第32話「妹を救うのが兄だろしっかりしろ」

「...そう、か、」


 エルマンノは力無く呟く。いくら同じ人物であろうと、今ネラとマロンは別人である。故に、今一緒に居るマロン姿のネラは、消えてしまうのだ。


「エ、エルマンノ、」

「ああ、、でも、それがマロンの望みだ。俺の意思は変わらない。たとえ心苦しくなっても、、マロンと話をする中で親密になろうとも、、俺は、、本当の気持ちを、聞き出し、なんとかしてみせる」

「そう、、本当に、出来るならいいけどね」


 フレデリカは今までのエルマンノの様子を思い出し、そう口にする。それを聞いたエルマンノ本人もまた、目を逸らした。


「フレデリカ、サンキュな。とりあえず、マロンと話をしてみるよ」

「分かった。それで?明日、、お祭り来るの?」

「ああ。午後イチにここに来るよ」

「昼から夜までやってるんだから、、そんな急がなくてもいいんだけど、」

「なるべく、妹とは長く居たいんだよ」

「ふふ、」

「何かおかしいか?アリア」

「ううん、、エルマンノらしいなって、」

「妹と一秒でも長く居る、それが兄だ」


 エルマンノはそう放ったのち、ふと。


「っ」


 何かを思い出す。


「どうしたの?」「何、?」


 二人は、怪訝な表情を浮かべる。


「マズいな、、もうお昼回ってるのか、」

「え?うん、、あ、確かに、お腹減ったね」

「そうじゃない、、マズいな、下手すると、明日も行けなくなる可能性が出てきたっ!」

「えっ!?あ、ちょっと!」


 エルマンノはそう呟くと、焦りながら実験室を飛び出す。それに手を伸ばすアリアは息を吐く。


「もう、、いきなりどうしたの、?」

「いきなりなのはいつもでしょ」

「まあ、、それは、そうなんだけど、」


 その様子に、フレデリカもまたため息を吐いたのち、アリアに目をやり眉を顰めた。


          ☆


「はぁっ、はぁ!はぁ!」

「ねぇ!どうしたのっ!エルマンノ!」

「おお、よく追いついたな」

「まあね!」

「いいダイエットになりそうだな」

「なっ!?ムッカァ!私別に太ってません〜!」

「前浮腫んでたぞ?」

「う、、それは、カレーパン、、食べたから、」

「結局食ったのかよ、」

「ああっ!え、えとっ!えぇ〜と、そ、それよりもっ!どうしたの?突然飛び出して」


 二人は、一定のスピードで小走りしながら、森の中を戻る。


「いや、、その、言っただろ、?俺は、家から抜け出してきてるんだ」

「あ、」

「やばいなぁ、、いくら父さんに話はつけてあるとはいえ、、朝方に帰らないとなると、、ヤバい、」


 エルマンノは冷や汗混じりにそう放つ。この様子は、本当にマズイやつみたいだ。


「あー、えと、、ま、まあ!明日は、みんなで楽しんでくるから!安心してっ!」

「慰め方鬼畜じゃないか、?」

「や、やだなぁ!エルマンノが来るのを諦めてるわけじゃないよ!?」

「明らかにそうだっただろ」


 エルマンノはジト目を向けると、アリアは立ち止まる。


「あ、ご、ごめんね、、と、とりあえず、、また、、その、これ以上は、」

「ああ、、そっか。...分かった。またな」


 エルマンノは、察する。親にアリアを見られると色々とマズイみたいだ。普通は、何故一人でここに居るのか。それを聞かれる筈だ。もし追及なんてされたら、通報されかねないし、アリアからしたら、大人に目をつけられるのは避けたいのだろう。

 エルマンノはそれを理解して手を振ると、一人で家へと戻る。


「これは、、百パー家出だな、」


 エルマンノはその様子で確信し、恐怖心を落ち着かせながら家へと戻った。


          ☆


 あれから数分後。エルマンノ終了のお知らせである。

 母による長い長いお叱りの時間が始まった。時計が気になるが、それを見るためには首を動かさないといけない位置にあるため、説教中故に見る事ができない。体感で五時間くらいが経っている。その様子を、父は時々横切りながらニヤニヤとしている。許せん。絶対あの父も子供の頃はこんな事しょっちゅうだっただろう。明らかに一緒になって言える立場ではない。だからこそ言わないでニヤニヤとしているのかもしれないが。

