第15話「妹の大切なものは、兄の大切なものだ」
「すみませーん!誰かいま、、うわあっ!?び、びっくりしたぁ、」
「お、おやおや、、大変申し訳ございません。先にいらっしゃっているとは、」
「あ、いえいえ!その、私も今来たところで、」
神社の正面から現れた村長に、アリアは目の前に居たこともあり、驚愕し退く。
「そ、そうですか。...おや、エルマンノさんの姿が見えませんが、、今日はお一人で?」
「あ、いえっ!エルマンノはさっき奥の方見てくるって言ってたんですけど、」
「っ!...なるほど。では、入れ違いという事ですね。探して参りましょう。アリアさんも、ご一緒に」
「え、あ、はい!おじゃましまーす、」
アリアは突然の切り出しに首を傾げたものの、頷き村長と共に奥へと進むのだった。
☆
「...ひっく、、う、」
一人で散らかった残飯を掃除する、サラサラのストレートな髪から猫の様な耳を生やした、小さく可愛らしい巫女。そんな彼女の背後から、一人の怪しい男性が近づくと、突如何の脈略もなく地面の残飯を喰らった。
「っ、!な、なに!?」
「ん、、美味いな。アリアの料理に似てる、、あの時のを覚えてたんだな」
「え、、おに、いたん、?」
「ああ、おにいたんだ。ちょっと早めに着いたから、挨拶に」
背後から近づいた男性の正体、エルマンノは、目の前で涙目になるライラを見据え放った。
ーアリアの料理に似た食事、、そして、この有様。...はぁ、なるほどなー
エルマンノは僅かに察し、思わずため息を零した。
「え、あ、ごめんなさい!」
「ん?どうした?突然謝って」
「え、?いや、、わたしのせいで、、その、ため息、」
「さては何が悪いのかよく分かってないだろ?」
「えっ!?ご、ごめん、、ああっ、そのっ、も、申し訳ございません!」
頭を下げるライラに、エルマンノは優しく息を吐くと、頭を撫でる。
「顔上げてくれ。俺はお兄ちゃんだぞ?妹はもう少し兄に反抗的なもんだ」
「...へ、?」
「...」
顔を上げるライラの胸元。巫女服故に見てはいけなそうな肌が見え、僅かに目を逸らす。
「結構肌が見える巫女服だな」
「え、?」
「寒くないか?時期的にまだ結構寒いだろ」
「そ、、それは、大丈夫、」
「そうか、」
エルマンノはそこまで放つと、"それ"を目の隅で見据え、一呼吸開けたのち目つきを変える。
「ライラ、、ちょっと、服脱いでもらってもいいか?」
「へっ!?」
「何平然とセクハラしてんの!?」
「ん?ああ、アリアか。合流出来て、、っ!」
エルマンノがやばい手つきでライラの服を脱がせようとしている光景を前に、アリアは思わず声を上げた。それに、微笑みながら立ち上がる、エルマンノだったがしかし。その背後から村長が現れ、眉間に皺を寄せた。
「あ、エルマンノさん駄目ですよ。勝手に上がっちゃ、」
「あっ!そうじゃん!エルマンノ、何勝手に人の家上がり込んでーー」
「ライラに、何したんですか?」
「はい?」
二人の声を遮り、エルマンノは鋭い目つきと声音で放つ。
「これは、何ですか?」
「これは、、ああ!溢しちゃったんですよ。それを、片付けてくれていて。...そうだよね?ライラ」
「っ!...はい、、そうです」
エルマンノが床の残飯を指差すと、村長はそう取り繕う。それを促されたライラが目を泳がせながらも頷く姿に、エルマンノは目を細め、アリアもまた何か悪いものを察し怪訝な表情を浮かべた。
「...そうですか。この料理、、ライラが作ったと、俺思うんですけど、、勘違いですかね?」
「おお、、それは、どうしてです?」
「俺の家でライラと食べた食事にそっくりです。俺の考察ですけど、昨日貴方は一つの料理の作り方をライラに詰め込んだ。それで今日の朝実戦だったんでしょうが、ここで教えられたものよりも、俺の家で食べた料理が魅力的だったライラは、僅かな反抗心を胸に、その料理を作った。そして、それに怒った村長が激怒し、それに恐怖したライラが料理を落とした。そのため、それをライラに掃除させた」
