第16話「最後に妹が笑ってなきゃ意味がないんだよ」

 あれからお婆ちゃん達からは祝福され、お祝いムードであった。先程朝食をいただいた気がしたのだが、これは昼食だからと豪勢な料理が並べられ、皆は感謝と共にそれを口に運んだ。

 村長とも話をつけた。これ程皆の前でエルマンノが雨を降らせたのだ。もう"雨が降らない理由でライラを虐める"事は出来なくなるだろう。雨が必要な時は呼んでくれと、そう付け足し、その感謝祭は幕を閉じた。その後、洗濯をしていたそれぞれアリアやフレデリカの服を返し、皆お互いに感謝を言い終わったのち、エルマンノはライラに優しく口にする。


「ライラ、今日はお泊まりだったけど、どうする?ここに居るか?」

「ん、、こっち、居る、」

「そうか。じゃあ、みんなと仲良くな」


 エルマンノはライラにそう告げ頭を撫でると、住民に挨拶をして帰った。特にライラを村に置く以上、村長には厳しい視線を送って。


「大丈夫かな、、オリーブちゃん」

「...ん、?呼び方戻ってるぞ」

「村以外ならいいでしょ!」

「まあ、、それもそうか。...で?何がだ?村長がか?」

「そう」

「あそこまで念を押したしな。それで駄目だったら俺たちが引き取るしかない。幸い、村の人達はいい人そうだったしな。それも嘘だったら、俺は闇堕ちしてギャンブル主人公になる」

「どういう意味か分かんないけど、、とりあえず、一件落着かなっ」


 帰り道、エルマンノとアリアがそう話す中、フレデリカはどこか浮かない表情で歩いていた。


「フレデリカは、、大丈夫か?生理か?」

「違う。第一声で聞く事じゃないしはっ倒されるよ?」

「ならどうしたんだ?ライラが心配か?」

「いや、あの子の話では無いけど、、でも、ちょっと心配ではある」

「どっちなんだ、?」

「なんか彼女、、エルマンノが目を覚ましてからずっと元気なかった」

「...」


 フレデリカの言葉に、エルマンノは目を細め視線を前に戻す。確かに、後半のライラの様子は、どこかおかしかった様に思える。


「明日、、また行ってみるか」

「ねぇエルマンノ。帰りも、実験室来るんでしょ?」

「ん?誘ってる?」

「違うから。ちょっと、話がある」

「まさか、、告白?」

「違う」

「え!?なら、私行かない方がいいかな!?」

「と言っても来そうな性格してるな。絶対物陰から見てるだろ」

「ムッカァ!失敬な!私だって、そこら辺はちゃんとしてるよ!」

「だから違うって言ってるでしょ、」


 エルマンノとアリアの言い合いに、フレデリカは頭を押さえて息を吐いた。


          ☆


「着いたな、」

「うん」

「...えーと、、なんか、飲むか?」

「それ私の台詞でしょ。ここ私のうちなんだけど」

「それもそうか、、えーと、月が綺麗ですね」

「先に告白してどうすんの。だから告白じゃ無いから落ち着いて」


 何故かソワソワとするエルマンノに、フレデリカは大きくため息を吐いた。


「...ねぇ、明日も、雨降らすの?」

「...ん?ああ。それは分からないな。言われた時にやる感じだから」

「ずっと、、するつもり?」

「え?」

「魔力量を増やす魔薬は、安全じゃ無いの。二回も使ったんだから分かるでしょ?普通ならもうとっくに死んでてもおかしくない。今まで何も無かったのは、奇跡みたいなもんなんだから」

