第五章 : みがわり褐色少女とシスコン馬鹿

第42話「兄は鍛えたい」

「にしてもさ、、こんな晴れてるのに花火って映えるん?」

「まあ、映えるかは置いておいて、ちゃんと見えてたぞ。ネラの、頑張り」

「そ、、そか、」

「ちゃんと、打ち上げられる様になってるじゃないか、、あんな大きいのを」

「ウチ、、変われたんかな、?」

「ああ。色々な事を乗り越えたんだ。ネラは強いし、変わってる。しかも、ちゃんといい方向にな」

「そっか、、でも、まだまだだよ、」

「はは、ネラは貪欲だな」

「えっ?」

「いや、ネラは、もっと大きくなりそうだって話だ」

「マ、?」

「ああ。まあ、やり過ぎは良くないから、気をつけながらな」

「でも、やり過ぎた時は、兄ちゃんが助けてくれるっしょ?」

「兄を頼り過ぎるな」

「えっへへ〜、は〜い」


 帰り道、数十分の号泣の末、目を真っ赤にした二人と妹達は並んで帰った。


「にしてもエルマンノ。さっきの声良く聞こえたね?まあ、オリーブちゃんは分かるけど」

「うん!聞こえたよ!」

「妹の声は聞き逃さない。それは兄の鉄則だ」

「あんたは五感アップの魔法使ってるからでしょ?しかも普段から」

「ああ。妹と話してる時はな」

「えっ!?キッショ!」

「もう少しマイルドにしてくれ、」

「気色が悪い、」

「ソフィ、前も言ったが略さなければいいって話じゃない」


 フレデリカに暴露される中、アリアとソフィから心底引かれるエルマンノ。引かれるよりも惹かれる存在になりたいもんだ。


「まあ、こっちの声が聞こえたのも、その魔法の影響だな。声量はそのままに、届けられる魔法だ。極秘の話とかする時、発する人の周りに人がいなくて、伝える相手の周りにだけ人が居る時とかは、その人にだけ届ける事は可能になる。まあ、普段はソナーがあるからあんまり意味ないが」

「へぇ〜、便利だね」


 アリアはそう呟きながら、自分が作った垂れ幕を抱きしめた。それを見据えたエルマンノは、優しく微笑む。


「凄い、上手くなってたぞ。刺繍」

「え、?ほ、ほんと、?でも、みんなが助けてくれたお陰だよ、」

「ううんっ!アリアが教えてくれたから、私でも出来たんだよ!」

「オ、オリーブちゃん、」

「ああ。オリーブは力が入り過ぎるからな、アリアのお陰で不器用な俺も手伝えた。ありがとう。今度は俺のために抱き枕を作ってくれると助かる」

「作らないよ!」

「えぇ、何でだよ」

「でも、これ、ラディアちゃんにあげたかったなぁ、」

「なら、今度配送してもらおう。転移魔法専門店に行って」

「ラディアちゃんどこに引っ越したか分かるの?」

「魔力を追えばいい」

「犯罪じゃない?それ、」

「それでもさ、、私と魔力、同じなんだよね?」

「なっ!?そうだったあぁぁぁぁぁっ!しくったぁぁっ!」


 何故か自信げに放つエルマンノにアリアがジト目を向けたのち、掠れた声でソフィが割って入る。彼女もまた、目を真っ赤にしていた。と、その言葉に驚愕し崩れ落ちるエルマンノを他所に、ソフィはアリアに放った。


