第34話「妹の部屋に入れるなんて最高だな」

 その後、皆で出店を周り、祭りの一日目は幕を下ろした。そののち、それぞれ皆を家に送り届けた後、エルマンノとフレデリカは森を歩いた。


「はあ、、にしてもそれ本当に使うの?」

「ん?掃除機か?これは家の掃除に助かるぞ。何てったって埃を吸い取ってくれるんだからな」

「あんた魔力あるでしょ?なら、風の魔法で飛ばしたり、吸収魔法使ったり、いくらでも出来るでしょ」

「しくったぁぁぁぁぁっ!」


 エルマンノは、思わず崩れ落ちる。盲点だった。そうだ。この世界じゃ絶対いらないじゃないか、と。


「...それよりもエルマンノ。そういえばもう一つ買って無かった?」

「ああ、モーターの工具か。あれはソフィにあげた」

「え、もう飽きたの?」

「あれ飽きやすいんだ」

「はぁ、、ほんと、何のために買ったわけ、?」


 エルマンノが何故か自信げに放つそれに、フレデリカは息を吐いた。と、そののち。


「...それで、?あの子はどんな感じ?」

「あの子とは?」

「ネラの事。何か、話した?」


 現在、ネラはオリーブのところに預けている。こうして彼女の話をしっかりと出来るのは、こういう時しかないだろう。


「大した話は出来てない。...でも、やっぱり生き霊で間違い無さそうだ。本人も言ってた。ぬいぐるみを戻したいのは、それを持ってた頃の。好きだった頃の自分を思い出して欲しいから。そうも言ってたな」

「なるほどね、、そして、今の自分が嫌い、、何と無く分かる、」

「フレデリカと、似てるところがあるからな」

「どこが?」

「ほら、結構似てるぞ。その表情とか。今度向こうのネラに会わせてやる」

「はぁ、、なるほどね、、まあ、きっと、そういう事なんだと思う」

「どういう事だ」

「自分が嫌いだから、分断されたんじゃない?その様子だと、性格も結構違うんでしょ」

「ああ。まるで別人だ」

「きっと、自分が嫌いだから、自分の中で消そうと思ってる自分の部分が、生き霊となって出てきたんだと思う」

「そういうものなのか、?...でも、ぬいぐるみのネラの方が、人懐っこい気がするが、」

「なら、向こうのネラの方が嫌いな部分なのかもね。そして、あのぬいぐるみが好きだった頃のネラがマロンに入ってるネラで、それを取り戻したいから、頑張ってるのかも」

「なるほどな、、なら、マロンが好きだった頃のネラは、まだあのネラの中に居るが、年齢と共に忘れていった。その中で、どんどんと自分が嫌いになって、自分が好きだった頃の自分が生き霊となって、マロンを捨てる時にその中に現れた。そういう事か」

