第10話「兄妹デート」

「なんで断っちゃったの?」

「いや、よく考えてみてくれ。俺達はただ単に妹達の食費を補うために一時的にパーティになっただけだ。それを、突然のお願いに乗っかって、また妹達に迷惑をかけるわけにはいかないだろ?まあ、この人が美少女だったら話は違ったかもしれないが」

「聞こえてますけど」

「悪い。獣族の耳がどっちなのか分からなくて」

「どっちだったとしても聞こえる距離ですよ」


 ギルドハウス内。突如駆け出しのくせして超級クエストをクリアした新生。我々を頼る他無いという様に頭を下げた獣族(男性)。にエルマンノはバツが悪そうにしながらも頭を下げた。


「た、、確かに、、クエストするには三人必要だもんね。...フレデリカにこれ以上迷惑はかけられない、」

「そういう事だ。申し訳無いですけど、他を当たってください。俺達だって、長く冒険者続ける気は無いんです」

「そっ、そこを何とかっ!村には可愛い娘も大勢居ます!助けて下さったら何なりと」

「何でも?」

「エ、エルマンノ、?」

「はい。何なりとお申し付けください。私村長をしている者で、紹介ならばいくらでも」

「ちなみに、何歳ですか」

「獣族は寿命が他種族とは違うのであれですが、人間の歳で考えるならば十三歳といったあたりが多いですかねぇ」

「やりましょう」

「ちょっと!なんか意味が違う方に聞こえるから!」


 突如目の色を変えたエルマンノに、その発言の危険さをアリアは声を上げツッコむ。


「ほんとロリコン」

「ロリコンじゃ無いシスコンだ」

「違いがよく分からないけど、」

「何?全然違うだろ。まず、シスコンはロリコンとは違い幼女である必要は無い」

「ならなんで年齢聞いたの、」

「あ、あの、、本当に手伝って下さるんですか、?」


 アリアとエルマンノの会話を割って、その男性が口を開く。


「はい。ですが、やっぱり妹を巻き込むわけにはいきません。だから、まずはその村の状況を見せてくれませんか?クエストを行う以外に解決法はあるかもしれませんし」

「っ!そうそう!エルマンノだったら、もしかするとお金無くても直せるかもしれないっ、です、」


 アリアを凝視する獣族の男性と目が合い、彼女は僅かに声を小さくして目を逸らす。どうやら人見知りだった様だ。予想外。


「い、いいん、、ですか、?」

「正直クエストをこなすよりも直に村の復旧作業した方が、俺的には楽ですから」


 エルマンノはそう微笑んで告げる。


「俺の手で拾える幸せなら、拾ってあげたいんです。案内してくれませんか?」

「...エルマンノ様、、はい!ありがとうございます!道案内は任せてください!」


 様付けにむず痒い感覚になりながらも、エルマンノは悪い気はしないため微笑みながら頷いた。


          ☆


 その後、その村へと案内され着いた。ものの。


「何だ?これは」

「えぇっ!?な、これはっ!何っ!何が起こったのですかぁ!?」


 長年雨が止まない村。洪水は日常茶飯。既に気候変動による天災でボロボロとなった街に、尚も降り注ぐ大量の雨。それが、この村であった。がしかし。


「クソ晴れてんじゃねぇか!」


 エルマンノは目を疑った。蒼穹の空。照りつける太陽。穏やかな風と丁度良い湿度が、肌を包む。


「騙したのか?」

「ちっ、違いますよ!今まではずっと大災害に見舞われていてっ!」

「本当に?」

「本当ですよ!」


 そうは言うものの、信じていないわけでは無かった。というのも、街は確かに良い環境とは言えない雰囲気で、外壁の損失や屋根に開いた穴。ボロボロになった道などを見ると、やはり長年災害を受けていたそれ相応の跡が見られるからだ。


「でも、、一体何で今日に限って、」

「まあ、良かったじゃないですか。とりあえず一件落着って事で」

「ちょっと待ってください!まだその理由が分かっていません!」

「俺は探偵じゃ無い。その原因はあなた方が探してください。それで原因が見つかって、それがあなた方で対処できないものなら俺を呼んでください。それか、また災害が来た時にでも言ってください」