「面白い考察ですね」
「すみません。俺、考察厨なもので。悪い癖なんですけど。...あと、それに、"だから自分がやった事だろ?早く片付けろ"って、言ってたんじゃないですか?」
「っ!」
エルマンノが間を開け付け足したそれに、村長は僅かに目を動かす。と、それに続いて、エルマンノはまたもやしゃがみ込み、ライラの服に触れた。
「悪いな。ちょっと、いいか?」
「え、、ぬがすの、?」
「ああ。前は一緒にお風呂入ってたじゃないか」
「存在しない記憶出さないで、」
驚愕するライラに真剣に放つエルマンノ。その隣で、アリアが呆れた様に息を吐くと、改めてエルマンノが口にする。
「大丈夫だ。別に全部じゃ無い。少し、見せて欲しいんだ。...例えば、、腹とか」
「っ!」
エルマンノがそう告げライラの巫女服を下から捲り上げて腹を見せる中、村長はどんどんと険しい表情へと変貌していった。
「これ、、痣ですよね?何でこんなところにあるんですか?」
「...知りませんよ。ここに来る前に、、付けられたんじゃ無いですか?」
「それ、違いますよ」
「っ」
村長がシラを切る中、アリアが割って入る。
「うちに来た最初の日。お風呂に入れたのは私です。...その時は、確かにボロボロで痣もありましたけど、エルマンノの回復魔法で大きな傷は治癒しました。こんな目立つ痣、無かったですよ」
「...」
「それと、話す語彙が突然増えたのも、、貴方が無理に教え込んだからだと思うんですけど。違かったらすみません」
「...はぁ。エルマンノさん、アリアさん。すみません、ちょっと、裏でお話しさせてくれませんか?」
これは告白か喧嘩か。恐らく後者だろう。エルマンノは目を細めながら、村長の話に頷くと、ライラに一度待っててくれと促したのち、二人で村長について行った。
「...ここなら大丈夫でしょう」
「それで?外まで連れて来て、どうするつもりですか?」
「...そんな身構えないでください。別に敵対意識はありません。少し、、お話ししたくて」
「拳で語り合うってやつか」
「違いますよ。ちょっと、喧嘩から離れてくださいエルマンノさん」
神社の裏に案内されたエルマンノ達は、村長を前に戦闘を覚悟した。がしかし。
「...ライラには、、辛い思いをしてもらわないと困るんですよ」
「...どういう事だ?可哀想は可愛いとかいう性癖の持ち主なんじゃないだろうな?」
「違いますよ。...この村の天候が、彼女の感情と比例する。以前に話しましたよね?」
「はい。にわかには信じられないですけど、、あんな偶然が重なるわけも、、中々無いですし」
「...つまり、あの子がいい生活に戻ると、"雨が一生降らなくなる"んですよ」
「「っ」」
「今まで過酷な状況下に居た彼女には、どんな生活も素敵なもので、どんな状態でも晴れか曇りにしかなりません。その中で、雨もまた降ってもらわないと、作物の関係上、困るんですよ」
「それで、、あんな事やったって言いたいのか?」
「はい」
エルマンノは、前々から感じていた違和感を、その一言で抑えきれなくなり、拳を握りしめた。
「ふざけないでください。前からずっと。村のためだとか、ライラのためだとか言って、、それを免罪符に使わないでください。本当に彼女の事や村のことを考えてるなら、もっと、他の方法を考える余地はあるでしょう。...悪いですけど、少し貴方が頭を冷やすまで、ライラは俺達が引き取らせてもらいます」
「なっ!?そ、それはっ」
エルマンノは、村長の言葉を無視し、アリアと共にライラのところに戻った。
「ライラ」
「へっ!?あ、おに、、たん、」
「ああ。今日はお兄ちゃんのところでお泊まりだ。帰ろう」
「え、、いいの、?」
「ああ。こういうのを、サプライズプレゼントって言うんだ」
「その、、ごめんなさい、」
「ん?ライラ、違うな。そこはごめんなさいじゃない」
「え、、あっ、あ、ありがとうっ!おにいたん!」