「そう。ぬいぐるみを捨てる事が、その頃の感情を捨てるものと同期していて、ぬいぐるみを戻す事が、その感情を取り戻すための手段としてるのかも」


 フレデリカはそこまで言うと、あくまで仮説だけどねと付け足した。それに、エルマンノは無言で悶々と頷いたのち。


「でも、マロンをネラのところに戻して、その感情が戻るとも限らないんじゃないか、?」

「そう、、だけど、多分それ以外思いつかないんじゃない?現に、私達も解決法は思いついてないし、マロンのネラはネラ本人には話せないんだし、余計になんじゃない?」

「なるほど、」


 エルマンノはそう答えると、どうにかしてその感情を取り戻せないかと頭を悩ませる。がしかし、それと同時にもう一つの感情が邪魔をする。それを見た、フレデリカは。


「...あんた、、マロンの中のネラが居なくなるのが引っかかってる?」

「...そんな、事ない、」

「そう?」

「...」


 フレデリカが聞き返すと、エルマンノは少し間を開け考えたのち、実は、と。口を開く。


「じ、実は、、マロンのネラに、もし自分が成仏しなかったら、、いなくならなかったらどうするかって、聞かれたんだ、」

「そう、」

「結局、どっちを求めてるのか、分からなかった、、だけど、」

「きっと、向こうも揺らいでるんじゃない?だって、あの頃の感情を取り戻して欲しいって思う気持ちが大きいけど、今あのネラと本当のネラは別人となってるわけでしょ?それで、その感情を取り戻して、満足したら成仏する可能性が高い、、そう考えた時、悩むのは当たり前。自分が消えるわけだし。...だから、あまり親しくならないでって言ったの。あんただけじゃない。ネラの方だって、、どうすればいいか、、本当に向こうのネラに感情を思い出させて、それが幸せなのかって、悩んじゃうから」

「っ」


 フレデリカの言葉に、エルマンノは目を見開き絶望を見せる。そうか、そういうことか、と。


「...クソッ、」

「気づかなかった、?ごめん、、もっと、先に言っておけば良かったね、」

「いや、、気づけない俺が悪いんだ、」


 表情を曇らせるフレデリカに続いて、エルマンノも歯嚙みする。

 また、間違えた。独りよがりだった。妹のために、妹に寄り添うつもりが、妹を苦しめる結果となってしまった。何も、分かってない。フレデリカの方が、良く相手を見ていたではないか、と。


「兄、、失格だ、」

「別に、それが確信でもないんだから、、それに、ここまで親密になれたんだから、寧ろ、聞いてみた方がいいんじゃない?本人に」

「どうしたいか、か?」

「そう」

「それで、、もっと、悩む可能性があるのに、か、?」

「確かにその可能性は高いね。でも、その頃の感情を向こうのネラに思い出すためには、その頃の感情に聞いてみるのが一番早いんじゃない?その頃好きだったものとか、それを見れば、思い出したりするかもしれないし、」