「まあでも、今度会う時、渡しとくから」

「えっ、い、いいの、?」

「うん。だって、ラディアちゃんのために作ったんでしょ?なら、ラディアちゃんに渡すべきだよ。なるべく早めにさ」

「あ、ありがとうソフィさん!貴方の事、アル中のヤバい人だと思ってたけど、、見直しました!」

「アル中なのは変わらないけどな」

「随分と失礼なことを平然と言うんだね、、にぃの妹だからか、」

「おい。俺が失礼みたいに言うな」

「妹じゃないから!」


 エルマンノとソフィに返す中、アリアは少し目を逸らした。それを横目で見ていたフレデリカは、息を吐きながら「それよりどうするつもり」と、小さく耳打ちした。


「え、?」

「この間の事、、本当だって、分かった。この前はライブのリハーサルだったから、言えなかったけど」

「そ、、そっか、」


 アリアはフレデリカのそれに目を逸らしたものの、それ以上は何も言わなかった。それに、息を吐いたフレデリカだった。が。


「アリア?フレデリカ?どうしたんだ?」


 ふとエルマンノが割って入り、二人は口を噤む。


「何でもない。それよりも、病院はいいの?」

「そういえば定期検査の日だな。それを何故フレデリカが?」

「昨日言ってた」

「なっ、記憶が、、改ざんされている、?」

「頭も診てもらった方がいいかもね」

「俺の通ってるところは精神科じゃないぞ?」

「知ってる」

「えっ、兄ちゃんて病院行ってるん、?」

「ん?ああ、まあ、魔力の件で、少し」

「だから回復出来なかった的な事言ってたんだ。てかそれ大丈夫なの?」

「まあ、治ってきてるみたいだし、大丈夫そうだぞ」


 ネラとエルマンノが話す中、アリアは小さくフレデリカに感謝を告げる。


「はぁ、、まあ、あいつが無理しそうなのは分かるから、、でも、いつまでも黙っておくわけにはいかないからね、」

「うん、、分かってる、、その時は、私が、」


 そう口にして拳を握りしめるアリアに、フレデリカは本当に出来るのかと、ジト目を向けた。


          ☆


 その後、エルマンノは王国を走っていた。


「ほっ、ほっ、ほっ」


 何故かと思うだろう。特に、意味はない。

 あの後、妹達を送ったのち、病院に足を運び検査を受けた。医師が言うには、魔力自体は少しずつ戻っている様だ。また、魔薬の使用、及び魔力の多用が無ければ、一ヶ月半程で元に戻るとのことだ。だが、それは魔力だけを見た時の話であり、肉体の話では無い。魔力を使った事による影響で体が大きく衰えているとの事だ。この状況でおんぶしたのは逆によくなかったと言う。そのため、少しずつ体を動かしながら魔力を戻した方が良いとの話を受けた。

 魔力にも体の体力に比例するものがあると言う。そういえば、歳を重ねるごとに少しずつ魔力が多くなっていた気がする。それは歳では無く、体力の問題だったのか、と。改めて気づく。


『週何回程運動してますか?』

『性行為は運動に入りますか?』

『はい』

『ならゼロです』


 どこかで見た様な中身の無い会話をブチかまし、エルマンノは改めて運動をしようと王国に出た。それ故に今に至る。という事である。

 せっかく王国の病院に来たのだ。時刻も早い。このまま帰るのも勿体ないため、少し遠回りをしながら体力づくりに励んだ。

 魔力の増加だけで無く、体力が増加すれば妹を複数人おんぶ出来るかもしれない。タンクお兄ちゃん。それもまたアリだ。


「はっ、はっ、はっ」


 こんなところに公園があったのか。走りながら、まるで子供が出来た父親が、一緒に散歩する中、町内の新たな発見をするかの如く、感動を覚えた。


「こう見ると、はっ、この王国は、色々揃ってるなっ」


 周りを見渡しながらゆっくりと走る。初めては行き帰り含めて一キロくらいだろうか。とは言え測るものは何も持っていないので何も分からない。そんな事を考えている中。


「はっ、はっ、はっ」


 後ろから、同じく走っている女性が近づく。どうやら、ここは皆様のジョギングコースになっている様だ。


「こんにちは!」

「こんにちは」


 突如、話しかけられた。これが散歩中だと気持ちがノって街行く人に声をかけられるというあれだろうか。


「見ない顔ですねっ!初めてッスか?」

「初体験です」

「本当ッスか!今日は天気も良くて空気も美味しい!初めてがいい日になったッスね!」

「そうかもしれねぇッス!」


 速攻で言葉がうつる。スピードを合わせて隣を歩くのは、エルマンノと同じくらいの少女でありながら発育がとても良い。ソフィの様な感じでは無いが、美しい感じだ。何の話かは言わないでおこう。

