第39話「間違いだらけだった夏」
「どうしよ、、戻れない、」
震えた口で、そう呟く。そんなネラの姿を見据えたのち、ラディアはどうすればと。エルマンノに振り返る。対するマロンのネラも「な、なんで、」と呟き、それを見たオリーブもまた「お兄たん、」とエルマンノに振り返る。
「...どう、してだ、?」
そんな中、エルマンノもまた疑問にそう呟く。ネラは、覚悟を決めた筈だ。マロンのネラとも、二人で話し合い、それを拒む様子はどこにも無かった。心のどこかで否定する思いがまだあるのだろうか。ならば、一体何が。不安がまだ拭えないのだろうか。どこが問題だ。どうすればいい。エルマンノは冷や汗混じりに、頭を抱えた。
「エルマンノ、、これって、、元に戻るの失敗って事、?」
「凄いなアリア。よくこの一瞬で状況理解出来たな」
「ばっ!私だって、今日ネラの様子見に行くって言って戻って来たと思ったら二人でなんか話してて、それで光が出たら、戻ろうとしてるのかなぁ〜くらいは予想できるよ!」
「流石高学歴だ」
「それおちょくってない!?」
エルマンノは冷や汗をかきながらもアリアに返す。と、改めてアリアは目を細める。
「ど、どうして、?」
「わ、分からない、、だが、可能性としてあるのは、俺達が二人の存在を見てしまっていたからか、新たな記憶がそれぞれにしっかりと刻まれてしまったからか、それか」
「そ、それか、?」
「まだ、戻る覚悟が出来てないからか、だ」
「そっ!そんな事ないっ!ウチはっ、もう、覚悟は決めてっ」
「そうだよ!ウチだって、戻ろうとしてる!」
二人は、そう前のめりで声を上げる。第三者の前で話さないという設定はもういいのか。エルマンノはそう思いながらも、ならばと。頭に手をやる。
「...俺達が、、存在を確定させてしまったのか、?」
これが一番問題だと。まるでそういう様にエルマンノは歯嚙みしながら呟くと、まだ分からないと。ラディアにはネラを。オリーブにはマロンを、それぞれ頼み、エルマンノは一度、"あの場所"へと向かった。
☆
「居るか〜、フレデリカ〜」
ドンドンと、ノックする。やはり、困ったらここしかないと。まるで何でも屋に頼む様に、エルマンノはフレデリカの実験室を訪れた。それも。
「ちょ、ちょっと、ノックの力強くない、?」
アリアも一緒に、だ。
「いや、、そのノックの強さで重要度とか緊急かが分かるかなと」
「もっと嫌がられそうだけど、」
エルマンノの発言にアリアが息を吐いた、その時。ゆっくりと、ドアが開かれた。
「ほらな?」
「本当にそれで伝わったの、?す、凄い、師匠、」
「違うから」
「おお、聞こえていたか、」
「そんなデカい声で話してたら分かるって、、ここ、確かに王国側で安全ではあるけど、一応魔物が居る森なの考えて」
「大丈夫だ。お兄ちゃんが守ってやる」
「その魔物が妹だったら?」
「なっ!?そ、それはっ、、お兄ちゃんが喰われます」
「えぇっ!?」
「妹に食べられるなら本望です」
「丸飲みフェチだとは思わなかった、」
「決して趣味ではない」
二人を実験室に上がらせながら、フレデリカは息を浅く吐く。それに、珍しいとエルマンノは目を丸くする。
「何、?どうしたのエルマンノ」
「いや、、やけに素直に入れてくれるなと」
「追い出そうか?」
「いや、緊急なんだ」
「まあ、、そうだろうね、、そろそろ来る頃だと思ったし、私からも話があったから、」
「も、もしかして告白っ!?私帰った方がいいかな、?」
「二回目とは、嬉しいな」
「一回目をした記憶ないんだけど」
「あの後しなかったの?」
「ナニをだ?」
「なっ、何をってっ!あ、阿保っ!」
「意味なく罵られるのもいいな」
謎会話にアリアが謎に顔を赤らめる中、フレデリカは頭を押さえる。
「追い出すよ?」