「なるほど、」


 エルマンノは確かにその通りだと頷く。だが、それは本当に良いことなのか。先程の話が邪魔をして葛藤する。


「まあ、これはあくまで私の考えの話。これじゃないと解決しないって話でもないから」


 そう付け足すフレデリカに、エルマンノは感謝を告げると、とりあえず明日話してみるよ。とフレデリカに告げた。

 と、その後、実験室前にまで到達し、エルマンノは微笑んだ。


「それじゃあな」

「うん」

「明日、、頑張ってくれ、」

「別に、大したことするわけじゃない」

「プレゼンするんだろ?俺だったら吐く自信があるな」

「はぁ、、まあね、」

「その人はいつ来るんだ?」

「夕方くらいかな」

「夕方か、、なら、まだ花火大会が始まる前には間に合いそうだな」

「いや、長引く可能性あるでしょ、」

「フレデリカに来て欲しいって話じゃない。俺が、フレデリカのところに行きたいって話だ」

「え、、まさか、来るわけ、?」

「兄が入ったら駄目か?」

「いや、、組合の人相手だよ?エルマンノは入ることすら許されないと思うけど、」

「なら、外から見てるよ」

「それ内容分からないでしょ」

「それでも、妹が頑張ってるんだ。近くに居たいんだよ」

「はぁ、、嬉しいけど、それならネラの方に行ってあげて」

「勿論、昼間はそうするよ」

「全部終わったら、結果聞かせて」

「ああ、、というか、さらっと死亡フラグみたいなものを立てたな」

「何それ、」

「新薬が認定された事は、未だかつて一度も無いんだ。気を引き締めていけよ」

「え、何急に、」

「よし。俺が生存フラグを立てた。大丈夫だ」

「意味が分からないけど、、まあ、頑張って」

「ああ。フレデリカもな」


 エルマンノとフレデリカは、微笑みながらそう玄関前で話すと、そのまま別れた。


          ☆


「何!?これはっ!?」


 帰宅ののち、母に一番に問われた。


「掃除機です。祭りで買いました」

「こんなおっきなもの!?」

「大きさに見合わず安かったんだよ?」

「そういう問題じゃありません!これどうするの!?」

「使えるよ」


 エルマンノが怒りを見せる母に使い方を説明しようとした時、ふと父がそれを見つける。


「おっ、それ掃除機じゃないか」

「よく知ってるね」

「寧ろなんでエルマンノが知ってるんだ、?」

「これなんなの?」

「これは掃除の時使うもので、埃とかゴミを吸い取ってくれるものだ」

「えっ」

「そうそう。これ、、母さん、喜ぶかなって、」

「えぇっ!?」


 エルマンノは母へのプレゼントという形で、それを手渡し、何とか回避した。どうやら、気に入ってくれたらしい。いや、恐らく何でも喜んでくれる性格をしているが。


「エル〜ッ!ありがとねぇ!」

「母さん、、苦しい、」

「だが、吸収魔法とかあるだろう。これの使い道は正直ーー」

「お父さんは黙ってて!せっかくエルがプレゼントしてくれたものでしょ!?」

「いや、そうは言っても」

「父さん、、酷いよ、、俺が、せっかく、選んだのに、」

「ほんとよね、エル、、お父さんもそんな屁理屈ばかり言ってないで少しはプレゼントとか買ってきてくれてもいいんですよ!?」

「う、、お、お前なぁ、」


 エルマンノは母に抱きしめられながらニヤリと微笑むと、それに父は苦笑を浮かべ母の言葉を受け入れた。ちょっと強引であり、心が痛い方法だが、なんとか掃除機を買った事に関して怒られることは無かった様だ。父の視線は痛いが。


          ☆


 翌朝。エルマンノはまたもや朝食ののち今日の花火大会の話を出して家を飛び出し、獣族の村へと向かった。


「あ、お兄たん!おはよ!」

「おお、おはよう。今日はやけに早いんだな」


 そこには、オリーブが民家のお婆ちゃん達と話していた。この時間に神社から下に降りて話をしているなんて、珍しいだろう。


「う、うん、」

「どうした?」

「へっ!?い、いやっ、なんでも、」

「エルマンノさん。実はね、オリーブちゃん、昨日と同じ服だとエルマンノさんに飽きられちゃうんじゃないかって、慌てて、どうするべきか相談しに来てたのよ」

「っ」

「はっ!?え、えとっ!?お、おにばあ!なっ、何っ!?言って、、え、えとっ、お兄たん!?ち、違うよ、?」


 慌てるオリーブの姿とおにばあの言葉にエルマンノはドクンと鼓動が鳴る。これは、ヤバい。


「オリーブ、」

「へっ!?あ、うん、、お兄たん、?」

「大丈夫、、飽きるとかあるわけない。俺は、オリーブが大好きなんだ。服装で昨日みたいに雰囲気が変わって、いつもより可愛くなったり、カッコよくなったり、そういうことはあるが、それでオリーブへの気持ちが変化する事はない。いつでもマックスだからだ。大丈夫。もう、服着てなくてもいい。いや寧ろ着てない方がーー」

「何さらっとセクハラをしてるんですか」

「なっ!?特殊性癖、、お前にだけは言われたくないが、」


 エルマンノが話す中、オリーブは顔を真っ赤にしながら、だが嬉しそうに俯くと、背後から村長が口を挟む。許せん。


「分かってないですね。常に裸でいられたらそのレアさ、美しさが半減されてしまいます」

「そんなわけない。妹は、生まれてからずっと一緒に、共に。同じ家で過ごすもの。だが、一瞬でもその愛情が変化した事はない。故に、妹の服装がなんであろうと、どうであろうと、飽きなんて来るはずがないんだ」


