第40話「家族の形も正解も、一つじゃない」

 エルマンノはネラと一度別れたのち、獣族の村へと戻った。


「あ、エルマンノ!もう、心配したんだから、」

「わ、悪い、、置いて行ってしまって、」

「ほんとだよっ!せめて、あの後何があったのかくらいは教えてよ?」

「...」


 すると、そこには公園に置いて来てしまったアリアが先に帰っていた。そんな彼女は、エルマンノのその反応に目を細める。


「...何か、あったの、?」

「...いや、俺のせいで、ネラと家族の仲が悪くなりそうだ、、まあ、元から良くは無かっただろうけど、、もっと、な、」

「そ、、そっか、それで、、何か、考えはあるの、?」

「...とりあえず、、家族に、話をしに行こうと、」


 エルマンノは、目を逸らしながら告げた。フレデリカの時の様に、両親の考えを知れば、何か打開策が思い浮かぶかもしれない。そう、希望を抱いて。だが。


「それは、、やめた方が、いいよ、」

「っ、、そ、そうか、?」

「うん、、もう、これ以上、踏み入ったら良くない感じだった。あまり、家庭の環境に、踏み入るべきじゃないよ、」

「...」


 エルマンノはその一言に、それはアリアの思いでもあると。そう察して歯嚙みする。彼女もまた、恐らく家出。即ち、それをする程の何かが、家庭内で起こっていたのだろう。だからこそ、ネラとは近い視点で。そう告げたのだ。


「...ネラにも、、そう言われたな、」

「っ!な、なら尚更だよっ!確かに、エルマンノは今まで色々な事を解決してきたかも知れないけど、、でも、」

「...そう、だよな、、悪かった、」


 エルマンノはそう零すと、ヨロヨロと。民家の中へと入っていった。


「エ、エルマンノ!?ちょ、ちょっと!」

「...」

「おお、エルマンノさん。来てたのかい?」

「はい、、すみません、、少し、お邪魔しても、」

「いいよ別に。遠慮しないで」

「ありがとうございます、」


 エルマンノは遠い目をしながらお婆ちゃんとそう交わすと、部屋の奥で座り込んだ。


「...クッ、、う、あぁ、」


 エルマンノは弱々しい声を零して頭を押さえた。何やってるんだ、俺は。と。

 彼女の両親に、ネラの頑張りをただ伝えたかった。彼女の願いを、叶えてあげたかった。ただ、それだけだったのに。


「結局、、自分の事ばっかりだ、」


 ちゃんと、ネラと向き合っていなかった証拠である。彼女と両親の関係をちゃんと把握する前に、あんな先走った行動をするべきでは無かった。後先考えず、これが正解だと思い込んで。また、妹に辛い思いをさせてしまった。


「兄、、失格じゃないか、」


 エルマンノは思わず縮こまる。自分に酔っていたのかもしれない。こうすれば、上手く行動すれば、妹を助けられるって。全て上手くいくって。そう、過信していたのかもしれない。どれだけ頑張っても、変えられないものだって、あるかもしれないのに。


『エルマンノは今まで色々な事を解決してきたかも知れないけど、、でも、』


 アリアの言葉が脳を過る。そうだ。また、何とかなるなんて、そんな謎の自信が、どこかに存在していたのかもしれない。


「クソッ、、俺は、、大馬鹿だ、」


 掠れた声で、小さく呟く。と、その時。


「お兄、、たん、?」

「お、、オリーブ、、居たのか、」

「うん、、心配で、、ずっと、待ってたよ」

「そ、そうか、、ありがとう、、オリーブ」

「お兄たん、?」

「ん?どうしたんだ?」

「...だ、大丈夫、?」

「何がだ?大丈夫じゃないわけがないだろ?明日は何たってオリーブとイチャイチャ相合傘デートだからな」

「う、うん、」


 不安げに覗き込むオリーブに、エルマンノはそう微笑んでみせる。と、そののち。エルマンノは目つきを変える。そうだ、他にも大切な妹が居るんだ。落ち込んではいられない。妹に、不安にさせてはいけない。兄なのだから。妹に手を差し伸べるのが兄だ。その兄が、弱音なんて吐いてる暇はない。そう強く思いながらエルマンノは、笑顔を作って裏で遊ぶラディアとマロンの元へと向かった。

 だが、そんな中オリーブは、彼のその姿を苦しそうな表情で見据えたのだった。


          ☆


「おはよう、オリーブ」

「あ!お兄たんおはよう!」

「おお、、可愛いな」

「そ、そう、、かな、?その、、大切な日だから、、いつもとは違うお洋服にしたんだけど、」

「相変わらずオリーブの可愛さは異次元だな」


 翌朝。やはり妹と過ごす時間は少しでも多くないとと、エルマンノは早朝にオリーブの元に顔を出す。そこには、なんと巫女服でも浴衣でもない。和服ではあるものの、黒い少し大人びた新たな印象のオリーブが居た。これが今回のイベントの新衣装か。こんな破壊力抜群の妹が来たらきっと発狂してしまうに違いない。


「にしてもオリーブ。凄いな。相当早めに来たのに、もう神社からも降りて来てるなんて」

「じ、十一時だよ、?」

「それが俺の早朝なんだ」

「そ、そうなんだ」


 いつもの会話だが、どこか覇気のないエルマンノの声に、オリーブは訝しげに目を細める。


「いい具合に雨が降ってるな、、流石だオリーブ」

「うん、、あ、あんまり大粒で風が強いと、、傘飛んでっちゃうから、」

「流石だ、気遣いの塊だな。そんなオリーブのために、今日は肩が濡れないくらい大きな傘を持って来たんだ」

「あ、、う、うん、ありがとう、」

「大きいのは不満か?」

「お、大きいのは、、いいけど、、でも、」

「入り切らないよぉ、ってやつか?」

「え、?大きいと二人でも入れるんじゃないの、?」

「ああ。余裕を持って二人で入れる。でも、大きくない方がいいか?」

「ち、ちょっと」

「オリーブは濡れたがりなのか、、これはえっちだな」

「ちっ、違くてっ、、その、もっと、近づきたいから、」

「ごふぅ!?」

「えぇっ!」


 なんともっとえっちだった。エルマンノは即座に小さな傘を生成魔法で作ると、これで行こうと、共に足を踏み出した。


「あ!こっち行ってみようよ!」

「ああ、、そうだな」


 それから数十分後。前回とは違ったデートコースを進むエルマンノは、オリーブの好奇心に任せて、心の向く方向へと進んでいった。


「あ、こんなところに公園あったんだ!」

「おお、、ほんとだな。こんな奥にあったら誰も分からなさそうだな」

「穴場すぽっとだね!」

「ああ、、だな」

「...」


 エルマンノは、微笑む。微笑んでいる。微笑んでいる気でいる。だけかもしれない。それを、オリーブは分かっていた。その、いつもとは明らかに違う、彼の張り付いた笑みが。


「...お、お兄たん、」

「ん?どうしたんだ?」

「...お兄たん、元気ない、?」

「心配してくれるのか、、ありがとなぁオリーブ。妹にそんな心配なんてされたんだ。俺の憧れるシチュエーション。元気ない筈ないだろ?だから、、安心してくれ」


 エルマンノは僅かに傘を握る力を強くしながらも、傘の中で微笑んで、オリーブに向き直る。だが。


「...嘘だよ、」

「え、?」

「お兄たん、、無理してる、」

「そ、そんな事、」

「分かるよ、、私、妹だから」

「っ」


 エルマンノは息を飲む。普段ならそんな一言。オリーブに抱きついているだろう。だが、真剣に放つその言葉には、それとは違った、重みがあった。


「ネラの、、事、だよね、?何が、あったの、?戻れない理由、何も、分からなかったの、?ねぇお兄たん、教えてよ、、お願い、」

「...はぁ、、妹に、隠し事は出来ないな、」


 エルマンノは辛そうにするオリーブに、そこまで言わせてしまった自分に嫌気が差しながらも微笑み息を吐くと、小さくぼやく。だが、駄目だ。妹に、心配なんて、かけられない。もうこれ以上。あんな顔をさせたくないんだ。

 エルマンノはそう考えたのち、改めて引き攣った笑みを浮かべる。


「本当に、、何も無かったんだ。だから、、話すって言っても、、何も話せない、」

「そ、、そっか、」

「でも、今度お祭りをやる事が決定したぞ。この村で」

「え、、お祭り、、するの、?」

「ああ、、急で悪い。頑張って村長説得して、なんとかやってもらえそうなんだ。花火は、この村の人はみんな魔力が無いから、魔薬で補うしか無い。だから、、フレデリカ案件だな」