「わ、悪い。その、話なんだが、、実は、ネラと話して、、何とか二人を元の一つの体に戻すって事になったんだが、、その魔法をしようとしたら、」
「失敗した。違う?」
「なっ、、エスパーなのか、?」
「やっぱりね、、何となく、そうかなって」
「オンナの勘ってやつか、?」
「見てれば分かるよ」
「み、見てればって、、理由が、分かるのか、?」
「逆に分からない?」
「俺は、、俺達がマロンのネラとネラをそれぞれ同時に観測して、存在が確定してしまったとか、それぞれに強い記憶がついてしまったからとか。それか、まだ覚悟が決まってないのか、どれかだと思ってるんだが、」
「まあ、三つ中一.五正解かな」
「半分か、?」
エルマンノとアリアが、フレデリカのもう既に答えを知っている様子の素振りに、首を傾げる。すると、対するフレデリカは、改めて口にした。
「その前に、まずネラに何て言って説得したのか。それを聞かせてもらえないと、確信にはならないかな」
「あ、ああ、」
フレデリカの疑問に、エルマンノは改めてネラに説得した内容を口にする。それに、フレデリカは息を吐きながらも微笑み、呆れたと口にした。
「相変わらず、エルマンノらしいね」
「それはどういう意味だ?」
「体を一つに戻す方法に、お願いを選んだ事」
「あ、ああ、、本当は戻りたいと思ってるんじゃないかって。そんな事言ったら、きっとネラは反対してた筈だ。会ったばっかりの奴に分かったフリをされて、それを強要されたら、たとえそれを本当に思ってたとしても、反発したくなるだろ?だからこそ、お願いにしたんだよ」
「そう。だから、エルマンノらしいって事」
「俺らしいか、?」
「変わってるって話」
フレデリカが呆れた様子ながらもどこか優しく微笑んで、そう付け足すと、エルマンノもまた微笑んで思い返す。
「ネラは立派だから、思うところがあった筈だ。転移魔法で自身の要らない感情を除外した。そんな方法で本当に変わったって言えないと。それで本当にいいのか、と。揺らいでたはずだ。でも、肝心なのはそこじゃない。実際に変われたんだ。たとえ方法が転移魔法というものだったとしても、それを成し遂げるために努力してるうちに、ちゃんと成長出来てたって。それをあの中でネラはちゃんと気づけたはずだ」
「だからこそ、最後のお願いで、背中を押したわけね」
「ああ。最後の一押しだ」
「一人に戻っても、完璧にはなれないし、望んだ姿にはなれない。ここからまた変わろうとしなくちゃいけないっていうそれは、彼女にとって辛い言葉かもしれないのに?」
「寧ろ、そのままでいいなんて、変わろうとしている人に言うのは、失礼じゃないか、?」
「はぁ、、それを、もっと早くに気づいて欲しかったけどね」
「え、?」
エルマンノの話に目を見開き、どこか寂しげにしている様に見えるアリア。そんな中、息を吐いて頭を押さえるフレデリカに対し、怪訝な表情を浮かべた。
「そ、それって、、どういう、?」
「やっぱり、多分問題はそっちじゃない」
「「え、?」」
エルマンノとアリアは、同時に声を漏らす。と、それに答えを告げる様に、フレデリカは口を開いた。
「転移魔法を解除して、元の一つの精神に戻ろうとしたのに、戻れなかった理由。それは、片方がそれを拒んだから。しかもそれはネラじゃ無くて、マロンのネラが」
「「っ!?」」
二人は、目を見開いた。そののち。
「えっ、そ、それは無いんじゃないの?だって、マロンのネラは、ずっと元に戻りたがってて、」
「そう。最初はそうだったかもね」
「え、」
アリアが上げた声に、フレデリカは目を逸らしながらも返す。
「最初、エルマンノ達に対して話し出したのもそうだし、ちゃんと話をして、戻ろうとしてたんだと思う。でも、その考えも変わったんじゃない?エルマンノと一緒に居るうちにね」
「お、俺と、?」
「そう。つまり、心地よくなったんだよ。今の状況が」
「っ!」
