第3話「シスコンVSストイック」
「なんでこんな事した!?」
「な、、なんでと言われても、」
エルマンノは、目の前で睨みつける、暗い青髪で、ショートボブの、片耳につけた青く光るピアスが美しく彩る彼女に言葉を濁した。
と、そののち、少し間を開け悩んだ後、エルマンノは潔く真剣にそれを放った。
「妹が欲しかったからです」
「は?下手な嘘つかないで。まず意味が分からない」
「嘘じゃないんですが」
声を荒げる彼女に、信用してくれない事に僅かに口を尖らしてエルマンノは項垂れる。
そんな光景に、アリアもまた嘘じゃないんだなこれが。と、言わんばかりの表情で見据えた。
「はぁ、、良いところだったのに、」
「あ、もしかしてそういう趣味だったのか、、申し訳無い。ミノタウロスとそういう関係だったとは知らず、」
「そういう意味じゃ無い!」
「じゃあどういう意味なんだ。こっちこそ、なんでそんな事言うのか気になるぞ」
なんだか相手の態度が態度なだけに、またもやフラットな喋り方になってしまった。この世界の女性は怖いな。いや、どの世界もそうか。
「質問したのあたしなんだけど。...はぁ、、もういい。もう邪魔しないで」
「ああ、ちょっと、」
「何?止めても無駄だから」
「いや、止めないけど、、やっぱミノタウロスとの、その、そういうのは、流石に体に影響が出そうというか、やめておいた方がいいんじゃ無いかと思うんだが、」
「だからっ!そういうのじゃ無いって言ってるでしょ!?」
どうやら更に怒らせてしまった様だ。そんなつもりは無かったというのに。難しいな。
「私、魔薬を作ってるの」
「ま、まやく!?」
「魔法の薬よ。麻痺する方じゃない」
「な、なんだ、」
紛らわしいとエルマンノは息を吐く。すると、それにやれやれと息を吐きながらも、その女性は続ける。
「その薬があれば、魔力がない人でも魔法を使える様になるの」
「回復薬的なものか?」
「それもあるけど、魔法の代わりだから。攻撃魔法だったり防御魔法の薬もある。系統は様々。飲むと魔力が補給されて使える様になるものとか、その薬を投げるとその効果が発動するものとか」
「随分と話してくれるんだな。初対面の輩に」
「あんたが変な勘違い引き摺るからでしょ!」
声を荒げたのち、その女性は一度呆れた様に息を吐くと、だからと。結論づけた。
「もう関わらないで。私はそれの研究のために、魔物に試作品を使用してるだけ」
勝手にそんな事をしていいのだろうか。この世界の動物愛護法はどうなっているんだ。彼女の言葉に、エルマンノは脳内でそう呟いた。
「分かった。もう関わらない。だけど、その代わり一つ頼みがある」
「...何?」
怪訝に、眉を顰め声を低くしそう返した。すると、それに対してまたもや真剣に。至って真面目に答えた。
「俺の妹になってくーー」
「さようなら」
「あっ」
「はぁ、当たり前じゃん。あんなタイミングなんて」
エルマンノが言い終わるよりも前に、キッパリとそう別れを告げられ、口を尖らす。それに、ずっと後ろで見ていたアリアが呆れ気味に放つと、改めて口にする。
「ちょっと待ってください」
「何、?てか、誰貴方、」
「あっ」
草むらに隠れていたが故に気付かれなかったのだろう。きっぱりとそう放たれたアリアは、少しの間小さく何かを呟きながら悩んだのち、息を吐いて自己紹介をした。
「ア、アリア、、です」
「はぁ、誰だか知らないけど、そいつのお友達ならさっさと一緒に帰って」
「っ!分かった。でも、私も名乗ったんだから貴方も名乗らないとフェアーじゃ無いでしょ?」
その女性の反応に、アリアは目を見開いたのち、突如饒舌になる。そんな変化に、彼女は嘆息すると、踵を返しながら呟いた。