「そっか、!た、楽しみ!」

「ああ。一週間後だ。楽しみにしててくれ」

「え、一週間後って、」

「分かるのか?」

「うん、、また、カラオケ大会する日だよね、?」

「流石この村の神様だな。ああ。ラディアと約束してたカラオケ大会が丁度被ったんだ。そこで、出店もあるし、なんならお祭り寄りの企画にしないかと提案したんだ」

「そ、そっか!」

「だからこそ、なんとかなったってのもあるけどな」


 エルマンノは、何はともあれ祭りは出来そうで良かったと微笑む。が。


「でも、、そんな突然、、多分、何か理由があるんでしょ、?」

「っ」

「お兄たんは、、いつもそうやって焦ってる時、、何か、理由があるから、、それに、、ずっと、辛そうで、、ねぇ、、ほんとに、、何も無かったの、?」

「...」

「...」


 じっと見つめるオリーブの瞳。それに、エルマンノは完敗し、歯嚙みしながらも告げる。


「まあ、、その、実は、ネラの両親を誘おうと思ってたんだ。まあ、断られたけどな、」

「えっ」


 エルマンノが苦笑を浮かべながら目を逸らす中、オリーブは目を見開く。


「はぁ、、ほんと、兄失格だ。それのせいでネラがどれ程辛い思いをするのか、、ちゃんと考えて無かった、」


 そうだ。ソフィとラディアを会わせる時だってそうだ。こうやって強引で、無理な事をしたからこそ、もっと仲がこじれてしまった。何も、成長してないじゃないか、と。拳を握りしめる。と、それを見据えながら、オリーブは口を開く。


「お兄たんは、、凄いよ、」

「凄くなんて無い、」

「ううん、、凄い、」

「オリーブの方が凄いよ。天候を、、克服したじゃないか、」

「それは、、お兄たんが、」

「俺は何もしてない。...あれは、オリーブの努力だ」

「違うよ。それは、、お兄たんが私を、諦めないでいてくれたからだよ」

「え、」


 オリーブが瞳を潤ませながら放つと共に雨が強くなり、それにエルマンノは目を見開く。


「私だけだったら、、きっと、村長に辛い思いをさせたまま、今もずっと過ごしてたと思う」

「そ、それは、」

「お兄たんが頑張ってくれた後だって、、私には、村長にお願いして、、わざと辛く当たって欲しいって、、そうする事しか、、思い浮かばなかったよ、?...お兄たん、、私、お兄たんを突き放した、、何回も、」

「そ、そんな事、」

「私の問題なんだからって、、そう、言ったでしょ、?」

「た、確かに、、言ったな、」

「それでもお兄たんは諦めなかった。私を、諦めないでいてくれた!」

「っ」

「嬉しかったよ、、確かに、あの時はもうお兄たんに苦しい思いをして欲しくなくて、、関わらないで欲しいって、、本気で思ってたけど、、でも、そうやって私を本当の意味で救ってくれるまで、、諦めなかった、、だから、私は今こうして笑顔で居られて、、お兄たんの事、、その、えっと、」


 何故か、顔を赤らめる。


「お兄ちゃんだと、思ってくれてるって、事か?」

「っ!そ、そう、、だよ、?」

「そうか、」


 エルマンノは呟く。頷くオリーブは、どこか寂しそうだった。理由は分からないが。だが、こちらからするとこれ以上にない程最高の言葉だ。それに僅かに口角が上がる中、オリーブは続ける。


「そ、それよりもっ、その、だからっ、お兄たん!」

「お、おお、」

「確かに、お兄たんだって、いつも完璧な事をしてるわけじゃないよ、、ち、ちょっと、変な事も言ってるし、」

「変な事を言ってる事に気づいていたのか、」

「う、うん、実は、」

「お兄ちゃんをお兄たんと呼んでるところも分かって言っててくれたのか」

「うっ、、そ、それは、、確かに、言葉を知るうちに、私、、結構恥ずかしい呼び方してたとは、、思ったけど、、でも、お兄たんは、、お兄たんなの、、私の名前をつけてくれて、何度も助けてくれて、、諦めないでいてくれた、」