ライラの笑顔に、思わず口元が綻ぶ。なら早速と言わんばかりに、エルマンノは彼女の手を引き、アリアと三人で神社の階段を降りて行く。
「あ、、待って、、お掃除、、しなきゃ」
「それは明日でもいいんじゃないか?神社はライラのお家みたいなもんだろ?ライラは潔癖症か?」
「え?け、潔癖、?」
「綺麗好きかって聞いてるんだ」
「うーん、、綺麗なものは好きだけど、」
「なら、今日の夕方にでもみんなで掃除するか」
微笑むエルマンノに、手を引かれながらライラは潤んだ瞳で笑顔を作る。そうだ。ライラの好きな様にさせればいい。ライラも一人の人間だ。いや、正確には獣人だが。いや、神か?まあ、どちらにせよ、彼女を村のための道具にするのは間違っている。
そう思いながら、村を駆ける中、突如。
「あらライラちゃん!どうしたの?お出かけ?」
「あ、はい!おにいたんがっ!遊びに来てくれたんです!」
「そう!この方が噂のおにいたんね。良かったわね〜、ライラちゃん」
「うん!」
「え、?な、何語だ、?」
エルマンノは、突如村の獣族らしき人物からライラが話しかけられるのを聞いて、言葉を零す。
「獣族の言葉だよエルマンノ」
「そうか、なら発音変換魔法を使うか」
エルマンノはそう呟き、発音変換魔法を使用する。それはその名の通り、相手の言葉を理解出来る能力であり、自分の言葉を相手に合わせた言語に変換出来るものだ。似たものに意思疎通魔法もあるが、それは魔力を有するもの同士でないと出来ない、ソナーの様なものなので、今回はこちらを選択した。こんにゃくを食べなくても意思疎通が出来るのは、とてもありがたい。
「...あ、あの〜、すみません。自己紹介が遅れました。俺、ライラのお兄ちゃんのエルマンノと言います」
「ナチュラルにお兄ちゃんをステータスにしないでよ、」
「ああ、はい。存じ上げてますよ。村の復旧作業を手伝ってくださったとお聞きしてます。貴方は、、アリアさんで、よろしかったですか?」
「えっ!?あ、はい!」
後ろでツッコミが聞こえたが、どうやら村のお婆ちゃんは我々の事を知っていた様だ。と、いうか、ちょっと待て。
「アリアもまさか、発音変換魔法使えたのか?魔法使ってるところ見た事ないが、」
「え?私獣族語話せるよ?」
「高学歴、、だったのか、」
「凄く意外みたいな反応しないで!」
エルマンノが驚愕と、何故か絶望を見せて放つと、アリアは声を上げる。それと共に、ライラが獣族の人達と話している事にも疑問を覚える。同じ獣族なのだから当たり前だと思うかもしれないが、彼女は我々の言葉を覚えるのに必死だったはずだ。
と、そう思ったものの、ふと聖書に書かれていた、獣族にならば土地神の力故にテレパシーの様なもので意思疎通が出来るという話を思い出し、納得する。だからこそ、他の国の言葉を把握している村長は、そちらの言語を優先して教えていたのだろう。ライラは口で話してはいるものの、それが同時にテレパシーとして放たれているのだ。
するとそんな中、その獣族のお婆ちゃんはふと口を開く。
「ああ、せっかくですから、上がっていきませんか?」
「え?いいんですか?」
「もうちょっと謙遜しなよ!エルマンノ!」
「行きたい!」
「...ん?ほら、どうした?アリア。ライラには言わないのか?」
「う、、可愛いは正義だからいいの!」
「そうか、、俺も可愛くなりたいな、」
エルマンノはそんな欲望を口にしながら、先にお婆ちゃんの家に上がり込むライラに続いて、お邪魔しますと二人も上がった。
☆
「おお!ライラちゃん!」
「あっ!まるおじちゃ!」
「儂もおるぞ〜」
「もじゃおじちゃっ!おはよう!」
「今日も元気だね〜ライラちゃん」
「おにばあ!おはよう!」
中に入ると、どうやら四人ほど獣族のお爺ちゃんやお婆ちゃんが集まっていた。
「おお。なんだかテレビ番組みたいだな」
「何テレビって」
「こっちの話だ」
「エルマンノさん達も、丁度朝ご飯の時間なので、食べていってください」
「あ、悪いですよ。それに、こっちも、お弁当作って来ちゃいましたし、」