 エルマンノは、何故か強く演説する。それに、オリーブはまたもや赤面すると、村長は息を吐く。


「やはり、、全裸主義者と話は合いませんね」

「おい、昨日は気が合う的な事を言ってなかったか?」


 村長とエルマンノがそう呟く中、ふと、後ろの方でボンッと。大きな音が響く。


「ん?なんだ、?」

「ああ、後ろで遊んでるみたいだよ」

「え?」


 おにばあの言葉に、エルマンノは首を傾げながら家の裏庭の方へと足を運ぶと、そこには家の縁側の様な場所にネラがおり、その隣にはお爺ちゃんやお婆ちゃんが座っていた。


「あ、エルマンノ君っ!やっほ〜!」

「今の音はなんだ?」

「ああ、これねっ」


 ネラはそう言うと、続け様にぬいぐるみのお腹の辺りからエネルギーの塊の様なものが現れ、それを空に向けて放つと、空中で爆散し、それがキラキラと輝く。


「これは、」

「ネラちゃん凄いねぇ。体から花火が出せるなんて」

「いやいやぁ、本物とは比べ物にならないよ〜」

「花火が、、出せるのか?」

「何か、自分でもびっくりなんだけどさ、一応魔法が使えるらしいんだよね!これ超アガる!」

「なるほど、爆発魔法を駆使して、打ち上げ花火を作り出せるのか、、これは、凄いな」

「凄いっしょ!」

「ああ」


 エルマンノは、元気にはしゃぐネラの姿に、思わず微笑む。


「今日見に行くっしょ?いやぁ、なんか、待ちきれなくて、色々やってたら出来たんよねぇ」

「花火、好きなのか?」

「すっごい好き!昔から、、その、昔、、連れてってもらったの、、まだ、希望がある時に、、その時、ウチ、花火見て、、ウチもって、、約束して、」

「約束?」

「あっ、ううんっ!何でもない何でもないっ!でも、超好きなの!花火!待ち遠しいなぁ」

「いいねぇ、おじちゃんも行きたいのぉ」

「あっ、一緒に行こうよ!本物の花火っ、こんなもんじゃないからっ!その証明も含めてさ!」

「おお、、いいのぉ。でも、、いいのか?」


 お爺ちゃんはそこまでネラに告げると、続けてエルマンノに目を向ける。


「ネラは、どうなんだ?」

「え?別にいいけど、、あ、でも、強いていうならエルマンノ君に持っててもらいたい、かなぁ」

「ああ。それは昨日もそうだったし、問題ないぞ」

「っ!ほんと?」

「ああ。...ネラがいいなら、俺もお爺ちゃんお婆ちゃん達が参加するのは賛成です。皆さんが居てくれた方が、オリーブも喜ぶと思いますし」

「おお、、ええのかい、?」

「ふふ、でもやっぱりいいよ。みんなで楽しんで来なさい」

「確かに、ちょっとお邪魔になりそうじゃの」

「二人きりにした方がいいんじゃないかい?」

「それはいい考えじゃのぉ」


 お爺ちゃんお婆ちゃんは何故か気を利かせてそう耳打ちをし合う。いや聞こえてますが。


「それで?エルマンノ君。今日早いけど、どしたん?まさか、エルマンノ君も楽しみ過ぎて早く来ちゃった的な?」

「ああ。遠足前は眠れないタチなんだ」

「マジ分かる〜。ウチも昔そうだったわ〜」

「とりあえず、今日のことを聞くためにみんなのところに寄ってるところなんだ。次はソフィのところに行くから、また夕方な」

「うん、、待ってるね」


 エルマンノが優しくそう口にすると、いつもの元気な声とは違い、どこか優しく、可憐に、細々とネラは口にした。それにエルマンノは僅かに表情を曇らせると、表に要るオリーブのところへと戻った。