「そうか、」


 エルマンノは、自然と口元が綻んだ。と、そんな彼に、オリーブは告げる。


「そう、、それで、お兄たんは変な事するし、間違った事もすると思う、、お兄たんだって、、人間なんだから、」

「で、でも、」

「え、?」


 ふと、傘を握る力を更に強くし、顔を上げ告げた。


「兄は、、妹を、、幸せにしなきゃいけないんだ、、それなのに、俺は、」

「そんな事ないよ」

「っ!」


 ふと、オリーブはエルマンノの強く、震えて傘を握っていた手を、その上から優しく包み込んだ。


「お兄たんだって、、妹に甘えてもいいんだよ?お兄ちゃんも、妹に幸せにしてもらう権利はあるよ」

「っ!...そ、それでも、駄目なんだよ、、俺が、弱音を吐いちゃ、」

「それは、、誰が決めたの?」

「え、」


 オリーブの強い指摘に、エルマンノは思わず声を漏らす。


「お兄たんが妹に甘えちゃいけないなんてっ、誰が決めたの!?」

「そ、それは、」

「決まりなんて無いよ。兄も妹も関係ない。お兄たんから沢山のものを貰って、私は何も返せてない、、だから、たまには返させて」

「なっ」


 瞬間、先程まで降り注いでいた雨は上がり、目の前のオリーブはーー


 ーーエルマンノに、抱きついた。


「私には、、ギューッてすることしか出来ない、、お兄たんが私にしたみたいな、凄いことは出来ない、」

「そ、そんな事、」

「でも、でもねっ!私、お兄たんが、近くにいてくれるだけで、胸がいっぱいで、、幸せになるの!」

「っ」

「だから、、お兄たんが、辛くならない様に、、ギューッて、、してるから、、落ち着くまで、ずっと!」

「...オ、オリーブ、」


 エルマンノはオリーブの言葉に目を細めながら、抱き返そうか悩む中、ふと。


「ほんと、おにぃはストイック過ぎなんです!」

「なっ!?」

「へっ!?」


 ふと、背後から声が聞こえ、慌ててエルマンノとオリーブは振り返る。と、そこには。


 何故か、ラディアが居た。


「...ラディアも来るか?」

「い、行きません、」

「えぇ、、妹に挟まれたかったのに、」

「挟まれるのが好きなんですか?」

「妹にならどこに挟まれても、どこを挟まれてもいい」


 エルマンノは、オリーブに抱きしめられながらラディアに促したものの、どうやら駄目らしい。流れでいけそうだったんだが。


「ど、どうしたのっ、?ラディア、」


 どうやら、オリーブも知らないらしい。彼女もまた驚愕した様子で、顔を赤らめながら手を離す。ああ、もう少し抱きしめてて欲しかったのだが。


「昨日、オリーブちゃんから聞いてたんです。おにぃが元気が無いって。それで、村に顔を出したら二人で出かけているって話だったので、つけて来ちゃいました!」

「つけて来ちゃいましたって、、中々に犯罪的な事をしてると思うが、」

「おにぃに言われたくありません!」

「だから言ったでしょ、、良くないって、」

「なっ、フ、フレデリカまで!?」

「知らされずに呼び出されたの。まあ、大方昨日の相談についてだと思ったけど、まさかこんな尾行のために呼ばれたなんて、」

「相談?」

「あ、はい!私も昨日オリーブちゃんに言われてからフレデリカさんに相談したんです」

「なんでみんな私に聞くわけ、?」

「それ程頼りにされてるって事だな」

「尾行に呼ばれたのは何の頼りにされてるって言うの?」

「それでも跡をつけるのはノリノリだったじゃないですか!」

「まあ、、普段と違う様子っていうのは、気になったから」


 ラディアの指摘に、後から現れたフレデリカは目を逸らす。なんと、素直ではないなぁ。エルマンノはニヤリとしながらそう思うと、そうだと。改めてラディアが告げた。


「それよりもっ、おにぃは考え過ぎです!」

「そ、そうか、?」

「もっと妹を頼ってもいいんですよ?」

「頼りまくってると思うが、」

「確かに、そういうところは素直ですけど、、でも、落ち込んでても仕方ないですよ。諦めたく無い私と一緒に諦めないでいてくれたのは、おにぃです!」

「そうだよお兄たん!諦めないでいてくれたから、みんな救われたんだよ!」

「...」


 エルマンノは、二人の言葉に目を細め、少し堪えたのち、よし、と。皆の姿を見て改める。


「悪い。なんか、らしく無いところ見せたな、」

「いいんですよ。おにぃだって、感情の浮き沈みはありますから」

「そうだよ!雨だって、必要だもん!」

「っ、、確かに、そうだな、、ああ。悪かった。なんか元気でるな、、妹と話してると」

「妹の事で悩んで、妹で元気出るって、ほんとエルマンノはやっぱりシスコン馬鹿だね」

「妹にシスコン馬鹿と認められるのは、寧ろ称号に値するな」


 エルマンノは微笑みながらそう放つと、皆を見渡しながら笑みを浮かべ改める。


「ありがとう。こんなに俺の事を想ってくれる妹に囲まれて、俺は幸せだなぁ」

「ちなみに彼女の名誉のために言っておくけど、アリアはまだ寝てるってだけだから」

「ソフィもそうです!」

「ああ、分かってる。ここに居ないからって、妹の見方が変わったりなんてしない。寧ろ、デートを尾行するヤバい奴が、ここに集まってるわけだからな」

「おにぃと一緒にしないでください!」

「ラディアは予備軍ではあると思うけど、」

「えぇっ!?フレデリカさん!?突然裏切らないでください!」


 二人の会話にエルマンノとオリーブは笑い合ったのち、互いに顔を合わせる。と、その時。


「それよりも、少し聞き捨てならない話が聞こえてきたんだけど」

「ん?どうした?」


 突如、フレデリカが割って入る。


「さっきの祭りって、何のこと?」

「あ、私も気になります!」

「そこは聞いて無かったのか、」

「そういう意味で言ったんじゃない」

「え、?そうなんですか、?」


 フレデリカが呆れ気味に放つと、ラディアが首を傾げる。どうやら、ラディアは本当に知らなかった様だ。それに、オリーブが駆けつける。


「あのねっ、なんか、村長にお願いしてっ、カラオケ大会をお祭りにする事になったみたいなの!」

「えっ、それって、」


 オリーブの言葉に、ラディアは零してエルマンノに視線を向ける。それに、ああ、と。真剣な表情で頷くと、なら、と。ラディアもまた真剣な表情へと変化し頷いた。


「そうと決まれば、準備ですねっ!私、改めて垂れ幕作ります!」

「ああ。それもいいかもしれないが、リハーサルの方もやっておいた方がいいんじゃないか?」

「そうですねっ!今度は、口パクじゃないので!」

「ああ、、楽しみにしてるよ」


 元気に微笑むラディアに、エルマンノもまた優しく告げると、咳払いをしてフレデリカが入る。


「それよりも、魔薬の話なんてされてないんだけど?」

「あ、いやぁ、それは、、フレデリカ、花火用の魔薬の準備って、して貰えたりするか、?」

「あのねぇ、直ぐ用意出来るものじゃないの。それに、私は明日新薬の手続きしなきゃいけないから」

「色々やる事あるんだな」

「当たり前でしょ?安全性とか、確認したり報告書作ったり」

「えぇ、ここ本当に異世界なのか、?」

「何?」

「いえ、こちらの話です」

「まあ、とにかく。準備は手伝えないから」

「そ、そこを何とかっ!」


 エルマンノが頭を下げ、フレデリカが首を振る。その様子を見て笑うラディア。そんな、戻ってきたいつもの光景に、オリーブは思わず笑みを溢れさせながら、空を見て雨天デートは延期かなと、小さく零した。


          ☆


 あれから何とか皆の説得をしながら作業を進め、早い事一週間が経ち、祭り当日となった。なんだかんだで、フレデリカも開いてる時間に手伝ってくれていた。頭が上がらない。


「ネラ〜、居るかぁ?」


 当日の夕方。もう既に日が落ち始める中、エルマンノはドンドンと。ネラの家のドアをノックをしてそう声を上げた。


「居るから、、てかソナーで送ってくれればいいじゃん。うっさいって、」

「ああ、そうか、ソナーがあったか、」

「まあでもいいよ。行こ」

「素直だな」

「はぁ、とりま今日で終わりだからね」

「確かに、今日で終わりって考えると乗り越えられる事ってあるよな」

「そう」

「即答されると悲しいんですが」

「事実っしょ、」


 玄関前で、ヒールを履きながら現れたネラ(不機嫌)を前に、エルマンノはそう放ったのち、ドアを閉めて目を逸らす。


「...その、、悪かった、、あの時は、」

「ん。あんま言わないで。またキレるよ」

「キレてくれた方がありがたい時もあるんだが、」

「そしたら村行かないけど」

「それは困るな」

「ならその話は終わり」

「でも、親はどうなったんだ、?あれで、仲が悪くなったって、、一週間、大丈夫だったか、?」

「元々悪いから。それに話してないし。向こうはあれは違うのとか色々言ってきてたけど、そんなの聞くつもりないし」

「っ」


 ネラのその一言に、エルマンノは目を見開くと、ふと家を振り返って目の色を変える。


「で?早く行かないと。時間厳守なんしょ?」

「ああ。二十分後だな」

「村までどれくらい?」

「歩いたら十五分くらいか?」

「時間厳守ならもう少し早く来て良かったんじゃないの、?」

「悪い。色々と準備があってな」


 エルマンノはそう微笑みながら放つ。と、そののち。


「ネラは、優しいな」

「は?どういう事?」

「ほら、俺に話しかけてくれるだろ?」

「そういうところも嫌い」

「こうやって何でも口に出すところか?」

「あんたじゃない、、ウチの話。こんな奴相手でも、無言が辛いって思っちゃうところ」

「場を持たせようとするって事か。でも、芸人には必要なスキルかもな」

「芸人ならないから」

「それでもだ。それが悪いところとは思わない」

「...ウチは嫌だよ」

「...」


 俯き気味にネラはそう放つ。それからも、少し話したら無言。また少し話しては無言と。話してはくれるが、広げようとはしなかった。と、そんな中、ネラの方から口を開いた。


「ねぇ」

「ん?どうした?」

「今更だけど、なんであんただけなの?」

「ラディアとか連れて来た方が良かったか?」

「二人って気まずいんだけど、」

「まあ、、他のみんなは準備があるからなぁ」

「え?なにーーってわっ!?」

「なっ!?」


 ふと、話している最中、ネラはいつものように大きく転んだ。いや、だが今回は気を抜いていた。支える事が出来なかった。それ故に。


「っ、、たぁ、」

「おお、、これはグロいな、」


 膝の皮膚が剥がれ、血が噴き出ていた。王国の地面は石が敷き詰められて出来ているため、転んだだけでもこうなるのか、と。エルマンノは冷や汗を流した。


「クソッ、、ここら辺に、手当出来る場所は、」

「だ、大丈夫だから、、あと少しっしょ?王国の端の方なんて、病院無いし、このまま村行った方が早いって」

「いや、でも、その傷でヒールって、、キツいだろ、」


 エルマンノは、ネラが転んだがために見えた真っ赤な足。無理にヒールを履いていた証拠だろう。それを見て歯嚙みする。ただでさえ激痛だというのに、傷なんて出来たら、と。


「クッ、、こんな時に、魔法が、」


 エルマンノは回復魔法を使おうとしゃがむものの、ネラ奪還作戦の時の影響で、未だに魔力が戻っていなかった。元々ソフィの件で死にかけたのだから、当たり前かもしれないが。


