四話目

 車から降りると、そこには砂利が敷き詰めてあった。ザクッザクッと踏みしめると音が鳴る。


「うわ、今回もマジで暗いな~」


 樋口の小言を軽く受け流しながら、運転席から降りてきた河西さんが、クラウンのトランクから何やら紙袋を取りだす。


「えっとこれは?」


「この紙袋に入っているものが今回使うものです。どうぞ」


 河西さんは樋口に紙袋を持たせると、トランクの中から化学繊維でできた特殊なポーチのようなものを取り出した。


「スマホは回収しますので、この袋にいれてください。僕との連絡はこれを」


 河西さんはそう言って、ガラケーを僕らに二人分渡してきた。


「俺ら何も用意してないんですけど、またライトくれるんですか?」


 樋口がもう慣れているかのような感じで河西さんに聞いた。


「いえ、今回はライトも使えませんので提灯をつかってください」


 そう言うと河西さんは紙袋から折りたたまった提灯を広げ、中に蝋燭をさした。ぼわっと提灯の中で小さな炎が揺れ始める。素早く二人分の提灯を用意し、僕らにそれを渡した。


「ライターは持っていけませんので、提灯の火を消さないようにお気を付けください」


 こんな小さい光で周りを照らせられるか?と僕は疑問に思ったが、そんなこと言ってもそういう命令ならばしょうがない。僕は素直に従うことにした。蝋燭に顔を近づけると、ほのかに甘いにおいのようなものがした。


「この蝋燭ってなにか混ざっているんですか?なにか匂いがあるようですけど」


 ずっと笑顔だった河西さんが、ほんの一瞬、すぐに笑顔に戻ったが少し顔をしかめた。


「それに気づかれる人は、大変珍しいですよ」


「えっでも結構強いにおいですよ?」


 僕らの話を聞いて、樋口が会話に割って入ってきた。


「それホントか?俺には何も分からないけど。もしかして鼻が詰まっているんかな?」


「実は少しお香が混じっているんですよ。そういう蝋燭しかないものでして。まあまあお気になさらずに」


 河西さんの話を聞きながら、僕はもう一度提灯に顔を近づけた。蝋燭のせいなのか、提灯についた色のせいなのか。提灯は禍々しいようなえんじ色をぼんやり輝かせていた。


「さぁ、そろそろ始めましょう。あんまり遅くなるとあなた方の両親も心配するでしょうし」


 河西さんが場を仕切りなおすかのように、手を軽くたたきながら話を変える。


「では私はこの後やることがあるので、これで失礼します。分からないことがあったら樋口君に聞いてください。22時に迎えに来るので、遊ばずに仕事を済ませてくださいね。それでは」


 河西さんはそう言うと、再び黒いクラウンに乗り込み。この鬱蒼とした森から逃げるように去って行ってしまった。


「なんかいまさら言うのは、ちょっと違う気もするんだけど。このバイトって本当に大丈夫なやつ?」


 樋口おびえ謎に怯えているのか、額が少し汗で光っている。


「ごめんな、柳瀬。俺、一人だと怖かったんだ」


 樋口の声色がいつもより暗い。がらにもない樋口の態度が何かを隠しているかのようで、もう自分の周りで頼りになりそうなものはこの趣味の悪い色をした提灯だった。


「じゃあ、始めようか」


 樋口が河西さんの紙袋を背負って、森に向かって歩き出す。


「うん。いこう」


 


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