第35話「家族の形」

「...」


 あの後、本当に追い出されてしまったエルマンノは、無言で帰路についた。まだ花火大会まで時間があるがために、この話を、と。エルマンノはフレデリカの元に行こうとしたが、しかし。


「あっ」


 今日はフレデリカの大切な日である事を思い出し、意識を変える。


「...それまでに、なんとかしなきゃだな」


 まだ、時刻は早い。フレデリカの発表の時間までも、まだ余裕があった。それ故に、エルマンノはまずはあそこだな、と。獣族の村に向かった。


          ☆


「あら、エルマンノさん。またいらっしゃってたの」

「いえ、今来たところです」

「でも悪いねぇ、オリーブちゃん達、さっき神社に戻ったところだよ」

「えぇ、、マジですか、」


 村に着くと、そこで出会ったお婆ちゃんにそう話され、エルマンノは息を吐く。だが、急用だ。待ってるわけにもいかないため、エルマンノは階段を登ることを決意し、お婆ちゃんに感謝を告げたのち歩き始めた。

 その中でふと、考える。ネラは精神移動によって精神を分断して、そちらをぬいぐるみに移して捨てた。故に、やはりネラの要らなかった感情というのは、マロンに入っている方で間違いないのではないだろうか。それ故に、捨てられたマロンのネラは、また元に戻りたいと。そう願って本体に近づこうとした。一人では不可能なため、我々の手を借りて。だが、と。エルマンノは口を噤む。


ーなんで、、ネラはそのことを黙ってたんだ、?ー


 向こうのネラが黙る理由ならば沢山ある。だが、マロンのネラは、我々に協力してほしい側であるため、話しても問題はないと思われる。それを悩みながらも、エルマンノは階段を登り、今までを振り返る。その事実を知った後だと、俄然納得がいった。

 向こうのネラがぬいぐるみを持っている我々を見ただけで何かを察していた点。性格が大きく違う点。そして、ネラが呟いた、成仏は、不可能だという話。


「っ」


 エルマンノは、ふと足を止める。精神移動で移動されたものは、既に自立している。更には、魔法すらも単体で使えるのだ。それを考えると、もう別個体として反映されており、また一つの体に戻るのは、可能なのか、と。エルマンノは冷や汗を流す。


