第36話 親友はいない。

「けほっ、けほっ……修司てめえ、やりやがったな」


 地面をゴロゴロと転がったせいで砂まみれになった口から唾を吐き捨てて、俺は同じように転がっている修司を睨みつける。


 顔を上げると、馬車は既にかなり遠くを走っていた。

 石紅が運転に回った少ない人数では、いつまで持ち堪えられるか分からない。急いで合流しなければ。

 

 だが、その前に。


「決着をつけよう。もういい加減、過去に悩まされるのにも飽きてきたんだよ」


 俺は座った目で転がったままの修司を見下ろし、その首元に風の斬撃を放った。

 けれどそれを修司は風魔法で相殺した。


「うるさいなぁ。なんだ、強者気取りか? 君如きが? ちょっと魔法が使えるからって調子に乗って……人間そう簡単に変われるはずがないじゃないか」


 嘲笑を浮かべながら修司が立ち上がる。


「思い上がるな。君は所詮、僕に奪われるだけの弱者だ。」

「はっ、お前のくだらないエゴに付き合わされるのは二度とごめんだっての!」


 言葉と共に、俺たちの魔法がぶつかり合う。

 互いに使うのは風魔法。同時起動数も同じ7。

 移動強化と運転。それぞれの枷が外れた事で、互いの本気がぶつかり合う。


「君如きが僕と同じレベルにいるなんて生意気なんだよ!」


 互角だったのが気に入らないのだろう。

 憤りを見せた修司が苛烈に攻め立ててくる。

 四方八方から飛んでくる風の刃、時折混ざる突風。

 確かにどれも高レベルだが、その全てを俺は相殺する。


「ちっ、埒が明かないな」


 修司は風魔法に割いていたリソースの一部をこぶし大の氷を作り出すことに使い、それを射出してくる。

 でっかい雹が降ってくるようなものだ。当たれば痛いでは済まないだろう。

 

 だが……


「なんだ、もう他の魔法に浮気か?」


 俺は敢えて、それらを風圧だけで蹴散らした。

 

「なっ――」


 修司が驚いた様子で攻撃の手を止める。


「調子に、乗るなァっ!!!」


 怒りに吠え、氷塊と風刃が織り交ざった波状攻撃が俺を襲う。

 

 けれど、何故だろうか。

 俺はここまで、修司の攻撃の一切を脅威には感じなかった。


「……こんなもんなのか、お前」


 俺は落胆を口にして、全力で魔力を練り上げて風刃を放つ。


「はっ、この程度で……」


 修司は舐め腐った様子で今まで通りそれを相殺しようとした。

 だが、


「——な、あ、足がっ、僕の足があああああっ!?」


 俺の風刃は修司の風魔法をねじ伏せ、そのまま彼の右足を切り落とした。

 本日二度目の、グロテスクな人の内側が露呈する。


「ああ……そういうことか」


 今の一発で、俺は違和感の正体に気が付いた。


「確かに多重展開は見事なもんだ。……けど、お前の魔法は軽すぎる。お前、風魔法でぶっとい木とか切り倒したことないだろ」


 修司の魔法は、人を傷つける為の魔法だったのだ。

 そこには鋭さこそあれど、重さが圧倒的に足りていない。


 毎日毎日木を切り倒し、果てはログハウス周りの領土拡大の為にアホみたいに太い大木の伐採にまで挑んだ俺は、一発の威力を高めるのに全力を費やしてきた。

 そんな俺からすると、修司の魔法は吹けば飛びそうな程に軽い。

 例えるなら修司の魔法は日本刀で、俺の魔法はでっかい斧という感じだ。

 だが実際の武器と違って、そこに重さや扱い辛さはない。

 同じように扱えるのなら日本刀は刃を合わせた途端に叩き折られるだけだ。

 故にこの場においては、力でねじ伏せられる俺の魔法が圧倒的に有利だった。


「ふざ……けるな。僕がどれだけ君の物を奪って来たと思ってる! 女だけじゃない。友人も、先輩も、君が増長しないように、一線を引かせ続けて来た! 君なんて、僕が一緒に居てやらなきゃ学校中から白い目で見られてたっていうのに!」

「なるほど。それじゃ、お前がいなくなれば俺の人生は上向くわけだ。そいつはいいことを聞いた」


 淡々と告げながらも、胸中は嫌悪と怒りに満ちていた。

 ついカッとなって、気付いたらもう一方の足も切り落としてしまったほどだ。

 

 そのせいでぐぎゃーとかって泣き喚いていたが、俺の目にはもう醜いケダモノが喚いているようにしか映らなかった。


「お前もこそこそ奴隷にしようとかしないで、魔法でみんなの為に家でも建ててやれば少しはマシな勝負になったかもな。ま、その場合こうして俺に殺されることもなかったんだろうが」

 

 そして俺は、全てを終わらせるべく最大限の魔力を一発に込めた。

 風刃はかつてない程の唸りを上げて、俺の眼前で空間を歪ませている。


「ま、待て。やめっ……僕ら、親友だろ……?」

「俺に親友はいない。いるのは、世界一可愛い嫁だけだ」

 

 手を振り下ろすと、修司の胴と足がスパッと綺麗に分かれた。

 カヒュっと奇妙な音を漏らし、大量の血しぶきを巻き上げながら修司は息絶える。


「さて……早くあいつらを助けに行かないとな」


 俺は物を言わなくなった修司を一瞥すらせずに、全速力でその場から跳び去った。


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