九話目

「まあええ時間だし、朝食にしよっか。そんなとこ立ってないで早くこっちおいで」


「あっはい!」


 僕はそう喜多さんに促され、階段を上がった。喜多さんは既に台所におり、食パンを二枚、オーブントースターに突っ込んでいた。喜多さんを眺めていると、ふと疑問に思った。


(あれ、さっき二階には誰もいなかったはずなのに。それとも他に部屋があったのかな?)


「さっき僕が二階にいた時、喜多さんはどこにいたんですか?」


「え?さあ、どこやろな」とはぐらかす。


「なんでそこをはぐらかすんですか?別にそんな言えないことでもないでしょ」


 僕がそう言い返しても、喜多さんはにやにやしたまま何かの唄を歌って、僕の話など聞こえていないかのようだった。


「それってなんの唄なんですか?民謡みたいな感じですし、そもそも日本語の曲じゃないですよね?」


 ムフフとまた喜多さんは口角を上げる。この人は秘密主義で何も教えたくないのかな?僕がそう諦めようとした時、喜多さんはぼそっと話し出した。


「これはね。僕の故郷の唄なんよ。遠い遠い昔に離れた..................懐かしいな..................」


 奇抜な格好の喜多さんが民謡を歌うなんて、すごいギャップだった。故郷の唄ってことは関西?でも第二の故郷って言ってたから違うとこか。


「ところでさ。食パンにはナニ乗せる?僕さ、ナニを乗せるかでその人がどんな人か判断してるやけど!」


 僕は唐突に聞かれ、返事に困る。


「えっと、何の選択肢がありますか?」


 僕が時間を稼ぐために、とりあえず聞く。


「全部あるよ」

 

 喜多さんは食い気味に言葉を返してくる。その声にはいだずら心が紛れていて、僕をじわじわ追い詰めて来る。まだ初対面だよね...............。


「えーっと、シンプルにバターだけ..................ですかね..................」


 僕が言い終わるのと同時、喜多さんがすごい嫌そうな顔をこちらに向けて来る。それと同時、チン!!とトースターが唸り、食パンが二枚おいしそうに焼けた。


「ん~~~と。ダメ..................でしたか?」


「いやっ、もうダメダメだよ!!全然ダメ!!お前好きな人誰って言われて、笑顔が素敵な子って言うタイプだろ!!そうじゃないだろ!おっ〇いが大きいほうが良いってどうせ思ってるだろ!!もっと素直になれよ!!!」


 いっいきなりすぎる.........、なんだこの人。やっとどんな人かわかったと思ったのに、もうよく分からない。


「で!なんなの?何がいいの?!」


 喜多さんは僕に顔を近づけ詰め寄ってくる。


「えっと!蜂蜜をこれでもかってくらいに塗りたくった食パンが大好きです!!!」


「ちがーう!!!そこは好きな女のタイプだろ!!!」


「え!そっちですか?!えっと..................」


「おそーい!!!」


 また喜多さんに突っ込まれる。そもそも本題から逸れてるし、好きなタイプって何だろう?


「ちなみに喜多さんはどんな女性がタイプなんですか?」


 時間を稼ぐのと参考にするために、言葉のキャッチボールを喜多さんに投げる。


「俺はここの店長に一途やで、ずっと」


 店長ね、店長。は~え?喜多さんが投げたボールは僕を飛び越え、明後日の方向に消えていった。まったく参考にならなかった。しかも超短いし.........。



「えっと、僕は。その..................長い髪が奇麗な方!?ですかね」


 そう言うと喜多さんは目を見開く。


「え、仲間やん!!」


 その言葉の意味を理解できず、一瞬思考が停止する。


「え!?」  「え?!」


 なんともいえないこの空気感、なんだかとっても気まずい。


「同じなんですか?喜多さんも」


「せやで」


「あっそうなんですねぇ~~..................よかったぁ」


 喜多さんはなんだかご機嫌な様子でトースターからパンを取り出し、奇麗なお皿に載せる。


「パンも焼けたことやし、早くいただこか。でなに乗せる?」


「僕は蜂蜜で!!」


「もちろん同じ仲間やからエエで~~」


「飲み物はコーヒーでいいかな?」


「大丈夫です!」


 お盆の上に食パンとコーヒーと蜂蜜を乗せ、僕にそれを渡してきた。


「ほなこれ持って。ダイニングこっちやで!今日はなんだかええ朝食やな~~」


 喜多さんに案内され木でできた大きなテーブルに朝食を広げる。喜多さんが僕のために椅子を引いてくれたので、「ありがとうございます」と礼をして座った。


「ほな、いただこか~」


「いただきます」


 その朝食はほんとうに美味しかった。昨日あったことなんて、まるで夢だったかのように。

 












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