「ちょっと!話が違うじゃ無いですか!?雨は止んでもっ!街の復帰をしなくていいというわけでは無いんですよ?」

「...まあ、確かにそれもそうか。なら、街の復帰作業だけはやって帰るか、」


 その男性の言葉に改めてそう考え直すと、エルマンノは建物の修復や、道の整地を能力で行うのだった。


          ☆


「で?これを貰ってきたわけ?」

「そうだ。獣族の毛。モフモフでたまらない。更に美少女の。ここポイントだ」

「...はぁ。あんたがシスコン馬鹿なのを通り越してただの馬鹿なのは分かったけど、それをどうして私に見せびらかしに来たの?」

「新薬に使えるかなと」

「あんた使えないの分かってて言ってない?」


 今日はいい事をしまくった。そんな気がするだけかもしれないが、そんな優越感を失う前にエルマンノは、村長からいただいた毛の塊を実験室で今尚新薬作りをするフレデリカに見せた。


「それにしても何で毛皮だけ貰ってくるわけ?もうちょっとそれを服にしてもらったりとか、寝具にしてもらったりとか、色々あったんじゃないの?」

「美少女の毛皮で寝具を作るだなんて破廉恥ですわねっ!」

「誰よあんた、」


 突如毛皮を抱き抱えながら僅かに距離を取るエルマンノに、フレデリカは呆れながらそうツッコミを入れた。


「まあ確かに、抱き枕作るのはありか。助言助かった」

「したつもり無いんだけど。...それで?アリアは?」

「先帰ってるって。元々村の復旧作業にも協力したかったみたいなんだけど、これ以上付き合わせるの悪いしな」

「それ、一緒にやった方が良かったと思うけど」

「ん?復旧作業?」

「そう。だってあの人、きっと自分のせいでみんなに迷惑かけてるって。凄く罪悪感あったと思うから。それ以上に罪悪感与えてどうすんの?」

「アリアは大丈夫だと思うけどなぁ」

「それはあんたが思ってるだけ」

「...」


 軽く返すエルマンノに、フレデリカもまた、いつも通り淡々と返したものの、それはどこか信憑性があって。だからこそ、エルマンノは目を逸らし、早めに家に帰ろうと席を立った。


          ☆


「帰ったぞ妹よ」


 しんと静まり返る家の中。エルマンノは眉間に皺を寄せる。最初こそ軽く流したものの、物音が聞こえない。それ故に、先程のフレデリカの話も相まって冷や汗を流す。まさか、またこのパターンなのか、と。

 エルマンノは慌てて家中を探す。


「アリア!?どこだ、?アリア!?帰ってないのかよ!?」


 今度は行き先の目星も立っていない。言うなれば、この家自体、いつでも抜け出していいのだ。まず、彼女の本当の家自体、知らないのだから。

 と、思った矢先。


「...はぁ、、駄目か、」

「ちょ、、ちょっと、、何叫んでるの?恥ずかしいよ」

「っ!アリア、」


 エルマンノの背後から、ふとアリアがゆっくりと現れた。


「何処に行ってたんだ、?」

「何処も何も、、トイレだけど、」

「大か?」

「それ異性に聞く!?」

「良かったな、久しぶりに出て。この間の食物繊維が効いたか?」

「はぁ!?も、もう!馬鹿!知らない!」


 アリアは赤面してそう叫ぶと、ズカズカとリビングの方へと姿を消した。


「...はぁ、、良かった、、か、?」


 エルマンノは小さくそう呟いた。別に、アリアにはアリアの生活がある筈なのだ。故に、いつでも帰っていいと、そう思うのだが。何故か、心の何処かで苦しかった。それが、今の一瞬で、分かってしまった。


「...アリア」

「ふん!聞こえないから!」

「聞こえてるだろ。...トイレ入っていいか?」

「っ!?なんで聞くの!?」

「え?いや、自分のすぐ後に入られるの嫌かなと」

「その配慮が逆になんか嫌、」

「悪い、妹あるあるだと思ってな。臭い吸収魔法でもかけとくから安心してくれ」

「どんだけ悪臭だと思ってんの!?」


 エルマンノはいつもの様にそんな会話をしたのち、少し間を開けてそう切り出した。


「...明日、市場に行ってみないか?」

「え、?どうしたの?突然」

「いや、あまり一緒に買い物とかした記憶ないな、と」

「まあ、、確かに、、でも、」


 その言葉に、アリアは酷く悩んでいる様子であった。何か市場はマズいのだろうか。トラウマでもあるのか、嫌な客や店員が居るのか。そんな想像の余地を出ない考察を繰り返す中、アリアは少し間を開けたのち息を吐いて頷いた。


