第50話 色々あったけどやっぱり嫁は最高ということで

 突然とんでもない勢いで、超絶美少女のエルフが抱きついてきた。

 とはいえ驚きはしない。

 今のところこの世界に俺をオウガイさんと呼ぶ美少女は一人しかいないからな。


「ちゃんと意図を汲み取ってもらえたようで何よりだよ。流石俺の嫁」


 俺はメアの頭を撫でながら褒める。


 森にさえいればメアに見つけてもらえる。

 そう思っていたからこそ、俺は下手にアクションを起こさずにこんなところに籠っていたのだ。

 仮に黒ポンチョ共が俺を見張っていたとしても、森の中のメアなら事情を察して上手いこと動いてくれるだろうしな。

 

「怖かった……怖かったです……もう二度とオウガイさんに会えなかったらどうしようって」


 メアは俺の胸に顔を押し当てたまま震えていた。

 

「悪かった、俺の方も予想外の事態でどうしようもなくてな。今度から緊急避難場所はしっかり決めておこう」


 公民館とか、近くの学校とか。

 元の世界でも家族が離れた時の集合場所は事前に決めさせられた記憶がある。

 この世界にはスマホがないんだから、そういう危機意識はより強く持つべきだろう。


「すみません、もう少しこのままで……」


 どうやら俺が思った以上にメアは余裕がなかったようで、まるで手を放したら俺がまたどこかに行ってしまうとでも思っているかのように、ぎゅっと強く服を掴んでいた。

 

 なにこの可愛い生き物。

 たった一日離れただけなのに、愛おしさが天元突破で込み上げてくる。

 


 とはいえ、気持ちは痛い程に分かる。

逆の立場なら、俺も死ぬ程心配して慌ててそこら中更地にする勢いで全力で駆け回る気がするだろうし。


 しばらくの間、俺は胸元に収まったメアの頭を撫でたり、ぎゅっと抱きしめたりして宥め続けた。

 そうして震えが止まったのは、たっぷり20分くらいしてからだった。


 メアは充電完了とばかりにゆっくりと俺から離れると、あまり見慣れない険しい顔で炉俺を見据え、


「……いいですか、これだけははっきりと言っておきます。私はもうオウガイさんのいない世界で生きる気はありません。あなたが死ねば、その原因を全力で潰した後、その後を追います。例外は老衰による寿命の違いで死んだ場合だけです。そうなったら私はあなたとの思い出を愛でながら少しの余生をのんびりと生きますが……それは今はいいです。と、とにかく、今後は軽はずみな行動はしないでください。自分の命は私の命だと思って行動するように」


 思い出して、また少し震えて、目の端に涙を溜めながら強い口調でそう言い切った。


「……そうだな。俺も気を付けるよ」

 

 俺は俯きながらそうはっきりと答える。

 

 ここに来て、なんだか一気に恐怖がこみ上げてきた。

 一日ぶりに彼女の体温を感じて彼女の想いを受けたからか、あるいは自分の死がメアを一人にするのだとはっきり言われたからだろうか。

 

 脳裏に、俺を失った悲しみに暮れ、その先に続く人よりも長い人生に絶望し身を投げるメアの姿がよぎる。

 ……怖い想像をしてしまった。

 だが、彼女はエルフだ。人の数倍長く生きる。

ならば、仮に俺が死ねば今の想像は想像ではなくなるのだろう。


「……ごめん」


 かろうじて口にできたのはそれだけだった。

 代わりに今度は俺の方から彼女を抱きしめる。


 そうしてまたしばらく抱き合って、俺たちはようやく離れる。


「そ、そういや、ここに来るまでに見張りとかいなかったか?」


 俺は気恥ずかしさを紛らわせるためにそう質問する。


「そういえば、森の入り口に一人変な黒いのが今したね。暗闇に紛れて来たので私が通ったのには気付いていないと思いますが」


 なるほど、街へと戻って来ない限りはお好きにどうぞって事か。


「というか、一体何があったのかそろそろ話して欲しいんですが」


 頬を膨らまして睨みつけてくるメアの頭を撫でながら、俺は黒ポンチョ共に襲われ、誘拐され、そして街の外に放逐されたことを掻い摘んで話した。


「お、思った以上に本当に死にかけてるじゃないですか……」

 

 半端な事情で俺が帰って来なくなったりはしないと思っていたようだが、内訳を聞いてメアは唖然としていた。

 というかもっと慎重に動いてください、と胸をポカポカ殴られながらお叱りを貰ってしまった。

 まあただの感情表現なので大して痛くはなかったが。


「それで? これからどうするつもりですか?」

「そうだな……とりあえずメアは夜のうちに一旦街に戻って、明日冒険者としてこの森の依頼を受けて来てくれ。奴らへの対策はその後で一緒に考えよう」


 餅は餅屋というか、この世界の敵が相手ならメアの知恵は借りた方がいいだろう。

 というか、心配させまいと領主の屋敷の偵察をメアに黙ってやっていたことがそもそもの間違いだったのだ。 

 それについては反省している。


「……それだけ危険な目に遭って、死にかけて、まだ戦うつもりなんですか?」


 メアが真剣な表情で俺を見上げてくる。


「未来たちならもう心配いりません。新しい家でしっかりと自分たちで生きていけるでしょう。どうせしばらくしたら旅立つつもりだったんです。このまま移動しても問題ありませんよ」


 俺がいない間に女子たちは引っ越しを完了したのだろう。

 メアはそう進言してくる。

 

 だが、


「そうして逃げて、その先に何がある? せっかく見つけたラスダン攻略の手がかりだ。そう易々と諦めるわけにはいかない。……俺たちの未来の為に」


 自称大きい組織の強い人たちがあれだけ本気で邪魔してくる代物なのだ。 

 仮にラスダン攻略のヒントにはならなくても、今後の活動の助けになる可能性は高い。


「はぁ……そう言われたら何も言い返せないじゃないですか」


 ラストダンジョンの攻略は私の都合ですしね、と付け加えて、メアは呆れたように笑った。



 そうして、俺の新しい生活が始まった。


 メアは街での用事をこなしつつ冒険者として依頼を受けてこの森に度々訪れる通い妻となり、俺はロクに稼ぎもせずひたすら魔法の練習をするだけのヒモとなる。


 いやまあ実際はメアの受ける依頼分の魔物を何匹か狩ったりはしたが。

 それだって、メアの索敵能力があればこその成果だ。


 そんな生活を続けて10日が経った頃。


「うおっ、すげえ。夜なのに明るいな」


 俺は再びノルミナの街へと足を踏み入れた。

 目指す場所は一つ、領主の家。


「よし……そんじゃ、勇者の遺品をかっさらうとするか」

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