第14話「妹と喧嘩」

「オリーブ、」

「んー、?」


 対するオリーブは、いつもと変わらず何も分かっていない様子で、首を傾げた。それに、エルマンノは表情を曇らせながらも笑顔を作る。と。


「その話、詳しく聞かせてもらえますか?」

「え?」


 その場に居た、聖騎士の方に、村長もまた声をかけられる。こうなったら、村長も道連れだ。

 数名の聖騎士を前に、断る事も出来ず、村長もまたエルマンノと同じく聖騎士の方々と同行する事となった。


          ☆


 とある城の様な場所に連れてかれた一同は、それぞれエルマンノとフレデリカ。オリーブ。そして、村長が個別で取り調べを受けた。エルマンノは不法侵入、建物の破壊、違法地区の探索など。更には森に火を放ったことについても聞かれた。あれ鎮火出来てなかったのかよ、ちくしょう。

 と、色々とやらかしていた事もあり、少し話が長くなったものの、嘘を交えた言い訳の力もあり、極悪犯を捕らえた事によって見逃してもらった。


「はぁ、、漏らすところだった」

「漏らすなら外でやって」

「羞恥プレイの趣味はない」

「そういう意味で言ってない。言うほど長く無かったでしょ?トイレ近くない?」

「いや、ちびりそうだったって話だ」

「聞かなきゃ良かった」


 エルマンノが、応接間とは名ばかりの取り調べ室から出て来ると、それを待っていたフレデリカが呆れた様に口にした。


「それで、?オリーブは?」

「まだ取り調べ中。とは言っても、話せる状態じゃないって判断されてる。まず、話せないし、記憶もないんだから、当然ね」

「...あまり、、追い詰めないであげて欲しいな、」


 フレデリカの言葉に、エルマンノが目を逸らしてそう放つと、奥から村長が現れる。


「...どうも、」

「ああ、居たんですか」

「居ますよ」


 そんな軽い会話をしたのち、村長は本題へと入る様に目つきを変えてエルマンノに話し出した。

 その内容は誘拐事件の事であり、取り調べで話した内容を一通り口にした様だ。

 十数年前。あの村に代々伝わる、神の血と呼ばれる血が流れる一家。神獣一族に、一人の娘が産まれたという。その娘にはライラと名付け、先立たれた父の分まで、母が女手一つで育てていたという。勿論、母もまた神の血が流れているため、その時は母があの神社の巫女をしており、神と毎日繋がっていたという。そのため、忙しい母に代わって、村長を含めた村の人々が子育てを手伝っていたというものの、そんなある日。

 突如、ライラは姿を消した。

 それからは一転。村には雨しか降らなくなった。それは神の力を持つ母が、行方不明となったライラの事を考え、寝たきりになってしまったからである。

 村の人々は皆懸命に捜した。がしかし、ライラを見つける事は出来なかった。どうやら、あの真実の水に関しては本当に知らなかった様だ。

 それから数年後。母は大きなストレスと神の力に耐えきれなくなり他界。村の土地神の血筋はここで途絶えた。そう思われていたが、しかし。


「そしたら、、俺を追って来た先に、そのライラが居たわけか、」

「そういう事なんです、」

「...つまり、行方不明になった理由は、誘拐だったと。現在の状況、そして、生きていた事によりそれを確信した。そういうわけですね」

「はい、」


 フレデリカの呟きに、村長は頷く。それに、エルマンノは深く息を吐くと、視線を下げて呟く。


「ずっと、、初めて会った時みたいな檻の中で、、苦しかっただろうな、」

「あれがずっととは限らない。あいつらに渡る前にルートがあった可能性が高いし、まず、土地神だと知れ渡るのにも時間がかかるだろうし。...でも、結局はずっと不自由だった事に変わりはないのかもね、」


 フレデリカもまた目を逸らす。三歳からずっと檻に閉じ込められ、生活を奪われた。実験の材料にされ、利用され、金儲けに使われ。そして、知能が三歳で止まったまま、彼女はここに居るのだ。


「クソッ!」


 思わずエルマンノの口からはそんな言葉が飛び出す。今までのオリーブの環境を考えると、苦しくて堪らなかった。思わず握りしめた拳で近くの壁を殴ろうとしたものの、ここは城である事を思い出し慌てて手を引っ込める。すると。


