第23話 寝袋は狭い方がいい

 目を覚ますと、だらしなくにやけた顔の超絶美少女が俺の顔を覗き込んでいた。


「えっと……メアさん何してるの?」

 

 俺は戸惑いつつ尋ねる。


「お気になさらず。ただ好きな人の寝顔を堪能していただけです」


 メアは真顔でそう言いつつ、俺の顔をぺたぺたと触って来る。

 なにこの生き物可愛い。やばい。可愛い。


 と、俺はあまりの可愛さに惑わされそうになるが、


「その好きな人に雷撃食らわせたのはどなたでしたっけ」


 昨日のことは、よく覚えている。

 俺の意識を刈り取った絶妙な威力の雷魔法を。


「あれは……だって、オウガイさんが言っても聞かないから」


 拗ねてむくれて、俺の両頬をつねってくるメア。

 

 うん、やはりかわいい。それ以外の語彙が消える程かわいい。

 というか、俺も別に怒ってないしな。


「ごめんごめん、俺の為を思っての事だっていうのは分かってるから」


 俺がそう言うと、メアは呆れたようにため息を吐いた。


「まあ、分かっているならいいんですけど……それに、私との夜の時間が犠牲になっていることにも怒ってるんですからね」


 確かにここ一週間は魔力切れで寝落ちしてしまい、メアとイチャイチャ出来ていなかった。

 焦っていたとはいえ、反省しなくては。

 夫婦間のレスは立派な離婚事由になり得るのだ。


「ここでもう一度釘を刺しておきますけど、私にとってはオウガイさん以外どうでもいいんです。今も、オウガイさんの意思を尊重して協力しているに過ぎません」


 俺の目を真っすぐに見て、メアは告げる。


「いいですか? もし次に無茶をしたら……私が即刻あのメガネ坊主共を殲滅しに行きますからね」


 敵意という表現すら生温い、底冷えするような殺意に満ちた声。


 メアは、完全に本気の目をしていた。

 このままでは、彼女は本気で俺を煩わせる全てを地ならししかねない。


「分かった、降参だ。……認めるよ、少し焦り過ぎていた」


 俺ははぁ、と大きなため息を吐き、苦笑を浮かべた。


 インテリ坊主たちがいつ動き出すか分からないという緊張感が、守るべき対象が増えた事による責任感が。

 上手くいかない自分に重くのしかかって、結果とにかく何かをしていなければ気が済まい状態になっていたのだ。

 

 毎度毎度、俺自身より俺のことを分かって気遣ってくれるメアには頭が上がらない。

 やり方は……ちょっと、いやかなり強引だったが。

 後夜の営みがなくて怒ってるってのが思ったより本気の声だった。

 メアさん性欲強いからなぁ。

 

「ちょうどいい。気分転換も兼ねて、あれは今日やることにしようか」


 俺が切り出すと、メアはパッと目を輝かせて、


「いいですね! 偶には一日中オウガイさんと二人で居たいですし」


 テンションも高く、すぐさま遠出支度を始めた。



***



『オウガイさーん、それ疲れませんかー? やっぱり私がいつもみたいに抱っこしてあげましょうかー?』


 メアが雑踏の中人を探しているかのような、間延びした声で話しかけてくる。


『念話なのになんでそんな感じなんだお前は』

『雰囲気ですよ、雰囲気! だってほら』


 メアが念話を切り、代わりに口を開く。


「——ん——すかー!」


 しかし全く何を言っているのか分からない。

 耳元でなり続けているびゅうびゅうという風切り音が、声を遮断してしまうのだ。


『まあ、気持ちは分からなくもないがなぁ。というか抱っこはNGだ。偶には俺も自分の足で動きたい』


 俺はメアから視線を外し、代わりに高速で過ぎ去る景色に注目する。

 

 俺たちは今、平原を走っていた。

 メアは雷由来の、俺は風魔法の応用でそれぞれ移動速度を上昇させ、いつもの森を出て、ただひたすら馬車馬のように走り続けている。


 風魔法の速度上昇は一歩踏むごとに風の力で体を前に押し出す、というものなので、どうしても変な体制になる。それをメアは心配したのだろう。

 見た目的にはあれだ、屋根から屋根にぴょーんと跳び移る時のルパン三世見たいな感じだ。


 なんでこんなことをしているのか。

 それは……まあ直に分かる。

 一から説明するとどうしても長くなってしまうのだ。

 