「...うん!分かった。行こ!明日っ」

「そうか、初めての兄妹デートだな」

「どういう事、?あ、それと、フレデリカも誘わない?」

「ああ。フレデリカも妹だ。構わない」

「何で上からなのかは分からないけど、そうと決まればフレデリカに言いに行ってこなきゃ!」

「なら、俺も行こう。森を妹一人で歩かせるわけにはいかない」

「フレデリカにちょっかい出したいだけでしょ。それに、普段高確率で私一人で森歩いてるし」

「そうだったか?」


 アリアがそう放つと、エルマンノの問いにそうなのと返して家を飛び出した。これで少しでも気休めになればと。エルマンノはアリアの背中を見つめながら僅かに浅い息を零すと、鍵をかけ、同じくフレデリカの実験室へと足を踏み出したのだった。


          ☆


「...遅い」


 翌朝。アリアと、エルマンノとかいうイカれた妹オタクと共に市場へ買い物へ行こうと誘われてしまったフレデリカは、拒否をしていたのにも関わらず、律儀にも集合時間十分前には実験室の前で待機していた。がしかし。


「はぁ。朝早くから呼び出したくせになんなの、ほんと。このまま来なかったらあいつの家でも吹き飛ばしてやる」

「はぁっ、はぁ、、そ、それは、やめてくれ」

「...はぁ」


 フレデリカが拳を握りしめながら小言を呟くと、遠くから息を切らしてエルマンノが声を上げて現れた。


「...なんでその距離で聞こえたわけ?もしかして、普段から五感アップの魔力使ってる?」

「さ、流石は、、妹だ。よく、、分かったな。にしても、随分と独り言が大きいみたいですよ?気をつけた方がーーごふっ!?」

「余計なお世話」


 エルマンノが膝に手をつき屈みながらそう返す最中、フレデリカはそれを聞き終わるよりも前に上から足で踏みつける。


「ごっ、ごめんなさい!ちょっと、、その、二人して寝坊しちゃって、」

「はぁ。目覚ましとかないわけ?遅延証明書だしなさい」

「あ〜、それは、アリアが発行してくれると思うぞ」

「えっ!?ど、どうやって!?」


 遠くから同じく息を切らして現れたアリアと二人で崩れ落ちる中、フレデリカは見下す様にして大きく息を吐いた。


「まあ、もういいから。それに、これ以上踏んづけてもご褒美になっちゃいそうだし」

「よく分かったな。この頭は洗いません」

「洗え。不潔だから」


 そんな事を言いながらも、なんとかお許しを得た様で、三人で街に向かい始めた。


「でも、フレデリカ。そこは今来たところだが鉄板じゃないのか?」

「それ男側が言う台詞」

「今の世の中あんまりそういうこと言わない方がいいぞ」

「それを気にするなら自分の発言の方気をつけたら?そうすれば刑務所には入らなくて済むかもね」

「ご、ごめんね。私が、、気づかなかったばっかりに」


 エルマンノの切り出しにフレデリカが怒りを含めながらも淡々と返すと、アリアが申し訳無さそうに声を漏らした。どうやら、エルマンノの話によると、普段からアリアは寝坊癖がある様だ。


