第28話「妹とお泊まり」

「す、凄いなオリーブ、この数日の間に怪談を会得するなんて、」

「わ、私も、ちょっとびっくりしちゃったよ〜」

「ちびったのか?」

「っ!?ば、馬鹿!そんな事女の子に聞く!?」

「違うよっ!ほんとっ、ほんとなのっ」

「「っ」」


 今にも泣きそうなオリーブに、エルマンノはハッとする。そうだ。今さっき全てを信じると話したばかりではないか、と。


「悪かった。オリーブ、本当なんだな」

「うっ、うんっ」

「怖かったよな、、眠れなかったんだよな、、ごめん、ずっと、気がつかなくて、」

「眠れては、、いたけど、」

「そうか、健康的だな」


 エルマンノがオリーブを抱きしめながらそう口にすると、彼女は僅かに頰を赤らめながら目を逸らす。


「え、、オ、オリーブちゃん、、それ、本当なの、?」

「おうふ、」

「え、?なっ、何事っ!?」

「あ、えと、あのね、お兄たんは、私の肌に触れると、こうなっちゃうって、」

「うっわ、、さいてー」

「心底引かないでくれ。アリアもやってみるか?」

「え、?」

「うん、、いーよ、?」

「きゃっ、きゃわっ!」

「ほらな」

「まだ触ってないよ、?」

「アリアの方が重症だったって事だ」


 オリーブが両手を広げて小さく呟くと、アリアはその天使の様な姿に尊死した。と、そんな事よりも。


「その、ぬいぐるみが話したってのは、、本当なんだよね?」

「う、うん、」

「そうか」


 エルマンノがオリーブに促すと、小さく俯きながら頷く。それに、エルマンノは目を細める。確かに、物を大切にすると命が宿る。そう日本ではよく言う。がしかし、それは比喩的なものであり、本当に喋るなんて事があり得るのだろうか。だが、それが起こったのが神の末裔であるオリーブの神社である事から、明らかに嘘とも言い難い。故に。


「オリーブ。そのぬいぐるみ、今はどこにあるんだ?」

「え、?じ、神社、」

「よし。行くか」

「えぇっ!?」


 エルマンノの覚悟に、オリーブが目を輝かせる中、先程まで尊死していたアリアが突如起き上がり声を上げた。それには、恐らくそんな呪いの人形に会いに行くのかという思いと、あの地獄を経験しなくてはならないのかと。そのダブル"かいだん"による絶望が見て取れた。


          ☆


「はぁっ、はぁっ、もう、、だめ、」

「大丈夫か?帰りはお兄ちゃんがおんぶしてあげるから。安心してくれ」

「その姿で言われても何も安心出来ないよ、」


 神社に到達したエルマンノは、産まれたての子山羊であった。病み上がりでやるもんじゃないな。


「だ、大丈夫、?お兄たん、」

「ああ。大丈夫じゃなかったが、オリーブの声で元気出た。ありがとな」

「私の声、そんな元気になるの、?」

「ああ。妹の声はアドレナリンだからな」


 僕はキメ顔でそう言った。


「意味分かんないんだけど、」


 キマッてるのは間違いない。


「オリーブ。早速だけど、そのぬいぐるみは、」

「あ、うん!こっち、」


 エルマンノが本題に入ると、オリーブは皆を案内する。オリーブの部屋は以前に見せてもらったのだが、そこから奥へと。廊下を数百メートル。長く歩いた先の、一番奥の部屋で立ち止まった。


「ここ、」

「よっぽど怖かったんだな」

「え、?」

「オリーブの部屋から遠過ぎるだろ、」

「あ、えと、それは、」

「ごめんな、、こんなに怖い思いをしてるのに、俺は何も気づいてあげられなくて、」

「うっ、ううんっ、そんな事無いよっ、」


 エルマンノがまたもやオリーブに寄ると、アリアは冷や汗を流した。


「や、やっぱりやめない、?」

「お、ここにも怖い思いをしている妹が」

「こ、怖いというか、、なんか危ないというか、、それに、、その、エルマンノ、なんか、あったんでしょ?」

「なんかあったとは?」

「その、、みんな心配してるみたいだったし、、その、大丈夫だったとか、、言ってたから」

「ああ、まあ、ちょっと入院してたというか」

「入院!?それ只事じゃないでしょ!ま、まさかっ、魔力の使い過ぎとか、?」

「良く分かるな」

「そんな平然と答えないでよ、、何回も魔薬使って、死にかけてるんだから、、分かるよ、」


 それもそうか、と。エルマンノは呟きながら目を逸らす。みんなに、心配をかけてしまっていたんだな。改めて、昨日考えていたそれを体感し目を細める。


「お、お兄たん、、や、やっぱり、、やめておく、?」

「いや、だがそれとこれとは別だ。アリアも多分それを引き合いに出してるだけでただ怖いだけだと思うぞ」

「なっ!そんな事無いからぁ!」

「じゃあ行くぞ」

「へっ、あ、ちょっと!まだっ、その、心のっ、準備がっ」

「なら、前回みたいに手を繋いで横一列で行くか」

「そ、それはっ、いっ、いいからっ!それにっ、そしたらこのドア通れないでしょ!」

「学んだな、アリア」

「ぜ、前回、?」

「ああ。実はオリーブと出会う時にそんな事をやっててな」


 何の事かと首を傾げるオリーブに、エルマンノはそう答えると、瞬間。


「えっ、あ、ちょっと!」


 エルマンノはそのドアを開いた。

 と、その直後。


「っ!?」

「えっ!?エルマンノ!?」

「お兄たん!?」


 エルマンノは倒れ込む。


「なんっ、、だっ、?これっ、」

「だ、大丈夫!?」

「あ、アリアは、、大丈夫なのか、?」

「え?う、うん、、大丈夫、」

「強いな、俺の妹は、」

「私も、、大丈夫、だよ、?」

「オリーブが強いのは、、知ってる」


 頭を押さえてしゃがみ込むエルマンノは、そんな中で平然としている二人にそう掠れた声で返す。何だこれは。この部屋だけ異質だ。頭が割れそうになる。これこそ、神のなんたらなのか。はたまた、心霊的なものなのか。即ちエルマンノには霊感があったという事か。今まで感じてこなかっただけに驚きだ。


「...この、、中にそのぬいぐるみが居るんだよな、?」

「え?うん、、そう、」

「まさかっ、エルマンノってそういうの敏感なの、?や、やっぱり帰った方がいいんじゃない、?専門の人に頼んでお祓いとか、した方がいいよ、」

「神がここに居るのにか?」

「う、まあ、そうだけど、」

「それでも、どこぞの夫妻に引き取ってもらった方がいいかもな、、展示会とか出来そうだし」

「えぇ、あれでお金儲けしようとしてるの、?」

「や、やっぱり、、その方がいいかな、?」

「...だが、妹の前で倒れるわけにはいかないな」

「だ、大丈夫なの、?」

「ああ。ただの偏頭痛だ。台風が近いのかもな」


 エルマンノはそう呟くと、強い頭痛に耐えながら、ゆっくりと部屋の中へと入る。


「エッ、エルマンノ!?」

「だい、、じょうぶ、?」


 一歩、また一歩と、ギシギシと軋む床を踏みつけながらその部屋の奥に置かれた物を見つめる。どうやら、ここは倉庫の様だ。他の物も多く置かれている。と、その中で。


「あった」


 エルマンノは小さく呟く。間違いない。この、クマのぬいぐるみだ。


「...これが、、だよね?」

「...」


 エルマンノの促しにオリーブは無言で頷きながら、アリアの後ろに隠れる。


「えっ、わ、私も後ろに隠れたいんだけど、」

「アリアはお兄ちゃんの後ろに居なさい」

「そ、それはもう居るけど、」

「くっついてもいいんだぞ?」

「変な声出すんでしょ?」

「妹肌に触れるとだ。アリアのそのフード付きマントは肌の露出が顔しかないだろ?きっと大丈夫だ」

「それでも嫌」

「何でだよ、」


 エルマンノはそう返しながら、そのぬいぐるみを持ち上げる。


「えっ!?馬鹿っ、ちょっ」

「どうした?」

「よ、良くそんな平気で持てるね、」

「持てる男はモテるからな」

「意味わからないんだけど、」


 エルマンノはいつも通りに淡々と返したのち、ぬいぐるみを回しながら確認する。がしかし。


「...何も、、起こらないな、、本当にこの子が話たのか、?」

「話したのっ!...わ、私、、聞いたもん、」


 オリーブの様子は本当の様だ。ソナーの可能性も考えたものの、オリーブは魔力を持っていないがためにそれはないだろう。それに、今現在も続く、この倦怠感、頭痛。これは、間違いなくヤバそうだ。


