第35話 月夜の襲撃②

「葛西君、へー、き?」


 俺の隣で、少女がきょとんとした表情で立っている。


「お、おう……助かった。助かったが……」


 浅海は人一人の首を落とした直後とは思えない程自然体だった。


「なんというか、随分平然としてるな……」


 殺した事実にというより、目の前で男が首ちょんぱされて漫画みたいにぶしゃーって血が吹き出したその光景はかなりグロテスクだった。

 赤黒い肉と骨の覗いた断面図は、しばらく夢に見そうだ。


「……? だって、敵だし」


 どうやら浅海は男共を害虫か何かのように認識しているらしい。

 大人しそうな見た目とのギャップが凄い。


 ともあれ浅海のおかげで余裕が出来たので、俺は修司の放った氷塊に土の塊を当てて撃ち落とす。


「じゃ……あたし戻るね」


 短く告げて、浅海が後ろへ飛び去っていく。


「この分だと、思ったより心配はいらなそうだな……」


 必殺仕事人、という感じで敵を屠った浅海を見て俺はぼやく。


 そして実際その通りになった。

 縦横無尽に馬車の上を飛び回る浅海は確実に敵を退けている。

 風魔法の腕もそうだが、あのバランス感覚が凄い。足場が悪く動きのあるこの戦場においては敵にとって最大の脅威と言えるだろう。


 それは敵も思ったようで、もう俺にしてきたような踏み込んだ攻撃をしてくることはなくなり、一見して状況は膠着したかに思えた。

 

 ――だが、


「——っ、あいつら、女子たちを――!」


 不意に敵の攻撃パターンが代わり、自由に動き回れる利点を活かして連携によってこちらを撹乱し、ヒットアンドアウェイを繰り返すようになった。

 そして何より、一貫して攻撃対象が非戦闘員の女子たちへと変わったのだ。


「……あんの陰湿クソ坊主が」


 相変わらず修司は俺に執心しているので、現場指揮を執っている綾小路の指示だろう。

 正直、煽ってやれば俺に固執してくれる修司より、冷静さを保ち続けているインテリ坊主が指示を出している方が数倍厄介だ。 


 防御手段を持たない16人に不規則に降り注ぐ攻撃を防ぐのは至難の業だ。

 だが一応、今のところは対応できている。


 石紅たちの構成は、土魔法3人、風魔法2人。

 大方の攻撃魔法は土魔法があれば防ぐことが出来るし、唯一防御の隙間を抜いて来る可能性のある風魔法は、同じ風魔法で相殺できる。

 取りこぼした所にはメアの援護もあるし、移動強化にリソースを奪われた男共の攻撃ならば、なんとか防げている。

 

「オウガイさん、このままでは……」

 

 攻撃と支援、一人で二役こなしながらメアが苦言を呈す。


 言われずとも、俺だって分かっている。

 このまま防戦一方でいるのはまずい。


 俺たちの向かっている方角がバレてしまった以上、少なくともここにいる6人は倒し切らなくてはならない。

 村までは移動強化があれば一日で行ける距離だ。

 町のように自衛がしっかりしている場所ではないし、一人でも取り逃がせば散らした戦力を集めて襲撃してくるだろう。

 故に、撃退も取り逃がしもNG。

 

 だが、あの陰湿なクソメガネのことだ。

 雑兵を後一人か二人失えば、そこで離脱して仕切り直してくる可能性が高い。

 そうなればもう補給して更に北上する、なんて計画どころではない。

 ドロドロの全面戦争に突入だ。

 ナナに酷い目に遭ってもらう為にも、その展開は避けたいところだ。


「せめてあと一手、攻撃に繋がる何かがあれば……」


 呟いては見るが、現状既に全員が精一杯やっている。

 どこにも余裕はない。

 

 いっそ馬車を止めてメアに防御を任せて、俺と浅海で突っ込むか? 

 リスクはあるが、敵の機動力に翻弄されている今の状況よりはその方がマシかもしれない。

 

 そんな風に俺が迷っていると――


「葛西! このままじゃまずいよ!」


 いつの間にか荷台の一番後ろまでやってきた石紅が、必死そうに訴えてきた。


「分かってる! もういっそ、馬車を止めて迎撃する方が――」

「ダメ! それだと絶対女の子に被害が出ちゃう!」

「だけど――」


 そう、俺が馬車を止めるべきか迷っていたのはリスクがあるからだ。

 急停止すれば慣性でどこかに放り出されるかもしれない。だがゆっくり止まろうとすればその間俺は動けないし、敵は移動強化を解いて集中攻撃が可能になる。

 馬車は障害物一つない平原を走っているというのに、俺たちは完全に袋小路に入ってしまっていた。


「聞い! 私が運転を代わる! だから、その間に葛西があいつらを倒してきて!」

「なっ――」


 石紅の言葉は、あまりにも予想外だった。


「出来るのか!? 見た目よりずっと難しいぞこれ」


 一番きついのは馬を作る工程だったが、操縦とて一筋縄ではいかない。 

 魔力を圧縮しまくった分、操るのにも繊細な魔力コントロールが必要なのだ。

 しかも俺は作った本人だから相性もいいが、そこに他人の魔法を操るという労力も乗っかって来る。

 到底できるとは思えない。


「葛西にはいっぱい怒られたけど、私めげずにこっそりゴーレムで遊び続けてたから! 森の中ならともかく、平原を走らせるくらいは何とかなるよ。……ううん、意地でも、絶対何とかする!」


 俺の目を真っすぐ見て、石紅はそう言い切った。

 

 言われて俺は演説の時にゴーレムを操っていた石紅の姿を思い出す。

 確かにあの時の動きはかなり軽やかだった。

 

 だが出来るのか? 本当に……?

 いやでもコントロールするだけならもしかしたら……


 もし俺が操縦を離れられれば状況は一変する。まさに欲しがっていた一手だ。

 だが、失敗したらそれこそ――

 

 そう思って、俺は頭を振った。

 石紅未来という女は、やると言ったら絶対にやり切る。

 中学時代、俺はその様を何度も見てきた。

 バイクを乗り回すような手の付けられない不良を真面目に音読とかしちゃうレベルの優等生に更生させたり、公立なのにどうやってか夏休み明けに各教室にクーラーを入れさせてたり、一瞬で予約完売したギャルゲーの初回限定盤をどこからか見つけて来てもらったこともあった。

 挙げればそれこそキリがないが、その全てを彼女は出来る、何とかすると、そう事前に宣言していた。

 

 そんな彼女が絶対と、そう言い切ったのだ。

 ――ならば、俺は任せるだけでいい。


「ま、黙って練習してた件は後でメアにこってり絞ってもらうとして……わかったよ、石紅に任せる! こっちに飛び移れるか?」

 

 俺は石紅を隣に招き、彼女の手を手綱を握った俺の手の上に置く。

 全身が密着して手を重ね合わせたこの体勢は正直ドキドキするし、後でメアに何か言われそうでちょっと怖いが……今はそれどころではない。


「……これ、ちょっと照れるね」


 うん、それどころではないので、石紅さんお願いだから顔を赤くしてはにかんだりしないでくださいほんとにお願いします。


「いいから、俺の魔力と合わせることに集中しろっ!」


 ゴーレムの操作権を譲渡するのは、相撲で遊んでいる時メアにやったことがある。

 イメージ的には、ワ〇ルドスピードのニトロエンジンに切り替えるシーンみたいな感じだろうか。

 元の操者と魔力を同調させ、動力源を俺の魔力から石紅の魔力へと切り替えるのだ。


「多分大丈夫、いつでもいけるよ」

「じゃあ行くぞ。3、2、1……今!」


 俺が手を放し、即座に石紅が手綱を握る。

 一瞬馬のゴーレムがぶるっと身震いし、失敗したかと思ってヒヤッとしたが……馬車はそのまま正常に走り続けていた。


「上手くいったね。……それじゃ葛西、後ヨロシク!」


 石紅がニヒルな笑みを向けてくる。

 それと同じように、メアが淡く微笑んで頷いてる。


 俺を信じて送り出してくれる彼女たちの期待に、俺は応えなくてはならない。

 この戦いを終わらせるのだ。

 まあ、気分はシャン〇スでもやるのは調停ではなく殲滅だが。


「——っし、任された!」


 両頬をバチっと叩いて気合を入れ、覚悟を決めて俺が後ろへと跳び上がった――その瞬間。


「鷗外ぃぃぃぃぃいいいいいいいっ!!!!」


 ぬうっと、音もなくゾンビのように迫ってきた修司に足首を掴まれ、俺たちは二人してそのまま地面へと投げ出される。

 止まらない馬車は、そのまま俺たちを置いて走り去る。


 そうして夜の平原に二人、俺と修司だけが取り残された。

 



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