第5話「妹との約束」

「ど、どういうこと、?」

「ほんとにどういうことなの!?エルマンノ!」


 二人からそう放たれても、尚頭を下げ続けるエルマンノは、数秒ののち頭を上げて真剣な表情で放った。


「魔薬に、取り憑かれた」

「...通報しよっか?」

「違うそういう意味じゃない!」


 冷静にジト目を向けるフレデリカに、エルマンノはそう言い返して立ち上がる。


「俺も、研究がしたくなったんだ」

「そ。出来る場所、どこか探したら?」

「フレデリカのお陰でだ」

「...は、?」


 ドアをゆっくりと閉めようとするフレデリカに、エルマンノは真剣な表情で続ける。


「フレデリカ、薬の調合とか、魔薬作り。それが好きっていうその熱意とか、それを好きになって欲しいって気持ち。言葉から良く理解出来る。だからこそ、俺も作りたいって思った」

「...」

「新薬、色々作らなきゃいけないんだろ?それに、俺も協力させてくれないか、?」


 エルマンノの言葉に、フレデリカは目を一度ピクリと動かすと、拳を握りしめた。


「...嫌、」

「っ」


 その反応を見て、エルマンノもまた目を見開く。そうか、そうだよな、と。それを察したのち、エルマンノはフッと。小さく笑みを作って、怪訝な表情を浮かべるフレデリカを前に立ち上がった。


「何、?」

「なら、勝負、しないか?」

「え?」

「フレデリカと俺。どっちが先に新薬作れるか、だ」

「エルマンノ!?ちょっと何言ってーー」

「分かった」

「「!」」


 唐突に宣戦布告するエルマンノに、アリアが止めようとする中、それを遮ってフレデリカが目つきを変えた。


「絶対、負けないから」

「よし、そうと決まればーーっ!」


 エルマンノがそう切り換えると同時。フレデリカは強くドアを閉めた。


「あ、」

「え、?」


 突如静まり返ったその場で、エルマンノが手を前に出し小さく声を漏らすと、同じくアリアもどうしたのかと。声を漏らす。

 と、その直後。


「待ってくれ!いや待ってくださいフレデリカ様!頼みます開けてくださいぃ!」


 またもや膝を地面につけてドアを叩きながら、そう情け無い声を上げた。



「で、?この研究室貸して欲しいって事、?」

「お願いします」

「嫌。他所をあたってよ」

「なら、昨日作ってやっぱり恥ずかしくなって捨てた薬品を舐めに行きます」

「え?何それ」

「っ!?」


 突如素っ頓狂な事を言うエルマンノに首を傾げるアリアとは対照的に、フレデリカは目を見開き顔を赤らめ、驚愕の表情を浮かべる。


「な、、なんで、知って、」

「...確か、魔力の無い人間の体液に含まれた粘液が必要な魔薬があった筈だ。それを作ろうと思ったんだろうが、途中で諦めてそこの草むらに捨てたんだよな?」

「えっ!?た、体液!?」

「っ!そんな大きな声で言うなっ!」


 声を上げるアリアに、フレデリカもまた思わず声を上げる。


「駄目だろ?いくら森だろうが、それは立派な環境破壊だ。だからこそ、俺が後処理をしてこよう」


 昨晩。フレデリカの調合室前を通りかかった際に見たそれを思い出しながら、エルマンノはそう呟くと、その草むらに足を進める。


「ばっ!?」

「なっ、何捨てたの!?」

「安心しろ。妹の汗だ、汚くなんか無い」

「え、」

「ちょっといい加減にっ!」


 何故か興味津々だったアリアがその一言に声を漏らすと、必死に声を上げるフレデリカを無視して、エルマンノはそこへしゃがみ込む。


「舐めます。ーーごっ!?」


 突然、殴られた。

 フレデリカの殴りは、拳であり少々外傷を負ったものの、大した事は無かった。正直、鏡を見るのは怖いが。

 だが、それの甲斐あってか、なんとか調合室を借りる事に成功したエルマンノは、フレデリカの隣の作業台で一式を広げた。すると、隣に居たアリアが、安心した様に息を吐き口を開いた。


