第21話「妹バンドとライブ当日」

「という事で今日から練習です!」

「...さっきの最悪の場合流すっていうのは、これの事だったんですか?」

「確かに、試作品として私の声だけのものがあったんですけど、それはあげちゃったので」

「誰にですか、」

「その時のメンバーです」

「...なるほど、」


 エルマンノは僅かに目を逸らす。これを流して演奏している様に見せる。それをするとなると、声も入っているこの音源は、ラディアもまた口パクでステージに立たなくてはならないという事になる。

 きっと、彼女が夢見ていたステージ。生歌を披露したいはずだ。


「はぁ、、分かりました。詰め込みます」

「本当ですか!?ありがとうございます!」

「妹のためなら容易です」


 エルマンノは力無き声だったもののそう返すと、ラディアが早速と持って来たギターを手に取る。


「じゃあ、まずはコードから教えますね!」

「もうコードから始まるんですか」

「え、?早い、ですか、?」

「チューニングから教えてください。それか楽譜の見方。...いや、それ以前に、まずモチベ上げるためにこのギターに名前をつけましょう。そういう作品では、よく自分の楽器に名前つけてます」

「な、なるほど、、でも、大丈夫ですか、?そんなに時間無いですよ、?」

「大丈夫です。とりあえずジョセフィーヌにしておこう」

「安直ですね、」

「ジョセフィーヌ安直か、?」

「安直です」

「ならラディアでいいかぁ」

「何で私なんですか!」

「このギターをラディアだと思って、一本一本、優しく弦を弾けばいいんですよね?」

「何で私が望んだみたいな言い方してるんですか!?」

「ちょっと強引な方が良かったですか、?なら、オラッ!もっと音出せっ!オラッ!俺にもっと聞かせろ!」

「わあぁっ!やめてください!弦切れやすいんですよ!」

「すみません。ノってきちゃって」

「レッスン始める前からノらないでください、」


 エルマンノがそれっぽい演技でギターの弦を弾いている中、ラディアは息を吐く。

 そんないつも通りな会話をしながらレッスンを続け、その日は幕を下ろした。


「それじゃあ、親も心配するので、そろそろ帰ります」

「あ、じゃあちょっと待ってください!」

「ん?」

「はいっ!これ」

「これは、、ラディア」

「違いますよ!って、ああ、別に違わなく無いんですけど、、って、ややこしいんでその名前やめてくれませんか、?」

「悪いが俺のモチベーションに関わる。変更は難しいです」


 帰り際、エルマンノが玄関の前に行くと、パタパタと、ラディアはラディア(ギター)を持って差し出した。


「それで?ラディアをラディアはどうしてくれるんだ?」

「貸します!いつでも練習出来るように!」

「確かに、常に練習してないと絶対間に合わないですもんね」

「はい!」

「正直な妹だ、」


 エルマンノは、僅かに自虐を含んだそれに頷くラディアに、苦笑を浮かべると、微笑んでラディア(ギター)を受け取る。


「ありがとう」

「いえいえ!頑張ってください!」

「今日はこのギターをラディアだと思って寝るか」

「!」

「妹と同じベッドで寝れるとは最高だなぁ」

「へっ、変な事言わないでください!あとっ、変な事も、しないでください!」

「変な事って、何ですか?」

「っ!そ、それは、、それを、、私だと思って、その、」

「その?」

「いいからっ!とにかく明日までに今日のところ出来るようにしておいてください!お願いします!」


 ラディアは赤面してそう放つと、二階へと戻って行く。その姿にニヤニヤとしながら、エルマンノは「へいへい」と呟いて玄関を開けた。


「鍵忘れないでくださいよー」

「分かってます!」


 エルマンノが玄関のドアを閉めながらそう付け足すと、二階からそう声が聞こえ、微笑みながら足を踏み出した。


          ☆


「ふふふん、、ふんふん、ふふふ、」


 エルマンノは小さく口ずさみながら、ギターの練習をする。流石に王国内では出来なかったものの、森の中なら弾きながら帰る事も可能である。


「ここが難しいな、、指が届かない」


 小さくぼやきながら、何度も挑戦をしながら家へと到着する。と。


「ただいま」

「エル〜!」

「っ!?ど、どうしたの母さん、」

「どこ行ってたの!?心配したのよ?」

「ごめん、ちょっと、勉強に」

「勉強、?」

「ギター始める事にしたんだ。そのレッスンの初日だった。専用ギターも貸してもらえたよ」

「そ、そう、珍しいね、」

「うるさかったらごめん。夕飯まで上の階で練習してくるから。うるさい時は天井に石投げつけて」

「分かったわ!魔法でとびきり大きな岩作ってあげる」