 因みに、石紅たちにもしばらく休みにすると伝えてきた。

 元々計画してあったことではあるし、今まではタイミングを掴めずにいただけなので、彼女たちは心よく送り出してくれた。

 彼女たちの魔法も周囲の目を盗んで練習出来るくらいには上達している。

 俺とメアがいなくてもそこまで問題はないだろう。

 練習の効率はそれなりに落ちるだろうが、問題はその程度だ。


『辛くなったら、いつでも私が運んであげますからねー』

 

 そんな風に念話でメアとじゃれ合いつつ、俺たちはひたすら平原を進み続けた。



***




 そして夜。


「あれか……」

 

 目的地に到着した俺たちは、森の中で息を潜めていた。


 視線の先に広がるのは、申し訳程度のかがり火に照らされ、窓から温かな光を溢す家々。

 それらは木の柵に囲まれ、正面には大きな木の門と槍を持った歩兵が二人。


 そう、村だ。

 ザ・異世界の村って感じの小村……の近くの茂みに俺たちはいた。


「あの様子じゃ、店とか何にもやってなさそうだな……」

「流石にちょっと遅くなりすぎちゃいましたね」


 これは、今から訪ねて行っても要らぬ労力がかかりそうだ。


「大人しく朝まで待つか」


 俺たちは村の様子を探るのを止め、土魔法を使い森の奥に簡易的な拠点を築く。

 そして持ってきた干し魚を火魔法で炙って食べ、更に土魔法と火と水の魔法を組み合わせて風呂を沸かし、二人仲良く入る。

 ちょっとメアの身体をつついたりして、適度にえっちで、幸せなイチャイチャの時間だ。


 そして最後に土魔法で豆腐ハウスを作り出す。

 これが今夜の寝床だ。

 快適とはいかないが、強度だけは十分だ。外の防壁と合わせて、よっぽど強い魔物じゃなければ寝首を搔かれることもないだろう。


 その中でメアは持参した寝袋を広げ、俺は一人、床で横になった。


「はぁぁぁぁぁあああ、つっかれたぁぁああああ」


 横になった途端、全身が一気に疲労感に包まれた。

 魔法で強化したとはいえ1日中平原を走り続けたのだ。

 この生活で少しは体力が付いて来たとは思うが、まだまだ根は引きこもり。

 運動は苦手だ。


「オウガイさん? 何してるんですか?」 

 

 メアが心底不思議そうな顔をしている。


「え? 俺何か変なことした?」

「こーこ、来てください」


 メアが寝袋をポンポンと叩いて手招きをする。

 俺に使ってくれという事だろう。


「いや、流石にそれはクズ過ぎて嫌なんだけど」


 俺が断ると、メアは無言で寝袋を持ち上げて、ずぼっと俺の足を差し込んだ。


「ちょ、おい」


 抵抗も虚しく、あっさりと俺の全身は寝袋に包まれた。

 寝袋の中は体が溶けそうになるほど温かかった。

 気候は穏やかとはいえまだまだ夜は寒いからな。


「いや、だからこそメアが使って――」

「えいっ!」


 言いかけた俺の背に、ぽふっと柔らかい衝撃が襲う。

 首だけで振り返ると、メアが同じ寝袋に入ってきていた。


「メアさん!? 流石にこれは狭いんじゃ……」

「いいじゃないですか、あったかくて。それに……ほら♪」


 背後からメアの手が俺の全身をまさぐり始める。

 こんなに狭い空間で密着しているのに、見えない背後から責められる。

 うん、いい。凄くいい。

 なるほど、これが本当の同衾か。

 

「今日は今まで出来なかった分、たっぷり楽しませてもらいますからね」


 耳元で甘く囁かれて、そのまま俺たちは疲労が吹き飛ぶほど快楽に溺れていった。



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