「別にいいよ。妹に起こしてもらうとばかり考えてるクズ兄が、起こしてあげないのが悪いんだから」

「ごふぁ!?」


 エルマンノはフレデリカの、言葉という名の矢で撃ち抜かれ思わずよろめいた。


「こういう言い方がこいつには一番効くだろうから。覚えておいた方がいい」

「へっ!?あ、うん!凄い、、凄いです師匠!」

「やめて。弟子は取ってないの」

「にしてはノリノリだな、」

「あんたは黙ってて」「エルマンノは黙ってて」


 ああ、かなしい。これが、兄離れというものなのだろうか。妹が多いと必然的になりやすい現象だろう。そんな妹の成長に涙が溢れる。これは、どちらの意味の涙だろう。

 と、そんな事をしている中、市場に到着した一同は、見たいところを周り出した。


「...薬草、、ちょっと見ていきたいかも、」

「相変わらず独り言が大きいな」

「独り言じゃ無いんだけど」

「行ってきていいぞ。フレデリカは一人の方がゆっくり出来るだろ?」


 エルマンノの言葉にジト目を向けるフレデリカに、彼女の性格を考えた上でそう提案する。それに小さく頷くと、フレデリカは薬草の店へと入って行った。


「うーん、、薬草の店に一人で入れるのはなんか危ない気もする」


 改めてその一文を考え直しエルマンノはそう呟く。と、対するアリアが隣で小さくなっている事に気づき、エルマンノは向き直る。


「アリアはどこが見たいんだ?」

「え?いいよ、、私は、」

「気にする必要ない。今日は元々アリアと来る予定だったんだ。自分のしたい事を言ってみてくれないか、?」


 エルマンノは、どこか罪悪感が消えていない彼女の表情に、恐る恐るそれを話す。すると、少し悩んだのち、小さく指をさした。


「...その、服、見たい」

「よし、あそこだな。行くか」

「えっ!?でも、あそこ、エルマンノが行ける様な場所じゃ、」

「なんか遠回しに侮辱された気がするが、問題ない。今は、億万長者だぞ?俺は」


 エルマンノはそう自信げに話すと、アリアの望んだ店へと入って行く。その様子を遠くから、薬草の店から見ていたフレデリカはゆっくりと近づきアリアの背中を押した。


「ほら、行ってきなよ。あのお店。あいつ一人で行かせたら通報されるよ」


 エルマンノが自信げに入って行ったのは、レディース向けの高級店。うん。これは通報されそうだ。


「で、でも、」

「はぁ、めんどくさいな。はい。早く行く!」

「え!?あ、うん!分かった!」


 フレデリカの後押しに、アリアはそう頷くと店へと入って行った。

 その後、フレデリカのお陰もあり、アリアはだんだんと乗り気になってきた様で、元気に買い物を始めた。

 が。


「あ!これも欲しいなエルマンノ!」

「...」

「こっちも可愛い!買って!」

「...」

「ああっ!あっちも捨てがたい、、ううんっ、もう!全部買って!」


 数十分後。既に誰だか分からない程に積み上がった箱を持ったエルマンノが、アリアと共に現れた。


「...ちょっとこれはやり過ぎじゃない?」

「俺の中ではご褒美です」

「何が、?」

「妹に買ってと責められる、、これ以上の至福はないな、」

「はぁ。どうやら体だけじゃ無くて、お財布の方もドMみたいね」


 エルマンノが微笑みながらそう言うと、フレデリカは呆れたように息を吐いた。


「...でも、これは、あまり良くないよな、」


 その中で、エルマンノもまた息を吐いた。勿論、思わぬ収穫として得た金貨が消える事を恐れてはいた。だが、彼女の頼んだ高級な服はどれも全て銀貨でのお会計だったため、その不安は小さかった。金貨がどれ程大きな硬貨かが身を持って分かる。

 だが、これは兄として見過ごせない。将来兄のせいで傲慢で、グレた妹が出来上がってしまったら、それは兄の責任である。故に、もうやめた方がいい。それを、遠回しに伝えようとした。その時。


「...え、、あれ、」

「...ん?」「え?」


 市場の奥を、三人で歩く中、アリアはふと、一つの店の前で立ち止まり、目を見開く。何かまた欲しいものがあったのか。フレデリカは呆れ、エルマンノはドキドキとしながらそこを覗く。

 と。


「っ!」


 そこには、以前助けた筈の、獣族の少女が、またもや檻に入れられていた。


「...嘘だろ、」


 エルマンノは慌ててその店の詳細を知るべく後退り、店全体を見据える。すると、その店は。


「...奴隷、店」


 そう、記されていた。


「な、なんでだよ、」

「ねぇ、エルマンノ。どういう事、?」


 アリアが驚いた様にエルマンノに駆け寄り、フレデリカもまた目を剥き近づく。


「はぁ、、ほんと最悪。どうやら、、騙されたみたいね。私達」

「え、?」

「凶暴化させられてた魔力を浄化する。...それはしてもらってる、とは思う。あの様子を見ると、以前とは比べ物にならない」

「確かに、、と、いうより、辛そうだ、」


 檻に入れられたその獣族の少女は、とても辛そうだった。それは、以前の様な凶暴になった中に見え隠れするそれとは違う。今度は完全に、ぐったりとした、見て分かる辛さであった。