「倒れたけどな」

「その自覚があるならやめなよ」


 フレデリカの呆れたツッコミに、エルマンノは少し間を開け息を吐くと、目を逸らした。


「でも、そういうわけにもいかないんだ」

「...みんなを守るため?」

「ああ。残念だが、今は他の方法が思い浮かばない」

「それで、ライラ本人が辛い思いをしても?」

「...」

「きっと、あの子は気づいてる。貴方が代わりになった事」

「それで雨が降ってくれればいいんだけどなぁ」

「そうはいかないみたいね。雨を降らせなきゃっていうプレッシャーが、逆にそれを出来なくさせてる」

「...はぁ、そうか。なら、とりあえずこれでいくしかないな」

「勝手に話進めないで。言ったでしょ?貴方の体がもたないし、あの魔薬も有限なの」


 フレデリカの言葉に、エルマンノは浅く息を吐く。自分が力尽きるか、魔薬が尽きるか。どちらかは、必ずやってくるという事だ。


「何か、誰かから誰かに魔力を与えられる方法とかないのか?」

「それで誰の魔力を吸い取ろうって言うの?」


 エルマンノの問いに、フレデリカは息を吐いてそう呟いたのち、目を逸らしながら返す。


「まあ、無いわけじゃない。...手を体に触れて、魔力共有を行う事は可能」

「お体に、触りますの?」

「そう。でも、それは魔力の扱いが上手い人ね。上手くない人がそれをやると、分量が分からなくて結局は魔薬と同じ状態になる」

「上手くない人用の方法は無いのか、?」

「あるけど、それは絶対嫌だから」

「嫌とはどういう意味だ」


 エルマンノがジト目を向けると、フレデリカは頭を掻きながら踵を返した。それに、仕方がないと。エルマンノは浅く息を吐くと、改める。


「...分かった。俺も、俺なりに考えてみるよ」

「私も、出来る限り策は考えてみる」

「助かるよ、明日もよろしく」

「はぁ、使う気満々なのやめて」


 エルマンノは、素直じゃないフレデリカに微笑みながら、目つきを変えて実験室を後にした。


          ☆


「...何で、だよ」


 翌朝、いつもと同様。アリアと共にお弁当を持って村を訪れたエルマンノは、雨が降るその光景に、目を剥き声を漏らした。


「雨、、これってまさかっ」

「...嫌な予感がする」


 アリアが目を見開く中、エルマンノは怪訝な表情のままお婆ちゃん達の家へと向かった。


「ん?おや、今日も来てくれたのかい?」

「すみません、こんな朝早くに」

「いいんだよ。ライラちゃんもきっと喜ぶよ」

「そ、その、、ライラなんですけど、」


 見渡し、彼女の姿が見えない事に言葉を濁しながらエルマンノは放つ。すると、ああ、と。お婆ちゃんは声を漏らして指をさした。


「まだ神社に居るよ」

「っ!」

「っ、、そ、そうですか」


 その一言に、アリアは目を見開き、エルマンノは目を逸らす。確かに、ライラの家はここじゃ無い。神社に居るのはおかしくは無い事だ。だが、この雨。どこか胸騒ぎを覚える。


「アリアは、ここで待っててくれ」

「え!?何で、私も、」

「昨日俺を運んでくれたんだろ?また、あの階段を上り下りさせるわけにはいかない」

「っ、、でも、」

「もし一時間経っても戻って来なかったら頼む。また倒れてるかもしれないからな」

「もう!変な事言わないでよ!」

「変なのはいつもだろ?」

「っ、それは、、いつものとは、違う意味で、」


 そんな不安げなアリアに大丈夫だ。と付け足すと、エルマンノは雨の中足を踏み出した。


          ☆


「はぁ、はっ、、はぁ、はぁ、」


 数十分後、神社にまで到達したエルマンノは、息を切らしながらライラを探していた。


「どこだ、?どこに、、居るんだ?」


 前回同様、神社の裏に広がる建物に沿うようにして、僅かに見える中を、ライラが居ないか真剣に見ながら進む。と、その時。


「おい。なんでこんなのも出来ないんだ?お仕置きしても変わらないなら、もう使えないな。ずっとあの部屋に居なさい」

「っ!嫌っ!やだっ、、あそこはっ!嫌なのっ!」

「っ!」


 またもや、部屋の中からは以前の様な声が聞こえた。それは間違い無く村長とライラの声であり、その内容にエルマンノは耐えきれずに窓を勢いよく開けた。