「その、、そこで、エルマンノさん達にお願いがあるんです」

「え、?」

「私、色々考えたんですよ。そして、決めました。...ライラを、我々の村に、戻したいんです」

「「っ」」


 考えながら放たれた村長のそれに、エルマンノとフレデリカは目を見開く。確かに、生まれ故郷だ。そこに戻った方が、いいだろう。だが、それでも。


「...オリーブは、、渡せない」

「っ!?何故です!?」

「あんた。もう少し考えたほうがいい」

「え、?」

「よく考えてみて。あんた、親が戻って来た時にどうするの?どこかに預けるの?そこが安全か確証が無いかもしれないのに?...そんなの、あの子は、望んで無いと思う」

「...」


 目を逸らした。そんな事、もうとっくに分かっていた。だが、心がそれを許せなかった。妹との生活がしたいから、では無く。


「だが、、オリーブの事を考えるなら、それも違う気がする」

「な、、何故です、?」

「母が居ない村。貴方のことも、、その、悪いようですけど、覚えていなさそうでした。そんなところに戻って、、オリーブは、幸せなんでしょうか、?」


 エルマンノは、真剣にそう口にする。と、対する村長は、至って冷静に返す。


「ええ。その事も、考えました」

「え?」

「ライラは、本当に村に戻していいのか。エルマンノさん達と居た方が、彼女にとってはいいのでは無いのか、と」

「なら、」

「ですが、、私は村長。ライラだけの事を考えるわけにもいかないのです」

「お、オリーブの事だけ、?」

「ええ、そうです。つまり、私は村を背負っているわけです」


 村長はそう前置きをすると、目を一度瞑り、ゆっくりと開けて告げた。


「つまり、あなた方と一緒に居るオリーブは、毎日が幸せだという事です」

「え、、いや、いい事じゃ無いですか!?それなら何故ーー」

「そうなった時、どうなると思いますか?」

「え、?」


 村長のそれに、フレデリカは何かを察したように表情を険しくする。それに、対するエルマンノは、意味が分からずに声を漏らす。


「あの子は神の力を持っています。つまり、ライラがずっと幸せであるという事はーー」

「っ!」

「ーーずっと、雨が降らないって事ですよ」


 エルマンノは、その前置きで気づく。雨ばかりの現在。晴れは良いものに思えるがしかし、これからずっとというと、話は別である。作物が育たなくなり、村が乾燥し、住宅も廃れていくだろう。


「ライラはずっと拉致されていました。なので、あなた方と過ごしているだけで、毎日が素敵で、幸せになると思われます。つまり、あなた方と一緒に居ては、ずっと我々の街には雨が降ってくれなくなるという事です」


 それが、村全部を考えた上での結論の理由か、と。エルマンノは目を逸らす。


「ねぇ、エルマンノ。こればっかりはどうしようもないよ。これは、私達だけの問題じゃ無いから。元居た村なら、あの子を知っている人も居るだろうし、神の末裔が一人しか居ない今、前よりも前例がある分警備も強化されるはず。だから、私達は村に遊びに行く程度にして、あの子は、村に戻した方がいいと思う」


 この時が来るのは分かっていた。だが、と。エルマンノは手が震え、口が震え、歯を食いしばる。だが、それでも。


「それも、、そうだな」


 オリーブの幸せを願いたい。それでも、それだけを貫く事は、難しいだろう。現実的な結論を導き出したエルマンノは、フレデリカのそれに、歯嚙みしながらも頷いた。


「それではっ、、ライラを、戻してくれるんですか、?」

「分かりました。でも、俺もたまに遊びに行きますよ」

「はい。それは、いくらでも、」

「っ!おにいたん!」

「っ!」


 結論を村長に告げた直後、取り調べ室からオリーブが現れ、こちらに走って向かう。それに、エルマンノは胸の奥が締め付けられながらも、笑顔を作った。


「オリーブ、、大丈夫だったか?」

「うん!こわい顔のおじさんいっぱい居たけど!」

「私の事ですか?」

「おお、これは迫力があるな」

「でしょ?」


 オリーブの背後から、彼女の取り調べを行っていた聖騎士の方が現れる。今回は我々が何かを行ったわけでは無いため、取り調べだけで解放される事となった。オリーブもまた、国で保護する対象として認定され、聖騎士からも村に戻すように告げられた。


