第32話 逃亡計画②
「はぁ、はぁ……何とか、形になったか……」
魔法とひたすら格闘すること5時間。
時間ギリギリでようやく成功したそれを前に、俺はほっと胸を撫でおろした。
「オウガイさん、時間です」
ちょうど一息ついたタイミングで、メアが俺を呼びに戻って来た。
本当に時間ぴったりだったようだ。
「ああ、行くか」
俺はメアと連れ立って夜の森を進んで行く。
「流石、私の旦那様ですね」
道中、メアが俺の頭をそっと撫でてくる。
この魔法には随分苦労していたからな。
俺としても嫁にかっこつけられて何よりだ。
「戻ったぞ」
拠点近くの集合地点まで辿り着くと、そこいたのは石紅一人だった。
「……ナナは、行ったのか?」
「うん。作戦通り、あのお家に戻るフリをしたら、その途中で七海ちゃんは逃げたよ」
「そうか……なら、ここからは時間との戦いだな」
俺はあまりに予想通りに動いたナナのことでにやけそうになる顔を必死に抑え、意識を切り替える。
「見張りの方はどうなった?」
「そちらも滞りなく。オウガイさんが頑張っている間に私がさくっと片付けておきましたから」
俺が聞くと、メアがふふんと胸を張る。
「森の中の私は感度百倍で超敏感ですからね。あんな目がいいだけの半端ものじゃ相手にもなりませんよ」
「メアが言うと本気なのかふざけてるのか紛らわしいな」
どこぞの催眠モノでしか聞いたことないぞそんな単語。
この世界にも官能小説はあるって言ってたし、やっぱり催眠が流行りなんだろうか。
そんなこんなで合流した俺たちは転移者たちの拠点へと近づき様子を探る。
そして大半の人間がすっかり寝静まっていることを確認すると、念話で拠点内の4人へと連絡。
そこから5分ほど置いて、俺たちは突入した。
「幻惑と遮音を張った! すぐに全員を起こしてくれ!」
俺の言うと、メアと石紅、そして俺の教え子4人が即座に女子たちを起こして回る。
これだけ派手に動いても平気なのは、メアの幻惑魔法のおかげだ。
エルフ秘伝というその魔法によって、外からは今まで通りぐっすり眠った女子たちの姿が見えている。
スパイが監視カメラに録画映像を流すあれを、現実の景色で行っているのだ。
それから遮音魔法。これは俺の担当で、遠くの音を拾う魔法の応用だ。音が伝達できるなら遮断もできるだろうということで試してみたら、範囲内の音を遮断する結界のような魔法が作り出せたのだ。
というか、こっちの方が遠くの音を拾うより簡単だった。
遠くの音を拾うとノイズが混じるのに対して、こっちは綺麗な無音だ。
イメージの問題なのだろうか。
まあ集音より防音の方が身近だしな。
そんなことを考えていると、女子全員を起こし終わっていた。
いや、サボっていたわけではない。
目覚めて目の前に変な男の顔があったら嫌だろうという、あくまで紳士的配慮だ。
起こされた女子たちの反応はまちまちで、眠い目をこすっている者や驚いて固まっている者がちらほら。しかしやはりというか、突然叩き起こされたというのにもかかわらず無気力そうにぼけっとしているだけの者も数名いる。
「あんたら、綾小路さんが危ない現地人って言ってた……やっぱり、私たちを襲いに来たのね!」
驚いていた者の一人が金切り声を上げる。
すると、それに同調するように3人ほどが喚き、暴れ始めた。
「……メア、頼む」
俺が短く言うと、メアは素早く動いた。
4人の首筋に触れ、そこそこの電撃を浴びせて鎮静化する。
彼女たちは意識こそ残っているようだが、痺れと痛みでそれ以上声を上げようとはしなかった。
荒っぽくて悪いとは思うが、こちらもそう時間があるわけではないからな。
「みんな聞いて」
場に静寂が訪れたタイミングで、石紅が一歩前へと踏み出した。
説得役は同じ場所で過ごして来た彼女に任せると事前に決めていた。
「突然で驚いていると思うけど、時間がないから説明だけするね。みんなは今、綾小路さんや、男の人たちは率先して動いたり、辛いことを引き受けて私たちを守ってくれている。そう思っていると思う。——けど、実際は違うの。あの人たちが生活に必要なものを集められるのは、ここが魔法がある異世界だからなんだよ。……ほら」
石紅は手を地面に向け小さなゴーレムを作り出すと、そいつをピョンピョンジャンプさせて見せる。
「その存在に気付いて練習さえすれば、私にだって魔法は使える。けど、あの人たちはそのことをずっと私たちに黙っていた。……それは全部、この生活で疲れた私たちに魔法という武力を見せつけて心を折り……最後は奴隷として、いいように扱う為」
驚き息を呑む者や半信半疑な者と反応は様々だが、石紅の説明に女子たちは少なからず衝撃を受けた様子だった。