「...あれ、汗だったんだ」

「ん?何と勘違いしたんだ?」

「え!?いや、それは、なんでも、」

「残念だが、なんでもっていう体液は無いぞ?」

「ちっ、ちがっ!もう!分かってる癖に!」

「ねぇ、気が散るんだけど」

「あ、ご、ごめんなさい、」


 そんな二人の言い合いに痺れを切らしたフレデリカが、苛立ちを見せながら割って入ると、アリアは口を尖らせ謝罪した。


「お兄ちゃんにも言ってくれないか?」

「嫌。ご褒美になるでしょ?」

「察しがいいな。流石兄の事をよく分かってる」


 エルマンノの放つ淡々としたそれに、フレデリカは「はいはい」と適当に遇らうと、手元に集中する。と、そんな中。


「おぉ、」

「えっ、ちょ、ちょっと何!?」


 突如エルマンノの作っていた薬品の入った試験管から花火の様な火花が散り、上方向へ伸びた。それに、アリアはびっくりしながら後退りし、声を上げた。そんな中、どんどんと大きくなるそれに、エルマンノは「綺麗だな」とイカれた言葉を口にしながら釘付けになる。それと共にアリアは更に声を荒げその場から逃げ遠くに隠れる。

 そんな一連の光景を、横目で見据えながらフレデリカは心底呆れた様に息を吐く。


ーほんと、なんなのこの人達、ー


 息を吐き、早く出ていってくれないかなと。内心思いながら視線を手元へ戻そうとする。が、しかし。


「っ!?」


 いや、待てよと。フレデリカは突如ハッとしてその火の上がっている物質を見据える。あれなら、もしやと。自身が今作り上げたこの薬品に、エルマンノが使用したであろう物質を混入させる。

