第7話「シスコンVS父親」

「はぁっ、はっ!クソッ、めんどくせぇなぁっ!俺のっ、妹はっ!」


 エルマンノは、息を荒げながら、森の中を走った。どこに行った。ほんの僅かにある可能性が脳を過りながら、エルマンノは家へと足を進めた。

 すると。


「あ、あれ?エルマンノ、どうしたの?」

「あっ、はぁ、はぁ、、アリアッ」

「へっ!?なななっ、何っ!?」


 エルマンノが走る中、恐らくフレデリカの実験室へ向かおうとしていたのか、目の前からアリアが近づき、彼女の肩を掴む。


「はぁっ、はぁ、、フレデリカ、フレデリカをっ、見なかったか、?」

「え?見て、、無いけど、」

「そうか、ならやっぱあそこか、、サンキュな!」


 エルマンノは何かを察したのち、感謝を放って踵を返した。


「えっ、ちょっとっ!フレデリカにっ、何かあったの!?」


 ちょっと答えてよ。という声を聞き流しながら、エルマンノは森を抜け出し、街の方へと走り続けた。


「馬鹿だっ、フレデリカはっ!大馬鹿だっ!」


 フレデリカはずっと頑張ってきたのだ。それ故に、きっとここまできて成し遂げられない自分に苛立ちを感じていたに違いない。そのため、一人で抱え込んでしまったのだろう。いや、そういう性格なのだ。誰かに頼る事が一番気に入らない彼女は、きっと誰かに相談なんて事はしないし、苦しみを表へ出す事もしない。

 どうして気づかなかったのだろう。昨日の彼女は、明らかに普通では無かった。明らかに、焦りを見せていたのだ。そんな性格なのを知っていた。フレデリカは真面目で抱え込む性格なのを知っていた。それなのに、目標なんて。彼女を更に追い詰めてしまう様なものを、どうして作ってしまったのか、と。


「クソッ、フレデリカはっ、馬鹿だっ!大馬鹿だ!でもっ、俺はっ、もっと馬鹿だなっ!クソッ!」


 拳を握りしめて、自身の不甲斐なさにエルマンノもまた悔しさを見せる。

 故に、ただ足を進めた。

 王国内に入り、その通りを走り抜け、王国の奥へとただ足を進めた。

 王国の端にある、丘の上。彼女はそう言っていた。この世界の事を知るために幼少期から、親と共に王国に連れて行ってもらったため、何と無く場所の目星はついた。

 故に。


「はぁ、はっ、、はぁ、はぁ、、フレ、デリカッ」

「...!エ、エルマンノ、?なんで、ここに、?」

「言ってただろ?なんか自分が小さく感じて、少し楽になるって」

「...それで、ここが分かったの?」

「妹の事ならなんでも分かる」


 フッと。エルマンノは自信げに微笑みながら、予想通り丘の上の芝生に座っていたフレデリカに近づいた。


「キモいんだけど、」

「...それが言えるなら大丈夫だな。...凄いな、この場所の力は」

「...心配してたわけ?」

「妹を心配しない兄はいないって」


 エルマンノはそこまで放つと、一度口を噤み、息を吐く。


「ほんと、空と街がよく見えるな。夜来たらもっと綺麗に見えそうだ」


 エルマンノはそう前置きのように放って伸びをすると、目を逸らしながら、小さく切り出した。


「その、悪かった、、妹の事ならなんでも分かるって言ってるくせに、こうなるまで、何もしてあげられなかった」

「...え?」

「ん?なんだその反応は、」

「なんか、、普段とかけ離れ過ぎて逆にキモいんだけど、」

「...はは、俺は何やってもキモいみたいだな」


 エルマンノがフレデリカの言葉に苦笑を浮かべて返すと、彼女もまたほんのりと微笑んだのち、歯を食いしばった。


「...別にエルマンノのせいじゃ無い。私のせい。全部そう。勝手に目標に焦ったのも私。それが出来なかったのも私。成し遂げられなかったのも私。...結局、エルマンノの力がないと、私は何一つとして出来ない、」