「フレデリカ。...私の名前よ」
「なんともお上品な名前だ。是非とも妹に」
「しつこい!」
エルマンノの淡々とした返しに、力強くそれだけを叫ぶと、ズカズカとフレデリカは去って行った。
「あぁ、、妹にはなりたく無いみたいだ、残念」
「はぁ、、当たり前でしょ!あんなタイミングで!」
「どこでミスッたかなぁ。普段から可愛い女の子と仲良く話してるのに、、緊張してるって事は無いだろうし」
「えっ」
エルマンノがそう放ちながらアリアを見つめると、彼女は僅かに顔を赤らめ声を漏らす。
「...とりあえず言われた通り帰ろう。妹に言われた事は絶対だ」
「いつの間にか妹にされてるし、」
エルマンノの言葉にアリアは浅い息と共に放つ。と、そののち。エルマンノの背中に向かって歩みを進め、この森を出ようとした。その時。
「「!」」
今度は大きな轟音と共に、炎と煙が遠くから立ち込めた。
「あの方向って、」
「まさかっ」
アリアが声をかけると同時、エルマンノもまた何かを察して目つきを変え、急いでその方向へと向かった。
すると、その先には。
「っ!あっつ!」
「な、何っ、これっ!?」
近づくにつれて空気が重く、熱くなっていき、遂には森の木々が燃え盛り、その中央で倒れ込むフレデリカを視界に収めた。
「っ!やっぱりかっ」
それを見つけたや否や、エルマンノは慌ててその炎の中へと足を踏み入れる。
「ちょっ、ちょっと!?何っ、やってっ、ごほっ!ごはっ」
「妹のピンチだっ!駆けつけない訳ないだろっ」
「だからってっ!」
「ごほっ、アリアはっ、戻ってくれっ!妹に怪我はさせられない!ごほっ!ごはっ!」
エルマンノはそう叫ぶと、更に炎が強くなる内部にまで足を突っ込む。
「クッ」
ーこれは凄いな、、俺ので、いけるか、?ー
歯嚙みしながらエルマンノは脳内で考える。がしかし、考えているだけでは仕方がないと。意を決して手の平を空へと向ける。
「スプラッシュメテオッ!」
そう叫ぶと共に、手の先には巨大な液体で出来た球体が現れ、それを空に放つと同時に破裂し大粒の雨を降らせる。
「はぁっ、はぁっ!大丈夫かよ、、フレデリカ」
鎮火したとは言い難いだろう。だが、炎が僅かに収まったこの瞬間を狙って、中央に居たフレデリカに駆け寄る。
「...う、、うぅ、」
ー意識が混濁してる、、これは、煙を吸った事によるものとは違う、、となるとー
エルマンノはそこまで考え、察したのちフレデリカをおんぶする。
「アリア!とりあえず戻るぞ!炎は消え切ってない。引火したら終わりだ」
「えぇっ!?鎮火させてないの!?それ放置したら山火事になるんじゃ、」
「生憎ここは山じゃ無い。もしそうなっても炎上するのはこの森と俺だけだ」
「意味分かんないよ!」
平然とアリアの元まで走り、そのまま家に戻ろうとするエルマンノに、ツッコミを入れる。
「駄目だよ!ちゃんと消してかなきゃっ!街の方に燃え広がったら、もっと最悪な事になるよ!?」
続けて念押しするアリアに、エルマンノは少し悩んだのち、突如立ち止まる。
「...妹の頼みは断れないな。アリア、フレデリカをおぶっていけるか?」
「えぇっ!?さ、流石に人一人は、、ちょっと、」
「なら、ここで守っていてくれ。抱きしめる形でやってくれると、妹同士の百合という俺得な状況になるから助かる」
「意味分かんないけど、、って!ちょっ、待って!」
そんな事を言いながらフレデリカをアリアに託すと、エルマンノは振り返って炎の元へと戻っていった。
が。その直後。
「ギュルルル」
「っ!?」
突如アリアの背後から魔獣の声が響き、顔を真っ青にして振り返る。