「何やってるんだよ!?お前っ」

「っ!エルマンノさん、」

「おにいたん!」

「ライラには、、もうそんなことする理由は無い筈だ!やっぱり、、雨を降らすためってのは嘘だったんじゃ無いですか!?」

「...エルマンノさん、これは、」

「おにいたん!違うのっ」

「え、」


 以前以上の形相で、エルマンノは村長を睨む。と、そんな中、ライラは窓にまで駆けつけ、声を上げた。


「違うの、、別に嫌なこと、されてる、、けど、、違うの!」

「どういうことだ、?ライラ、、まさか、弱みを握られてるのか、?」

「違うっ!その、、村長さんは、、悪くないの、、だって、」


 ライラはそこまで言うと、泣きそうな顔で、エルマンノに目を合わせた。


「私が、お願いしたからっ!」

「え、?ど、どういうことだ、?」

「エルマンノさん。この子の言ってることは本当です。私は、、ライラに、頼まれたんです」

「お前が言うと信憑性に欠ける」

「酷い言われようだ、」

「本当だよ。...おにいたん、」

「何で、、何で、だ、?まさか、Mに目覚めたのか、?」

「え、?何、、それ、?」

「そ、そんな事より、、どうしてそんなこと、」

「どうしてはこっちの台詞だよ!」

「っ!」


 突然放たれた、初めて聞くライラの感情的な声。それに、エルマンノは驚愕し、耐えきれなかった。


「おにいたん、、何でっ、何で私の事、そこまでして守るの、?」

「え、?」

「おにいたんは、、すごく優しくて、、アリアも、、フレデリカも、、みんな、凄く良い人達で、、いつも私を助けてくれる。そんな人達だと、思ってた」

「ああ。そうだ、、俺たちは兄妹なんだぞ、?それくらい、」

「分かんないよ、」

「え、?」


 突如、ライラは俯き、歯嚙みした。それに、エルマンノは冷や汗をかき、笑顔が固まった。そんな感覚がした。


「怖いよ、、おにいたん、、私、、ちゃんと分かって無かった。そういうものだと、思ってた、、でも、、おにいたん達の優しさは、、なんか、他の人達とは違くて、、怖いの、」

「あ、愛が重過ぎてか、?でも、俺はこれくらいが、」

「違うよ。...嫌われるのが、、怖いの、」

「え、?何言ってるんだ、、大丈夫。俺が妹を嫌いになる筈は、」

「それが分かんないんだよ!」

「!」


 またもや、ライラは声を荒げる。


「分かんないんだよ、、なんで、私なんかを、、私なんかのために、、おにいたんは自分を犠牲に出来るの、?どうしてっ、、どうしてなの!?なんで私のせいで、おにいたんが苦しまなきゃ、、いけないの、?」

「っ!違う!それは違う!俺は、ライラが大好きなだけだ!だから、俺は自分よりも、ライラが幸せな道をーー」

「お兄ちゃんが苦しんでも私は少しも幸せじゃないよ!」

「っ!」


 ボロボロと。彼女は大粒の涙を溢しながら、俯いて感情のままに放ち、それにエルマンノは絶句する。


「怖いよ。私、みんなから嫌われるのが、怖い。怖いよ、、私、お兄ちゃんが、私のせいで苦しんで、、居なくなっちゃうのが、」

「俺は居なくならないし、誰も、ライラを嫌いになんて、」

「私のせいで、お兄ちゃんを、失っても?」

「...」


 エルマンノは目を見開き、口には出せなかった。どうなるのだろう。ライラのために、全ての力を出し切り、倒れた時。みんなは。ライラに、どんな感情を抱くのだろう。少なくとも嫌悪や殺意は無いだろう。だが。


「でも、、でもね、大丈夫!私、、もう、一人でも大丈夫だからっ!」

「...ライラ、」

「お兄ちゃん、、ありがとう。最後まで、お兄ちゃんはお兄ちゃんで。大好きで、、私を、ずっと考えててくれた。私はお兄ちゃんが大好き。だから、、もう、大丈夫だよ。私は、一人でも、、やっていけるから」


 駄目だ。その笑顔は、今にも崩れそうだ。


「いつも助けてくれて、、何も無い私に全部くれた。大切な、お兄ちゃん。ありがとう。最後まで、、こんな私を、檻から助けてくれて、、引き取ってくれて、、誘拐された時に助け出してくれて、、私のために命をかけた事。その理由は、、分からなかった。私には何のお礼も出来ないかもしれない。...でも、見てて、お兄ちゃん」


