第41話「上京妹を送る回」

 ネラと。家族と共に花火を見て、カラオケ大会を行った翌日。エルマンノは森に出ていた。


「バーニングストライクッ!」

「ギィィィッ!」


 既に懐かしさすら感じる魔物退治。いや、というのは表向き。最近魔力の特訓をしていなかったため、久しぶりに行おうと。そう考えたのだ。そして、そんな血飛沫たっぷりの特訓をする隣で。


「す、凄いですね、」

「ああ。だが、まだ本調子じゃないな、」


 何故か、ラディアが同行していた。


「悪いな。付き合わせてしまって」

「いえいえっ!こんなのを見る機会って無いので、逆に嬉しいです!」

「そうか、なら良かった」


 エルマンノはそう呟いたのち、改めて倒れるオークを見つめる。


「魔力の回復状態を知っておくために、たまにやっておかなきゃと思って。妹達に会う前は毎日やってたんだけど」

「毎日、ですか、、凄いですね、」

「俺は一日三回出来る強者だぞ?」

「それはどっちの話ですか、?」

「あーもう、ダル、、いつまでこれしてんの?あーっつぅ、、早く室内行かない?」


 ラディアといかがわしい話をする中、後ろのソフィが割って入る。


「ソフィも無理に居なくてもいいんだよ?ただでさえ外出るの苦痛なのに、魔物の森なんて、」

「そんな危険なとこ、、ラディアちゃん一人で行かせるわけにはいかないじゃん、!」

「っ!ソフィ〜!」

「んっ、、もう、くっつかないでよ、、暑いんだからっ、んっ、、って、にぃはニヤニヤしてないで早くしてよ!」

「いや、悪い。絶景だと思って」

「それで、?いつになったら終わるのそれ」

「うーん、もう少し魔力レベルを上げておきたい。また何かあった時、色々出来た方がいいしな」

「魔力が少ないのに、そんな事して大丈夫なんですか?」

「まあ、いきなりするのは危険だけど、逆に普段から温存してて、前みたいにピンチになった時いきなり多く使う方が危険だと思う。だからこそ、今はリハビリ的なあれだな」

「病院にも通ってリハビリしてるんですよね?」

「まあ、一応。でも、病院は基本検査とかで、魔力を出すリハビリとかはしないんだ。だからこそ、昔からやってる方法なら、体が馴染みやすいかと思って」

「昔からこんな事やってんの、?すっごいなぁ、」

「それで、丁度私とのデートが被ったからそのプランに無理矢理入れたんですね?」

「い、言い方は悪いが、、そう、なるな、」

「無理矢理入れるなんて最低です!」

「わ、悪い、、こっちも、無我夢中で、、初めてだったから、つい、」

「何の話してんの!?さっさと終わらせてよここ怖いんだから!」

「ああ、悪い。あ、ちなみに後ろにゴブリンが居るぞ」

「うぇっ!?嘘っ!」

「嘘だ」

「はっ!?阿保かっ!最低っ!死ぬわ!」

「二人の妹に最低と言われるとは、」

「な、何で嬉しそうなんですか、」


 エルマンノはニヤニヤと妹と謎会話をしながら魔獣を討伐する。正直心が痛む時もあるが、これもまた生きるためだ。ちなみに魔獣の討伐クエストは一応金になるため、一石二鳥である。

 討伐を進める事数十分。エルマンノの魔力が減ってきたのを大きく感じ始めたため、今日はここまでにしようと切り上げ妹二人と街に出る。


「どこか行きたいところとかあるか?」

「ライブハウスです!」

「またか?昨日ライブしたばっかりだろ?」

「反省会したいので!」

「っ、そうか、、凄いな。ラディアは」

「うぇぇ、、ここまで来てそんな事しなくていいじゃん、」

「駄目っ!次のライブがいつになるのか、どこになるのか分からない今、私達の方から動かないと!」

「うっわぁ、、ラディアちゃんのそのストイックなところは疲れるよ、」

「...ま、まあ、ソフィの言いたい事も分かる。せっかくのお出かけデートだ。少し遊んでからでも、いいんじゃないか?」

「自分の用事を入れ込んでた人が何言ってるんですか」

「う、それは、」

「はぁ、、まあいいです。おにぃがそう言うなら、」

「おお、その台詞もう一回言ってもらってもーー」

「なら精霊のお店行きたいなぁ!」

「駄目っ!またソフィは無駄遣いするでしょ!?」

「う、、無駄、遣いじゃない、」

「はいはい。言い訳しない!」

「ん?精霊屋さん?」

「あっ、おにぃは知りませんか?」

「いや、なんとなくは知ってるが、詳しくは無いな」

「っ!じゃあ行こうよ!にぃに教えるってて、、事で!」

ていでって言いかけてたでしょ!?」


 ソフィは冷や汗混じりにそう放つと、どこかワクワクとするエルマンノと共に渋々精霊ショップへと向かったラディアだった。


          ☆


「ここが精霊ショップ!」

「おお、中に入るのは初めてだ。なんか、ペットショップみたいだな」


 エルマンノは辺りを見渡しながらそう口にする。中には籠のようなものやディスプレイなどがあり、その中にそれぞれ精霊が入っていた。特にソフィはそこを素通りし、その奥のシミュレーションと記載されたブースへと足を進める。


「うわっ!これ新しいやつじゃん!」

「ん?おぉっ!?な、なんだ!?」


 ソフィが興奮した様子で一つの精霊に近づくと、人の気配に反応したのか、その精霊は姿を変えて小さな人の形になる。


「な、なんだこれ」

「精霊は姿を持たない、我々の目からは光の塊の様に見えるんですけど、それぞれ精霊にも役割があって。こちらはシミュレーション用の、更に大きな兵隊さんのものらしいですね。他にもペット用の精霊ちゃんも居ますよ?」

「タンクのレジェンド!それに、結構レアリティが高いから、タンクだけど防御と攻撃力トントン。ちょっと体力が低いのがアレだけど、防御と装備でカバー出来るかなぁ、」

「な、何の話だ?fps?」

「え、エフピー、、って、何ですか、?」

「いや、こっちの話だ」

「精霊を使って戦闘シミュレーションが出来るの!三対三の模擬戦で、それ用のステージも売ってる。それぞれ精霊にも属性とかタイプ、能力があって、編成は無限大。とか言いつつ、典型的な最強編成が出来上がってるから、今のところは変化無しかなぁ」