「あ、お兄たん!どう?ネラのっ、凄かったでしょ!」

「ああ。とてつも無かった」

「でしょ!」


 言葉だけ聞くとどこかヤバい雰囲気を醸し出している。そんな会話をオリーブとしたのち、エルマンノは続けて疑問を口にした。


「それと、アリアはどうしてる?」

「あ、アリアはまだ神社で寝てるよ!」

「相変わらずねぼすけだな、、まあでも、昨日は頑張って外に出てたわけだし、今日も夜までは何も無いんだ。寝かせてあげよう」

「うん!」


 エルマンノの提案にオリーブは元気に頷くと、ネラと同じくこれからソフィのところに行く話をしたのち、村を去った。


          ☆


「おーい、ソフィ。居るかぁ?」

「あーっ!もう!うっさいなぁ!ドンドンしなくても聞こえてるよ、、少しは待てないのかよ、生き急ぎやがって、」

「おお、今日は特に機嫌が悪そうだな」

「誰のせいだと思ってる。誰の」


 村を去った後、宣言通りソフィの家に到着したエルマンノは。ドアを数分間ノックしながら名を呼ぶと、中から超絶機嫌の悪いソフィが現れた。


「昨日飲み過ぎたのは自分のせいじゃないのか?」

「それ以前の話、、私騙して、祭り連れて行って、一日中歩き回らせて、飲みまくって、」

「まあ、確かに、誘導したのは悪かったけど、全体的にそれに反応したのも、行くと決めたのも、一日中歩いたのも、飲みまくったのもソフィのせいじゃないのか?」

「うっさい!今日も誘いに来たのかも知んないけど、今日は絶対行かないから!ぜっっったい行かない!行ったら会場ど真ん中で盛大に吐いてやる」

「それはそれで名物になりそうだなぁ」

「絶対ごめんだから!」

「あーっ!ちょっ、ちょっと待ってくれ!」


 エルマンノは、ドアを勢いよく閉めるソフィを止めるべく、ドアに手をやり声を上げる。が、ドアの閉じる部分に手を置いてしまったがために、エルマンノは。


「があぁぁぁぁぁっ!」


 手が、挟まれた。これは小指をぶつける事と同等の絶望。だが。


「何?」


 こちらを引き気味で、ジト目で見つめるソフィ(妹)。おお、これは。


「あ、ああ、、これはこれで、、ありかもな、」

「何なの、?」


 エルマンノは悶えながらも回復魔法で手を治療したのち、改めて放つ。


「ソフィ。その前に昨日のやつちょっと返してくれないか?」

「え?昨日の?」

「あれだよ。工具のやつ。あの、グルグル回るやつ。やりたくてウズウズしてるんだ」

「ああ、あの意味分かんないやつ?あれ捨てたけど」

「えぇぇぇぇぇぇっ!?あ、あれ、、お兄ちゃんが、あげた、大切な、」

「え、あ、そうだったの?ごめん、、でも、あれくれたって、、絶対自分でいらなくなったからでしょ、」


ーいや覚えてないのかよー


 忘れていた。この人は前の日の記憶が消える人だった。それにしては的確な指摘だ。よほどつまらなかったのだろう。


「あれ返して欲しいって、、何かに使う予定だったの?」

「いや、妹が一日遊んだものだ、、それを思うだけで家宝になる」

「あれを抱き抱えて寝てるとでも思ってるの?」

「抱き抱えてくれてたのか?」

「そんなわけないでしょ、」

「まあ、今日また新しいの買ってあげるから、今度は捨てずに持ってーー」

「だから今日は行かないって言ってるだろ馬鹿!」

「あ」


 なんと、またもや力強くドアを閉められた。これは、また落ち着くまで。あるいはアルコールが入るまで待たないといけなさそうだ。エルマンノはそう息を吐きながら、行くしかないか、と。ラディアの家よりも近くにあるネラの家へと、足を進めたのだった。


          ☆


 朝に出たはずだというのに。既にお昼近くになっていた。ソフィの家からラディアの家のルートを考えると、ネラの家の方が近場ではあるのだが、歩きで向かうと考えると、移動時間だけで結構な時間がかかっている。エルマンノはネラの家の近くの公園の時計を見据え息を吐く。

 エルマンノは、こちらの選択をしたのだ。マロンのネラに聞くのは、先程の様子で気が引けた。恐らく、これ以上距離を縮めてはいけないと。強く脳内でストップをかけたのだろう。彼はそれを思いながら、ならば仕方ないと。こちらのネラに話を聞こうと足を運んだのだ。