 駄目だ。このままじゃ、ライラが先に壊れてしまう。


「私、一人で何でも出来る、大人に、なるから」


 駄目だ。

 駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ。


「ライラッ!駄目だ!このままじゃ、」

「これは!」

「っ」

「私の問題だから。...ありがとう、お兄ちゃん。でも、お兄ちゃんは入って来ないで」


 それでもライラは、エルマンノの声を遮り、強がりでしか無い力強い笑みで答えた。


          ☆


「はぁ〜〜〜〜、」

「ど、どうしたんじゃ、、エルマンノさんは、」

「うーん、、なんか、妹が反抗期みたいよ」


 民家に戻って来たエルマンノは、頭を抱え、テーブルに突っ伏していた。その様子を遠くから見つめるお爺さんとお婆さん。


「...エルマンノ、、何があったの?」

「だから、、ライラが反抗期なんだ。...いや、多分思春期、、親元を離れる子供を見守るのは、、こんな感覚なんだろうな、」

「そうじゃ無いよ!...ライラちゃんがそんな突然変わるわけない。何か、理由があるんでしょ?」

「...俺を、、近づけさせたく無いんじゃないか、?」

「まあ、キモいし。引かれるのは当然かもしれないけど、」

「なんか心に突き刺さった言葉があったぞ」

「え、?私なんかいい事言った、?」

「そっちじゃ無い」


 エルマンノはそう返したのち、顔を上げると、アリアに向き直る。


「な、、何、?どうしたの、?」

「いや、ただ、なんか浮腫んでるなと。昨日揚げ物でも勝手に食べたか?」

「なっ!?阿保!そんなっ、さいってー!しかも何で今なの!?」

「うーん、その焦り具合、さては冷蔵庫のカレーパンでも食べたな?」

「だから違うって!何でそんな疑いから入るの!馬鹿!」


 アリアが怒りながらも優しい力で背中を叩く。それにエルマンノは微笑みながら、立ち上がった。


「なんかアリアと話してたら元気出てきたな。...よし!行ってくるか!」

「え、?何処に、?ていうか、私はマジだったんだけど!」


 エルマンノはそう言い残すと、またもや家を飛び出したのだった。


          ☆


「フレデリカ、、居るか?」

「何?その感じ、、魔薬取りに来たの?」

「いや、それはやめた」

「あっそう、珍しい。やっぱり、言うだけ言ってみるものね」


 行く場所と言えば、やはりここしか無い。そうエルマンノは思い、フレデリカの実験室を訪れた。


「...それで、その報告に来たわけじゃ無いんでしょ?要件は何?」

「何か、、他に方法は無いか、と」

「...まあ、大体聞きたい事は分かってたけどね」

「何か無いか?何でもいい。あ、でも、ライラ本人がなんとか出来る事にしてほしい。俺や第三者にやってもらうんじゃ無く。...それと、ライラが苦しまない方法で」

「何でもよく無いじゃんそれ」

「にしても髪が濡れてないか?どうしたんだ?」

「私は朝お風呂入るの」

「ここ風呂あったのか、」

「エルマンノは私が風呂に入ってないと思ってたの?」

「いや、銭湯にでも行ってるのかと。でも、それはそれでありだな」

「何がありなのかは、聞いたら私はあんたを捕まえなきゃいけなくなるからやめておく」

「捕まえて欲しいなぁ」

「二度とシャバに出られなくなるけど?」

「悪いが監禁趣味はない」


 エルマンノの返しに一度息を吐くと、フレデリカは改めて口を開く。


「話が飛躍し過ぎたけど、、結局は雨を自力で降らせることができる様になればいいって事でしょ?」

「そう、、なんだが、ライラは自分から村長にお願いして暴言や暴行をしてもらって、辛い思いを自らする事で雨を降らせてるんだ」

「なるほどね、、それじゃあ今までと変わらない。だから、他に方法は無いかって事で聞きに来たわけだ」

「ああ、話が早くて助かる」

「はぁ、私にばっかり聞いてないで、自分で考えたり他の誰かを頼ったりとかはしないわけ?」

「俺はフレデリカを信頼してる。きっと、案をくれるって。そう、信じてる」


 エルマンノの真剣な、真っ直ぐなそれにフレデリカは目を丸くしたものの、直ぐに息を吐いて椅子に座る。


「はぁ、何だか言いくるめられた感じがするけど、、まあ、結局は、あの子は土地神の力を持ってる。それが全てでしょ?」

「どういう事だ?」

「つまり、どっちみちあの子にしか解決は出来ない。村と繋がってる、ライラという一人の少女にしかね」

「つまり、ライラ本人に何かをすれば良いって事か?バフ上げとか、俺がライラに魔法をかけるとか、?」


 フレデリカの切り出しに、エルマンノが提案を口にする。だが。


「いや、それは結局エルマンノの力であって、それを分け与える事で貴方に影響が出たら、きっとまたあの子は自分を責める」

「なら、、どうすればいいんだ、?」

「つまり、村長と同じ方法をすればいいの。あの子の感情によって、天候は変わるんでしょ?」

「っ!ライラに、辛い思いをさせろって事か、?」


 エルマンノは、僅かに目をピクリと動かし、声を低くして放った。が、対するフレデリカは首を横に振る。


「違う。じゃあまず聞きたいんだけど、感情によって天候が変わるっていうのはどういう事?」

「え?いや、、楽しければ、晴れになって、辛かったら雨になる。いわゆる、メタファー的なものじゃ無いのか、?」

「楽しければ晴れ。辛いと雨。そんな事、聖書には何処にも書いて無かった」

「っ!」

「じゃあ、更にもう一つ質問。何で、辛いと雨になるの?」

「それは、、心が沈んで、、涙が流れる様に、空が暗くなって、雨が降るから。それを比喩的に表す事の出来る、天気であるのは変わりないんじゃないか、?」

「でも、農家の人達には救済になる。更に、学校を休みたい人には台風は英雄だし、雪なんて心が踊る人もいれば道が無くなるから最悪って人も居る」

「...確かに、花粉症の時期の雨は救済だ、」

「何、?花粉症って、」

「花のアレルギーだ」

「へぇ、花粉に対するアレルギーが存在するんだ、」

「寧ろ無いのかここ、、天国だな」

「どういう事?」

「いや、こっちの話だ」


 エルマンノが小さく口にすると、フレデリカが割って入る。それに適当にあしらうと、だから、と。フレデリカは結論を放つ。


「つまり、あの子の感情で天候が変わる。なら、あの子にとって"雨をいいものと思わせればいい"の」

「っ」

「何か一つでも、雨というものに、いい思い出を作る。そうすれば、悪いものに結び付かなくなって、今日の気分で晴れや雨をコントロールできる様になるかもしれない」


 あくまでも仮説だけど。そうフレデリカは付け足し、エルマンノの目を真っ直ぐと見て、悩んだであろう策を告げる。


「フレデリカ、、ありがとな」

「何、?突然、」

「いや、頑張って、考えてくれたんだろ、?」

「...まあ、でも、私が言えるのはここまで。具体的な案は、無いから」

「いや、それだけで十分だ。助かる」

「どうするつもり?」

「俺に一つ案がある。だが、そのためには、、悪いが、もう一回だけ、くれないか、?」

「もしかして、」


 エルマンノの恐る恐る放つそれに、フレデリカはジト目を向ける。


「駄目。連続使用なんて、、耐え切れるはずないから」

「...はは、、なんか、懐かしいな」

「は、?」

「前は、、逆だったよな。どうして倒れる程の事をするのか、俺達が、フレデリカに聞いてた」

「...そんな事も、、あったけど、」

「そんなに前の事じゃ無いと思うが、?」

「私には前なの。あんたと出会う前なんて、、思い出せない、」

「...頼む、あと一回だけ。倒れてもする理由が、俺にはあるんだ。フレデリカと同じで、それ程の思いと、覚悟が」

「...私は、、そんなの無い」

「とてもそうには見えなかったけどな。...そこまで俺を心配する程、魔薬の恐ろしさを知ってるんだから」

「...はぁ、、分かった。でも、もうやめて」

「ああ、そうするよ」


 それにエルマンノは苦笑を浮かべると、これが最後だと言わんばかりにフレデリカは。

 魔力増加魔薬を手渡した。


          ☆


「...え、?あれ、?」


 元気無く歩く、ライラは村の中で一滴。雨が頰を伝い声を漏らした。


「あ、雨、?」


 瞬間、空からは雨が降り始める。おかしい、確かに心は未だ辛いままだが、今は村のお婆ちゃん達の元へ行く途中。村長とは関わっていないため、雨が降るほどの気持ちの沈みは無いと思われるが。


「っ、、と、とりあえず、どこか、」


 そんな事を考えている暇ではないと。雨足が強くなる中、ライラは急いで周りに雨宿り出来る場所は無いかと見渡した。がしかし、お婆ちゃんの家へと向かう道は細道であり、雨宿り出来そうな場所は見つからなかった。


「ど、どうしよっ、早くっ、行かなきゃ」


 こうなったら仕方がない。お婆ちゃんの家へ急いで向かうことにしよう。そう意識を変えて走り始めたものの、途中で立ち止まる。


「...」


 ふと、考える。何故、雨が降っているのだろうか。自分が雨に降られる事は無かった。それはそうだ。自分が、雨を降らせている張本人だったからだ。雨に濡れるのが嫌ならば、心の何処かでそれを考え、雨を止めているだろう。無意識に、だが。

 それ故に、理解する。


「お兄ちゃん、」


 これは、間違いない。また、まただ。どうして、こんな事になるのだろう。どうして、エルマンノが全てを背負わなくてはならないのだろう。ライラは、思わず歯嚙みし、雨に濡れながらその場で崩れ落ちた。不甲斐ない自分が、誰かを傷つけている。それが、耐えきれなかった。天候をコントロール出来れば、こんな事にはならなかったはずなのに。