エルマンノは、以前マロンのネラが発した、「このままでもいいんだって!思えたから!」というその言葉。それを思い出し怪訝な表情を浮かべる。
「何か心当たりあった?」
「あ、、ああ、、このままでいいって、、思えたって、」
「なるほどね、、何となく分かってたよ。心配してくれる人達が居て、囲まれてて、そんな状況が、手放せなくなったのかもね」
「それ、、分かる気がする、」
フレデリカの言葉に、アリアは目を逸らしながらそう零すと、エルマンノはだが、と。割って入る。
「でも、ネラは元の体に戻ってもネラなんだぞ、?俺達がいきなり態度を変える事もない。それでも、、戻りたくないのか、?」
「何かあるんだろうね。今の、ぬいぐるみの姿の方が、いい理由が」
「...そうか、」
それを見つけ出さなくてはと。エルマンノは一つの目標が明確になり頷く。と、そののちフレデリカは小さく呟く。
「多分、エルマンノの腕の中に居られるとか」
「おお、嬉しいな。フレデリカも面白い事が言える様になったんだな」
「違う。本当の話」
「本当のって、?」
「分からない?あんたは馬鹿だけど、鈍感じゃないと思ってたけど」
「俺の何を知ってるんだ、」
「妹だから」
「妹には勝てないなぁ、」
フレデリカが短く返すと、エルマンノは苦笑を浮かべて返す。それに、アリアはえ、と。声を漏らしながらフレデリカに耳打ちする。
「そ、それってもしかして、、マロンのネラって、、エルマンノの事、」
「だろうね」
「えぇっ!?うっそ!」
「そこまで驚かないでくれ。お兄ちゃん泣くぞ」
「いや、それはそういう意味じゃなくてっ」
「...」
アリアを他所に、フレデリカはどこか寂しげに息を吐く。それを見据えるエルマンノは目を細める。「こんな奴のどこが」と言わんばかりの表情だ。それにエルマンノは「かなしい」と言わんばかりの表情を送ると、「何その顔」と言わんばかりの表情を返される。おお、とうとうテレパシーが使える様になったのかもしれない。そう思いながら、エルマンノは改める。
「でも、ぬいぐるみの姿だと食べ物も食べられないし眠れもしない。色々と楽しみが減ると思うんだが、」
「それよりも、ぬいぐるみという口実でずっと一緒に居れる。腕の中に居れる。近くに置いてもらえる。家に泊まって寝顔を見れる。その方がいいと思うのかもね」
「えぇっ!?家に泊まったの!?」
「ああ。実は昨日な」
「親居るんでしょ?」
「ぬいぐるみだからな。ネラは。そこは問題ないぞ」
「それでも、」
「お、嫉妬か?安心しろ。アリアの方が多く夜を共にしてる」
「ばっ!そ、そういう言い方するな阿保!」
「いやぁ、酔っ払った時のアリアは凄かったなぁ」
「ま、まだ覚えてるの!?ふ、フレデリカ、違うから!私何もしてないからぁ!」
「な、なんで私に言うわけ、?」
アリアが声を上げる中、フレデリカは息を吐く。と、本題に戻ろうと。エルマンノは真剣な表情で切り出した。
「でも、泊まってもぬいぐるみじゃご飯も一緒に食べられないし寝られないしお風呂も入れないし部屋でえっちな事をしてるのを兄が僅かに聞いてしまうハプニングも出来ないだろ?」
「ちょっ!こ、後半さらっと何言ってるの!?」
「なら、それを突きつければいいかもね」
「フッ、フレデリカもっ、なんでそんな冷静にっ!」
「なるほど。他の妹とお風呂に入ってるところを見せればいいんだな」
「だっ、誰がそれやるの!?」
「アリア。やってくれるか?」
「やっ、やるか阿保ぉ!」
ニヤニヤと微笑みながら、そう放つエルマンノにアリアが声を上げると。そののち、ふと改めて考え歯嚙みする。
「まあ、、これも全て、俺が、、距離を縮めすぎたせい、、か、?」
ずっと悩んでいたことだ。成仏という概念が無くなり、既に気にする必要はないと思っていたのだが。まさか、こんなところでそれが影響してくるとは。
