第22話 迫る天才
方針を決め、打倒インテリ坊主……ではなく逃亡の為に動き始めてから一週間が経過した。
今のところ特に問題もなく準備は順調に進んでいる。
2日に1回はインテリ坊主のところに獲物を運んでいるが特に怪しむような感じもない。
ただそれ置いたらさっさと帰れ、という塩対応が続いているだけだ。
石紅の連れて来た女子たちとの顔合わせも、一応はスムーズに進んだ。
多少問題があったとすれば、俺がその面子の個性の強さに面食らったことくらいだ。
いやだって、地雷系黒髪ツインテールに、バリキャリっぽい眼鏡のOL、明らかに中学生にしか見えないロリっ子に加え、最後の一人は真っ青な髪の上パーカーを目深に被って顔を隠している子と来た。
完全に属性過多で渋滞が起こっている。
故に、もちろん名前も聞いたが見た目の印象が強過ぎてその時は吹っ飛んでしまった。
3日経ち、地雷とかOLとかって呼びそうになるたびにメアに念話で訂正され、ようやく全員の名前をすらすら言えるようになったくらいだ。
さて、そんな彼女たちはというと、そこまで優秀というわけではなかった。
一つの属性しか使っていないのに、一週間経ってようやく熟練度がⅡになり始めたという感じだ。
ふ、やっぱり俺が特別なだけだったか。才能が有り過ぎるのも困るな。
……と、天狗になっていられればよかったのだが。
――1人だけいたのだ。
俺と同じか、それ以上の速度で成長を続ける者が。
青髪パーカーの、顔を隠した子だ。
名前は浅海 奏(あさみ かなで)という。
何とも響きの良い素敵な名前だが、周囲からは一切呼ばれることはなく。
代わりに『ゲロ子』とかいうとんでもなく酷いあだ名で呼ばれていた。
完全にいじめだろうと思ったのだが、何故か本人は割と嬉しそうだった。
というかこの子、殆ど喋らないし声は小さいし、パーカーで顔は見えない。
要するにあれだ、陰キャでコミュ障の子なのだ。
けれど、ゲロ子と呼ばれると少し声量が上がってまともな返事をする。
なので、始まりは悪意のあるあだ名だったらしいが、今は皆便利なのでそう呼んでいるらしい。
俺はちょっと気が引けたので、メアに念話を繋いでもらった。
すると、最初はめちゃくちゃ驚いていたが結構普通に話してくれた。
陰キャでも電話とかゲーム内VCとかだと饒舌になるよな。
俺も基本同じ側なので気持ちはよく分かる。
『しかし、本当に凄いな……もう複数同時に使えるようになったか』
訓練中。
5本の木に同時に傷をつけた浅海を見て、俺は感嘆の声を漏らした。
『や、そんな……ほんとにあたしなんてまだまだで……』
俺が褒めると、自信なさげな声が返ってくる。
『いや、実際凄い。俺だって会得するのに5日はかかったぞ』
『え、えへへ。葛西君の教え方がいいだけ、だと思う……』
更に褒めると、念話なのに消え入りそうな声が返って来た。
しかし、本当に凄い才能だ。
彼女はこの中で一人だけ、既に風魔法を熟練度Ⅲまで成長させている。
俺が思うに、風魔法の利点は威力や速度に加え、魔力消費が少ない為、複数同時に使っても効果が落ちないことにある。
それによって、複数個所で同時に風の刃を発生させ急所を狙い打てるのだ。
つまり、この魔法の最も適切な使い道は殺人だ。
ツノ猪のように魔法防御が厚いと厳しいが、恐らく対人戦において、初見なら無類の強さを発揮するだろう。
というか浅海って声自体はどこぞの声優と言われても納得するほどきれいなんだよなぁ。
実際に発せられることは殆どないのと、笑い方が汚いのがマイナスだが。
「葛西! 私もゴーレム作ったよ! ほら!」
浅海と話していると、膝辺りにずしんとした衝撃が走る。
見ると、小さなゴーレムが俺に突進してきたようだった。
「おいこら石紅、俺言ったよな? 今日は防御壁の生成だけ練習しろって」
「いやぁ、おんなじことばっかりしてたら飽きちゃって……」
石紅は悪びれもなくたははと笑う。
こいつも浅海には劣るがかなりの才能があるのだが……天性の飽き性故に俺の目を盗んでは色んな魔法に手を出している為、一つ一つの成長が遅れているのだ。
まさに、やれば出来る子の典型だ。
「メア……後でこいつお仕置きしといて」
「分かりました♪」
「わー! うそうそ冗談! 壁作り大好き!」
石紅は脱兎の如く逃げ出し、練習へと戻る。
全く、緊張感の欠片もない奴だ。
いや、むしろ逆か。
石紅が騒いでくれたおかげで、他の3人も肩の力が抜け笑みを呆れた浮かべている。
彼女たちは、自分たちを貶めようとする敵と共に生活しているわけだしな。
初日に全容は話して、魔法を習得する事には納得……というかむしろ積極的になってくれているが、そのストレスは相当なものだろう。
一応メアが森と連動した幻惑魔法なるものを使って周囲を保護してくれているが、この場が見つかるかもしれないという緊張感は少なからずあるのだ。
あるいは、石紅のあれも空元気なのかもしれない。
「……出来るだけ、早く完成させないとな」
再び練習に打ち込み始めた彼女たちを見て、俺は覚悟を新たにした。
***
その日の夜。
「はぁ、はぁ……くそ、まだ馬力が足りないか」
俺は全身から冷や汗を流し、砂まみれになりながらひたすら魔法を使い続けていた。
「オウガイさん、もう休みましょう。これ以上やってもいいことはありません」
「けど、俺がこれを完成させないとあいつらの努力も全部無駄になる」
メアの制止を振り切り、再び魔力を形成する。
使うのは土魔法。散々練習してきたゴーレムの魔法だ。
ゴーレムに注ぐ魔力密度を限界まで高め、暴走しそうなそれを無理やり力でねじ伏せ――パン、という破裂音と共に、周囲を凄まじい砂嵐が襲った。
「くそ、どうやっても今の俺の力じゃ巨大な魔力を一か所に押し留められねぇ……」
何がチートだ、天才だ。
己の無能さにほとほと嫌気がさす。
「くそ、もう一度——」
既に空になりかけの魔力を捻り出しそうとして、背中にバチっと痺れが走った。
「メア、なんで……」
「言って聞かないなら、無理にでも辞めさせるまでです。一体何日こんなことを続ける気ですか」
全身が痺れて倒れ伏した俺を、メアが優しく抱き起こす。
気付けば、お互い砂まみれだった。
「ここのところ、夜もずっとお預けですし。言ってましたよね? 無理のない範囲で助けるって」
「だけど……」
その考え自体は変わっていない。
ただみんなの頑張りに報いたいと、そう思っただけなのだ。
「そうですか……では聞き分けの無い子は、そのまま寝ちゃってください」
次の瞬間、視界にいつか見た雷光が弾け――
「おやすみなさい、オウガイさん」
そのまま俺の意識はぷつりと途絶えた。
激痛であるはずの雷光は、何故かとても温かかった。
――――――——————
奏は2話でちらっと出した女の子です。
覚えておいででしょうか……
あの時吐いたのは普通にバレてました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます