ポッキーゲーム
蜜柑桜
ショコラティエにトライアル
十一月十一日。そろそろショコラティエやパティスリーはクリスマス戦線に向けて忙しくなる。来週から仕込みが本格化するので、その前にと今日は匠が響子の部屋に来ていた。
「ねえたくちゃん、細長いチョコレートのお菓子といえば?」
楽譜の分析をしながら、何の前触れもなく響子が話しかける。匠もレシピメモを作りながら何の気なしに応じた。
「バトン?」
「あー、あるね。キャラメルとかコーヒーとか。今年も出すの?」
「今年はスモークで出すよ」
「あ、それとっといて! ……じゃなくて」
ノリノリな割に響子は「そうじゃないでしょー」と不服なフリをしてみせる。フリだと分かるので、そこまで真剣に対応することでもない。何か遊びでも思いついたのだろう。
「他にはないの?」
「んー、定番だとオランジェットとかかな」
「うーん、それも美味しいけどちょーっと短すぎるかな」
含み笑いをしながら「たくちゃんは巷のショコラに興味ないんだから」とか言うので、流石に少し悔しくなる。
それに、そんな話題作があるのなら気になる。そう問うと、響子は思い切り吹き出した。
「おい、いつまで笑う気だ」
「だって……くっ……大真面目なん……」
ひとしきり笑ってやっと笑いのツボを押すスイッチが切られたらしい。まだ肩をひくつかせながら響子は紙の箱を取り出した。
「じゃん」
よくコンビニやスーパーに売っているアレである。えへーとかにんまり笑っている様は、悪戯を考えている証拠である。
「たくちゃん、今日は十一月十一日なんですよ」
「それがどうした」
何を考えているか分かりすぎて敢えて目をメモに戻して返すと、さらに追い討ちがあった。
「どうしたはないでしょう。チョコレート関連だもん」
「今日は別にうちの店はイベントはない」
「えー。お店に関係ないからって。これだからたくちゃんは浮世離れしてるんだからぁ」
そう言いながら響子はパッケージの封を切る。無視を決め込む素振りをしながら匠が横目で見やると、くすくす笑いながらチョコレートがけの細長い棒を取り出している。
「あ、さてはショコラティエなたくちゃんの癖に、チョコレートにまつわるこの文化を知らない、なーんて」
匠の目線に気づくと響子は高々とショコラ色の棒を掲げ、まだ笑ったままそれを咥えようとした。しかし——
響子の笑い声も焼き菓子が割れる小さな響きも起こらない。しばしの沈黙が流れ、その後に起きたのは微かな吐息の音だった。
「チョコを遊び道具にするんじゃない」
今度こそリズミカルな咀嚼音が規則的に続く。だがその元は響子ではなく匠だった。かたや響子の方は自分の膝の上に頭を落として固まっている。その手に菓子はない。
「響子、耳まで赤い」
「そん……誰のせ……」
「ショコラで人を揶揄おうとした罰だ」
そんなぁと情けない声が顔を覆う指の間から漏れ聞こえるが、匠は完全無視して座卓に置かれたパッケージに手を伸ばす。
「ん、結構うまいな、今季のフレーバー」
細長い棒をもう一本取り出し、しゃくしゃくと遠慮なくいただいた。ショコラに似合わない茹蛸のようになっている響子には、おそらく当分いらないだろう。
——ポッキーの日、匠響子編。おしまい🎵 糖度70パーセントです。
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