 なるほど。どうやらこちらにもゲームの様なものがある様だ。それにしても。


「ソフィ、いつにも増して饒舌だな」

「うっ、そ、それはっ、そのぉ〜」

「ソフィは精霊ごっこ大好きだもんねぇ〜」

「ごっこじゃない!遊びじゃないから!」

「確かに、ゲームではあるが遊びじゃないって言うからな」

「にぃ、分かってくれるの、?」

「ああ。俺も元ゲーマーだ」


 妹モノの成人向けゲームかギャルゲーしかやって来て無いが。


「そ、それなのに精霊の事は知らなかったんですか?」

「ん?ああ。俺の遊び方は精霊じゃ無かったんだ」

「もしかして、さっきみたいに実際に魔獣を倒すのがゲームだと思ってる、?」

「俺はそこまでサイコパスじゃない」


 エルマンノは手を前に出してそう告げると、改めて思う。


「でも、これ楽しいのか?」

「なっ!?と、突然の裏切り!?」

「い、いやいや、そういうわけじゃ無くて、、これ自体は面白いと思うんだけど、相手も自分で用意するんだろ?」

「持ち寄って遊ぶんだよ〜。それぞれの編成でね。まあ、さっきも言ったけど、編成はほぼ固定化されてるけど、でも、その能力の解放具合、装備、攻め方とかで、大きく変わってくるから、プレイスキルも大事になってくるよ」

「いや、それはそうなのかもしれないが、対戦相手は、?」

「う、、な、なんで私が友達居ない事を知って、?」

「いや、引きこもりだから、対戦なんてしに行けないんじゃないかと。友達居ないとは言ってないぞ」


 ソフィは口を噤みジト目を向ける。どうやら悪い事をしてしまった様だ。恐らく、ソフィはコレクションの癖もあるのだろう。確かにそのゲーム自体も好きなのかもしれないが、精霊を集めて育成し、チームを作るのを楽しんでいるのだろう。エルマンノはそう察しながら微笑むと、よし、と。告げる。


「分かった。この精霊、お兄ちゃんが買ってあげよう」

「えっ!?ほんとにっ!?」

「ちょっ、おにぃ!あんまり甘やかさないでください!」

「まあ、今日は特別でな」

「へっ、ほんとっ!?嘘っ、やった!」

「いや、ソフィはまだまだ普通にこの街に居ますけど!?」


 エルマンノはツッコむラディアを他所に、しゃがみ込み、その精霊の値段を見る。と。


「うおぇっ!?」

「にぃ!?」「おにぃ!?」


 吐血した。


「わ、、悪いな、、これは、無理だ」

「えぇっ!?」

「その代わり、向こうのやつを一つ買ってあげよう」

「あれ精霊の排泄物!強化の肥料になるけど、一個じゃ何も変わらないよ!」

「なっ!?精霊うんちするのかよ、」

「そんな汚い感じじゃないから!」

「なるほど、、だとすると、我々と同じで、精霊にも妹が居るかもしれないわけだな、、するとこれは聖水、、これは、捗るな」

「勝手に妄想しないで!」


 エルマンノは精霊ルートがあるのかと、考えながらニヤリと微笑む。姿形のないものでさえも、妹であれば関係ない。全て平等に愛すのが兄である。

 と、何故か排泄物の購入は却下され、皆は精霊ショップから足を踏み出した。


「うぅ、、期待してたのに、」

「悪かった、、あんなに高いとは思わなくて」

「はぁ、でも、そんな高いものをポンポンと買う人が居るんだよねぇ〜」

「うっ」

「誰だろうね〜」

「あっ、じゃ、じゃあ!今度は楽器屋行こ!ねっ!」

「あっ、も〜、話逸らして、」


 ソフィとラディアは、そんな会話をしながらもどこか楽しそうで、それを見つめるエルマンノは微笑んだ。

 その後も、様々なところを回った。楽器屋ではピックを購入し互いにプレゼントし合うという百合畑展開。食事はなんとソフィは二人前をペロリと平らげ、更に酒で誤魔化す。勿論兄の奢りだ。それを知ってか、ソフィは全力を出した様に思える。

 その後アルコールが入ったソフィは更にラディアとのイチャラブが進みながら服屋や雑貨屋に行ってはそれぞれ似合いそうなものを買って交換し合った。微笑ましい。恐らく、これが全てエルマンノの金で行われている事で無ければ、純粋に二人の様子に微笑む事が出来ただろうな。


「ねぇ、ラディアちゃん今度はあれ見に行かない!?うっひょ〜、カッコよ〜、あれ新型の魔法の杖だよスッゴォ!」

「おいおい、、ちょ、待ってくれ。俺の財布はもうゼロよ!」

「えっ!?も、もしかしてっ!ソフィ、食事以外でも買って貰ってたの!?」

「ご、、ごめん、、実は、私今日財布持ってなくて、」

「えぇっ!?ちょ、何やってるの!おにぃ!おにぃとして、叱ってください!」

「おう任せろ」

「ご、、ごめんなさい、」

「う、」

「そ、その代わり、、その、その分、にぃに、」

「お、おお、」

「か、身体で、、ごはっ!」


 ソフィが頰を赤らめながら上目遣いで兄を誘惑する中、ラディアの拳が腹に入る。


「目、覚めた?」

「ごめんなさぁい、」

「た、助かった、、ラディア、、もう少しで搾り取られていたところだ、」

「はぁ、ほんと、アルコールが入ったソフィは危険ですね、」

「ほんと、酒が好きなんだな、、これは、昔からか?」

「い、いえ、、そうでは無かったみたいです。私が会った時はもう酒飲みでしたけど、何か昔色々あったみたいで、それでお酒に逃げたって、」

「そう、言ってたのか」

「はい、、まあ、その時も酔っ払ってたので、定かでは無いですけど、」


 いや、それは事実だ。普段色々な事を口から出せない彼女は、アルコールが入ると素直になる。それは、ラディアもまた知っているだろう。と、ラディアの殴りが効いたのか、倒れ込んだまま動かないソフィを見据えエルマンノは思う。