「う、、うぅ、」


 瞳から、空と同じく液体が溢れ落ちた。

 と、その瞬間。


「はぁっ、はっ、はぁ、、駄目だろ、、こんなところで座ってたら。...風邪引くぞ?」

「っ」


 その雨は、止まる。いや、雨が止んだのでは無く。


「お兄、、ちゃん、」


 そこには、エルマンノがライラの上で傘を差す姿があった。


「ああ、お兄ちゃんだ。お婆ちゃんのとこに行く途中か?」

「え、、う、うん、」


 頷くライラがゆっくり立ち上がろうとすると、「立てるか?」と呟きながらエルマンノは手を引く。


「そうか。俺も丁度行くところだ。一緒に行かないか?」

「...え、、う、うん、」


 ライラは、目を逸らす。心が、ぐちゃぐちゃだ。


「いやぁ、びっくりだな。この村にも通り雨ってあるんだな。いきなり降ってきたから、びっくりした」

「...なら、、なんで傘持ってるの、?」

「穴を突くのが上手くなったな。別に変な意味はないぞ?」

「やっぱり、、そうなんじゃん、」

「...」


 ライラの、全てを察している様子に、エルマンノは俯く彼女の頭を見据えながら浅い息を吐くと、微笑んで口を開いた。


「俺は傘を常に持ってるんだよ」

「見た事ないけど、」

「魔法で隠してるからな」

「嘘つき、、何で、、そんな事するの、?」


 ライラは、既に分かっていた。エルマンノの息が荒くなっているのも、無理して笑っているのも。


「そんな事?」

「だってっ、、倒れたのは雨降らせたからでしょ!?今だって、本当は無理してっ」

「心配してくれるのか、、嬉しいな。妹にそんな事言われるなんて、」

「私は本気で、、っ」


 ライラはそう顔を上げて声を上げると、エルマンノの右肩が濡れていることに気づく。


「駄目だよっ!何やってるの!?」

「え?どうしたいきなり」

「私に傘寄せて、、エルマンノが濡れるのは、、駄目、」

「...ライラは濡れても良いのか?」

「いいよっ、、濡れても、、全然っ」

「濡らしても良いのか?巫女服」

「だ、大丈夫。洗えば良いんだし、、濡らして、いい、」

「濡らしてのところもう一回言ってもらいたいなぁ」

「え、?どうして?」

「いや、こっちが勝手に完全勝利しただけだから、気にしなくて良いぞ」


 傘の押し付け合いをしながら、そんないつもと変わらない会話をする。


「って!何でまた私の方に傘差してるの!?」

「俺が濡らしたくないんだよ」

「だからって、」

「なら、もっとくっついてくれればいいんじゃないか?」

「えっ!?あ、、う、うん、、そっか」


 今までも、くっついて来たことは多かったというのに、何だかよそよそしい感じである。これはこれで良いが、きっと、心に蟠りがあるのだ。


「おうふっ」

「へっ!?どうしたの!?」

「いや、、妹肌に触れてしまうと思わず声が出るんだ」

「そ、そうなの、?」

「にしてもその巫女服は露出が多くないか、?」

「え、?そう?分かんない、、けど、」


 異世界の巫女服はこんな感じなのか。確かに二次元ではよく見るが。


「...ちょっと、遠回りするか」

「え、?なんで、?」

「せっかく二人で一つ傘の下で兄妹デートしてるんだ。もう少し堪能させてくれ」

「え、?お、お兄ちゃんが、、そうしたいなら、」


 ライラは目を逸らしながらも、エルマンノの言葉に従う。

 その後は、雨の中傘の中で話をしながら村を見て歩いた。正直、村長に案内された場所や神社にしか行っていなかったため、エルマンノが知らない場所も多く、村の人達から教えてもらった情報をライラが話した。

 その時の彼女は、何処か元気で、吹っ切れた様子だった。

 それに、エルマンノはふっと。思わず口元が綻びながら、優しく頷いた。


「ここは、?なんかだいぶ上の方まで来たな」

「ここはぜっけい、?スポットみたい、、村を見渡せる、、えーっと、、てんぼうだい、、みたいな、」

「なるほど。...でも、それを言うならあの神社の方が見渡せられるよな」

「た、確かにっ」


 エルマンノの淡々とした返しに、ライラは微笑む。と、その後、ギュッと。ライラはエルマンノの腕を抱きしめる。それに、エルマンノはまたもや気持ちの悪い声を漏らしたものの、ライラのその真剣な様子に、目つきを変えた。


「ねぇ、、お兄ちゃん。何で、、そこまでするの?私、もう関わらないでって、突き放したよね、?」

「ライラは優しいからなぁ。前に俺が突き放した時も、何だかんだ話しかけてくれただろ?今日も、普通に無視しても良かったのに」

「っ!?無視なんてっ、出来るわけないじゃん!」

「そうなのか?」

「そうだよっ、、だって、、お兄ちゃんは、そこまで頑張って、、私を想ってくれてるのに、」

「...」


 拳を握りしめながら、ライラはそこまで呟くと、どんどんと小さくなる声で尚もブツブツと続ける。

 すると。


「オリーブ」

「えっ、!?」

「勘違いしてるよ、それは」

「か、、勘違い、?」

「俺はオリーブの事本気で大切に思ってる。妹を大切にするのは、兄にとっては当たり前だ。...だから、別にオリーブが俺に返そうとなんてしなくていい」

「何でっ、、だって、お兄ちゃんはそこまでしてっ、、私を何度も何度も助けてくれたのに、、私はっ、、何も出来なかった、」

「それでいいんだ。俺は好きでそれをしてる。実は、、オリーブの土地神の力を利用しようとしてた奴らから言われたんだ。妹のためじゃ無くて、自分のために動いてるんじゃないかって」