ークソッ、、駄目だ。転移魔法について、、知識が浅過ぎる、、知ってる可能性があるのは、、フレデリカだけど、、今は厳しいよな、、ならー


「っ」


 エルマンノはそこまで考えると、ならば、と。目つきを変えて階段を駆け上がった。と、そこには。


「あ!お兄たん!」

「はぁ、、はぁ、オリーブ、、元気してたか?」

「うん!そろそろ準備しておこうと思って!...その、ごめんね、、お兄たん、もう来ないと思ったから、、上まで来ちゃって、」

「いや、全く問題ない。オリーブに合うために登って来た。俺のわがままだ。それに、妹に合うなら、このくらい余裕だ」

「で、、でも、足が、」


 オリーブが呟いた先に、エルマンノの子鹿の様に震える足があった。


「安いもんさ。足の一本くらい」


 エルマンノは、ノリで言いたかった言葉をさらっと放つと、そう続ける。


「それよりも、、ネラはどこに行ったんだ?」

「あ、今はお部屋で待ってもらってるよ!さっき、お着替えしてたの!」

「お着替え?」

「うん!昨日お兄たんに買ってもらったやつ!気に入ってくれたみたいで!」

「っ、、なるほど、、兄の選んだ服を着てくれるのか、、その事実だけで一生保つな」

「な、何が?お兄たん、?」

「色々とだ」

「オリーブちゃん。そんな真剣に聞かなくていいから」

「そうなの、?」

「えぇ、たまには聞いてくれる妹も嬉しいんだが、」

「普段聞いてくれないみたいに言わないで!」


 オリーブと話している中、ふと奥からアリアが現れた。


「それにしても、起きたんだな、アリア。おはよう」

「なっ!?わ、私をなんだと思ってるの!?流石に起きるよ!」

「起こさなかったらお昼まで寝てるだろ。夜中に一人であまりしない方がいいぞ。早寝早起きは大切だ」

「ちょっ!?な、ななっ、何!?一人でっ、しない方がって!何の話!?」

「分かってて言ってるだろ?」

「別にしてないよ!だ、、だって、エルマンノ、そんなの、、聞こえてきてなかったでしょ、?」

「聞かないフリをするのが兄ってもんだ」

「だからしてないからぁ!」

「?」

「あ!オリーブちゃんには関係ない事だからね?」

「?」


 二人の会話に首を傾げるオリーブに、アリアが慌ててそう告げると、そんな事よりもとエルマンノは切り出す。


「それよりも、ちょうど良かった。二人とも、話したい事がある」

「「え?」」

「ネラの事だ」


 エルマンノが真剣な表情で、二人に先程の話をする。


「え!?え、えと、、つまり、どっちも、ネラで、一人の中から、二人になった、、てこと、?」

「それよりも勝手に女子の部屋に上がり込んだの!?はぁ、もう、ほんと、少しは考えなよ、」

「アリアはそういうのに関しては全てブーメランになるから何も言わない方がいいぞ」

「う、、ま、まあ、、そう、だけど、」


 一通りのことを話したものの、オリーブはどこか理解出来ていない様子であった。


「えーと、という事は、ネラが嫌いだと思う自分の部分を乖離して、それを転移魔法でぬいぐるみに移して捨てたって解釈でいいの?」

「ああ、その通りだ。流石、意外にも高学歴なだけあるな」

「ムッカァ!意外にもは余計だよ!」

「そ、それじゃあ、魔法で、戻せるって事、?」

「そうなんだ、俺もそこが気になってて、転移魔法についてはあまり知らないんだ。精神転移。しかも部分的。それを元の体に戻す事は可能なのか、?」

「え?私に聞いてる?」

「もしかすると知ってるかもと」


 オリーブとエルマンノが疑問をアリアに投げる中、彼女は悩んだのち。


「転移魔法自体は戻せると思う。部分的なものでも、基本は、」

「っ!ならっ、戻せるね!お兄たん!」

「でも、、私達と過ごした記憶はどうなるのか、、分からない、」

「「っ!」」


 元気に放つオリーブだったものの、それに表情を曇らせて割って入るアリアに、二人は目を見開く。


「そうか、、でも、そうだよな、、既に大きく記憶が別になってるわけだし、、戻せるにしても、体に負担がかかる可能性もあるよな、」

「...じ、じゃあ、、どうすればいいんだろ、」

「少なくとも、第三者が魔法で戻すのはやめておいた方が良さそうだな。下手をすると、人格が破壊される可能性も出てくる。少なくとも精神を持つ本人が転移魔法で戻さないといけなさそうだ」

「でも、部分的に精神を移動させるなんて、よっぽどだよ。そんな、簡単に出来る事でもないし、」

「まあ、、その分、本気で頑張ってたんだよ」


 アリアがそう口にする中、エルマンノは目を逸らして、ネラの部屋にあった大量の本を思い出しながら呟く。それと同時に、そこまで頑張って乖離したい理由が、きっとあったのだと、エルマンノは考え歯嚙みした。と、その後。


「努力で何とかなる問題じゃないよエルマンノ、、普通の人間は、それに耐えられる筈ないんだから、」

「ああ、、でも、ネラは人間じゃないんだ」

「え?」

「妖精、なんだってさ。...まあ、あんまり、言っていい事なのか、分からないけど、、本人には、言わないであげてくれ、、なんか、気にしてるみたいなんだ。理由は、、分からないが、」


