第6話「妹の葛藤」

「...う、うーん、」

「おはようっ、お兄ちゃん!」

「っ!な、何で俺のベッドの中に!?」

「お兄ちゃんと一緒に寝たい気分だったの、、ごめんね、勝手に入って、」

「嫌なわけがないだろう。ほら、一緒に二度寝しよう」


 エルマンノはそう告げると、顔を赤らめ頷く妹を引き寄せ目を閉じた。


「っていうのが、理想なんだが?」

「うわぁ、キツイってそれ」

「流石に突然これはハードルが高かったか」

「いやあんたに言ってるんだけど」


 早朝。朝ご飯の準備をアリアと行いながら、エルマンノはそんな朝の目覚めの要望を口にした。同棲している妹だ。それを願うのも許してほしい。そういう妄想くらいしてしまうものだ。

 アリアの言葉を聞き流しながら、エルマンノは調理を始める。勿論、彼女に教えながらだ。

 と、そんな中、アリアは少し言いづらそうに。目を逸らして俯き気味に口を開いた。


「ねぇ、、後、三日で、ご両親帰って来るんでしょ?」

「ん?ああ、一週間って言ってたし、そろそろだな」


 現在木曜日。親が家を出たのが日曜の夜だったがために、恐らく今週末には帰ってくるだろう。それを口に出すと共に、アリアとの生活ももう四日経っている事に気づきエルマンノは感慨深そうに頷く。


「な、何頷いてるの?」

「いやぁ、同棲も慣れてきたなと」

「同棲って言い方しないで」

「なら居候だ」

「っ、、本当、だけど、なんか人聞き悪い、」

「それにしても、なんで突然そんな事聞いたんだ?」

「...そ、それは、その、、なんでも、無い」


 言葉を濁すアリアに、エルマンノは目を細め一瞥したものの、直ぐに視線を戻して「そうか」と優しく返した。


          ☆


「今日も元気にしてたか?妹よ」

「はっ倒すよ?」

「捗ってますか、フレデリカさん」


 日差しが真上から降り注ぐ昼。エルマンノはフレデリカの実験室のドアを開けると共にそう口にした。


「...てか、なんで平然と入って来られるの?」

「逆に、ドアの鍵開けてちゃ駄目だろ?あ、もしかして、俺が来る事を期待してくれてたとか、?」

「はぁ、そんなわけ無いから。それに、鍵。閉めてる」


 フレデリカの返しに、エルマンノは解除魔法を使用したのがバレそうになったからか、冷や汗混じりに目を逸らした。


「はぁ、通報はしないであげるから、静かにしてて」

「了解」


 エルマンノは短く返すと、自分の調合薬や物質を台に乗せて座った。


「それで、第二の目標なんだが、」

「静かにしててって言ったよね?」

「...第二の目標は混合物を作る事でいいんだよな、?」

「私の静かにしててはそういう意味じゃないんだけど」


 フレデリカの言葉に、エルマンノは小声で話すものの、どうやら期待に添えられなかったらしい。それを思い悲しみに暮れる中、フレデリカは少し間を開けて呟いた。


「うん。第二の目標はそれでいいから。エルマンノもちゃんとやって」

「任せてください」

「なんで敬語なの?」

「妹は全人類の中で一番上の存在です」

「普段はタメ口なのに?」

「兄は唯一妹と対等に話せる存在だ」


 作業をしながら、そんな中身のない会話を繰り出す二人は、雑談をしながら今日も調合を行った。

 一昨日フレデリカと共に掲げた目標に向かうための小さな目標。それの一つ目を昨日成功させたフレデリカに、エルマンノは次の目標の確認を行った。

 新薬を作るために必要な物質をリスト化して、それを作るための工程を一つずつの目標と定めた。

 やはり、フレデリカは長年魔薬を作ってきただけあり、知識及び技術は高かった。


「この調子なら、一週間後に間に合いそうだな」

「...」


 エルマンノのふと放ったそれに、フレデリカは唇を噛んで目を逸らした。それにエルマンノは僅かに首を傾げたものの、知らないフリを貫き作業を続けた。



 あれからというもの、フレデリカの力が大きく、その二十とある小さな目標は次々と達成されていった。木曜には三つ目まで。金曜には五つ目にまで到達し、土曜には八つ目。日曜には十一にまで到達した。エルマンノはやはり妹は天才だと微笑み、予想より早くに新薬に到達出来そうな現状に、家への帰り道大きくガッツポーズをした。