「嘘、」
一方のエルマンノは火災現場で深呼吸をしたのち、またもや手の平を空へと向けて掲げた。
「はぁ、仕方ない。もう一回いくぞっ!スプラッシュメテオッ!」
エルマンノは同じ魔法を放つと共に、その場一帯には同じく大粒の雨が降り注ぐ。
「っとぉ、、クッ、流石に大魔法を二回も使うとキツイか、、とりあえずは消えたからよしだな。もし残ってて燃え広がってもそん時はもう知らん。魔物の所為にしよう」
そんな最低な事を小さく呟きながら、大仕事を終えたエルマンノは首を回してアリアの元へ戻ろうとした。
が、その時。
「っ!」
「たっ、助けてっ!誰かっ、、っ!」
目の前には、アリアを襲う二体のゴブリンが居た。
「...悪い、邪魔したな」
「おい!」
見ないフリをして去ろうとしたエルマンノの目の前に、まるで瞬間移動の如くアリアが現れる。彼女はどうやら襲われているのにも関わらず、声しか上げていなかった様だ。
「腰が抜けたのかと思ってたが、元気だな」
「ばっ!そんなわけないでしょ!」
聞いてるの!?と、そんな事を叫ぶアリアの声を聞き流しながら、エルマンノは先程まで彼女が蹲っていた場所に居るフレデリカを見据え微笑む。
「俺が来たからもう大丈夫だ。安心しろ」
「またなんか変なスイッチ入ってるよ、、貴方のそれは安心出来ないって言ったんだけど、」
なんだか悲しくなる事を放つアリアの言葉を無視し、エルマンノは目つきを変えて手を構えた。
「悪いな。俺の妹に手を出そうとした罰だ。ここで終わりにーーなっ!?」
「えっ、どうしたの、?」
突如、先程までの強者ムーブが消え、目の前のゴブリン二体に驚愕の表情で目を剥く。
「あ!あれはっ、、まさかっ!?」
何かを察してしまう。片方のゴブリンは図体が大きく、下半身に藁でできた服を纏い、剥き出しとなった上半身の肉体は凄まじいものだった。そして、もう一体はというとーー
ーーなんと、これまた藁で出来たお召し物を纏っていらっしゃるではありませんか。それも上下全身に。
それ故に、エルマンノは察してしまう。
「あれは、、恐らくっ、妹だっ!」
「えぇっ!?」
そう、エルマンノは妹ならば種族は関係無いという多様性の思考の持ち主であった。そのため。
「悪いけど、、妹は、攻撃出来ないな、」
「えっ、じゃあどうするの!?」
「妹に襲われる妹も悪くは無い」
「兄同士で襲わさせるよ?」
「最悪だ。尻にテープでも貼っておく必要があるな」
声を低くして睨むアリアに、エルマンノはそれを呟いたのち、息を吐いて足を進める。
「分かった。でも、妹には攻撃しない。攻撃せずに逃げ切る」
「そ、そんな事出来るの?」
「分からないが、一か八かだ!」
エルマンノはフレデリカを背負うと、そう叫び走り出した。
「あっ、まっ、待って!」
走り出すエルマンノに、慌ててアリアは声を上げ後を追うと、続けて放つ。
「な、なんでっ、家と違う方向にっ、走ってっ、るの!?」
「そのまま家に行ったらついて来られる可能性があるだろ。一度撒いてから、家に戻るのが妥当だ」
エルマンノが走りながらもそう淡々と返すと、アリアはそういう事かと。小さくあー、と呟きながら頷いた。
が、しかし。
「ギャウ!」
「「!」」
目の前に、先回りしたゴブリン二体が木の陰から現れ二人は慌てて足を止めた。
「ぜっ、全然駄目じゃん!普通に追いつかれちゃってるし!なんで攻撃しないでいけると思ったの!?もうこうなったら、やるしか無いよ!」
「先回りされて口が回ってるなアリア。だが安心してくれ。俺の頭は回ってない。これでバランスは取れてる」
「少しは考えてよ!」
