろ?その日はエルマンノさんが薦めてくれた仕事やってん」

「え、、なんか怪しいお店とかじゃないよね?」

「俺を何だと思ってるんですか、」

「出会って数秒で分かる程変態さんなのは分かります」

「お、、おお、、変態にさんを付けると、、それは、、いいな、しかも、小さい妹に、」

「つ、通報しますよ、?」

「おお、そこまでがセットだな」


 幼女。妹。そして変態さんに対してジト目で通報。これは、凄いシチュエーションだ。だが、このままこのシチュエーションを続けては逮捕されるだろう。エルマンノはふと危険を察知し改める。


「この子とは、前に王国の浴衣とか雑貨店とかが集まってるところで出会ったんだ。その時は犬の散歩をしててな。そのワンちゃんにフンをされた。な?ウンコちゃん?」

「っ!その呼び方やめてください!」

「えぇっ!?そっ、そないな事があったん!?チェスタ、なんであたしに言ってくれなかったん!?ちゃんと謝ったん!?弁償せえへんとあかんやろ!?」

「あ、、謝りは、した、」

「謝っただけじゃ失礼やんか!せめて洗わんと!」

「でも、、あのままだと私が危なかったから、、だ、だってぬいぐるみとお話ししてたんだよ!?ぶつぶつ、一人で!」

「ああ、あれはだな、」

「危なかったとかちゃう!そこはしっかりせんと。ごめんなぁ、エルマンノさん、」

「いえ、全然気にしてないから。それより、危なかったのところは否定しないんだな」

「ま、まあ、分からんくは無いし」

「でもまさかミラナの妹がウンコちゃんだったとは、」

「いや気にしとるやん、」


 エルマンノがそのチェスタと呼ばれた少女に目をやると、ミラナは改める。


「その、改めて、すみませんでした!チェスタが、ご迷惑おかけしてしまって、、今更遅いと思いますけど、、服、弁償させてください!」

「...」

「ほら!チェスタも!」

「う、、す、すみません、」


 顔を逸らすチェスタに、ミラナが声を上げ頭を下げさせる。それに、エルマンノはいやいやと微笑み、返す。


「別にこっちで洗いましたし、跡にもなってないので。ただでさえ大変なんだから、弁償とかはいいですよ」

「で、でも、」

「だが、一つお願いがあります」

「っ!?」


 エルマンノはチェスタに向き直りニヤリと微笑む。それに危険を察し目つきを変える彼女に告げた。


「俺の妹になってくれ」

「...は、?」

「頼む!ミラナは俺の妹なんだ!だから、、チェスタも、妹にっ!」

「え、?ミラナこの人の妹なの、?」

「あ〜まあ、実は、そういう事になったと、」

「え、、じゃあ、新しい親が、?」

「いや。俺が兄になるだけだ。難しい話はない」

「いやその方が難しいんですけど、」


 両親が居ないのだ。色々考えてしまっても仕方がないだろう。エルマンノは慌ててそういう話では無いと伝えるものの、彼女には難しい様だ。六歳だし仕方がない。


「まあ、その、難しく考えずに、俺をお兄ちゃんだと思って、お兄ちゃんと呼んでくれさえすればいいんだ、」

「え、、ミラナはこんな意味分からない提案に頷いたの、?」

「ま、まあ、助けられたし、」

「はぁ、、ほんと、ヤバいところに目つけられないでね、、ほんと。この人絶対ヤバい人だって、、お兄ちゃんって言われて興奮する変態さん」

「おお、」

「ほら、、早く帰ろ?」


 チェスタはそう呆れた様に放つと、ミラナの手を引きエルマンノから遠ざける。それに、ミラナは振り返って「ごめんなぁ!また明日、いつもの時間に会えたら話すわぁ!」と放って、遠ざかっていった。それをエルマンノは見つめながら、ふと呟いた。


「...それにしても、、あれがミラナの妹さんか、、なんか、、予想してた感じと違うな、」


 エルマンノはそう思いながらも、天然の妹に出会えて、あそこまで素敵な言葉をいただけた事に感謝しながら、ニヤニヤと家へと帰った。


          ☆


「と、、いう事で、オリーブの母親は、神の力として、見守ってくれてるみたいだ」

「そう、、良かった、、やっぱり、母親の存在は必要だと思う。ずっと居なかったから平気っていうのは、人によるのかもしれない。別に要らなくても生きていく上では平気かもしれないけど、、やっぱり、オリーブも寂しくなる時はあるだろうし、彼女自身が母親になる時も、、来るかもしれないしね」