「それしたら父さんが泣くと思うが、」


 エルマンノは母にジト目を向けながらそう返すと、自分の部屋へと戻る。


「...」


ー母さん、、目の下の隈、、変わって無かったな、、寝ても、疲労が溜まってるんだろう、、待っててくれ、、もう少し、だからー


 エルマンノは目を細めながらそう脳内で呟くと、ギターの練習を始めた。


          ☆


「おはよう、オリーブ」

「あっ!お兄たんおはよう!」


 翌朝。朝食を食したのち獣族の村を訪れたエルマンノは、いつものお婆ちゃん達の家に足を運んだ。


「ごめんな、昨日は顔を出せなくて。妹には、毎日。いや、毎秒会いたいところなんだが、」

「うん!大丈夫だよっ!ちょっと、、心配しちゃったけど、」

「そうか、」


 不安げに口にするオリーブに、エルマンノは優しく微笑むと。


「ね、ねぇ、、お兄たん、、その、アリアは」

「おぉ、今日は顔出したねエルマンノさん」

「あ、おはようございます。これまたお揃いで」


 ゾロゾロと歩きながら声をかけるおにばあに、エルマンノは頭を下げる。それに、オリーブは目を逸らすと、聞き逃していなかったエルマンノもまた拳を握りしめる。

 オリーブの心配の種も、先程言いかけたそれも、分かっていた。だが、だからこそ、言えなかった。


「それにしても、オリーブ。最近ここに居る事が多い気がするんだけど。神社で過ごしてるんじゃ無かったのか?」

「それはっ、お兄たんが、」

「ん?俺が、?」

「あぁ、そうそう。なんでもオリーブちゃん。神社に居るとエルマンノさんが大変だって知ってるから、エルマンノさんが来る時間帯を目安にここに降りて来てるんだよ?」

「なっ!?そ、そうだったのか、?オリーブ、」

「う、、うん、」

「つまり、、き、昨日も、、俺のためにここに来て、、一人で待ち続けてたのか、?」

「う、、うん、」

「オリーブゥゥ!ごめんなぁ!」


 エルマンノはその感動的な理由を知りオリーブを抱きしめる。それに驚いた様に顔を赤らめるオリーブに、対するエルマンノは触れた感触に声が漏れる。


「おうふ、」

「え、、ど、どうしたの、?」

「だから言っただろ?妹肌に触れると、声が漏れるんだ」

「そ、そういえば、」

「にしてもその巫女服露出が多くないか?あの特殊性癖の趣味の可能性あるよな。いい趣味してるな、許せん」

「そ、それも前言ってた、、気がする、」


 エルマンノがマジマジと舐める様に妹の体を見つめる中、恥ずかしそうにオリーブは返す。と。


「エルマンノさんのためにここに来てるのは、おばちゃんからすると悲しいねぇ」

「あっ!ち、違うのっ!みんなに、会いたくてっ!それで、来てて、、その、時間は、お兄たんに合わせててっ!えと、」

「分かっとるよぉ。昨日、オリーブちゃん楽しそうじゃったもんなぁ。儂と遊んで」

「そ、、そうだったのか、?」

「っ!ち、違うのっ、お兄たん!その、みんなと、遊ぶのは、好きで、楽しい、、けど、お兄たんをっ、ずっと待っててっ!」

「あれは嘘じゃったのか?」

「へっ!?も、もうっ!からかわないでよぉ!」


 左右から板挟みにされるオリーブの焦り様が可愛らしくて、互いに優しく笑う。その後、改めてエルマンノは口を開いた。


「あー、それで、今日、ここに来た理由なんだけど、その、これから五日間くらい、ここには来られないかもしれない」

「え、、な、何で、?」

「ごめん、オリーブ。実は、ギターの練習が入ってて」

「ギター、?あぁ、もしかして、カラオケ大会の?」

「あぁ、はい、そうです。その時歌う、ラディアって人の演奏役で、俺も出る事になったんです」

「へぇ、そりゃ凄いのぉ」

「エルマンノさんは歌ったりしないのかい?」

「いえ、自分、不器用ですから」


 エルマンノは渋くそう呟くと、それなら仕方ないと会話を交わす村の方々の中、オリーブに目を向ける。


「だから、、ごめん。オリーブ」

「そ、、そう、なんだ、」

「ならいっその事オリーブちゃんも一緒に参加したら良いんじゃ無いかい?」

「え?い、いや、、オリーブに負担は、」

「っ!し、したいっ!」

「え、?」


 お婆ちゃんの提案に、オリーブは目を見開き、輝かせる。それにエルマンノは驚愕すると、皆もまた頷く。


「そうじゃそうじゃ。オリーブも出るといいよ」

「みんなの人気者だからのぉ」

「正直私は、オリーブちゃんの歌が聞きたかったけどねぇ」

「い、いえ、、でも、」

「きっと、ギターの練習で忙しいだったり、開催前にこの村で練習出来ないって事なんでしょう?なら、その練習してる場所に、オリーブちゃんも連れて行って一緒に練習すれば良いんじゃない?その方が、きっとオリーブちゃんも嬉しいはずだよ」

「そ、そうなのか、?」

「うん!」

「た、大変だぞ、?」

「大丈夫!お兄たんと一緒に、したい!」

「っ!?」


 その時、エルマンノに電流走る。


「そうか、、分かった。後ちなみに、一緒にしたいのところもう一回言ってくれてもいいか、?」

「はいはい!そしたら早く練習行っといで!急がないと間に合わない量なんでしょう?」

「そ、それもそうですね。じゃあ、行こう、オリーブ」

「うん!」


          ☆


「と、言う事で今日から三人バンド、リトルシスターズを結成しようかとーー」

「ちょっと待ってください!」

「はい、?何でしょう」

「情報量が多いです。...ま、まず、この、オ、オリーブちゃんが一緒にやりたいって話なんですね?」

「はい!」

「それで、三人で出場したい。そういう話、ですよね?」

「そうです」

「リトルシスターズは無視していいんですよね?」

「一番重要じゃ無いですか?」

「勝手にバンド作らないでください!」


 その後、そのまま二人でラディアのご自宅に訪問し、エルマンノは事の顛末を告げた。


「だ、、駄目、、かな、?」

「っ、、ま、まぁ、オリーブちゃんはあの村の神様で、アイドル的存在なんだから、、私には知名度アップの利点はある、、けど、」

「っ!な、なら、、いい、?」

「...う、、い、いい、です、よ?」

「やった!」

「良かったな、オリーブ」

「うん!」


 ラディアが目を逸らしながらそう答えると、エルマンノは微笑みながらオリーブの頭を撫でる。だが、その後エルマンノはラディアに詰め寄り、小声で放つ。


「そ、それでなんなんですけど、、オリーブに、あまり難しい事、教えるのは、」

「分かってますよ。時間もないですし、私が大変になりますから。...オリーブちゃんにはドラムを教えます。少しズレたら、貴方が頑張ってフォローしてあげてください」

「え、えぇ、、出来るかなぁ、」

「お兄ちゃんでしょ?」

「やってやりましょう」


 エルマンノはその返しに即答してガッツポーズと共に頷くと、よし、と。ラディアもまた頷き部屋へと案内した。

 その後、以前と同様ライブの日を大きな目標とし、それに到達するまでの小さな目標をチェックポイントとしていくつか設けた。

 エルマンノはラディアとマンツーマン。おお、なんだかえっちな感じがする。


「何だか家庭教師に教えられている気分です」

「あながち間違ってないんじゃ無いですか?」

「健全な年頃男子です。そういう展開を想像してしまいますよ」

「えっちな事ですか?」

「そうです」

「妹さん居ますよ?」

「貴方も妹です」

「三人相手なんて貴方に出来るんですか?」

「クッ、、何だか言葉で殴られた気がする、」

「はいはい。それじゃあ、次のコードいきますよ〜」


 いつものノリで、一つ一つを吸収していく。時間がないので、指の使い方やコードを少し覚えたら、そのまま楽曲のコードに移った。その曲の演奏だけで良いため、その曲の指の配置だけ覚える。それだけで良いのだ。まあ、ギターを弾く事は出来ない覚え方だが。

 一方のオリーブも、一日目はドラムを叩く練習。リズムを取って、ただ叩く事に重点を置いた。

 その次の日。また同じ様にラディアの家に集まった一同は、基本エルマンノがラディアから教えてもらいながら、今日はオリーブのレッスンも開始した。オリーブの性格とドラムは合っており、感覚派である彼女は飲み込みが早かった。ただ、一つ問題があるとすれば。


「あ、」

「ごっ、ごめんなさいっ、、あ、いや、も、申し訳ございませんでしたっ、」

「だ、大丈夫だよ。一応替えがあるから、」


 力加減。それに尽きる。オリーブはいつもの力でドラムを叩いてしまうと、それを破壊してしまう傾向にあった。大丈夫と言うラディアは悲しそうだった。同情してしまう。


「じ、じゃあ、次は力加減、覚えよっか、」

「あ、は、はい、、ごめんなさい、」


 二日目のオリーブは、そんな力加減講座という、脳筋レッスンで幕を閉じた。

 その後も、毎日の様にラディアの家に通った。そこに来る時も、帰る時も。迷惑にならない場所では基本ギターの練習をしている。家での練習中、親は何を言うでも無く、それを見ていてくれた。きっと、ただでさえ寝不足の母には辛かった事だろう。本当に、頭が上がらない。


「...今日もやってるな」

「この曲、」

「え?」

「エルが弾いてる、これ、、多分、ソナーで聞こえてた、」

「この曲が、?でも、どうして」

「...まさか、」


 二階で黙々と練習するエルマンノに、母は何かを察する。ソナーで聞こえるのはアカペラのメロディのみ。こんな伴奏や間奏が分かるはずがない。そして、この練習を始めたのはソナーが問題視され始めたのち。ならば、と。

 母は不安げに目を細めた。

 心配げに声をかけて来る母を、大丈夫だと諭しながら、家を飛び出しラディアの家に通う事三日。とうとう、カラオケ大会という名の野外ライブは次の日に差し迫った。

 が。


「駄目だ、、終わらねぇ、」

「もう、口パクでいいですよ。ありがとうございます、、ここまで、していただいて、」

「人の夢も、終わらねぇ」

「カッコいい事言おうとしてますが顔からそうしてくださいってオーラが出まくってますよ」


 ライブ、明日。なんて書いてある張り紙の前。エルマンノはそう力無く口にした。後半が難しい。同じコード進行の筈が、ラスサビで転調しているため脳内がバグる。


「一番いいところ、なのにな、」

「仕方ないですよ、、元々五日で出来る量じゃ無いですから、」

「...」


 欲を言えば、昨日のうちに全てのレッスンを終了して、今日は通して何度か行い、完璧にした状態で本番を迎えたかった。だが、そうも言っていられないだろう。それでも。


「もう少し、、やってみるよ」

「え、?」

「お願いします。もう一回、後半のところ教えてください」

「な、何で、、そんな、」

「あの音源、ラディアも口パクになるんですよね?」

「っ」

「やっぱり、それは駄目です。ライブは、自分で歌わないと」

「歌ってない人も沢山いますよ?」

「現実を突きつけてこないでください」


 エルマンノの情熱的な言葉に、ラディアは本当の事をさらっと告げると、一度ふふっと微笑んだのち、前に寄る。


「分かりました。出来る限りの事は、します!」

「はい。お願いします!」

「私も、頑張る!」

「オリーブは、もうほぼ完璧だぞ?」

「ほんと!?」

「そのほぼを今日は無くそうな」

「うん!」

「...」


 元気に返事をするオリーブに、微笑み優しく告げるエルマンノ。

 その、本当の兄の様な姿に、ラディアは少し目を逸らしたのだった。


          ☆


 蒼穹の空。照りつける太陽。そして、何故か自信満々な人達による出店。これぞ、と。そういう様なフェスが、村に入るや否や行われていた。


「おお、いいな。お祭りってこんな感じだよなやっぱり」

「ここまで大事になるとは思わなかったですよ」

「確かにそうですよね、、って、貴方ですか。特殊性癖さん」

「どれ程開催にお金がかかったか、」

「そんな生々しい話を俺にされても」

「す、すみませんっ!わ、私が、余計な事を言ってしまったばっかりに、」

「いえ、いいんですよ。出店は村の人達が好んでやってる事ですし、村からお金が発生したのはステージ代くらいですかね」

「ほとんど村の人任せじゃないか、、音源とかの確保も?」

「それを歌う人が音源くらい持ってるものでしょ?」

「最悪だ。さっきの愚痴がただの最低発言に聞こえるな」


 エルマンノが村長にそう呆れながら答えると、隣のラディアは頭を下げ続ける。と。


「あ、いたいたっ!お兄たん!」

「おお、オリーブ!凄いな、みんな大熱狂だな」

「うん!みんな楽しみにしてたんだよ!歌うのもそうだけど、ラディアのお歌!」

「っ!」


 オリーブがラディアに視線を向けて笑顔を送ると、ハッと。ラディアは目を見開く。


「...そう、なの、?」

「うん!どんな歌なんだろうって!」

「...」

「みんな、見ていてくれてるんだ。大丈夫。底辺なんかじゃ無い」

「...」


 口を噤むラディアに、エルマンノが優しく声をかけると、無言のまま僅かに俯いた。

 と、その時。


「あ、あれっ!?」

「ん、?お、まさか」


 オリーブがエルマンノの背後を指差し、それに反応して振り返る。と、そこには。


「...」

「来てくれたのか実験大好き妹よ」

「はっ倒すよ?」

「お、間違い無さそうだな」


 そこにはフレデリカがソワソワとしながらステージの方へ視線を向けていた。


「どうした?漏れそうなのか?」

「違う」

「なら、こういう人が多い場所が慣れないのか?」

「それはある。...こんなところ、来たの初めて。ていうか、来たいと思った事がないところ、だったから」

「...そうか」