どうする、と。エルマンノは目を細め考える。このままでは妹がやられてしまう。かといって、自分から妹に攻撃するわけにはいかない。
どちらの妹をとるかの、究極なトロッコ問題。どうする。エルマンノは呻き声を上げながら、拳を握りしめて頭を捻る。が、そこまで考えたと同時。エルマンノはそう結論づける。
「どちらも妹だ!選べるはずが無い。妹は平等であり、皆守る。それが俺の決断だっ!」
「えっ、エルマンノ!?」
そう叫ぶと、まるでこれが答えだというように。エルマンノはフレデリカを優しく降ろしたのち、走り出す。
そう、トロッコ問題の破壊方法。それは、自己犠牲。エルマンノはそれを覚悟して走り始めた。
が、その時。
必死の形相で追おうとするゴブリンの藁で出来た服がーー
ーー風によってずり落ちる。
それを、一人。目にしてしまったエルマンノは目を剥き、絶望に震えた口を開いた。
「お前っ」
と、エルマンノは突如足を止め、その小柄なゴブリンへと向き直り手を構える。
そう。その、小柄で、藁の服を身に纏っていたゴブリンの股には。
"それ"が、確かについていたのだ。
「弟じゃっ、ねぇーかっ!」
エルマンノが叫ぶと同時に、手から炎を放ち、弟だったゴブリンを燃やす。
「ギイィィィィィ!」
「ガ、ガガ、」
それを見据えた兄。であろうゴブリンは目つきを変えた。そんな様子に、エルマンノは小さく息を吐いて同じく目つきを変えた。
「悪いが、弟ならば容赦しない。男の娘であろうがなかろうが、妹を狙ったならば容赦はしない。...いいか?」
エルマンノはそこまで告げると少し間を開け、真剣な表情でこちらに向かうゴブリンに放った。
「殺していいのは、殺される覚悟のある奴だけだ」
決まった。
またもや一度は言いたい台詞を言えてしまった。後はこの名言に合う様なカッコいい撃退方法でぶっとばーー
「ごふぁっ!?」
されてしまった。
「エルマンノ!?」
言葉の通じない相手にこの台詞を言う尺は長すぎたのだろう。気づいた時には既に目の前にゴブリンの手の平が近づいており、瞬間平手打ちをされ吹き飛ばされていた。
「クソッ、、やられたっ、もう容赦しない」
エルマンノは地べたに倒れ込みながら、そう掠れた声で口にすると、地面に向けて指した人差し指を、上へと移した。
すると。
「グガッ!」
「ロックノック。苦しまぬ様兄弟の元へ逝け」
エルマンノは低くそう呟くと、ゆっくりと立ち上がる。
「エルマンノ、、大丈夫だった?」
「ああ。妹が無事ならそれでいい。少し、心は痛かったが」
エルマンノは小さくそう付け足したのち、鎮火させるための魔法とゴブリン撃退魔法。大きな魔法を連続で放ったが故に僅かに蹌踉めきながら家へと向かおうと進む。
「...色々と重なったが、早くフレデリカを運ぼう。手遅れになったら困る」
「そうだね」
エルマンノの切り出しに、アリアは強く頷くと、フレデリカを担いで家へと向かった。
☆
「う、、う〜ん、」
「あ!エルマンノ、起きたみたい」
遠くからぼやけた声が耳に届く。だが、言葉の意味までは分からない。耳には届いているものの、脳には届いていないといった印象だ。
「妹のお目覚めには、兄が側に居るもんだ。逆もまた然り」
更に、続けて段々と鮮明になっていく脳でも理解出来ない言葉が唐突に放たれる。これは、この支離滅裂さは。
「っ!ここどこ!?」
「おはよう妹」
「さようならアホ」
「ああっ、ちょっと待て。まだ治ってないんだ。あんまりすぐ動くと危ないぞ」
「あなたの隣に居る方がよっぽど危ないと思うんだけど」
目覚めた途端隣から顔を出すエルマンノに、フレデリカは息を吐きながらベッドを抜け出そうとする。律儀に掛け布団もかけられている。