 ラディアの事であそこまで悩んでいたソフィだ。きっと今までも、傲慢な点や、言いたい事が言えなくて悩んだ時期が、ソフィには多くあったのだろう。だが、だからこそ。


「でも、、ラディアに出会えて、良かったな、」

「えっ」

「...まあ、酒はそう簡単には止められないと思うが、その根幹はきっと、、ラディアによって解消されたんじゃないか?」

「...そう、ですかね、」

「ああ。兄が保証しよう」


 エルマンノは、昨日のライブを見てそう断言する。二人は支え合いながら進んできた。この二人なら、大丈夫だと。どちらかが倒れそうでも、何とかなると。そう確信した。


「兄の、、保証、、そっか。なら、大丈夫ですね!」

「ああ」

「でもまあ、お酒はやめられなさそうですね。この人ドワーフですし」

「え、?ソフィってドワーフだったのか!?」


 ここにきてまさかのカミングアウト。いや、本人からでは無いが。


「まあ、正確にはハーフですけどね。それでも、ドワーフの血の力は強いみたいです」

「フ、フレデリカの時といい、後々に気づく事が多いな、、ネラの時もそうだ、」

「おにぃってあんまり種族気にしないですもんね」

「妹なら何でもオッケーだ」

「暴論ですね、」


 そうラディアと会話を交わし、そろそろ行かなくてはとソフィを起こそうとしたものの。


「ぐごぉ〜、、すぅぅ、、ぐがぁぁっ」

「...ね、寝てるのか、?ここで、?」

「どこでも眠れる人ですからね、」

「はぁ、流石と言うべきか、」


 エルマンノは息を吐きながらラディアと協力して近くのベンチまで運び座らせると、その隣に座って息を吐いた。


「悪いな、、もう少し、ラディアのしたい事をさせてあげたかったんだけど、、ほぼソフィの行きたいところに行く日になってしまった」

「いえ、全然、、私は、おにぃと一緒にこうして話しながら色々見られただけで、凄く、嬉しいですからっ!」

「...そっか」


 エルマンノは微笑む。


「まあ、強いて言えば、ライブの練習ともう少し楽器店に居たかったのと、手芸屋に行きたかったくらいですかね!」

「未練たらたらじゃないか、」

「はははっ、まあ、でも、、楽しかったです。今日は、とっても」

「そうか、」


 エルマンノはそこまで呟くと、どこか寂しそうに遠い目をするラディアを見据え、改めて放つ。


「ま、その残りは明日やればいいんだしな」

「えっ!?明日もですか!?」

「用事あるか?」

「いえ、、ない、ですけど、」

「部屋でゆっくりしたいか?」

「別に私は、平気ですけど、」

「なら、明日だな。明日は俺に新曲を見せてくれ」

「っ、、は、はいっ!痺れ、させちゃいますよっ!」

「おう。期待してるぞ」


 エルマンノは微笑んでそう答えると、ラディアは目を潤ませながら元気に笑う。その姿に、どこか寂しさを感じながら、エルマンノは落ちそうになる日を見据える。すると、ふと。


「...これからは、、もっと、頑張らなきゃいけないんです」

「もう十分頑張ってるぞ」

「いえ、、まだまだです、、今までは、ソフィに、頼ってしまってましたから、」

「これからだって、頼ってもいい。ソフィだけじゃ無くて、俺にも、他の妹にも。みんなそれぞれ、ラディアに頼ってる部分があるんだ。気にする必要はない」

「いえ、、そうでは無くて、、その、今までは、ソフィのお陰で、注目を集められていたんです」

「そうなのか、?まあ、そうだとしても、どうして突然、?」

「その、、実はソフィには、、もう人を惹きつける力が無いんです、」

「え、?」


 何だそれは。エルマンノは冷や汗混じりに、その一言に目を剥く。


「...その、、実は、、私も、今まで分かって無かったんですけど、昨日のカラオケ大会で分かったんです、」

「な、何をだ、?」

「皆さん、、私の方を見てた、」

「そ、それは、、ラディアが前にカラオケ大会に一回出てたからじゃないか?昨日初参戦のソフィよりも、馴染みがあるというか、」

「いえ、、それでも、今までは自然と目がソフィに引き寄せられると言うか、、そういうオーラみたいなものがあったんですよ、、でも、その兆候というか、そういうものも、、無くて、」

「それってまさか、」

「はい、、ソフィは今まで、異様な程魔力があったんです、、それの力によって、無意識に人を惹きつける力が漏れ出てたんじゃ無いかって、思うんです。本人は分かってなくても、どこかで、見て欲しいって気持ちが、あったんだろうって、」


 エルマンノは息を飲む。そういえば目の力で人を惹きつけていたアイドル妹が居たな。なんて事を思いながら。


「...そ、、そう、だったのか、、ご、ごめん、、俺が、魔力を、」

「いえっ!そういう事を言いたいのでは無くてっ!というかあのまま魔力が多かったら、多くの人にソナーが送られて、それこそ問題になってたと思いますし、」

「...そ、それでも、」

「ごめん、、ごめんなさい、」

「っ!ソフィ!?」

「起きてたのか、」


 ふと、二人の会話に、隣で寝ていた筈のソフィが起き上がり小さく呟く。


「...え、えと、、違うの、これは、」

「分かってたよ、、薄々、」

「え、?」

「私みたいなんが、、何で人を惹きつけてたのかなって、、分からなかった、、でも、にぃに魔力が多い事を教えられた時、何と無く思ったんだよね、、私みたいなのを、受け入れてくれたのは、、魔力のお陰だったんだなって、」

「っ!違うよ!」

「え、」


 突如声を上げたラディアに、ソフィは目を丸くする。


「魔力で、私はソフィを見つけたんじゃない!魔力があったから、ソフィとバンドやろうと思ったわけじゃない!」

「っ」

「現に今だって、、魔力が無くなっても、、何も変わってないよ!だから、、私の気持ちは、魔力のせいじゃない!」

「ラディア、、ちゃん、」

「ああ、ラディアの言う通りだ。俺だって、今言われるまでその事に気づかなかったんだ。俺がソフィを妹にしたのに、魔力は関係ない。それに元々、その、、学校で色々あったんだろ?という事はつまり、人を惹きつける事は出来ても、その人がソフィを好意的に見るかどうかまでは関係ないって事だ。だからこそ、こうしてソフィの事を好意的に見る人が多いのは、ソフィの頑張りや性格があるからじゃないか?」