 エルマンノが、あの時のネラの様子を思い出し、小さく口にする。それに、アリアはハッとし口にする。


「そ、そっか、なるほど、、それはそうだよ、、きっと、妖精ってバレるの、凄く怖かったと思う」

「え?どういう事だ?」

「え、、エルマンノ妖精知らない、?」

「いや、知ってる、、と、思うが、」

「妖精は、色々な見た目や大きさあるけど、共通して羽が生えてる特徴があるんだよ。でも、あの時妖精って気づけなかったって事は、ネラは」

「っ!」


 アリアがそこまで言った瞬間、エルマンノはそれに気づき目を見開き、冷や汗を流した。と、同時に、オリーブが口にした。


「そういえば、、羽、無かった、」

「そうか、、そういうことか、」

「でも、、それであの魔法を使えるのは、凄いよ、、妖精は羽の大きさで魔力が決まるも同然なの。あれが、魔力回廊になってるから」

「そうか、」


 アリアの言葉に、やっと全ての意味が分かった。まるでそう言う様に、呟いた。


「アリア!助かった!」

「ふぇっ!?え、えぇっ、あ、うん、、えと、どういたしまして、?」


 突然エルマンノはアリアの肩を掴み近寄り、それに何故か顔を赤らめ返す彼女に放ったのち、駆け出した。


「ど、どこ行くの!?」

「ちょっとな!あと、今日フレデリカのプレゼンの日だ!花火大会の前に、一回顔出してあげてくれ!」

「あっ、そうだった」

「それって、この前アリアが教えてくれた?」

「そうそう!そうと決まれば早めに準備しなきゃだね!オリーブちゃん!」

「うん!」


 エルマンノが駆けていく姿を見据えながら、二人はそう口にすると共に、神社へと戻って行った。


          ☆


「はぁ、、はぁ、、おーいっ!居るかっ!」


 なんと何度もここに足を運ぶことになるとは、と。エルマンノは息を荒げながら、ソフィの家のドアを叩いた。すると。


「うっほーっ!にぃじゃん!さっきぶりだねぇんっ!」

「...悪い、間違えたな」

「間違えてないってぇ!」


 エルマンノはそう呟きドアを閉めようとすると、ソフィは声を上げドアを開けた。


「どうしたんだ、?さっきまで二日酔いしてなかったか、?」

「ああ、まぁ、あれは誤差みたいなもんだからぁ」

「えぇ、、また飲んだのか、?」


 珍しくエルマンノが引きながらそう呟くと、ソフィはキョロキョロとする。


「ん?どうした?」

「いやぁ、探し物しててさぁ。それよりもっ、どうしたの?にぃも忘れ物?」

「いや、ちょっと、聞きたいことがあって。中、入っていいか?」

「おお〜!なんか今日は積極的だねぇ。私襲われちゃうのかなぁ?」

「しないって。...ただ、座りたいだけだ、、ずっと、立ちっぱなしだったもんで、」


 エルマンノはそう言いながらドアを開けてくれたソフィに感謝を告げながら倒れ込んだ。


「あれぇ?座りたいんじゃ無かったのぉ?」

「妹床に寝転がるのは最高の至福だ、」

「なんか凄いこと言ってるねぇ」

「それよりも、本題なんだが」


 エルマンノはそう呟きながらゆっくりと起き上がり、床に座る。


「ソフィって、ネラと同じ学校だったんだよな?その時の事、教えて欲しくて」

「ネラ、?」

「ああ、そうか、名前はまだ言って無かったな、そう。元持ち主の名前だ」

「あぁ〜、なるほどぉ、で?その人が何だって?」

「ネラの事、覚えてないか?」

「えぇ〜、それはちょっと厳しいって〜。私人の顔覚えるのが二番目に難しい事だから」

「一番は?」

「禁酒」

「あー、、だな」

「それに、私すぐやめたって言ったでしょ?だから、覚えるも何も、エピソードすら何もないよぉ」


 エルマンノは納得の声を上げたのち、それでもと口にする。


「でも、ネラはソフィを覚えてたんだ。少なくとも同じクラスだったとか、ないのか、?」

「あ〜う〜ん、、うぇ〜、分かりそうで、、分からんなぁ」

「そうか、、向こうが覚えてたんだから、何か記憶に残る理由があったんじゃないのかと、思ったんだが、」

「一ヶ月でやめたからじゃない?」

「不思議でもないだろ。転職の時代だ」

「バイトと一緒にしないでよ〜」

「なんか、そんな人居たなってくらいでもいいんだ。例えば」


 エルマンノはそこまで放ったのち、少し口にするべきか悩んだものの、意を決して告げた。


「妖精なのに羽が無くて、イジメられてた、とか」

「っ!」

「...な、何か、、思い出したか、?」

「いや、、なんか、思い出しちゃって」

「え?」

「私も、いじめ受けてたから」

「っ、、わ、悪い、、嫌な、事を、」


 エルマンノは、ソフィの反応を見て慌てて謝罪を口にすると、目を逸らす。が。


「いやいやぁ、今は全然平気だよぉ。多分、いじめてた奴らよりも今の私有名人だし」

「ああ。ラディアも居る。みんな居る。妹達に囲まれてる。きっと、そいつらよりも何十倍も幸せだ。今のソフィは」

「にぃも居るしね!」

「うがはっ!?」

「えぇ!?どした!?」

「いや、、それ、ヤバいな、もう一回、言ってくれ」

「にぃも居るから私幸せ!」