「そんな事無いって言ってるだろ?フレデリカは俺の意図を読めたんだ。俺はフレデリカの考えが分からなかった。俺より立派だし、凄いよ」

「でもっ!結局新薬が出来ないんじゃっ、どうしようもっ」

「焦る必要はない。まだ今日一日あるだろ?目標は今日までだ。今日中に何とかすればーー」

「駄目なの」

「え?」


 エルマンノが、まだ可能性はあると。そう言うように切り出すと、フレデリカは遮って震えた口で噛み締めながら、拳を握って告げる。


「...今日に、、来るの、お父さんが、」

「お父さん?」

「うん、、見にくるの、」

「ど、どういう経緯で?」


 エルマンノは、話が見えない様子でそう返すと、フレデリカは言いづらそうに目を泳がせながら、手をいじって覚悟を決める。


「...ごめん。言ってなかったけど、私が今日までに新薬を作りたいって話した理由がこれなの」

「お父さんが来るって事か?」

「...うん。そう、元々、約束、してたの」


 フレデリカは、そこまで発すると、何かを察したエルマンノを見据えて、一言で放つ。


「今日までに新薬を作らないと、もう魔薬作りはさせないって」

「っ!」

「いや、、いやだよっ、、私っ、もっと、、魔薬作りっ、、したいっ」

「...フレデリカ、」


 フレデリカが感情のまま、掠れた声で放ち、僅かに瞳を潤ませる中、エルマンノは目を細め名を呟いた。


「作っていたい、、私、やっぱり魔薬作りが好きなのっ!嫌っ、、もっと、作りたいっ!だからっ、、だからっ!作らなきゃ、、いけなかったのに、っ!」


 これが、本音であろう。いつもは絶対に見せない表情と声音からそれを察し、エルマンノは少し俯きながら低く放った。


「それ、、親に話したのか、?」

「ううん、、駄目。絶対、、こんなわがまま許してくれないもん、」

「そんなの、言ってみないと分からないだろ?」

「えっ」


 エルマンノがそう言って立ち上がると、驚いた様子でフレデリカが見上げる。


「早く帰って散らかった部屋片付けるぞ。今日、親が来るんだろ?俺も一緒に話すよ。だから、そんなに考え込まなくて大丈夫だ」


 自信げに、エルマンノはニッと笑ってみせる。それに、フレデリカは僅かに目を輝かせたのち、差し出された手を、握った。


          ☆


「ここが言ってた実験室か」

「は、はい、」


 数時間後。なんとか二人がかりで掃除を終わらし、綺麗な状態で親御さんを向かい入れる事が出来た。が。


「...」

「なんで森の中に作った?」

「え、、それは、その、」

「まさか俺の見えないところに行きたかったからじゃないだろうな?」

「ちっ、ちがっ!」

「はぁ、まあいい。予定通り薬品を作る技術が上がってるなら許そう」

「...」


ーちょっとさっきの威勢はどうしたわけ!?ー


 そう。フレデリカの父は、見るからに人殺してそうな巨人族だった。


「おいっ、聞いてないぞ?巨人族だったのかフレデリカって、、お父さん二メートル以上あるぞ!?」


 現実世界では見たことのない程の長身。だが、それに見合った体格故、バランス面では不思議には思えないのだが、自身と比べると見た目だけでなく心も凝縮してしまう。


「言って無かった?私、人間と巨人族のハーフなんだけど、」

「お兄ちゃん聞いてませんよ!?」


 小声で耳打ちするエルマンノは、冷や汗混じりにツッコミを入れた。確かに、フレデリカはエルマンノと同じくらいの背丈であった。だが、男性と同じ背丈の女性なんて不思議では無いし、現実世界でもよく見る光景だ。そのため、気にしてはなかったのだが、父の影響が僅かながらに出ていたのかもしれない。