 この台詞に、"そこ"しか見ていないのかと言う輩が現れるかもしれないが、この格好はそうなっても仕方がない。何せ、ジム帰りの様な、スポーツウェアの丈がヘソより上の短いものを着て、下はハーフパンツである。やはり異世界は肌の露出が多いのか。そう思いながらも、なんだかそういう目ではあまり見られない。その理由は即ち、健康的過ぎる体型にあった。


「す、凄い筋肉だ、」

「えっ、あははっ、いやぁ、こんなの大したことないッスよ!腹筋は大して割れとらんし」

「いや、ウエスト細過ぎですし、それなのにこんなガッチリしてて、、足の筋肉が陸上選手並み、、っ、もしかして、本職の方で?」

「いやいやっ!あたしがスポーツ選手とか無理無理っ!まだまだッスよ!」

「謙虚だなぁ」

「謙虚とかじゃ無いて!全然レベル違いますから!」


 そう笑う笑顔は無邪気で可愛らしい。体型は凄いが、やはり年齢はさほど変わらないのかもしれない。顔には幼さが残っている。少し跳ねたオレンジのショートの髪が褐色の肌に合い、見事にスポーツ系って感じだ。是非妹になってもらいたい。


「あの、貴方も、この辺り走ってらっしゃるんですか?」

「あ、はい!これが日課なんです。って、あたしに敬語はやめてください!」

「そこまで謙虚にならなくても」

「見たところ貴方の方が年上っぽいですし」

「俺は十五ですけど」

「えぇっ!?じゅっ、十五歳っ!?み、見えんなぁ」

「老けてると言いたいんですか?」

「いいえいえっ!大人っぽいなぁって、」

「そりゃあ、経験豊富ですから」

「す、凄いッス、、も、もしかして、彼女とかいたり、き、キスとかも経験あるとか、?」

「どっちも無いです」

「な、ないんかい。それ豊富って言えるんスか、?」

「妹に囲まれてますから」

「な、なるほど、、女性慣れはしてるんですね、」

「そ、それより、、はぁ、ちょっと、待ってください、」

「あっ、す、すいません!夢中で走ってしまって、、あ、あそこで休憩していきましょう!せっかくの縁ですから!」


 その少女はニカっと笑って喫茶店を指差すと、エルマンノはその笑顔に釣られたままその喫茶店に入っていった。

 が。


「な、なんだこの高さは、」


 喫茶店はここまで高いのか。以前アリアとフレデリカの三人で食事したところより高いぞ。


「の、飲み物で、、この値段!?」

「あっちゃ、、来るところ間違えたかもしれないですね、、すみません、」

「いえいえ、全然。とは言いつつ今日お金持ってきて無いので、どこに行っても駄目でしたね」

「あ、それは全然。あたしが奢りますよ?」

「いや、妹に奢られるわけにはいかない」

「え、?妹?」


 とうとう前振りもなく人を妹にする様になった様だ。これは、ツッコミ役が誰も居ないのは問題だ。誰か呼びたいところだが。


「それよりも、悪いですよ。奢りなんて、」

「いえいえ!十五歳の男の子を拉致ってしまったんですから、これくらいさせてください!」

「俺はショタ属性だったのか、?」


 エルマンノはその発言から妄想した時ショタっ子しか出てこなかったため、そう口にした。が。


「と、とは言っても、貴方は何歳なんですか、?」

「十六です!」

「誤差だろ、それ、」

「一歳は十歳差って言いますよ?」

「一切聞いた事がない」


 エルマンノは息を吐くと、大丈夫ですと付け足した。


「お金は無いとは言いましたけど、異空間移動魔法で財布を移動させてきますので、気にせず頼んでください」

「お財布にはどのくらいあるんですか?」

「銅貨三十枚くらいですね」

「ここで普通にお昼を食べたら半分は無くなりますよ、?」

「はい。なので俺は飲み物だけを飲みます。それに、母の用意した昼食が待っているので」

「あっ!そうだったんですね!すみませんッス、、邪魔する様な事を、」