「がはっ!?」


 満面の笑みでのそれは強過ぎる。これは、今日が命日か。エルマンノはそう思いながら、咳き込むと、ふと、ソフィは思い出した様に口にした。


「あ、、でも、そういえば、、私よりも、いじめられてた子、居たっけ、」

「何、?」

「まあ、私がすぐやめたからだと思うけど、矛先が、その人に向けられてた、、私、悪いことしちゃった、」

「...悪い事してんのはいじめてる奴らだ。人質を守りきれなくて嘆くのと同じ事だ。本当の悪は、他人に悪をなすりつけて、そいつを罪悪感で押し潰す奴」


 エルマンノはそこまで放ったのち、小さく。


「俺が一番嫌いな奴らだ」


 と、放つ。


「に、にぃ、?」

「ああ、いや、なんでもない。それよりも、そのいじめられてた子ってどんな人だったんだ?」

「うーん、、私人の顔覚えるの苦手だからあんま覚えてないんだよね〜、、でも、私と同じ感じでさぁ。眼鏡かけてて、静かそうだったよ」

「眼鏡か、」

「そんな目立った事もしてなかったし、純粋な子だった気がする、、奇抜でもないし、いじめられる理由マジ分かんなかったなぁ、」

「...」


 人が集まれば、必ず闇が生まれる。そういうものか、と。エルマンノは歯嚙みする中、その特徴にネラは無いなと僅かに期待していたそれを断念する。が。


「あ、、でも、、そうかも、」

「ん?」

「どっかで聞いた事あると思ってたんだ、」

「ん?どうしたんだ?」

「あのくまのぬいぐるみだよだよ!なんか雰囲気全然違くて分からなかったけど、声が一緒な気がする!ずっとどっかで聞いた事ある声だなぁって、思ってたんだけどさ!」

「声、、声は、覚えてたのか、、流石アーティストだな」

「いやまぁねぇ、私くらいになると、声帯を意識し始めるんだん!」

「...もし、、それが本当だったら、」


 エルマンノは、ソフィのそれと、ネラが放った『色々ある前だし、違う事だらけだったかな、あの頃は学校に行く前だし』という言葉を思い返し、目つきを変える。と。


「ん?何か分かったのん?」

「ああ。まあ、ソフィの記憶違いの可能性は十分にあるけどな」

「ちょっちょ!酷い言われようだなぁ」

「昨日の事覚えてないだろ?」

「覚えてるよ!お酒飲んだ!」

「誰と?」

「え?えーと、、にぃと、、ラディアちゃん、?」

「記憶出来るのは二人までみたいだな」

「えぇっ!?いや、確かに、、オリーブちゃん居たかも、、あと、ラディアのお父さんとか居た、?」

「マンデラエフェクト起こしてるぞ」

「え!?」


 まだ、確信ではない。それに、どうするべきかすら、定まっていない。だがエルマンノはそう思いながらも、以前よりずっとネラの全貌が見えた気がした。


「とりあえずサンキュな!それと、今日の花火大会どうする?」

「今日は流石にパースッ、、お酒ないし、」

「そういえば、今日はアルコールを用意してる店が少なかった気がするな、、それはちゃんと記憶してるのか、」


 エルマンノは玄関の前でソフィにそう放つと、同時。


「あれ?もう!ソフィ!またドア開けっぱなしにして、、って、」

「おお、お邪魔してるぞ。ラディア」


 玄関のドアを開けて、ラディアが現れた。すると、ノータイムでドアを閉める。


「無言やめてくれ!どうしたんだ!?」


 エルマンノは去ろうとするラディアに慌てて声を上げると、彼女は他人行儀に口を開いた。


「あ、すみません、、本当にお邪魔でしたね、、いいですよ、これからって感じでしたし、、お楽しみ、、続けてください。でも、壁薄いので、気をつけてくださいね、」

「いや、どちらかと言うと事後だ。問題ない」

「あっ、えっ!?ソフィ、ご卒業おめでとうございます!」

「えぇっ!?なんの話ぃ!?」

「ラディアが思ってるのじゃないから大丈夫だぞ」

「え!?そうだったんですか!?す、すみません、、二人きりは珍しいので、つい、」

「兄は妹に手を出さない。まあ、妹がおねだりしてきたら、それに答えるのも兄であるが」

「ソフィなら言いかねません!」

「確かに」

「確かに今日のにぃは積極的だったよ!」

「変な誤解を更に生み出さないでくれ、」

「それよりも、どうしたんですか?まだ花火大会には時間ありますよね?ソフィを誘いに来たんですか?」

「それもあるが、色々と聞いてたんだ。ネラの事で」

「ネ、ネラ、?」

「ああ。ネラっていうのはクマのぬいぐるみの持ち主だったんだが、実は精神移動によってネラの人格が別離して移されてたんだ」

「え、、そ、それってどういうことですか、?」

「え、どゆこと?」

「え、ソフィも知らなかったの?」

「うん、」

「まあ、持ち主のネラが転移魔法で精神をぬいぐるみに移したんだ。彼女本人はもういらない人格だったんだと思う」

「な、なんだかややこしいですね、、それで、それをどうしてソフィに、?」

「ああ。同じ学校だって言うから」


 エルマンノはそこまで言うと、ふと、ソフィがラディアとの間に割って入った。


「それよりもちょっとラディアちゃんに探し物して欲しいんだけどぉ」