「ああ!そうだったの。そしたら悪いことしたわねぇ。お弁当三つ。きっと、ライラちゃんと三人で食べるつもりだったんでしょう?」
「そ、そうですね。でも、気にする事ないですよ、上がり込んだのはこちらですから」
エルマンノははにかみながらそう話すと、改めてライラに向き直った。
「ライラ。どうする?今日もお弁当持って来たんだけど、お婆ちゃん達の料理食べるか?」
「え!?う、うーん、」
「おやおや」
「悩んでるな」
「うーーーーーん、」
「どうする?」
「どっちも食べる!」
「おお!凄いなライラちゃん!」
「食べ盛りねぇ」
「そうか。...まあ、無理はするなよ?」
「うんっ!」
エルマンノは周りの皆が笑みを浮かべる中、同じく微笑んでそう放ったのだった。
☆
「ほら、ライラちゃん!この間の続き、かくれんぼやるかい?」
「うん!やる!おにたん!いい?行って来て」
「食べてから三十分の運動は待った方がいいらしいぞ」
「大丈夫だよ!行ってくるね!」
「なっ!?...ふふ、、妹らしくなったな、」
「何しみじみしてるの?」
朝ご飯ののち、お爺ちゃん達と庭に遊びに出たライラを見送りながら、エルマンノは微笑んだ。
「あ、私食器洗い手伝います!」
「ああ、いいんだよ。お客様なんだから」
「いえ!ここまでしてもらったんですから!それに、家でも食器洗いは私の担当なので!」
「そうかい?なら、お願いしようかね」
アリアとお婆ちゃんがそんな会話をしたのち、エルマンノはふと。ライラの方から視線をお婆ちゃんの方へと戻し。
「それで、、その、ちょっと言いづらい事なんですけど」
「ん?どうしたんだい?」
横で後片付けをしていたお婆ちゃんに、エルマンノは食器の片付けを手伝いながら恐る恐る口を開く。
「その、、ライラを、、引き取らせて欲しいんです」
「え、?どうしたの?これまた突然、」
「すみません。その、、実は、知ってるか分かりませんが、、ライラはその、村長に、」
エルマンノは、そこまで放ったのち、口を噤む。村長があんな事をした。それを、村の人に言っていいのだろうか。いや、言わなきゃいけない事だろう。事実を隠蔽する方が、村には良くない。筈である。だが、と。何故かエルマンノの口は、その先を告げることが出来なかった。
すると。
「ああ、、あの痣のことかい?」
「っ!やっぱり知って、」
「村長の事だろう?まあ、あれを見たらそう考えるのも無理はないねぇ」
「...もしかして、、知ってて、?」
「ええ。あの人はね、村の事を、本当に大事に思ってるお方なんですよ。だから、、ああいう強引な考えしか思い浮かばない。...いや、それしか、ないんだよ。きっとね」
エルマンノは、僅かに眉間に皺を寄せる。まさか、村の住人もグルなのでは無いか、と。そう思った、矢先。
「私も反対だったんですよ。全部を、一人が背負うのは」
「え、?...それは、、ライラのことですか?」
「ん?あー、それも勿論あるけどね、、一番は、村長じゃないかな?」
「は、?村長が、?」
「うん。村長はね、みんなが出来ないから、一人でその役目を背負ったんだよ。ほら、ライラちゃんの事、みんな可愛がってて、嫌がる事なんて出来ないから」
「でも、、だからって、」
「これはまだ最初。ライラちゃんに、恐怖の対象として、村長自らを記憶させなきゃいけないんだよ」
そこまで聞いて、エルマンノはハッとする。感情が関係して天候が変わる。だが、ここでの生活は楽しくて雨が降る事はない。がしかし、どこかで雨を降らさなくてはならない場面が来る。故に、雨が降って欲しい時に、彼女に恐怖を感じさせる人物を、一人用意する他無かった。そう言いたいのだろうか。
「でも、、あそこまでする必要は無いんじゃ無いですか!?」
「そうねぇ、、私も、そう言ったんだけど、」
「クソッ」
思わず目を逸らし愚痴が零れる。村長も、完全な悪では無かったということだ。
「クッ、、やりづらいな、」