「エルマンノはこのまま収容された方がいい気がするけど」

「やめてくれ。普通にギリギリだったんだ」


 本来であれば捕まっていただろう前歴を思い返し、エルマンノはフレデリカの言葉に笑えないと呟く。

 その後、聖騎士の方に案内され城から出た一同は、それぞれの場所へ戻ろうと足を踏み出す。


「...オリーブ、、ごめんな。オリーブとは、、ここでバイバイなんだ」

「バイ、、バイ、?」


 オリーブはいまいち意味が理解出来ずに首を傾げる。その様子に、エルマンノは表情を曇らせながら頷くと、僅かにしゃがんでオリーブの目の高さに合わせる。


「オリーブは、、故郷に帰るんだ。元々居た、住んでたところ」

「すんでたところ?」

「そうだ。そこはな、オリーブみたいに、耳が頭から生えてたり、力が強かったりする、同じ様な人達が住んでるところなんだ」

「わたしと、、同じ、?」

「そう。だから、、これからは、このおじちゃん達、オリーブと同じ様な人達と暮らすんだ。...大丈夫、俺も、顔を出すから」


 伝わっているかは分からなかった。それでも、エルマンノはそう伝え、村長に促した。


「じゃあ、、後はよろしくお願いします」

「はい。ありがとうございます、!」

「じゃあ、、明日な。オリーブ」

「...おにいたん!」

「っ!」


 やはり、分かっていなかった様だ。踵を返して歩き出すエルマンノ達を追いかけ、オリーブは寄って来た。


「駄目なんだ。オリーブは元々その村の子だから。...俺達と、、ずっと一緒は駄目なんだ」

「だ、、だめ、?」

「ああ、、ごめんな」


 エルマンノは涙を見せないためにも、すぐに振り返り歩き出す。

 だが。


「何で、、なんでっ!やだ!おにいたん達とっ、、はなれたくないよ!」

「クッ、」

「やだっ!だって、、好きなの!おにいたんも!みんなも!あの、、ばしょが!」


 オリーブは、色々話せる様になったようだ。成長が早い。こんな普通に会話出来るようになるなんて。二日前には思ってもみなかった。楽しいだろうな。一緒に暮らし続けたら。毎日新たな発見を一緒にして、話が出来るようになっていって。反抗期などもくるのだろうか。


「なんでっ!...わたしもいくっ!なんでだめなの!?」


 だからこそ、エルマンノは。

 感情を抑えていた器が、崩れ落ちる音がした。


「駄目なものは駄目なんだよ!」

「っ!?」

「...駄目なんだ。オリーブ。君には凄い力があるんだ。俺達のとこに、、いちゃいけないんだ。俺みたいなやつのところにっ!」

「なんで、、わたしは一緒にいたいよ!やだ、、やだよ!...なんで、、おにいたん、、嫌いに、、嫌いになっちゃったの、?やだよ!嫌いにっ、ならないでよ!」


 必死だった。必死で叫ぶオリーブと同じように。エルマンノもまた、耳を押さえて走り出した。嫌われてもいい。嫌いになったんだと、そう思われても、構わない。恐らく、オリーブはそうしないと止まらないだろう。