 すると。


「っ!やったっ、、出来た、」

「え、?」「お?」


 歓声を、絞り出した様に小さく漏らすと、それに続いてエルマンノとアリアがそれぞれ顔を覗かせる。そこには、おどろおどろしい色をした液体があった。


「失敗じゃ無いの、?」

「成功っ、、成功したのっ」


 アリアが冷や汗混じりに呟くと、珍しく喜びを露わにしたフレデリカがそう返す。


「新薬か?」

「これは新薬では無いけど、私がずっと作りたかったもの。新薬を作るのにレシピなんて無いから、こういう新たな物質と掛け合わすのが効率的なの」

「凄いじゃん!ほら、エルマンノ!負けてるよ!」

「流石に実験大好き妹には追いつけないか。まあ、まだ一日目だ。切り替えていこう」


 いつもより声の強弱をハッキリとさせながら放つフレデリカに、アリアはクスクスと笑いながらエルマンノに促す。それを受けた彼の反応に、フレデリカは目をピクリと動かす。


「ほらっ!エルマンノも!次っ!」

「なんか俺よりもノリ気になってないか?」

「見てる分には楽しいよ!」

「見てる分にはかよ、」


 エルマンノがジト目でそう返したのち、フレデリカと同じく調合作業に戻る。

 がしかし。

 先程のあれは奇跡に近かったのか、それから一時間程経った現在も、大きな変化は訪れなかった。


「ふぁ〜あ、」

「あくびをするな。悲しくなってくるだろ」

「仕方ないでしょ!生理現象なんだから!」

「なんかその響きエッチだな」

「エルマンノさいてー」


 淡々と呟くエルマンノに、これまたアリアも覇気のない声で返す。互いに、長時間の作業や待ち時間に限界がきている様子だった。


「はぁ、、ひま〜」

「...こういうのもたまにはいいんじゃ無いか?釣りみたいで」

「私釣り嫌いだもん」

「ゆったりとした時間の流れの中、時々起こるあのゲリライベント。癖になるぞ」

「置き網とかの方が効率いい」

「漁法の話だったか」


 エルマンノは作業をしながらそう返し、アリアは室内を見渡しながら放った。と、その後。突如アリアは「あっ」と。声を漏らして立ち上がった。


「ちょっと買い物行かなきゃ行けなかったんだ!ごめん、行ってくるね〜」

「...逃げたな」


 バイバイと手を振りながら家を後にするアリアに、エルマンノはそれを見届けたのち小さくぼやいた。

 それからというもの、その場には沈黙が訪れた。フレデリカと二人きりの空間。実験室であっても、彼女の部屋である事には変わりはない。


「こ、ここ、これが女性の部屋かぁ、、なんだかっ、ドキドキするなぁ」

「キモい出てって。薬で本当に心臓ドキドキさせようか?」

「物理的にはやめてくれ」


 心底嫌そうな彼女に押され、エルマンノは小さくそう返した。


「いもーー」

「フレデリカ」

「...フレデリカ。そっちの進捗はどんな感じだ?」

「なんで言わなきゃいけないの?」

「別に言わなくても良い。兄妹であろうとも、今は敵同士だからな」


 エルマンノが妹と言いかけて、フレデリカが強く割って入る。それに対して仕方ないとエルマンノは普通に会話を始めたものの、彼女に即答されてしまう。


「はぁ、なら何も話さないで」

「面白い冗談だ」

「何も面白くないし、冗談でも無いんだけど」


 それを最後に、またもやその場には沈黙が訪れる。まあ、話さないでと言われたのだから当然だが。


「...フレデリカは面白いな」

「はぁ、一分も耐えられないわけ?」

「何だか違う意味に聞こえるな」

「はぁ、、勝手に妄想して幻覚と共にここから出てってもらえると助かるんだけど」

「そういうところだ」

「は、?」


 フレデリカの淡々とした返しに、エルマンノもまたいつもの調子で一言を返す。


「こんな、第一声からヤバいやつに、そんな流暢に、普通は話さない。しかも、いくら怒りが勝ってたとは言え初対面の時からだ」

「え、、自覚、あったんだ」

「当たり前だ。そこまで本気の驚きをしないでくれ」


 心底驚愕した様子を見せるフレデリカに、エルマンノは苦笑を浮かべる。


「だからこそ、面白いなっていう話だ。俺にこうして話し返してくれる」

「正直話したく無いんだけど」

「沈黙でも良い。それがどこか暖かい。それが妹。家族ってものだ」

「...家族、、私は、そうは思わないけど」


 エルマンノの言葉に、フレデリカは小さくそうぼやいた。それを聞き逃さなかったエルマンノは、ピクリと。目を僅かに動かして聞き入る。前に言っていた親の話しは、本当だったのかもしれないと。


「はぁ、、なかなか出来ないな、」

「そりゃそうでしょ。そんな直ぐ出来たら私が困るんだけど、、というか、どれくらい勉強したの?」

「あー、俺、今回全然勉強してきてないわ〜、やべぇ」

「裏切る人の言う事じゃ無い?それ」


 わざとらしく放つエルマンノに、フレデリカは一瞥したのちため息を零す。すると、そののち、口を開こうとはしないエルマンノにフレデリカが続ける。


「...相当勉強したでしょ?この間は魔薬の存在自体大して知らなかったのに、ここまで突然出来る様になる筈ない」

「どうだろうな。偶然の産物である可能性も高いぞ?」

「偶然、、ね」


 エルマンノの返しに、フレデリカがジト目を向けると、その矢先。


「どう?そろそろ出来た?」

「飲み屋みたいに入ってくるな」

「というか戻って来ないで」

「えぇっ!?なんか二人とも私の扱い酷くない!?」


 突如アリアが帰って来た様で、ドアを自分の家の如く開けると同時にそう口にした。


「おっ!なんか出来そうな雰囲気だぞ!?」

「えっ!ほんと!?」


 するとその瞬間。突如としてエルマンノが調合を行っている試験管内の液体が色を変え、震え始めたではないか。これは何かが起こるであろう兆候。それを察してアリアが身を乗り出した。