「別にいいってマジ、、さっさと行こ。時間ないんしょ?」

「まあ、、そうだが、、っ!な、なら」


 エルマンノはそう呟くと、ネラの前に出て、改めてしゃがみ込む。


「さあ!乗ってくれ!お兄ちゃんが受け止めてやる」

「は、?」

「おんぶだおんぶ」

「いや、いいから、、恥ずいし、」

「でも、その足で歩く速度じゃ間に合わないぞ」

「そんなに遅れちゃ駄目なん、?」

「ああ、、絶対に、諦めるわけにはいかないんだ」

「何をだよ、」

「妹をだ。中途半端で、終わりにするわけにはいかない。表面上の解決で、形ばかりのハッピーエンドで、終わりにしなく無いんだ」

「マジ何の話、?」

「だから、頼む。お兄ちゃんからのお願いだ。一度でいいから、妹をおんぶしたかったんだ」

「それウチでやらないでくれない、?てか、ウチ妹になったつもりないから」

「俺を馬だと思ってもいい。妹はお兄ちゃんでお馬さんごっこするもんだろ?」

「なんその偏見、」

「なら犬でいい。お兄ちゃんは妹の犬だ。妹の犬になります!」

「...はぁ、ダル、マジ病むんだけど、、もういいや。埒が明かない。マジ村の手前で下ろしてよ、」

「任せろ」


 エルマンノは微笑み、嫌々ながらに背中に乗るネラを受け止める。


「っと、、行くぞ」

「重くない、?」

「妹の愛は重いくらいが丁度いいんだ」

「それ遠回しに重いって言ってない?」

「大丈夫だ。重い妹大好きだぞ」

「フォローの仕方おかしいでしょ、」


 エルマンノは否定せずに肯定し続ける。その姿に、ネラは呆れたように頭を掻きながらも、恥ずかしいので渋々エルマンノの背中に顔を埋める。


「はぁ、、はぁっ、はぁ、」

「ねぇ、」

「お、どうした?背中に吐息が当たって震えるな」

「いちいち言うな。それより、、どうしてそこまでするわけ、?一回帰ってもよくない、?」

「遅れるわけにはいかない、、今度こそ、、見逃すわけにはいかないんだ、」

「だから、、何の話だよ、、別に、この間の事で色々考えてんなら、別に気にしなくていいって、」

「違うな。妹の夢を、兄が諦めるわけにはいかないからこうして歩ってるんだ」

「どういう事、?」

「俺は間違いまくってる。きっと、俺は恵まれてきたと思う。両親共々仲がいい。こんな素敵な妹に囲まれて、幸せだ」

「何、?自慢、?聞きたくないんだけど、」

「だからこそ、分からなかった。だからこそ、間違った。そうじゃない人に寄り添えなんて出来ないんだ。...それでも」

「何、?」

「だからって諦めるわけにはいかない。ネラはもう俺の妹だ。ここまで関わって、余計な事をしてしまったで手を引くわけにはいかないんだ。最後まで、小さな可能性だって、信じなきゃいけないんだ。妹が信じきれない分、兄が、信じてあげなきゃ、いけないんだ。可能性も、妹のことも」

「だからっ、、何の話だよっ!」


 ネラはそう声を上げると同時に顔を上げた。と、そこは。


「はぇ、?」


 既に、獣族の村であった。


「お、お兄たん!あれ、え、ネラ、どうしたの、?」

「えぇっ!ちょっと、これ大丈夫、?グ、グッロォ、」


 オリーブとアリアが、それぞれそう声を上げながら駆け寄る。そんなオリーブの腕の中には、マロンのネラも居た。


「はっ、ちょっ!?入る前に降ろせって言っただろ!」

「ああ、言ったな」

「ふざけんなっ!」

「悪かった、、妹肌を、もう少し堪能しておきたかったんだ」


 エルマンノはそう苦笑を浮かべて、鋭い目つきで睨むネラを降ろすと、駆け寄るオリーブとアリアの後ろから。


「回復の魔薬。持ってきたから」

「おお、フレデリカ凄いな、、まさか予知能力が、?」

「無いから。エルマンノの事だから、何か起こすんじゃないかって。回復と魔力増大を持ってきてたの」


 フレデリカはそう言うと、腰に付けているベルトに括られている試験管を取ってネラに近づく。


「ちょっと痛いけど」

「あ、いや、、ど、どうも、、って、この人は、?」

「ん?まさか初対面か?」

「そうだね。まあ、私は話で聞いてたから、何となく分かったけど」

「まさかここまで話してて初対面だとは、」

「は、?ウチの事、なんか話したわけ?」

「まあいいか。なら、改めて、こちらが俺の大切で大好きな、妹。フレデリカで、こちらがーー」

「それいいから」「話逸らすなボケ!」

「あ、はい。それとこちらネラです」

「初めまして、フレデリカです。ちみに、こいつの妹ではないから。間違えないで」

「えぇ、、まだ違うのぉ、?」

「まだって何、?」

「え、あ、ああ、はい。は、初めまして、それと、ウチも、妹じゃないんで、」

「それは分かってる」


 ネラは回復の魔薬で傷口を癒す彼女にそう口にする。と。


ーき、綺麗な人、ー


 ネラは、僅かにメイクのし甲斐がありそうと言わんばかりの目で見つめると、瞬間。


「痛っ、」

「ちょっと我慢してて。数十秒経てば、痛みは無くなってくるから」

「初体験と一緒か」

「こいつは無視して」

「分かってる。それに、さっきの話終わってないから」

「な、何の話ですかね、」


 フレデリカの言葉にネラが頷き放つと、エルマンノは慌てて目を逸らした。なんか似たもの同士なのか、妙に打ち解けている様に見える。兄は嬉しいような、悲しいような。複雑です。


「ねねっ!もうそろそろ始まるんじゃない?」

「ああ、そうだな。何とか間に合って良かった、」


 エルマンノが安堵の息を吐くと、オリーブは前の方で見ようと促しアリアと共に足を進める。それを見据えながら、フレデリカは一度「はぁ、ほんと強引、」とエルマンノに耳打ちしたのち、彼女もまた歩き出す。


「フレデリカも前の方行くのか?」

「前の方とかの話じゃない。魔薬の点検とか、あるから」

「そうか、前というか裏だったな。助かる。楽しみにしてるぞ」

「はぁ、そっちも頑張って」

「ああ」


 エルマンノはフレデリカに微笑みながら返すと、改めてネラへと振り返った。


「立てそうか?」

「な、なに、?てか、、何なの、?これ、」

「悪い。話し合い、というのは嘘では無いんだけど、少し騙す様な形になったな、」


 エルマンノはそう謝りながらネラの手を引くと、蹌踉ける彼女に詰め寄る。


「大丈夫か?肩、貸すぞ」

「いらない、」

「ならあげようか?返す手間が無くなるぞ」

「死ぬと思うけど、」

「安いもんだ。肩くらい」


 エルマンノは意味の分からないタイミングで二度目の言いたかった名言を口にしながら、ゆっくりと二人で進む。


「っと、、ここら辺でいいか、」

「あ!お兄たん!こっちこっち!」

「おお。場所取ってくれてたのか。流石オリーブだ。助かる」

「えへへ〜、見やすい方がいいかなって!」

「オリーブちゃんなら、場所取らなくても村の人達譲ってくれるんじゃない?」

「駄目だよっ!ちゃんとこういうのは先に取っておかなきゃ!」

「そうだぞアリア。権力で民を圧倒するのは良くない」

「そ、そこまで、言ってないから、」


 エルマンノが先に集まっていたオリーブとアリア、そしてマロンのネラと合流しそう話す。それに、珍しくツッコミのキレのないアリアに目を細める、と。


「てかマジなんなの、?それに、なんか向こうの方が人多いけど、ここでいいの?」

「ここからでも見える。それに、人混みはあまり好きじゃないだろ?」

「勝手に決めつけないで」

「違うのか?」

「そう、だけど、」

「なら、ここでいいな。人に押されて傷が悪化したら大変だ」


 エルマンノはステージを見ながらそう呟くと、それと共に司会が現れた。以前のカラオケ大会の時の人物と同じである。その後、同じく開会式を行い、村長の話を聞いたのち、本編が始まった。ステージに村の人達が上がり、歌い始める。


「な、なんこれ、、こんな宴会芸みたいなんにここまでして連れて来たの?」

「あー、まあ、宴会芸みたいだよな。でも、それだけじゃない」


 エルマンノはそこまで言うと、ふと、空を指差す。と、それと同時に。


「っ!」

「わぁ!綺麗っ!」

「す、凄い、、こんな、綺麗だったんだ、」

「この間はちゃんと見れなかったからな」

「だね」


 ボンッと。大きな花火が空を彩った。


「は、?ま、まさか、、これのために、?」

「ああ。妹と花火見たかったんだ。俺の憧れのシチュエーションだし、楽しみにしてたのは事実だ。だからこそ、この間それを逃したのは痛かったな」

「でもっ!見れてよかった!」

「ああ。綺麗だな、オリーブ、」

「うんっ!」


 頰を赤らめながら、オリーブは元気に笑う。その姿に、エルマンノは思わず口角を上げる中、ネラは小さく呟く。


「そんな事のために、?」

「ああ、そうだ。割に合わないって思ってるのか?」

「そりゃそうっしょ。別に少し遅れても良かったじゃん。それなのに、、ウチのこと、」


 ネラはエルマンノの足を見て声を小さくする。彼もまた、足に怪我が見えた。今日迎えに来た時には見られなかった傷だ。それなのにも関わらず、おぶってくれたというのだろうか。こんなもののために。


