第52話 しれっと余分に盗んできちゃったけどこの世界を生き抜くためには仕方ないと思うんだ、うん。

 勇者の遺品奪還に見事成功した俺たちは、そのままメアの泊っている宿屋へとやって来た。


 目的は果たしたしさっさと街から逃げてしまおう、とも考えたのだが、夜に街の外に出る者は殆どいない。

 そんなところに慌てて逃げて行く顔を隠した二人がいれば、俺たちが犯人だと名乗り出るようなものだ。

 俺との戦いで5人目を潜ませていたように、街の出入りを見張っている人間がいないとも限らない。というか俺ならそういう人員配置をする。

 ならば明日、他の者たちに紛れて出て行く方が安全だろう。

 

「ふぅ……とりあえず、成功して何よりだ」


 俺はキングサイズくらいあるやたらとでかいベッドに身を投げ出し、思い切り安堵の息を吐く。

 ふざけているようで、侵入中……どころか奴らに捕まってからずっと気を張っていた。

 まだ緩めていいわけではないのだろうが、どこかで息抜きはしたい。


「オウガイさん、まだ寝ないでくださいよ。やることが残ってるんですから」


 どこか含みあり気に笑って、メアが俺に覆い被さるようにベッドに入って来る。

 これはあれか。生命の危機を乗り越えると人間の本能的に性欲が強まるとかいう一種の吊り橋効果的な奴か。

 きっとこのまま暴走したメアに襲われてめちゃくちゃに……


 と、頬を赤らめて目を瞑った俺の耳元でどさどさと音が鳴る。


「さあ、戦利品確認の時間ですよ!」


 やたらとテンションの高いメアがベッドに鞄の中身をぶちまける。

 いつもなら俺の勘違いにからかいの一つでもしてくるのだが、気付いた様子もない。


「はぁ……まあやるか」


 ぶっちゃけ眠さが勝っており、そんなの明日でいいのでは、と思っていた俺のだるさはベッドの上でこんもりと山になっている宝石を見て吹き飛んだ。


「え、なにこれ。メアさんあの短時間でどんだけ盗って来たわけ?」

「オウガイさんが勇者の遺品を見つけてぼーっとしてる間にちょいちょいと。これでも私王女ですから。宝石の目利きはお手の物です。因みにこれ全部で金貨3000枚はくだらないでしょうか」

「マジか……」


 金額を聞いて俺は言葉を失った。

 死ぬ気で冒険者をやっても3か月以上かかる額である。

 というか、また甲斐性の面でメアに差を付けられてしまった……


「オウガイさんも何か盗ってましたよね?」

「俺のは短剣とグローブだな。あそこに置いてあったんだからそれなりの品なんだろうが、どこかで見て貰わないと効果は分からん。というか、何より大事なのはこっちだろ」


 せめて一緒に置いてあった名札も盗ってくればよかった、と後悔しつつ、俺は丁寧な手つきで今日一番の成果を取り出す。

 吸い込まれるような光沢のある、白銀の小盾。

 これこそがリスクを背負って侵入した理由である勇者の遺品だ。

 ぶっちゃけ他のはあくまでもおまけである。


「これは、私でも知らない金属ですね……王族の近衛が身に着けていたミスリルともまた違いますし……」


 メアが慎重な手つきで小盾を持ち上げて、時折うーんと唸りながら様々な角度から眺めている。


 というかこの世界にもあるのかミスリル。それじゃ、オリハルコンとかアダマンタイトとか、他の魔法金属もあるんだろうか。

 というかこの小盾がそれの可能性が高いか。


「まあ何かしらの意味か、高い能力を持った装備なのは間違いないだろうが、少なくとも人目のある所では使わない方がいいだろうな」


 光沢が凄すぎて人目を惹いてしまうし、黒ポンチョ共と同じ組織の奴に見つかったら厄介だ。

 そういう意味では鞄に入れて持ち運べる大きさのものでよかった。


 そんな感じで、一旦メアから小盾を受け取って鞄に戻そうとした時だった。

 鞄の底にもう一つの感触を覚えた。


「そういや、これも持ってきたんだったか」


 取り出したのは一冊の本だ。


「それも盗って来たんですか?」

「ああ。なんかこいつの下敷きになってたから一応持ってきた。ま、大方適当に台代わりにでもしていたんだろうが」


 本というより手帳に近い薄さのそれを、俺は適当にパラパラめくってみる。

 だが、中には何も書いていない。


「やっぱ何もなかったか」


 俺はため息を吐いて本を放り出し、小盾と宝石をどうやって隠そうかと頭を悩ませる。

 すると、


「ここ、何か書いてあります」


 手帳を拾って1ページ目から丁寧にめくっていたメアが、不意に声を上げる。


「なんですかこれ。古代の文字? 全く読めないんですけど……」


 顔を顰めるメアの手元を覗き込むと、そこにはこう書かれていた。


『御用の方はピーっという発信音は鳴りませんが、こちらにお名前とご用件をお書きくださいませコラァ!』


 どこか聞き覚えのある、丁寧なのか脅しているのか分からないその文章を、俺は読むことが出来た。

 

「というかこれ日本語じゃねえか……」


 そう、手帳の1ページ目に割と汚い字で書かれていたのは紛れもない日本語だった。


「日本語……ってオウガイさん達の国の?」

「ああ。しかも留守電知ってるって事は結構最近の奴だな」


 俺も詳しくは知らないが、少なくともサザ〇さんで留守電サービスを使っているところは見たことがないので昭和後期か平成初期に普及したもののはずだ。


「……こりゃ、勇者の遺品ってのはアテが外れたかもな」


 俺はがっくりと肩を落として落胆しながら呟いた。


 メアの話では最後に勇者が召喚されたのは400年くらい前だという。

 ならばこれは、勇者ではなく俺たちのようにこの世界に転移した日本人の遺品、という可能性が高い。


「まあとりあえず書いてみるか?」


 このパターン、俺は覚えがある。ファンタジー映画でよくある奴だ。

 多分、日本語で返答することがロック解除の条件になっていて、書いたら白紙の部分に文字が刻まれて本来の姿を取り戻すのだ。


 少し警戒が薄いかもしれないが、試してみなければ何も始まらない。

 下手をすれば今日までの行動が全部無駄だった可能性もあるのだ。それは出来れば避けたい。

 

 俺は宿屋に備え付けてあった羽ペンにインクを浸し、『名前は葛西鴎外。用件は、勇者とラストダンジョンについて知りたい』と短く書いた。


 すると、


『ふぁーあ、ねみぃったらねえ。ったく、よーやく日本語が分かるやつが来たか』


 手帳が淡い青色の光を放ち、空へと浮き上がる。 

 そして、


『よう。てめえが当代の勇者か?』


 脳に直接響いて来る声で、そう手帳が問いかけて来たのだった。

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