五話目
ザク、ザク、土を踏みしめる音が、暗く森閑とした森に消える。樋口は提灯であたりを照らしながら、僕をおいてどんどん奥へと進んでいく。
「樋口、ちょっと歩くの速いよ。何でこんな頼りない提灯しかないのにそんな速さで進んでいけるんだよ」
「さっさと済ませたいからね。さあ早く」
なんでそんなに急いでいるのか分からないが、樋口に付いていくほかない。僕は樋口に置いて行かれないように、強張る足を頑張ってすすめる。
「で、どこで撮影するのか、河西さんから聞かなかったけど。樋口は場所分かってるの?」
「あぁ、分かってる」
「ならよかった。こんなに暗いのに迷子になったらもう最悪だからね」
そうしていると、樋口が突然足を止めた。
「どうしたの樋口?」
提灯の灯りしか周りにないせいで、樋口の輪郭だけがぼんやり見えて、どういう表情をしているのか全然分からない。
「ほら見て、鳥井だ」
周りに木がたくさん生い茂っていてあまり上を見ていなかったせいで、全然その存在に気が付かなかったが、灰色の石でできた鳥居は周りの木々を優に超える高さだった。
「こんなところになんでこんなものが」
「廃神社なんだよ、ここ。もう何十年も手入れされてない。すっかり忘れ去られてしまったんだな」
樋口はまるでこういう神社を何度も見ているかのような口ぶりだった。
「さあ、進もう」
そういうと樋口は境内に足を踏み入れ進んでいく。境内は雑草が辺りを侵食していて荒れ放題だった。
「こっちだ柳瀬。この本殿、鍵が開いてて入れる。多分今回はここで動画をとるんだ」
本殿を覗き込むと、真ん中にポツンと布がかぶさった大きな何かがあるだけで、伽藍としていた。
「え?ほんとにこんなところで?まあいかにもって感じだけどさ!?。ほんとうに樋口は何回もやってるんだよね?なにか疑問に思ったりしなかったの?まあ他言禁止の時点で怪しいなんてことは百も承知だったけどさ?!」
樋口のその平然とした態度が、本当に理解できない。なんなんだほんとに。
「いいからさっさと始めるぞ。そもそもお前がやりたいって言ったんだろ?!別に危険なことなんてありゃしないから」
「なんか樋口ってそんな感じだっけ?いや、まるで別人だよ」
「俺を信じろ柳瀬?こんな良いバイトないぜ?!絶対大丈夫だから!!ほらさっさと済ませよ!そしたら早く終われるからさ」
「分かったよ............。もう早く終わらせて帰ろう............」
僕がそう言うと、樋口は僕の肩をポンと叩く。
「大丈夫だから。まあ今回は俺がほとんどのことやってあげるし。柳瀬は見ているだけでいいから」
樋口の言葉で、自分の不安に駆られて熱くなっていた頭がスーっと冷め始める。
「なんだか、僕が少しビビり過ぎていたみたいだ。ほんと自分勝手に迷惑かけてごめん」
僕がそういうと樋口はまんざらでもないとでも言うような顔をして、にっこりと笑ってみせた。
「まあそれじゃあ提灯を俺に。始めよう」
樋口はそう言って僕から提灯を預かると、その提灯を蝋燭の灯りが消えないようにたたんでその布がかぶさった何かの両隣に少し離して置いた。
「まあ柳瀬も怖がっていることだし?今回はもう周囲の確認とかせず動画だけ撮って帰ろう」
樋口は布に手をかけると、その布を思いっきり引っ張った。あたりに沢山の埃が舞って、提灯の灯りが揺れた。
「なんだろう?これ」
そこにあったのは漆の塗られた奇麗な木箱だった。
「多分これが今日撮影する奴なんだと思う。いつもは河西サンが手書きで書いた付箋みたいなものがあるんだけど.......。いつもと少し違う」
樋口は興味深そうにまじまじとその箱を眺めていた。
「柳瀬。そこに置いてある紙袋取ってくんね?」
置いてあった紙袋を持ち上げ、樋口に渡す。樋口がガサゴソとカバンの中を漁ると、中から三脚とビデオカメラを三台取り出した。
「これで撮影するんだね。どこに設置するのがいいかな?」
樋口と話しながら、次々と撮影の用意を進めていく。
『ピリリリリリリリリリリリリリリ!!!!!!』
「?!」
この雰囲気に似つかわしくない電子音が、ポケットから鳴り出した。驚きながらも携帯を取り出すと、そこには既に電話番号が登録されていたからか、河西の文字が表示されていた。慌てて通話ボタンを押す。
「もしもし、柳瀬です!」
「あ、河西です!今ちょうど仕事が終わったので、一応念のため電話してみたのですが............」
「あっはい!!今から撮影を開始しようと思ってます」
「ちなみに今回撮影するものはなにか分かりましたか?」
「えっと.........。木箱ですよね?」
「あっ!そうだった。そうだったね!すみません何だったかすっかり忘れてしまってました」
河西さんの声が少し上がる。
「じゃあ、撮影!頑張ってください!!暗いので十分に注意してくださいね」
河西さんの変化に少し違和感を感じながらも、河西さんの気遣いがなんともうれしい。携帯を閉じて木箱の方に目をやると、樋口が木箱に向けて三脚に取り付けたビデオカメラを設置し終えていた。
「残りの二台は俺と柳瀬が一台ずつ持って、この木箱を撮影していく。俺が近くで撮るから、柳瀬は全体がしっかり映るようにしていて」
僕はカメラを構えて、木箱と樋口が真ん中に映るように画角を合わせる。
「それじゃあ、始めるぞ。三、二、一」
暗い本殿の中、三台のカメラが一斉にピッ!と撮影開始の音を鳴らした。
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