第4話「お兄ちゃんによるお宅訪問」
カタカタと震え音を鳴らす熱された試験管。薄暗い室内に七色に光る謎の液体が貯蔵された棚。木材で出来た建物内。ファンタジーでのポーションを作る部屋を、これでもかと再現されている、いかにもな一室。歩くたびにギシギシと軋む音が鳴る地面。その音が、数人の足音と共に大きくなった。
「なんでここまで来てるわけ?」
「いや、気にするな。授業参観に兄が来ても問題ないだろ?」
「授業じゃないから」
「なら職場見学だ」
実験室に平然と後をつけズカズカと入るエルマンノに、フレデリカは歯嚙みしながらジト目を向けた。
「意味分かんない」
「それはついて来た事にか?」
「全部だよ」
フレデリカが呟いたそれに、アリアもまた同じ気持ちだったのか首を縦に振る。全部と言われても。そこまで自身はおかしいだろうか。妹に言われているからご褒美だが、そこまで言われると悲しいものもある。
「なんで意地でも関わろうとするの?」
「妹だからだ」
「真剣に答えて」
「...」
鋭い目つきで見つめるフレデリカに、エルマンノは耐えきれなくなったのか、僅かに目を逸らすと息を吐いた。
「いや、本当に、俺が妹だとフレデリカを任命したからだよ。...それと、可愛かったからだ」
「うっわ、、結局顔なんだぁ、」
「そういうもんだろ?」
エルマンノが微笑み放つと、アリアは呆れた様子で息を吐いた。だがそんな中、一方のフレデリカは怪訝な表情で疑いの目を向けた。
がしかし、直ぐに諦めた様子で息を吐くと、踵を返す。
「分かった。それじゃあ帰って」
「話聞いてました?」
「聞いた上で言ってるの」
深いため息と共に放ったフレデリカにエルマンノが首を傾げると、今尚我々を追い帰そうとする彼女に改めて告げた。
「あの森、所有はどこに含まれるんだろうなぁ」
「え?」
わざとらしく口にするエルマンノに、フレデリカは低く聞き返す。
「いや、あれって国の土地なのかなぁ、もしかすると家から近いし俺の敷地なのかなぁ」
「そんなわけないでしょあんな広大な土地。...それで、何が言いたいの?」
「火事起こしたってなったら大変だよなぁ。故意じゃ無かったとしても」
「っ、、脅迫してるの?」
目つきを変えて、冷や汗混じりに放つフレデリカに、エルマンノはニヤニヤとしながら彼女を見据えて返す。
「いや、ただの確認だ。それで?改めて聞くが、見学させてもらってもいいか?」
「クッ」
姑息な手を使った事に歯嚙みするフレデリカだったものの、諦めたのか息を吐いて項垂れる。
「もう、分かった。どうせどんだけ言っても変わらないんでしょ?言い合いするのも疲れるし時間の無駄。別に見てる分にはいいけど、もしこの部屋のものに少しでも触れたら許さないから」
「分かった。妹の部屋に兄が手を加えるのはタブーだよな」
「意味は分からないけどそういう事。妹に嫌われたくないなら黙ってて」
フレデリカの言葉に、エルマンノは律儀に無言で相槌を打ち了承する。
ーす、凄い、この短時間でもうエルマンノの手懐け方を理解してるー
その一連の光景にアリアが心中で驚愕の言葉を放つと、作業を始めるフレデリカを二人でただ見つめる。
うん、とてもシュールだ。
それ故に、アリアは数十秒ののち、耐えきれずにエルマンノに耳打ちする。
「ねぇ、、これどういう状況なの?」
「見てる。妹を」
「それは知ってる」
「他に何か必要か?」
「逆に何が足りてるの?この状況で」
「妹」
恐らく、妹は補給するものだと考えているのだろう。一番イカれた思想だ。それにアリアは恐怖すら覚えながら、意味が分からないとその場を離れる。
そんなアリアは、ふと背後にあった透明色で発光する液体に身を乗り出し見つめる。
「綺麗、」
「っ!何勝手に近づいてんの!?」
「あ、や、ごめっ」
「ほんと信じられない。少しの振動でも爆破するかもしれないんだよ!?」