「でも、あいつらの狙いは凶暴化した魔力を浄化して、故郷に戻す事じゃ無い。更に魔法で服従させて、奴隷として販売する事だった。そう考えると、妥当じゃ無い?」

「...信じたくは無いな、」

「私も、、エルマンノと違ってあの人に直接会ってるもん。...信じれないよ、」


 フレデリカの考察に、目を逸らす二人。ならば確かめるしか無いと。フレデリカは二人を促しその店へと入って行った。


「ちょっ!待てっ、怖いもの知らずの妹だな!」


 エルマンノは慌ててそう声を上げながら後を追うと、外に一人でいる事も怖くなったアリアは皆と一緒に入店した。

 と、そこには。


「なんだよ、、これ、」

「同じ境遇の子が、、いっぱい、」


 エルマンノとアリアは、それぞれ呟く。現実世界の動物も、似た様な事をされているのだろう。これがフィクションで収まらない事に、エルマンノは歯嚙みする。


「...こんにちは。覚えてる?私の事」

「...うぅ、」

「やっぱり、この間とは全然違う。この短期間で弱る理由も無いだろうし、私の考えが一番近いと思う」

「クソッ、」

「私は、、やっぱり信じたく無い、」


 目の前の獣族の少女は、変わらずぐったりとしており、我々の姿を見ても大した反応は得られなかった。一度檻ごとぶっ壊したエルマンノが目の前に現れたら、いくら凶暴化が浄化されていようとも反応の一つはする筈である。それに先程の考察が脳を過った二人は、拳を握りしめた。

 と、そこに。


「いらっしゃいませ。...おお!これはお目が高い。こちらの獣族の娘さん、昨日入ったばっかりで、、っ!」

「こんにちは店主さん。昨日ぶりですね」

「...ち、違うんです。これは、、その、」

「この辺に住んでるの察せなかったんですか?街で売ってたら直ぐにバレますよ」

「い、いやぁ、、その、見ない顔だったので、、っ、というか、その、ちゃんと凶暴化の魔力は払いましたよ。契約はその魔術の解除と、私が引き取る事。その後のことは、あなた方には関係ないと思いますが」


 淡々と。冷酷に話すフレデリカに、店主は最初こそ焦りを見せていたものの、自身と交わした条件を思い出し、正当化する。


「...はぁ。とんでもない悪党ね、」

「嘘、、あんなに、、優しそうだったのに、」

「アリア、詐欺に遭わないよう気をつけてくれ」

「え?」


 フレデリカとアリアが声を零す中、エルマンノが彼女の肩を軽く叩き息を吐く。


「それで、、お客様。この度はどの様な奴隷をお探しで?」

「私達が奴隷を買いに来た客だとでも思ってるの?」

「はぁ。冷やかしなら帰ってください」

「ま、待って!この子はっ、私達が保護した子です!だから、、こんなことするなら、私達がーー」

「何を言ってるんです?そんな権利、あなた方にあるとお思いで?」

「え、」

「それは駄目。既に、昨日の時点で所有権は向こうのものになってるから。悔しいけど、、凶暴化の魔力を解除して所有権を与えるっていう約束をした時点で、こいつの言う通り私達が口出し出来ることじゃ無くなってるって事」

「え、、じ、じゃあ、このままってこと?」


 フレデリカの言葉に、アリアは絶望の色を見せる。それは、フレデリカも同じであった。目の前で苦しそうにする少女を、見捨てる様なものである。だが、と。フレデリカは拳を握りしめながら呟く。