「ただいま妹よ。珍しく今日は一度も実験室に顔を出さなかったな、、って、あれ?」


 エルマンノが家に帰宅すると、そこに置かれていたのは、一通の手紙。どうやら、家のドアに備え付けられた小窓から入れられていた様だ。

 どれどれ、と。この世界の手紙は、どこか格闘ゲームの参戦招待状の様で、それを開けるのはドキドキとした。

 と、その中には。


「あ」


 思わず、差出人を目にし声を漏らす。そこに書かれていたのは、自身の父の名であった。


「エルマンノ、すまないな。この様な形で伝える事になって申し訳ないが、現在行っている遠征が長引きそうなのだ。冷蔵庫に残した食料じゃ足りないだろうから、私の部屋の戸棚にある金庫のお金を使って構わない。だから、後一週間だけ待っていてくれ。料理が上手いエルマンノなら大丈夫だろう。お前なら、寂しさと金を使いたくなる欲を乗り越えられると、信じている」


 その手紙の文を口に出し、エルマンノは引きつった笑みを浮かべる。マズい、と。実はアリアと生活しているため、もうとっくに冷蔵庫の中身は使い果たしている。料理の練習もあったため尚更だ。つまり、足りなくなっていた分は、既に。


「やべぇ、、もう金庫の金使ってたわ、」


 これは恐らく計算が合わない事になりかねない。この手紙でようやっとその重大さに気づいたエルマンノはどうするべきだと、頭を掻いた。すると、その瞬間。


「いだっ!?」

「?」


 突如上げられたその声に、エルマンノは首を傾げそちらへ振り返る。と、そこには机と椅子があった。どうやら、その下から聞こえたと思われる。


「だ、、誰だ、」


 霊的なやつだろうか。エルマンノは冷や汗混じりにそちらへと向かう。と、刹那。


「ぷはっ!ご、ごめんエルマンノ!?びっくりさせようと思ったんだけど、」

「なんだアリアか、、寧ろ助かった、というか、居たんだな。声をかけてくれれば良かったのに」

「だから!ドッキリしようとしてたんだってば!もう、失敗しちゃったけど、」


 口を尖らすアリアは、それを放ったのち、改めてエルマンノを見つめ小さく口にした。


「...その、ご両親、長引くの?」

「ん?何故知ってる!?読んだのか!?」

「え、口に出して言ってたけど」

「あ、そうだったか?」


 驚いた様子のアリアに負けないくらい、驚いた様子でエルマンノは返した。と、それに頷き、改めて告げた。


「どうやら、更に一週間かかるっぽい。...食事に関しては金庫の金使っていいってさ」

「そ、そうなんだ、」


 その返答に、どこか安堵を見せている様子のアリアに、エルマンノは眉を潜めたものの、それどころではないと。冷や汗混じりにそう声を上げた。


「いや、だが良くはないぞ」

「...え?」

「金庫の金は既に、使い始めている」


 エルマンノは至って真剣に。力強い表情と声音でそれを放った。


          ☆


「はぁ、、元気してたか?妹、」

「いい加減それやめてくれない?というか、どうしたの?いつも以上にキモい顔してるけど」

「いつも以上は余計だ」


 次の日。フレデリカの元へ顔を出したエルマンノは、昨日の件があり少し不安げな表情でいつもの挨拶を口にした。


「実はアリアを家に招いた分の金が随分と使ってしまってるんだ。親が帰ってきた時に金の割合が合ってなければマズい、」

「え、?いや、、え?アリアって、、あんたのなんなの、?」

「ん?妹だ」

「妹なら問題無いでしょ?」

「親は会った事ない」

「まだって事?」

「親が遠征に行ってる時に。先週出会ったばっかりだからな。フレデリカと同じで、その時妹に任命したわけだから、、なんて説明すればいいか」

「は!?え、どういうこと!?」


 エルマンノが息を吐きながら調合の準備を進める中、フレデリカはその一言に目を剥き声を上げた。


「どうした?ここは図書館と同じで静かにする場所じゃ無かったのか?」

「そんな事はどうでもいいから」

「えぇ、、いいの?」

「それよりも、なんて言った!?アリアとは、先週初めて出会った。それまでは他人だったわけ?」

「その通りだ」


 フレデリカの焦りを含めた言葉に、エルマンノは淡々と頷く。