「フレデリカ。貴方、あそこで何やってたの?森を燃やす様な事までして」
「...貴方には関係ないでしょ。関わらないで」
「っ!何?貴方危なかったんだよ!?お礼くらい言ったらどうなの?」
「助けてなんて誰も言ってない」
「っ!ムッカァ、、私、あなたの事嫌いかも」
「どうぞご勝手に」
「おいおい。姉妹喧嘩はやめろ」
「「姉妹じゃない!」」
その場を立ち去ろうとしたフレデリカを止める形で割り込んだアリアは、その対応に憤りを見せる。そんな光景に、兄である自身が止めなくてはと。エルマンノは自信げに割って入ったのだが、何故こんな扱いになるのか。
「...フレデリカ」
「何?気安く呼ばないで。助けたつもりなのかもしれないけど、あたしは自分の意思でそれをやったの。別に貴方達にとやかく言われる筋合いは無い」
「いや、そうじゃ無くて。下」
「へ、?はぁ!?」
ゆっくりと視線を下げると、そこには神々しい妹パンツが、現在進行形で妹に履かれている状態で出ていた。
「何で勝手に取ってんの!?変態!不潔!変質者!」
「いや、マントもズボンも燃えてたんだよ。今魔法で直してるところだ。もう少し待ってくれ」
「だからっ!別に頼んでない!」
「いいのか?ズボンを直してるんだぞ?つまり、現在そのズボンはダメージパンツの上位互換。今そのズボンを履いたら妹パンツが見える事になる」
「っ!」
「俺的にはその方がありがたいんだが」
僅かに赤面するフレデリカに、エルマンノはニヤニヤと呟くと、諦めた様に。呆れた様に彼女は息を吐いた。
「...はぁ、意味分からないし、、どうせ、私を外に出させないための作戦か何かなんでしょ?また危ない事するからって、、そして、ここであんな事はやめろって説得でもするつもりとか。でも、さっきも言ったけど私は自分の意思でそれをやったから。考えを改める気はない」
「別にそんな事を言うために話してるわけじゃ無い。それをやったって言ってるが、俺はそれを知らないわけだし、まずはその自分の意思を教えてくれないか?」
「だから、、なんで教えなきゃ、」
フレデリカは呆れた様子で振り返ったものの、エルマンノの隣で睨むアリアに目をやり、口を噤んで目を逸らす。と、それにやれやれと浅い息を吐き、エルマンノは改めて口にした。
「粗方、さっきの薬を試してたんだろ?それが制御出来なくて、火事になった。そして対するフレデリカは薬の副作用か、魔力制御が出来なかったか何かで倒れた。そんなところだろ?」
「...分かってるんじゃん。なんで訊いたの?」
「俺が聞きたいのはそこじゃ無い。どうして倒れる程のことを、そこまでしてやろうとしてるのか。そこが聞きたいんだ」
「...」
エルマンノの問いに、フレデリカはバツが悪そうに目を逸らす。
「...ねぇ、エルマンノ。そこまで彼女を気にする必要なく無い?」
「ま、それもそうだな。無理に話させるのは良くないし、ここは大人の兄は黙っておく事にするよ」
アリアの低い呟きに、エルマンノはそう淡々と呟くと、何事も無かったかの様に二人で寝室を後にしようとする。
「はっ!?ち、ちょっと!この格好で置いていかないで!」
「ん?構って欲しいのか?」
「はっ倒すぞ?」
「おぉ、、助かる」
「あんたとまともな会話は出来そうにないわね、」
「貴方と同じでね」
「っ!」
エルマンノとフレデリカが話す中、ふと、アリアが割って入る。おお、この一言は地雷っぽいぞ。何か始まりそうだ。シェルターでも作っておけば良かったな。
「ふざけないで!何も知らない、赤の他人に言われる筋合いないんだって言ってるでしょ!?私の気も知らないでっ!好きでこんな事してるわけじゃない!私が、、頑張らなきゃいけないから!」