「ラディアちゃん、、にぃ、、で、でも、、私の魔力が無くなったせいで、、エターナルブラッド、、上手くいかなくなるかも、」

「違うよ」

「えっ」


 ソフィが放ったそれに、ラディアは割って入る。


「エターナルブラッドじゃ無くて、新世紀エターナルブラッドだよ!ソフィ!」

「えっ」

「細かいな、」


 ラディアのそれに、ソフィは一度目を丸くすると、彼女は笑みを浮かべ優しく続けた。


「だから、比べる必要ないよ。エターナルブラッドと、新世紀エターナルブラッドじゃ別物だもん。それに、ソフィの良いところは、私が一番知ってる。それに、この間のカラオケ大会、私は最高だと思った。お客さんも喜んでた。ただ顔見知りな私を見てただけで、ソフィのファンも出来たと思うよ。だから、大丈夫。ソフィが一番輝ける様に、新しいバンドにしよ?私がしっかり、最高に出来る様にリハーサルするからさっ!」

「っ、、う、、うん、、ありがとうっ!私もっ、頑張る!ラディアちゃんだけにっ、そんな背負わせる事なんて出来ないよ!私だって、ラディアちゃんの良いところ、いっぱい知ってるから!だからっ!一緒に、、頑張ろっ!」

「うん、、ありがとう、、ソフィ、」


 二人とも涙目になりながら微笑む。やはり、この二人は凄い。魔力なんて関係ない。この二人なら、大丈夫。そんな確信出来る様な力が、二人には存在していた。お互いがお互いを最高に輝かせる事が出来る。ソロでは不十分だったものを、お互いが理解して補い、その良さを引き立てている。やはり、この二人の百合の間に挟まる隙は無さそうだ。


「大丈夫だ。俺もラディアの良いところも、ソフィの良いところも知ってる。妹をプロデュースするのは兄の役目だ。明日、改めてリハーサルしよう。これからの方向性を決めるぞ」

「っ!はいっ!よろしくお願いします!プロデューサーさん!」

「な、なんか、恥ずかしいけど、よろしく、プロデューサー」

「おお、これは、っ」


 エルマンノはその二人の言葉に震える。知識も無ければ営業も出来ない。そんな無能プロデューサーだが、それでも。妹を一番にしたい。妹の凄さを、良さを誰よりも知っている。その気持ちだけは負けないと。目つきを変えた。


          ☆


「...あった、」


 フレデリカは、ふとギルドハウスに足を運び、それを見据えて目を細めた。


「はぁ、、だから、、なるほどね、」


 「上」を見上げ息を吐くと、頭を掻きながらギルドハウスから出た。すると。


「ん?おお、フレデリカ」

「エルマンノ、、どうしたの?」

「昨日話しただろ?妹とデートだ」

「うえっ、、あ、ふ、フレデリカさんっ、、うっ、ぷ、」

「遊園地デートでもしてきたの?」

「ソフィのあれが乗り物酔いだと思うか?」

「はぁ、昼間から飲んでるのを否定したかったの」

「残念だが、白昼堂々の飲酒だ。未成年の前で」

「ご、ごめんなさい、」


 先程の話ののち、ソフィはこの様子だ。正直先程の会話をソフィは覚えているのか危ういが、こんな状態でも伝えたかった事なのだろうと。そう考えると、エルマンノは思わず口元が綻んだ。


「はぁ、、ラディアも大変なのね、」

「はい、、大変です、お互いっ!頑張りましょう!」

「おい。フレデリカは俺を見て言うな。ソフィ程めんどくさく無いだろ」

「なぁにおぉう!私がめんどくさいって言ったかこんにゃろぉ!」

「現在進行形でめんどくさいが」

「えぇ〜、にぃは家だと嬉しそうなのにぃ、、外だと恥ずかしがるのぉ?も〜、うっぷ」


 エルマンノに抱きつきながらソフィは放つ。おっと、ゼロ距離嘔吐はやめてくれよ。そういう趣味はない。


「早く家に返した方がいいんじゃない?」

「ああ、そうするよ。それよりも、フレデリカは何でここに?王国になんて珍しいな」

「別に珍しいことも無いけど、、でもまあ、ちょっと用事がね」

「新薬の話か?」

「そう。ちょっと協会の方に提出するものと、サンプルをいくつか用意して持って行って、話をしてたの」

「でもギルドハウスから出て来たみたいだが、、それは、?」

「帰りにちょっと確認してたの。何があるかって」

「確認、か、」


 エルマンノは普段クエストの確認なんてする事の無いフレデリカに目を細める。兄に言いづらいことだろうか。そう考えながらも、隣で今にもぶっ倒れそうなソフィを早くなんとかしなくてはと。とりあえず明日なと告げ後にした。


「何で勝手に明日来ることにしてるわけ、?」


 そんなエルマンノに息を吐きながらも、バツが悪そうに目を逸らしたフレデリカだった。


          ☆


「あ、あの、、私は大丈夫ですよ、?」

「いや、妹一人で帰らせるわけにはいかないからな」


 その後、エルマンノ達はソフィを家まで送って帰したのち、ラディアと共に彼女の家へと向かった。


「おにぃの家とは逆方向ですよ?」

「まあ、たまには寄り道したい日もあるって事だ」

「実家暮らしなんですから、あまり遅くならない方がいいと思いますけど、」

「ラディアもだろ?」

「まあ、、そうですけど、」


 まただ。ラディアはたまに、遠い目をする時がある。引っ越し。やはりそれが、引っかかっているのだろうか。それとも、また別の。


「...なぁ、ラディア」

「は、はい?」

「...何か、、あるのか?」

「え!?」

「...さっきの、これから頑張らなきゃいけないって。その話、確かにソフィの魔力の話もあるだろうけど、他の意味も含まれてると、思ったんだ。まあ、俺の、想像だけど」

「...」

「何か、あるのか?」


 エルマンノの問いに、少し考えたのちに、数歩前に出て振り返る。


「その、おにぃにお願いがあります!」

「おう。何でも言ってくれ」

「ソフィを、、お願いします」

「っ」


 儚く笑う彼女に、エルマンノは目を見開いた。


「あの人、ほんと少し目を離すとすぐ部屋がゴミ部屋になりますし、無駄遣いばっかりするんで、こっちに戻った時貯金が大幅に無くなってる可能性あるんですよ!なので、見張っててください!欲に弱いんで、直ぐ何か買ったりするんです!まあ、基本引きこもりなので、おにぃと一緒に買いに行けば危なくは無いと思うんですけど、今日みたいに甘やかさないでくださいね!」