「もっと、、もっと頑張るからっ!わがままいわない!てもあらう!ちゃんとっ!いわれたこと、、するからっ!だから、、お願い、、また、キャッチボール、、してよ、」


 オリーブの力はもの凄い。神の力なのか、獣族の力なのかは不明だが、強靭な肉体や力を兼ね備えている。だからこそ、村長が止める事は出来ないだろう。故に。


「クッ、」


 オリーブを、泣き崩れさせなくては、ならなかった。


「...あれで、、良かったの?」

「他に方法があったか、?」


 数分後。耳を塞いで走り切ったエルマンノとフレデリカは、森へと向かいながら会話を交わした。


「無かったわけじゃない。どうしてよりにもよって、、お互いが苦しむ最後にしたの?」

「...お互いが苦しまない方法。そんなの、、俺の家で暮らす事以外、、思い浮かばないんだ」

「はぁ、、ほんと、馬鹿。...明日、どんな顔して村に行くつもり?」

「はぁ、なんか、、重いな」


 喧嘩なんて、いつ以来だろう。正確には喧嘩では無いが、この気まずさはそれに該当する。

 久しぶり過ぎて、こんな時どうやって仲直りすればいいのか分からない。いや、仲直りして、いいものかどうかも分からない。


「...とりあえず、今日は一回帰って、、明日までに考えておく」

「そう。...まあ、頭冷やすのも大事だしね」

「ああ。それじゃあ、、今日は助かった。ありがとな。また、頼む」

「今度は何を頼む気なのかは聞かないでおく」

「そうしてくれ」


 エルマンノは、フレデリカの実験部屋の前で彼女と別れると、自身の家へと足を運んだ。


          ☆


「ただいま」

「あっ!エルマンノ!大丈夫だった!?どう、、なって、?」


 ドアを開けた先。パタパタと駆け寄るアリアは、そう声を上げたものの、そのいつもとは違ったエルマンノの姿に声を小さくした。


「ああ、、俺は何とか無事だったが、」

「オリーブちゃんはどうなったか聞いてるの!」

「少しは兄の心配をしてくれてもいいんじゃないか?」


 アリアの返しにエルマンノは息を吐いたのち、少し間を開け小さく告げる。


「オリーブも、無事だ。でも、村に戻す事にした」

「え、?何で、」

「元々、あの村の娘だったみたいなんだ。そこで誘拐されて、、それで俺達が見つけた。そういう事らしい」

「...そ、、そっか、オリーブちゃんにも、故郷があるもんね、」


 エルマンノと同じく、話は理解出来てはいるものの、不安や寂しさが勝っている様子だ。


「それにしても、何でフレデリカに頼んだんだ?面倒ごとは避けたかったとかか?」

「ちがっ!...その、、聖騎士のところには、、行きづらくて、」

「前世は犯罪者か?」

「は、犯罪者じゃ無いよ!」

「まあ、逆に壺買わされてそうな性格してるもんな」

「ムッカァ!それ全然良くないじゃん!」


 アリアの変わらない姿に、エルマンノは微笑む。明日も、なんとかなるかもしれない、と。


「よし。明日に備えて、今日は早めに寝なきゃだな」

「え?明日何かあるの?」

「オリーブのとこに行くんだよ。別に、会う事が禁止されてるわけじゃない」

「っ!そっか!」


 エルマンノの微笑みながら放ったそれに、アリアはぱあっと表情を明るくさせて笑顔を作った。


          ☆


「おーい。起きろ〜」

「う、、うーん、、後三度寝くらい、」

「せめて時間単位で言ってくれ」


 翌朝。エルマンノは早朝にも関わらず、容赦無くアリアを起こした。


「な、何〜、、まだオリーブちゃんも起きてないって、」

「違う。オリーブにお弁当作ってってやるぞ」

「え、」

「勿論、アリアがな」

「えぇ、」

「嫌そうだな」

「お弁当って食べる場所とか、時間帯とか考えて、時間が経っても美味しく食べられるよう計算して作らなきゃ駄目なやつでしょ?...正直、、まだ私にはハードル高い気がする、」