 と、刹那。


「きゃっ!」

「なっ!?」「っ!?」


 それが弾け飛び、アリアの体に付着する。これはマズいやつか。エルマンノとフレデリカがそれぞれ慌てて振り返る。

 すると、なんと。


「えっ、えぇぇぇぇぇぇっ!?」

「おぉっ」「はぁっ!?」


 お決まり。何故か服だけが溶け始めてしまった。


「なっ、なんなのこれぇ!?」

「わ、悪いっ、不可抗力でっ!」

「どういう意味、?」


 使い方はおかしかったが、またもや言いたかった事リスト上位に君臨する言葉を発することに成功した。流石ファンタジーだ。ありがたい。


「というかっ!見るなぁぁぁぁぁっ!」

「ごふあぁ!?」


 それに感動していて見惚れていたのか。知らぬうちにアリアを凝視していた様で、気づいた時には彼女に殴りをいただき、意識が途切れた。


          ☆


「...ん、?こ、ここは、」


 数分後。エルマンノは薄らとした意識の中、目を擦って起き上がった。


「起きた?気づいたならさっさと帰って」

「...寝かしてくれたのか、?」


 フレデリカの実験室。奥に置いてあった、本棚の隣に備え付けられたソファから起き上がったエルマンノは、この現状にそう声を漏らした。


「地べたに寝かせておく方が厄介なの」

「...ちなみにアリアは?」

「先帰った」

「兄を運んでくれても良いのに」

「ただでさえ気を失ってる人間をおぶるのは難しいのに、全ての元凶である貴方を背負って帰るなんてするはずないでしょ?」

「裸で?」

「私が服貸したよ。...あんたの家で洗われるのは癪だけど、きちんと洗って返して」

「俺がしっかりと手洗いしてやるから安心してくれ」

「安心出来ない事を堂々と言わないで」


 そんな中でも、確かにおんぶして帰るのは大変だろう、と。エルマンノはフレデリカが呆れ混じりに放ったそれに、悶々と頷く。そんなフレデリカは未だ同じく薬の調合を行いながら、彼を一瞥する。


「...まだ、やってるのか?」

「なんのこと?」

「いや、薬の調合。いつも、こんな時間までやってるのか?」

「昨日の事知ってたなら分かるでしょ?夜までやってる」


 現在の時刻は、気絶したのが夕方なだけあり既に夜になっていた。それを確認しながら放つエルマンノに、最もな返しをフレデリカは零した。


「いや、それは昨日だけなのかと思って」

「いつもそう。それくらいしないと、間に合わないから」


 間に合わない。その言葉がどこか引っかかったエルマンノだが、そんな彼を置いて、フレデリカは尚も続けた。


「あと、貴方、もしかしてわざとやってた?」

「わざと?なんの話だ?」


 フレデリカの切り出しに、エルマンノは心の底から心当たりがない様子で首を傾げる。そんな彼に、フレデリカは浅い息を吐いて目を細める。


「とぼけないで。さっきの、服を溶かすあれ。あの薬品も、私が今必要だった物質に限りなく近かったし、今、作りたかった投薬が完成した」

「おお。それは良かったじゃないか」

「だからこそだってば」

「?」


 素直に手を叩き歓声をあげるエルマンノに、フレデリカは僅かに声を強くして放つ。


「...一回目に、貴方が作って爆発した薬品も、私が必要としていたものだった。さっきのもそうだし、、あんた、知っててやってるんじゃ無いの?私が頑固だから。手助け出来ないと思って、そういう遠回しな形でフォローしてるって事なんじゃないの?」


 歯嚙みして、フレデリカは拳を握りしめながら放つ。その様子に、エルマンノは僅かに視線を逸らしたものの、直ぐに目つきを変えて告げた。


「俺がそんなに器用に見えるか?まだ勉強し始めて数日しか経ってないんだぞ?」

「それがウザいんじゃん」


 抑えきれないそれを、フレデリカは低く口にする。


「なんで、?なんで出来るわけ?私も、、頑張ってきたのに、、ずっと、勉強してきたのにっ!なんで、、なんで初めてやったエルマンノに、教えてもらわなきゃいけないのっ、!?」