「あ、ああ、分かった。ちゃんと、見張っておくよ」


 何故かは分からない。ラディアのその反応に、どこか胸騒ぎを覚えた。いや、気のせいかもしれない。それでも。


「ラディア、」

「はい、?」

「無理、しなくていいんだぞ」

「そ、そんなっ、無理、、なんて、」

「...ラディア、大丈夫だ。この間、言ってくれただろ?甘えてもいいって。俺も妹に甘えてばかりだ。ラディアも、もっと甘えてくれて構わない」

「...う、、うぅっ、、やっ、やっぱり、、離れたく無いんです、、もっと、一緒に居たかったですっ」

「っ、、で、でも、また、、戻って来るって、」

「それでもっ、、戻って来れても、ライブの練習くらいしか出来ません、、こうしてみんなで、何も考えずに、遊べるのが、、最後かも、しれないんですっ」

「...」

「ご、、ごめんなさい、、大袈裟ですね、、大した距離じゃ無いのに、、あははっ、、き、気にしないでください、、そ、そろそろ家なので、、大丈夫です!あ、ありがとうございました!その、明日も、、よろしくお願いします!」


 ラディアはそう言うと、頭を下げたのち慌てて家へと向かった。その後ろ姿を見据えながら、エルマンノは浅く息を吐いて目の色を変え獣族の村へ向かった。


「あれっ、お兄たん!?珍しいねっ、こんな時間に」

「ああ。やはり妹は一日一回摂取したいからな」

「せ、せっしゅ、?」

「それと、実はちょっと、みんなにお願いがあるんだ。オリーブ、アリアは居るか?」


 そのまま帰り道の途中に獣族の村のお婆ちゃん達の家に寄ったエルマンノは、そこから驚いた様子で現れたオリーブにそう伝えた。


「あ、居るよっ!アリア〜!お兄たん!」

「えぇ、こんな時間に来るわけ、、って、えっ、エルマンノだ、どうして?」

「一人でコントをやってるのか?」

「違うからっ!別にオリーブちゃんを疑ったわけじゃないけど、エルマンノにしては珍しいと思って、」

「ね!珍しいよね!」

「俺は朝方の男なのか、、夜の男とは思われてないんだな、」


 残念無念。と、そんな事を言っている場合ではない。そうエルマンノは首を振り、アリアとオリーブに近づき真剣な表情で告げた。


「一週間ほどしかないが、頼みがある」

「「え?」」


          ☆


 翌日。昨日は疲れていたからという理由で来れなかったネラを始めとし、ソフィ、ラディアの三人の妹と楽器屋を覗いたのち、午後はオリーブやアリア、フレデリカも呼んでリハーサルを行った。観客目線での感想をそれぞれ言い合いながら、ファンでは無いためファン目線の話は出来ないが、それなりのアドバイスが出来た様に思える。正直プロデューサーの兄はほぼ変態的発言のみで大したアドバイスはしていなかった。その際、あまり接点の無かった妹達も話す事が出来ていた様で、ネラはフレデリカを逸材と呼んだ。

 その次の日もネラとアリア、ソフィ、ラディアで手芸屋に足を運び、その後はまたもや練習であった。アリアが暇なのは知っているものの、ネラは大丈夫なのだろうか。そう思い、ネラに小さく毎日で大丈夫か聞いたものの、彼女曰く大切な友達との時間を、大切にしたいとの事だ。どうやら、他の予定よりもこちらを優先してくれているらしい。無理はするなと言いつつも、エルマンノもまた親からの言葉を押し切りながら行っているため、共犯であると。共に笑った。


「ヒューッ!ラディアちゃんもソフィもさいっこー!超アガるぅ!ぱないよ!二人とも!」

「ありがとう!ネラちゃん!」

「あ、ありがとう、」

「あははっ、ソフィ顔赤いよ〜!かっわいい〜!恥ずかしくなっちゃったのかな?」

「あ、貴方が恥ずかしいんだけど、」

「え?何か言った?」

「都合の悪い事は難聴なんだな、」

「あははっ!マジ聞こえな〜いっ」

「ふふふっ」


 ソフィとネラ、エルマンノの会話に、ラディアは元気に笑う。どうやらネラとも大分仲良くなった様で、兄相手でさえ敬語のラディアがタメ口である。まあ、ギャル特有の雰囲気に、気づいたらタメ口になっていた的なあれかもしれない。最近は分からない単語も多い様で、ラディアはネラに色々と教わっている様だ。今日は蛙化というものを教わりながらメモしていた。そんなものメモするんじゃありません。

 あれから、ラディアはネガティブなところを出さずに、話さずにいた。恐らく、あの時の事を振り返って、やはりやめようと。改めたのだろう。最後くらい、笑ってと。そんな、''無理に笑っている"様な時も見られる。楽しい時ほど、その影が見え隠れする。

 エルマンノはそれに目を細めながらも、最後の一週間を存分に。フルに楽しんだ。ここ最近は帰るのが遅くて親にも怒られていたが、その甲斐あって、何とか間に合いそうだ。そう思いながら、迎えた。

 引っ越し当日。


「...み、、みんなっ、、ありがとう、、来て、くれて、」


 ラディアの家の前。荷物を馬車へと運ぶ親を他所に、ラディアは挨拶に来たフレデリカとネラ、そしてソフィに駆け寄る。


「あ、当たり前だよ、、大切な、相棒なんだから、」

「うん。ソフィ、、ありがとう。ちゃんと掃除しなきゃ駄目だよ、?それと、無駄遣いは駄目。あ、あと、栄養の良いもの食べてね。食べ過ぎは駄目だよ?」

「おかんかよ、ラディアちゃんは、」


 涙目になり、掠れた声で放つソフィにラディアは微笑んだ。


「な〜に〜、どうしたの?今まで会って無かったのに、少し離れるくらいで、寂しいの〜?」

「...う、うん、、なんか、、不思議だよね、、引っ越しても、関係は変わらないし、、全然会いにだっていけるのに、、今まで全然会えなかった時よりも、、寂しい、」

「...う、」


 ソフィの小さく放たれた純粋な言葉に、ラディアは思わず泣きそうになる。が、その瞬間。


「うぅっ、ああぁぁ〜〜っ、!ラディアぢゃぁん、、ひっく、遠く行っても、、元気でねぇ〜」

「う、うん、、ネラちゃん、、ありがと、」


 隣のネラが大号泣していた。貰い泣き、を遥かに超えるこの様子に、ラディアは感動しながらも驚いている様子だ。


「ラディアこそ、あんまり無理しないで。ラディアは、自分が思ってるよりも弱いし、それなのに頑張ろうとするから。気づいてないだけで、頑張りすぎてるところがある。...だから、、気をつけて。離れて、頼り辛くなる事あるかもしれないけど、私達は姉妹だから。距離なんて関係無い。いつでも、声かけて」