「え〜、、何、もぉ。また酔って何か無くしたの〜?」

「昨日にぃから貰ったモーターの工具どこいったか知らな〜い?」

「え?それ朝即捨ててたよ」

「えぇっ!?うっそ!何やってんの!」

「いや、私に言わないでよ、」


 話に割って入ったソフィとの会話を見据え、エルマンノはハッとしたのち、目を細める。


「やっぱり、その時必要じゃないって思っても、また恋しくなる時があるんだな、、よし」


 エルマンノはそれを呟くと共に何か考えがまとまったのか、突如ラディアにお願いを口にする。


「なぁ、ラディア。ちょっと、頼みがあるんだが、、いいか?」

「え?...はい、おにぃなら、、全然、」

「助かる。その、今日花火大会来るよな?」

「え、?あ、はい、、行きます、けど、」

「なら、その時にネラを連れて来てくれないか?」

「あのぬいぐるみをですか?」

「いや、、本物のネラを、だ」

「「っ!」」


 突然の言葉に驚愕する二人。そんな彼女達に事情を説明し、改めてお願いを口にする。


「だから、頼む、、ネラを、一回でも祭りの会場に行かせてあげたいんだ」

「...そ、そうは言っても、私その人の事知らないですし、」

「俺の妹だって言ってくれれば、、いや、言わない方がいいか、、俺の妹の友達って言ってくれればいい!だから、」

「そ、それでも、家の場所は、」

「教える」

「...来て、くれますかね、?」

「それは、、分からない、、別に、無理にとは言わない。だから」

「...はぁ、、分かりました。おにぃの頼みは、絶対です!」

「え、絶対なのか、?なら、もう一つ、頼みたい事あるんだが、」

「えっちな事ですか?」

「はい」

「一つまでです!」

「クッ、、まだ早かったというわけか、」


 エルマンノはそう歯嚙みすると、改めて頼むと、ラディアに頭を下げた。と、そののち、エルマンノは目つきを変えて、彼女の家を後にした。


          ☆


 コンコンと、ノックされる。それに、ビクッと、フレデリカは肩を震わせながらも、服を正し、髪を整え、ドアを開けた。


「こ、こんにちは、、予定より、早かったですね、」


 フレデリカは慣れない様子でそう口にする。予定の時間は夕方六時。現時刻は五時であり、一時間早い。故に、一緒に話を受ける両親もまだ到着していなかったため、フレデリカは焦りを見せる。が、しかし。


「予定、とは、一体なんのことでしょう?」

「え」


 そこには、貴族の様な服装をした、いかにもお偉いさんの様な人物が二人立っていた。恐らく、この人達が魔薬協会の者だろう。そう思ったのだが、どうにも話が噛み合わない。すると、これは失礼と、向こうから名乗りをあげる。


「わたくし、グレイブ王国の騎士団長を務めさせて頂いている、セオと申します」

「同じく、グレイブ王国の魔薬研究科のガレスです」

「え、?あ、はい、、私は、フレデリカ、です、」

「突然の訪問で申し訳ございません。今、お時間よろしいでしょうか」

「あ、あの、、魔薬協会の方では、無いんですか、?」

「は、はい、、私共はその様なところに属してはおりませんが、」


 なるほど。丁度日が重なったという事だろうか。フレデリカはそう思いながらも、魔薬協会の人達以外に新薬の話を出した事は無いため、目つきを変える。


「あの、話というのは、新薬についてですか?」

「はい。少し、お話をお聞かせいただきたく思い」

「貴方がた、魔薬協会とは関係の無い人で、尚且つ、魔薬協会の方から話を受けたわけでは無いんですよね?魔薬協会から新薬の事を聞いたのなら、今日この後予定がある事も知ってる筈です」

「っ」

「貴方達は、一体どこでその情報を手に入れたのですか?」


 鋭い目つきを送るフレデリカに、一度は目を見開いたものの、直ぐにセオは微笑み口にする。


「実は魔薬協会の関係者からこの話を伺った企業から小耳に挟みましてね。この後、予定があったのですね。お忙しいところ申し訳ございませんでした。またお伺いいたします」


 そう口にしたのち、セオは踵を返したものの、ふと、口を開く。


「ちなみに、その新薬というのは、どちらでしょうか」

「...まだ公開しているものではありません。お引き取りをお願いします」

「そうでしたか、、と、いう事は、まだ認定されていないものという事で」

「はい。これからその話をするところですので」

「なるほど。これからの用事というのが、魔薬協会の方との面会であり、認定についてのお話をするという事ですね」

「はい。分かったのなら、お引き取りをーー」


 フレデリカが訝しげにそう返す中、隣のガレスがセオに何かを耳打ちし、目を見開く。


「なるほど、、あれが、」


 どうやら、セオとフレデリカの会話は時間稼ぎだった様だ。この僅かな時間の中、いくら魔薬協会の方に見せるからと前に置いてはいたものの、この大量の魔薬の中から新薬を見つけ出すなんて、と。フレデリカはガレスに目の色を変える。恐らく全ての魔薬を把握している人物だと想定出来る。そして、どうやら見たことのない魔薬があるとセオに伝えたのだろう。