「えっ!?そ、そうなの!?そ、そんなヤバいものだったとは、」
「だから言ったでしょ?知識のない人が、扱っていい代物じゃないの」
慌てるアリアにフレデリカが僅かに強くそう伝えると、一方のエルマンノは本棚にあった魔薬の書であろうものに手を伸ばした。
「後、どさくさに紛れて触ろうとしないで。本当に出てってもらうから」
「その言葉、もう一回言ってもらってもいいか?どさくさに紛れてってやつ」
「どう脳内変換してるのか知らないけど本当に触らないで」
「トイレを貸してもらいたくて」
「人の本を平然とトイレで読もうとしないでよエルマンノ、」
エルマンノの唐突な言葉に、アリアはそれを察して額に手をやる。それに、対するフレデリカが「貸すわけないでしょ、トイレなら森に行ってしてくれば?」というなんとも冷たい事を放つと、エルマンノはその対応に何故か微笑み一度震えると、数秒後息を吐いて踵を返す。
「えっ、どうしたの?」
それに驚いた様子でアリアがそう声をかけると、エルマンノは背を向けたまま手を振った。
「どうやらあまり歓迎されてないみたいだ。妹に嫌われるのは嫌だし、ここは帰らせてもらうよ」
「えぇっ!?今更!?」
なんだか呆気なく引き下がったエルマンノは、息を吐くとその小屋を後にした。また来る。そんな厄介でしか無い言葉を残して。
「もう戻ってこないでね」
「あっ、もっ、ちょっ、ちょっとぉ!」
仕方ないとトボトボ帰るエルマンノと、冷たく遇らうフレデリカに挟まれながら、アリアは動揺を見せたのち、一度頭を下げる。
「そ、そのっ、とりあえず、お邪魔しました!また来るからっ!」
「はぁ、、ほんと、来なくていいんだけど、」
同じく厄介な事を放って家を飛び出すアリアの背中に、フレデリカは呆れた言葉をかけると、調合作業へと戻ったのだった。
☆
「ちょ、ちょっとエルマンノ!?どういう事?突然帰るなんて、、らしく無いよ」
「...ん?もっと見学していて欲しかったか?」
「いや、気まずかったしそれは無いけど、」
「アリアのことはいつでも見学出来るから、それで十分だ」
「それどういう意味!?なんか新鮮味が無いみたいな言い方じゃん!って、そうじゃ無くてっ、いつでも見学しないで!」
エルマンノは森の中を歩きながら声を上げるアリアにそう返すと、視線を前へと戻して進む。と、その様子に。
「あ、、あれ、?エルマンノ、どこ行くの?家、こっちじゃ」
「ああ、ちょっと街へ買い物に行こうと思ったんだ。料理、作ってみるんだろ?」
「えっ、あ、うん、、そうだけど、」
「なら、先に帰って準備していてくれ。俺は買い足しに行ってくる」
そう淡々と放って手を振るエルマンノの姿に同じく小さく手を振りながら、まだ家には食材があった気がすると。首を傾げるアリアだった。
それから数分後。エルマンノは一人、図書館に設けられた小さなスペースで、ある書物を読み耽っていた。すると。
「...」
「はぁ、やっぱり。買い物なんて行ってないんじゃん」
「しー。図書館では静かにしなさい」
「エルマンノだって普通に話してるじゃん」
大きな図書館。これぞファンタジーと言わんばかりの見た目であるそこは、本以前にその場を見ているだけで一日は居られるだろう。
「うーん。図書館ではイベントが起こってもおかしくない。本が取れないロリっ子の、取ろうとしている本を取ってあげたり、バニーガールに遭遇したり」
「意味が分からないけど、、でも言いたい事は分かるかも!寝てる人の顔の上に乗せてる本が私の読みたい本で、声をかけたらイケメンだったみたいなっ!」
「いいぞ。面白い事が言える様になってきたじゃないか」
「大マジで言ったんですけど!」
「しー。静かに」
指を口の前で立てるエルマンノに、アリアは口を噤んで怒りを飲み込む。と、それを見届けたのち、エルマンノはまたもやその本へと視線を移し、真剣な表情で見据える。その様子に、アリアは何かを察して息を吐いた。