 そして、ネラの家に到達し、ドアをノックしてからかれこれ十分は経った。中からは音はしない。お出かけ中だろうか。エルマンノはそう思いながら、もう少し待とうと改めてノックをしかけた、その時。


「うわ、」

「ん?おお」


 遠くから、ネラが近づいて来ると共に、エルマンノの姿を見据え声を漏らす。と、同時に。


「うわっぷ!?」

「おぉっと、危ないぞ」

「やっ、さ、触らないでよ!?キッショ!」

「えぇ、」


 またもやネラは転びかけ、エルマンノは風の魔法で瞬時に移動し彼女を押さえる。ピンチを救ってもこの扱いなのか。お兄ちゃんは悲しい、、いや、妹の反抗期はこれはこれでアリかもしれない。


「な、何の用?もう、来ないでって言ったと思うんだけど」

「それは来てくれって意味だろ?」

「芸人じゃない。帰って」

「残念ながらそれは言われ慣れてるんだ。そう簡単には帰らないぞ」

「...普段こんな事しまくってるって事?」

「まあ、そうなるな」

「はぁ、、まじやべぇところにあのぬいぐるみは渡ってしまったみたいね」

「マロンのことで、話があるんだ」

「っ!?な、何でその名前知ってんの!?」

「この間、自分で言いかけてただろ」

「わ、忘れて」

「またお茶させてくれたら忘れるんだけどなぁ」

「さいってー」

「立ち話も何だし、部屋でちょっと話を聞かせてくれないか?」

「それ普通ウチが言う台詞っしょ、」


 ネラは呆れた様にそう口にすると、いつにも増して図々しいエルマンノに、息を吐きながらも玄関を開けた。


「そこは素直なんだな」

「開けないとウチが入れない。それに、その時に同時に入って来るでしょ」

「そこまでは流石にしないぞ、、貫通魔法で入る事はするが」

「もっと凶悪じゃん」


 ネラはそう呟きながら、玄関先で振り返る。


「それで?話って?」

「えぇ、、ここなら立ち話と変わらなくないか、?」

「雨風は防げるでしょ」

「妹の部屋に入れてもらいたいところなんだが、」

「妹じゃないし部屋なんて入れるわけないでしょ」

「いやぁ、、実はあのぬいぐるみに俺の妹が怖がってて、大変なんだよなぁ」

「なら捨てればいいでしょ」

「お喋りする、感情もある。そんなぬいぐるみを捨てられる程、俺は無慈悲にはなれない」

「クッ、」

「せめて、リビングくらいには入らせてもらえないかなぁ」

「はぁ、、なら、ウチの部屋ね、」

「え?入れるわけないって、」

「リビングに居たら、、親帰って来た時めんどうだから」

「兄ですと紹介すればいいんじゃないのか?」

「それが面倒って話なんだけど」


 ネラに案内され、階段を登りながら、エルマンノはそう口にする。


「いや、そうじゃ無くても、逆にネラは被害者だろ。俺が押し入ったんだから。なら、そう言えば、俺しか損はないだろ」

「自覚あるんだ、、でも、そういう問題じゃないから」

「...?」


 呆れを見せるネラに、エルマンノは口を噤む。ここまで図々しく部屋に上がり込もうとしているのには、一つ理由があった。こうして会話をしていても、ネラの根幹の感情に辿り着くには、何かと時間がかかるだろう。話してくれるかも不明だ。だからこそ、家の中の物から、何かヒントを得ようと、エルマンノは考えたのだ。だが。