「いえ」


 エルマンノはそう言いながら、どこか寂しそうな表情をする彼女に目を細めたのち、二人で飲み物だけを頼み、文字通りお茶をした。


「その、今更ですけど、お名前聞いても良いですか?」

「ああっ!す、すみません!あたしはミラナっていいます!」

「俺はエルマンノです。お兄ちゃんと呼んでください」

「お、お兄ちゃん、?」

「はい。唐突なお願いですが、ミラナさんには妹になってもらいたいんです」

「えぇっ!?どっ、どういうことですか!?」

「そのままの意味です」

「いや、それが分からないんですが、」

「俺は妹をスカウトして回ってるんです」

「も、もっと分からなくなりました、」



「とっ、いう事があり、ほっ、妹が増えた、、突っ、然でまた申し訳ないが、仲良くしてあげてくれ、」

「...今の回想は何だったの?」

「ほっ、ほっ、ん?どういう意味だ?」

「全くそこから繋がってないんだけど、」


 その後、家に戻って昼食を摂ったのち、エルマンノはフレデリカの家に入り込んではそんな謎の回想と共にそれを放った。


「まあ、まだ悩んでるみたいだしな。あまり強要するのもっ、良く無いよなっ」

「悩んでるってよりかは分かってないんでしょ、」

「難しかったか、」

「分からなくていいんだけど。それで、さっきからエルマンノは私の実験室に上がり込んで何をやってるの?」

「ちょっと体力をつけたくてな。隙間時間も、トレーニングを欠かさない様にしたくて」


 エルマンノは何故か調合中のフレデリカの背後で走り回っていた。


「脳筋馬鹿にシフトチェンジしたの?」

「ストイックと言ってくれ」

「私の家を勝手に使ってなければそう言っても良かったかもね」

「はぁ、はぁ、、っと、次は膝関節だな、スクワット、、いや、ジャンプしてからスクワットがいいか。フレデリカ、ちょっと跳んでもいいか?」

「その前にあんたの首を飛ばすけど」

「まだ首の皮一枚繋がってないか?」

「ない」

「見てもないのに言うなよ、」

「頭が取れてたら見なくても分からない?」

「ゲームのバグか何かか。...はぁ、どうやら俺は斬首みたいだな、」

「斬首はしないで。切腹でもしてもらうから」

「楽に死なせてくれないのか、」


 エルマンノは息を吐くと、フレデリカもまた頭を押さえる。


「ここ調合室なの知ってるでしょ?」

「は、はい、」

「他所でやって」

「俺はフレデリカとお話がしたくて」

「なら走るのやめて」

「そ、そうだな、、悪かった、、妹と話している時に、他のことをするなんて、、お兄ちゃんどうかしていた、」

「それは元々でしょ?」

「それよりも妹と同化したいなぁ」

「帰って」

「分かった」


 エルマンノは心底嫌そうにするフレデリカに、それだけ告げると、ドアへと向かう。と、その中で、エルマンノは振り返る。


「大丈夫か?フレデリカ」

「え?」

「なんか、一週間前から様子が変だったから。気になったんだ。もし、新薬の事とかで不安があるなら、お兄ちゃんにいくらでも言ってくれ」

「新薬の事分からないでしょ?」

「フレデリカは天才だからなぁ、お兄ちゃんの出る幕はないか、」

「...それより、私よりもっと気にかける人がいるんじゃない?」

「...まあな、」

「エルマンノも、ちょっとは察してるんじゃないの?」

「...分かってる。ネラの事が収まったんだ。ちゃんと、向き合わなきゃいけないよな」


 エルマンノはそう目つきを変えると、フレデリカにありがとうとだけ告げ部屋を後にした。それに、フレデリカは息を吐く。アリアは、どうするつもりなのか、と。


          ☆


「おはようオリーブ」

「あっ!お兄たん!おっはよ〜!」

「今日も最高に可愛いな」