「...それでも、その瞬間を見ないと何とも言えない、、オリーブ。今まで何時辺りにこのぬいぐるみは話したりしたんだ?」

「え、えーと、、夜が、多いかな、?」

「夜行性か。...じゃあ、アリア」

「え!?えっ、ちょっちょっちょ!まさかっ」

「ああ。アリアも丁度泊まるところ無くて困ってたところだろ?」

「え、いや、、そうだけど、、えぇ」

「文句言うな。オリーブ、今日はお泊まり会しような」

「えっ!?いいの!?」

「ああ。オリーブがお泊まりに行くと怒られるみたいだからな。俺達がお泊まりに来れば問題ないだろう」

「っ!や、やった!ふふふっ、じゃあ、今日何着ようかなぁ」


 オリーブは途端に元気に表情を明るくし、パジャマパーティーでもするのか、部屋着の準備やら部屋の準備やらをしに行った。


「ほ、、本気で言ってる、?」

「ああ。大マジだ」

「だ、大丈夫なの、?」

「まあ、村長に聞いてみた方がいいかもしれないが、ここ自体はオリーブの家みたいなものだろ?御神体がオリーブ本人の神社なんだから」

「そうじゃなくて、、今日、早く帰らないといけないんでしょ?」

「え、、あ、ああっ!」


 エルマンノは忘れていた。わっかりやすい表情で、彼は間抜けな声を上げた。


          ☆


「本当にすみません!分かってます!無茶しません!何もしません!だからっ!お願いします!」

「友達の家に泊まるって、、まさかあの子達とじゃないだろうな」

「え、?あ、その、、まさかです」

「それは駄目だ。パジャマパーティーが乱交パーティーになるだろ」

「お父さんそこじゃないでしょ!まあ、そこも心配だけど!」

「ん?ああ、、そうか、すまない、」

「エル。駄目です」

「そ、そこを、、なんとか、」

「駄目です。病み上がりなんだから、部屋で大人しくしてなさい。本当なら昼間出かけたのも駄目なんですからね!」


 帰宅の後、エルマンノは全力土下座でお願いしたものの、二人は許してはくれなかった。父は別の理由っぽかったが。


「...分かった」


 エルマンノは、渋々頷くと、自分の部屋へと戻った。


「さて、、どうやって誤魔化すかな」


 だが、そのままゆっくりベッドに入るなんて事はする気は無かった。


「虚像を生み出す魔法があったが、、これは数メートル範囲でしか反映しないんだよな、、ここから抜け出す方法は貫通魔法で出ればいいとはいえ、どうやってこれからの夜を誤魔化すか、」


 エルマンノは悶々と考える。突然ギルドにでも二人で行ってくれれば助かるのだが、その気は無いらしい。当たり前だが。


「仕方ない。身代わり魔法で俺の分身を作って、ベッドの中に入れておくか、、でも、」


 エルマンノはそう呟くと、目を細める。これは、幼稚園児がやりそうな手法。身代わり魔法で生み出した自身の分身は、見たら速攻バレそうな人形的なものだった。終わってるな。