「はい。ここ」

「おおっ、ここが、、女性のへ、、や、、?」


 そこは、ぬいぐるみが大好きな少女とも、ギャルとも掛け離れた内装。本棚ばかりで、書物に溢れた部屋であった。


「何を期待してたかは分からないけど、ここがウチの部屋だから。あと、勝手に座らないで。何も触らないで。立って話すだけ。いい?」

「いやそれ玄関先と同じじゃないか、?」


 エルマンノはツッコミながらも、今回の目的は部屋を見る事であったため、頷く。


「...」

「何?キョロキョロして、キモい」

「いや、実験が大好きな妹が居るんだ。その妹の部屋に似てるなって」

「えぇ、趣味悪、」

「それは悪口なのか自虐なのか分からないからやめてくれ」

「で?さっさと話して帰ってくれない?」

「ああ、、その、マロンの事でな、、あのぬいぐるみとは、どういう関係なんだ?」

「どういうって、、ただ昔買ってもらっただけだけど」

「誰にだ?」

「...親父、」

「そのビジュアルと声色からは全く予想出来ない父の呼び方だな」

「悪い?」

「いや、素敵です。今日から俺の事も兄貴と呼んでくれ」

「呼ばない」


 息を吐きながら、椅子に座るネラを見据えながら、エルマンノは続ける。


「大切なもの、だったんじゃないのか?」

「別に、、まあ、その時は大切だったかもね。でも、もう要らないっしょ」

「まあ、歳を重ねるうちにってのは、あるよな」

「そう。話はそれだけ?」

「早く終わらそうとしないでくれ。せっかくの兄妹でお話ししてるんだ。もう少し堪能させてくれ」

「だから違うって」

「何か、そのぬいぐるみとの記憶で、思い出に残ってるものとかないか?」

「なんでそんな事聞くの?」

「突然ぬいぐるみが話し出したんだぞ?何かあるのかって、思うだろ」


 エルマンノは、あえてまだ生き霊なのかどうかの話はしなかった。


「記憶はない。そんな昔のこと」

「そんなに昔なのか?」

「...八歳くらいまでは、、遊んでたと思う」

「結構前だなぁ」

「なんか想像してる?」

「俺はロリコンじゃない。シスコンだ」

「通報レベルなのは変わらないけど」


 ニヤニヤとするエルマンノに、ネラがジト目で放つと、断じてその様な事はないと真剣に答える。


「話は変わるが、花火、好きか?」

「は?」


 エルマンノは、周りを見渡しながら、あちらのネラとの会話を思い出しそう口にした。


「嫌いじゃ、、ないけど、、でも、」

「でも?」

「ずっと見てない、、つーか、、見たくない」

「嫌いじゃないんじゃないのか?」

「...そう、だけど、、嫌。虚しくなる」

「虚しい、、まあ、夏の終わりって感じするしな」

「そういう話じゃない、」

「...今日、近くで花火大会があるんだ。誘おうかなと思って」

「は、?何で、ウチ、?いや、行くわけないっしょ、、なんで貴方と?」

「まあ、そうなるよな、、俺とは嫌でも、家族となら、どうだ?その、久々に行ってみてもいいんじゃないか?」

「家族とは、、嫌」

「そうか、」

「行きたくないわけじゃない。多分、家族と、花火見たいと、、どこかで思ってる、、でも、今はもう、」

「今はもう?」

「何でもない」

「そうか、、花火大会、前は行った事あるのか?」

「昔ね。...でも、もう嫌」

「昔ってのは、八歳の時か?」

「そう」


 エルマンノの言葉に、ネラは小さく答える。と、それに一呼吸置いたのち、エルマンノはそう聞く。


「八歳の時は、、楽しかったか?」

「は、?さっきからなんでそんな事聞くの?答える義理なくね?」

「そのぬいぐるみが話し出した理由について、何か分れば、成仏させられるかもしれないだろ?さっきも言ったが、妹が怖がってる」

「それは、無理だから」

「え?」

「何でもない」


 ネラの、その言葉に、エルマンノは眉間に皺を寄せる。やはり、生き霊である事を分かった上で言っているのだろうか。少なくとも、心当たりはありそうだ。


「それで?何か、八歳と今で大きく変わってる事ないか?」

「八歳と比べたら全部違うけど」

「まあ、、確かに、そうかもな」

「...でもまあ、、色々ある前だし、違う事だらけだったかな、あの頃は学校に行く前だし。正直、仲、良かったと思う」

「仲?」

「...親との」

「っ」

「はぁ、、やっぱ、何でもない」

「...」


 何か、やはり言いたくない事なのだろう。エルマンノはそれを察して、口を噤んだ。どうするべきなのだろうか。向こうのネラに聞いて、何か変わるだろうか。また、向こうのネラとの別れが、ただ悲しくなるだけにならないだろうか、と。エルマンノは悩みながら、部屋を物色する。