「奴隷っていうか、はっきり言っちゃうと性奴隷だね。そうなったらもう、人としての尊厳もない。物扱いされて、壊されて、最後には知らない世界の知らない人に売られる。……みんなが突然変な世界に来て、自分を諦めちゃってるのは分かってる。けど、このままだと待ってるのは今よりずっと酷い未来だけ。みんなは、それで本当にいいの?」
問いかける石紅の目には涙が浮かんでいた。
それはきっと、石紅が諦めてしまう前の彼女たちのことを知っているからなのだろう。
「私は嫌だった。だから魔法を練習して力を付けた。奏ちゃんや静ちゃんもそう。みんなと一緒に逃げるために、私たちは準備してきた。だから……人として生きることを諦めたくない人は、今ここで立ち上がって私たちと一緒に来て」
最後は力強く言い切って、石紅の演説は終わった。
最初女子たちは戸惑っていて、立ち上がったのは僅かに3人ほどだった。
だが、
「ごめん、なさい……私ずっと、石紅を見て馬鹿だなって思ってた。こんなところで必死にやっても意味ないって、見下してた。でも、性奴隷なんて嫌だよ……どうせ死ぬならせめて、人として精いっぱい抗って死にたい。だから……こんな私でも、一緒に行っていいのかな?」
女子の一人が泣きながら立ち上がって、そのまま石紅に頭を下げた。
「もちろんだよ。……一緒に逃げよう」
そんな彼女を石紅は優しく抱きしめる。
すると、それを皮切りに一人、また一人と次々に立ち上がる者が現れだした。
だが当然、全員ではない。
この光景を見ても尚、無気力なまま動こうとしない者も4人ほどいた。
それから、最初に鎮静化した女子たちも立ち上がる者たちを見て裏切りだなんだと喚いていた。
彼女たちは恐らく、ナナと同じように修司たちの息がかかった者なのだろう。
まあナナを切り捨てたってことは、追加で他の者に声を掛けていてもおかしくはない。
彼女たちは一律でメアが電撃で意識を刈り取り、俺が土魔法で手足に枷を着けておいた。
魔法の範囲外に出られれば俺たちの動きが奴らにバレるし、無気力なフリをして内通している可能性も捨てきれないからな。これも必要な処置だ。
だがそれ以外は皆、立ち上がってくれた。
まだ少し死んだ目をしている者も見られるが、こうして立ち上がった以上全てを捨ててはいないはずだ。
「……行くか」
そうして俺たちはメアの案内で先ほどの茂みまで向かい歩く。
ぞろぞろと連れ立っては目立ってしまうが、既に見張りは倒してある上、感度百倍、本気のメアセンサーがあれば偶然接敵することもない。
茂みに着くとそのままぬかるみを真っすぐに突き進み、中心部を目指す。
かなりの悪路だが、文句を言う者は一人もいなかった。
そうして茂みの奥で俺たちを待っていたのは、武骨な馬車だった。
3頭の土を固めて作られた背の低い馬が、長方形の荷台に繋がれている。
まあ馬が引いてるって以外ではリアカーとか、軽トラが近いな。
「「「おお……!」」」
周囲から感嘆の声が上がる。
まあ枝葉の屋根と焚き火で暮らしていた彼女たちからすれば驚きもするだろう。
まあ実際こいつを作るのにはかなり苦労したからな。
存分に褒めてくれ。
なにせ、普通のゴーレムはパワーこそあるが荷を引かせても速度は牛歩並みだ。
だが逃亡計画と銘打っている以上、素早く移動できなければ話にならない。
その為に速度とパワーの比率を細かく調整し、更に限界ギリギリまで魔力を圧縮することでゴーレムの性能を引き上げようとしたのだが、これが馬鹿みたいな難易度だった。
僅かにもミスれば爆裂四散してしまう上、圧縮とゴーレムそのものの性能調整を同時にやらなければいけない。
針の穴を通すとかそんなレベルじゃなかった。遠くから全く同じ大きさの穴にものを投げ入れる神業集とか、ああいう類の難易度だ。
ほんと、我ながらよく完成したと思う。
ぶっちゃけ最後は気合でしかなかった。
「全員荷台に乗り込んでくれ。魔法が使える者は事前に決めた配置に。……よし、出発するぞ」
流石日本人というか、女子たちも統率の取れた動きで素早くそぞろと乗り込んでくれる。
俺も御者席に登り、手綱を握る。
案内役としてメアも隣の席だ。
そうして、転移した女子16名を乗せた土くれの馬車が唸りを上げて動き出した。
ここまでは、なんとか順調に来れた。
後は本当に、なるようになるとしか言えない。
俺は短く息を吐き僅かに緊張の糸を緩め――ふと思い出した。
ああ……そういや、ちょうどナナも拠点についてる頃かな。
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