 その後、いつもの様に獣族の村にお邪魔して、お爺ちゃんお婆ちゃんの家に顔を出すと、一番にオリーブが現れる。待っていてくれたのか。涙が溢れそうだ。


「今日も、、晴れだな」

「うん!でも、、また、傘、、入りたいな、この間はそれどころじゃ無かったから、」

「よし。じゃあ来週あたり、また傘の中でギュッとしような」

「うん!ぎゅ〜って、しよっ!」

「あらあら、昼間から仲がいいねぇ」

「あ、おはようございますお姉さん」

「お姉さんなんて、そんな。それに、おはようの時間じゃないよ」

「その日初めて会った人にはおはようございますって言いませんか?」

「もう既に朝会ってるねぇ。村まで来てたじゃない」

「早起きすると一日が二日になった気分になるな。これが三文の徳ってやつか」

「さんもん、?」

「ああ。やっすい三文だ。本当は一文もない」

「ど、どういう事、?」

「あ、エルマンノ、、おはよ〜」

「ほら、ここにも三文徳してる人が居るぞ」

「アリアさんは別だよ。今まで寝てたからねぇ」

「また寝てたのか?」

「う、、まあ、今日早起きだったし?」

「まあ、そうだな、、悪かった。急なお願いで無理させて。...起こしてしまったか?」

「ん〜、、まあいいよぉっ!そろそろ起きなきゃって、思ってたし」

「そうか、」


 エルマンノは、目を擦り伸びをするアリアに目を向けたのち、思わず背ける。何故だろうか。いや、駄目だ。そろそろちゃんと聞かなくてはと。そう思っていたのだから。


「お兄たん、?ど、どうしたの?」

「ん?ああ、寝起きの妹は唆られるなと」

「うぇっ!?ばっ、馬鹿っ!シスコン馬鹿っ!」

「そうだな」

「へっ、変態っ!」

「そうだな」

「認めないでよ阿保!なんで嬉しそうなの!?」


 顔を赤らめて体を隠しながらそう声を上げるアリアに、いつも通りニヤリと淡々と返したのち、オリーブに視線を向ける。


「オリーブ。今日からちょっと体を動かそうと思ってな」

「えっ、でも、いつも、動かしてるよ、?」

「いや、ちゃんと運動をしようと思って」

「え、エルマンノ、、オリーブちゃんに何する気、?」

「運動という単語だけで夜の運動会を想像するのは相当だぞ?」

「ばっ、そ、そういう意味じゃなくてっ!な、なんで、、オリーブちゃんに言うのって、、話で、」

「ああ。そこで提案なんだが、オリーブ。またキャッチボールしないか?」

「っ!ひっ、久しぶりっ!やりたい!」

「おお、、そこのやりたい!のところ、もう一回言ってもらっても、」

「変態!」

「おうふ、」

「えっ、叩いた手でも反応するの!?」


 アリアはオリーブに近づくエルマンノの頭を叩くものの、その手の感触で"いつもの"が発動する。そんな中、オリーブは元気にはしゃぎながらパタパタと走り出す。


「じゃ、じゃあ!前に買ってもらったボールッ、準備っ、しなきゃ!」

「ああ。それに、巫女服は動きづらいし、汚したらあれだもんな」

「うんっ!まっ、待ってて!」

「ああ。どこにも行かないよ」


 元気に神社の方へと戻るオリーブを眺めながら、エルマンノは微笑む。と、その後。


「...アリア、」

「えっ、ど、どう、したの、?」

「やっと、二人っきりになれたな」

「うぇっ!?」

「私がいるけどねぇ」

「お姉さん。お昼の準備は?」

「もうお昼過ぎだねぇ」

「なら、」

「分かってるよ。おばちゃんは戻るから、ごゆっくり」

「ごっ、ごゆっくりって、えっ!?」


 お婆ちゃんが何かを察して席を外す中、アリアは顔を真っ赤にしてエルマンノに振り返る。


「え、えと、、な、何、?」

「アリア、」

「えぇっ、ちょ、ちょちょちょっ、た、タンマッ、」


 近づくエルマンノに、謎にテンパるアリア。すると。


「アリア、、聞きたい事がある」