「で?そこの奴はなんだ?」

「っ!?こ、こんにちは。はじめまして、わたくし、エルマンノ・ヴァラントラと申します」

「ああ、ヴァラントラの者か」

「知ってるんですか?」

「魔獣の出る森の奥に住む変人冒険者だ」


 やはり親の異名は結構広まっている様だ。あまり良いものでは無いが。


「それで、お前がなぜここに居る?まさか、ボーイフレンドか?」

「「っ!」」

「違いますっ!」「違いますよ」


 お互いに目を見開いたのち、同時にそう声を上げる。フレデリカは妹だ。勘違いしてもらっては困る。


「ならどうしてお前が我々の話に口出しするんだ?」

「それはっ」

「下がっていろ。これは親子の問題だ」


 強く否定されエルマンノは父に押される。それにエルマンノは目を細め彼を見つめると、その父は改めて口にする。


「それで、新薬はどこだ?」

「そ、それは、、その、ごめんなさい、、その、まだ、出来てなくて」

「出来てない?今日までって言ったはずだ」

「ご、ごめんなさいっ!ごめんなさい、お父様っ!その、あと、、あと一週間あればーー」

「もう良い。そんな話は聞きたく無い」

「っ!?」

「もうやらなくて良い。魔薬作りなんて」

「えっ、ちょっ、ちょっと待ってくださいっ!お父様っ」


 そう叫ぶフレデリカの抵抗虚しく、バタンと。ドアが閉められた。


「...」

「う、、うぅっ、待って、、ください、」


 ドアを、エルマンノはただ呆然と見つめた。あれが、フレデリカの言っていた父。確かに、堅物で、話を全く聞こうとしていなかった印象だ。


「...フレデリカ、、立てるか、?」


 座り込んだフレデリカに、エルマンノは近づく。が。


「近づかないでっ!」

「っ」

「何もっ、、駄目だったっ!エルマンノもっ、なんもしてくれないじゃん!」

「...」

「もう、、一人にしてよ、、きっと、この研究室自体お父様は快く思ってないの、、だから、多分今日で、、さよならに、、なる」

「っ、、そんなっ、まだ早ーー」

「早くなんて無いっ!だから言ったでしょ!?お父様はああいう人なの!どうせ、話を聞いてくれないのも分かってた、、私の気持ち、考えようとさえしてくれなかった、」

「...」


 エルマンノは表情を曇らせ口を噤んだまま、ドアの向こう側に目をやった。


「...仕方ねぇな、」


          ☆


「っと、、なんか、不正な事をするのは、気乗りしないんだけどな、」


 フレデリカと話をしたのち、実験室を後にしたエルマンノは、隠れながら王国の中を歩いた。

 そう。先程、手で押された際、魔力を僅かに検知しておいたのだ。これがエルマンノの特訓の中で得た力、魔力検知。本来は、ステータス管理などに用いられる、魔力の種類や量。それを確認するためのものなのだが、今回はそれとは違う。

 フレデリカとは違い、父親は巨人族。巨人族もまた、微量ではあるものの魔力を持ち合わせている種族である。恐らく、フレデリカは母親譲りなのかもしれない。魔力の無い点も、性格も。

 即ち、父には魔力があるという事である。魔力は人によって、顔や指紋と同様僅かに異なる。それをエルマンノが検知する事により、彼の魔力を感覚で掴める様になるのだ。つまり、後はこの気配を追えば良い。現世で言うGPS機能を発揮してくれたという事だ。


「ふぅ、、ここか、」


 王国の外れ、小さな民家に、その気配は存在していた。フレデリカの実験室に入る時もそうだが、普通に考えて捕まるであろう所業を働いている。大丈夫だろうか。心は言うほどざわめかなかったが。


ーどうやって切り出すかな、、まずノックして、ついてきたって事にしよう。まずはその謝罪と、さっき言えなかった事があるって話をしてー


「っ」


 エルマンノはもう一度フレデリカと話して欲しいと。それだけを願い父の家の周りを、考えながら歩いた。と、その時だった。

 ふと、その家の中から、声が聞こえる。

 随分と壁が薄いんだな。行為中は大変だろう。そんな下衆な考えが脳を過りながらも、それを利用してエルマンノは耳を傾ける。

 すると。


「本当、馬鹿な奴だ。やっても無駄なのに、あそこまでムキになって」

「っ」


 その中では、フレデリカの父と母らしき人物が会話をしていた。エルマンノは、その切り出しに拳を握りしめると、その数分後。二人の会話を一通り聞き終わったエルマンノは、頭をガシガシと掻きながら、大きく息を吐いた。