「まあ、、もう既にここまで来ちゃってるわけだから仕方ないよ」
「そうだな、、今からどうするべきか。考えるしかないよな。今は今しか、変えられないんだから」
「エルマンノらしい答えだね」
「変わってるって事か?」
「そう」
「前向きと言ってくれ」
短く返すフレデリカに、エルマンノは微笑みながらそう返すと、助かったと。二人で実験室を後にしようと向かった。と、その時。
「何か案はあるの?」
「お風呂が駄目となると、厳しいなぁ」
「しっ、しないからね!」
「フレデリカはどうだ?」
「はっ倒すよ?」
「ですよねぇ」
エルマンノは即答され苦笑いを浮かべると、少し悩んだのち、微笑む。
「でも、何となくやるべき事は分かった気がするよ。幸い、今の俺は何も出来ないからな」
「何も幸いじゃないと思うけど、」
「とりあえず、やってみるよ。思いついた仮説を」
そう放つエルマンノは、覚悟と自信に満ち溢れた表情をしていた。その様子に、浅く息を吐きながらも、フレデリカは見送った。と、その後一人残されたフレデリカは、"あの時"のアリアを思い返して小さく呟いた。
「今も現在進行形で、、私達は間違ってるのかもね、」
☆
「はぁ、はぁ、、待たせたっ」
「あ、お兄たん!どうだった、?」
二人は村へと向かい、そこで兄の帰りを待っていたオリーブにそう切り出した。
「理由は、、分からなかった。でも、やっぱりどちらかの意思の問題らしい」
「そ、、そっか、」
俯くオリーブに、エルマンノは唇を噛むと、その隣から、アリアが耳打ちする。
「ねぇ」
「おうふ、」
「え、?な、何、?」
「いや、妹吐息が、、耳に、」
「ちょっ、何言ってるの!?」
「もっとやってくれ」
「嫌!」
「何か言おうとしてたんじゃないのか、?」
「もういい!」
「そう言わずに、、今度カレーパン奢ってやるから」
「なっ、わ、私がカレーパン好きだと思ったら大間違いだからね!」
「違うのか?」
「あの事、言わなくていいのって言おうとしたの」
「やっぱカレーパン好きなんじゃないか、」
「ムッ、ムッカー!いいから答えてよ!」
「まあ、、オリーブはマロンのネラと一緒に居る事が多いからな。秘密は守れるかもしれないが、オリーブに嘘をつかせるのは、、ちょっと気が引ける」
「そっか、、まあ、本人に本当の事は、言えないもんね、」
エルマンノとアリアが、それぞれオリーブに聞こえない様な声量。では無かったが爺婆との話によってなんとかバレないでいる中、ふとエルマンノはオリーブに寄って口を開く。
「ん?そういえば、他のみんなはどこ行ったんだ?」
「あ、マロンのネラとラディアは家の裏庭で遊んでるよ!」
「さっきまでの危機感はどこにいったんだ、?」
エルマンノはそう呟いたのち、それならと。続ける。
「なら、ネラは?」
「ネラは、一回帰るって言ってた、、ちょっと、考えたいって、」
「...そうか、」
向こうのネラに迷いがないとも言い切れない。我々の予想とは違い、向こうのネラの覚悟が決まっていなかった可能性だって十分にあるのだ。それを思いながら、エルマンノは息を吐くと。改めて考えオリーブを見据える。
「つまり、、お兄ちゃんを待っててくれたのはオリーブだけだったのか、」
「え、?う、うん、、でも、みんなお兄たんの事待ってーー」
「オリーブゥ!ありがとうなぁ!」
「へっ!?う、うんっ!」
エルマンノはそう声を上げると、オリーブに駆け寄り優しく抱きしめる。
「おうふ、」
やはり刺激は強い。
「それよりエルマンノ。どうするの、?」
「まあ、ネラと話し合うのが一番かもな。でも、ちょっとその前に」
エルマンノはそう呟くと、待っててくれと。唐突に駆け出した。
☆
「ネラ〜。居るか〜?」
その後、アリア達の元へ戻って来たエルマンノは、用事とやらは済んだようで。そのままネラの家へとエルマンノとアリアは向かったのち、ドアをノックした。
