第51話 屋敷への侵入はロマンのない透明化の使い道だと思うけど仕方ない

 俺とメアは闇に潜み、周囲を警戒しながら屋敷の様子を伺う。


 屋敷の警備レベルは以前とあまり変わっていなかった。

 俺が襲われた日に警備が減ったと思ったのは、領主側のブラフだったのだろうか。

 だとすれば、襲われたおかげでまんまと釣られずに済んだのは不幸中の幸いといえる。


「……しかし本当に、一体どうやって今日奴らが屋敷を襲うってのを調べたんだ?」


 俺は隣で俺に寄りそうメアにジト目を向ける。


 街への侵入自体がリスクである俺が、今日ここに来たのはメアから黒ポンチョ共が屋敷を襲撃する計画が今日決行されると言われたからだった。


「だから言ってるじゃないですか。秘密です♪」


 だが、何度情報ソースを尋ねてもメアはこんな風に可愛く口元に人差し指を立てて意味深に笑うだけだった。

 

「まあ、危ないことをしたんじゃなければいいけどさ……っと、来たか」


 周囲を探っていた風魔法に違和感を覚えて、俺は口を噤む。

 捉えた感覚は5人分。目視は出来ないが、間違いなく奴らだろう。


 メアの言葉を疑っていたわけではないが、奴らが本当に来たことに少し驚く。


 やがて、屋敷の方が騒がしくなった。

 響いて来るのは爆発音や金属同士が当たる音。

 黒ポンチョ共と警備がドンパチを始めたのだろう。


「それじゃ、俺たちも行くか」


 それを確認して、俺たちも動きだす。


 建物と建物の隙間、暗闇を縫うように歩き、屋敷へと近づく。

 その間も風魔法で周囲を探るのはやめない。

 もう奇襲を受けるのだけはこりごりだからな。


 やがて屋敷の前まで近づくと――急いで駆り出されたのか開けっ放しだった横門から平然と中へ入り込んだ。


 これまでの隠密行動が嘘のように、最短ルートである代わりに最も目立つ中央のレンガ道を堂々と歩く。

 そこかしこで、酷いと手を伸ばせば触れてしまいそうな距離で戦闘が行われているがお構いなし。

 まるで人目をはばからずにデートをしているみたいに、俺とメアは腕を組んでぴったり寄り添い歩き続ける。


 けれど、誰一人として俺たちに気付く者はいない。


 今俺たちの姿は外から見えないし、足音も聞こえないようになっているからだ。

 森で女子たちを説得するときに使ったメアの幻惑魔法と俺の風魔法による消音の合わせ技。要するに消音効果を付けた光学迷彩である。

 

 動きながら使えるようにするのはメアと二人してかなり苦労したが、それでもごく狭い範囲なら維持出来るようになった。

 なので、くっついているのは決してイチャイチャしているわけではないのである。

 いくら俺達でも敵陣のど真ん中で乳繰り合うほどバカップルじゃない。


「オウガイさんオウガイさん」


 周囲を警戒しながら進む俺に、メアが声を掛けてくる。

 何か異常でも見つけたのかと俺が身構えると、


「もしかして、この魔法を使えば街中どこでもえっちし放題なのでは!?」


 興奮した様子で、めちゃくちゃどうでもいいことを耳打ちされた。


「それなりの魔術師に注視されたら見破られるかもって言ってたのお前だろうが……」


 そう、こんな便利な方法があるなら最初から偵察なんてせずにさっさと侵入して取って来いよ、と思うだろうが、そうは出来なかった理由がこれである。

 森で使う時に聞いていたのだが、どうやらこの幻惑魔法は完璧というわけではないらしく、見る人が見ればわかる綻びのようなものがあるらしい。

 それがあるからこそ、黒ポンチョ共の襲撃に合わせて侵入を決行したわけだ。


 というかメアさんはこんな時まで脳内ピンクなのか……

 呆れたが、緊張がほぐれたのも事実なので脇腹をつねるだけに留めておく。

 

 いやまあ俺だって男だ。透明人間になれるともなればエロいことの一つや二つ、三 つや四つ……いやもうアイデアなんて無数に浮かんでくる。

 覗きや痴漢は隣にメアがいる仕様上NGだろうが、二人並んで真っ裸で人ごみを歩くとか正直やってみたいさ。

 ……いや、敢えて片方だけ見えなくしてエロいことをさせるのもいいな。


 むしろ、何が悲しくて透明人間になって最初に窃盗なんてしなくちゃならないんだとすら思う。虚しい。ロマンの欠片も無い。

 

 だが、それはそれ。割り切って今はやるべきことに集中しなければならない。

 この前のような失態をしてメアを悲しませるのはもう嫌だからな。



 そんなこんなで俺たちは屋敷の前まで到達した。

 すると、ちょうど正面扉が開いた。

 屋敷内に潜んでいた警備兵が応援に出て来たのだ。

 