 異世界転生でここまでの説教がくるとは思ってはみなかった。いや、前世合わせて三十二歳だ。この歳でこんな時間までどこに行ってたんですか理由で怒られるとは思わなかった。


「かぁ、」


 長い説教ののち、エルマンノは力無くリビングで倒れ込む。時間は、体感とは違い二時間しか経っていなかったようだ。いや、十分に経ってるか。


「お疲れだな、エルマンノ」

「楽しんで無かった、?」

「ははっ、まあな。こんな事、今まで無かったから、新鮮で面白かったぞ」

「確かに、、ここまで怒られたのは初めてかもな、」

「まあ、それくらい心配してるって事だ。エルマンノのこと」

「...」


 父の言葉に、エルマンノは目を逸らす。皆、そうだ。母も、父、、は分からないが、妹達も皆。フレデリカも何度も心配して、オリーブも、ソフィもラディアもだ。みんな、心配していた。アリアも、あの時はいなかったが、オリーブの時なんかは、凄く心配していただろう。


「はぁ、」


 思わずため息が零れる。人から心配される。前世ではここまで身を持って体験していなかったが故に、考えてなどいない事だった。いや、もしかすると、前世でも皆心配していたのだろう。

 また、自分が死ぬ瞬間に聞こえた、あの時の母の声が、脳を過る。


「...一人でなんて、、生きてないよな、」


 エルマンノはそう呟き頭を抱える。それでも、それしか方法がなければ、またあの方法を取ってしまう事だろう。どうすれば、良かったのか。どうすれば、いいのか。


ーマロンとの距離感といい、難しい事ばかりだなー


 エルマンノは未だ倒れたまま、天井を見据える。


「...父さん、」

「...」

「父さん?」

「ん?ああ、呼んでたのか。なんかさっきからぶつぶつ言ってるから、放っておいた方がいいのかと」

「いや、、まあ、、確かに、その通りだけど、、その、えと、その方法が、本当に正しいのか分からないけど、それ以外が思い浮かばない時って、、どうしてる?」

「随分と抽象的な話だな」

「まあ、、そうだね、」

「父さんは迷わずやるな」

「はは、、やりそうだ」

「そっちの意味じゃない」

「そっちの意味もじゃないの?」

「そうかもなぁ」

「だと思うよ」

「まあ、、でも、正しい事が、必ずしも正解じゃないんだ。やってみないと、始まらない。どれ程いい事を考えていようとも、それをしなきゃ意味がない。だろ?」

「それは、、そうだけど、、それをやって、周りに心配をかけるって、、分かってたら、」

「なんだ。母さんに怒られた事を言ってたのか」

「それだけじゃない」

「なら女か」

「妹だ」


 父とエルマンノは、リビングで淡々と会話を交わす。母は、奥で風呂掃除の様だ。


「ま、それ以上の考えと思いがあるなら、若い頃にやった方がいいな。ま、父さんはまだ全然出来るけどな」

「そう見えるよ」

「...それがどっちに転ぶかなんて、そうなるまで誰も分からないもんだ。いいと思ってやった事が、悪い事になった事もあるし、これはマズイかと思ったけど、結果的には良かったって事も、あり得る。エルマンノは、そういう経験ないか?」

「...どっちもあるな、」

「だろ?まあ、それがいいか悪いかなんて、本当の意味で目に見えてる事は少ないんだよ。だからこそ、悩んでるんだろ?なら、ギリギリまで悩んで、それでも分からないなら、やってみるしかないだろう」