「居なさそう?」
「まあ、色々と自分と向き合おうとしてるのかもしれないな、」
「居留守って事?」
「ここで考えてようと外で考えていようと、邪魔はされたくないだろうって話だ」
「そっか、、それにしても、なんで向こうのネラには何もしなかったの、?」
「俺のこと好きなんだろ?って聞くのか?」
「ち、違うよ!そこじゃなくて、なんかこう、戻れない理由がマロンのネラにあるんだから、またなんかこう上手いやり方で彼女を説得するのかと、」
「俺はそこまで器用じゃないぞ」
「ううん、、エルマンノは凄いよ」
「?」
その時のアリアは、どこか遠い目をして、感慨深そうに呟いていた。と、その時。
「あら、どちら様?家に何か用?」
「ん、?っ!」
振り返ると、そこには渋い男性とケバい女性が居た。更に二人とも、背中には細長い羽根が生えている。男性の方は見るからに口数が少なそうだ。
「家、、という事は、、この家の、?」
「そうですけど。貴方達は?」
「ああ、すみません。俺達、ネラに用があって」
「あら珍しい。あの子を訪ねてくる人が居るなんて」
「兄です」
「兄、?そちらの方の?」
「はい。そして、ネラの」
「エルマンノ、、ややこしくなるからやめようよ、」
エルマンノが真剣に放つ中、アリアは息を吐く。と。
「よく分からないけど、とりあえずネラに用事なのね。分かった。ちょっと待ってて」
「は、はい」
エルマンノが答えると、その二人は家へと入って行く。そんな二人に、エルマンノは口を開く。
「あ、あのっ、ネラの、お母さんとお父さんですか?」
「ああ、私達の紹介がまだだったわね。そうだよ。ネラの母親」
「その、、ネラの事、なんですけど、」
「あの子が、何か言ったのかい?」
「えっ」
突然声を低くしそう放つ母に、エルマンノは目の色を変え声を漏らす。
「いえ、、そういうわけでは、」
「あの子の事、深く探るのはやめてくださる?迷惑です」
「め、迷惑って、」
その一言に、アリアが小さく漏らすと、エルマンノは意を決して口を開く。
「あの、実は、今度お祭りをやるんですよ。それに、来て欲しいんですけど、」
「え?何、私達にかい?」
「はい」
「えっ、お祭りなんてやるの、?」
「ああ。一週間後な」
「い、いつの間に、?」
エルマンノがそう答える中、アリアは驚いた様子でそう呟く。すると。
「いやぁ、私達はいいよ」
母がそう答える横で、父もまた無言で頷く。それに、エルマンノはもう一押しと。続ける。
「あの、ネラもその祭りに誘おうと、今日来たんです。だから、一緒にーー」
「あの子と祭りはもう行かないよ」
「えっ」
「悪いけど。もう首を突っ込まないでもらえます?」
「ど、どうして、、ですか、?」
「だから。話聞いてました?」
「...理由だけでも、」
「そんなの貴方に教えるものじゃないよ」
「お願いします!」
「しつこいねぇ」
「話すわけない。恥ずかしい」
「「「っ」」」
エルマンノが玄関口で強引に母に迫る。母の物言いは少し圧が強く、引き下がりそうになったものの、ネラと家族の関係を知らなくてはと。少しでもと前に踏み出したが。しかし。
それを遮って父がそう呟いた。
「はぁ、お父さん、」
「本当の事だ」
「もういいかい?ネラ呼んでくるから。待って、、て、」
「「「「っ」」」」
母が父にそう放ちながら振り返ると、そこには。奥から顔を覗かせるネラが居た。
「ネ、ネラ、」
「...っ」
ネラはそのまま、部屋に戻って行った。その様子に、エルマンノは怪訝な表情を浮かべたのち、憤りを見せた両親に追い返されてしまった。
「ちょっと、、なんか、、感じ悪かったね、」
「ああ、、でも、あれは俺のせいだ、」
「...あれって、、どういう意味だろ、」
「どれの事だ?」
家の少し先の公園で、二人は頭を抱えながらそう言葉を交わす。
「その、、恥ずかしいってやつ、」