 すると。


「ん、?珍しい魔力の本だな、」

「っ!み、見ないでっ!」

「え、」


 すると突如、今まで聞いたことのない様な声で、エルマンノと本棚の間に割って入るネラ。


「どう、したんだ?」

「何でもないから、、もう、さっさと帰って」

「...それって」


 エルマンノは、その本の内容を思い出し小さく口にする。あれは、特殊な魔力を使った魔法の魔導書であった。あの様な魔力を持つのは、種族が限られている。思い当たるのが。


「妖、精、?」

「っ!黙って!もう帰って!」

「...ネラって、妖精なのか、?」


 種族妖精フェアリー。異世界には様々な種族がいるのは周知の事実だが、今のところ獣族意外に出会っていないため、新鮮である。いや、フレデリカは一応巨人族とのハーフだったな。それに改めてよく考えると、祭りの会場などに背中に羽を生やした、いかにも妖精っぽい人達も居た。と、それを考えたのち、エルマンノは零す。


「妖精って小さいんじゃないのか、?」

「え、は、?そんなわけないでしょ」

「えぇ、俺の価値観がおかしいのか、?なんか、主人公の周りを浮遊しながらナビしてくれるのを想像してたんだが、」

「それ精霊じゃない?」

「いや、妖精も居るだろ、、ベリーダンスを踊りそうな服装をしたやつとか、」

「何の話?」

「いや、こっちの話だ」

「それよりも、、もっと、言うことあるんじゃない?」

「え?えぇ、、えーと、あ、悪かった、、勝手に、見てしまって、」

「そこじゃないでしょ、、ウチ、妖精だって、、頷いたんだけど、」

「ん?ああ、だから、大きいなって」

「はぁ、あっそ、」


 途端に、ネラは肩の力が抜けた様に息を吐いた。


「ほんとに、何も知らないって事?」

「どういう事だ?」

「まぁいいや、、でも、結局ウチから言える事はそれだけ。それ以上に記憶ないし、それに、」

「言いづらいか?」

「っ、、本当は、分かってんじゃないの、?」

「ん?」

「もういい。帰って」

「あ、ああ、、分かった」


 エルマンノは、これ以上居座るわけにもいかないと。そう思いながらも、僅かな情報を掴むためにももう一度本棚を物色する。と、瞬間。


「っ!」


 エルマンノは、ふと目を見開いた。一瞥しただけでも分かる。異彩を放っている魔導書があった。物自体はおかしくはない。だが、その数が異様である。その魔法の専門書が、多く並べられている。まるで、その魔法だけを、訓練しているかの様だ。その、魔法というのが。


「...転移、魔法、」


 エルマンノは、呟いた。と、同時に。


「っ!帰ってって言ってるでしょ!」


 背中を蹴られた。なんと、これはご褒美だな。エルマンノはそんな事を言っている場合では無いと、部屋の外に蹴飛ばされた先で、ゆっくりとネラに振り返る。


「...転移魔法は、、物体を転移させるものから始まり、多くの種類がある。でも、、あそこに特に多かったのは、」


 エルマンノはそこまで告げると、険しい表情で見据えるネラの方へと、立ち上がり目を合わせながら、真剣に続けた。


「精神移動の魔法だ、」

「うっさい!もうっ!帰れって!帰れって言ってんだろ!?」


 まるで聞きたくないとそう声を上げる様に、ネラはそれを声で掻き消す中、エルマンノは驚愕の表情で、そう呟いた。


「...ネラ、、ネラは、まさか、、マロンに、自分の精神を、分断して移動させたのか、?」

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