「...それ母さんが聞いたら殺されると思うけど、」

「それとこれとは話は別だ。心配されるってのは、愛情だからな」

「...」

「でも、心配かけたく無いからって、自分のやりたい事を抑えるのもまた違う」

「そ、それはごく一部の話じゃないの、?そんな事言って何でもかんでもやる奴もいる。勿論、悪い事を」

「そうだな。でも、俺はそれを言う相手を選んでる方だぞ?」

「どういう事、?」

「エルマンノなら、それを伝えても悪いことはしないと思ってるって話だ」

「っ」


 父の言葉にエルマンノは目を見開いたのち、大きく息を吸って吐くと、起き上がる。

 信頼してくれているのだ。それを、蔑ろには出来ない。一度マロンに言ったのだ。手を、貸すと。

 そうエルマンノは改めて目つきを変えたのち、口を開く。


「なんか、色々と混ざってて話は分かりにくかった」

「おい。抽象的な話に抽象的な話で返しただけだぞ」

「まあでも、、なんか、、ハッキリしたよ。ありがとう。そうだよな、、ギリギリまで、話を聞いて考えるしかないよな。...まだ、結末を察して怯えるのは、早い」


 エルマンノはそう呟き、目つきを変える。


「ありがとう。よし、、明日、行ってみるか」

「怒られた後なのにか?」

「ま、今日行かないだけマシだと思ってくれ」

「まぁな。俺なら今行ってる」

「はは、、やりそうだ」


 父は、深くは聞いてこなかった。恐らく、そうだろうという安心があるからこそ、エルマンノは父にこの話をする事が出来たのだろう。もしかすると、父にも色々あったのかもしれない。だからこそ、こうして聞かない方が良い事かどうかの匙加減が、分かっているのかもしれない。エルマンノは周りの人達の思いを胸に、そう思いながら覚悟を決めた。