「ん?ああ。これはこの祭りの準備でちょっと怪我しただけだ。気にしなくていい」

「エルマンノ、回復使えるのに何で治さなかったの?」

「魔力足りないんだ今。それに、なんか傷あった方がカッコいいだろ?」

「うっわ、、シスコンでそういう趣味なの、?エルマンノ、」

「年齢的に中学生だ。中二病でも何らおかしくは無い」


 エルマンノは手をヒラヒラとさせながらアリアにそう返すと、対照的にネラは拳を握りしめる。と、それに。


「ネラ。悪かった。こんな、強引で騙す様なやり方、、妹を騙すなんて、最低だ、、でも、それでも、そうしてでも叶えたかった理由があるんだ」

「は、?」

「ネラの願いでもあっただろ?花火、見るの」


 その一言に、マロンのネラがハッと、エルマンノに顔を向ける。すると、もう一人のネラは。


「別に、そんな事、」

「前言ってただろ?家族と、花火。もう一度見たいって」

「そういう風には言ってない、、それに、家族なんて、」

「ああ、そうだな。確かに両親は今ここには居ないかもしれない」


 エルマンノは、花火を見ながら、その光を受けネラに告げる。


「元々はさ、両親を説得して、みんなで見るのが、ネラの願いに繋がるって、思ってた。いや、思い込んでた」

「だから、、あんな事、?」

「ああ。でも、ただお願いして一緒に過ごして。それが正解じゃないって、気づけた。ただ見たいんじゃ無くて、あの頃みたいに。あの関係で見たいんだろ?」

「...分かった気になんな、」

「ああ。それすらも俺の自己満かもしれない。現に、両親は連れて来られなかった。その言い訳なのかもしれない。でも」

「えっ」


 エルマンノはそこまで告げると、ネラを真正面から見据え、花火の光を顔に受けながら、優しく、まるで本当の兄の様に放った。


「ここに妹と兄が居る。家族が、ここに居る」

「何、、言ってんの、?」

「なぁ、家族って難しいよな。分類も難しい。産んでくれた母と父を家族と呼ぶ人も居るし、その親に捨てられて、その後育ててくれた、育ての両親を家族と言う人も居る。家族なんて近いだけの他人という距離も居るし、血は繋がってないのに、本当の家族だと思う人間も居る」

「な、何が言いたいの、?」

「家族の形は一つだけじゃないんだ。ネラは、本当は両親と仲良くしたいのかもしれない。それは、時間をかけて、やっていく他ない。でも、ネラは一人じゃない。それだけは言える」

「「え、」」


 思わず、マロンのネラも同時に声を漏らした。


「恋人も、別れれば終わり。友情も、絶交って引き離したり、何かキッカケがあれば終わるものなのかもしれない。でも、これだけは言える」


 エルマンノはそう前置きすると、ネラと、マロンのネラを見据え、力強く宣言する。


「俺は、いや、俺たちはずっと、兄妹で居続ける。ネラが嫌と言おうが何だろうが、ネラの頑張りは見てるし、どうにかしたいって願う。そういう、ネラを応援する家族が、ここに居るんだ」

「っ」


 ネラは、周りを見渡す。すると、同じく、花火の光に照らされながらこちらに笑みを送るオリーブ、アリアが居た。


「ネラ!大丈夫だよっ。一人じゃないから」

「私も、、家族と上手く行ってないから分かるよ。でも、学校だって、家族だってそう。その、小さい括りの中で、我慢しなくていいんだよ。そこから抜け出して、応援してくれる、新しい家族に囲まれて。その中で、改めて生きていくのも、アリじゃ無いかなって、」

「...」

「アリアが珍しく良い事言うからネラが固まっちゃっただろ」

「えぇっ!?何その理由!?わっ、私だって、たまには言いたいじゃん!」


 アリアのいつもの様子に、エルマンノはクスリと笑ったのち、「ありがとな」と呟いた。


「まあ、なんだ。人間到る処青山有りとも言うだろ?変に、無理にそこに居続けなくてもいい。それは逃げじゃない。選択なんだ。いや逃げってのも、選択の一部かもしれないな。何せ、逃げるの項目が、RPGにはあるだろ?」

「な、なんそれ、」

「あー、例えが難し過ぎたか、」


 そういえばこの世界にはRPGが無いのだ。しくじったな。この世界の生活自体がRPGだから、忘れていた。そう思いながらも、ニュアンスは理解した様子のネラを見て、小さく微笑むと、それ以上は追求せずに視線を前へと戻した。

 その後、皆でいつもの様に笑って歌を聞いたり花火を見たりした。その間、ネラはそれを話す事はしなかったし、こちらも聞こうとは思わなかった。だが、確実に"お互いの"ネラの中で、意識が変わっているように見えた。

 と、そんな中。


『それでは、今回もスペシャルゲスト!前回とは違い今回はソロでは無く、バンドを復活させたとの事で。ご登場いただきます!ラディアとソフィで、新世紀エターナルブラッドです!』

「初めましてっ!そのっ、ラディアです!あ、初めましてじゃ無いですね私はっ!この間ぶりですみなさん!」

「うぉぉぉぉぉぉっ!」

「わっ!?何なにっ!?」


 エルマンノが突然声を上げ、アリアとネラがビクッと肩を揺らす。どうやら、村の人達も同じ様子で、声を上げていた。すると、続いてステージ裏から、今度はゆっくりと。様子を伺いながら恐る恐る現れる、銀髪の眼鏡少女。


「...その、えっと、、あ、うっ」

「わぁ!ソフィ吐かないの!」

「まだ吐いてないから!」

「まだって!吐く前提なの!?」

「いや、、思ったより人が多くて、こんな小さい村に、、こんなに人が、?」

「ほら、ソフィ!自己紹介してっ!」

「あ、、う、、はい、、えと、、ソ、、ソフィです、、こう見えてボーカルと、、作曲してます、、よ、よろしく、お願いします、」

「うぉぉぉぉぉぉっ!」


 エルマンノはオタク君と化していた。村の人達もそんな感じだ。いつの間にファンになっていたんだ。


「えっと、それじゃあソフィがこれ以上トークがあると吐いちゃうので、まずは一曲目いきましょう!行くよっ!ソフィ!」

「う、うぇぇっ、、うんっ、」


 ラディアに手を引かれて、ソフィと共に立ち位置に立つと、目つきを変えてギターを持ち、演奏を始める。エルマンノはその光景に圧倒されながら、思わず口元が綻ぶ。

 そうか、と。

 確かにラディアは成長している。前とは表情も違う。だが、きっと。これが、本当の彼女なのだろうと。エルマンノは微笑む。

 思わず見惚れてしまう姿。眩しい笑顔と声音。これが、二人の強さなのだろう。

 あの時はきっと、不安で、怖かったのだ。一人となって、どうすればいいかも分からない。そんな中、第三者に助けられながら、知らずのうちに知らない人達と演奏して。いつもと同じが一つもないその中で、怖くて。不安で。たまらなかったのだろう。

 ソフィという、自分よりも人見知りで、人混みが苦手な人が。いつも一緒に居る慣れた人が。大切な人がそこに居るだけで、ここまで変わるのだ。


「凄いな、、ソフィは、」


 彼女の存在は、やはり互いに支えているのだろう。ソフィもそうだ。先程まで倒れそうだったというのに、ラディアに手を引かれ、こうして歌う中で、笑みが自然と溢れている。ソフィもまた、一人では絶対ステージには立てないだろう。互いに肩を貸し合って、そうしてゆっくりと、進んでいるのだ。どちらも、見捨てて先を走ってる者はいない。だからこそ、この関係が生まれるのだ。


「やっぱ、最高だな、、俺の妹は、」


 エルマンノは、自然とそう口にしながら、そう呟く。と、気づいた時には既に二曲目も終わり、ラストの一曲となっていた。と、そんな時。


「これするから、、ソフィとラディアは居なかったんだ、」

「ああ、、悪いな。またまた騙す様な形になって、」


 ネラがふと、エルマンノに呟くと、彼は息を吐きながら頭を下げる。が。


「でも、、もう一回、見たかったから、」

「っ!...そうか、」


 その一言に、エルマンノは笑って、それだけを返す。それ以上は、話はしなかった。いや、寧ろ話など、いらなかった。ただ、お互いの心の中で、ソフィとラディアに対しての思いを募らせた。


「ラディア!ソフィ!最高だぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー!」


 エルマンノは、口から溢れ出ていたが。


「「...綺麗、」」


 その後、カラオケ大会もラストに差し掛かり、同時に上げられた花火の勢いも増していった。その様子を見つめ、二人のネラは声を漏らす。と、そののち。ネラは隣で未だうおーうおーと謎の叫びを上げているエルマンノを見つめ、小さく呟く。


「ありがとう、、兄ちゃん、」

「ん?」

「ばっ、なっ、何でも無いって!」

「悪いな。お兄ちゃんはどんな爆音の中でも妹の声は聞き逃さないんだ。で?何て言ったんだ?」

「聞こえてないじゃん、」


 エルマンノの発言にネラはジト目を向ける。と、その後、ふと。互いにマロンのネラとネラは見つめ合う。


「...ねぇ、、その、戻りたい、」

「...も、戻れるかな、?ウチら、」


 ふと呟いたマロンのネラに、ネラは不安げに返した。すると。


「大丈夫だ。怖がる事も、考え過ぎることもない。元々は一人だったんだ。大丈夫。戻っても一人じゃない。ここには、みんな居る。消えたりなんかしない。一緒に、進んでいこう。居場所は、ここにある」


