第34話 月夜の襲撃①

「——ナナさんのこと、気になりますか?」


 馬車を走らせる俺の顔を、メアがそっと覗き込んで来る。


「まあ、な。ちゃんと酷い目に遭ってくれないと困るし」

「その辺は大丈夫だと思いますけど。女の子は殆ど連れて来ちゃいましたし」


 メアに言われ、そうなんだけどさ、と俺は苦笑する。

 

 俺は結局ナナを殺さなかった。

 殺すよりも、もっと酷い目に遭わせる方法を思いついたからだ。


 あんな動画を見せられた以上、ナナの心が修司にあるのは明確。

 つまり、きっかけさえ与えてやればナナは自分で修司の下へ戻るわけだ。


 それならば、と俺は考え――そして思いついた。

 そうだ、性奴隷に堕としてやろう、と。


 いや実際はそんなJRのポスターみたいなノリで決めた訳じゃないが。

 とはいえ、我ながら妙案だと思う。

 女子たちを逃がしてしまえば、当然鬱憤の溜まった男共には捌け口が必要になる。そんな時、偽情報を掴むという失態を犯し、修司に捨てられた見た目だけはいい女がいたらどうなるか。

 そんなの、飢えたライオンの檻に羊を放り込むようなものだろう。

 プライドの高いナナのことだ。イケメンで高スペックの修司には身も心も許していたようだが、有象無象の男共にいいようにされ続けるのは俺にあっさり殺されるよりずっと地獄だろう。


 そう思い至り、ログハウスへの帰り道でメアたちには作戦を伝え、上手いことナナを逃がしてもらう算段を付けたというわけだ。

 それ以降の大事な会話は全てナナを除いて念話で行っている為、変な情報が洩れている危険もない。


 是非とも出来る限り性奴隷として弄ばれて、最後は性病だらけの貧困街の娼館とかに売られて欲しい。

 いつか、そんな彼女の成れの果てを見られたら。

 その時はさぞ溜飲が下がることだろう。


「ま、ナナの未来が真っ暗であって欲しいとは思っているが……それよりも、そろそろだろ? 幻惑魔法が切れるのは」


 ナナのことは気になるが、俺が結末を知れるのはずっと先の話だろう。

 今はそれよりも大事なことがある。

 幻惑魔法の効力は、術者がその場を離れてから約1時間。

 馬車までの移動を含めても、もう既に俺たちの逃亡がバレていてもおかしくない時間である。


「正直、追手が来ないのが一番いいけどなぁ……」


 ログハウスでのインテリ坊主への情報提供と、ナナからの偽情報と。打てるだけの布石は打った。

 奴らが逃げ場は町しかないと思い込んでくれれば、俺たちは村へと一直線に向かうことが出来る。

 とはいえ、そう簡単な話でもない。 


「オウガイさん――森を、抜けます」


 メアが告げると直後、景色が一気に開ける。

 鬱蒼とした木々が消え、辺り一帯に背の低い草の海が広がる。

 馬車は、平原へと出た。


 森を抜けたことに女子たちから少なからず安堵の声が上がる。

 まあ、無理もないか。

 この世界に来て一月近く経つが、彼女たちはあの森どころかあの拠点から殆ど動いていなかったのだ。

 かくいう俺も、森と同調しているメアには悪いが初めて外に出た時はめちゃくちゃ解放感があったから気持ちは分かる。


 ――だが、ここからが正念場だ。


 森の中と違い俺たちの身を隠すものは何もなく、メアの敵感知能力も消える。

 再び遥か対岸に広がる森へと入るまで、俺たちは無防備だ。


「月が隠れている間に、出来るだけ遠くまで進んでおきたいな……」


 今日の天気は曇りのち晴れ。

 本当は深い曇り空に、辺り一帯に霧でもかかっていれば最高なんだろうが。

 でもそれだと俺たち自身進むべき方向を見失ってしまう気がする。

 

 そのまま俺たちはしばらく周囲の闇を警戒しながら進み続けた。

 平原の夜は風が殆どなく、馬車で進むにはうってつけだが、どこか不気味だった。


 次第に空を埋めていた雲が減っていき、煌々とした満月が地上を照らした。


 ——その、直後。


「——っ!? 来ますっ!」


 メアの叫びと共に、ズガン!と重たい衝撃が俺たちを襲った。


 風、雷、炎、三方から一斉の魔法掃射だ。

 だが、魔法は俺たちに当たる前に透明な壁に阻まれていた。


「メアさんナイス! 流石俺の嫁!」

 