「もしかしてメスシリンダーで調理してる?」

「え?どういう事?」

「そこまで考える必要無いって事だ。いつも通り作って持ってく。オリーブは食べ盛りだからな。すぐ食べるだろう」


 エルマンノはそう言うと、早く支度して作るぞと促し、二人で調理を始めた。


「っと。いい感じに出来たんじゃ無いか?」


 中身は異世界の食べ物ではあるものの、どこかの卵を焼いたものや肉、野菜など。現世ではオーソドックスな卵焼きやベーコン、サラダを基準として作った。


「ほとんどエルマンノがやった気がする、」

「いや、前より上手くなったよ。アリアは」

「普段言わないからお世辞が下手になってるよ〜、エルマンノ」

「いや、本当に上手くなったよ」


 アリアの言葉を聞きながら、そのお弁当をぼんやりと眺めてエルマンノは微笑んだ。



 その後。三人分のお弁当を作り終わると、オリーブ含め三人で食べようと朝食を抜いて村へと降りた。


「おはようございます」

「おお、、早いな」

「あれ?早かったですか?...今の時間は、、あれ?ここも時計無いんですか?埋め立て地ですかここ」

「何を言ってるのかさっぱりですが、ライラに会いに来たんですよね?」


 村に着いたや否やそんな会話をしたのち、村長の言葉に対し、未だ雨が降っている事に目を細めながらも二人は頷く。


「では、神社へどうぞ」

「な、、まさか、」

「え、、またあそこ登るの、?」


 嫌な予感が脳を過る。あの無限階段地獄。あれをもう一度経験しなくてはならないのだろうか、と。


「なんかバグ技とか無いですかね」

「どういう意味ですか?」

「ちょっと腰を痛めてて登るのが難しいって話です、」

「大丈夫か?冷やさない方がいいぞ」

「ちがっ、これは登りたく無いからって意味でっ」


 アリアのフォローに、エルマンノは素っ頓狂な様子で素の反応を返す。と、対する村長は笑って歩みを進めた。


「大丈夫ですよ。今は掃除の時間ですから、階段の下を掃除している筈です」

「「掃除、?」」


 村長の突然の言葉に二人は見合わせ首を傾げる。

 その後、村長に言われるがまま着いて行くと、その先には。


「なっ!?」「えぇっ!?」


 眩し過ぎて直視出来ない様な、可愛過ぎる妹がそこには居た。

 そう。そこに居たオリーブは。

 巫女の格好をして、木で出来た箒で掃除していた。


「こ、これは、、俺のために、?」

「え、おに、、あ、ふんっ!」

「あぁ、、そんな、」

「え?どうしたの、?」


 思わず可愛いと。駆け寄りたくなったものの、エルマンノの姿に気づいたオリーブが踵を返し、心にダイレクトアタックされた。それを、今までの経緯を知らないアリアが首を傾げると、改めてオリーブに向き直った。


「オリーブちゃん!凄く可愛い!」

「あ、ありあ、、ありがとう!」

「凄いっ!なんか一日会ってないだけなのに凄い話せる様になったね!」

「うん!頑張った!おに、、あ、いや、アリアと、話せる様に、」

「ああっ!」


 顔を赤らめ目を逸らし言い換えるオリーブに、アリアはとうとう尊死してしまった様だ。誰かふっかつのじゅもんを唱えてくれ。


「オリーブ、更に可愛くなったな」

「ん、」

「...えーと、、その、ああ!今日、お弁当作って来たんだ。その、、悪かった。色々言いたい事があるんだ。食べながら、、話さないか?」

「...ふんっ」

「ごはっ!?」


 露骨に嫌がられている。妹に嫌われた。それは前代未聞の大ピンチである。


「え、何?エルマンノ嫌われたの?」

「うるさい、」

「妹から蔑められるのはご褒美じゃないの?」

「これは、、心にくる方のやつだ、」


 エルマンノは隅でしゃがみ込みながら小さく呟く。それに、アリアは息を吐きながらも、空を見上げ微笑む。

 そこには、先程とは真逆の、快晴の空が広がっていた。


          ☆


「ん〜!おいしい!」

「でしょ?私が作ったんだから!」

「アリアりょうり上手!」

「えへへ〜、、そこまでじゃ無いよ〜」

「さっきの謙虚な姿はどこに行った?」


 アリアが一緒にお弁当を食べようと誘うと、即答で食べる事になった。それ故に、ほぼ女子会の如く朝食が始まり、その隅でエルマンノは妹お弁当を口に運んだ。これが妹の作った弁当でなければ泣いていたところだ。助かった。


