三話目

「うわ、寒い」


 もう三月だからと夜の寒さをなめていた。昼と夜の寒暖差が激しすぎて、アウターをちゃんと着てくればよかったと後悔した。


 9時前の駅前には、酔っぱらいのサラリーマンやキャバ嬢のようなきらきらした女の人やらカップルやら色々な人がいた。


「樋口のやつはどこにいるんだ?」


 もうすぐ9時になろうとしているのに、樋口がいない。


「大丈夫かな?樋口がいないと何も分からないのに」


 そう思っていると、後ろから肩を叩かれた。


「今夜は満月だな。よっ!!三時間ぶり!だよな。まだ車着てないのか?」


「なんでそんな夏目漱石みたいな。それにそんなこと聞かれても僕にはどの車なのか分からないよ」


「あっそれもそうか」


 こんな間抜けな会話をしていると、僕らの前に明らかに高級車そうな黒いクラウンが止まった。


「え?」


 僕が呆気にとられて樋口の方を見ると、樋口は何故か自慢げに答えた。


「さぁ、速く乗りな」


「なんで樋口が得意げになってるんだよ」


「おっ連れの子も来たんだね。珍しい、ありがたいことだ」


 車の運転席から聞こえてきた声に、思わず驚いた。運転席から20代くらいの男の人が乗り出して、僕らを早く乗るように催促する。


「君が樋口君が話していた柳瀬君かな?初めまして。河西って言います。あんまり珍しい苗字じゃないかもしれないけど、名前だけでも憶えていってね」


 河西さんはニコッと微笑む、その笑顔に僕の緊張感が少し緩んだ。


「河西サン!!今日もよろしくおねがいします!!!」


 樋口が遠慮なく豪快に後部座席のドアを開ける。樋口の粗雑さに少し呆れながらも河西さんと樋口に急ぐように促され、後部座席に乗り込んだ。クラウンは渋いエンジンの音を上げて、駅前の飲み屋街を走り出した。


「バイトの迎えの車としか聞いてなかったから、てっきりぼろいバンとかなんじゃないかって勝手に想像していたけど、まさかこんな高級車だなんて............」


 僕は樋口にしか聞こえないように、ぼそっと呟いた。


「意外でした?」


 樋口がなにか口にしようとする前に、河西さんが割って入ってくる。樋口はまるで河西さんの話を遮らないよう努めているかのように、何も喋らずじっと河西さんの話を聞いている。


「え?あっはい。全くの予想外でした」


「いやー、別に車のこだわりはないのですがね、こんな車しかうちにはないものでしてね」


「あーそうなんですね。てことは、これは河西さんの車なんですか?」


「いえ、これは私の仕えている当主様のものでしてね。ですから、あまり車内を汚さないようによろしくお願いいたします」


「その当主様って言う人が、このバイトの雇い主ってことなんですか?」


「ええ、まあそうなりますね」


 河西さんの丁寧な口調に、なんだか安心させられる。樋口の説明のせいで怪しいバイトに思えてしまったが、良いバイトなんじゃないかな。まだ僕の勝手な予想だから断定はできないけど。話が一旦止まって車内に沈黙が流れる。暗い車内だからはっきりとは見えないが、細見で180センチ以上ありそうな長身。整った外国人のような顔にポニーテールに括った髪。河西さんはどこか中世的で、この世のものとは思えないくらい奇麗だった。


「河西サン。今回はどこへ行くんすか?」


 さっきまで何も喋らなかった樋口が、ゼンマイ人形が動き出したかのように喋りだす。


「今回は隣の市の私有地ですね。まあ私有地と言っても山なのですが」


「ああ、そうだ。二人とも今回は現地に着いたら私が渡すもの以外、絶対にライトなどの光をつけないでください」


「今回はっていう事は、それが毎回変わる禁止事ってやつですか?」


 僕の話を聞いて、隣にいた樋口がうんうんと頷く。


「そうですよね。河西サン」


「はいそうですよ。柳瀬さんもご存じだったんですね。いつもこの話をすると気味悪がられてすぐにやめてしまうので、柳瀬君が来てくれて本当に良かったです」


「は、はぁ」


 気味悪がられてやめるって............まあもとから怪しさ全開だったが。


「今回もいつも通りです。ついたらあたりに不審なものがないかを確認して、それが終わったら僕が商品を渡すので、それをカメラに収める」


「それ樋口から説明を受けていた時から気になっていたんですけど、なんで撮影を夜にするんですか?」


 僕のその質問について、河西さんは何も答えなかった。しばらくすると車が止まり、河西さんが笑顔のままゆっくりと振り返る。


「柳瀬君」


「まあそこはどうでもいいじゃないですか。ほら、夜の方が人目につかないですし、直射日光がダメな商品もありますからね。まあまあお気になさらず............」


 これ以上なにも言うなというような河西さんの声色が、僕の喉を無理やり詰まらせる。


「あっ、そうなんですね。分かりました」


 世の中には普通の高校生には知りえないようなことが、沢山あるのかもしれない。


「さあ、二人とも。目的地に着きました。それでは頑張っていきましょう」


 









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る