「オリーブが母親か、、何か胸の奥がモヤモヤとするな、」

「妹離れしなさい」

「したら死ぬなぁ、」


 翌日。久々にフレデリカの実験室に顔を出し、昨日の出来事を話した。


「それで、その後にミラナの妹に出会った」

「ミラナって前無理矢理妹にしようとしてた人でしょ?その人に妹居たんだ」

「ああ。実は、俺もつい最近知ったんだけどな。その妹と、昨日初めて会ったんだ」

「エルマンノのことだからどうせ何かしたんでしょ?」

「ああ。妹になって欲しいとお願いした。そしたら、変態さんと俺のことを呼んでくれて、しかも睨みつけられた。あんな少女に、いや、あんな幼女に、、ああ、思い出しただけでも震えが、」

「さっきまであんな良い話をしててなんでこんな最悪な話が出来るわけ、?」

「前みたいにジャンピングスクワットしながら話してないだけマシだと思ってくれ」

「それは常識なんだけど、」


 エルマンノがいつもの様に淡々としながらも震える姿に、フレデリカは呆れた様子で調合していた。


「それより、幼女って、、ミラナの妹さんって、小さいの?」

「六歳らしい」

「...」

「な、何だ?」

「エルマンノはシスコンをやめてロリコンになった挙句、少女に猥褻な行為をしようとしたわけ?」

「断じて何もしてないしまだシスコンだ。天然の妹に興奮してしまっただけだ」

「はぁ、、次は脳みそを操作する新薬でも作ろうかな、」

「おい。それ世界を作り変えるほどの力があるぞ、」


 エルマンノは冷や汗混じりにそれを放つと、改めて続けた。


「それでなんだが、、ミラナは両親が居ないらしい」

「...そうなんだ、、それで妹もって、、大変だね、」

「ああ。どうやら引き取り手も無くて、ミラナがバイトをして何とかしてるみたいだ」

「それで、エルマンノも何か力になりたいって話?」

「よく分かったな。流石妹次女」

「次女じゃないから」

「妹にはツッコまなくなってくれたのか、、兄は嬉しいよ」

「認めたんじゃなくて、それにもツッコんでたらキリがないから」


 フレデリカはそこまで告げると、ふと息を吐いて告げる。


「でもそれ、他所の家庭の話でしょ?エルマンノがどうこう出来る話でも無い」

「俺達はもう家族だ」

「はぁ、、もしそうだとしても、エルマンノが稼いだって、ミラナはそれを良くは思わないよ。話を聞いてるだけでも分かる」

「まあ、、な、」


 フレデリカの言葉に目を逸らす。確かに前回は受け取ってくれたものの、そう何回もお金を貢ぐわけにもいかない。そう考える中で、その様子をフレデリカは一瞥し、仕方ないといった様子で放った。