「っ!そ、そんな事言ってたの!?」


 オリーブは、思わず声を荒げた。あの時は言葉がまだあまり分かっていなかったのと、それどころでは無かったのだろう。


「ああ。でも、その通りなんじゃないかって、思う」

「え、?」

「でも、それは悪いことでもない。俺は、妹が大切で、そう思う自分のために行動する。そうしてる。俺の行動が、必ずしも妹のためになるわけじゃないんだ。だから、その通りだ」

「で、でもっ、私は救われたのっ!だからーー」

「でも、俺も救われた」

「え、」

「オリーブのその笑顔が。反応が、姿が。何度も俺を助けた」

「そ、そんなわけっ」

「お兄ちゃんって呼んでくれたのは、オリーブだけなんだぞ?...俺は、その夢見たシチュエーションを、体感出来たんだ。オリーブのお陰で」

「い、意味分かんないよ!」


 エルマンノがその絶景と呼ばれる村を一望しながらそう話すと、オリーブは声を荒げる。すると、その後少し間を開けたのち、ふとエルマンノは放った。


「...オリーブ。今日は、、楽しかったか?」

「え、?」

「俺は楽しかった。オリーブと、こうして一つ傘の下で話せて。歩いて、村を見て。それだけで、凄く楽しかった」

「...っ!ぐすっ、、私だってっ、楽しかったっ!凄く、、楽しかったよっ!お兄ちゃんと、こうしてちゃんとお話出来てっ、、私、このために頑張ってたのっ、、お兄ちゃんと、、お話っ、できる様にっ、、少しずつだけど、、言葉、、覚えてっ、」

「それが少しずつなんだったら、英語勉強してた俺が泣くぞ?」

「えっ!?な、泣かないでっ!ご、ごめんっ」

「別に泣くのは悪いことじゃないぞ?」

「そ、そう、なの、?」


 オリーブは思わず感情が溢れ、涙を溢す中、エルマンノは彼女を見据えて笑う。


「ああ。...そっか、、楽しかったか、良かった」

「うんっ、、楽しかった、、お兄ちゃんと、歩けて、、話せてっ、、雨の中、傘に一緒に入れて、、それでっ、、くっついたり、、出来てっ、、楽しかった、っ!」

「そうか、、なら、もう大丈夫だな」

「え、」

「また、傘一緒に入って、馬鹿な話して歩こう。俺も、もっとこの村の事知りたいんだ」

「う、、うんっ!」

「でも、傘に一緒に入ってくっつくのは、雨の日だけだな」

「っ」

「...次、雨降った時にでも、また、歩こう」

「...っ!う、うんっ!絶対だよっ!」


 エルマンノが優しく笑みを浮かべると、瞬間。


「お、、晴れてきたな、、俺の魔力もここまでか」

「っ!やっぱり魔力だったんじゃん!」

「ははは、タネは最後まで明かさないもんなんだけどな、」


 エルマンノは頭を掻きながら、苦笑を浮かべて傘を閉じる。すると。


「あぁっ!エルマンノ!あれっ」

「ん?おお、」


 絶景スポット。その意味が、少し分かった気がする。その目の前には、大きな虹が、美しくかかっていた。


「綺麗だな、」

「うんっ!何、、あれっ」

「あれは虹だな。雨の後にしか出てこないんだぞ?」

「そうなの、?」

「ああ。雨を越えた先の、ご褒美というか、なんというか、」

「じゃあ、お空からのサプライズプレゼントだねっ!」

「...っ、、ああ。その通りだな」


 元気にはしゃぐオリーブを、エルマンノは目を見開いたのち、後ろから見据え笑みを浮かべる。


「今日は、、ありがとう、、私、何も、返せないな。...大人にも、、なれなかった、」

「まあ、大人には数日でなれるもんじゃない。ゆっくりと、なっていくもんだ。いや、本当に大人なんて言える人は居ないのかもしれない。だから、焦らなくて良いんだ」

「でも、、何か、」


 その様子に、エルマンノは少し考える素振りを見せると、彼女の隣に行き、虹を眺めたのち、オリーブの目を見て告げた。


「...なら、、俺の妹になってくれないか?」

「っ」


 そう。まだ、正式に妹になってくれとは、言っていないのだ。彼女はお兄ちゃんと名乗るエルマンノを、そう呼んでいただけに過ぎない。それ故の真剣な言葉に、オリーブは驚いた様に目を丸くすると、泣きそうな顔で頷いた。


