違う世界の遊びに興味があっただけなんです
シレア城の厨房に付随の休憩室は、ウェスペルに許された数少ない安息所である。食事が済めば次の準備まで人があまり訪れないため、料理長がいなくても居ていいとアウロラが言ってくれた。
慌ただしい手伝いが終わって少し休もうと立ち寄る。するとすでに先客がいて、あわやウェスペルは小さな叫び声をあげそうになった。
「あ、ウェスペル。大丈夫だよ入っても」
さっと壁に隠れたつもりが見つかった。しかし言葉通り身を隠す必要もなかった。シードゥスだ。
「お、お疲れさま。そっちも休憩?」
「うん。寝ようと思ったら腹減ったから。いる? 今日は料理長がおやつ置いといてくれたみたいだけど」
言われてみればシードゥスの手には食べかけの焼き菓子があり、ウェスペルの目の前につい、と籠が押される。
覗いてみると、型抜きのクッキーや果物入りの柔らかそうなケーキなど種類豊富に菓子が盛り合わされている。
遠慮を感じないわけではなかったが、そういえば動き回って初めてのことばかりで考えすぎて、甘いものが欲しいのは確かだ。
それに、せっかくだからシードゥスと話したい気持ちもある。
「お言葉に甘えていただこうかな。えと……」
種類が多くてどれにしようか籠の上で手を迷わせていると、ふと見慣れた形状が目に入る。
「あ、これ私がいつも食べるのと似てるかも」
端が飛び出した細い棒をすっと引き出してみると、反対側は果物か何かで作ったような桃色の膜で覆われている。自分の世界でよく買っていた菓子だ。
「へぇ、ウェスペルの国にも似たのあるんだ?」
「うん。人気だよ。季節で違う味が出たり。あ、いまだと秋だから、これ使った遊びなんかもあったりして」
まだこちらに来て日が浅いのにもう懐かしく思い、まじまじと細長い菓子を眺める。するとその様子を微笑ましく見ていたシードゥスが「へぇ、遊びねえ」と興味を示した。
「それどんな遊び?」
「え? これの?」
仰天して聞き返すが、シードゥスの目は好奇に明るくなっている。
「うん。ウェスペルの故郷のやつでしょ? ならやってみない? やってみたい」
「え、えぇ……っと……この細いのを……」
戸惑う。当然である。
だがシードゥスの目には純粋な興味が浮かんでいるし、何かほかにあるとすれば、紺色の瞳が語るのは気遣いだ。知らない場所で疲弊しているウェスペルの気を楽しい話で紛らわそうという優しさが読み取れる。
うん、これをどうするの? と明るく聞き返されては、後に引けない。ウェスペルはごくりと唾を飲み込み、できるだけ平静を保って話し出す。
「えっとね、二人一組でやるの。このお菓子一本を二人で食べる遊びで」
「てことは、まずこれを折るってこと?」
「ううん、折らないの。折れちゃだめで」
「じゃどうやって二人で食べんの?」
そう聞かれても。
「だから、ね。折らないで食べなきゃいけなくて。えと、つまり……」
努めて義務的に話そうと始めたのだが、早くもつっかえつっかえになってしまう。この棒を、と菓子の端をちょん、と触る。
「これを……この端を、ね。えと、片っぽを一人が咥えるんだけど……そしたら、もう一人が……」
「うん、そしたら? 言う通りにするからやってみて?」
どんどん声が小さくなってしまうのをどうしようもできず、俯きがちにもなってきてしまう。なんでそんなこと言うのよう、と内心で訴えながら、ウェスペルは必死で棒を咥える真似をし、もう片方の端もちょんと触れた。
「あの、恋人同士……とかでやるから私も上手くできないと思うんだけど、あの……」
もはや完全に下を向いてしまい続きが出てこない。顔から火が吹いているのではと思うほど頬が火照っているのがわかる。
それでも何とか絞り出す。
「こっち……を」
「いや、ごめん……大丈夫、もうわかった」
突然、先ほどとは百八十度違う情けない声が降ってきた。恐る恐る目線を上げると、シードゥスが顔をあさっての方向に向けている。
「ごめん、いやほんとごめんなさい」
顔は見えないが、心なしか声が泣きそうに聞こえる。何と言うべきか迷った瞬間、シードゥスががたんと音を立てて立ち上がった。
「さ、寒いよね! お茶! お茶淹れて来るから食べてて! うん、あったまるお茶入ったって言ってたから」
そういうや否や「すぐだから!」と言い捨てシードゥスは厨房の奥へ逃げるようにいってしまった。
手に残った棒菓子を見て、ウェスペルの顔が再び熱くなる。ついに耐えきれなくなって棒を持ったまま木机に突っ伏した。
机がひやりとして気持ちいい。頬は一体どれだけ熱を帯びているのか。
「やっちゃっ……たぁ……」
厨房の奥のもう一人が全く同じ台詞を溢して壁に額を当てているのを、ウェスペルは知らない。
ところで廊下で二人の様子を盗み見ていた侍女は、ああんもう、と悔しがったとか。
🎵おまけのお二人でした🎵
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