          ☆


 その次の日。今日は祭りという事で、母からは特別に許可を得て、早朝にエルマンノは飛び出した。


「エル!まだお祭りには早いんじゃないの?」

「先に診察があるから、早めに行こうかと」

「それにしても早くない?もしや、また遊びに行こうとしてるんじゃ無いでしょうね?」

「そんなつもりは一切ございません。行ってまいりますっ!」

「あっ!ちょっと!また無茶しないでよ!?」

「分かってる!」

「...はぁ、、本当に、、分かってるのかしら」

「分かってるとは思うよ」


 母が、家から飛び出すエルマンノを見据えながら息を吐く中、隣から父が放つ。


「分かってるけど、、ああいう事しちゃうんなら意味ないでしょう?」

「まあ、、それはそうだけどなぁ。でも、、立派だと思うよ。昔の俺と比べたらな」

「それはそう」

「俺だったら、怒られた後にしっかり向き合って考えて、親にどうしたらいいかなんて聞かないよ」

「ま、貴方だけじゃ無くて、それ以前に私の子ですから」

「母さんも昔はヤンチャだったんじゃ?」

「いつ言った?」

「それ自体は否定しないんだな」

「貴方の朝食作らないわよ」

「ああ!わ、悪かったよ、」


 二人はそんな会話を交わしながら、ただドアを見つめ、息子の事を想った。


          ☆


「はぁ、、はぁ、、はぁ、」

「あっ!お兄たん!」

「おお、オリーブ。早起きだな」

「うん!だって今日はお祭りだもん!」

「あの時話聞いてから楽しみにしてたもんな」

「うんっ!」


 エルマンノは病院の前にそのまま獣族の村にまで足を運び、あの長い長い階段の末、オリーブの家に顔を出した。


「あっ、それよりもお兄たんっ!昨日後で来るから、一回村に戻ってって言ったのに、来てくれなかった!」

「っ!?そ、それはっ、ごめんっ!すまなかった!」

「約束破るお兄たんはきらい!」

「なぁっ!?ご、ごめんっ!本当に申し訳無かった!あの後、色々あったんだ!主に、親に説教というものを喰らって、」

「え、?お兄たん怒られてたの?」

「ああ、、本来は、まだ安静にしてなきゃいけない時期だからな、」

「っ!そ、それで今日も来てるの!?駄目だよっ!お兄たん!まだ、体治ってないなら、お布団にいなきゃ!」

「えぇ、、そしたらみんなでお祭り行けないじゃないか、」

「う、、そ、それは、、さ、寂しい、、けど、お兄たんの体の方が、、心配、」

「オリーブゥッ!ありがとなぁ!そんなに心配してくれて!」

「ふぇっ!?あ、うん!お兄たんはっ!大切なの!」


 エルマンノはそう声を上げながらオリーブに抱きつく。それ故に。


「おうふ、」

「あっ!いつもの!」

「そうだ。オリーブも慣れてきたな」

「朝から元気だねぇ二人ともっ!お祭りとかマジアガるもんね!」

「い、居たのか」

「居たよ!最初っからねっ!なんかてぇてかったから、ウチは退散したかったんだけど、ウチ歩けないし!」

「悲しくなる自虐をするな、」


 神社前に居た天使。オリーブに気を取られ、その奥の神社の入り口付近に置かれたぬいぐるみに気づかなかった。


「それにしても、祭りに行くって、なんで二人とも知ってるんだ?昨日は確信じゃ無かっただろ?」

「あ、それはアリアが教えてくれたの!アリアとお兄たんも来てくれるって!」

「アリアが、?あの後ここに来たのか?」

「うん!というより、中に居るよ?」

「何、?ま、まさか、」


 エルマンノは嫌な予感を覚えながらオリーブに案内され神社の奥の家に向かう。と、案内された先に案の定。


「かぁ、、ふぅ、、かぁ、」

「や、やっぱりか、」


 そこには、爆睡するアリアの姿があった。恐らく、行く場所がないがために、どこかに泊まるのだろうと思ったが、やはりここだった様だ。


ー人様の家でよくもまあこんなに爆睡出来るもんだ、ー


 エルマンノは僅かながらの関心さえ覚えながら、ジト目を向けた。すると。


「今日のためにっ、色々着る服考えたのっ!今から着替えてくるから、、お、お兄たんに、、見てほしい、」

「おお。見られるのが好きなのか。いいぞ、お兄ちゃんが目に焼き付けてやろう」

「う、、そ、それはちょっと、、恥ずかしい、」

「まあ、祭りの時に見るってのが、一番アツい展開ではあるが、その前にお兄ちゃんだけが妹のお祭りの勝負服を確認するのは、少し特別感があってそれはそれでありだな」

「あ、それ分かる!」

「あ、マロンも居たのか、、なら、特別感が無いな」

「あ、えと、、その、それは、、お兄たんにだけ、見て欲しい、、かな、」

「ごはっ!」

「えぇ!オリーブちゃんいいじゃん!ウチも見たいよ!」

「うっ、、ま、マロンちゃんはお祭りの時まで待ってて!」


 オリーブの、上目遣いのそれにエルマンノは空気を吐き出し倒れ込む。限界突破ってやつだ。対するマロンはそう残念そうに放つと、恥ずかしがりながらオリーブは奥の部屋にパタパタと消えていった。


「あ〜、マジ天使、、かわちぃなぁ、オリーブちゃん」

「俺の妹だ、、当たり前だ、」

「お。起きたねお兄ちゃん」

「オリーブの上目遣いは殺人的だ、、マジでヤバい、、強すぎる、」

「ははっ、限界オタクじゃん!」

「...あのドアの向こうでお兄ちゃんのために服を脱いで、、服を選んでいると思うと、、五杯はいけるな」

「はいは〜い!それ以上近づいたら通報だよ?」

「妹だ。手は出さない」


 呟きながらオリーブの居る部屋に近づくエルマンノに、マロンはそう放つと、手を上げ彼は否定する。と、そののち。


「...じゃあ、ちょっと移動しておくか」

「え?」


 エルマンノはマロンを持ち上げ、歩き出した。


「ど、どしたん、?」

「いや、妹が着替えている部屋の近くは落ち着かないんだよ」


 エルマンノはそう答えると、廊下の窓が開いている、いわゆる縁側の様な場所に座り込み、外を眺めながら口を開いた。


「マロンに、、ちょっと話があってな」

「え?...ウチ、?」

「ああ。その、昨日、考えたんだ。馬鹿な話だったら、、悪い。でも、可能性の話として、聞いてくれ」

「え?う、うん」


 マロンは、未だ理解していない様子だったが、エルマンノは覚悟を決めて告げる。


「その、マロンは、、ネラなのか?」


 ヤバいな。直球過ぎた。

 エルマンノはたらたらと汗をかきながら口を噤む。もう少し言い方があっただろうと、自身を憎む。


「ど、どういう事、?」


 案の定、分かっていない様子だ。


「あ〜、えっと、その、まず、俺の予想を聞いてくれ。ネラと昨日会った時に、気になるところがあったんだ」

「気になる?」

「ああ。ネラと、マロンの声が、一緒だなって」

「っ」

「それに、向こうも分かってる感じだったし、俺には、なんか、ぬいぐるみに意思が宿った様には、思えなかったんだ」

「...」

「わ、悪い、なんか、変な事言っちゃったな」


 エルマンノは苦笑を浮かべて放つ。マロンは、それを話そうとしなかった。もしネラの生き霊なのであれば、それを伝えない理由があったのだろう。エルマンノは、それを正面から伝えていいものかと、唇を噛む。すると。


