第12話 体育祭

「さてさて、やってきました体育祭!」

 放送は極めて誠実なアナウンスをする。


 選手宣誓はさっさと済まされ、前田は「今日は生理だから休みたかった」と、我々としてはその通りの独り言をこぼし、障害物競走へ旅だった。


「障害物競争は楽しめそうだね!」

 毎年、放送は中学と高校の一年生の持ち回りだ。


「どうしてですか?」


「あの前田が出るんだよ」


「前田さんってどんな方なんですよ」


「期待してるぞ前田!」


「こちとらトイレに行きたくてたまらんのだよ!」

 前田は放送席に叫んだ。


「さっさと終わらせよう。まずはハードル、平均台に、網をくぐって、パンを食って飲み込んでからゴールだ」

 前田はいいスタートダッシュを決めた。


 ハードルはちゃんと全部方足で蹴り倒した。平均台は素通り、網はぶつぶつ言いながらくぐらず上を歩き、パンは「今日の昼飯ゲット」と言い校舎へかけていった。


「はいはい失格ね。気持ちは分かるけどさ。後輩ちゃんは大丈夫?」


「上着を持ってきたので」

 中学生の子に心遣いが出来てすごいね高校生の放送席。


「前田担、逃げだすかもしれないから校舎入ってください。逃げたら二枚分だそうです」


「私だってね。都合があるの。競技はどうすんのさ」


「あとに飛ばしてあげますよ。宗先輩に誘惑ダンスでもさせておくさ。おっと父兄のみなさん興奮したらいけませんよ。徒競走はみんな普通にしてね」


 あぁ、やれやれ。上着着てこれば良かった。

 私の胸に秘めたものがある。

 これから出す予定も無ければ成就することも無い想い。

 他の先輩たちはどうしてきたのだろう。

 発展性のあることをして、契りを結んで、それなりに幸せに。


「あぁ、もう。こんなに下着まで漏れてるわ。サブのジャージ教室あったかな」

 ゴリラもそういう配慮するんだ。個室から声がした。


「大丈夫?」


「大丈夫に見える?」


「そうは聞こえない」


「見る?」


「見ないわよ。何、そんなに大惨事なの?」


「もうすごいのよ。頼める?」

 ここまで酷ければ逃げないだろう。


 教室に戻って、ゴリラのロッカーを開いた。チューインガムにポテチの袋、なんかたくさんのお菓子のゴミがついたジャージが出て来た。これを着せるのか。ゴリラは私よりでかいので、私のジャージは入らない。


 仕方ない。これを持って行くか。


「おい中田、何をやっている」

 生徒指導の先生が現れた。説明しづらいな。


「前田が体調悪くて、薬と着替えを」


「大丈夫なのか?」


「多分」


「養護の先生はいるか?」

 なぜこんな時に限って親切なのか。


「大丈夫です」


「寒いからな、これやる」

 少し大きめの未開封のカイロを四袋。前田に言ったら多分三日くらい大人しくするだろう。


「いつもありがとな」

 そういって、先生は去って行った。


 ミラクルだった。


 トイレに戻るとがたがた震えながら、文句を垂れた。いや、こういう状況ならそう言うだろう。


「遅い」


「いつもの生徒指導からカイロの差し入れ」


「いつもこうしていれば、女からモテるだろうに。ジャージありがとうね」


「アンタにお礼を言われるとは明日は大雪ね」


「微妙にありそうなんだよ。十一月に雪はあり得るからね」


「最悪だ」


「雪は仕方ないよ」

 こんな弱っているところを垣間見て言うことは出来まい。

 中学生の頃からこのゴリラを憧れているなんてことを。

 窓向かいの廊下を歩いていた。

 それだけだった。

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