「うんっ!よろしくねっ、お兄たん!」


          ☆


「あっ!エルマンノ!突然飛び出してっ、心配したんだからね!」

「ああ、、悪かった」


 その後、いつもの民家に戻って来たエルマンノは、置いて行かれたアリアに軽く謝罪を口にする。と、そんな彼に、アリアは駆けつけタオルで肩を拭く。


「もう、びしょ濡れじゃん、、雨も、、その、エルマンノの、魔法、、だったんでしょ?」

「あぁ、兄妹で夫婦ごっこは楽しいな」

「兄妹ごっこの間違いでしょ!」

「あらあら、何だかご機嫌ね」

「さっきとは大違い。いい事あったのかい?」


 微笑むエルマンノに、アリアの後ろからお婆ちゃん達が割って入る。それに、エルマンノはいやぁ、とニヤけると、アリアが息を吐く。


「ライラちゃんと仲直り出来たんだ。良かった。また私ハブられたけど」

「いや、アリアのお陰で俺は前を向けたんだ。ハブってないぞ」

「はいはい、そーですか〜」

「信用してないな?な?オリーブ、アリアに言ってやってくれ」

「うん!アリア、、私、アリアの事好き!だから、ハブるとか言わないで!」

「えっ、、今、オリーブ、って、」


 オリーブの言葉に、頰を赤らめながらも、エルマンノのその呼び方に声を漏らす。すると、エルマンノは微笑みながらアリアを見つめると、そこからオリーブに視線を移動させる。と、対するオリーブは意気込む様に一度頷くと、皆に向かって放った。


「私っ!オリーブって言います!お兄たんがっ、つけてくれたんです!今日からはっ、オリーブって、、呼んで、、欲しいです!」


 そう放ったのちオリーブは、満面の笑みを皆に向けた。


          ☆


「お邪魔するぞ、妹よ」

「はぁ、、その様子じゃ上手くいったみたいね、」

「ああ、おかげさまでな。...って、、髪はもう乾かしたのか?」

「まだ乾かして無かったらカピカピになるけど、」

「うわ、、見逃した、」

「何で見たいわけ、?」


 その後、続けてフレデリカの実験室に顔を出すと、エルマンノはそう呟き項垂れた。


「それで?雨は克服出来そう?」

「ああ、、分からないけど、、少なくとも雨の見方は変わったはずだ。約束もしたしな。また雨降ったら一緒に歩こうって」

「それで今度はずっと雨が降らなきゃいいけど、」

「そうなった時はまた晴れの良さを教えて調整するよ」


 フレデリカが本を読みながら淡々と返すと、エルマンノもまたいつものトーンで返す。


「でも、あんたと歩くだけで喜ぶなんて、、相当ブラコンな子になったみたいね、」

「ああ、、嬉しい限りだ」

「それで雨がいいものになるって、、やっぱり、どんな種族でも、心の奥は単純なものなのかもね」

「そうかもしれないな。それに、今日は続けて妹とデートに行くんだ」

「はいはい、良かったわね」


 エルマンノが嬉しそうに話すと、フレデリカが呆れた様子で放つ。それに。


「ああ。って事で、市場に行こう」

「は、?何、え、私も、!?」

「ああ。言っただろ?"妹"と、って」

「私はいいから、」

「そうは言っても、もうみんな外で待ってるぞ」

「は!?」

「お兄た〜ん、まだ〜?」

「早く行こうよ!師匠!」

「今度は遅刻の心配はない。直接来たから送料無料、手数料無しだ」


 エルマンノが放ち、ドアを開けると、外から二人の声が響く。それに、フレデリカはため息を吐く。


「三人で行けばいいでしょ」

「いや、そこは全員がいいなぁ。そう、オリーブも言ってるぞ?」

「フレデリカ!一緒に、、行こ!」

「...」


 勇気を出して、純粋に放ったであろうオリーブのそれに、フレデリカは。


「はぁ、ほんと、、最悪、」


 そう呟きながらも、席を立った。


「分かりやすいな」

「はっ倒すよ?」

「今日は、お兄たんが買ってくれるの!」


 実験部屋を出て家の鍵をかける中、フレデリカに対して元気にオリーブは放った。と、それにフレデリカは振り返り、歩き始めながら問う。


「へぇ、何を?...まさか、変なものじゃないでしょうね?」

「ああ、ボール。買うって約束したからな」


 エルマンノが、フレデリカに変なものとは?と小さく呟きながら、そう返すと。オリーブは歩きながら振り返って、笑顔で頷いたのだった。


「うんっ!」

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