「でも、、そんな事言ったら、ここに囚われてる子全員もそう。私達が何もしないで帰ったら、見捨てる様なものだから」

「...な、ならっ、エルマンノ!前の魔法使って解放してあげてよっ!」

「悪いな、アリア。それは無理だ。あれは向こうも魔法を使って来ていたし、戦闘体勢だったからやった。それに、完全に違法だったからだ」

「な、なら、」

「でも、これは違う」

「っ」


 エルマンノの付け足したそれに、アリアは悲観的な様子で目を見開く。


「奴隷の販売はここで禁止されておらず、更には店として正式に認定されている場所だ。それに、所有権を与えたのは我々で、契約としては違法な点は見つからない。上手くやって出来る可能性があるなら詐欺罪だが、証拠も無い以上それは難しいかもな。...つまり、良く考えもせずに所有権を与えてしまった俺らの責任ってわけだ、」

「っ!嘘、、冷たいよ、エルマンノ、」

「フッ。お分かりいただけたでしょうか?話が早くて助かります。ご理解いただけたのなら、速やかにお帰りーー」

「待て」

「「「?」」」


 店主の言葉を遮って、エルマンノはそう口を開く。


「確かに、この店の子を、全員助けるのは不可能だ。フレデリカの言う通りだ。だが、俺の手で拾える幸せなら、拾わなきゃいけない」


 エルマンノの突如放ったそれに、フレデリカと店主は何言ってんだこいつと首を傾げる。


「いいか?この獣族の少女は、俺の妹だ」

「だからどうしたのです?血縁関係があると言いたいのですか?それで私を訴えようと、」

「いや、検査でもしてみてくれ。きっと血は繋がってない」

「なんで"きっと"って保険かけてるわけ?」


 エルマンノの返しに、フレデリカが小さく零すと、それを無視して続ける。


「なら何が言いたい?」

「妹は、兄である俺が絶対に救うって事だ」

「...は?」

「こういうことだって言ってるんだよ」

「「「!?」」」


 エルマンノはそう宣言すると、カウンターに金貨三十九枚と銀貨四十枚を出す。


「アリアの買い物で使ったが、まだこれだけある。これで、買えるか?」

「なっ!?き、金貨三十九枚!?」


 この世界と現実世界のレートは僅かにズレがあるが、おおよそ金貨一枚で百万の価値がある。即ち、約三千九百万円分だ。奴隷を買った事はないがこれはとんでもない金額だろう。


「エルマンノ!?何やってるの!?」

「せっかく集めたお金でしょ!?食事の分はどうするの!?」


 アリアとフレデリカがエルマンノに責め寄る。が。


「悪いな。せっかく付き合ってもらったのに、、だが、これ以外は思い浮かばない。それに、命は金では買えない。こんな金貨で一人を救えるなら、安いもんだろ。さあ、どうする?」


 エルマンノは、まるでポーカーでもやっているかの様な表情で店主に迫る。店主は驚いている様子だ。よほど大きな金なのだろう。だが、そこに更にエルマンノのゴリ押しの威圧で押し切る。


「さあ!?どうすんだ!?」

「わっ、分かりましたっ!こちらっ、金貨三十九枚と銀貨四十枚、頂戴致します!」


 エルマンノは、ガッツポーズをする。お釣りが出てこないことに違和感はあったが、この際どうだっていい。全財産を使ったのだ。いっそ何も残らない方がカッコいいというものだ。


「ま、またお越しくださいませ!」

「誰がまた来るか!べーっ!」


 その後、ぐったりとした獣族の少女を受け取り、彼女を背負いながら、エルマンノ達は店を後にした。


「いや、アリア。また来るかもしれない」

「え?」

「他の子も、いつか、助けたいからな」

「...」

「エルマンノっ」


 エルマンノの言葉に、フレデリカは無言で目を細め、アリアは名を呟いた。

 と、その後改めてエルマンノはその少女を下ろして、口を開いた。


「この間ぶりだな。俺はエルマンノ。今日から君の、、お兄ちゃんだ」

「はぁ。とんでもない教育しそう」

「英才教育だ」

「お、、おに、、たん、?」

「っ!」「!」「!?」


 エルマンノに息を吐くフレデリカと会話をする中、その言葉を耳で覚えたのか、その少女は、小さくそう言った。


「うそ、、マジで、?」


 エルマンノは、思わず震え、涙を流した。

 やっと。

 やっとだ。


「やっと俺をお兄ちゃんと呼んでくれる子がっ!...はぁっ!ま、まさかっ、この世界に存在したのか!?」


 今までで一番の声で放つエルマンノから、先程よりも二人が離れて見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る