「それ、魔薬の本?」
「それ文字だけで見ると相当ヤバそうだぞ」
「確かに、、じゃなくて!答えてよ。...勉強、するつもりなんでしょ?」
アリアの見透かしたような言葉に、エルマンノは目を逸らす。
「やっぱり。あの時部屋にあった本持って行こうとしたのも、それが理由だったんだよね?あの子の、力になりたくて」
「...」
「ね、答えてよ。なんでそこまでするの?」
「だから、、妹だからだ。それに、何かを頑張ってる人には、協力したくなる。そういうものだろ」
「...ふふ、」
「なんだ?」
「いやぁ、別にぃ?エルマンノも、真面目だなぁって」
アリアはどこか寂しそうな笑みを溢しながら、そう放つと、改めてエルマンノに詰め寄った。
「でも、魔薬の手伝いしたいなら、普通にエルマンノの魔法でなんとか出来るんじゃ無いの?例えば、調合したものに、直接魔力を注ぎ込むとか」
「俺がそこまで器用な事出来る筈ないだろ。それに、そんなことしてもフレデリカにとって何も良くない」
エルマンノは淡々とはしていたものの、普段より少し優しくそう呟くと、その書物に視線を戻した。その様子に、アリアはやれやれと。クスッと笑って近寄った。
「なら、私も一緒に勉強する。エルマンノの妹なら、私の妹ってことだし!」
「アリアは先に戻っててくれ」
「えぇ!?なんでよぉ!」
「アリアは、料理の勉強が先だ」
「うぅ、、ケチ!」
口を尖らすアリアに、エルマンノは微笑んだ。
「俺が戻るまでに基礎を出来るようにしておくんだぞ?例えば、、包丁の使い方とかな」
「なっ!?エルマンノ馬鹿にしてない!?それくらいっ、出来ますけど!」
「それじゃあ今夜は見ものだな」
「絶対驚かせてみせるから!」
「今夜は見ものだなって、何だかエッチな響きだな、」
「自分で言って浸らないで、」
そんな普段通りの会話を交わし、エルマンノはアリアが図書館から出ていく姿を見据えたのち、改めて勉学に励んだのだった。
☆
夕方。エルマンノはその本を借りる選択をし、それを読みながら森を歩いた。こう見てみると、確かに興味を唆られる点がある。魔法と似ているものの、調合方法や物質の適合など、調べてみると中々に奥が深く、育成ゲーム感があって面白い。何が何に良いのか。何と何を合わせれば何に効果があるのか。それを考え導き出す事が癖になりそうだった。もしその全てが発見出来たら、掲示板に攻略とでも題して書き込もう。
そんな想像をしながら家に戻る。
「ただいま〜。...って!はぁ!?」
思わず目を疑った。そこには。
「あっ、エ、エルマンノ、おかえり〜」
指先から血を垂れ流し、キッチンをぐちゃぐちゃにしたアリアの姿があった。
「練習だけだと言った筈だが?」
「あ〜、、えと、なんか、やってる内に、ノってきちゃって」
「ノってる光景には見えないが」
エルマンノは食材が見るも無惨な姿に変えられた台所を見据え、肩を落とす。
「包丁、使えるんじゃ無かったのか?」
「つ、使える、、と、思ったんだけどなぁ、」
おかしいなぁと。呟きながらアリアは視線を泳がせる。それを見つめ、息を吐いた。
「恐らく料理じゃ無くて殺人なら正解だろう」
「え、ほんと!?」
「そこ喜ぶとこか、?」
片付けをしながらエルマンノはそう低く呟くと、そののちフッと。一度笑ってから彼女を見据え放った。
「これぞ妹って感じでいいなぁ」
「どういう事、?」
「妹を見てると落ち着くって事だ」
「それどういう意味!?」
アリアが叫ぶ隣で、エルマンノは笑うと、気を取り直して料理の勉強を教えるのだった。
☆
「ん、、う〜ん、」
「昨日はお楽しみでしたね」
「えぇっ!?って、エルマンノ!?な、なんで、?」
「俺の部屋だからだ」
「えっ」
アリアはそう指摘され、ハッとし辺りを見渡す。と、そこは間違い無くエルマンノの部屋であった。
