第16話 私たちは地球にいませんでした
「あれやろよ。あれ」
「家族いるのにどうしろっていうのよ」
「うちの家はみんなするよ。ほら部屋に戻って」
要は年明け、地球にいないごっこをやろうとしているのだ。
「あと五分だよ。飛ぶよ、飛ぶからね」
なんとなくトイレだと言って、部屋を出た。
除夜の鐘が鳴るまで我慢出来ないのと言われたが、上手くごまかした。
残り三分になった時、唐突に電話が切れた。
どうした、電波障害か。そう思ったが、やると言ってこの自室に戻ったのだ。なった瞬間飛んだ。
一人で盛り上がった羞恥心でむずがゆくなった。電話がかかってきた。ゴリラの表示が出ている。
「アンタさ、何切ってんのさ」
「初めまして、前田福子の姉です」
姉もゴリラだと思っていたので、可愛い声に驚いた。ゴリラも声が可愛い。
「初めまして
「妹がですね。除夜の鐘をききながら五日ぶりに産んでいますので音が入るとまずいとのことでして、はい」
「それはお気の毒に」
「前田家は全員地球にいませんでしたが、中田さんはいかがでしたか」
「その。地球にいませんでした」
なんだろう。文明レベルはおそらく違うのにこのイライラしない感じ。哀れみとかではなく純粋に不思議な感じである。
それなりに私は恥ずかしいことをしているという事実だけが漠然と存在している。
「うんこしている愚妹だけがいたのか。おい、うんこしながら飛んでいないよな」
「マイク近い、止めろ姉貴。今はダメだ。出るから、出ちゃうから」
「浮いていたかどうかどっちかはっきりしろ」
「ダメ、もうダメ。出る。出るから」
ぷすー、びちゃびちゃ。
静かに切った。そうだよね、確認しに行く時に切れば良かったよね。
「液体か。うーん」
居間に戻るとおばあちゃんがお茶をいれてくれていた。
「友達かい?」
「まぁね。あけおめ的な」
両親はもう既に出来上がっている。
こたつの中で眠ったので、風邪を引くかどこか痛めるかどちらかだろう。
「友達がいないと思っていたからおばあちゃん心配していたよ」
「いるよ。案外、たくさ、ん」
「ん?」
「そのクラスの人とか」
「数じゃないよ。どれだけ深く付き合うか、それが一番大切だからね」
「うん、覚えておくよ」
期待しない。春になったら終わる関係だ。
街に出てデートとか、キスとか。
そんなことを私は中学の時に出会い系で知り合った女の人とたくさんしてきた。
今更、そんなことで一喜一憂しない。ゴリラにとっては特別になるのか。
止めよう止めよう。変に想像すると叶わなかった時に辛くなる。叶わない叶わない。年度末で終わる関係。手を触るくらいで限界な女を食おうとは思わない。
「好きな人でも出来たかい」
「そんなじゃないよ」
電話がかかってきた。
「ごめんね。まさか六日分がここに来てやってくるとは、残念ながら地球で置いてけぼりだ。悔しいな。それでさ、音聞こえた」
しばしの無言。それが答えを表していた。
「そのお姉さまが切る前に」
「姉貴! 私のプリンスに聞かれたじゃんか!」
「プリンスなの?」
「プリンセスって男でしょ?」
「男女逆だよ」
「でもいいよ。常葉は男の子みたいに強いから」
「福子もカッコいいよ」
「あ、あ。呼び捨て」
「アンタが先に言ったんじゃない」
「そういうのは面と向かって言うもんでしょ」
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