「え、だって、私と出会ったのも、先週でしょ?」

「ああ。アリアに出会った次の日にフレデリカに会った」

「は、?それであんなに平然と一緒に居たわけ、?」

「ああ。なんだか俺の家に来たいって言ってたからな。まさかこんなに長く続くとは思わなかったが」

「はぁ、、それただの家出少女だよ。なんでそうホイホイ家に入れちゃうかな?私の時もそうだけど」


 呆れた様に呟くフレデリカに、エルマンノは真剣な表情で、真っ直ぐ目を見て返す。


「それは、妹だからだ」

「妹?」

「妹は家に入れて当然だろ?」

「ごめん。やっぱあんたの事通報する」

「やめてくれ、、そうしたら、森の件も話すぞ?」

「話して良いよ。私よりあんたの方が罪は重い」


 心底呆れた様子で頭を押さえ調合に戻るフレデリカに、エルマンノは浅く息を吐くと、同じく調合に戻り改めた。


「...ってのは嘘で。助けを求めてる人には、手を差し伸べたくなるもんだろ?」

「...はぁ、いかにもな偽善ね、」

「確かに、俺の目に見えないところで助けを求めている人は多いかもしれない。命の危険とかな。...でも、それを把握するのは無理だ。だから、せめて俺の手で救える人は、救いたいって。そう決めてるんだ」

「...あんた、やっぱり変わってる」

「良く言われるよ。主にいもーー」

「もういいから」


 エルマンノが自信げに口にしようとした直後、もうそれは聞いたと言わんばかりに、フレデリカはため息と共に口にした。


「にしても、なんでいつも作業してる時に話しかけてくるの?気が散るから静かにって言ってるんだけど」

「今のはフレデリカからじゃないか?」

「あんたを新薬の実験台に使うよ?」

「う、、その、だな」


 フレデリカの問いに、エルマンノがジト目を向けるものの、彼女は手元に視線を向けたまま僅かに声を低くして返す。それに一度言葉を詰まらすと、頭に手をやりながらエルマンノは強い意思に比例し、同じく強い相貌で放った。


「作業をしている時の手つきが唆るからだ」

「もう二度と一人作業出来ない体にしてあげようか?」

「そ、それはどの作業の事ですかね」


 エルマンノが焦りと共にそう聞き返すがしかし。フレデリカは更に呆れた様子で口を噤んだ。その姿にエルマンノは小さく鼻で息を吐くと、そのまま口にした。


「ただ、作業しながらの方が、面と向かって話すより話しやすいだろ?兄妹で真剣に話すのは、なかなか難しいものだ」

「...はぁ」


 エルマンノの本当の答えに、フレデリカは少し目を細めて、口を窄めたのち息を吐いた。それ以上は、何も言うことは無かった。それと同様。エルマンノもまた、それ以上口出しする事はなかった。

 そんな中、ふと。フレデリカは浅い息を吐くと共に、改めて放った。


「...私、何も出来てないよ、」

「え?」


 突如切り出したフレデリカに、エルマンノは声を漏らした。


「目標、突破出来てるでしょ?」

「ああ。流石俺の妹だ」

「...そんなの、私自身の力じゃ無い」

「何言ってるんだ。頑張ってきただろ?フレデリカのその努力の結晶でーー」

「そんなんじゃ無い!」

「...」


 突如、フレデリカはそう声を荒げ、隣のエルマンノは僅かに目を見開く。


「私の努力で出来てるわけじゃ無い、、あんたが、全部教えてくれてるだけ」

「...」

「あれからもずっとそうじゃん。適当に話して変なもの作ってる様に見せてるけど」

「変なものとは心外だな」

「でも、それ全部私がその時必要なもので、、悩んでることで、、だから、全部っ、全部エルマンノの頑張りじゃん。私の努力なんて、少しも入ってない、」


 フレデリカのその言葉を、エルマンノは息を吐きながら聞き入れると、作業の手を止めて口を開いた。


「そんな事無い。俺は魔法が使える。だからこそ、魔力の動きが分かるんだ。でも、フレデリカはそれが分からない」

「何?魔力が無い事煽ってる?」

「違う。それなのにも関わらず、俺の生み出した魔力による物質が、どういうもので、どういう仕組みで、尚且つどうすれば結びつくのか理解出来てるのが凄いって事だ。普通、俺のそれを見ても結びつきなんて分からない。それを直ぐに理解して応用出来るのは、フレデリカの頑張りがあったからだ」