「なら、他の事で手伝える事をしたらいいんじゃないの?」

「ん、?た、たとえば?」

「買い物とか。バイトばかりやってるなら、時間もないだろうし」

「っ!なるほど、、部屋の掃除をしたり、お風呂の掃除とか、妹の面倒とかも必要だよな、」

「...」

「なんだ?」

「言わなきゃ良かった」


 エルマンノがニヤニヤと放つ姿にフレデリカは頭を押さえる。と。


「それより、それは何をしてるんだ?」

「調合」

「それは分かってる」

「何が聞きたいわけ、?」

「新薬が出来た後も、更なる高みを目指してるのか?」

「それもあるけど、今はこの間の新薬の複成をしてる」

「複成、、って事は、もしや、」

「そう。あの新薬、認められて、試作品としていくつか作る事になったの。その作り方がマニュアル化出来れば、それで商売も出来るだろうってね」

「よ、四日会っていないうちにこんなに大きくなって、」

「そんなに変わってないと思うけど」

「いや、大きくなったよ。まあ、大きくならないところもあるけどな」

「どこ見て言ってるわけ、?」


 エルマンノがニヤリとしフレデリカの胸を見据えると、彼女は殺してやると言わんばかりの表情を浮かべた。と、そののち。


「はぁ、まあそれで、これが上手くいって落ち着いたら、王城に来ないかって言われてる」

「なっ」

「国王側が気になってるみたい」

「...」


 エルマンノは一度目を剥いたのち、少し悩んで目つきを変える。


「...フレデリカは、、王城、、行きたいか、?」

「え、?まあ、綺麗だし、一度は行きたいけど、」

「そうか、、そ、そっかぁ、、はぁ、分かった」

「え?」

「げ、元気でな、、俺も、たまには会いに行くからな、」


 エルマンノは大号泣しながら、妹が行きたいと言うならばと。頷いた。が。


「え、?な、何、?」

「え?」

「もしかして、勘違いしてる?」

「え?」


 フレデリカは首を傾げる。何か、違かっただろうか。そう思った、矢先。


「ふっ、ふふふっ」

「なっ!?」

「も、もしかして私が王室に行くと思ったの?ふふっ、そんなっ、私が行けるわけないじゃん」

「ち、違う、のか、?」


 フレデリカは、そう笑いながら放つと、エルマンノは目を瞬かせ、少しの間を開けたのち。


「な、なんだ、、そうか、そうだったのかぁ、」


 遅れて安堵がやってきた。


「はぁ〜、、まあ、そういうわけだから。ただの食事会みたいなもの」

「それを先に言ってくれ」


 そう放ちながら、エルマンノはフレデリカに目を向ける。彼女がこんなに笑っているのは何気に初めて見るかもしれないと。そう思いながら、対するフレデリカはどこか優しい瞳で、彼を見据えた。と、その後。


「っ!そうだ、もうこんな時間か!」

「?まあ、エルマンノが来たのが遅いからね。それより、何かあるわけ?」

「ああ。この時間を逃すと話せない可能性がある。ちょっと、行ってくるな!」


 改めてと。エルマンノは彼女に感謝を告げ実験部屋を後にした。それに、フレデリカは「あっ」と、一度何か言いたげな表情をしたものの、息を吐いて次でいいかと調合に戻ったのだった。


          ☆


「はい。ご注文は如何になさいますか?」

「貴方の妹を」

「あなたのいもうとというメニューはございません。...って、おに、、エルマンノさんじゃないですか!?どうしたんですか!?あ、もしかして昨日の、?」

「ああ。この時間はここのバイトって、聞いてたからな」


 フレデリカの助言を聞いたのち、エルマンノは以前アリアやネラ、オリーブ達と訪れたお店へと来店し、フロアに居たミラナを見つけて注文として呼び止めた。


「冷やかしですか?」

「そんな風に見えるか、?」

「いえ、まともなメニューでは無かったので、」

「まあ、、確かに、そうだな」


 息を吐くミラナにエルマンノは淡々と返すと、改める。


「注文はするんだが、その前に一ついいか?」

「は、はい、?て、手短にお願いします、、今、勤務中なので、」

「分かってる。...その、、ミラナはバイトをずっと入れてるんだろ?それで、チェスタちゃんの施設の送り迎えって、大変なんじゃないかって」

「あれ、?施設の話しましたっけ?」

「ん?あ、ああ。してた記憶があるが、、記憶違いか?」

「いやいやっ、多分あたしの思い違いやわぁ。あ、危ない、、そ、それで、どうしたんですか?」


 ふと、方言が出てしまい、勤務中なのを思い出してミラナは改める。それに、エルマンノは続ける。


「その、送り迎えとか、大変じゃないかと思って、俺が出来ないかなと」

「え、エルマンノさんが?」

「下心はないぞ」

「そんなの疑ってませんよ?」


 なんと。ミラナは疑っていなかった様だ。これはアリアよりも壺を買わされそうだ。


「でも悪いですし、、良いですよ。...あ、でも、」

「ん?でも、?」

「申し訳ないんですけど、、今日実は早引きの日でして、」

「こっちでもそういうのあるんだな、、まあ、確かに考えてみると、俺も昔あった気がする」

「何の話ですか?」

「いや、気にしないでくれ。幼少期を思い出しただけだ」


 エルマンノはそこまで放つと、ならばと。微笑む。


「じゃあ、今日だけでも、力にならせてください。お迎え、俺が行きます。チェスタちゃんと、仲良くなりたいですし」

「ほっ、ほんま!?あ、えと、、す、すみません、、ありがとうございます!でも、、な、何でそこまで、?」

「当たり前じゃないですか。家族、ですから」


 エルマンノは首を傾げるミラナにそう微笑んで返すと、昼食を食べて店を後にした。


          ☆


「どれどれ、、ここか、」


 エルマンノは、ミラナがバイト中急いで書いた地図を頼りに、チェスタが通っている施設に足を運んだ。


「エルフラム施設、、なんだか凄い名前だな、」


 エルマンノはその簡単な地図と名称を元にその施設を発見すると、その大きさに目を見開いた。


「結構大きいんだな、、俺の時のイメージとはだいぶ違う、」


 そう呟くと、外周してその施設の全貌を見る。すると。


「ん、?ここは、、グラウンドか、?」


 どうやら、広いグラウンドの様だ。それが、学校裏に出来ている。そこに小さな子供達が体を動かして遊んでいる。何だか見た目でいうと、幼稚園や保育園。というよりかは、小学校の様に見える。合同なのだろうか。そう、思った矢先。