 エルマンノはフレデリカの言葉に思わず微笑みながら頷く。と、そうだと。改めてフレデリカに向き直る。


「そうだ、遅れたけど、紹介がまだだったよな」

「え?まさか、あの子?」

「そう。おーい、ラディア」

「えっ、あ、はい!」


 遠くで、先程のまま俯いていた彼女は、エルマンノの声に反応しこちらに駆け足で向かう。


「そ、それで、、この方が、?」

「紹介しよう。この人はフレデリカ。俺の大切で大好きな妹だ」

「妹じゃない」

「あ、それじゃあこの人が、」

「そう。魔薬中毒者だ」

「犯罪肩書きみたいに言うのやめて」

「そしてこちらがラディア。今日の大トリを務める、俺の大切で大好きなーー」

「もういいから」「もういいです」

「うっ」


 なんと寂しい。二人が揃うとエルマンノの扱いが悪化しそうだ、と。苦笑を浮かべ想像した。


「そう、、貴方が、ね」

「あ、は、はいっ」

「...はぁ、やっぱり、聞こえない私には、よく分からない、」

「え、?何の話ですか、?」

「いいの、こっちの話。それで?貴方こそ、この人がって、言ってましたけど」

「あ、はい!その、魔薬について詳しい妹さんが居るって」

「言っておくけど妹じゃないから」

「えぇ、、違うの、?」

「あんたが驚かないで」

「あ、はい!分かってます!ちなみに私も妹じゃないです!」

「えぇ!?違うの!?」

「はぁ、、分かってるって、」


 エルマンノが絶望と共に後退る中、そこに近づいたオリーブは、優しく背中に手をやった。


「お兄たん、?大丈夫、?」

「う、、オリーブだけだ、、俺を、想ってくれてるのは、」

「あんな奴はほっといて、で、貴方も、魔薬に興味が?」

「はい!とは言っても、音響に関わるものがほとんどなんですけど、」

「ミュージシャンだもんね。そういう魔薬は使う機会多いんじゃない?」

「はい!なので、何かその中で良い魔薬があったら、知っておきたいなと、、っ!?」

『それでは只今より、カラオケ大会を開催します!皆様、参加する方々、試聴する方々。お店の方々、本日はお越しいただきまして誠にありがとうございます!それではオープニングセレモニーとして、この方に登場してもらいましょう。村長さんです!』

「...」

「...」


 話の最中、音響拡大魔薬でそう開催の合図をするMCの声に、ラディアはビクッと一度大きく動揺を見せたのち、表情を曇らせて視線を落とす。それを、大熱狂の観客の中、フレデリカは目を細め一瞥する。


「村長、、いつの間に移動してたんだ」

「か、影薄いね!」

「オリーブがそんな元気にそんな事言ったら村長も喜ぶだろう。もっと罵ってあげてくれ」

「えっ、あ、うん!そうする!」


 やはり、カラオケ大会とはいえども野外でこうして大勢の中で歌を聴くのは中々テンションの上がるもので、フェス特有の謎テンションにより、エルマンノは周りに合わせて歌の合間に掛け声を叫んでいた。どの曲も、知らなかったが。

 前半こそのど自慢大会的なノリではあったものの、後半になるにつれ周りの雰囲気も相まってか宴会芸の様になっていき、ノリについていけない人も多々存在した。


「こ、、これが、、この村の伝統なんですね、」

「前に言った通りですよ。やはり、この村でライブをする以上、この村のノリや雰囲気を知っておかなきゃいけないですからね」

「さ、参考になります」

「まあ、きっとこれは伝統では無いと思うが、」


 エルマンノは隣で懸命にメモするラディアに苦笑を浮かべたのち、その後無言になり息を吐く彼女に、目を細めた。

 すると、そんな楽しい日も残りわずかとなり、とうとう。

 大トリである我々の出番となった。


「適当に頑張っておいで」

「それが今からステージに立つ兄への言葉か?」

「頑張ってなんて、既に頑張ってプレッシャー感じてる人に投げかける言葉じゃ無いでしょ。だから、適当に。それで、いいの」

「...なるほどな、」

「それに、プレッシャーを感じ過ぎてる人も、居るしね」

「...」


 エルマンノは、フレデリカの言葉にそのまま視線をラディアの方へと向ける。それに真剣な表情を浮かべると、そのままラディアを先頭にステージ裏に向かった。


          ☆


「いよいよ、次ですね、」

「ああ。だな、」


 ソワソワとしながら放つラディアに、エルマンノもまた短く返す。結局、完璧に弾けるようにはなっていなかった。ラスサビが、どうしても間に合わなかったのだ。失敗して台無しにするくらいならと。エルマンノは渋々、裏で奏花を開催者に渡し、口パクという選択を取った。のだが。