「...」


 口を噤むフレデリカに、エルマンノは付け足す。


「俺だって、あんなの見せられただけじゃ何も分からないしな」


 即ち、フレデリカの努力はちゃんと見えている。そうエルマンノは言いたいのだ。


「...何様?」

「お兄ちゃんだ」

「そろそろ閉じ込めた方がいいかもね」

「どこにだ?妹の部屋か?」

「刑務所」


 エルマンノがえぇと声を漏らしながら聞き入れる中、フレデリカは彼の言葉を噛み締める様に頭に入れたのち、なら、と。真剣な表情で改めた。


「なら、その、、買い物、行きたい、」

「どうした突然、情緒不安定だな」

「耳から薬品入れるよ?」

「そこが不安定って言われるんだぞ、?」

「...はぁ、、その、この間の、、その、全部終わったらどうしたいってやつの話」


 フレデリカが突如口にしたその言葉に、エルマンノは目を丸くしほんのりと口元を綻ばせた。


「それでいいのか?目標が大きいんだ。もっと大きなご褒美でもいいと思うが」

「大きいショッピングで買い物したい。...魔導書とかも、買ってみたい。魔薬の勉強だけじゃ無くて、魔力の事も知りたいし」

「ふっ、、そうか。フレデリカらしいな」

「どういう意味?」


 フレデリカの回答に、エルマンノは思わず笑みを溢してそう口にした。それに少し怪訝そうに返すフレデリカだったが、その笑顔に悪意がない事を読み取り、僅かに薄ら笑った。


          ☆


 その日も、エルマンノの力があったからか。本日中の目標に達する事が出来た。後三日ほど。これならば問題無いだろう。エルマンノは妹との買い物を夢見ながら家へと戻るため森を歩いていた。

 と、その時。


「ん?」

「あっ!」


 ギクッと。まるで絵に描いたように驚くアリアに、エルマンノは目を凝らした。


「どうした?こんなところで」

「いやぁ、その、街へ買い物に、」

「買い物にしては荷物がなく無いか?」

「あっ、ああ!そう!何も無くって、、残念!」

「...」


 エルマンノはアリアの様子にジト目を向けながらあははと無理に笑う彼女の話をただ聞き入れた。が、その後。

 家に着いたと共に、エルマンノは浅い息を吐いてそう切り出した。


「どこで働いてたんだ?」

「えぇっ!?な、なんでっ、どうしたの突然!?」


 驚愕した様子で、取り乱すアリアに、エルマンノはやはりかと。嘆息した。


「別に大丈夫だ。確かに食費が嵩んだのはアリアによっての部分はあるが、そこまで気にする必要無い」

「で、、でも、」

「でもじゃない。稼ぐのはお兄ちゃんに任せておけ」

「どこで稼ぐか考えてあるの?」

「無い」

「はぁ、やっぱり」


 自信げに言うわりには明確なビジョンの無いエルマンノに、アリアは息を吐く。


「ちなみに、アリアは今日働いてきたのか?」

「ううん、、探してる最中。...その、色々事情あるし、時間もないから、直ぐに出来て直ぐに報酬がもらえるやつがいいかなって」

「ああ、確か街にはギルドハウスがあったな」


 そう、街にはギルドハウスが存在する。そこで小さなクエストを受けることで報酬。即ち金が手に入るという事だ。この世界でも、お店が存在する以上店員として働くも良し、更にはバイトやパートも存在するという息苦しくなる様な社会だ。だが、この世界もファンタジー。ギルドハウスに行けば、たちまちそこは冒険者の集まり。冒険者である事、パーティを組んでいる事。その二つの条件さえ満たしていれば、クエストを受けることが可能だ。つまり、アリアはそれを目的にギルドハウスに出向いた。と、思ったが。