「!?」


 なんと、そこにはーー


「なんという絶景、っ!?」


 ーー女子達がストレッチをしていた。


 異世界の学校グラウンドなんて、なんだか新鮮である。だが、それよりもそこには現在進行形でキャッキャウフフして遊ぶ女子達が居たのだ。


「おお、、これは、」


 エルマンノはニヤリと微笑む。いけない事なのは分かるが、思わず口元が綻ぶのを感じる。と、そののち。


「っ」


 ハッと。エルマンノは意識を戻し、いかんいかんと。首を振る。いくら何でも幼児の体育を覗くのはヤバすぎると。僅か一秒だったものの、そちらに目を向けていた自身を殴る。が、それと同時に気づく。


「なっ」


 そこに、チェスタが居た。


「丁度体育の時間だったのか、」


 エルマンノはそう思いながら目を凝らす。が、そこでは。


「っ」


 チェスタが話しかけようとすると、そそくさと逃げ出す様に足を早め、話している人達に話しかけると避けられる彼女の姿があった。


「なんだよ、」


 エルマンノは嫌な予感を覚えた。いや、そんな筈はない。そう思いながら見ていても、どうやら二人一組を作る際には先生と組んでいる様子であり、ずっと寂しそうな表情を浮かべていた。

 エルマンノは前世での情景を思い出し、思わず握る拳の力を強める。


「ふざけんなよ、」


 目の前の、妹が避けられている状況に、思わず歯嚙みし言葉が漏れる。何をやってるんだ周りの奴らは。何をやってるんだ先生は。そう思うと、瞬間。


「んっん!」

「?」


 突如、背後から咳払いが聞こえた。


「どちら様ですか?我が施設に何か用ですか?ならば受付でお願いしますよ」

「え、?」


 どうやら、この状況は明らかにやばい奴だった様だ。ふと自身を俯瞰すると、そこには、施設の柵に掴まり、鋭い視線でグラウンドの女子を見据える、ヤベェ男という構図となっていた。振り返ると、どうやらバレていた様だ。グラウンドの子供達も驚愕している。

 それはマズいと。エルマンノは改めて咳払いをし返し、真剣な表情で。尚且つ爽やかに、声を低くしイケボでそう告げた。


「初めまして。私、こちらの施設に居るチェスタの兄です」

「...」

「無言でフォークを出すのをやめてください」

「こちらはトライデントです」

「刺股のノリで槍取り出すのやめてもらえませんか」

「一度待機室へお願いします」

「なっ!?」


 エルマンノの発言に、悪魔が持ってそうな槍を異空間移動魔法で取り出すと、彼の言葉を流してそう告げる。それを受けた彼はトボトボとその施設の人に連れられ待機室に向かった。