「そうだよっ!心の距離はっ、前より今の方が近いから!」

「フレデリカさん、、ソフィ、」


 フレデリカが優しく話す中、ソフィが割って入る。それに、ラディアは目の奥が熱くなる。と、それと共に。


「はい、これ」

「えっ」

「音響拡大魔法を、遮断魔法で包容して内部からの影響のみを増大させた、魔薬」


 ふと、フレデリカは持っていた試験管がいくつか入った木箱を差し出した。


「これって、」

「まあ、つまり、音響をライブ感覚で行えた方が練習はいいと思うけど、それだと近所迷惑になるから、自分だけがライブの音響を体感出来る様になる魔薬を作ったの。自身にだけ影響を与える薬だから、服用タイプだけど、魔力減少魔薬を飲めたんだから、こんなの全然飲めるから」


 フレデリカは微笑んで告げながら渡し、ラディアは受け取りながら目を見開く。


「新薬、、ですか、?」

「新薬では無いけど、、中々売ってないから。私があるもの組み合わせて作っちゃった」

「か、軽くとんでもない事を言ってない、?」

「まあ、とんでもないかもね。でもまあ、私で実験済みだし、副作用とかも無いから。問題なく使える」


 フレデリカの解説にソフィがジト目を向ける中、ラディアは震える。


「わ、、私の、、ために、?」

「まあ、私は大した事出来てなかったし、魔薬の話くらいしかしてなかったから、、何が欲しいとかも分からないし、音楽に関してストイックで、魔薬が好きって言ってたから、こういうものがいいかなって」

「あ、、ありがとうございますっ!大した事出来てないなんてっ、とんでもないですっ!私は、、本当に、色々なものを貰えましたっ!フレデリカさんにも勇気を沢山貰えました。魔薬のお話は楽しかったですし、、私がソナーで悩んでいた時に、一緒に悩んでくれて、、的確なアドバイスをくれて、、カラオケ大会の時なんて、私のこと、見守ってくれて、、本当に、、それだけで、凄く、救われました、」

「まあ、魔力のあれはエルマンノの勘違いだったみたいだけど、、寧ろ、ごめんなさい。私がもっと注意深く魔力のことを見ていれば、」

「そんな事ないです。寧ろ私がしっかり検査していれば良かっただけです。私のわがままで急かして、、フレデリカさんは魔力が見えないのに、、頼りっぱなしで。ソフィの魔力も減らしてしまって、」

「そ、そんなっ、私は気にしてなんか無いよっ!それにっ、私の魔力がラディアちゃんに入ってるとか少し嬉しいし!」


 ラディアの言葉にソフィが割って入るものの、それにありがとうと優しく笑いながら告げると、そののち。目つきを変えて強く。だが優しい瞳で放った。


「それでも私はあのお陰で、ああやって、一緒に悩んでくれる大切な人達がいっぱい居て、そういう人達に囲まれているって事に、気づけたので」


 ラディアはそう言いながらフレデリカとソフィに視線を向ける。それに、優しく微笑みながらそっかと二人は口にすると、隣から。


「...うん。その事を、、ウチもラディアちゃんから教えてもらったの」

「えっ」

「ありがとう、、本当に、、ラディアちゃんとソフィが、あの時、あの夜一緒に居てくれ無かったら、、ウチ多分ずっとあのままで、、戻ろうとも思わなかったし、、こんな素敵な家族を受け入れようともしなかった、」

「ネラちゃん、」

「だからっ、本当にありがとう!たまに、、いや、頻繁に遊びに来てねっ!来なかったら行くから!毎月、、いや、毎週遊びに行こっ!」

「ちょっ、ネラちゃん!ず、ズルいよっ!」

「ソフィも一緒に行こうよ!ねっ!」

「う、、そ、それは嬉しいけど、」

「ソフィは引きこもりだもんねぇ〜」

「ちがっ、、その、二人でも、、その、」

「あっ、二人っきりが良かった感じ?マジてぇてぇなぁ〜、じゃあウチは後ろから見てるから行っておいで〜」

「ちょ〜っちょっちょっ、違うから!というか後ろからつけないでよ!」


 小さく耳打ちするネラに、顔を赤らめるソフィ。それに笑みを浮かべるラディアを見つめながらフレデリカは思う。もう既にラディアは、皆から貰ったと言っていたそれを、誰かに同じく与える側になっているのだ、と。そう思うと。


「あ、あと、ラディアちゃん、、その、これっ!」

「えっ!?」


 ふと、ネラがソーイングセットを差し出した。


「この間手芸屋で欲しそうにしてたからさ、、その、楽器とかは、自分で買いたいっしょ、?だから、これくらいなら、って、」

「っ!ありがとうっ!ありがとねっ!ネラちゃん!」

「わっ!うっ、うああぁぁ〜、、よがっだぁぁっ」


 ラディアが抱きつくと、またもや泣き出すネラ。恐らく、考えに考えたのだろう。何なら喜んでくれるかと。それに喜んでくれた事と、お別れが近い事を実感し涙する。その姿にソフィが僅かに嫉妬の目つきになったのち、呟く。


「その、、ラディアちゃん、、ごめん、私は、、その、」

「プレゼントとかはいいよ、全然。それ買うくらいなら節約して欲しいからね〜」

「う、、でも、、次会う時まで、新曲完璧にしておくからっ!ラディアちゃんが最高に映るセッテング、考えるからっ!」

「っ、、そ、そっか、、うんっ!楽しみにしてる!」


 ソフィの言葉に笑みを浮かべそう告げると、それと共に父(ラグレス)がラディアを呼ぶ。


「あ、はいっ!今行きます!ごっ、ごめんね、、そろそろ、行かなきゃ、」

「うん、いってらっしゃい。程よく、頑張ってね」

「絶対、来週またライブ練習だよ!」

「また会いに行くからっ!」

「うんっ!ありがとう!」


 三人にそう言われ、ラディアは馬車に乗り込み、皆に手を振り出発する。と、同時に。


「いいの?ネラ」

「あっ、あっべ〜!いっけね!ウチ上行っとかなきゃなんだ!」

「はぁ、、ほんと、、あいつらも大丈夫なの、?」

「まさか、にぃ達まだ終わってないとか、?」

「可能性は、、あるね。それに、ソフィもじゃないの?」

「あそこまで行くの面倒だし、、私はソナーでいいかな」

「器用ね、」


 三人が話す中、馬車はゆっくりと進む。父はただ前を向いて。ラディアは風景を眺めていた。欲を言えば、エルマンノやオリーブ、アリア達にも挨拶をしたかった。そう思いながら、ラディアは僅かに涙を浮かべる。