「ほんと、めんどくせぇな、」


 エルマンノは、普段ならばこんな事はしないだろう。自分自身でもそれを理解しながら、その感情に任せて足を進めた。


「...ふぅ、、いっちょやるっきゃねーか、」


          ☆


「お父様、こんにちは」


 王国の広場で、フレデリカの父が息を吐いている中、エルマンノがその呆れた様子の父に声をかけた。


「...あ?お前は、、ああ。あの時の、、おい、お前今俺をお父様と呼んだか?」

「ええ、その通りですよ。お父様」

「っ」


 ニッと微笑むエルマンノの後ろ。彼に連れられ共に来ていたフレデリカは、後ろの茂みからそれを見つめていた。


「お前、やはりフレデリカのボーイフレンドなのか?...それなら、お父様と呼ぶのは認めないぞ」

「いえ、前も言ったじゃ無いですか。俺はボーイフレンドなんかじゃありません。俺は、フレデリカの、兄です」

「は?」

「ですから、俺からしても、貴方はお父様って事ですよ」

「ふざけるな」


 父がその巨体でエルマンノの目の前に詰め寄る。おお、これが4DXか、凄い迫力だ。


「今回は、お父様にお話があって来ました。フレデリカについてです」

「何、?お前が何故その話をする?」

「俺も、ずっと一緒に彼女の頑張りを見ていたからです」

「っ」


 エルマンノの放ったそれに、フレデリカは隠れながら目を見開く。が。


「ふざけるなっ!これは家族の話だ!口を挟むな!」


 父は声を上げ、エルマンノを遠ざけようと手を思いっきり振る。流石は巨人族。その一撃だけで一メートル程後退ってしまった。


「家族の話なら、俺も関係ありますよ。何せ、兄、ですから」


 歯を見せ、得意げにエルマンノは笑う。


「いい加減にしろ。屁理屈ばかり言って。お前がフレデリカの何を語ろうって言うんだ?」


 すると、父は憤りを見せた。それはそうだ。どこの馬の骨かも分からない奴が、突然娘の事で話があるなんて言い出したら、それは不快以外の何ものでも無いだろう。

 だが内心、良い返しを貰ったとエルマンノは微笑みながら、続ける。


「彼女は苦しんでるんですよ」

「っ!ふざけるな。そんな事、、お前に言われる筋合いはーー」

「分からないですか?貴方のせいです。貴方のせいで、苦しんでるんですよ、お父様。父であろう筈の貴方のせいで」

「何が言いたい?」


 プルプルと、怒りが頭にまで上っているのか、父は歯嚙みして顔を赤くした。


「娘さんの事、何も分かってないじゃ無いですか。もっとちゃんと話をすればーーごふっ!?」

「っ!」


 突如、腹に衝撃と痛みが駆け巡る。話している途中で、父に殴られたのだ。


「貴様の様な部外者が、分かったように言うな」

「ま、まだ親父にも殴られた事ないのにっ!」

「父親は私なんだろ?」


 いつもの怖い顔が、更に恐ろしい形相となり目の前に立ちはだかる。それに、フッと。恐怖を隠す様にニヤリと挑戦的な表情を返す。


「っ、、なんだ、舐めてるのか?」

「いえいえ、舐めたくも無いですよ、そんな仏頂面っ」


 エルマンノはそう掛け声の如く放つと、手を前に出して指を上に上げると、彼の周りから水の塊が現れ、父の方へと放たれる。


「っ!こんなものでっ、、魔法の使えない我々への嫌がらせか?」

「いいえ、寧ろ逆ですよっ。魔法を使わないと、貴方には勝てないんですっ!俺みたいな奴は!」

「勝つ?子供の発想はやめろ。そんな事をするために来たのか?」

「まだ、俺は成人してませんからっ、正常な考えですよっ!」


 エルマンノは、内心そちらが先に手を出したのではと、首を傾げたものの、父から距離を取って走りながら、ウォーターボールを放ち続ける。

 が。


「ぶっ」

「あ」