「...」


 掠れた声を上げるフレデリカに、エルマンノはバツが悪そうにしながら視線を泳がせたものの、どこかで覚悟が決まったのか、真剣な表情で放つ。


「いや。俺が出来るのは、あくまでヒントを与えるだけだった」

「は、?」

「薬の調合は、ただ勉強すれば出来るものじゃ無い。フレデリカが、一番良く分かってると思うが、その時の状態、環境。更に分量や調合する際に使用する器具の違い。そのそれぞれが奇跡的にマッチして、それは生まれるんだ。だから、偶然に近いのかもしれないな」

「...だから、私に何を使うかだけ教えて、後は全部人任せって事?」

「なんだかまとめ方に悪意がある気がしますが?」


 フレデリカが、未だ声を低くして放つ中、エルマンノはジト目で彼女へ視線を向けながらそう小さくツッコんだ。


「まあ、まとめ方に悪意はあるけど、そんな感じだ。俺には出来ない。でも、俺はフレデリカを信じてたんだ」

「は、?どういうこと、?」

「俺のサインに気づいて、それを分析して、自分で再現して、完成させる。それが出来るのは、フレデリカしかいないと。そう思ったからあえてフレデリカにあれを見せたんだ。爆発とか溶かしたりとか、色々失敗しちゃったけどな。でも、フレデリカだったら、俺の出来ない事をやってくれる。やり遂げてくれると信じてたんだ」


 エルマンノは苦笑と共に頭に手をやり、そう口にする。それにフレデリカは口を噤んで目を逸らす。


「対戦相手を信じてどうすんの?自分でやり遂げなよ」

「確かに。俺とフレデリカのバトルだもんな。俺が勝たなきゃ駄目だ。だけど、俺は対戦相手に敬意を払うタイプの人間だからな」

「はぁ、、ほんと、嘘が下手なのはどっちでしょうかね、」


 エルマンノの返しに、フレデリカは息を吐いて、呆れた物言いで答える。すると、そののち。

 フレデリカは少し無言で調合をしたのち、改めて口を開く。


「そんな事して何になるの?」

「そんな事とは?」

「私にアイデアを渡す行為」

「そんな事をしたつもりは無いが?」

「はいはい。なら、なんで私と対戦しようとなんてしたわけ?」

「妹と。妹の好きで、夢中なものに俺もまた触れて見たかった。そして二人で切磋琢磨してみたかった。ただそれだけだが?」


 彼の答えの意味は、未だ分からない。彼の事は理解出来ても、その根本や、それの原動力は具体的に浮かんでこない。だが、と。フレデリカは彼の思って、やり遂げたいそれを察し、苦しそうな表情で息を吐いた。


「はぁ、、もっと前に会ってれば良かった、」

「え?」

「もっと前に、会えてれば良かったのに」

「ああ、今のは難聴主人公をやったわけじゃ無くて、それがどういう意味なのかって理由でなんだが?」

「はぁ、、あっそ、」


 突如放たれたその言葉に、エルマンノは首を傾げる。


「ほら、私、今相当尖ってるでしょ?その前に、会いたかったなって。その頃だったらきっと、もっと素直に話を聞けたのにって」

「昔は素直だったのか?」

「まだマシだった。そう言った方が正しいかな。あの頃なら、貴方のご厚意をちゃんと正面から受け止められてただろうね。今そんな事言われても、ただ虚しくて、腹立っちゃうから」

「まあ、妹は少しくらい尖ってた方がいい」

「普通、別に尖ってないとか、俺はそうは思わないとか、そういうの言うんじゃ無いの?」

「そう言って欲しいのか?」

「違う」


 フレデリカの本音の様なそれに、エルマンノは答えると、彼女は即答する。その様子に、エルマンノはめんどくさいという様に息を吐いて頭を掻く。


「だったらなんだっていいだろ、兄が言うことなんて。自分が思ってる自分が自分だ。人によって見え方が違くても、本人がそう言う以上、それがその人だ。でもだからって、それが悪い事とは思わない。俺はそう言ってるだけだ。だから別に、素直に、律儀に俺の言葉を聞く必要もない。妹もまた反抗期が訪れるものだ」