 エルマンノはそうは思いながらも、帰ってからの恐怖を後回しにし、今は今だと貫通魔法で家を出た。すると。


「っ!」

「どうしたエルマンノ。部屋に居ないと駄目じゃないか」


 なんと、父があらわれた。


「クソッ、、ここに来てっ」

「はぁ、そんな事だろうと思ったよ。まあ、分かる。分かるぞ。エルマンノ、憧れるよな。女子だけのパジャマパーティー」

「...そこに野郎が入るのは邪道だと思うが、」

「そう思うならやめておけ」

「いや、そういうわけにもいかないんだよ、、ごめん。でも、今日は一緒に居ないといけない理由があるんだ」

「出産とかか?」

「ヤッてない」

「今日するとかか?」

「やらない」

「その人が死ぬとかか?」

「死なない」

「なら駄目だ」

「逆にその三つのどれかならいいのか、」


 エルマンノは父の発想にジト目を向けながら返すと、尚もそこから動かず、譲る気のないエルマンノに父は息を吐く。


「分かった」

「え、」

「今まで確かにヤバいところはあったが、しっかりと考える事の出来るやつだ。エルマンノは。だからこそ、そこまでわがままを言うのには、理由があるんだな」

「...ごめん。でも、その通りなんだ。今日は居なきゃいけないんだ」

「そうか、」


 父は小さく呟き、頷いた。が。


「だが駄目だ」

「なっ!?」

「行きたければ、父さんを倒してから行きなさい!」



「と、それで、ここに居るってわけだ」

「え、今の話ここに居ないルートの話じゃ無かった、?」

「ここに居るという事は?」

「お父さん殺害してきたの?」

「倒すを殺害と捉えないでくれ、」


 だが、それでも父を倒した。とは言いづらかった。恐らく、本気でやれば父に敵うはずない。だが、エルマンノはここに居る。即ち、父の方が手加減したに違いない。そう思いながら、アリアに付け足す。


「まあ、、何だかんだ言って、、父さんは優しいからな、、俺をここに行かせてあげようと思ってたのかもしれない」

「そっか、、なら、大丈夫、?なのかな?」

「いや大丈夫じゃない。多分あの父親は裏切る可能性がある。俺との勝負で決めようとしたのも、俺が無理に家を出たという理由をつけるためかもしれない。家に戻ったら、母さんヤバそうだな」

「えぇ、なら戻った方がいいよ、」

「戻っていいのか?」

「う、、や、やっぱ嫌、」

「ツンデレだな」

「違う!それは怖いからで、、あって、」

「認めたな?」

「う、うぅ、」


 エルマンノがニヤニヤとしながらそう告げると、改めて部屋で元気に布団やらを用意するオリーブに目をやり微笑む。


「それに、こんなに楽しみにしている妹を、放っておくわけにはいかないだろ。兄として」

「...はぁ。それもそうだね。この笑顔は天使だもん」


 二人で部屋を整理するオリーブを見つめながら話す中、ふと、違和感に気づく。


「ん?ちょっと待て?」

「え?どうしたの、?お兄たん、」

「何で布団が三つもあるんだ?」

「え、、だ、だって、、三人、だよ、?」

「まさか、相部屋なのか、?」

「えっ!?違うの!?」

「だっ、駄目だよオリーブちゃん!こんな危ない奴と一緒に寝ちゃ!」

「え、、駄目、なの、?」

「うはっ!」「がはっ」


 小首を傾げる可愛らしい生物を前に、二人は脳が溶ける。


「エルマンノ!駄目だからね!絶対!」

「何を思ってるかはさておき、妹なんだからする筈ないだろ」

「ううん!絶対にする!気の迷いでする!」

「そこまで強く宣言しないでくれ」


 アリアが顔を赤らめて強く念を押すと、三人で食事をしたのち、布団に入った。今回はぬいぐるみを部屋に置いて、だ。それによる頭痛や恐怖はあったものの、それよりも。


ーいや眠れないんだけどー


 何故か両隣に妹。目がガンギまるわこれは。


「どうして俺を挟む形なんだ?」

「オリーブちゃんに手を出した時にすぐに殴れる様に!」

「殴らないでくれ。しないって言ってるだろ、」

「何をするの?」

「あ、ああっ!そのっ、オリーブちゃんは知らなくていい事だから!」

「むーっ!私だって知りたいよ!」

「そうだよな?オリーブは大人の女性だもんな」

「う、、でも、大人には、その、なれ、、なかった、けど、」

「っ、、そうだな。まあ、俺だって未成年だし。それに、本当の意味での大人なんて、居ないんだ。昨日の自分より、一ミリでも進んでいれば、それでいい。進めなくても、下がらなければそれでいい」

「お、お兄たん、、う、うん、、ありがとう、、あの時も、焦らなくていいって、言ってくれて、」

「当たり前の事を言っただけだ。それに、直ぐに大人になっちゃっても、兄としては少し寂しいからな」

「そうなの、?」

「そうなの」


 オリーブが聞き返すと、エルマンノは一言で答える。そうだ、オリーブは大人にならなきゃと。そう考えていたのだ。軽はずみな言動だっただろうか、と。エルマンノは一度考えたがしかし、そこにアリアが小さく割り込む。