 と、馬車が進む事数分後。


「え、」


 ふと、王国の奥にある、丘の上から何かが見える。


「嘘、」


 それは、あの時、全てが変わった場所。

 エルマンノと、初めて出会った、思い出の場所であった。そこに、見える。

 大きな、旗の様なものを数人で広げる姿。


「はぁっ、はぁ、あ、あれ?あの馬車でいいの!?」

「ああ!多分な!」

「多分!?あれ違う可能性あるの!?そしたら、もう行っちゃってる可能性あるじゃん!」

「だから早くしないとと言っただろう!?ねぼすけ!」

「う、そ、それは、、ごめん、だけど、」

「あっ!でも間違いないよっ!ラディア居た!」

「え?ここから!?」


 そう。そこには、エルマンノとアリア、オリーブが居たのだ。アリアがいつもの様に寝坊をし、この様な結果となった。どうやら、ここからでもオリーブは見えているらしい。


「色々と準備があって遅れたけど、フレデリカ達の時間稼ぎのお陰で間に合って良かった、」


 そう呟くエルマンノは、オリーブ同様その馬車の中の人物が見えている様子だった。数キロある先の馬車の中が見えるとは、狂気じみている。アリアは二人に引き気味に放った。


「な、何で見えるの、?」

「妹の事が分からないはずが無いだろ?」

「それでも見えないって、まず、」

「あっ!お兄たん!あれっ!」

「おお!向こうも、分かったみたいだな」


 エルマンノとアリアが旗を広げ、隣で大きく手を振っていたオリーブは、それに気づき馬車から身を乗り出すラディアを見据える。


「ま、まさか、、お、、おにぃ、?」


 ラディアは目を丸くする。その広げた旗は、以前ラディアが作っていた垂れ幕と似た様な、刺繍で作られたものだった。そこには、ラディアありがとうの文字。たったその一言だったものの、ラディアは思わず涙を溢れさせた。

 あの不器用な縫い方。間違いない。アリアである。恐らく、この短期間で間に合うはずない点から、皆で協力して行ったのだろう。それを察したラディアは口を押さえ俯く。


「分かって、、くれたみたいだな」


 それを見据えたエルマンノは、小さく呟き微笑んだ。と。


「なっ、何なに?どうなってるの!?」

「大成功って事だ。アリア、ありがとな。突然、刺繍のお願いをしてしまって」

「え?ま、まあ、びっくりしたけど、ラディアちゃんのためなんでしょ?それなら、全然。刺繍を教えてくれた師匠に、今の腕前見せたかったし!」

「そうか」


 エルマンノは思わず微笑む。ここ最近、アリアはラディアから刺繍を教わっている様子だった。それと同時進行でこれを制作していたため、一日目に縫ったところを最終日に見た時許せなかった様だ。

 結局、アリアに教えられながら、獣族の方々も一緒になり、昨日は夜遅くまで制作をした。その甲斐あってか間に合ったものの。


「もしそのせいで寝坊してたら本末がぶっ転んでたぞ?」

「え?な、なんの話!?」


 アリアが意味も分からず放つ中、エルマンノはよし、と。一度その垂れ幕を下ろして後ろに置いてあった"それ"を取る。


「オリーブ、そろそろだな。行けるか?」

「うん!でっ、でも、これ持って来て大丈夫だったのかな、?」

「ああ、これが終わったらすぐ返そうな」

「それ大丈夫じゃなくない!?」


 そう。オリーブが軽々と持って来た"それ"はーー


 ーードラムセットだった。そして、対するエルマンノが持ち上げたそれは。


 ラディア(ギター)であった。


「よし!久々にライブするか!」

「うん!」

「それで、ボーカルはまだか?」


 エルマンノは振り返りながらそう言うと一度連絡をと。ソナーを送る。と。


『え?そこまで行くの面倒だし、、ソナーで直接ラディアちゃんに送るのって駄目?』

「なっ!?貴様っ、なんと怠惰な、」


 エルマンノは息を吐く。相変わらずダラダラ妹だ。それはそれでアリだが。


「そんな事出来るのか?」

『演奏始める時カウントダウンしてくれれば、多分。十から』

「多いな」

『ソナーの時差を考えて、にぃから送られるのに二秒。そして、私からラディアちゃんに二秒のズレが起きるから、四秒ズラして歌えば、多分』

「簡単に言ってるが、、出来るのか、?」

『まあねぇ。私天才だし』

「流石、俺の妹は天才だな」


 エルマンノはそう微笑むと、それじゃあいくぞと。カウントダウンを放つ。


「十!」

『ん』

「十一!」

『え』

「十二!」

『いや普通逆じゃない!?どこまでやんの!?』

「おお。ツッコミ早いな。大して時差ないぞ、これ」

『そういう問題じゃないって、』


 そんな謎コントをしたのち、エルマンノは改めてラディアを見据える。馬車から覗く彼女は、皆の楽器を見て目を見開いていた。言葉にするのは難しい。これからもよろしくも、引っ越す相手に言う言葉ではない。かと言って、今までありがとうも、さようならも違う。また会える。それなのに、どこか寂しくて。虚しい。確かに、皆に会ったらもっと寂しくなるかもしれない。エルマンノは悩んでいた。だが、それでも。彼女に、伝えたかった事がある。

