第3話 喫茶店へ

「嫌だよ。ほら、こうなったよ」

 無料バスに乗っている最中にずっとつぶやいていた。


「無料だから、使えるお金は多い方がいいでしょう」


「そうだけどさ、もっとムードとかさ」

 これくらいがちょうどいい。格好付けて電車に乗るのを一時間よりはちょっと蒸し暑いバスの方がいい。絶対こっちの方が楽しくて、思い出に残るからさ。


「前田の事だから、千円しか持っていないでしょ」


「失礼な。ちゃんと姉貴と兄貴が戦闘支援金を交通費とは別にくれた」

 見たことないけど二人ともゴリラだろうな。


「まぁ、開けてみ」


「よし出そう。これ袋が重かったのよ」

 大量の硬貨。見えるだけで五百円がたくさん入っている。小袋。


「なんだこれ」

 こっちみんな、私も知らん。


「姉貴に聞いてみよう」


「しもしもー、私。違うってオレオレ詐欺じゃないよ。兄貴に聞きに行くな。姉貴でいいって、は? そんな声聞いたこと無い? 嘘つけ少なくとも十六年は聞いているはずだ。だから、違う。前田福子だ! そうお尻にほくろが二つあって、アンタにうんこ出てるみたいって馬鹿にされた。アンタの妹だ! あ、切るな」

「切れた」


「アンタどんなに信用されていないのよ」

 尚、このやり取りをあと三回繰り返すことになる。三回目で一つ目の乗り換えポイントに着いた。

 電車だと最短でトンネルをくぐって、街に行くので実はあの時電車を待ったほうが速かった。


 三回目にしてやっと五百円の事を聞いた。


「姉貴様と兄貴様が幼い頃から積み立ててきた一部よ。初めての逢瀬で使いなさい。貯金箱も渡したでしょ」


「アレに手を出すほど終わってはいない」


「使ってもいいわよ。この日の為に二人で積み立ててきたお年玉だから」


「使わんわ。でも、気持ちは貰う。ありがとう」


「姉貴様は近くの工科高校にハンティングに行ってくるから、アディオス!」


「アディオス。じゃ、無いわよ」


「なんて?」


「姉貴と兄貴。二人の貯金だってさ」


「使いづらっ」


「仕方ない鬼の子千五百円を使って」

 駅に着いてから、スタスタと歩き始めた。顔を見ると少し表情は固い。


「アンタ、緊張してるの。ぷぷぷ」


「うるさい。集中してんのよ」

 好きな人に会いに行くもんな。そりゃ、緊張するか。

 カフェバレンタインという店だった。禁煙と書いてある。深呼吸をしている。そんな大袈裟なとは思ったが、好きな人に会いに行くのはゴリラにはレベルが高いのかもしれない。


 挙げ句の果てに先に入れか。


 からんと扉を鳴らして入ると冷房で涼しかった。席はボックスが空いていたので、扉側の席に陣取った。

 マスターらしき人は来ないので、自分で行かなくてはならないのか。


大潟おおがたくん。遅いよ」


「すみません。遅延していて」


「注文取りに行って」


「はいはーい。お嬢さん方ご注文は?」

 ゴリラの顔を見て察した。この人じゃないと言っている。


「あの前の方は?」


「前?」


「大学生さんっぽい方です」


「あ、あぁ。田辺くんは一週間前に辞めました。理由がすごくて店に女の子と駆け落ちするからって」

 軽く笑う大潟さん。

 呆然とするゴリラ。

 愛想笑いする私。

 大潟さんは決まりましたらと去って行った。

「ゴリ、前田。クリームソーダご馳走してあげる」

「交換条件でゴリラと言ったことは不問にする」

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