 そんな彼を見据え、ざわざわとするグラウンド内で、チェスタは鋭い目つきで、エルマンノを見つめていた。


          ☆


「俺は部外者じゃない!ちゃんと、こちらに通っている女子児童の兄なんです!」

「はいはい。それで、どうしてグラウンドを覗いていたんですか?」

「妹が、、心配で、」

「心配?」

「はい。鬼畜教師に更衣室に連れて行かれないかを確認してました」

「我々を何だと思ってるんですか」


 待機室で事情聴取の様なものを受けるエルマンノは真剣にそう告げると、ふと別の方が目の前の人に耳打ちする。


「この人相当危ないですよ。一度通報した方がいいのでは?」

「...確かに危険ですね。ですが、まずは本当に兄であるかどうかを確認させてもらいましょう」


 目の前の男性はそう告げると、エルマンノに問い詰めた。


「貴方は、この施設に通っているチェスタさんの兄だと言いましたね?」

「はい」

「それならばこちらで確認させていただきます。チェスタさんの学年とクラスを教えてください」

「え、?」


 ふと、エルマンノは硬直する。マズい。妹だというのに、学年を知らないのだ。兄だというのに、妹の事を何も知らない。いつも、そうだ、と。エルマンノは思うと共に。


「クソッ!」


 思わず拳を握りしめて自身の太腿を殴る。と、それを見た皆は。


「怪しい、」

「どうします?」


 ざわざわと。エルマンノに疑いの目を向けた。と、その時。エルマンノはいや待てよ、と。ふと思い出す。

 チェスタは六歳。という事は、学年で言うと。


「いや分かんねぇ!」


 今度は頭を足に打ち付ける。元の世界とは違い、学年が少し分かりづらいのだ。恐らく、統一されていなかった気がする。エルマンノはそう思うと、その矢先。


「し、、失礼します、」

「ん?おおっ!チェスタちゃん!」


 ふと、待機室にチェスタが現れた。すると、彼女は目の前のエルマンノを見据え。


「失礼しました」


 ドアを閉めた。


「なぁ!?待てっ、お願いだっ!兄をっ!兄をっ、助けてくれぇっ!」


 エルマンノは声を荒げる。それに職員が総出で止める中、ふとチェスタは嫌々ながらに顔を出した。


「...」

「チェスタちゃん!ありがとう!兄のピンチを予期して助けに来てくれたんだな!?」

「違う、、なんか私の名前を呼んでいる不審者が居るから、、何があったのか聞こうと思っただけ、」


 なるほど。エルマンノは不覚にも頷いてしまった。すると。


「え、えっと、、それでは、チェスタさん、、こちらの方は、貴方の兄で、お間違い無いですか?」

「そんな人知らない」

「おうふっ」

「「え?」」


 エルマンノの気色悪い声に、職員とチェスタは同時に声を漏らす。


「何で嬉しそうなんですか、」

「妹にこんな人知らないと言われるのは、、中々にアリだ、、それだけじゃ無く、そ、そんな名前の人は、知らない、、って言ってみてくれないか?やっぱり妹の代表としてーー」

「失礼しました」

「チェスタちゃん!悪かった!待ってくれ!」


 エルマンノのノリノリの言葉に心底嫌な表情を浮かべながらチェスタはそのまま去ろうとするものの、必死に止めた事により、何とか彼女を引き止め、数十分ののち兄であると認めてくれた。帰りの時間と被っていたため、お迎えに来たという証言に納得してくれた様だ。