ーそれでも緊張するなー


 もし村の方々にバレたらどうなるだろう。村の人達に刺さらなかったら?それよりもまず、この結果に、ラディアはどう感じているのだろうか。エルマンノは、聞くことも出来ないラディアの心情に、表情を曇らす。


『それでは本日もいよいよ残すところあと一組!最後の大トリであり、今回のカラオケ大会の開催依頼をしていただいた方!ラディアアンドエルマンノ、そして、この村の土地神様!オリーブの登場だ!』


 そんな状態のまま、我々の番が訪れる。

 皆は声援を上げ、期待大といった雰囲気だ。正直心臓に悪い。


「は、初めまして!私、ラディアと申します!まだ、ソロ活動を始めたばかりで、至らぬ点や不慣れな点あるとは思いますが、温かい目で見守ってくださると嬉しいです!...今日は、私のアーティスト活動の第一歩。最高の一ページにしたいと思います!皆様、よろしくお願いします!」


 ラディアは肩に力が入った状態でそう放つと、それを見つめる観客達は声を上げ応える。その中で。


「っ」


 エルマンノは目を見開く。観客の一番後ろ。皆に紛れて。

 エルマンノの母と父が、見ていたのだ。


「なんで、」

「そ、それじゃあ私のソロ曲の新曲!...と、言っても、まだソロになってから一か月なのでソロ曲はこれしか無いんですけど、」


 ラディアがそう口にすると、ノリを理解しているのか、村の人達は笑い声を上げる。と、その後、改めてラディアは顔を上げる。


「それでは聴いてください!」


 そう放つと同時。事前に渡しておいた奏花から演奏が始まり、それに合わせてエルマンノとオリーブは手を動かす。オリーブに関しては完璧だったので、音ズレのない様に、実際に叩いていた。寧ろ、その方がオリーブとしては楽だろう。


「...」


 演奏中、エルマンノはラディアを見つめる。彼女は、元気に歌っていた。口パクではあるものの、本当に歌っているかの如く。だが。

 その手は震え、今にも崩れ落ちそうであった。頰には冷や汗が流れ、足もまた震え、息も上がっている様に見えた。それを、エルマンノは目を細めながら見つめたのち、改めてギターに目を向け演奏のフリを続けた。

 その、結果。


「今日は最高の日になりました!私、ラディアというアーティストの、最高の一歩を踏み出せたのは、開催していただいた、、関係者の、、方々、、そ、そして、、村の、方々、、本当に、」

「...」


 おい、大丈夫か、と。エルマンノはスピーチをする彼女を横目で見据える。その様子に、観客達も、不安の色を見せている様子であった。


「あ、ありがとう、ございましたっ」


 何とか言い終われた様で、皆から歓声を浴びながら、三人はステージ裏へと戻った。


「...はぁ、、はぁ、」

「大丈夫、ですか、?ラディア、」

「は、、はい、、だい、じょうぶです、」

「そうは、見えないですけど」

「...うっ、」

「「っ」」


 拳を握りしめて、ラディアは崩れ落ちる。それに目を見開き詰め寄るエルマンノとオリーブ。


「大丈夫ですか、?」「だ、大丈夫、?」

「う、、うぅ、、悔しいんです、、情けないんですよ、」

「っ、、す、すみません。俺が、、間に合わなかったばっかりに、、口パクなんて、事に、」

「違うんです、、違うんですよ、」

「...」

「自分が、、自分が情けないんです、、自分が、、嫌なんですよ、」

「...」


 掠れた声で話すラディアに、エルマンノとオリーブは表情を曇らせて口を噤む。


「自分から、、エルマンノさんを、巻き込んで、、オリーブちゃんも、巻き込んで、、勝手に、これやってあれやってって、、そう、言ったくせに、、自分が一番、、ダメだった。...自信げに、アーティストとしての自分を、大きく見せてたくせに、、一番、私が、緊張して、、ほんと、、最低です、」