 ツノ猪が使っていたような魔力障壁はメアの魔法だ。

 森を出たとはいえ、この中で一番危機感知能力が高いのはメアだからな。

 異変を感じたらとにかく何も考えずに馬車全体を魔力障壁で覆うように頼んでおいたのだが、正解だった。


「ったく、お前はしつこいんだよ……修司!」


 振り向いた視線の先には、修司たち拠点の男連中がいた。

 魔法で移動速度を強化しているのだろう。俺たちのゴーレム馬車と並走している。

 

「やってくれたな、鷗外ぃぃぃぃいいいいっ!!!」


 修司はその整った自慢の顔を憤怒に染め、俺を激しく睨んでいた。

 だが、馬車との距離はかなり空けている。

 初撃を防がれて警戒したか。


「うるせえな、そんなに怒るなよ。それより、どうやって俺たちを見つけた? ナナにはちゃんと南の町に行くって伝えたと思うが」

「あの女の言っていることが嘘だと分かった時点で、君たちは逆に進んでいることくらい予想はつくさ」

「なるほど。……けど、思ったよりナナは役に立ったらしい。随分と戦力を分散させてくれたみたいで助かるよ」

「僕らはあくまで先行隊さ。そう強がってられるのも今のうちだよ」


 ま、先行隊ってのは嘘だろうな。

 指揮官が二人も出張った上に奇襲までして、その言い訳は苦し過ぎる。


「まあいい、君たち二人は後回しだ」


 修司は不敵に笑い、俺へと風魔法を打ち込んで来る。

 それと同時に、後方の荷台から爆発音が響いた。


 こいつら、殆どの戦力を女子たちの方に集中しやがった!

 

 俺は咄嗟に援護を頼もうとメアの方を見るも、彼女は既に追手の一人と交戦しながら適宜女子たちに魔力障壁を張り支援していた。

 この世界の魔法は体系化され一つ一つの効力が高い分、多重展開に向いていない。

 メアはもういっぱいいっぱいだろう。


「大丈夫、こっちは持ち堪えてるから葛西は運転に集中して!」


 不安に駆られて振り返る俺に、石紅が叫ぶ。


「だけど――!」


 それでも後方へと意識を向けた次の瞬間、男の一人が方向転換し全速力で俺へと突っ込んできた。


 ——っ、釣られた!?


 雷の移動強化魔法を全開にし、更に己も雷を纏った捨て身の突進。

かなり威力は高そうだが、まあ防ぐこと自体は出来る。

 出来るが――視界の奥で、その攻撃に合わせて修司が馬車に向かって氷塊を放とうとしている。

 

 まずいな。ただでさえバランスの悪い土魔法の馬車だ。ここで馬を失えば、慣性で全員放り出される。

 いっそ馬車と止めて迎撃するか?


 いや、ダメだ。

 今何とか持ち堪えられているのは、馬車が走り続けているからだ。

 この世界の魔法とは逆で、俺たちの使う感覚派の魔法は多重展開にこそ真価がある。

 そのリソースを難易度の高い移動速度強化で常時消費させ続けている今の状況は崩すべきではない。 

 パソコンだって重たいゲームを同時に起動するとクラッシュする。それと同じだ。無茶をして使えば魔法も暴発して己がダメージを喰らう。

 因みに初めの頃に俺も体験済みだ。


 けど、ならどうする!?

 馬車を止めずに防ごうとすれば暴発するのは俺の方だ。

 どれだけ現状を確認しても対処法が思いつかないなら意味がない。


 そんな風に、ピンチに襲われ俺の背筋を悪寒が走り抜けた――次の瞬間。


 不意に、俺を襲って来た男の首がぽとりと落ちた。

 鮮やかな断面からは人の内側がありありと覗いていて、無性に吐き気がこみ上げてくる。


「……葛西君、へー、き?」


 唖然とする俺の隣、バランスの悪い馬車の接合部にあっさりと着地したのは青いパーカーを男の首から噴き出す血で染めた、まるで死神のような少女。


 浅海奏が、相変わらずの消え入りそうな声できょとんと可愛らしく首を傾げ、何事もなかったかのように俺を見つめていた。


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