「...わ、悪かった、」


 ふと、そののち帰路についた二人。そんな中、まるで賢者タイムの様なエルマンノの一言に、チェスタは目を細めた。


「...何しに来たんですか、、変態さん」

「おお、」

「...」

「す、、すみません、」


 エルマンノは「助かる」と口に出しそうになるものの、彼女の本気の眼差しに口を噤んだ。


「...悪かった、、お兄ちゃんのせいで、、その、チェスタちゃんの、イメージが、」

「それが分かってて何で来たんですか?というかまず、その質問に答えてください」

「ああ、、えっと、実はミラナがバイトだから、、俺が迎えに行こうと話して、」

「はぁ、、別に気にしなくていいんですよ。私、今までもずっと一人で帰ってましたし」

「一人で帰っていいのか、?」


 確か、この世界の法律で、六歳以下の子供は一人で外を歩いてはいけないというものがあった筈である。まあ、前世でも、似た様なものはあったが。


「...別に、、ずっと、一人だった、ですから」

「...」


 それを呟くチェスタは、どこか寂しそうで。その様子に思わずエルマンノは目を細めた。


「...そうか、でも、この間はミラナと一緒に帰ってたんじゃないのか、?」

「早引きの日以外は来てくれます、、でも、」

「でも?」

「何でもないです。それより、今日はぬいぐるみ持ってないんですね」

「あれは違うんだ。妹なんだ」

「通報しますね、」

「違う。弁解させてくれ」

「ぬいぐるみを勝手に妹と言うのは自由なので。それより人を勝手に妹にする方が問題です」

「あ、あー、」


 エルマンノは弁解した方がややこしくなると察し、口を噤む。すると。


「というわけなので帰ってください変態さん」

「そうは言ってもな、、妹を一人歩かせるわけにもいかない。一人で下校は危ないんだ」

「だから勝手に妹にしないでください。まだ頷いてませんよ」

「ウンコの件の埋め合わせとして、な?」

「そうやって人を追い詰めるんですか、、ほんと、犯罪者さんですね」

「おお、有難きお言葉」

「はぁ、ほんとに変態さんなんですね、、死んでください」

「おふう、」

「これでもいいんですか?」

「寧ろいい」

「正直一人で帰る方が安全な気がします、、帰ってください」


 心底嫌そうにエルマンノを見据えるチェスタに、浅く息を吐いて頷いた。


「分かった。でも、心配だから遠くで見てるぞ」

「それまた捕まりますよ?」

「そんなに俺は捕まりそうな見た目をしてるか?」

「顔がニヤけてます。あと、髪をもう少し整えたらどうですか?それだと不潔ですよ」

「お、おぉ、、い、妹に、不潔、」

「こ、これでも嬉しいんですか、?」

「はい。勿論です」

「ほんと、、きったない、」

「おお、」


 これは、新たな扉が開きそうだ。反抗的な女児妹。今まで年上ばかりだったからか、断じてロリコンでは無いのだが、どこか胸が高鳴る。


「はぁ、もういいですよ。もう少しで着きますし、、黙っててくれれば、」


 チェスタはそう諦めた様に放つと、それに微笑んだのち、エルマンノは口を開く。


「その、、チェスタちゃん」

「黙っててって言いませんでした?」

「言ったな」

「なら話さないでください。あと、ちゃんってキモいです」

「なら、チェスタ」

「馴れ馴れしいですね。黙っててください」

「...」


 エルマンノは学校の事を聞こうとしたものの、止められ口を噤む。これを聞いてもいいものか、自身でも分からなかったのだ。そんな事を悶々と考えているうちに、チェスタは突如足を止めた。


「ん、?どうした、?」

「ここなので、、ありがとうございました」

「おお、、ここが、」


 そこには、普通に大きめの民家があった。それに見惚れている中、チェスタは鍵を探りながら玄関へと向かう。と、それに。


「...二人で過ごすにしては、大きいな」

「...ここは元々、家族みんなの家だったんです」

「っ、、そ、そうか、、そういえば、、言ってたな、、家のローン払い終わってて良かったって」

「誰にですか?」

「ミラナだ」

「...そう、ですか」

「どうした?」

「こんな人に、そこまで話す理由があったのかと思って」

「こんな人とは、具体的に?」

「具体的に言うとご褒美になるので言いません」


 エルマンノはニヤニヤとしたのち、目を逸らす。野暮な事を聞いてしまったと。両親と共に過ごしてきた家。そこを、今は二人で生活しているのだ。この大きな家に、寂しくなる事もあるだろう。それを思い、歯嚙みする。と、瞬間。


「ワンワンワンッ!」

「わっ、もう、どうしたの、?ふふっ、偉いね〜、今日もいい子にして待ってた?」

「クゥ〜ン、」

「ふふっ、そっかぁ、、ハッ、!」


 ドアの向こうから犬が飛び出し、チェスタに飛び込む。それに笑みを浮かべて抱きしめる彼女は、ふと。我に返り目を見開くと、そのまま背後のエルマンノに視線を移動させる。と、そこには。

 案の定ニヤニヤと微笑むエルマンノが居た。


「う、、な、何ですか、」

「いや、微笑ましいなと」

「...も、もう、帰ってください。今日頼まれたのは、お迎えだけですよね」

「まあ、そうだが、でも、一緒に散歩とか行きたいなとも」

「帰ってください」

「おお、」


 どうやら、嫌われている様だ。あからさまに幼女に喜び過ぎたからだろうか。まあ確かに、本人からしたら恐怖でしかないか、と。エルマンノは悶々と頷き帰ろうとした。が、その時。


「フンッ!」

「なっ!?まさかっ」

「ああっ!やっ!待って!」


 まさかの、悪夢の再来。どうやらエルマンノのズボンは、その味を気に入ってしまったらしい。また食っちまったよ。

 こんなものをリピするんじゃないと、エルマンノは息を吐いた。


          ☆


「そ、、その、、ご、ごめんなさい、、本当に、」

「いや、にしても腸内環境が良いんだな。そんなに出るなんて」

「バウッ!」

「うっ、、コラ!ペロ!反省しなさい!」

「ワウゥ、」


 その後、エルマンノのズボンを洗うためチェスタの家に上がった彼は、目の前で頭を深々と下げるチェスタに何かを感じながらも、隣の犬に目をやった。


「ペロ、」

「な、何ですか、?あ、ありきたりですか、?」

「ありきたりなのはポチじゃないか?」

「ポチってありきたりなんですか、?何を理由にそんな名前をつけてるんですか、?」

「この世界ではありきたりじゃないのか、、というか確かにペロはペロペロしてくるからとか、もちはもちもちしてるからとか、色々あるが、ポチはどこから来てるんだろうな、ポチ袋とかか」