「え、私、昨日、」
「忘れたか?料理を教えてる中、調理用の酒を間違えて飲んで酔っ払い始めたんだよ」
「えぇっ!?そんなことが!?」
「料理した事無い人。更には未成年の前に、いくら調理用とはいえアルコールを置いたのは兄である俺の責任だ。悪かった」
「あ、え、、あ、うん、っ!なっ、まさかっ、お楽しみって、もしかしてっ!?」
アリアは何かを察したのか、エルマンノの部屋に居る事。そして彼が隣にいるという事。そして先程の台詞。全てを並べて顔を赤らめる。すると、対するエルマンノはどこかニヤニヤとしながら口を開いた。
「にしても、酔っ払った時のアリアは可愛かったなぁ。突然甘えてきて、俺の部屋で寝たいって言ってきてな」
「えぇ!?」
ニヤリとしながら思い返す様にエルマンノは放つと、アリアはどんどんと赤面しながら声を上げる。
「そ、そのノリで、まさか、してないよね!?」
「ん?してない?とは?」
「分かって言ってない?」
アリアに指摘されると、エルマンノは一度笑うと、真剣な表情で返した。
「いや、それは無い。妹は皆妹であり、妹は神だ」
「え、神、?」
「そんな神に唯一対等に言葉を発せられるのが兄であり、それ以上の行動は禁忌に値する」
「き、禁、忌、?」
「つまり妹には手を出さない。それが鉄則だ」
「じゃあ、何もしてないんだね、、良かったぁ、」
「心底良かった様な声音で言うんじゃ無い」
流石に少し傷つきますよ、と。エルマンノは内心で思いながらツッコミを入れた。と、続いてエルマンノは台所へと向かう。
「あ、朝も、料理、」
「...あまり無理するのも良く無い。嫌だったら、別に俺が作るからいいぞ。夜もあるし」
「ううん、、や、やりたい、」
アリアが小さく、俯き気味に呟くと、エルマンノはそうか、と。優しく呟き、「なら早く支度しろ〜」と間の抜けた声で促した。
「...うん。美味いな」
「え!?ほんと!?」
「初めてにしては、だけどな」
「えぇ、、そこは褒め続けてくれていいじゃん!ケチ、」
一時間後。二人は共に料理を始め、エルマンノの指示もありアリアは一品を作り上げる事に成功した。
「ん、?というか、昨日作りきれなかったの、?私」
「記憶がないんじゃ作ったに入らないだろ」
「た、確かに、そうだけど、」
「安心しろ。妹が作った料理は何でも美味い」
「私がゲテモノ作ったみたいに言わないで!」
初めてのアリアの調理はエルマンノの協力もあり成功という形で幕を下ろした。その料理を美味しく二人でいただいたのち、エルマンノは次は、と。支度をしたのち家を出た。
「エルマンノ、今日も行くの?」
「妹に会えるならば、毎日だって会いに行くぞ。そっちこそ、ついて来るんだな?居心地が悪いんじゃなかったのか?」
「それはっ、昨日の話、、気になるじゃん。あの子の事も」
「なら、お互い同じだな」
エルマンノはアリアの言葉に微笑み、フレデリカの実験部屋のドアをノックした。
「...うげ、あんた達か、」
「お兄ちゃんと呼んでくれ」
「死ね」
「おうふ、」
「なんで嬉しそうなの、」
ドアを僅かに開けて睨みつけるフレデリカに、エルマンノは何故か武者震いをする。
「悪いが、入らせてくれないか?」
「なんでまた?昨日でその話は終わったでしょ」
「違う」
「え?」
フレデリカが僅かに声を低くし呟く中、エルマンノはそう遮ったのち地面に膝をついて、ゆっくりと頭を下げる。
「えっ!?エルマンノ!?」
「なっ、ちょっ、何やってーー」
「頼む。一緒に魔薬を作らせてくれ。そして、作り方を、教えてくれ!」
「「...は、?」」
これこそ、現世での最高級の懇願。土下座だ。そう言わんばかりの何故かキメ顔なエルマンノは、強くそう願いを口にした。
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