「...少なくとも、、いい意味ではないだろうな、」
「やっぱり、、羽根の事、かな、」
「...かもな、」
二人には、見るからに妖精と分かる羽根が生えていた。そんな中、羽根のない子を連れて歩いたら、きっと。周りからの目は、厳しいだろう。そう思いながら、エルマンノは立ち上がる。
「どうするの?」
「もう一回、、行ってみるよ」
「どっ、どうしてっ、?多分、、あの感じはもう、無理そうだよ、」
「...それでも、、両親にそんな事を言わせ、それをネラに聞かせてしまったのは俺の責任だ。ここで下がるわけにもいかない」
「そんなの、、事故だよ、」
「だとしてもだ。親と妹の関係を悪くするきっかけを作ってしまった兄は、動くしかないんだよ」
エルマンノは目つきを変えて歩き出す。と、その時。ネラの家から、今度は。
「っ」
ネラが、歯嚙みしながら飛び出し、走っていった。
「...クソッ、、またかよっ」
エルマンノは、またやってしまった。そう思いながら、拳を握りしめて走り出した。
「えっ、ちょっ、エルマンノ!?どうしたの!?」
「悪い!先に戻っててくれ!」
「え、えぇ」
振り返りながらそう声を上げる彼に、アリアは声を漏らしながら、走り出すエルマンノを見据えるのだった。
☆
「はぁ、はぁっ、まっ、待ってくれっ!ネラッ!」
「っ!何なんだよっ!何でこんな事するんだよっ!」
「っ」
声を上げ、彼女を止めるエルマンノに、振り返ったネラは。
泣いていた。
「...そ、それは、」
「だから、、会わせたく無かったんだよ、、親と、」
「...悪かった、、俺も、、踏み込んだ事を、、聞いてしまった、」
「何がしたいの?」
「...」
その一言に、エルマンノは答えられなかった。妹の夢を叶えたい。ネラを一つに戻したい。家族との関係をしっかり把握しておきたい。色々が重なったがための行動だったと思う。だが、それが何に繋がるのか。本当にそれはネラのためなのか。それを考えた時、エルマンノは胸を張って答えを出すことが出来なかった。
「はぁ、、もう、いいよ、ほっといて、、もう、関わらないで」
「...」
今まで何度も言われて来た言葉だ。それを受けるたびに、もっといいやり方があったんじゃないかと。自己嫌悪に陥る。妹達と、ちゃんと向き合って、ゆっくりでも心を開いてもらおうと。一緒に歩きたいのに。いつも先を歩いては空回ってばっかりだ。だが、それでも。
兄は前を歩き、失敗しながら妹に伝えるものなのかもしれないと。勝手に自己防衛が発動する。その考えにも、憤りを感じる。だからこそ、いつもこうなるんじゃないか、と。
「ウチ、、考えてたんだ。何で、戻れなかったか」
「っ」
「...多分、、受け入れようと思ってる気になってただけなんじゃないかなって、思った」
「ネラは、、一人に戻るのは、嫌か?」
「嫌とかもうわかんない。前みたいに拒否するつもりはないけど、、でも、、分かんないよ、」
「自分の事を理解するっていうのは、大変だよな」
「何分かった気になって、」
「自分と向き合うのが怖くて。素直になれない妹が居たんだ。本当はその人の事を大切に思ってて。それなのに、その人を前にすると、それとは真逆の事を言ってしまう。そんな、不器用な妹が」
「それは、、ただあまのじゃくなだけじゃないの、?」
「似たようなものだ。自分の気持ちから逃げる事によって、発動してしまうものに似てる。何にせよ、自分に正直で、感情を偽らなくて、好きなものは好き。苦手なものは苦手で、すぐ辛い表情が出る。そういう単純な人程、自分に正直で、自分で自分を理解してる。自分を甘えさせる事が出来るってのも、ちょっと、羨ましいよな」
「でもそれじゃあ、、やっていけないよ」
エルマンノは、逆張りな眼鏡妹と、感情が空を見ればすぐ分かる狐耳妹を想像しながらそう呟く。