 エルマンノは、そう放つと、微笑む。その一言に、ネラは進まなくては。と、改める。進む事が、どこか怖かったのかもしれない。進みたかったのに。それなのに、今はどこか、怖い。それでも、一人じゃない。それに、気づけたから。


「...戻ろう、」

「うん、」


 そう、二人は互いに放つと、ネラはマロンを抱き寄せ、ぬいぐるみとネラは接吻を交わした。


「おお、、なんと、そういうプレイもありか、」

「エルマンノは黙ってて」


 と、その瞬間に。その二人を祝福するかの様に。彼女らを、歓迎する様に。本日一番の花火が、照らした。

 すると、同時に。その場には眩い光が包み込み、エルマンノとアリア、オリーブは思わず目を瞑る。すると。


「...どう、だ、?」

「...ん、、んん、、あ、こ、こう、なるんだ、」


 エルマンノが恐る恐る聞くと、ネラは一人でそう呟く。以前とは違い、爆破の様なものが無かったため、恐らく。


「...もど、、れたっぽい、」

「っ!良かったぁ!」

「はぁぁぁっ、良かったぁぁっ、」


 その答えに、オリーブは元気に笑い、アリアは安心し切った様子で声を漏らした。そんな中、エルマンノは、少しの間目を細めて何かを堪えたのち、微笑んで呟いた。


「おかえり、ネラ。そして、よろしくな」

「うん、、ありがとう、」


 互いに、瞳を潤ませながら、そう放つ。と、その時だった。


「ネラ、」

「えっ」


 花火の音に紛れて、一人の女性の声が聞こえた。それに、ネラ含め皆がそちらに振り返ると、そこには。


「...こんばんは、、みなさん、」

「あ、ああ、、貴方は、」

「っ、、おふくろ、、なんで、?」


 そう。ネラの、母親が居た。


「ごめんなさいね。友達と遊んでいるのに、」

「いえ、家族です」

「はい、?」

「エルマンノは黙ってて、」

「えぇ、」


 首を傾げる母に、アリアはまたややこしくなると止める。


「...何の用、?」


 するとネラは、母を睨みつける。と、そんな中、対する母は瞳を潤ませる。


「ごめんなさい。少し前から、、見てたの」

「えっ、それって、」

「ごめんなさいね、、貴方にも、言い方が良く無かったかもしれないわね」

「いえ、俺は全然。それよりも、」

「分かってます」


 母は覚悟を決めた様子だ。それにエルマンノはそうですか、と。小さく呟き、アリアとオリーブを連れてその場から離れた。


「あ、ちょ」


 それに、ネラは気まずいと。そう言わんばかりに手を伸ばしたものの、そこに。


「ネラ、、ごめんなさい、、少しでもいいから、、話を聞いてくれない?」


 母が割って入る。


「何、?話すことなんてない。話しかけないで」

「分かったわ、、じゃあ、答えなくていいから、お母さんの独り言を聞いて、」

「それも嫌だって、」

「ネラ、、貴方が産まれてきてくれて、、お母さんは本当に嬉しかったのよ?医師からは羽がない事を言われたわ。その時は、とても悩んだ」

「...」

「でも、、お父さんと二人で、羽なんて関係ない。この子は二人の子供だからって。ちゃんと向き合う決心をしたの」

「...」

「最初の頃は、ネラも分かってなくて、、いつかお母さん達みたいに、大きな魔法使うって、意気込んでたのよ?」

「...でも、、できねぇじゃん、」


 拳を握りしめながら。歯嚙みしながらただ聞いていたネラは、耐えきれなくなり、そう口にする。


「どんだけ頑張っても、、出来ない、、それに、、嫌気さしてたっしょ?」

「そんな事ないわ!」

「そんな事あるでしょ!ウチ、、ずっと、辛かった、、ずっと、乾いた笑みで、、作り笑いで、、無理に親やってるんだなって、、そう思ってた!」

「ネラッ、、貴方っ!」

「ほら、、そうやって、」

「っ」


 ネラの言葉に、ついカッとなり、母は手を振り上げ固まった。


「...ウチの事、外歩かせなくなったっしょ、?学校も、、ウチが学費稼がなかったら、多分辞めさせてたでしょ、?」

「...それは、貴方を思ってーー」

「ウチはそんな事望んでないって!...それに、、この間、恥ずかしいって、、そう言ったじゃん、、それで、ハッキリしたよ。だから、、話さなくていい」

「それは、、お父さんの口下手よ!」

「もういいってっ!いいって言ってるじゃん、、なんで、、なんでそう突っかかってくんの、?もうやめてよ、、せっかく、、新しい形を見つけて、、覚悟決めてたのに、、何で、、何でこんな時に出てくるわけっ!?もう、ほっといてよ!」


 ネラは、叫んだ。感情がぐちゃぐちゃだ。言葉には出来ない、むず痒さが、そこにはあった。今を考えていたかった。昔の家族なんて忘れて、新しい中で、歩んで行きたかった。それなのに。

 そう思いながらネラは、息を荒げて叫んだ。と、その時。


「すまなかった、、ネラ、」

「え、、親父、?」


 父が、隣から現れた。


「ありがとう、、正直な気持ち、、言ってくれて、」

「...へ、?」


 意味が分からない。そんな様子でネラが父を見据えると。


「ネラは、、いい子だから、、いつも父さん達の顔色を見て、、言わない様にして来たんだよな」

「え、?」

「お母さん達だって、、分かるわよ。娘が、無理して話してるのは」

「っ」

「最近は突然避ける様になって、話さなくなって、思春期かしらとは思ったけど」

「...思春期にしては遅いっしょ、」

「そうよねぇ、、そうは思ったんだけど、突然の変化だったからねぇ」


 母の話は、恐らく、ネラが移動した後の話だろう。突然性格が変わったのは、その影響である。


「ネラが、、ちゃんと、話してくれたんだから、、父さん達も、、話さなきゃいけないな、」

「な、何を、?」

「あの恥ずかしいは、ネラに言った言葉じゃないのよ」

「は、?」

「ネラが聞いてるとは思わなかったから、、つい主語を端折ってしまったんだ、」

「父さんと母さん。いつも言ってたのよ。世の中の人達は、本当に恥ずかしい奴らばっかりって」

「へ、?」

「羽根があるか無いかで揉めて、色々言ってくる奴らが多いんだ。街を歩いてると、良く言われるよ。羽根無しは元気かってさ」

「ほんと、皮肉めいた言い方よねぇ〜、やんなっちゃう」


 父と母は、そう思い出しながら話す。それに、ネラはただ首を傾げる。


「まあ、、なんだ、、その、恥ずかしい話だがな、、ネラに、そういう思いして欲しく無かったんだ」

「そうそう、、ネラをなるべく外に出さないようにって、思ってた、、それは、ネラと一緒に居るとお母さん達が恥ずかしいとかじゃなくて、その、人として恥ずかしい奴らにネラが辛い思いとか、恥ずかしい思いをさせられるから」

「え、?どういう事、?」

「ネラが学校でいじめられてるのを聞いたの。それから、気にする様になったの。それまでは、父さんも母さんも気にしないって。それで良かったんだけど、ネラがそういう目に遭ってるなら話は別でしょ?」

「じゃあ、、学校辞めさせようとしたのは、」

「ネラは、そうしないと無理にでも笑って、大丈夫って言うでしょ?」

「なら、、そっちが無理に笑ってたのは、?」

「それは意識してなかったけど、、心配の気持ちが、出てたのかもしれないわねぇ。ネラは、聞いても答えてくれないから。そうやって探りながら話すしか無かったのよ。ごめんなさい」

「えっ」

「本当に悪かった、、父さん達は、上手く出来なかったんだ、」


 母に続いて、父もまた頭を下げる。


「ネラを助けたい。そう思ってたのに、上手くいかなかったの、、もう少し上手いやり方で世間と引き離せれば良かったのに、、それなのに、上手く出来なかったわ、、もっと、調べるべき事が沢山あった筈なのに、、もっと手を引っ張れる様にならなきゃ、いけなかったのね、」


