第13話 退役軍人達は事務所に帰れた

「いやー助かりましたねー。あの時ほど身分の格差とその有り難みを感じた瞬間はありませんでしたよ。依頼人に助けてもらうと言うのはアレでしたが、本当に助かりました」


「そうだぜ。あのままだったら私とスピードは留置所でアンバーとバレットにはタクシーで帰ってもらうなんてことになるところだったからな」


「それに証拠のデータが入った私の端末も押収されてしまうところでしたからね」


「私がしたのは皆さんの身元について話しただけですよ。大袈裟すぎませんか?」


「いいえ。そんなことはありませんよ。身分の保証はとても重要なことなのです」


「アンバーさんの一声がなければ、私達は本当に拘束されていましたよ。警備部の人たちは襲撃犯にいい様にされて何の成果もありませんでしたと言っても上に許してもらえるなんてことはありません」


「そのため、彼等は唯一残っていた私達を捕まえたかったのですよ」


「それはあまりにも強引すぎませんか、第一犯人でないことは彼等も分かっているのではないのですか?」


「彼等だってそれはわかっていますよ。もし本当に犯人だと思っているなら、彼等は大物のバカです。決して警備隊員なんて職にはつけないでしょう。彼等は自分たちが損をしないために私達を生贄にしようとしたんですよ。スラムの連中から胸も痛まないし、証言なんて暴力でいくらでも変えられますからね」


「もしもの時は、あの場にカメラがなかったので襲撃犯の犯行ということで彼を殺して逃げることも考えていました。なのでそんなことをしなくて済んだと言う意味でも、私達は貴女に感謝しているのですよ」


 私とファイターはアンバーへの感謝を伝えながら事務所への帰り道を歩いていました。


 なぜ、私達が連れて行かれずに済んだのか、それは一言で言ってしまえば権力の力でした。


 警備部の隊員に詰められていた私達を警報が止まっても私達が戻って来ないことを不思議に思ったアンバーたちが見つけてくれて、事情を説明してくれました。


 私達の説明については訝しげに聞いていた隊員でしたが、アンバーの身分証を見るなり、背筋を正して話をし始めました。


「彼らは私が依頼をした探偵事務所の職員です。今回は私の身に危険が及ぶかもしれないとのことで、襲撃犯の撃退に協力してもらいました」


「協力と言ってもアンバーさんのいる部屋に襲撃犯が来ない様にするぐらいでしたけどね」


「それに私達はそちらの職員に対しては誰も傷つけていないはずです。気になるのでしたら聞いてみたらどうでしょうか?」


「確かに職員たちは皆、マスクをつけた人に襲われたと言っていました」


 隊員は悔しそうに言いました。


「では私達はもう帰ってもいいでしょうか、こちらも暇ではないのでね。善意で協力したのに犯人扱いではたまったものではありませんよ。それにここにこれ以上いたら、私達に新しい罪状がつけられてしまうかもしれませんからね」


 私はさっきまでの扱いの酷さに対してのお返しとして、嫌味っぽく隊員に言ってやりました。


「仕事熱心なのは結構ですが、証拠を新しく作ろうとするのは、仕事熱心すぎませんかね?私達の様な心の広い人でなければ殺人にだって発展しかねないことですよ。まあ私達は心が広いですからね、今回は特別に問題なしで解散としませんか?」


「そうだぜ。こんな侮辱をされたなら本来なら血を見るなんて甘いことじゃすまされないだろ。でも私達は心が広いからな。感謝してくれよ」


「はい。ありがとうございます」


「では、皆さんお帰りいただいて大丈夫です。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


 隊員は真っ赤な顔で怒りを堪えながら、私達に謝罪と帰る許可を出しました。


 隊員としては逆らえない富裕地区出身のアンバーと一緒にいる私達に声を荒げて文句を言うことできないと言うことは私達にも理解できていました。


 これは人の地位を利用して相手を挑発すると言う、恥ずかしい行為だと言う自覚はありましたが、私達は止める気はありませんでした。


 そもそもアンバーが来なければ私達は本当に捕まるところでしたし、そうなれば罪状がつくのは時間の問題でした。


 そんなことをしようとした相手に対して、お上品に許してあげるなんて事ができるほど私達は人間が出来ているわけではありませんでした。


 本心としては、中指を立ててもっと過激な罵倒をしてやりたかったのですが、アンバーの前だったこと証拠を手に入れたのでそれを早く事務所に戻って調べなくてはいけないと言う使命感から切り上げました。


 きっとアンバー達は私達がなんであそこまで煽っていたのか分からなくて、不思議に思ったでしょうが、そんなことはどうでもいいのです。


 普段権力を利用して偉そうにしてくる奴にやり返せるとあったら、スラム出身者であれば止められるわけがありません。


 私達はいい気分で車に乗り込み、帰って行きました。


 この様な訳で私達は無事に事務所への帰り道を歩いて行けることになったのです。


 その帰り道でアンバーが私に質問をしました。


「証拠と思われるものは見つける事ができましたが、本当に証拠が入っているのでしょうか?もしなかった場合は、ここで終わりなんでしょうか?」


「そんな事はありませんよ証拠は絶対にそのデータの中に入っているはずです」


「なぜそんな事が言えるのですか?」


「襲撃犯のリーダーが私に言ったのですよ。あの嬢ちゃんと一緒にいたら、俺たちはまた会うことになるだろうと」


「それに最初、襲撃犯が来た時。私達は亡くなった人の持っていた貴重品を盗みに来たのだと思っていましたが、実際は違いました。」


「彼らは、明らかに貴女を捕まえることを目的にしていました。その証拠に騒ぎが収まってから出て来た利用者を見ていましたが、お嬢ちゃんと言われるぐらいの年齢の子はアンバーさん。貴女以外はいませんでした」


「襲撃犯の装備も変でした。強盗ならスタン弾なんて使わずに、相手を脅せる実弾を持ってくるものです。それなのに彼らは、監視カメラの破壊以外には実弾を使いませんでした。きっと相手を殺さずに連れて帰りたかったのでしょう」


「まあ。そう言うわけでその証拠のチップには犯人がわかる様なデータが入っているはずです。アンバーさんが心配している様に証拠が見つからなかった場合も対処法があります。襲撃犯が言ったように次に襲って来た奴を捕まえて情報を吐かせるのです」


「自分で言っておいてなんですが、この方法はできればやりたくないですけどね。相手が来るまで緊張して待ち続けるなんてごめんですからね」


「事務所に着いたら、読み込みが終わっている筈のデータを確認しましょう。今後どうするかはそれを見て決めていくということでどうでしょうか?」


 そう言って、私は事務所のドアを開けて中に入って行きました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る