「...きっと、貴方が正しいのかもしれない。もっと素直に貴方の言葉を聞いて、ただ二人で協力すれば、もっと簡単に新薬が出来てたかもしれない。それなのに、私の変なプライドのせいで時間がかかって、面倒な事になって、森も燃やしちゃった。それでも、貴方は貴方の言葉を私は聞かなくて良いって言うの?」

「ああ、その通りだ。別に正論なんて一つじゃ無い。正解が無数に存在する様に、自分なりの答えってものがあるんだ。だから、変に相手が正しそうだからって聞き入れる必要は無いし、俺を意識なんてしなくていい。ただ言えるのは、兄が出来る事は道を作る事だ。それが良いものでも悪いものでも。それを見てきた妹が、自分の道を見つけられるよう先陣を切る。それが俺の、妹に対して行える一番の行為だ」

「...それを見た妹が、悪い道に進んでしまっても?」

「ああ。それが選んだ道だっていうなら、それは兄の責任だ。しっかり向き合うよ」


 フレデリカの不安が積もった表情と言葉、声質に、エルマンノは安心させる意も込めて力強く放ってみせる。と、その様子にフレデリカはまたもや僅かに鼻で笑った。なんか煽られた気もする。そろそろ泣いても良いだろうか。そんな事を考える中、フレデリカがそう口にした。


「ほんと、変わってる」

「良く言われるよ。主に妹にな」

「だろうね」


 そんなやり取りをするフレデリカは、どこか今までよりも打ち解けている様子で、口元が僅かに綻んで見えた。


「あ、そうだ。フレデリカ。新薬作らなきゃいけないんだろ?なら、スケジュールを作ってみたらどうだ?それに沿ってやっていけば、一歩ずつ、目標に近づけるだろ?」

「え、?良いけど、、なんで突然?」

「大きな目標に到達するには、小さい目標がいくつも必要なんだよ」


 そう呟いたエルマンノに、フレデリカは「そうなの?」と訊き返すと、彼もまた「そうなの」と頷く。と、その後、少し考える素振りを見せたのちに、フレデリカは息を吐いてそう放つ。


「なら、来週の金曜日までに、、新薬、作り終わる」

「おお、いい気合だ。今が火曜だから、大体一週間ちょっとあるな。じゃあ、それまでの工程の中にいくつか目標を作って、それぞれの日付に当てはめていくか」


 エルマンノの提案に、フレデリカは口を尖らせながらも小さく頷くと、用意した用紙に日程を書き込み始めた。


「全ての目標を達成して、最終目標をクリアしたら、どこか行きたいところとかあるか?」

「え、?なんでそんな事?」

「何か報酬があった方が更に燃えるだろ?」

「...行きたい、、場所、」

「欲しいものでも良いが」


 エルマンノの発言に、またもや顎に手をやり考え込む。その様子に、そこまで悩むなら、急がなくて良いぞと口にした、その瞬間。


「私、普段から行ってるところがあるの」

「行ってるところ?」

「なんか苦しくて、辛くなった時に行く場所。王国の端にある、丘の上。その周りには何もなくて、夜空がよく見えるの。そして、街全体を見られる。...そこに行くと、なんか私が小さく感じて、少し、楽になるから」

「そこに行きたいのか?」


 どこか遠い目をして放つフレデリカに、エルマンノはそう返すと、少し悩んだのち、首を振った。


「いや、いつも落ち込んでる時に行くから、なんか違う気がする。...ごめん。その時の事は、後で考えても良い?」

「ああ、当たり前だ。フレデリカの事なんだ。自分の好きな様に考えてくれて構わない」


 エルマンノがそう優しく微笑んで返すと、フレデリカは以前とは少し違った表情で、「ありがとう」と。そう返したのだった。


「なんだか珍しいな。感謝の言葉を受けるとむず痒くなる」

「だったら薬品飲ますけど?」

「昨日の、森に捨てた試作品なら是非とも飲みたいが」

「死ね」


 ああ。なんだかいい雰囲気だったのに、自分の何気ない言葉のせいでいつもと同じになってしまった。残念無念。反省しなくてはと。エルマンノは全くそんな様子には見えない微笑みを浮かべ、声をかけたのち実験室を後にした。

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