「そう、、だね」

「ああ、変な話だったよな」

「ううん、、そっちじゃない。ウチがネラだって話」

「っ、、って事は、」

「そう、、エルマンノ君の言う通り。ウチは、、ネラだよ」

「っ!じ、、じゃあ、、本当に、生き霊なのか、?」

「っ、、そ、そうだね」


 マロン。では無く、ネラは、バツが悪そうにそう答える。


「や、やっぱりか、、なんか、おかしいと思ってたんだ、」

「や、やっぱ、バレた?」

「今考えると、ソフィと同じ学校で、見た事があるって話も、マロンがネラだったから知ってた事なんだな、、まあ、それもそうだ。学校にぬいぐるみ持って行く筈は無いし、ソフィは学校以外には出歩かなそうだし、人の家になんて尚更上がり込まない。なら、マロンというぬいぐるみがソフィを知る機会は、無いよな、」

「さ、流石だねエルマンノ君、、それで、分かったんだ、」

「それだけじゃないけどな」

「そ、、そか、」


 その場には、沈黙が流れる。隠していたマロン。いや、ネラ。そして、隠していた事実を話したエルマンノ。互いに、どう接していいのか分からなかった。すると、そんな中、ネラは小さく口にする。


「ご、ごめんねっ!え、えっと、、げ、幻滅したよね、、ウチが、、ここまで助けてくれて、一生懸命なみんなに、、嘘を言ってたなんて、」

「嘘は悪い事。とは、、俺は一概に言えないと思う」

「え、?」

「俺は、ネラの事は全く知らない。容姿を見たのは昨日が初めてだし、マロンの姿のネラと話し始めたのも一昨日の夜からだ。全然浅い付き合いだ。そんな人に嘘をつこうが、俺は別になんとも思わないし、嘘をつかなきゃいけない理由が、あったんだろ?」

「...」

「なら、それすらも知らない俺が、幻滅するのはちょっと傲慢だよ」


 エルマンノの言葉に、ネラは目を見開いた気がした。と、そののち。


「は、、ははっ、なんか、変わってるね、君、」

「よく言われるよ。主に妹にな」

「そうかもっ」

「それに、ネラも妹だ」

「え?」

「マロンがネラである事が分かったとしても、嘘を言ってたとしても、それでも関係ない。俺は、一度助けると決めたからには、最後まで手伝わせてもらうよ。何せ、ネラはもう俺の妹だからな」

「え、?ど、どういう事、?もしかして、あっちのウチが、許可したの?」

「いやそれは百ないな。ただ俺が一方的に言ってるだけだ」

「ははっ、何それ〜、それじゃあ駄目じゃん!」

「でも、俺が妹だと決めた以上、俺は妹を絶対に見捨てることはしない」

「っ」


 エルマンノの一言に、ネラは突如口を噤み、目を見開き、俯く。と。


「でも、、そうだな。向こうのネラと、こっちに居るネラは違うもんな」

「え、」


 ふと、エルマンノは口にした。


「改めて、訊かせてくれ、ネラ。俺の、妹になってくれ」

「え、えぇ、、ま、まあ、いいけど、」

「おお、こっちのネラは成功だ」


 エルマンノは、マロンの姿のネラに微笑みかける。と、その後一呼吸ののち。


「向こうのネラと、こっちのネラはまた別人だ。どっちも、大切な俺の妹だ。今また、一人妹が増えて、お兄ちゃんは嬉しいよ」

「...何それ、、ほんと、、変わってる、」


 エルマンノはいつもの様に笑いながら口にすると、それをネラは掠れた声で返す。すると、その少しののち、彼女は口を開いた。


「ねぇ、、その、さ、、ウチが、もし成仏しなかったら、どうする、?」

「成仏というか、、生き霊なんだろ?」

「うん、、そうだね、成仏は違うか、、なら、もし、ウチが、、ウチという存在がずっとマロンの中に居たら、どうする、?」


 ネラの問いに、エルマンノは目を細めながらも、少し考えたのち答えた。


「...その時は、マロンに居るネラも、ネラという一人の人間だ。いや、くまか、?まあ、どちらにせよ、どっちも大切な妹なんだ。一緒に会わせない様にはしなきゃいけないかもしれない。量子なんちゃらで、二つの同じものが観測されるとマズいって話もあるからな。...でも、それに配慮しながら、俺の妹として、一緒に馬鹿をやろう」