「何、?その、話、」

「ああ。そういえばアリアは居なかったな。まあ、なんというか、オリーブと俺の、二人の秘密の話だ」

「うん!」

「えぇ、ケチ!」

「アリアだって!さっきの意味教えてくれなかった!」

「あ、えと、それは、その、オリーブちゃんにはちょっと早いかなって、」

「オリーブは四十五歳だぞ?」

「えぇっ!?四十五なの!?」

「うん!」

「獣族では若い方みたいだ」

「あ、そうなんだ、」

「それにしても、オリーブ料理成長したな」

「えっ!?あ、うん、、頑張った、」


 以前村長に強要されていた時も美味しかったものの、それ以上に上達していた。先程の食事の話で話題を逸らすエルマンノに、アリアはジト目を向ける。


「...私よりも、上手くなってるの、ズルい、」

「アリアも上手くなってるよ。今日、手伝ってくれたんだろ?オリーブが言ってた」

「うん!教えてくれた!」

「おお、アリアはとうとう教える側になったか」

「う、、オリーブちゃんズルいよ!教えた私よりも、すぐ上達しちゃうんだもん、」

「まあ、言葉も直ぐに覚えたし、ドラムもそうだったもんな。何か、土地神の力に関係あるのか、?」

「ん〜?」

「いやオリーブが天才なだけだなぁ!」


 エルマンノが神妙な面持ちで呟く中、オリーブが首を傾げる。その姿に、エルマンノはいやいやと。笑みを浮かべ声を上げる。それに、アリアは声を漏らす。


「え、、ドラムって、何、?」

「ドラム知らないのか?スティックで叩いて音を出す楽器でーー」

「それは知ってる!じゃなくてっ!オリーブちゃんが上達って、どういう事!?」

「ああ、実はフレデリカとオリーブと俺の三人でバンドを結成したんだ。バンド名はリトルシスターズ」

「えぇ!?私除け者!?」

「大丈夫だ。まだ空きはある。この面子だと、、ベースかキーボードだな」

「難しいのしか残ってないじゃん、」

「他が簡単みたいに言うな」

「ボーカルは?」

「フレデリカ」

「えっ、珍しい、、なら、指揮者でいいや、」

「バンドだぞ。せめてパーカッションで来てくれ」


 その後、エルマンノはアリアが居ない時の話を、オリーブと二人で行った。どうやら、アリアも閉鎖空間に飲まれていた様で、その膜を見た側の人間では無かった様だ。


「へぇ、、そうだったんだ、」

「ああ。だから、今度新しい妹を紹介するからな。アリアは長女なんだ。みんな知りたがってたぞ」

「...そか、」


 エルマンノは暗い部屋の中、天井を見ていたものの、アリアが目を逸らしたのを何となく感じた。現在のアリアの状況では、そんな事をしている場合ではないのかもしれない。エルマンノは彼女の事を詳しく聞こうとアリアに顔を向けたものの、オリーブが隣に居るのを考え、口を噤んだ。オリーブはきっと事情を聞いても態度を変えたりはしないだろう。だが、心配するのは確かである。オリーブを共犯にはしたくない。エルマンノは二人だけの話に極力したいと。そう思い視線を天井に戻した。

 その後、会話が途切れ、数分の沈黙が訪れた。もう寝るという話なのだから、おかしくはないのだが、こうも静かで暗いと落ち着かない。それに、人形が話し出すのを聞き逃さないためにも、なるべく起きていられる様話していなければならないのだ。エルマンノはそう思い、ふと、アリアに近づき耳打ちした。


「ねぇねぇ、寝た?」

「ひゃっ!?へっ!?えっ、うぇ、ね、寝てない、」

「そうか」


 突然小声で話しかけたエルマンノに、アリアは耳元だったのもあり赤面して声を上げる。


「な、何そのノリ、、修学旅行か何か?」

「それはアリだな。じゃあ恋バナでもするか」

「しないからっ!てかっ、無いし、」

「経験がか?」

「うっ、、そ、それは、」

「安心しろ。俺は魔法使いになる男だ。俺の方が経験ないぞ」

「そんな自信げに言わないでよ、」

「ん、?んん、、お、お兄たん、?」

「お、オリーブ。悪い、寝てたか?」

「ん、、あっ、ごっ、ごめんねっ!わ、私、、お兄たんの、、声、聞くために、、おきてなきゃ、」

「俺の声を聞きたがっているのか、?」

「ぬいぐるみの話でしょ、」


 震えるエルマンノにアリアがツッコむ。同じ名前というのは紛らわしいな。悪かった、ラディア。

 と、対するオリーブはまだ半分お眠りの様だ。可愛い。

 それだけを呟くと、またもやオリーブは眠ってしまった様だ。寝顔が可愛過ぎる。手を出すなという話だったが、これはそういうものではなく、なんというか。守ってあげたくなる感じである。兄とは、妹にやはりこういう感情になるのだろうな。


