二話目

 玄関を開けると家の中は真っ暗で、部屋の電気のスイッチだけが少し赤く光っている。


「ただいま~」


 小さいころに躾けられてきたからか、お帰りと言ってくれる人がいなくてもいつの間にか言ってしまう。ただ暗闇へと消えるその言葉が、僕を一層みじめにした。


「あ~お腹すいた~なにか食べよ~~」


 玄関にカバンを置いて、着替えもせずに台所に行く。台所の下の棚からカップラーメンを取り出すと調味料を抜いてお湯を注ぎ、キッチンタイマーをセットする。階段をドタバタと急いであがって、制服を脱ぎ捨てて部屋着に着替える。急いで台所に戻ったが、すでに三分たってしまったのか、タイマーはピピピピと機械的な音を鳴らしていた。


「もうできたのか。はやいな」


 カップラーメンの蓋をはがして、容器の中に調味料を入れる。箸で麺をほぐしていざ食べようとした時、玄関から自分のスマホの着信音が鳴った。そういえばカバンを放置したままだったか。タイミングの悪さと放置した自分に少し嫌な気分になったがしょうがない。速足で玄関に向かって、カバンの中からスマホを取り出した。携帯画面には樋口と表示されている。画面をスライドして通話状態にした。


「もしもし樋口?」


「あぁ柳瀬。バイト先に聞いたら、お前もバイトとして雇ってくれるってさ。採用だってよ」


「え?ありがとう。でも面接とかは大丈夫なの?そんないきなり採用だなんて............」


 自分でやりたいとは言ったが、ここまで怪しいとは。違法なことでもしてるんじゃないか。ますます自分の疑惑が増していく。それでも一万五千円は魅力的な金額だし、怖いもの見たさ的な好奇心が僕に行けと駆り立てて来る。


「ところでさ、柳瀬って今日暇?実は今日もバイトあるんだよね。一人よりも二人の方が心強いし、雇い主によれば今日のバイトもお前が来るなら二人分払ってくれるらしいしどう?」


「それって何時からなの、もう夜だけど。もしかしてバイトって繁華街の客引きだったりする?それにしても高すぎる金額な気がするけど............」


「全然違う。まあお前はもう部外者じゃあなくなったからバイト内容言うわ。一回周りに誰もいないか確認しろ」


 普段からは考えられない樋口の警戒心の高さが、なんとなく気になる。少し間をおいて、樋口がぼそぼそ声で低く話始めた。


「実はさ決められた場所で動画を取る仕事なんだ」


「ん?」


 予想外の樋口の言葉に、僕はびっくりした。


「何それ?もしかして卑猥な動画とかを撮影するってこと?それはちょっと............」


「いや全然違うから。まずは人の話を聞けって」


 樋口は食い気味に僕の想像を否定した。


「どこのサイトなのかは分からないんだけどな、オークションのサイトがあるんだ。ブランドものから、骨董品みたいなものまで。幅広く売っているサイトがあるんだけど。その商品の紹介動画みたいなものを取るっていうのが俺たちの仕事のうちひとつ」


「へぇ~。一つっていう事はこれだけじゃないってこと?」


「だからまあ聞けって。撮影する場所が普通の部屋とがじゃあなくて、空き地とか林とか神社なんだけど毎回違っていて場所は定まってない。そしてその撮影場所周辺を一回何もないか見て回らないといけないんだ。まあそれはチェックするわけではないからあんまり関係ないんだけど」


「ふーん。じゃあ特に決まった何かがあるわけじゃあないんだ」


「まあ他言禁止ってことかな...................。あっでも重要なことがある。毎回変わる禁止事があるんだ」


「ふーん」


 バイトの詳細を知ってもますます謎が深まるばかりで、一向に釈然としない。


「で!今日のバイト来れそうか?もちろん行くよな!!」


「ああ、まあやってみないと分かんないからね。行くよ」


「そう来なくっちゃ。前回ちょっと怖いことがあったから今日実は行くの怖かったんだよね」


 樋口の何気なく言った言葉に少し引っかかりを覚えたが、まあ気にしない気にしない。


「じゃあ、9時駅前集合で。向かいの車が来るから遅れないようにな。俺まで怒られるのはごめんだから」


「はいはい、分かったよ。9時ね」


「じゃあまた」


「え?ああ」


「そういえば持ち物とかって......」


 そう言い終えようとした時、電話を切られた。


「まったく......。バイト先の人に怒られても知らないからな」


 通話が終わり、真っ黒の画面になったスマホをポケットの中に入れて、台所へ戻る。


「あっ.................................。」


 台所には、すっかり麺ののびたカップラーメンが鎮座していた。





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