どうするべきなのか。説得で何とかなるのか。いや、村の人の説得で動かなかったのだ。それは不可能だろう。なら、どうやって。
エルマンノは、食器を台所に置くと、顎に手をやり悩む。
「あははっ!まるおじちゃみつけたー!」
「おー、見つかってしまったわい!」
「...」
この老人達は猫をかぶっていると一瞬疑ったが、あのライラの姿を見ていると嘘を言っているようには思えなかった。みんな、ライラの事を考え、優しく受け入れてくれている。彼女にとって、村の人達もまた、心のゆとりであり、拠り所なのだろう。
だからこそ、この村を放っておくわけにも、いかなくなった。
「わぁっ!?」
「「っ!」」
と、瞬間、アリアが手を滑らせ洗っていた食器を一枚割ってしまった。
「ごっ、ごめんなさい!」
「失礼しましたぁーっ!」
「お店じゃ無いよ!その、、本当に、、ごめんなさい、、弁償しますから、」
「ううん、お気になさらず。失敗は誰にもある事ですから。それに、お客様にやってもらっている時点で、私も頭を下げるべきでした」
「そ、そんなっ」
「ドジっ子属性に固めるつもりなのか?」
「属性とかじゃないから!」
「まあ、、大丈夫です。俺の魔法で、、多分無機物も回復出来、、っ!」
エルマンノはいつも通りに割れた食器を魔法で戻す。それをしながら、ふと。
「...その、お姉さん」
「おや、私のことかい?」
エルマンノはゆっくりと立ち上がりながらお婆ちゃんの方へと視線を向け真剣に放つ。それに僅かに嬉しそうにしながら頷くお婆ちゃんに、エルマンノは告げる。
「雨が、、降れば、いいんですよね?」
「え、?」
「ライラに問題があるのは、今のところ雨が降らなくなってしまうという可能性がある点ですよね?」
「うーん、まあ、そうだねぇ」
「なら」
エルマンノはそこまで言うと、真剣な表情で帰る支度を始めた。
「えっ!?どうしたの!?エルマンノ!」
「ちょっと急用を思い出した!ごめんなさいお姉さん!色々とありがとうございました!これ!今日家でみんなで食べます!」
「はい。また来てね」
「ちょっ、エルマンノ!」
「アリアはまだここに居ていい。それと、ライラもだ。だから、彼女の事、見ててやってくれ」
エルマンノは食べなかった昼食をパックに包んだそれをもって玄関を開けながら、後を追うアリアに振り返る。
「じゃあ、エルマンノはどうしーー」
「俺は、妹も、妹の大切なものも、全部。守り切ってやる!それが、お兄ちゃんってもんだ」
エルマンノは力強くそう放つと、駆け足でその場を去った。すると。
「ん、?おに、いたん、?」
その走り去る気配に、ただ首を傾げ振り返る、何も知らないライラであった。
☆
「はぁっ!はぁ、、いるか!?フレデリカ!」
「...そんなに焦ってどうしたの?新しいあの子の引き取り手が見つかったとか?」
エルマンノは、ただ一心に。行くならばあそこしかないと。フレデリカの調合室に顔を出した。
「いや、まだだ。だけど、一つお願いがあって来た」
「これが、また頼むってやつ?」
「ああ、話は後だ。頼む、あの時の、魔力量を高める魔薬を出してくれないか?」
「魔力を高める、?また何かと戦うつもりでいる?」
「いや、戦う可能性があるのは村長だけだ。村長相手にバフかけたら一方的になりそうじゃないか?」
「なら、何に使うの?貸す以上、理由は聞かせてもらうから」
フレデリカの真剣なそれに、エルマンノはバツが悪そうに目を逸らしたものの、一度息を吐いて頷くと、同じく真剣に理由を口にしたのだった。
☆
「はぁっ!はぁ!ま、待たせたな、」
数分後。ライラの居る、先程の民家に息を切らしながらエルマンノは現れた。
「あ、おかえり!突然飛び出すからびっくりしたよ。どうしたの?用事は済んだの?」
「ああ、向こうの用はな。今から、こっちの用事を片付けるところだ」
「こっち、?」
「はぁ、、ほんと、また馬鹿な事しようとしてる」
「え!?フレデリカッ!?珍しいね!来てくれたんだ!」