 父の顔面に、その水の塊がぶつかる。やってしまっただろうか。その雰囲気に、エルマンノが僅かに冷や汗を流した、次の瞬間。


「ふざけるのも大概にしろっ!ガキッ」

「っ!」


 地面を強く蹴り、勢いよくエルマンノの目の前に近づく。流石は巨人族。といったところだろうか。


「ごはっ」


 またもや腹に彼の拳を入れられる。


「がっ」

「おい、さっきまでの威勢はどうしたんだ。魔法は、使わないのか?」

「がはっ」


 倒れそうになるのを堪えながら蹌踉めくエルマンノに、ゆっくりと近づきながら二発、三発と追撃を喰らわす。一日で何度もこれを経験するとは思わなかった。


「魔法は、今、使ってるよ」

「何、?」


 エルマンノが、少し優しげにそう返すと、その矢先。


「やめてよっ!お父様!」

「っ!?フ、フレデリカ、何故ここに、、というか、今、なんて」


 茂みから、フレデリカが耐えきれずに現れる。それに、驚愕した様子で、父は声を上げた。


「やめてって、、言ったの、」

「フレデリカ、敬語はどうしたんだ?」

「その前にエルマンノに謝ってよ!」

「っ」


 フレデリカの声音と形相は、父を超えるものがあった。それに父だけで無くエルマンノもまた目を見開きおっかね、と心中で呟くと、改めて続けた。


「先に手出したのお父様じゃん。...エルマンノは、本当に、ただ話をしに来ただけなの!こんな、意味分かんなくて腹立つ性格してるけど!」

「なっ!?そ、それはっ、流石のお兄ちゃんも傷つくが、?」

「あんたは黙ってて!」「お前は入ってくるな」


 二人に同時に言われてしまった。帰っていいかな。


「私はっ、ただ、、もっと、もっと魔薬を作りたかったのっ、」

「は、?」

「新薬も、作り上げたかった。...私には、無理だって、嘆いた時もあったけど、、でも、今はっ、作り上げられる様に、出来ること全部やりたいって、思ってる!それは、お父様から言われてたからじゃ無い!私とか、お母様みたいに、魔力のない人達の力になりたくて、、誰かの役に立ちたくて、、私の意思でやってたの」

「な、何?」


 父は、それに対し眉間に皺を寄せる。その形相にフレデリカは冷や汗を流し僅かに震えながらも、強い視線で更に続ける。


「だからっ、、ごめんなさい。約束までに、作れなかったのは、、謝るけど、でもっ!お願い、絶対完成させるから、、これからもっ、魔薬を、作りたいのっ」

「...何馬鹿な事を言っている。そんな事はもうやらなくていいとーー」

「やりたいって言ってるの!」

「っ」


 父がそう強く放つ中、それを上回る強さでフレデリカが割って入る。その声音と表情に父が驚愕の色を見せると、続けてエルマンノを睨みつけた。


「お前、、変な事を吹き込んだわけじゃないだろうな?」

「っ!めっ、滅相もない!」

「確かに私はエルマンノに色々言われた。最低な事も言われたし、セクハラも受けたし、妹だって言い続けてるし!」

「...あ、」


 フレデリカの言葉に合わせて、父の形相がどんどんと険しくなっていく。マズい。エルマンノは冷や汗混じりにそう脳内で思うが、その矢先。


「でもっ、エルマンノのそのお節介で、腹立つ性格のお陰で、私は気づけたの」

「何にだ?」

「私の、やりたい事」

「っ」


 フレデリカは、少しの間を開けたのちそう告げると、父は思わず目を見開いた。


「私、ずっと、心のどこかでお父様のせいにしてた、、ずっと、魔薬を作ってきたけど、やらされてるって、、思ってた時も多かった。...でも、気づけたの。私、本気で魔薬を作りたいって思ってる。最初は確かにお父様から言われたからやってたけど、、今は作りたいって思ってて、、寧ろ、今の私に、きっかけをくれたのはお父様だって事に、気づいたの」