「え、?」

「一段落しただろ、?その、そろそろ、、いいんじゃないかと、」

「あっ、、そ、そっか、えと、、もしかして、フレデリカから、、何か、聞いた、?」

「いや。フレデリカは何も言ってない」

「そっか、」


 エルマンノの真剣な様子に、アリアもまた表情を曇らせた。


「ごめん、、中々、、勇気、出せなくて、」

「...アリア、、家出、してきたんだろ?」

「っ!」

「図星か?」

「い、いやっ、、その、って、何で知って、」

「見てれば何と無く分かる。カラオケ大会の時言ってただろ?私も家族と上手くいってないから分かるって。原因も、それなんじゃないか、?」

「う、やっぱ、分かってたんだ、」

「ああ。それに、家に帰れない状況ってのも、そうなんだろ?」

「...」

「まだ、、話せないか、?」

「ご、ごめん、」

「そうか、」

「ごめん、、私が悪いの、、でも、、これを言ったら、、もう、元には戻れないかもしれないから、」

「元にはか?」

「私、、ネラと同じ。...ここが、大好き、、フレデリカが居て、オリーブちゃんが居て、ラディアちゃんとか、ソフィさんとか、ネラとか、、そして、エルマンノとか、、みんな、私を必要としてくれて、」

「...」

「みんな、、大好きだから、、この生活が、大好きだから、、壊したく無いの、、無くしたくない、、もう少し、、もう少しだけ、、このままで、いたい、、もう少しだけ、夢を、見させてほしい、、そ、その、今年中だけでも、、いいから、」

「...」


 アリアの、掠れた、泣きそうなそれに、エルマンノは悩んだ。どれが正解か、ここまで妹と向き合ってきたのに分からない。アリアが隠している事は、大きな事なのかもしれない。今までの皆は、家族の問題だろうと友人関係だろうと、全てその関係の中に収まっていた。だが、家出となると話は少し変わる。もし捜索でもされていた場合、それを知ってアリアをこちらに置いていたら、まるで、誘拐犯みたいでは無いか。

 アリアが違うと言えばいい話だ。だが、そうなった時、もうこの生活は戻ってこないかもしれない。きっと、アリアはそれを考えているのだろう。


「アリア」

「えっ」

「心配する必要はない。どんな結果になろうとも、俺は兄で居続ける。アリアは、この状況は大切で夢の様だと言った。でも、本当に心の底から、今この瞬間を楽しめてるか?夏祭りも、カラオケ大会も。楽しんではいるが、どこか、気にしてただろ?その事も、自分がバレるんじゃないかって恐怖も」

「っ」

「それじゃあ、、何もよくなんて無い」

「...そう、、だね、、分かった、」

「っ、じ、じゃあ、」

「でも、ごめん、、エルマンノには、、言えない、」

「なっ!?お、お兄ちゃんを、信用していないのか!?」

「違うよっ!」

「っ」


 アリアが突如声を上げ、エルマンノは押し黙る。


「エルマンノの事を信用してる。多分、無理してでも、解決してくれると思う、、だから、頼めないの、」

「っ」


 その一言に、エルマンノは押し黙る。まただ。また、妹に心配をかけてしまった。妹に、不必要な気遣いをさせてしまったと。エルマンノは歯嚙みする。と、そののち。


「...でも、、分かってる。ずっと、、このままじゃいられないこと。...だから、もう少し、待って、、私、一人で解決してみせるから。その時、ちゃんと、迷惑かけてきた分、全部、話すから、、だから、、待ってて、」

「...はぁ、、分かった。でも、無理するなよ」

「エルマンノに言われたくないし、」

「確かにな」

「認めるんだ」


 アリアは、微笑みながらそう放つ。だが、自分で解決しようと努力することはいい事である。確かに気掛かりではあるが、アリアがどう進んでいくのか。兄として、少し見守っていよう。そう考えた。その時。