「「え?」」
すると、怒りに任せて話してしまったと。フレデリカはハッとし目を逸らす。
「頑張らなきゃいけないって、どういう事だ?」
「...あんたに、話す義理ない、」
「そこまで言ってか?」
「...」
フレデリカはそこまで話すと、口を尖らせ目を逸らしたのち、観念した様で、小さく呟く。
「期待、されてるから。作らなきゃ、いけないの」
「...期待?」
「あたしは、小さい頃から魔薬の作り方を習ってて、将来は新薬を作れる様にって、、言われてるの」
「親にか?」
エルマンノの短い問いに、フレデリカは無言で頷く。その反応に、アリアは何かを察したのか、目つきを変えて、同じく表情を曇らせ目を逸らす。
「そのプレッシャーで、無理してるってわけか」
そんな中、エルマンノもまた聞こえないくらいの声で呟くと、フレデリカの様子に思わず鼻で笑う。
「え、何、?」
「いや、ごめん。分かりやすい奴だなって」
「どういう意味?」
キッと。音がなるほどの目つきで、フレデリカはエルマンノを睨み低く放つ。それに冷や汗混じりに「悪い」とぼやくと、体の向きを変えて玄関へと向かう。
「どこ、行くの?」
その行動に、アリアが不安げに話すと、エルマンノは振り返って告げた。
「俺が手伝ってやる。だから、フレデリカ。一つお願いがある」
「はぁ?どうせまた妹になれってやつでしょ?」
「違う。俺をお兄ちゃんと呼んでくれ」
「死ね」
「ぐおはっ」
またもや拒否されたことに息を吐くエルマンノだったがしかし。冷静に考えてみた時。またもや想像を膨らませる。
『おお、妹、おはよう。今日は早いんだな』
『はぁ?何、気軽に話しかけないで。死ね』
「おお、、これもまた悪くは無いか、」
「何考えてるの、」
エルマンノが震えながら呟くそれに、アリアはまたもやジト目を向ける。そんな彼に、フレデリカは怪訝な表情で声をかけた。
「ちょっと待って。手伝うって、一体何を?どうやって?」
「随分と細かい解説が必要なんだな」
「は?煽ってる?」
「煽ってないです。ありがとうございます」
「なんで感謝してるわけ、?」
どうやらフレデリカにも引かれて始めた様子で、そう呟かれたエルマンノは、奥からフレデリカのズボンとマントを持って来る。
「とりあえず、直し終わったから、返すよ」
「もう直してあったんじゃん、、はぁ、やっぱりね。...てか、早く出てってくれない?」
「ここは俺の家だが?」
「家から出ろって話じゃ無くて、部屋から。着替えるから」
「さっき見てるのに?」
「当たり前だろっ!出てけ変態!」
フレデリカに蹴られて部屋から出されたエルマンノは、蹴られたそのスパッツに包まれた足の感覚を噛み締めながら小さく微笑んだ。
「で、、帰らせてくれる気になったの?」
「お、着替え終わったか。随分と早かったな」
「履くのと羽織るだけだから」
「次はスカートで頼む」
「絶対しない」
また家まで運ぶ気かと、フレデリカは呆れ混じりに零すと、家から出ようとする。が、対するエルマンノはそれよりも先に玄関へと向き直って、ドアノブに手をやった。
「元々帰らせないなんて事言ってないだろ?...だが、フレデリカ。一つ頼みがある。フレデリカの本当の家に案内してくれ。親に、俺が直接話す」
「っ!」
「え!?」
その突然の発言に、フレデリカだけで無くアリアもまた驚愕を浮かべる。
「は!?何考えてるの!?勝手に話進めないでよ!」
「だが、親のその期待が辛いんだろ?」
「そ、それは、」
「本当は辛いのに、それを断れずに必死になって続けてるんだろ?」
「そ、」