「フレデリカさんと、いいましたか」

「...はい、」

「貴方はとても幸運です」

「はい、?」

「わたくし達の元で、一緒に魔薬の研究を行いませんか?」

「え、」

「勿論、報酬も多くお渡しいたします。他の場所よりももっと多く、ね」

「それに、グレイブ王国には魔薬の研究施設が充実しております。貴方程の研究家です。それに見合った研究器具がなくてはいけませんよ」


 セオに続いて、ガレスがそう口にする。その後も、沢山の利点を話し始めた。まるでセールスの様に。それに時折フレデリカは心を動かされ、思わず足を踏み出していた。が、しかし。ふと、昔書物で読んだグレイブ王国の歴史について思い出す。


「...その、一つ、質問、いいですか?」

「はい。なんなりと」

「...グレイブ王国は、以前、王国同士の戦争の際、魔薬を使ったと聞きました。そんな、偉大な事を成し遂げ、相手国を追い詰めたというのは、本当でしょうか?」


 フレデリカは、あえて興味津々な様子で、憧れを見せて放った。すると、それにセオとガレスは見合って微笑むと、力強く頷く。


「勿論です。魔薬は、我々の国を救ったのです。貴方の力があれば、他の国を凌駕する事など容易い事となり、グレイブ王国は更に大きな国となりますでしょう」

「っ!それなら、本当なんですね!」

「はい」


 フレデリカは元気に言質を取ると、突如目つきを変えて放つ。


「なら、お断りします!」

「「なっ」」

「私の魔薬は、人を傷つけるために作っているものではありません!人々に、希望を与えるために作っているのです!」

「あ、いえ、、その、それは、」

「私の反応を見て嘘を言ったって事ですか?魔薬で他国を痛めつけたのが嘘であるとしても、私を引き入れるために嘘を言っていた事になりますよね?さっきの話も、全て嘘だったという事になります。どちらにせよ、私はあなた方の国に行くのは反対です!」


 フレデリカは、上手く会話を誘導させながら、彼らの怪しさを明白にすると、そう結論を真っ直ぐな目つきと共に放つ。が、それを放った瞬間。


「チッ、ガキのくせして、嵌めやがったな、」

「まだ公表されていない様ですし、認定もされていません。上手くやれば、この人をこちらの国で扱えるかもしれません」

「ははっ、ほんと、今日来て良かったぜ」


 小声で、何やら二人で耳打ちをする。その様子に、本性を表したと言わんばかりにフレデリカは身構えると、その直後。


「それは残念です。ですが、グレイブ王国にご案内いたしますので、一度我々の国を見てから判断はお願いしたいです」

「...行きません」

「大丈夫です。我々で話はつけておきます」


 そう言うと、半ば強引にガレスがフレデリカの腕を掴む。


「っ、や、やめてください!」

「これは失礼。では、行きましょう」

「っ」


 言葉自体は丁寧ではあったものの、そこには確実に力ずくで連れて行くという強い意志が感じられた。それに僅かに恐怖心を抱きながら、フレデリカは身を強張らせる。が、その瞬間。