「はぁ、はっ、お兄たん!お待たせっ!」

「おお、早かっ、、って、どういう事だ?」


 そこには、オリーブが巫女服のまま、グローブとボールを持って、更にはヘルメットを被っていた。異世界風の見た目ではあるが、恐らく野球用だろう。


「えっ、へ、変、、かな、?」

「ああ。変だな」

「ふぇぇっ!?」

「お、オリーブちゃん、、力入れるところ、多分違うと、思う、」

「へっ、ち、違うの、?」

「ヘルメットまでするなら、巫女服着替えた方がいいと思うぞ。お兄ちゃんが手伝ってやる。一回着替えーーがはっ!?」

「エルマンノ変態っ!」


 おっと、話している途中に妹に頭を叩かれた様だ。ありがたい。


「えっ、な、なんで嬉しそうにしてるの、?」

「嬉しいからに決まっているだろ」

「うっわ、」

「今更引かないでくれ」


 エルマンノは頭を押さえながら起き上がると、アリアは「あいつは放っておいて、向こうで着替えよう」とオリーブと共に民家の中に入っていった。


「...」

「...」

「...」

「...ってぇ!?何でエルマンノも一緒に来てるの!?」

「いや、着替えを手伝おうかと」

「出てって!」

「おうふ、」


 エルマンノはアリアに押されて家から追い出される。流石に妹のプライベートに踏み入るのは兄としてよろしくないか。そう考えながら、エルマンノは倒れたまま晴れた空。雲を数えるのだった。