「あの、、すみません」

「え、?ああ。村長さん、まだ居たんですか」

「まだとは失礼な」


 突如、ぼっち飯を食らうエルマンノに、村長が耳打ちをする。


「その、、オリーブ、、では無く、ライラと、、呼んでほしいのです」

「え?いや、、でも、オリーブはそれで」

「この村では皆そう呼んでいます。ですから、変な噂になるのは困るのです」


 別の名前で呼んでいたら怪しまれるのだろうか。正直どちらでもいいのでは無いかと思いつつも、村の皆がそう呼んでいるならばと。エルマンノは頷いた。


「ありがとうございます、、申し訳ないです。...ライラには、、この村で、昔と同じ様に生活させてあげたいんです」


 それは、本当にオリーブの意思なのだろうか。自分達の都合を、勝手にオリーブのためだと正当化しているだけでは無いだろうか。色々、言いたい事は沢山あった。それでも、と。エルマンノは浅く息を吐いて、代わりに別の疑問を口にした。


「...それにしても、、何で巫女の服装にしてるんですか?オリ、、ライラは、神の部類なんですよね?それなら、崇拝される側だと思うんですけど」

「分かりませんか?その方が、可愛いからですよ」

「おお、性癖か。貴方とは一晩飲めそうだ」

「飲める歳じゃないじゃないですか」


 エルマンノがそう遠い目をしながらも微笑むと、村長は息を吐きながらも笑みを浮かべる。すると、エルマンノはよし、と。覚悟を決めた様に立ち上がった。


「...オリー、、いや、ライラ。その、ごめん。あんな言い方、して」

「っ」


 エルマンノの、その呼び方に、オリーブは僅かに寂しそうな表情をしたのち目を逸らした。


「ライラ、、また、明日も来ていいか、?」

「...」


 恐る恐る放つ、優しい声に、オリーブは。いや、ライラは、顔を背けながらも僅かに頷いたのだった。


          ☆


「何でオリーブちゃんのこと、ライラって呼んだの、?」


 帰り道、アリアは首を傾げながらエルマンノに疑問を投げかける。それに、息を吐きながら目を逸らし、バツが悪そうに返した。


「あの村では、、ライラと呼ばれてるみたいだ。それが本当の彼女の名前らしい。あまり、変に混乱させない方がいいらしいし、、また変に疑いをかけられるのも、良くないだろ、?」

「...そう、なのかな?」


 エルマンノが遠い目をして放つ。勿論村の話もあったが、一番はオリーブを含めた妹達が変に巻き込まれない様にするため。オリーブ呼びを続けていれば、いつか村の人達に、ただライラに会いに来ただけの人達とは思ってもらえなくなるだろう。面倒ごとに、これ以上アリアを含めた皆を巻き込むわけにはいかない。

 エルマンノは自分を納得させながら、家へと戻る。と。


「ん、?また手紙が届いてるな」

「り、両親から、?」

「みたいだな。...後三日で帰って来られるみたいだ。はは、みんな律儀だな。ここまで毎回手紙を送ってくれなくてもいいのに、」


 エルマンノは、その手紙を見ながら目を細める。親の知らないところで大事を起こしてしまっている罪悪感、そして、それを大きくさせずに、絶対に親を巻き込む事はしないという覚悟。それを、彼はその瞬間、心中に刻んだ。