「...今までも、、ライブ、やってたんじゃ無かったんですか?」

「その時は、、メンバーが居たんです、、その人となら、、安心出来たんです。お互いに、、凄く緊張してましたけど、、お互いが近くに居るだけで、、何だか、安心出来たんです、」

「...なるほど、」


 エルマンノは小さく、何かを察した様に呟くと、立ち上がって出店や村の様子を見渡しながら呟く。


「大丈夫です。俺も、、すげぇ緊張してました」

「え、?」

「本当ですよ。ほら」


 エルマンノは、震えた手をラディアに見せる。


「わ、わざとじゃ無いですか、?」

「手をそんなに小刻みに動かせる程器用じゃ無いですよ。本当は屋台も周りたかったですし、妹達とフェスなんて神シチュエーション、色々やりたかったですよ。俺らの番が最後だったのが、問題でしたね」

「...そ、そんな風に、、見えなかった、です、、凄く元気に、合いの手入れてましたし、」

「それはそうですよ。兄が、妹に緊張してる姿なんて見せられる筈無いじゃ無いですか。妹の方が、緊張してたのに」

「っ、、わ、分かってたんですか、?」

「...」


 小さく呟くラディアに、エルマンノは無言で頷く。


「それよりも、正直口パクになってしまった事、どう思ってるのか、と。そればっかり気になってました」

「...確かに、悔しかったです。でも、、それよりも、、その、きっと、私、口パクじゃ無かったら、歌いきれてないと思います」

「っ」

「きっと、、緊張で歌詞が飛んでたと思います」


 ラディアはそこまで言うと。


「それが、、悔しいんです。エルマンノさんに、、オリーブちゃんに、、ここまでの事してもらったのに、、口パクじゃ無いと成功出来なかった、、そんな私がっ」

「ラディア、」

「悔しいです。...自分が嫌になります」


 彼女の言葉に、エルマンノは目を逸らす。きっと、自分がこの立場でも、同じことを思っただろう、と。


「ラ、ラディア、」

「ほんと、、最低です、、私、」

「...」

「そんな事ないよ!」


 ラディアが掠れた声で放つ中、ふとオリーブが割って入った。


「私!凄く楽しかった!だから、、迷惑かけたみたいに言わないで!」

「え、」


 オリーブの言葉に、続けてエルマンノも微笑んで告げる。


「ああ、そうだ、楽しかったな。妹とバンド組めるとか、最高のシチュエーションだ」

「でも、、そんなっ、」

「そんな、、なんだ?」

「う、、そ、そう、、そうですね、、そっか、、そうかも、、ですね、」


 ラディアは、歯嚙みして何か言いかけたのち、それでもと。二人の言葉と姿を見て何か思うところあったのか、「はい」と。そう立ち上がって涙目になりながらも、エルマンノに振り返って改めた。


「絶対、リベンジします。次こそ、あがらない様にして、、今度は"自分一人の力"で、歌い切って、、有名になってみせます」

「っ...そうか、、はい。ラディアなら、きっと出来ます。見てますよ、最前列で」

「はい、待っててください。また、近いうちに、ライブ、出来るように、頑張ります!今度は、一人で。...それと、、その、有名になったら、、また、今日みたいに、一緒にライブ、、してくれますか、?」


 ラディアの言葉に、愚問だと。エルマンノとオリーブは優しく微笑み頷いた。と、その時。


「さあ。今から閉会式だから、皆さんステージに」

「あ、はい」


 エルマンノとラディアが、そう未来の話をする中、関係者が割って入り、三人はステージへと向かう。と、その時。


「それと、、本日はありがとうございました。その、そんなあなた方に、こんな提案をするのは、少し差し出がましいお願いで凝縮ではありますが、、また、近いうちにもう一度カラオケ大会をしようと思うんです。村長には、私共々実行委員会が話をします。ですから、、その時にまた、今度は何曲か、、お願い出来ませんか?」

「っ!」

「...どうします?ラディア」

「っ、、い、いいん、、ですか、?」

「勿論。寧ろ、、私からお願いしているのですから」

「っ!...あ、ありがとう、ございます、、その、よろしく、お願いします!」


 涙を浮かべながら頭を下げるラディアの後ろで、エルマンノとオリーブは顔を合わせて微笑み合ったのだった。


          ☆


 その後、なんと優勝が決まった我々は登壇し、イカれた会話しかしてこなかったエルマンノは口を噤み、ラディアは緊張から口数が少なく、結局オリーブが挨拶を行った。いや、村的には一番それが良いのかもしれないが。