「一人で悩まないでください、」

「おお、そうだよな。悩みは、打ち明けないとな」

「そういう意味で言ってません」


 エルマンノが微笑みながら放つと、それにチェスタはジト目を向ける。と、改めてチェスタは頭を下げる。


「その、、すみませんでした、、一回だけじゃなくて、、二回も、」

「別に気にしてないって」

「それで、その、エルマンノさんは何でパンツ一丁なんですか?」

「この世界ではパンツ何枚も履くのか?」

「そういう話じゃありません!」

「いや、それは、洗ってるからで、」

「そうじゃ無くて何で上まで脱いでるんですか?」

「上着てパンツだと逆に変態っぽくないか?」

「貴方は服を着ていても変態さんです」

「嬉しい事言ってくれるな」

「嬉しくなる発言じゃないですよ」

「モッコ、、いや、ホッコリするな」

「ガッカリします」

「ガッツリしないでくれ」


 エルマンノはニヤリと放つと、チェスタは呆れた様に息を吐く。ズボンを洗っている最中は、この状態で居る事になりそうだ。チェスタはそれは危険だと思ったものの、エルマンノに合うズボンは家には無く、尚且つエルマンノにズボンを貸す行為の方が問題だと察したのか、このままで居る事になった。と。


「トイレ、借りていいか?」

「あ、はい、、いいですよ、」

「な、なんだ?」

「へ、変な事しないでください、」

「変な事とは、?」

「とにかく何もしないでください!」

「妹のトイレで妹の残り香を堪能しようとか、そこまでヤバくないから安心してくれ」

「その発想が出る時点で捕まってください」

「自首じゃないのかよ、」


 エルマンノはその警戒心マックスの彼女にそう告げると、軽く説明された内容を元にトイレへと向かう。と、そこには二つの扉があった。


「...うーん、、これはどっちか、、せっかくだから、俺はこの左の扉を選ぶぜ」


 エルマンノは謎の申告をし左の扉を開ける。と、そこは。


「おお、これは、違うな」


 可愛らしいぬいぐるみなどが置いてある、メルヘンチックな部屋であった。


「ここは、、チェスタ、?いや、ミラナ、?ん、?だ、誰の部屋だ、?」


 その、エルマンノの二人のイメージにどちらもそぐわない内装に、思わず足を踏み入れる。もしかすると、チェスタはワンチャンを可愛がっているし、こういう可愛いものが好きな一面があるのかもしれない。エルマンノはそう思いながらも、妹の部屋に入るのは良くないと振り返る。が。


「いや、、だが、不可抗力で妹の部屋に入ってしまい、そして、"それ"を見つけてしまう、、うーん、そのシチュエーションはアリだな」


 ニヤリと微笑む。


「ああ、妹ももうこんなお年頃なのか、、そうだよな、こういうものを好きになっていても仕方ない。そうだ、お兄ちゃんが手伝ってあげよう、、うーん、これもありがちなパターンだ」


 エルマンノはニヤニヤとしながらそういうものが無いかを探そうと、ベッドの下を覗く様にしゃがみ込む。すると。


「お、」


 なんと、そこには怪しい入れ物が置いてあった。これはビンゴか。エルマンノは微笑みながらそれを手に取る。


「うーん、、だが、流石に、これはやり過ぎか、、いや、良くないな、」


 エルマンノはふと正気に戻る。妹のプライベートを覗くなんて、最低だ。いや、それ以前に妹じゃないじゃないか。何考えてるんだ。これはただの犯罪である。止めよう止めよう。エルマンノはそう思いながら、何故かその入れ物を開けていた。


「あー、やっべ。やっべやっべ。やっぱ、、体は正直なんですね」


 エルマンノは淡々とそう呟きそれを見据えると、その入れ物の中にはーー


「ん、?手紙、?いや、ただの紙か、?」


 そこには、何十枚と、ノートを破いてメモとして使っていた様な紙が入っていた。と、そこに書いてある、その内容は。


「えーと、、九月十一日。なんだ、日記か、?」


 その、今日の出来事を記録した様なそれに、エルマンノはそう呟き、そのまま読み進める。すると。


「なっ」


『今日はねぇねぇに叩かれた。私が怒って服を引っ張ったら破けちゃったから。凄く怒られて、怖かった。あそこまで怒らなくていいのに。許せない。大嫌いだ!』


 なんと、ちょっと危なそうな内容だった。それから怨念の様なものを感じたエルマンノは、恐る恐るその入れ物の蓋を閉じてベッドの下に戻すと、冷や汗混じりにそそくさと部屋を出ようとした。