 そう。ラディア。君はもう、一人じゃないのだと。


「いくぞ!」


 エルマンノは瞬間、カウントダウンののち演奏を始める。その演奏を、ソフィに送りながら。すると、瞬間。


「えっ、、この声、、ソフィ、?」


 僅かにズレはあった。ちょっとむず痒い感覚だ。こんなグダグダなお見送り、失敗に近しいだろう。だが、それよりも。


「みっ、みんなっ」


 涙が、溢れた。


「騒がしいな、、なっ!?あ、あれはっ、ヘラ様!?な、何をやってるんだ、、あいつらは、、って、ラディアも。何をやってる!ちゃんと座ってなさいとーー」

「今演奏中なんです!静かにしてて!」

「なっ」


 ラディアは、声を上げるラグレスに、そう言い返すと、皆の姿を見据える。

 必死に幕を持ち上げるアリア。演奏はお世辞にも良いとは言えないが、元気に。楽しそうに弾くエルマンノ。完璧に、力を抑えながら叩いて笑うオリーブ。そして、声だけでも分かる。寂しさを噛み締めながら、これがボーカルだと言わんばかりの、わがままで、傲慢な、独りよがりなソフィの歌声。

 どれもこれも、良いものではない。刺繍も、歌も、全てがぐちゃぐちゃで、自己主張の塊で、歌としては失敗作だ。それでも。


「はぁっ!はぁ!やっ、やっべっ、!もう終わりそうな感じぃ!?」

「おお!ネラ!いいところに来た!ラスサビ入るぞ!あれ、頼んだっ!」

「っ!まっかせて!最高にブチアゲるよ!」


 エルマンノの元に走って現れたネラは、そう元気に返すと、瞬間。

 その快晴の空に、今までで一番の花火を打ちアゲた。


「っ!」

「あっべ〜、、しくったぁぁぁっ!」


 だが、その花火は爆散し、迫力はあるものの綺麗なものとは言えなかった。皆、良くはない。だが、それでもこれでいいのだと。こんなグダグダで、失敗ばかりだけど、それでも皆笑って、前を向いて、自信を持ってる。これが、ラディアの大切な友達なのだと。そう伝える様に。失敗ばかりでも、集まれば感動を与えられるのだと。そう伝える様に。

 ここにはみんな居る。みんな、ラディアに出会えて、幸せだった。ラディアのお陰で、変われた。ソフィも、外に出ている。エルマンノとオリーブも、ゼロの知識だった筈なのに、演奏をしている。アリアも、刺繍がここまで上手くなった。


「ラディアちゃぁぁぁぁんっ!」

「っ!」


 その瞬間、ネラは叫んだ。


「ありがとうっ!ほんとっ、ウチを、救い出してくれたのは、、あの日っ、こうして輝いた姿を見せてくれたっ、ラディアちゃんだった!」

「っ」


 その一言に、ラディアは泣きそうになりながら、声を上げ返す。


「私こそっ!みんなっ、ありがとう!救われたのは私の方!今までの私とは違う!みんな居てくれるからっ!私を、知ってる、私を想ってくれる人達がっ!いっぱい居るからっ!ありがと、、私、頑張れるよ、」


 最後の方は掠れていて、全く聞こえなかった。この距離だ。当たり前だ。そう、思ったが。


「ああ。俺達はずっとラディアの兄妹だ。みんな、ラディアのお陰でこうして色々知れたし、頑張れた。ここには、ラディアを必要としている人が沢山いる。たとえ離れてもそれは変わらない。たまに会うくらいなのかも知れないが、それでも、俺たちは、ずっと一緒だ」

「おにぃ、」

「何も知らない土地。関係。不安は沢山あると思う。でも、無理に染まろうとしなくていい。無理に向き合おうと頑張らなくていい。どこだって、誰だって、良い部分もあれば良くない部分もあるんだ。どちらも受け止めて、染まって、上手くやろうとなんてしなくていい」


 エルマンノは、この世界に来た時のことを思い出しそう声を上げる。確かに不安と言うよりかは楽しんでいたものの、この世界に無理に染まろうとはしなかった。だからこそ、こうしてこの世界を楽しめているのだ。異世界だからとかは関係無い。きっと、捉え方一つで前世と同じになっていた可能性だって多くあった。だが、そうならなかった。二度目の人生。妹という一つの目標に、エルマンノは一直線だった。だがだからこそ、失敗は沢山ある。何度も悩んだ。そのせいで一人の人を傷つけたりなんかもした。それは、独りよがりで、ただ妹を追い続けて来たからだ。周りを見る能力が欠如していると言われたらそれまでだ。それでも、こうして大切な妹に囲まれている。だから。


「失敗ばかりでも良いんだ。怖がらなくて良い。ここに、ラディアを大切に思う家族が、居るから」


 エルマンノは、前に見せたラディアの寂しそうな姿を思い出しながら、淡々と。だが、ラディアにまで聞こえる声で返す。と、それに続いて、ネラが声を上げる。


「そうそう!家族はっ!家族の形は一つじゃないんよっ!ここに居るみんなももう家族じゃん!距離とか関係ないから!」


 ネラの放ったそれに、エルマンノは思わず微笑む。そうだ。彼女も、前を向けたのだ。ここに、居場所が出来たから。ここに居ていいと、そう思ったから。だからこその言葉に、同じく微笑みエルマンノに目をやるネラに、優しい瞳を向けた。

 それに、抑えきれない様子で、対するラディアは震えながら、笑みを浮かべた。


「うんっ!おにぃはっ、一生!私の大好きなっ、お兄ちゃんだよっ!」

「...ああ、、当たり前だ、」


 エルマンノは、小さくそれを伝え、笑みを浮かべラディアを見送る。ラディアの馬車がどんどんと小さくなる。彼女の姿が見えなくなる。曲が終わる。だが、その後も変わらず、皆はその方向を見続けた。


「い、、行っちゃった、」

「エルマンノ、追いかけたりしないの?」

「...」

「エ、エルマンノ?」

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!」

「えぇっ!?」


 無言のエルマンノの顔を覗き込む様にしてアリアが前に出ると、彼は。

 大号泣していた。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!」

「えぇっ!?こっちも!?」


 それに続いて、ネラも大号泣をした。と、それに釣られたのか、オリーブも号泣する。その姿に、息を吐きながら、僅かに出ていた涙が引っ込むアリア。だが、こうして大号泣する様な人達に囲まれていたのだ。ラディアは、大丈夫だ。そう思いながら、どこかで彼女を羨ましいと感じる、アリアだった。



「ありがとう、、みんな、、大好き、」


 そんな皆の視線を受けながら、二人からのプレゼントを抱きしめ、掠れた声で呟いたラディアは、そう口にしたのちよし、と。気持ちを切り替えて、慣れない土地を見据えながら、やってやろうと。力強い表情で放った。

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