「ああ、フレデリカさん。これはこれは」
「っ」
家からアリアが飛び出し、エルマンノに駆け寄ると、その背後からフレデリカが呆れ顔で現れ、驚愕と喜びの表情を溢れさせる。そんな中、家の裏庭から村長が現れ、エルマンノとフレデリカは目を見開く。
「何でここに居るんですか?」
「いや、、先程のことについて、きちんと話をさせていただきたく思い、やって参りましたところ、エルマンノさんがいらっしゃらなかったため、ここでゆっくりとさせてもらってました」
「あれ、?村長さんフレデリカの事知ってたんですか?」
「貴方が私に押し付けた時に聖騎士からの事情聴取で一緒になったの」
「あ、、その、、その節は、ごめんなさい!」
「別にいいから。その話はあの時で解決したでしょ?」
「それにしては根に持ってる言い方だったな」
「何か言った?」
「いえ、」
アリアもまた距離を取りながら村長に疑問を投げかけると、フレデリカが声を低くして割って入る。と、そんな掛け合いをしたのち、部屋の奥からライラが顔を覗かせる。
「お、、おに、いたん、」
「ライラ、、大丈夫だったか、?」
「大丈夫も何も、楽しく遊んでいたんですよ。ね?ライラ」
「っ!...は、はい、」
「...」
その反応、やはり恐怖対象にするという作戦は、上手くいっている様だ。エルマンノは怪訝な表情を浮かべながら一歩近づいた。
「その、村長。話、聞きました。それでも、やり過ぎじゃないですか」
「...ははは、エルマンノさん。話を聞いたのなら、ここでその話をするのは野暮というものですよ」
確かに、ライラに恐怖対象として植え付けさせるのが目的であるのならば、彼女の目の前で裏側の話をするのは野暮というものだろう。だが。
「...俺は、何でそこまでするのか聞いてるんですよ」
「はぁ、だから、、私の話、分かってます?」
「分かってますよ。だから、こうして俺は戻って来たんです」
「どういう意味です?」
「...あんた、どうするの?村長が居て、、ここでするつもり?」
「ああ。寧ろ言い逃れ出来ない様にしてやる」
エルマンノは、小声で耳打ちしたフレデリカにそう返すと、目つきを変えて彼女の手に持っていた魔薬を受け取る。
「え、、エルマンノ、?それって、」
「お、、おにいたん、、どうするの、?」
「待ってろ、ライラ。俺が、救ってみせる。ライラも、ライラの、大切な人達も、ものも、そして、この村自体も」
エルマンノが最後にそう付け足し村長に目をやると、彼もまた目を僅かに見開く。と、瞬間。
「んっ!」
「っ!」
その魔薬を、ゴクゴクと。飲み始め、次の瞬間には。
「んん!」
飲み干した。
「嘘っ!?大丈夫なの!?エルマンノ!」
「エルマンノ、、大丈夫、?」
「ああ、、これくらい、平気だ」
震え、頭を押さえるエルマンノに、その薬の正体に覚えのある二人、アリアとフレデリカが慌てて声を上げる。それに、ニッと。笑ってそう告げると、その矢先。
「スリップムーブ」
「「えっ!?」」「なっ!?」
エルマンノがそう呟いたと同時、彼の姿が消える。その当然の事に、アリアとライラ、村長までもが目を疑い声を上げると、対するフレデリカが。
「...向こう」
「「「え、?」」」
三人は、フレデリカの指さす方へと視線を向ける。その先は、ライラの神社。あの長い階段の上で手を挙げる、エルマンノの姿があった。
「あ、あれ、、エルマンノ!?」
「ど、、どうやったんですか、?」
「魔力がもの凄く上がってる。...僅かな距離を瞬時に移動するスリップムーブも、あの膨大な魔力を持ってすれば、瞬間移動になるってこと、」
フレデリカが自身もにわかには信じられないと言うように眉間に皺を寄せながらそう口にすると、刹那。
神社から、大きな雨雲が現れ、村を包み込む。
「な、、これはっ」
「おにいたん、、まさか、」
村長が声を上げる中、ライラは目を剥く。
と、瞬間。
「見てろ!ライラ、村長!俺が、全部復旧してやる!」
そう叫び、その村にはーー
「スプラッシュメテオッ!」