 母は、恐らくエルマンノのことを考えながら話していた。彼の様に、ぶっ飛んでいて、デリカシーは無いが、それでしか聞き出せない事もあるだろうし、そうしないと浮かばない解決策だってあるのだ。それを、恐れてしまった。悩んで悩んで。そうしている間に、娘にはその悩みが、自分が不甲斐ないからだと勘違いされ、全ての行動にそれを結びつけられ、こうして親から離れていってしまったのだ、と。

 その今までの全ての行動を悔やみながら。戒めの様に強く思いながら、ネラに強く謝る。それに、ネラは目を見開いたまま、口を噤んだ。


「...ネラが突然髪型も髪色も変えて、おしゃれする様になって、話し方も変わった時は驚いたけどね」

「それでも、娘である事は変わらない。羽が無かろうと、見た目が変わろうと。頑張っているネラは、変わってない」

「...親父、」

「本当、、良かったわね、ネラ。素敵なお友達が、、ううん、家族が、出来て」

「っ、」

「素敵な家族ね、、あの人のお陰で、、お母さんもこうしてネラと話せて、、救われたわ、」


 母は、潤んだ瞳でそう呟くと、改めて手を叩く。


「はいっ!お母さんの独り言終了!お父さんは何かある?」

「いや。このくらいにしておかないと、花火が終わってしまうからな」

「そうね!じゃあ、帰りましょうか」


 母はそう言うと、またねと小さく残し、後は新たな家族のところへと言わんばかりに手を振った。と、そんな両親に、ネラは口を開く。


「そ、そのっ、、おふくろ!親父っ!」

「え?」「ん?」

「え、、えっと、、その、また、、一緒に、、その、花火大会、その、」

「ふふふ。いいわね。今度行きましょう」

「花火大会やるところあったか?」

「微妙な時期ではあるけれど、夏はまだ半分もあるし、どこかしらにあるんじゃないかしら?」

「も、もし、、無かったら、その、一緒に、」

「そうだな、、今度、一緒に花火しよう」

「っ」


 ネラの、言いたくても言えないそんな焦ったい言葉を、その先を分かっていると言わんばかりに、母と父は受け止めて返す。その姿に、ネラもまた目の奥が熱くなる中、「みんなによろしく。あと、ありがとうって言っておいて」と。母が付け足すと、家へと帰って行った。


「...ぐすっ、、はぁ、」


 それに、ネラが鼻を啜ると、背後から。


「いやぁ、、相変わらず圧が強い二人だな、、ネラにそっくりだ」

「えーっ、ネラそこまで圧強くは無いよ、?」

「お兄ちゃんにはそう見えるんだ」

「まあ、、分からなくは無いけど、」


 エルマンノとオリーブ、アリアが現れた。


「えっ、ちょっ」

「悪い。隠れたのはいいが、近くて聞こえてた、」

「さ、さいってー、」

「ね。エルマンノ最低だよね」

「便乗しないでくれ、お兄ちゃん死んじゃうぞ」


 エルマンノがそう淡々と放つ中、オリーブはネラに良かったねと駆け寄る。その姿を見据えるエルマンノに、ふとアリアは小さく耳打ちする。


「ねぇねぇ、、それにしても、何で私達の場所、ネラのお母さん達は分かったんだろ、」

「ん、?ああ、、まあ、その、実は、多めに魔力を垂らしながら歩いて来たんだ。ここまで」

「えっ」

「ネラのところに今日迎えに行った時に、あの後の家族との話を聞いたら、"あれは違うの"とか色々言ってきたって話をしてた。...だから、もしかすると、あの両親も、すれ違ってるだけなのかなって。そう思った。本当に興味が無かったら、そんな事を言うかなって、思ったから。だから、この間現れた意味不明の男が娘を連れてどこかに行ったら、追いかける可能性あるかなって。そう思っただけだ」

「え、、だから、エルマンノが前やったみたいに、魔力探知で後を追える様に魔力をばら撒いてたって事、?」

「まあなぁ。そのせいで、回復魔法が使えなかったわけだけどな、」

「それ、、両親が追いかけて来なかったらどうしたの、?」

「ん?別にそれでも問題ないだろ。それ抜きでも、ネラはもう十分、前を向けてた」

「...そっか、、それもそうだね、」


 エルマンノの回答に、アリアは優しく微笑みネラを見据えた。

 すると。


「はぁ、はぁっ、お、終わってしまいましたぁ、」

「はっ、はぁ、、ちょ、、ラディアちゃん、、速いってば、」

「ラディア!ソフィ!いやぁ、ほんと、最高のライブだったぞ!」

「えっ、本当ですかっ!?」

「ああ。プロデューサーとして、涙が出るよ、」

「今まで、色々ありがとうございましたプロデューサーさん!これからもっ、見ていて、、くれますか、?」

「お、おおっ!ああ!任せろ。妹をプロデュースするのは、兄の役目だ。ずっと、死ぬまで俺は二人のプロデューサーだ!」


 プロデューサーさんなんて台詞を言われ微笑みながら告げると、改めて空を見上げラディアは落胆する。


「はぁ、、みんなで、花火見たかったんですけどね、」

「そうか、ライブやってたから見られなかったか、」

「見れる位置には待機してたんですけど、、それでも、」

「まあ、そんな余裕は無いよな」


 以前のカラオケ大会でのラディアの様子を思い出しそう呟く。と、その瞬間。


「っ!」「えっ」


 ボンッと。突如空に花火が上がる。


「これって、」

「ずっと裏で魔薬の管理してたから、みんなで見てきたらって。村の人からの気遣いみたいね」

「えっ」

「おお、粋な計らいってやつだな」


 それに声を漏らすラディアに、フレデリカが裏から現れそう告げると。


「わぁ、、すごい、、すっごく綺麗ですっ!おにぃっ!ソフィ!みんなっ、もっと前で見ませんか!?」

「えぇ、、誰が行くかよあんな人がゴミの様な、」

「中々見られないよソフィ!もう二度と外で見られないかもしれない!」

「えぇ、そんなわけないじゃん、」

「じゃあ来年も祭り来る?」

「絶対行かない」

「だよねぇ」

「...じゃ、みんなで前の方行くか!」

「うん!行こっ!ラディア!お兄たん!」

「えぇ、、私もパスしたいんだけどぉ、」

「まあ、いいんじゃない?たまには。それに、この村の人達にはもう顔バレしてるでしょ」

「まあ、、そうだけど、」


 エルマンノは、ラディアの少し寂しげに、儚く笑う姿に、そうか、もう来週には引っ越してしまうのか、と。そう思いながら、皆で花火を近くで見ようと促す。それに、オリーブが賛成し、アリアをフレデリカが説得して、皆で前へと歩き出す。その中。


「...はぁ、」

「ん?どうした?ネラ」

「はぁ、、もっと前にさ、ちゃんと、親と話してれば良かったのかなぁって、、ウチがもう少し素直になって、ちゃんと逃げずに話してたら、こんな回りくどい事しなくても、兄ちゃんに迷惑かけなかったし、もっと両親といい時間が過ごせてたのかなって、」


 ネラは、どこか遠い目をして、後悔を口にした。だが。


「でも、その頑張りのお陰で今があるんだし、親もそれに気づいてくれてるんだ。確かにその時間は戻ってこないが、これからゆっくりと、その分を取り戻せばいいよ。ネラは、家族と仲良く過ごす。それを夢見て、頑張って来たんだから。その努力で今のネラがいて、転移魔法のおかげで俺らとも、出会えてるんだ。何一つとして無駄なんかじゃないよ」

「そっか、、それが無かったら、兄ちゃんとも出会えて無かったんだ、」

「ああ。俺は、ネラに出会えて、家族になれて、本当に良かったと思ってる」

「...」


 エルマンノが優しく放ったそれに、ネラは唇を噛み、俯く。それを横目で見据えながら、前を歩く妹達と、空に煌びやかに咲く花々を見据え考える。

 きっと、親も完全にはネラの事を理解出来ていなかっただろう。確かに先程、今までの行いを振り返り、ネラとの関係を見直し謝った。だが、その中でも、親が考えているものと僅かなズレがある様に見えた。

 両親は、あの行動が、正確にどこが間違っていたかは分かっていない様子であった。本当にネラの気にしていた事を、ネラの目線に立って改善しようとしている様子では無かったように感じる。だからこそ、またどこかで衝突するだろう。だが、それでもいいのかもしれない。こうしてネラは笑っている。親だろうと、相手も一人の人間だ。家族の形なんて、いくらでもある。自分の事を全て理解して、考えてくれる。それが親であると決めつけるのも、子供が親の考えている事をやってくれる。跡を継いでくれる。そう思うのと同じくらい、また傲慢なのかもしれない。