 せっかくなので、俺たちはそれに乗じて中へと入り込む。

 本当はどこか適当な窓の警備を屠って入ろうかと思っていたが、手間が省けた形だ。


 そこからはもう簡単だった。

 混乱して走り回る人を避けながら、風魔法で索敵し警備が常駐している部屋を見つける。

 警備がいる部屋は二ヵ所あったが、一ヵ所は中に人がいるようだったので恐らく領主とその家族が守られているのだろう。

 

 そうして部屋の入り口と中に潜んでいた警備を不意打ちで倒し、俺たちは目的の部屋へと辿り着いた。


「うわ、なんだこれ……」


 その部屋は一言でいえば悪趣味だった。

 そこかしこに金の彫像やら、無駄に派手な鎧なんかが所狭しと置かれている。

なんだかごちゃごちゃしていて、SF映画に出てくる宇宙のコレクターの家みたいだ。

 価値のあるお宝だらけなのだろうが、こうも成金丸出しで雑に置かれているとそうは見えない。


「というかこれ、結構偽物も混じってますね……」


 近くにあった宝石のあしらわれたネックレスを見ながらメアが呆れたように言う。

 置き方は雑だが品物の横にはそれぞれ名札が置いてあるので、知っている者であれば違うと分かるのだろう。


「なるほど、領主はお宝が好きってより価値のあるものを沢山もっている自分に酔っているタイプか」


 個人的に集めた宝に対して愛を持たない好事家は好きではない。

 例えいやらしい敵キャラでも、盗賊でも、趣味には愛と敬意を持っていて欲しいものだ。


 そんな風に分かりやすく置いてあったから、勇者の遺品は探すまでもなく見つかった。


「これは……小盾か?」


 他の品よりいい扱いで、専用の台座にご丁寧にガラスのカバーまでして展示されていたのは盾だった。

 といっても片手剣と併せて持つようなやつではなく、腕に嵌めるタイプの籠手を大きくした感じのやつだ。

 

 だが、これは俺でも目利きが出来る。

 明らかに他とは違う、吸い込まれるような光沢を放っている。

 本能が、これが最上の品であると告げている。


「目当ては見つかりました。急ぎましょう」


 メアに促され、俺はガラスケースを開けて盾を鞄にしまう。


「ん?」


 すると、何かが盾の下敷きになっていたことに気付く。


 下敷きになっていたのは一冊の本だった。

 いや、本というよりは手帳に近いか。


 高さ調節でもしていたのかな、と思いつつ、一応気になったのでそれも鞄に放り込んでおく。


 更についでとばかりに帰りがけになんかビビッと来た短剣と手袋をいただいて、俺たちは部屋を後にする。

 のんびりしているようで、滞在時間は2分くらいだ。

 因みにメアもお眼鏡に叶ったらしい宝石類をしれっとくすねていた。


 俺とメアは再びくっついて、透明化の魔法を展開して歩き出す。


 屋敷の外からはまだ戦闘音が鳴り響いてくる。

 だが、奴らの実力は俺が身を以て知っている。

 あと少しすれば外の警備を制圧し、俺たちがいた宝物庫へと辿り着くだろう。


 その時にはもう、目当ての品は消えているのだが。


「悪いがお宝はいただいていくぜ、とっつぁ~ん」


 その後無事屋敷から脱出した俺は、振り返ると一人不敵な笑みを浮かべた。

 気分はまさに国民的アニメの大泥棒である。


 ……が、当然元ネタを知らないメアには怪訝な顔をされる。

 というか真顔で「大丈夫ですか? 緊張しすぎて疲れちゃいましたか?」と心配された。


 恥ずかしくて死にたい。


 とまあ最後はぐだぐだになってしまったが、俺たちは遂に勇者の遺品を手に入れることが出来たのだった。




***


 一方その頃領主の屋敷にて。

 

「やはりありませんね。何者かが侵入した痕跡があります、恐らくは……」


 趣味の悪い宝物庫で、黒ポンチョ共が苦々しげな声を上げる。


「ふむ……一番怪しいのは先日の男か。その後奴はどうしている?」

「森から出た形跡はありません。恐らく他の街に行ったか、森の中で野垂れ死んだのでしょう」

 

 見張りからの情報をボス格の女に伝える。

 尤もその鴎外こそが盗みの犯人なのだが、彼女たちにそれを知る由はない。


「……犯人を捜しますか?」

「無論、探しはする。だがここまでの手腕を持つ相手だ。見つかる可能性は低いだろう。……それよりも、我々はこの街に来た本来の目的を果たすべきだろう」


 ボス格の女はため息を吐きながら、一応部下の何人かを犯人捜索に向かわせる。


「そもそも、勇者の遺品はついでだ。噂の真偽を確かめることこそに意義があり、確かめようがなくなった今となっては優先度は低い。それならば、元々の用を済ませてさっさとこの街を経つ方が組織の為になる」


 そうして、黒ポンチョ共は存外あっさりと諦めを口にしたのだった。

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