「どこに連れて行くつもりですか?嫌がってますよ」

「「「っ!?」」」


 玄関口から声が聞こえ、三人は目を見開き振り返る。と、そこにはーー


「エ、エルマンノ、」

「そろそろお兄ちゃんって呼んで欲しいんだけど、」

「これはこれは、、わたくし、グレイブ王国のセオと申します。貴方は?」

「エルマンノ。エルマンノ・ヴァラントラです。そこの、フレデリカの兄です」

「ああ、お兄様でしたか」

「違いますけど、」

「話は聞かせてもらいました」

「「っ」」


 エルマンノの言葉に、僅かに二人の眉間に皺が寄る。それに、対するフレデリカもまたジト目を向ける。


「え、?どこから聞いてたわけ、?」

「私の魔薬は、人を傷つけるために作っているものではありません!のあたりからだ」

「はっ倒すよ?」

「いやぁ、カッコよかったなぁ。流石俺の妹だ」

「記憶抹消の魔薬を作らなきゃいけなくなったね」

「それはもう麻痺する方でいいんじゃないか、?」

「なるほど。ならば、我々の話も聞いていたわけですね」

「それは勿論」

「そうですか、、貴方も、我々の国の事はご存知で?」

「先程の話だけですけど、それだけでなんとなく分かりますよ。それよりも、フレデリカ本人が嫌がってるんです。それを兄が頷くと思いますか?」


 エルマンノの言葉に、一度セオは悩んだものの、ふと、隣からガレスが耳打ちする。


「この青年からは何か特殊な魔力を感じます。この方も、何か持っているかと」

「何、?妹の方からは魔力を感じないんじゃないのか、?」

「もしかすると、兄に魔力が偏ってしまった可能性も」

「いや、魔力を失ってしまう難病と戦っている妹のために力をつけようとしてる兄は人違いだと思いますけど」

「なっ、何故我々の話が、?」

「はぁ、、あんた、まだ五感能力アップの魔法適応してるわけ、?」

「ああ。これで妹の浴槽内での鼻歌もバッチリだ」

「耳抉り取りたいんだけど、」

「とんでもない事を言わないでくれ」

「どちらにせよ、あなた方兄妹を見過ごすわけにはいきません。是非とも、我々と同行を願います」

「...嫌だと言ったら?」

「これは、強制です」


 エルマンノが恐る恐る呟くと、対するセオとガレスは魔力を発動させる。

 これは、凄まじい。魔力を測る機械でもあったら爆発していそうだ。恐らく、我々を脅迫するために全魔力を発動させたのだろう。そう考えたエルマンノは目つきを変える。が。


「...」

「っ」


 フレデリカの手が、震えていた。


ーそう、だよな、、フレデリカは魔法が使えないんだ、、怖いに決まってる。それに、二人共かなりの凄腕だ、、俺一人で敵うはずないかー


 エルマンノは、そう冷や汗混じりに思うと、仕方がないと。足を踏み出す。


「すみませんでした」

「えっ」「「っ」」

「あなた方のグレイブ王国に、連れて行ってください。その代わり、妹はここに居させてください」

「なっ!?あんたっ」

「...はぁ」


 エルマンノの対応に、二人は顔を見合わせ息を吐くと、ガレスはやれやれと放つ。


「仕方がありません。今回は兄の魔力の研究の方にシフトしましょう」

「...いや、そういうわけにもいかない」

「「っ」」


 ガレスが耳打ちする中、セオは足を踏み出す。


「今日しか無いんです。フレデリカさん。貴方の力を貸していただきたいんです」

「クッ」


 引き下がらないセオに、エルマンノは歯嚙みする。やはり、フレデリカがまだ認定される前の今日に、何としてでも連れていきたいのだろう。これは、マズい。エルマンノもまた震えながらも、魔力を高めて戦闘体勢へと入る。

 が、その瞬間。


「騒がしいな」

「「「「っ」」」」

「あら、もういらっしゃってたんですか、?ほら、もう、お父さん遅いから!」

「ふん、、なっ!?貴様、何故ここに居る!?」


 玄関から、二人の声が響くと共に現れる。片方はおおらかで少しふくよかな女性。もう片方は二メートル以上あるガタイの良い男性。そう。


「お父様。こんにちは」

「お前にお父様と呼ばれる筋合いはない」

「彼氏じゃありません。兄です」

「どちらにせよない」

「お、お母さんっ、この人達、グレイブ王国の人でっ、魔薬協会の人じゃないの!」

「えぇっ、それじゃあ、この人達は、?」

「私の魔薬を、軍事目的に使おうとスカウトしに来て、、断ってるんだけど、」

「「っ」」


 その場が凍りついたのを感じた。フレデリカの言葉に目を剥くグレイブ王国の二人。そして母。更に、父は「そういう事か」と誰にも聞こえない声で小さくぼやくと、その瞬間。


「おい」

「「っ」」


 セオとガレスの頭二つ分程大きい父が、目の前に強く足を踏み込み迫る。


「娘の魔薬を、利用しようとしてるのは本当か?」

「り、利用なんて滅相もない、、お力を貸していただきたく、」

「それが、軍事目的というわけか」

「そ、それだけではございません!他にもーー」

「いいか!?娘は今までずっと頑張ってきたんだ」

「「「っ」」」


 グレイブ王国の二人だけではない。父の迫力のある言葉に、全員が目を見開いた。


「最初こそ、私の強引なやり方によって、仕方なく行っていたかもしれない。だが、、娘はその中でやりがいを見つけて、目標をもって、立派だろう!だからこそ、成し遂げられたんだ!私は、家業だと幼い頃から父親からやれと言われ、嫌々やっていた。そんな私には、絶対に出来なかった事を成し遂げて、新薬を作り上げた!私のたった一人の、大切なっ、自慢の娘だ!」

「っ、、お父、、さん、」

「そんな娘は、ずっと、ずっと思っていたそうだ。魔力のない自分の様に、不自由な体質の人間を、誰かを、救うために魔薬作りを行ってきたって。それが好きで、だからこそやり続けられたって。それが、娘の目標だったんだ!それを、望んだ使い方とは真逆の使い方をする様な連中に、私の大切な娘を預ける事は出来ない!」