「アリアって冒険者なのか?」

「うっ、、ううん、」

「パーティは?」

「な、無い、」

「だから途方に暮れてたのか」

「ちっ、ちがっ、、ちゃんと、単発探してたから、」

「単発まであるのか、大差ないな」

「ん?何の話?」

「こっちの話」


 エルマンノはそう短く返すと、少し間を開け放った。


「まあ、アリアも、色々考えてくれてたんだな、、ありがとう。元凶はアリアだが」

「さ、最後は余計だよ!...でも、ごめん、エルマンノ、、負担、かけちゃって、」

「ごめんより、俺はありがとうって言われたいね」

「え、、あ、、うん、ありがとうっ!エルマンノ!」

「そこはお兄ちゃんが良かったなぁ」

「はっ倒すよ!?」

「フレデリカの影響が出始めてるな。流石は姉妹」

「だからっ!家族になった覚えはないんだけど!」


 エルマンノが冗談めかしてそこまで放つと、同じく笑ってツッコむアリアに改めて告げる。


「だからまあ、金銭の事はあまり考えるな。俺が考える」

「バイトでもするの?」

「無理だな。生き物と接する事が無理だ。接客とか、特にレジとか、たまったもんじゃない」

「私達には初対面から平然と話しかけてきたくせに?」

「妹は神だ。生き物を超越した存在だからな」


 そう自信げに放つエルマンノに微笑みながらもジト目を向けるアリア。そんな中、彼女には見えない様に背けながらも、冷や汗を流したエルマンノだった。


          ☆


 その後も、金を稼ぐ方法がいまいち見つけられないまま、エルマンノはいつもの様にフレデリカの実験室の目の前に到達した。

 明日はとうとう約束の金曜。時間というものは早いもので、気づいた時には目の前であった。


「元気にしてたか?妹よ」


 エルマンノがドアを開けると共にそう口にするがしかし。


「ん?」

「...」


 目の前でいつも通り魔薬を作っていたフレデリカは、何だかやけに集中している様で、返事が無い。それに気づき静かに入室すると、エルマンノもまた準備を始める。


「...いつにも増して随分と集中してるな。流石は妹」

「ああぁぁぁぁぁっ!うるさいっ!うるさいうるさいうるさいっ!」

「っ」


 突如、フレデリカは声を荒げて頭を押さえる。その光景に、エルマンノは一度目を剥き怪訝な表情をしたのち、駆け寄る。


「どうしたんだ?大丈夫か、?」

「うるさいっ!話しかけないでよっ!話っ、かけんなっ、」


 最初こそ叫んではいたものの、だんだんと掠れた声になっていき、フレデリカは歯嚙みして顔を背けた。


「...大丈夫だ。そんなに焦る事無い」

「黙ってろよ、、もう、出てって、」

「...」


 フレデリカはそう掠れながらも放つと、自身の作業へと戻った。それを見据えたのち、エルマンノはどうするべきかと一度考えたものの、その場に残り、いつも通り実験を始めたのだった。


          ☆


「...」

「どうしたのエルマンノ。なんだか元気ないんじゃ無い?」

「ん?俺はいつもこんな感じだぞ?」

「いつも元気ないのは中々心配だけど」


 翌朝。約束の金曜。エルマンノは朝食の準備のためアリアと共にキッチンに立ったものの、いつもの様な言葉が現れない事に心配を口にした。


「まあ、、なんて言うか、色々、難しいなと、思ってな」

「お金のこと?」

「俺が出来そうな仕事は少ないなと思っただけだ」


 アリアの言葉に、そう遠い目をして返すと、既に上達している彼女の料理を眺めながら、エルマンノは息を吐いて覚悟を決めた。


「それじゃあ、行ってくる」

「あんまりフレデリカを困らせちゃ駄目だからね!」

「最善の努力をするよ」


 朝食や支度をある程度終わらせた二人の内、アリアがそう声をかけると、エルマンノは僅かに微笑みながらそれだけを残して家を後にした。

 どうするべきだろうか。エルマンノは森を歩きながら考える。昨日はエルマンノもまた今まで同様、フレデリカの作りたい新薬に使えるだろう物質の生成を行っていたのだが、どうやら今回はそれでも上手くいかないらしい。不正は行うわけにはいかないが、どうにかしてフレデリカには目標を達成してほしい。そんな考えを悶々と考える中、大した方法など思い浮かばずに実験室へと到達してしまった。

 まあ、とりあえず話し合おう。昨日は話そうとすると、更に声を荒げていたため、あれ以上は話せなかったが、今回こそはと。エルマンノはドアを開けた。


「今日も元気してたか、いもーーっ!?」


 目の前の光景に、エルマンノは驚愕したまま時が止まった様に、身を固めた。

 そこには、散らかった実験容器、器具、本。更には薬品や物質までが転がっており、まるで何者かに荒らされたかの様な光景が広がっていた。


「...フレデリカ?」


 険しい表情で辺りを見渡しながら歩みを進め、部屋の中全てを見る。


「どこだ、?フレデリカ、」


 がしかし、何処にも彼女の姿は無かった。


「っ」


 そこで、エルマンノはハッと。険しい表情のまま察する。

 何者かが侵入したのだろうか。いや、こんな森の中だ。考え辛い。ならば魔獣だろうか。だが、実験室の立地は完璧。上手く魔物が湧かない様な場所を維持している。ならば、と。

 昨日、彼女は思い詰めていた。明日に差し迫った約束の日。完成しなければならない日。それまでの目標は完璧。完成間近であった。だが、それなのにも関わらず。

 あと一歩。あと少しだけ、足りなかったのだ。

 頭では分かっていても中々実現しない現状。明日までに作り上げなくてはいけないのに、それが成し遂げられない悔しさとむず痒さ。

 そうだ、それならば、フレデリカは。


「クソッ!なんだよっ!」


 エルマンノはそこまで考えたのち、歯嚙みして実験室から飛び出した。

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