「話してる声で起きてしまう、、これも修学旅行の醍醐味だな」

「修学旅行じゃないでしょ、?」

「アリアは好きな人とか居るのか?」

「え!?話戻るの、?ど、どれだけ修学旅行ごっこしたいのバカ、」

「いないか」

「勝手に決めつけないで!」

「なら居るのか?」

「うっ、もう!エルマンノの阿保ぉ!」

「ああっ、」


 アリアを怒らせてしまった様だ。彼女はそう声を上げると踵を返し寝てしまった。その背中にエルマンノは手を出し声を漏らすと、その後。


「じゃあ、子守唄でも歌うか」

「えぇ、何でそうなるの、?」

「浮かぶ水槽の中の海藻の様に、私はっいつも!」

「ちょっ、ちょちょちょっ!う、うるさいよっ!」

「俺達が唯一演奏出来る、さっき話したオリーブとフレデリカの三人で歌った曲だ」

「えぇ、、子守唄って言うから、もっと囁き系を想像しちゃったじゃん、」

「吐息系が好きなのか?」

「どういう事、?」

「エッチだな」

「どういう事!?」


 エルマンノがニヤニヤとしながら放つと、アリアはもういいと顔を背ける。


「もう寝るから!エルマンノ一人でこの真っ暗の部屋で、あのぬいぐるみに何かないか見張って!」

「えぇ、交代制にしませんか、?」

「知らな〜い」


 なんとも傲慢な。エルマンノは冷や汗混じりにやり過ぎたかと息を吐くと、ぬいぐるみを一瞥する。

 それから数分後。こう見ると、今までその様な話を聞いていたのと、頭痛でそう思っていたものの、何の変哲もないただの可愛らしいぬいぐるみにしか見えない。恐らく、オリーブが聞いたというのは、彼女に何かがあるのか。少なくとも、ぬいぐるみは関係無いのではないか。そう思った。

 が、その瞬間。


「お願い、、おね、がい、」

「っ!」


 目の前から、声が、微かに聞こえた。


「ま、まさか、」


 明らかにソナーなどとは声の聞こえ方が違かった。脳に直接聞こえる、ボヤがかかった様なものではなく、明らかにーー


 ーー目の前から、聞こえてくる声であった。


「...お願い、、お願い、」

「お前、、お前が、、いや、お兄たん、、お兄たんが、話してるのか、?」

「そう、、お願い、、怖がらないで、」

「...っ」


 エルマンノは眉間に皺を寄せてぬいぐるみを凝視する。やはり、他でもない。目の前のぬいぐるみから発せられている。だが、今なんと言っただろうか。怖がらないでくれ。そう言わなかっただろうか。その前にも、オリーブの言っていた通り、お願いと、そう呟いていた。まさか、何かを願っているのだろうか。


「分かった。...妹の大切なぬいぐるみだ。怖がるはずがない」


 エルマンノは真剣な表情で、布団を出ると、ゆっくりとそのぬいぐるみに近づく。

 もしかするとひとりかくれんぼ的なノリで突然殺される可能性は否めなかったものの、それでもエルマンノは一歩。また一歩と近づいた。


「こ、怖く、ない、?」

「ああ。可愛らしいくまさんだ」

「...お願い、、そんな、貴方に、、おね、がい、」

「お願いか、、何だ、?」


 エルマンノはごくんと生唾を飲みながらそう聞き返す。お前の魂をとか、言われるのだろうか。恐怖に震え、額から汗が噴き出すエルマンノ。と。


「お願い、、助けてっ、探してっ、探して欲しいの!」

「え、」


 突如、そのぬいぐるみから飛び出たその言葉に、エルマンノは声を漏らす。未だ震えていた。汗は噴き出した。

 だが、先程とは違い、恐怖の色は、そこには無かった。

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