「そ、、そっか、」


 またもや、掠れた声でネラは零した。その様子に、エルマンノは目を逸らし、唇を噛みながらずっと悩んでいたそれを、ふと口にする。


「...なぁ、、そういうネラは、、どっちが、、いいんだ、?」

「え?」

「いや、、なんでもない、」


 エルマンノは、それをきちんと訊く事は出来なかった。何を望んでいるのか。それを聞いてしまったら、きっと、何が正解か、また分からなくなってしまうと、そう思ったから。


「何なに〜?教えてよ」

「...いや、、まあ、」


 エルマンノは、少し悩んだのち、代わりにそう口にした。


「その、ネラは、このぬいぐるみをどうして向こうのネラに戻したいんだ?」

「え、?」

「その思いがあるから、生き霊としてこっちに乗り移ったんだろ?」

「...まあ、、そうだねぇ、、なんというか、思い出して、欲しかったのかも」

「このぬいぐるみの事をか?」

「ううん、、このぬいぐるみが、好きだった頃の、ウチを」

「...過去の自分って事か」


 エルマンノは、呟く。恐らく、歳を重ねる事により、ぬいぐるみを手放す時はくるものだろう。だが、それでも忘れて欲しくない何か。それが、そこにはあるのだ。


「何か、、あったのか?」

「え?」

「その頃を思い出して欲しいなんて、その時に何かあったのか、今何かあるのかどっちかだろ?」

「そ、そうだね、」

「自分の事が、嫌いか?」

「え、?」

「そんな感じに見えた。だからこそ、忘れようとしてて、でもそれを、思い出して欲しくて。それでも、好きにはなれなくて。葛藤してる様に見える」

「...はは、、凄いね、君、よく分かるよ、」

「同じく、自分の事が好きになれない、素直じゃない妹が居るからな」

「誰、?それ」

「まだネラとは会ってない妹だ。今度、紹介するよ」

「ふふ、オッケー!なんか、楽しみな様な、、なんか、複雑、」


 ネラは無言になってしまった。恐らく、深い事は言いづらいのだろう。それに、エルマンノは頭を悩ませていると、その時。


「あ、えと、、お、お兄、たん、?」

「っ!もしや、着替え終わったのか!?」

「う、うん、」


 ふと、背後からオリーブの声が聞こえ、エルマンノは振り返る。と、そこには廊下の角で体を隠し、顔だけを出してこちらを窺うオリーブが居た。


「よし。お兄ちゃんが目に焼き付けてやろう」

「あっ!ちょっとズルくない〜?」

「悪いが、兄の特権だ。ネラはそこで待っててくれ」

「え、」


 ネラ(ぬいぐるみ)を置いてエルマンノがそちらに向かう中、その交わした言葉にオリーブは声を漏らす。と、エルマンノは角にまで到達し、ゆっくりとオリーブの全身を見据える。と。