 が。


「エルマンノさん。トイレはそっちじゃ無いですよ」

「あ、、ああ、、は、はいぃ、」


 背後には既に、チェスタが居た。それに汗を滝の様に流しながらエルマンノは振り返ると、瞬間。

 断末魔の叫びが響いた。


          ☆


「か、、かはっ、、はぁ、も、もう二度とトイレが出来ないかと思った、」


 エルマンノはその後、用を足したのちそう息を吐いた。男性の急所を、あの歳で見事破壊したのだ。まだしても無いというのに、大切な息子を壊されてたまるか。エルマンノはそう思いながらヨロヨロとチェスタの居るリビングへと戻る。


「...チ、、チェスタ、、悪かった、」

「はぁ、、ほんと、人の部屋に入るなんて、最低ですね。妹の部屋に入る兄なんて、兄失格です」

「ごはぁっ!?す、すみませんでした、本当に、」

「え、」


 珍しく本気のダメージを受けるエルマンノに、チェスタは目を見開く。


「こういうのが効くんだ、」

「はあ、、はぁ、ほ、本当にすまなかった、、もう、二度と、あんな事は、」

「ほんと、最低な兄!妹の事何も分かってないダメダメな兄!」

「がはぁっ!?」


 まるで、今までの仕返しの如くそう放ち続けるチェスタに、エルマンノは咳き込みながら起き上がった。


「も、、もうやめてくれ、、ライフはゼロよ、」

「はぁ、、まあ、もういいです。私も、貴方に迷惑かけちゃいましたし、、それと、もう少しで乾くので、、そしたら早く帰ってください。貸し借り無しです」

「あ、ああ、、分かった、」


 息を吐くチェスタに、エルマンノは震えながら放つと、その後。少し無言の時が流れたのち、エルマンノは口にする。


「にしても、、さっきの部屋はチェスタの部屋だったのか?」

「...」

「お、おうふ、」


 視線で射抜かれたエルマンノは、そう気持ち悪い声を漏らすと、チェスタは観念した様子で告げる。


「違います、」

「な、なら、ミラナの、?」

「違います、」

「じ、、じゃあ、」

「...」


 エルマンノは、チェスタの神妙な面持ちに一度押し黙ると、改めて、ずっと気になっていた事を口にした。


「...な、なぁ、チェスタって、何歳なんだ?」

「え、?な、何ですか、、な、何歳だったら私をっ、、どうしようって言うんですか!?」

「いや、何もしないって、」

「...」


 エルマンノが冷や汗混じりに微笑むと、チェスタは鋭い目つきで睨みながら、小さく零した。


「...は、八歳です、」

「っ」


 そうだ。やはり、そうだよな。そうエルマンノは目を見開いた。明らかに、六歳にしてはしっかりし過ぎている気がする。それに僅かに成長している。どこがとは言わないが。ならば、と。エルマンノは疑問に思った事を、もう一つ。冷や汗をかきながら放つ。


「...そ、そうか、、その、、そしたら、、その、妹って、もう一人、、いたりするのか、?」

「っ、、そ、それは、、居ないです、」

「え、」


 チェスタの呟きに、エルマンノは驚愕する。


「ほ、本当に、、そうなのか、?」

「はい、、ミラナの妹、は、私だけです、」

「そ、そうなのか、?だが、ミラナは、、六歳の妹が居るって、」

「っ!?」

「なっ」


 エルマンノのその一言に、突如目の色を変えて、チェスタは立ち上がる。


「嘘ですよね、」

「え、?い、いや、、嘘も何も、、嘘だったら、俺もそんな事は言わないぞ、?」

「...まさか、、他人にまで、そこまで、、そんな事、」

「た、他人までそんな、?」


 チェスタは、険しい表情を浮かべる。それに、エルマンノは何かを察して目つきを変える。


「まさか、、そんな妹は居なくて、、ミラナは、架空の、、妹を作ってるのか、?」


 そのエルマンノの一言に、震えながら視線を僅かに落とすチェスタ。と、それと同時に。


「ただいまっ!か、帰って来とる!?」

「「っ」」


 ミラナが、帰宅した。

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