「フレデリカ、」

「だから、、お願い。それに気づかせてくれたエルマンノを、、傷つけないで、、それに、魔薬作り、、まだ、やらせて欲しい、、ごめん、わがままだけど、、どうしても、続けたいの」


 後半は前半の様な勢いは無くなってきていたものの、どうやらちゃんと思いを口にする事が出来た様だ。そして。


「...フレデリカ、、それ、本当なのか、?」

「うん、、本気だよ」


 どうやら、父にもまた、それが届いた様だ。


「そうか、、なら、自分で言ったんだぞ?それを忘れるな。絶対に、、新薬作り上げなさい。途中で諦めたら、私が許さないからな」

「...っ!は、はいっ!」


 フレデリカの父が、父親の姿を見せながらそんな事を話すと、頭を掻きながら、直ぐに顔を背けその場を後にした。

 その父の背中から、見えない顔が、想像出来た。


「エルマンノ、、その、ありがと、、私のために、、その、体、張ってくれて」

「ああ。父親とフレデリカの仲がギスギスしてたら、間のお兄ちゃんは気まずいだろ?」

「...馬鹿」


 ボロボロになった体と、僅かに血を吐き出した後が見られる口で、エルマンノはそう返すと、フレデリカは泣きそうな表情でそれを零した。すると、その数秒後。エルマンノは息を浅く吐くと、優しくフレデリカにそれを告げる。


「フレデリカ、その、さっき、お父さんの家に行ったんだ。まあ、実際、フレデリカの実家と言った方が正しいけど」

「え!?私の家に勝手に行ったわけ!?」

「あー、、通報しないでくれると助かるんだが、」

「...はぁ、、じゃあ、先に言い分を聞こうか?」


 息を吐いてフレデリカがそう返すと、エルマンノは弁明というよりかは事実を、彼女の父の背中を見据え口にする。


「実は、その時にお父さんの話を聞いたんだ」

「話、?」


 そう聞き返すフレデリカに、エルマンノは思い返してそれを放つ。



「...あいつに、無理させてしまっていたのかもな」

「そうですよ。もう一度ちゃんと話してきなさい」

「だが、、中々謝れなくてな、」

「子供ですか!?」


 家の中で、父と、もう一人は恐らくフレデリカの母。その二人で話をしていた。


「難しいんだよ、、年頃の娘と、話すのは、、頼むっ、お前行ってきてやってくれないか、?」

「いやですよ。自分がややこしくしたのですから、自分で行ってきてください」

「そ、そんな事言わずに、」

「...ん?」


 なんだか、予想外の光景に、エルマンノは僅かに首を傾げる。


「確かにうちは代々薬を作ってきたけど、もうそろそろ違う道に進ませてあげても良いんじゃ無いの?」

「...ああ、それは分かってる。だから、、今日、無理にやってるのを、見て取れたから、、そう言ってきたんだ」

「言い方ってものがあるでしょう!?もう、本当に貴方は昔から口下手なんだから、、早くフレデリカに謝ってきなさい」

「...はぁ、」


 一部分だけでも理解出来た、"本当の事"。それを、エルマンノは把握し、思わず大きなため息を零した。

 そう。フレデリカの父は、予想とは真逆の不器用な人物だった。

 前言撤回。フレデリカは、間違いなく父親似だ。



「ほんと、めんどくさい親子だったよ」


 エルマンノは、そうクスリと笑いながらフレデリカにそれを話す。


「...え、?ど、どういう、、事、?」

「そのまんまの意味だ。フレデリカのお父さんも、ただ迷ってただけだったんだ。ただの、どこにでもいる、娘の事を考えているけど、接し方が分からなくて、口下手になってる父親だったんだ」

「...え、?も、もしかして、、それ、分かってて、?」

「ああ、きっと、フレデリカが本当の気持ちを話せば分かってくれそうな感じだった。だから、後はフレデリカに委ねるしか無かったが、、きっと今までと同じで口下手同士ですれ違ったままになると思った。この話を先にしても、フレデリカは逆に言葉を迷ってたと思う。だから、、フレデリカが一番自分の気持ちを声に出せる環境を作った」