          ☆


「二五二、二五三、、お、あれ妹っぽい雲だな」

「お、、お兄、、たん、」

「ん?おお。終わったか?」


 数分後。家からオリーブが顔を出して小さく告げると、エルマンノはふと起き上がり、振り返る。


「どうした?シャイニングごっこをしてるのか?」

「シャ、シャイニング、?」

「顔だけ出して、忍者ごっこでもしてるのかって話だ」

「忍者、?」

「忍者もないのか、」


 魔導書で見たところ、鬼やら天狗やらは居る様だが、忍者は知らないらしい。日本文化が入っているのにも関わらず、こういうところは含まれていない様だ。異世界は難しいな。


「そ、その、、えと、」

「恥ずかしいのか?」

「あ、あんまり、、お兄たんに、、こういうの、見せた事、ないから、」

「おお、大丈夫だ。服装で取り乱したりはしない」


 明らかに取り乱しそうな奴が涼しい顔でそう告げると、顔を赤らめながらオリーブはドアを開ける。と、そこには。


「おおっ」

「ど、、どう、かな、?」


 少し長めのtシャツにズボンだった。

 可愛い。これはこれでありだ。今までのオリーブとは違った雰囲気である。だが。

 これ恥ずかしいか?と。


「お、お兄たん、?も、もしかして、似合ってない、、かな、?」

「似合いすぎてそのtシャツの中に顔を入れたいくらいだ」

「ふぇっ!?の、伸びちゃうよ、?」

「それは大変だな。胸元が顕になってしまう」


 オリーブの胸的に、伸びたらすぐに見えそうだ。別に変な意味はない。


「それよりも、そんなに恥ずかしがる事ないんじゃないか?というより、巫女服の方が何十倍も露出が多かっただろ?」

「でも、、こういうの、、初めて、だから、」

「オリーブに出会った頃はもっとヨレヨレのtシャツでズボンだったが、」


 エルマンノはそう呟きながら、ふと思う。


「それよりも、その服は?」

「あ、うんっ!アリアが貸してくれたの!ちょっと、大きいけど、動きやすいからって!」

「なるほど、、っ!という事は今アリアはっ!?」

「着てるから!」

「なっ、、そ、それはどこから、?」

「さっきの服だよ。向こうの神社にはお風呂無いから、、その、一応着替え持って来てるの、」

「さらっと人様のお家の風呂を使ってる宣言をするんじゃない」

「お、オリーブちゃんもそうだよ、?」

「オリーブはいいだろ。神様なんだから」

「かみさま!」

「きゃっわ、」

「神様と言うよりかは天使だな」


 アリアが倒れる中、エルマンノはそう微笑むと、改めてキャッチボールを始める事にした。


「よし。着いたぞ」

「あっ!この間のっ!」

「ああ。早速使わせてもらおう」


 向かった先は、獣族の村の公園。以前の相合傘デートでオリーブと見つけた穴場スポットだ。


「それじゃあ!行くよーっ!」

「よし!妹の愛を、全て受け止めてやる!」


 その後、公園内で二人で距離を取ると、オリーブは手を振る。可愛い。


「と、それより、どうしたんだアリア」

「え?」

「別に帰っててもいいんだぞ?」

「ちょっ、酷くない!?か、帰っても、、暇だし、」

「居候だしな」

「居候言わないで!」

「よし。じゃあ、アリアには審判を頼む。今度は先に戻って冷蔵庫漁るなよ?」

「え?何それ。というかこれの審判って何するの?」

「何で忘れてるんだよ、」

「え?あ、あ〜、確かにそんなこともあったかも、」

「都合の悪いことは忘れようとしてなーー」

「あっ、エルマンノ!危ない!」

「ん?ごふぁ!?」


 なんと。アリアとの会話に夢中になり過ぎてオリーブのボールを顔面で受け止めてしまった。


「いてぇぇぇぇぇぇっ!」

「大丈夫!?エルマンノ!?」

「ケツが割れた、」

「何で顔で受けてお尻なの!?」

「お兄たん!?大丈夫!?」

「ああ。悪かった、、ちょっとよそ見してた、」

「むー!」

「大丈夫だ。もう、オリーブから片時も目を離さないぞ」


 エルマンノは立ち上がり顔に回復魔法を施すと、目つきを変えてボールを。

 全力で投げた。が。


 ぽとん。


「え?」

「ん?」


 それはオリーブには届かなかった。


「やっべ」

「え!?やっべって何!?」


 そう。オリーブに合わせて距離を取ると、エルマンノのボールは届かないのだ。何ともカッコ悪い。


「お、お兄たん、?」

「悪い。今のはウォーミングアップだ。ここからが本番だ」


 エルマンノはそう放ち改めると、ボールを拾って、今度は。


「オリーブッ!受け取ってくれぇ!」


 魔法増し増し豪速球ボールを飛ばす。


「えぇっ!?ちょっと!本気出し過ぎじゃない!?」

「こうしないと届かないんだ」

「えっ、さっきのはそういうことだったの、?」


 アリアが焦る程、エルマンノは本気でそれを投げた。

 が。


「んっ!」


 オリーブは簡単にそれをキャッチした。


「やった!取れたよ〜っ、お兄たん!」

「流石だなっオリーブ!最強の妹だ!」

「足震えてるけど、?」


 オリーブは相変わらず最恐の妹だ。エルマンノは冷や汗混じりにあれを受け止めた彼女が放つボールに震えながらも構える。


「行くよっ!」

「よしっ!こい!オリーブの本気。全て受け止めてやる!」

「えぇっ!?大丈夫!?」


 オリーブは元気にそう声を上げると共に、震えるエルマンノとツッコむアリアを他所にそのボールを、本気で投げた。

 すると。


「あっ!」

「ん!?」


 瞬間、どうやら投げる方向を誤ってしまったらしく、次の瞬間。

 後ろの民家をボールは貫通し、更に後ろの住宅地を破壊。それが十連コンボだ。十連単とは脳汁が溢れる。まるで特撮である。


「あ、」

「...」

「う、」

「...オリーブ」

「っ!えと、お、お兄たん、?」

「帰るか」

「うん、帰ろ、」

「えぇっ!?ちょっと!?それで済む壊れ方じゃ無いけどぉ!?」


 エルマンノとオリーブは互いに冷や汗をかきながら、アリアの言葉を聞き流し、その場を後にしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る