「それでは、こちら優勝景品です!」

「え」

「え」


 関係者が持ってきた景品に、ラディアとエルマンノは声を漏らす。

 そこには、くまのぬいぐるみがあった。


「...お遊戯会か何かの景品ですか?」

「失礼ですね。結構高かったんですよ」

「値段の話じゃない気がしますけど。というか、景品の値段の話やめてください。苦情来ますよ」


 エルマンノがそう呟きながら、それを受け取り、ラディアにさらっと回す。


「今日のMVPだ。ここはリーダーであり俺らの教師であり、妹でありボーカルであるラディアに授けよう」

「あ、あ〜、うれし〜」

「せめて関係者の前では棒読みやめた方がいいと思いますよ」

「失礼の塊の貴方が何言ってるんですか」


 エルマンノの言葉に、村長が呆れ気味に割り込む。すると。


「い、、いいなぁ、」

「ん?欲しいのか?」

「うん!欲しい!」


 オリーブが目を輝かせてそう口にした。その様子に、エルマンノとラディアは互いに目を合わせ微笑むと、彼女に向き直った。


「なら、あげます!」

「え、?いい、の、?」

「オリーブは頑張ったからなぁ。俺とは違って期限内に覚えきったし、俺の中の妹MVPはオリーブだ」

「で、でも、」


 エルマンノの言葉に、ラディアも否定はない様子で笑みを浮かべる。すると、僅かに俯いたオリーブに、ラディアもまたしゃがみ込み微笑む。


「ありがとう、、私のために、本当にありがとう。その、、巻き込んじゃってごめんね?」

「ううん!そんな事ないよっ!楽しかった!凄くっ、楽しかったよ!」

「っ、、そっか、、良かった」


 オリーブの純粋な返しに、ラディアは泣きそうになりながらそう返す。すると。


「そのぬいぐるみを俺だと思って一緒に寝てくれ」

「うん!お名前!お兄たんにする!」

「ああ、、この間オリーブの名前をつけたばかりだというのに、、もう名前をつける側になるとは、、お兄ちゃん嬉しいよ、」


 エルマンノが感慨深く顔を逸らすと、オリーブは満面の笑みで放った。


「ありがとう!これっ、サプライズプレゼントだね!」

「っ!そうだな、、それに、オリーブだけじゃない。俺も、サプライズプレゼントを沢山貰ったよ。ありがとう」


 オリーブの言葉に一度目を剥き、泣きそうになったものの、エルマンノは微笑んで今日までの事を思い返し彼女を優しく撫でたのだった。


          ☆


「母さん、父さん、、何で、、ここに、?」

「悪いか?息子の青春を見に来ては」

「いや、そういうわけではないけど」


 閉会式ののち、エルマンノは父と母を見つけ、後ろで小さく口にした。


「一昨日、明後日までって、エル言ってたでしょ?それが何なのかなって思ってたら、偶然ギルドハウスで今日の事を宣伝している獣族の方に会ってね」

「そ、そんな事まで、、してたのか、」


 母の話に、エルマンノは小さく呟くと、突如父に引っ張られ、耳打ちされる。


「にしてもエルマンノ。随分と可愛い子と一緒に居るんだな」

「妹です」

「まだ根に持ってるのか?」

「そういうわけでは無いけど、」

「でも、妹が出来て良かったじゃないか」

「随分と強引な、」

「それはそのままお前に返してやろう」


 父の言葉に、エルマンノはジト目を向ける。


「それで?どうしてみんなから見えない様に話すんだ?紹介してくれよ。さっきの子達」

「その言葉だけ切り取ったらとんでもない事になりそうだけど、」


 父は、いつも通りだった。母も、ここに来た経緯を説明しただけで、それ以上は言わなかった。エルマンノがどうして突然こんな事をしているのか、あれは誰なのか。どういう意図でライブを行ったのか。気になる点は多かった筈なのに。二人はその点を聞こうとはしなかった。

 だが、しかし。


「エル」

「?」

「ありがとね」


 母の、その一言で、きっと隠し事は出来ないのだろうと。エルマンノは浅く息を吐いて「そんな良い息子じゃないよ」と笑みを浮かべた。


          ☆


 昨日、ライブを行ったからか、家に戻っては直ぐに寝床についた。ラディアとの話。きっと、彼女も目標が明確になった筈だ。夢への思いは強くなったかもしれないが、それが願望では無く、目標に。正確なものになっただろう。それ故に、と。

 エルマンノは眠たい目を擦って起床した。

 すると。


「っ」


 女性の歌声。昨日まで何度も練習で聞いた、あの歌が。

 またもやどこからか、聞こえてきた。


「嘘だろ、」


 どこからか、なんて話じゃない。そう、これは間違いない。


「ソナー、」


 そんな事実に、エルマンノは頭を抱えたのだった。

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