ーー大粒の雨が降り注いだ。
「きゃっ!?」
「おお、突然の雨じゃな、」
「ああっ、皆様!早く中に!」
突然の土砂降りに、アリアが声を漏らすと、その音に反応して中からお爺ちゃんとお婆ちゃんが現れ皆を中に入れる。
そんな最中。
「え!?フレデリカ、どこ行くの!?」
「エルマンノのとこ!あいつ、多分魔力使い切って倒れてるはず!」
「っ!私も行く!」
「ああっ!ちょっと!どこ行くんだい!?危ないよ!」
そんなお婆ちゃんの声を聞き流して、二人は真剣な表情で。神社へと向かった。
☆
「おお、、止んできたようじゃな」
「珍しい雨だったね」
あれから一時間弱。降り続いた雨は止み、お婆ちゃん達はそう言い合った。
「...珍しい、じゃないだろう、」
「ん?どうなさいました?村長さん」
「ここは、、どんな村か、分かってるだろう」
「「...」」
表情を曇らせて放つ村長の言葉に、家に居たお婆ちゃん達は口を噤む。きっと、心のどこかでは分かっていたのだ。
と、それとは別の部屋で、意識のないエルマンノは、突如朦朧とした意識の中その感触に気付いた。
ーん、?これは、、膝枕!?何という至福。...妹に膝枕なんて、ランキングの上位だぞ。誰だろうか、、アリア、?フレデリカ、、はないな。ライラか、?ー
エルマンノはそれを考えながら意識を取り戻すと、ハッと。目を見開く。と、その先には。
「おお。起きたね」
「いやお姉さんですか!?」
エルマンノは飛び起き距離を取る。
「も〜、照れちゃって」
「いや、、と、突然のことで」
エルマンノは冷や汗をかきながら、そのお婆ちゃんに笑みを送る。そこに居たのは、村長の事を教えてくれたお婆ちゃんであった。すると。
「おにいたん!おにいたんっ!ひっく、、よかった、、よかった、、」
「...ライラ、、ごめんな。心配かけて、」
「エルマンノ!」
「おお、アリアも、ごめん。心配かけてーーっ!?」
隣で座っていたアリアは、突如エルマンノにズカズカと詰め寄ると。
胸に顔を埋めて涙を流した。
「馬鹿っ!心配させないでよ、」
「...アリア、、っ、悪かった、」
エルマンノは、その反応に歯を食いしばると、優しくも申し訳なさげな表情で小さく放った。
「フレデリカも、来るか?」
「いや行かないから。でも、元気そうで何より。起きたなら、私帰るから」
「えぇ、なんか冷た過ぎません?温度差で風邪ひきそうなんですけど」
エルマンノはそう言いながらも、フレデリカの、階段を急いで登った際に転んで出来たであろう足の傷や、彼を運んで来たがために出来た腕の痕、そして、服をこの家のものに着替えていたことから、思わず微笑む。
「何?キモい」
「いやぁ、ツンデレだなと」
「はっ倒すよ?」
フレデリカが呆れ気味に大きくため息を吐き部屋を後にすると、エルマンノに改めてお婆ちゃんが口を開く。
「ありがとう」
「え、?」
「みんな助ける。それは、、こういう意味だったんだね。ありがとう、これで、誰ももう苦しまなくていいよ。ライラちゃんも、悪役だった村長さんも、この村も。雨の心配がなくなって」
「っ!」
「いえ、そんな、」
お婆ちゃんの言葉に、エルマンノは苦笑を浮かべながら答えると、その中で。
ライラは、目を見開いて、絶望の色を浮かべた。
「ん、?ライラ、、どうした、?」
「えっ!?あ、うん、、ちょっと、お手洗い、」
「おう、ゆっくりでいいぞ」
「ぐすっ、、オリ、、ライラちゃん、、お手洗いとか言うんだね」
「お前はライラをどんな風に思ってるんだ。後、泣き止んだ後の第一声それなのか」
アリアとエルマンノが会話する最中、部屋を出て隣の廊下で、ライラは崩れ落ちる。
「おにいたんは、、私のために、、私のせいで、おにいたんは倒れたんだ、、私が、、私が、、雨、降らせなかったから、」
廊下のライラが蹲った瞬間、快晴だった空に、雨雲がかかった。
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