「こんな、やりたくも無い魔薬の調合なんてやらされて、辛くて、辛くてたまらないんだろ?」
「っ」
「嫌でたまらないだろ。あんな地味で、自分の命削って、結局薬が出来なきゃ誰からも感謝されない様な過酷な作業。俺だって分かる。俺はやりたい魔法の訓練しかしてこなかった人間だ。だが、だからこそそれ以外の事を強要された時の辛さは分かってーーごはっ!?」
「えっ!?」
エルマンノがフレデリカを見据えそう放つと、それを言い終わるよりも前に、彼女に鳩尾を殴られ、思わず倒れ込む。それに、思わず驚愕の声を漏らすアリア。
「がっ、かはっ」
「何やってるの!?エルマンノはっ、貴方のことを思って」
「そんな風に言わないで!」
「!」
フレデリカは、アリアの声を遮ってそう叫んだ。
「魔薬は凄いの。それがあれば魔力のない人も使える様になって、豊かになるの!それをっ、そんな大切なものと、それを作る事をっ、そんな風に汚す様な言い方しないで!」
「...フレデリカ、」
「やっぱり、分かりやすいな、」
「は、?」
感情のまま放つフレデリカに、アリアはそう小さく名を呟くと、エルマンノは微笑んで立ち上がった。
「そうやって、嘘ついてるから駄目なんだ」
「え、?う、嘘ってどういう事?」
「フレデリカは、今ので分かる様に、魔薬作りがとても素晴らしい事で、大切で、好きなんだ。あの時、意味の分からない変質者の俺に、あそこまで丁寧に、饒舌に話すくらいだ。それと、魔力調整が出来なくて倒れたっていうのは、魔力が無い者の特徴だ。だからこそ、憧れてるんだろ?魔薬が完成することを。...だけど、それを続ける事を心のどこかで親のせいにしてる。...違うか?」
「っ」
「嘘をつくのはもうやめだ。別に、嘘をつくのが悪い事だとは思わない。必要な嘘も存在する。だけど、自分自身への嘘は、絶対にやめた方がいい。きっと後悔するし、これから何をやってもしっくりこなくなる」
「...」
無言で俯くフレデリカに、エルマンノは優しく微笑み近づく。
「自分への嘘はやめだ。それが、お兄ちゃんとの約束だ」
「...クッ、、そ、そうだよ。好きだよっ!大好きだよっ!あたし、魔薬を作ってる時が一番楽しいし、ずっと作っていたいと思ってる!絶対に凄腕になって、新薬をバンバン作って、認めてもらいたいってっ!ずっと思ってる!でもっ、会ったばっかりのあんたにとやかく言われる筋合い無いしっ!そんなの知らない!」
「...フレデリカ、」
目をギュッと瞑り放った心の言葉に、アリアは圧倒され目を見開く。それに、エルマンノは立ち上がり「...それでいい。よく頑張ったな」と優しく呟くと、改めて玄関のドアノブを握った。
「そうと決まれば、また薬を作りに行かなきゃな」
「え、」
いつも同じトーンで呟くエルマンノに、フレデリカは驚いた様子で声を漏らす。
と、エルマンノはドアを開けると同時に振り返り微笑んだ。
「新薬、バンバン作るんだろ?」
エルマンノの放ったそれに、フレデリカはハッと目を見開き表情を明るくさせると、彼よりも先に家から足を踏み出し走り出す。
「ふっ、やる気満々だな」
それにまるで妹を見つめる様な瞳でエルマンノは呟くと、後を追おうと同じく足を踏み出す。
が、しかし。
「あ、貴方達は別に来なくていいから」
「「え、」」
「ありがとう。それだけは言っておく。...でも、これは私の事だから。さようなら」
いや、ここは一緒に作りにいく流れでは無いか。そんな事をエルマンノは内心で思いながら、やっぱマジでこの世界上手くいかないと。項垂れたのだった。
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