「やって、、いけないか、、そうだな。どちらも、、多くの集団の中では、生きて行くのが辛いとは思うな。でも、俺はどっちの妹も大好きだ」
「...はぁ、、個人的な話は聞いてないから、、まあ、でもそう。集団の中では生きていけない。だから、、偽るしかない、」
「ネラも、ずっと頑張って、それを出さない様にしてたんだよな。みんなの顔色を窺う、みんなに好かれたいって思う性格のせいで、考え込んで、辛くて、悩んで。それでも、そんなの見せたら周りから変な目で見られるから。あえて笑って。元気に過ごしてた」
「分かった気にならないで、」
「まあ、確かに、学校には行ってないしな。ネラと同じ学校にも、自分自身も」
エルマンノは、そう呟きながら息を吐く。
「俺はな。学校行ってないんだ。それに、人と関わる事から逃げ続けた」
「え、何、?友達の話?」
「違う。俺の話だ」
「いや、、全然関わってるし、、学校だって、歳的にまだ行けるっしょ、?」
「違う。昔の話だ」
「え?」
「まあ、なんというか、、ネラは凄いなと。そう思っただけだ」
「何も凄くないよ、、聞いたっしょ、?やっぱ、両親はそう思ってた」
「悪かった、、そんな野暮な事を、ズケズケと、」
「あんたには迷惑してるし、、その性格も嫌い。親に容赦無く聞きまくってる時、殴ってやろうと思った」
「...本当に、、申し訳ない、」
「でも、、分かってたから。二人がそう思ってたのは」
「え、?」
「いっつも、、ウチが寝た後に喧嘩してたんだ、、その原因はウチ。ウチが羽根なしで、何やっても駄目だから、、精神的に二人は病んでいった、、それからはウチも、気にしてないフリして、元気にいつも通りにしてたけど、ウチを二人の視界に入れて、それが原因で二人で喧嘩して欲しくないから、距離を作った。その方が、向こうも、ウチも、楽だと思うし」
「本当か?」
「え、?」
ネラの言葉に、エルマンノは彼女の隣まで歩き、小さく問う。
「...ネラも、、本当に楽だって。そう思ってるのか?」
「当たり前っしょ、、なんで、そんな事、」
「じゃなかったら、泣いて家飛び出したりしないと思うぞ」
「っ!そういうとこだぞあんたっ!もう、、構わないでって!言ってるだろ!」
「違うのか、?」
「ただ両親にこれからどんな顔して会えばいいか、分かんないだけだよ!」
「そうだな、、それは、兄の責任だ、」
「そう思うならあんたはもう何もすんなよ、、家族とのことは、、ウチらでなんとかするから、」
ネラは、歯嚙みして、掠れた声で呟いた。それに、エルマンノは耐えきれずに小さく零した。
「...なぁ、何でネラばっかりそんな我慢しなきゃいけないんだ?」
「知らねぇよ!それにっ、両親だって我慢してんだろ!ウチなんかを、見捨てずに、こうやって育てて、、距離は出来ても、、嫌々でも、それでもっ、こうして一緒に居てくれるんだから!」
「...ネラは、凄いな」
「は?」
「...悪かった、、もう、踏み込んだりはしない。だが、向こうのネラも戻りたがってるんだ。一週間後。獣族の村で、もう一回話し合いをしたい」
「...はぁ、、わ、分かった、、それ終わったら、もう二度と、顔合わせないって約束して。その時、戻れなくても。いい?」
「ああ。妹に誓おう」
「それじゃあ、、決まり、」
「ああ。迎えに行くから、待っててくれ」
「いや、、いいから、」
「村の場所分かるか?一回ついてきただけだろ?」
「う、」
「悪いが、時間厳守なんだ。待っててくれ」
エルマンノは、半ば強引にそう告げると、息を吐きながら頭を押さえる彼女に、手を振ってその場を後にした。そんなネラに背中を見せるエルマンノの表情は、小さく微笑み、何か覚悟を決めたような顔をしていた。だが、その笑みは。
今にも崩れそうな。余裕のない笑みだった。
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