 実際、ネラの両親もまた、悩み、ネラを想っていた。その点はきっと、変わらず家族だ。人によって家族のイメージは違う。これ程までに関係が定まらないものもないだろう。だが、だからこそ、近くも遠い。大切ではあるけど怒り衝突し、たまに離れる。そんな微妙な距離感が、出来上がるのだろう。


「ま、家族の形は一つじゃない。家族と上手くいかなかったらこっちの家族を頼ればいい。こっちの家族と喧嘩したら、向こうの家族に愚痴ればいい。そんな程度でいい。深く考えなくてもいいんだ」

「...兄ちゃん、」

「それに、ネラの両親はもう少し頑張った方がいいな。ネラに負けないくらい」

「...ふふっ、かもね」


 エルマンノの言葉に、ネラは微笑む。悩みの根幹は解決していないかもしれない。それでも、目の前の彼と出会えたという事実があるなら、そんな事はどうでも良くなった。ただ、今この瞬間が訪れてくれた事が、ただただ嬉しい。


「...ねぇ、兄ちゃん」

「ん?どうした?」


 花火を見つめながら、ネラは一歩、エルマンノに近づき僅かに肩がつく程に接近して呟く。


「その、、えっと、兄ちゃん、、本当に、、ありがとう、、えっと、最初は、、なんか、腹立つ奴と思ってたけど、」

「思ってたのかよ、」

「で、でもっ、ずっと、一緒に、、いたいと、思ってる、」

「おおっ、嬉しいなっ、、妹にそんな事を言われるなんて、」

「えと、、それは、そういうのじゃ無くてさ、、えっと、ウチと、、その、つ、」


 ネラは、それを言いかけて、エルマンノに目をやる。そこには、優しい表情でこちらを見据える彼が居た。その姿が、まるで兄の様で。思わず口元を綻ばせながら、少し寂しそうに俯いて口を開く。


「やっぱ何でもないやっ!」

「なっ!?何だ!?き、気になるぞ!?」

「へへへっ、内緒ナイショーッ!」


 ネラは元気に笑ってそう放つと、少しの間ののち、エルマンノに向き直った。


「兄ちゃんは妹の方が大切だし大好きなんでしょ?」

「当たり前だ。妹より上の存在はない」

「ならいいやっ!これからもずっと、、妹で、いさせてね?」

「当たり前だろ。妹辞めたいって言っても、俺たちは兄妹だ」

「ふふっ、、兄ちゃん大好き、」

「うおえられっ!?」


 突如、指絡ませの方で手を繋いできた。これは刺激が強い。この世の言葉とは思えない声を上げてしまった。


「どうしたの?妹でも、手くらい繋ぐよね?」

「ああ。そ、そうかもな、、俺は妹肌に触ると声が漏れるんだ」

「ははっ、なんそれ〜」


 エルマンノが僅かに頰を赤らめながら呟く中、ネラは元気に笑う。と、その時。


「ねぇねぇお兄たん!どうしたの、?」

「ああ、いや、何でも無い。直ぐ行く」


 オリーブが心配になって戻って来てくれた様だ。その姿は天使か。

 それに慌ててネラは手を離すと、吹けもしない口笛で昭和なリアクションをした。そんなネラに、エルマンノはニヤニヤと微笑むと、ニヤつくな!という言葉と共に、皆が手を振って待つ前の方へと、二人で進むのだった。


          ☆


「さ、、最悪、、う、うおぇっ、、もう、二度と、こない、」

「今日は最高に楽しかったです!一番の夏の思い出になりました!」


 隣でオリーブに助けられながら吐くソフィとは対照的に、出店で買ったダルコ焼き片手にラディアは元気にはしゃぐ。


「ああ、だな!でも、これで終わりじゃない」

「え、?」

「ラディア、明日も空いてたりするか?」

「あ、はい、、ですけど、どうしてですか、?」

「引っ越すまで、出来る限り色々したいだろ?」

「えっちな事ですか?」

「それもありだな」

「にっ、にぃでも許さないよ、!」

「大丈夫だ。その時は三人でな」

「おにぃは三人相手出来ませんって」

「えぇ、、ずっと、そのイメージなん、?」


 ラディアの事となると、ソフィは起き上がれるのだろう。百合の力は偉大だ。そんな事を思っている中、ふと、フレデリカがエルマンノの肩を叩き、ソフィとラディア、オリーブとネラと距離を取る。


「どうしたんだ?大胆だな」

「そういうあれじゃない。それで、ネラは戻ったの?」

「ああ、そうか。まだぬいぐるみを持ってるから、分からないよな。違いが」

「無事に戻ったよ!色々あったけど」


 フレデリカの問いに、アリアが答えると、そう、と。小さく呟く。


「フレデリカのお陰だ。ありがとう」

「私何もしてないけど」

「いや。ネラが戻らないのは、マロンのネラが問題って教えてくれただろ?」

「何?マロンのネラに何かしたの?」

「ああ。マロンのネラ。つまりぬいぐるみでは出来ない事をして、いいなぁって思わせれば良かったわけだろ?だから、それを考えた時、夏祭り、花火大会ときたら、おんぶだなって思ったんだ」

「どういう事なの、?」

「はぁ、その理屈は分からないけど、つまり、あの時おんぶをして私達の前に現れたのは、マロンのネラにそれを見せつけるためだったわけね、」

「そういう事だな」

「幸い、今の俺は何も出来ない。そう言ってたのは、回復魔法の話だったわけね、、転んでも回復出来ないから、おんぶするしかないって状況にして。でも、転ぶのを見越してたわけ?」

「ネラは高確率で転ぶからな。おんぶが駄目でも、フレデリカがやってくれた様に治療してあげたり、それに周りから傷に対しての心配をしてただろ?それを見せてあげるのも、また一つの手だと思ったんだ。ぬいぐるみには、痛みがない。だからこそ、傷が出来てもあの時みたいに心配されづらい」

「はぁ、なるほどね、」

「えぇ、ちょっと騙したみたいで嫌な感じだけど、」

「まあ、多少は仕方がないな、」

「兄ちゃん何話してるん?」

「ん?ああ。ネラが戻れて良かったって話をな」

「うん、、ほんと、ありがと、みんな、」

「全然っ!私は戻ってくれただけで嬉しいよ!」

「ありがとう、、その、それで、そのさ。戻れたから、今度、食べてみたい」

「ん?何をだ?」「何を?」

「その、アリアちゃんの、料理」

「っ!」

「っ、そうだな、、ずっと、楽しみにしてたもんな」

「うん!オリーブちゃんのもマジ楽しみ!」

「分かった、、でも、マズいとか言わないでよ?」

「言わないよ!」

「クソマズいはいいのか?」

「もっと酷いじゃん!」


 ニカッと笑うネラに、アリアが放つ中、エルマンノがそう付け足しツッコむ。と、そんなアリアの姿にエルマンノは微笑んだのち、大丈夫だと告げる。


「アリアの料理、ほんと、上手くなってる。そんな事はない」

「へぇ!楽しみ!」

「ちょっ、逆にそれプレッシャーだからぁ!」


 アリアの言葉に、エルマンノは笑いながら、ネラと共に歩き出す。その姿を見据えながらふと、フレデリカは息を吐いた。


「なんか、戻れた理由はそれだけじゃ無い気がするけどね」

「え?な、何々、?他に何かあるの?」

「多分、戻れなかった原因はもう一つあって、それは片方だけ感情が大幅に変化してしまってた事」

「感情が大きく、?」

「そう。エルマンノに対するね」

「っ」

「マロンのネラがエルマンノに対する想いが十だとすると、ネラは一にも満たして無かったでしょ?だから、そこがあまりにも離れすぎてたのも、理由の一つだと思う」

「って事は、あのおんぶで、?」

「まあ、そこに至るまでの色々なもので、向こうのネラも、一から五くらいにはなったんじゃない?」

「へ、へぇ〜、、そうなんだ、」


 アリアは、少し複雑な様子でそう返すと、ふと。フレデリカは浅い息を吐いて、目つきを変える。


「それで。終わって直ぐで申し訳ないけど、アリア。貴方の事を教えてくれる?」

「えっ」

「前言ったでしょ?これが終わったら、話を聞くって。一体、何があってここに来たの?」

「そ、、それは、、も、もう少し、」

「駄目。明日とか言ったらまた逃げるでしょ?問題を、そのままにしておくわけにはいかない」


 フレデリカの、アリアを思っての言葉に、彼女は歯嚙みして悩みながらも、観念したのか、息を吐く。


「わ、、分かった、、でも、エルマンノには、、まだ言わないで欲しい、、きっと、また無茶しちゃうから、」

「分かった」


 アリアは、そう前置きをすると、真剣な表情で聞き入れるフレデリカに、恐る恐るそれを告げた。

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