「なっ!?」


 思わず、倒れ込んだ。


「えっ!?だ、大丈夫!?ご、ごめんねっ、、な、なんか、、変だった、?」

「違う、、眩し、、過ぎるんだ、」

「は、反射が凄いのは、、着てないけど、」


 オリーブが困惑する中、エルマンノはマジマジと見つめる。彼女は、和服風の異世界お召し物を纏っていらっしゃった。可愛過ぎる。


「ち、中華系のゲームで出てきそうだ、」

「な、何、?それ、」

「凄く可愛くて似合ってるって事だ」

「ほっ、ほんとっ!?」

「ああ。だからこそぶっ倒れたんだ」

「そ、そうなの、?」

「そうなんだ。それに、露出がまたまた多めだからだ。肩出しで十分だろ。なんで一回布を挟んで腕をチラ見せしてるんだこれは、」

「え!?へ、変、かな、?」

「いや、えっちって事だ」

「ふぇっ!?こ、これそういう服なの!?」

「オリーブが選んだんだろ?」

「う、、うん、、一番、、可愛いと、思って、、それと、お兄たんが、喜ぶと、思って」

「兄の事よく分かってるなオリーブ。そうだ。俺は変態なんだ」

「えぇっ!?そうなの!?」

「分かると思ってましたよ。貴方なら」

「なっ!?」


 思わず退く。


「何故貴様がここに居る!?」


 ありえない。エルマンノは冷や汗を流す。この先の部屋はオリーブが先程まで着替えていた場所だ。どうしてそこからお前が出てくるのだ。


「特殊性癖が!」


 そう、そこには何故か村長が居た。


「いえ、服を用意したのは私なので」

「道理で、、なら、この肩見せのくせに腕見せしてるのは、?」

「唆るからです」

「オリーブ、、なんかされてないか、?」

「へ、?あれからは、、されてないよ、?」

「本当だろうな」

「本当ですよ。今回はエルマンノさんが好きそうな服をとお願いされたから準備したまでです」

「俺をどんな風に見ているんだ、」

「変態なのでしょう?」

「どこから聞いていた、?それと、何故そっち側から出てきた、?まさか、オリーブを、、き、着替えさせたのか、?それはっ、それはっ!俺のっ!兄の役目だぞ!?」

「ちっ、違うよっ!そ、それはっ、恥ずかしいから、」

「安心してください。裏口が隣にあるだけですよ」

「本当だろうな」

「私は何を言っても信用してもらえないみたいですね、」


 エルマンノはバチバチと目から稲妻を放つかの如く形相で村長を見据える。すると、対する村長はふと付け加える。


「あと、もう一つポイントが」

「何、?」

「今回は普段とは違う姿を見せたいとの事で色合いも巫女服とは違うものにしました。ですが、やはり巫女服を求めてしまうのが男ってものです」

「人によるだろ、」

「ですので、この下に来ている肌着は巫女服をアレンジしたものになってます」

「なっ!?肌着をっ!?測ってっ、作ったというのか!?」

「私はしてませんよ。仕立て屋さんが居ますから。それに女性です」

「そ、そうか、、なら、まだ、」


 エルマンノはふぅと、息を吐く。妹の裸を、こんな性癖激ヤバ人間。いや、激ヤバ獣人に見せるわけにはいかない。そんな事を思いながら、エルマンノはオリーブを見据える。


「へ、?な、何、?」

「いや、肌着までこだわってるっていうのは、、期待していいのかなと」

「な、何を、?」

「いや、オリーブは聞かなかった事にしてくれ」

「いや彼女に一番聞かなきゃいけない事でしょう」


 エルマンノの言葉に村長がジト目を向けると、そののち。


「そろそろお時間ですね。それでは、次にいきましょう」

「うん!」

「ん?次?」

「次は髪をアレンジしてもらうの!」

「なるほど。それは確かに着てからじゃないとな」

「うん!今度のは、お祭り会場までお兄たんには見せられないけど、」

「ああ。楽しみに待ってるよ」

「うん!じゃあ、またね!」

「ああ。会場で」


 エルマンノとオリーブはそう言葉を交わすと、彼女はそのまま村長と村の美容室に向かった。


「終わったぞー」

「長かったね。どうだった?羽ばたいてた?」

「飛んでないぞ」

「違う違う!盛れてたかって事!」

「メイクは今からっぽいぞ。とりあえず着替えただけで」

「ならなら、服どうだった?」

「見た瞬間倒れる程の衝撃だ」

「可愛かったって事?」

「今まで以上にな」

「うわぁ〜!見たかったなぁ、」

「何言ってるんだ?別に今から見られるだろ」

「え?」

「お祭りだ。これから行くんだから、そこで見られるだろ?」

「え?だ、だって、、え?」

「一緒だって、言っただろ?」

「それは、」

「本気にしてなかったな?」

「だって、、ネラのところに行って、、それで全部終わると、思ってたから、、それにウチ、、歩けないし、」

「俺が持って歩くぞ?」

「く、くまのぬいぐるみを?」

「ああ」

「通報されるよ?」

「その時はオリーブに持ってもらう。あの可愛さなら、持っててもなんとも思わないし、寧ろそういうキャラだと思われるかもしれない」

「...そ、そこまでして、」

「ん?」

「連れてって、、くれるの、?」

「ああ。お祭り、行ってみたいんだろ?」

「...」


 僅かに、頷いた様に見えた。それにエルマンノは微笑むと、なら遠慮するなと放ち、ネラを持ち上げ、皆から忘れ去られてるであろう奥で未だ眠るアリアを起こしに行ったのだった。

 その行動は、果たして正解なのかと、葛藤しながら。

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