十話目

「蜂蜜かけて食べるなんて久しぶりだけど、確かに美味しいな!」


 喜多さんはそう言って、もぐもぐと食パンを頬張る。手元を見ると、こんがりと狐色に焼けた上を、琥珀色の綺麗な蜂蜜が流れて皿に溢れ始めていた。


「いただきます」


 一口食べると口の中に蜂蜜の甘さが充満して、なんだかとても美味しかった。


 しばらくモグモグ食べていると、不意に喜多さんが僕に尋ねる。


「ところでさ、そんな火傷してんのになんで何も思わんの?」


 喜多さんから言われた言葉は、僕を夢から現実へと引きずり下ろしたようだった。


「あれ...................確かに...........................なんでだ?」


 自分でも理解が出来ず、言葉が出てこない。こんなやけど跡、明らかに以前からあったわけでもないのに。


「やっぱりか..................」


 喜多さんはブラックコーヒーに角砂糖をドバドバ入れていた手を停めて、それを一気に飲み干す。



「柳瀬。それ呪われてるわ」


 ただでさえ意味わからないやけどがあるっているのに、それに意味不明な理由付けをされて、僕はますます理解不能だった。


「呪われてるってそんな、怖いな〜。確かにひどいやけどですけど、別にもう痛くないですし」


 不思議と僕の心は冷静を保っている。指でやけど跡をなぞっても、まるで何事も

無いかのように違和感がない。僕のそんな様子を見て、喜多さんは重そうに口を開く。


「昨日、いや昨夜、何があったか覚えてないやろ。それどころか、その覚えてないことに疑問すらない。これがその呪いがしたいことやろな」


「呪いがしたい?」


 まるで呪いが生きているかのようなことを言うんだな。喜多さんの考え方にすこし物珍しさを感じながらも、僕は喜多さんのいう事にただじっと耳を傾ける。


「呪いっていうのは、それをかけた人の命がすこし移る。よくゆう『縁』みたいなものかな」


「じゃあ、このやけどは呪いでついたってことですか?」


「いや、その逆やな。そのやけど跡をつけたものによって、『守られた』という感じかな?」


 話をしながら角砂糖入れをいじっていた喜多さんが、瓶をパコっと開け何個かを口の中に放り込み、ボリボリと嚙み砕く。


「ちょっとむずかしいか。話が」


「はい。むずかしいです」


「まあ、とにかく、君は呪いをかけられたけど、何者かによって助かったって訳さ。君は運が良かったんだよ。そうじゃなければ死んでいたんやから」


 よかったよかったとため息交じりに言いながら、さらに口の中に角砂糖を詰め込み口を動かす。


「それで、なんだかんだあってここの店長が見つけて、君をここまで連れてきて手当したって訳だ」


(じゃあ喜多さんは僕と朝食を食べただけか)

 

 少し他人事のように話す喜多さんは、僕にはなんだか薄情に思えた。


「そういえば店長店長って言ってますけど、その店長はどこにいるんですか?喜多さんが手当てしたんじゃないのなら、その人が手当てをしてくれたんですよね?」


「まあ、そうやろな。あの人は骨董だけじゃなくて薬師もやってるからな」


 喜多さんがまたニィっと笑う。


「へぇ~、なんか漢方薬とかってことですか?」


「まあ、そんなとこちゃう?」


『ドタドタドタドタドタ!!!!!!!!!』


 突然、一回から騒がしい物音が聞こえてきた。


「なんの音ですか?」


「はぁ~~。またか」


 そのため息には呆れもあったが、どこか達観するかのようだった。


「君も初めましてしたらええわ。ほな一緒に一階行こか、俺も仕事の時間や」


 ルンルンと鼻歌を歌いながら、陽気に喜多さんは階段を降りて行った。


 










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