「...」


 そんなエルマンノの背後で、僅かに寂しげに目を逸らす、アリアが居た。


          ☆


 翌朝、昨日同様弁当を持って村を訪れた。この日も変わらず、大粒の雨が降り続いていた。


「今日も弁当作戦だ」

「それでオリー、、ライラちゃんの機嫌が治るとも限らないよ?」

「胃袋を掴む事は、心を掴む事に繋がる。昔の人は、腹に心があると記していた程だ」

「あれ、胸じゃ無かったっけ?」

「ん?腹じゃ無かったか、?まあ、胸なら、胸を掴むしかないな」

「つっ、通報するよ!?」

「聖騎士のところには行きたくないんじゃ無かったのか?」

「う、、そう、だけど」


 エルマンノの指摘に、アリアは口を尖らせ視線を下げる。それに微笑むと、改めて村を見据えエルマンノは頭を掻く。


「にしても、、今日はお出迎えがないな」

「昨日より三十分以上前だよ?まだ寝てるんじゃないかな、?」

「巫女さんの朝は早いんじゃないのか?」

「職人みたいに?」

「そうだ。確認しに、とりあえず神社に行くか」

「え、、あれまた登るの、?」


 恐る恐る口にするアリアに、大丈夫だと付け加えると、エルマンノは歩き出す。それに疑問を抱きながらアリアは後を追うと、階段の前でエルマンノが手を差し出した。


「へっ!?手、握るの!?」

「なんだ?迷子にならない様に繋ぐのは恥ずかしいか?昔はよく握ってただろ?」

「変な設定付けないで!」

「昔はお兄ちゃんにべったりだったのに、、かなしいな、」

「それ誰、?」

「それで?手を繋ぐのは、恋人みたいで恥ずかしいのか?」

「いやそういう意味じゃ、!」


 アリアが赤面しながら放つと、エルマンノはそれを遮って話す。


「俺の瞬間移動魔法。それで、半分はショートカット出来るはずだ」

「えっ!?なら一回目からそれ使ってよ!」

「その時はまだ調整中だったんだ。繋がないと先行くぞ?」

「ちょっ!ずるいよ!」


 アリアが仕方なくエルマンノの手を握ると、瞬間。


「スリップムーブ」

「へ!?」


 階段の中間にまで移動した。


「はぁ、、はぁ、今の俺の魔力量じゃこれが限界だ。...ここからは自力で頼む」

「本当に出来るとは思わなかった、、て、エルマンノ大丈夫、?登れないんじゃないの、?」


 膝に手をつき息を吐くエルマンノに、アリアは不安げに放った。すると。


「いや、妹と手を繋げたんだ。このくらいの階段は一瞬で登りきってやる」

「なら、良かったけど」


 僅かに適当に返事をすると、アリアとエルマンノはゆっくりと階段を登って行く。

 その数分後。二人はとうとう神社の前に到達し、辺りを見渡す。


「巫女さんがいないな」

「オリ、あっ、ううん、ライラちゃん、、中かな、?」


 二人がそう交わすと、正面から神社の扉に声をかける。がしかし、返ってくる言葉は無く、二人で息を吐いたのち、後ろに広がった神社の奥の建物へとエルマンノは大回りをしながら進んで行く。

 すると、その建物の裏へ到達した。その時。


「ごめんなさい!ごめんなさい!」

「...ん、?」


 僅かに、叫んでいる様な声が聞こえ、エルマンノは五感アップ魔法を併用しながら聴覚を研ぎ澄まし、その声を聞き取る。

 と。


「ごめんなさい!ごめんなさいっ!」

「ごめんなさいじゃねんだよ!さっさと片付けろ!自分がやった事だろ?はぁ、、ほんと使えねぇな、、言葉もろくに話せねーお前を、教育してやったのは誰だと思ってんだよ!」

「す、すみません、」

「お前、、舐めてんの?申し訳ございませんだ。それも昨日教えたよな?」

「もっ、申し訳ございませんっ!」

「っ!」


 その声に、エルマンノは目を見開く。この声は、間違いない。


「そもそも、どん底のお前を救ったのは誰だ?」

「お、、おに、い、たん、、です、」


 ーーそこには、間違いなくライラが居た。


「だろぉ?なら、そのおにいたんに嫌われない様頑張んないと駄目だろぉ?そんなノロマで馬鹿で、、何も出来ないくせして仕事を増やす様な事してるから嫌われるんだ。今日も来るらしいな。それまでに階段の掃除は全部やっておけよ?」

「は、はい!」

「返事は一回でしっかり答えろよ間抜け!いいか?お前の母親はもっと頑張ってたんだ。お前よりも力があった。土地神の力を更に開花させるためにも、毎日努力しないといけないんだよ。分かるか?」

「はい、」

「ならさっさとやれ。俺は先に下に行ってエルマンノさん達をお迎えに行ってくる。俺が戻った時に階段の下にいなかったらまたお仕置き部屋だぞ?いいな?」

「はっ、はい!」

「ああ、後、手抜いたらタダじゃおかねぇからな。最後に階段一段一段確認させてもらう」

「は、、はい!」

「だから返事は一回で答えろよ!」

「はいっ!ごめっ、、申し訳ございません!」


 もう一人の声。それもまた、聞いたことがある。その男性がそれを言い終わると、神社の正面の方へと歩いて行く足音が、僅かながらに響いた。


「...ふざけんな、」


 雷鳴鳴り響く豪雨の中。エルマンノは、拳を握りしめ、目つきを鋭くしたのだった。

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