「お父さんっ、」


 フレデリカは涙を見せた。フレデリカだけでない。母も、兄もだ。

 その迫力に怖気付きながらも、セオは歯嚙みしながら足を踏み出す。


「そ、それでもっ」

「それでももない。娘が嫌だと言ったのだ。帰れ。さもないと通報する。こちらの国に勝手に入り込んで連れ去ろうとしたんだ。只事じゃないぞ」

「クッ」

「セオさん。ここは分が悪いですよ。そもそも、話を大きくしたら、グレイブ王国は、」

「分かっている!だが、」

「帰れ!」

「っ!...はぁ、、承知しました、、この度は申し訳ございませんでした」

「お騒がせいたしました」


 ほら行くぞと小さく促しながら、二人はそそくさと家から出て行った。その様子を見送ったのち、父は息を吐いた。


「本当、騒がしいやつらだ」

「お父さん、、さ、さっきの、」

「...忘れろ、、ちょっと頭に血が昇ってしまっただけだ」


 父はそう言うと、奥の椅子に座る。その父の耳は真っ赤であった。


「あれ、本心だと思うよ。お母さんもちゃんと聞いたのは初めてだけどね。でも、ずっと立派な娘だって、いっつも言ってたよ」

「っ、、う、うん、、そ、そっか、」


 フレデリカは、母の言葉に俯き涙を流す。そんな中、エルマンノは父の隣の席に座る。


「カッコ良かったです。お父様。フレデリカのカッコ良さは、お父さん譲りなんですね」

「そんな事ない。私よりも、あいつは立派だ」

「それでも、意外でした、、フレデリカから話は聞いてましたけど、そんな風に思ってない様な感じだったので」

「まあ、、そう思われても仕方ないな。それで、、苦しんでたんだな、、フレデリカは、、もっと大きなものを求められている気がしていたのかもしれない、、娘なんて、産まれてきただけで、嬉しいものなのにな」

「それ、本人に言ってあげてくださいよ」

「難しいな」

「筆談でもですか?」

「私は、、父親失格だからな」

「俺も、兄失格な事をしまくってますよ。...でも、見てください。彼女」


 エルマンノは父にそう促すと、母に背中を摩られながら涙するフレデリカを見据え、微笑む。


「凄く、嬉しそうですよ」

「っ」

「あれでも、失格って言えますか?」

「...はぁ、本当に、出来た娘だ、」

「フレデリカは、優しい人ですから。お父様に似て」

「...って、ちょっと待て。お前、普通に入ってきてるが」

「は、はい?」

「ふざけるな!勝手に家族の話に入って来るな!」

「え、えぇっ!?お、俺も兄ですから、、お父様、」

「お父様と呼ぶな!お前も帰れ!なっ、クッ、、私もどうかしていた、」

「俺があまりにも同化していたからですかね」

「帰れ!」


 父は頭を押さえながら、エルマンノを外に追い出す。

 どうやら、彼はセンチメンタルになっていたのかもしれない。ふと我に返った瞬間を目にするとは思わなかった。


「フッ、」


 だが、それでも。エルマンノは外から皆を見据え、微笑む。これなら、どうなっても大丈夫そうだ。家族の団らんを邪魔するわけにもいかないだろう。もう時期魔薬協会の人達が来るが、エルマンノは先に花火大会に向かう選択をするのだった。


「良かったな、、フレデリカ、」


 小さく微笑んで、そう呟きながら。


          ☆


「クソッ、、どうしてこうなる、」

「仕方がありません。一度王国に戻って」

「何も成果をあげられず戻るわけにはいかないだろう!」

「彼女の魔薬については間違いだったという話で良いのでは無いですか?」

「いや、、もしこのまま彼女が大きな存在となった時、それを見誤ったとして我々はどうなるか分からない、」

「なら、正直に話すしか無いでしょう」

「クッ、、だが、」


 グレイブ王国に帰る前、二人は王国周辺で頭を抱えていた。冷静に話すガレスに、セオは唸った。

 すると、その時。


「ま、間に合いそう、、かな?」

「たっ、多分っ!花火大会が始まるより少し前って言ってた気がする!」

「いやぁ〜、プレゼンとか超緊張するよね!大丈夫かなぁ、フレデリカさんっ!こっちまで震えてきちゃうよ!バイブスアゲてかないと!」


 獣族の少女とフードを深く被った少女。そしてーー


「今、、ぬいぐるみが、、喋って無かったか、?」

「それに、何か変な魔力を感じました、」

「...これは、、調べてみる価値はあるな」


 フードを被った女子が持っていたぬいぐるみを凝視しながら、セオは怪訝な顔をしてガレスに促したのち、ニヤリと微笑んだ。

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