「わ、私が声に出せる、?」

「そう。フレデリカは、怒ってる時は考える前に口に出す性格だ」

「はっ倒すよ?」

「そう、それだ」


 エルマンノは微笑んで、フレデリカの返しに答える。


「そ、、それで、わざと私を怒らせるために、お父様と戦ったってわけ、?」

「あー、、言い方が悪いけど、、そういう事だ。悪い。お父さんにも、酷い言い方をした、、申し訳ない。...でも、俺はこういうやり方しか思いつかなかった。馬鹿だからな、」

「ほんと馬鹿。妹好きの変態で馬鹿。シスコン馬鹿ね」

「うーん、それは妹から言われるならありがたい称号だな」

「最低」

「あふんっ」


 フレデリカは呟いてエルマンノの足を踏みつける。


「ゆ、許してくださいよ、」

「妹に踏まれるのはご褒美でしょ?変態」


 フレデリカはそう放つと、クスッと微笑んで優しく続けた。


「いいよ。今日は機嫌がいいから、これで許してあげる」

「あ、ありがとうございます。あ、後、もし良かったらそのノリでお兄ちゃんって呼んでくれないか?」

「ふふっ、、言うわけないでしょっ!死ね!」


 フレデリカは、いつもと同じ様な台詞を、いつもとは似ても似つかない優しい、今にも泣きそうな笑みと声で放った。


          ☆


 その日は、その後魔薬調合に集中したいという理由でフレデリカは先に実験室へと戻り、エルマンノは一度家へと戻ったのち、勉強をするためまたもや図書館へと足を運んだ。


「それで?なんでアリアも来てるんだ?」

「いいでしょ?私だって気になるもん。...それで?フレデリカの事はどうなったの?」

「なんとかなったよ。心配かけて悪かったな」

「そのなんとかなったの部分が聞きたいんだけど」


 アリアとそんな会話をしながら図書館へ足を踏み入れると、そこには。


「「っ」」


 備え付けられた休憩スペースで本を読む、フレデリカの姿があった。


「集中して調合するんじゃ無かったのか?」

「っ!エ、エルマンノ、なんでここに、、あ、もしかして、あんた普段ここで勉強して、?」

「そういうフレデリカも、ここで勉強か?」


 エルマンノが微笑んで優しく声をかけると、フレデリカは焦りながら読んでいた本で何やらテーブルに置かれていた紙を隠す。それに目をやったエルマンノは、「ん?」と声を漏らすと、目を細めてゆっくりと近づいた。


「あ、これはっ」

「...なるほどな、」


 本で隠れて半分は見えなかったが、そこには、お父様へ。と書かれた封筒が置かれていた。


「...その、、言葉で伝えるのは、、難しいというか、」

「いいんじゃないか?まず、伝える行動が大切なんだしな。...それに、父親も頑張るべきだ」


 僅かに皮肉を込めながら、エルマンノはクスッと笑う。と、それに釣られて微笑むフレデリカに、続けて口を開く。


「それにしても、それ、魔力の本か?」

「えっ、あ、そう、だけど、何?」

「いや、、フレデリカが図書館は珍しいなと」


 今まで図書館に通っていたエルマンノが一度も会わなかったのだ。恐らく、家の中にある本で間に合っているのだろう。


「いいでしょ。たまには、、それに、魔力についてもだけど、、エルマンノのせいでこういうのにも興味出ちゃったんだから。そう言うなら責任とってよ、」

「なんだかエッチな響きだな」

「溶かすよ?」

「トロトロに?」

「ドロドロに」

「それもそれで、」


 息を吐くフレデリカに、エルマンノが想像しながらニヤリと微笑むと、一度息を吐いてエルマンノが問う。


「でも、フレデリカは借りるよりも本買いに行きたかったんじゃ無いのか?」


 エルマンノの問いに、愚問だと。フレデリカは微笑んで強く答えた。


「それは、新薬が出来たら。でしょ?」

「っ、、ああ、違いないな」


 その一言に、エルマンノは一度目を見開いたのち、笑って答える。

 その二人の様子を、良かったと。安堵を感じながら見つめるアリアもまた、優しく微笑んだのだった。

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