第24話 新婚さんいらっしゃい
翌日。
昼過ぎに起きた俺たちは、身支度を整えて村へと向かった。
一週間近い禁欲にメアは相当堪えていたらしい。
俺が疲労と打ち止めで気絶するまでめちゃくちゃに搾り取られた。
……もう二度と、メアに我慢させるのはやめよう。
あまりのキツさに、俺は起きるなりそう心に誓った。
さて、夜のこと脇に置いて今は村だ。
夜と違って村の門は開いていて、メアが冒険者カードらしきものを見せるとあっさりと中に入れてくれた。
この世界の冒険者カードの仕組みはどんなだろうか。
やっぱり血とか垂らすのか? それともお約束の謎にギルドにだけ置かれているハイテク魔道具で記入したりするんだろうか。
後で見せてもらおう。
「しかし、何というか……本当に村だな」
「なんですかその感想」
俺が感嘆の声を上げると、メアに突っ込まれた。
いやだって、普通の日本人は村なんて見たことはないのだ。
俺は東京で一人暮らしをしていたし、実家は幕張でバリバリの埋め立て地だ。ある意味村から一番遠い土地に住んでいたわけで。
ギリギリ修学旅行で行った北海道の牧場の景色が近いかなぁとは思うが、それもペットボトルを振ってバターを作っていた記憶が殆どなのであまり参考にならない。
それになにより、
「本当に、異世界にも人がいたんだな……」
作物を運ぶ麦わら帽子の青年に、金物屋のような店の前でパイプをふかしているおばあさん、そして笑いながら駆け回っている子供たち。
規模は小さいが、活気があっていい村だ。
ここには確かに人がいて、彼らはそれぞれの日常を過ごしている。
そのことになんというか、異世界に来た実感みたいなものを感じるのだ。
「オウガイさん、惚けてないでちゃんとエスコートしてくださいよ。一応、これが私たちの初デートですよ?」
メアが少しむくれた顔で俺の腕に抱き着いて来る。
「いやあんだけ色々しておいて今更そんなこと……」
「初めてはなんでも思い出なんですよっ! 私だって、えっちなことばかり考えてるわけじゃないんですからね!」
メアは怒りつつも更に強く抱き着いて来る。
なんとも微笑ましい。
でもえっちな事ばかり考えてないってのは嘘だと思うけどなぁ。
「お、熱いねぇお二人さん。もしかして新婚か?」
道端でそんなことをしていれば当然注目も集まるというもので、近くにいたおっさんから野次がとんでくる。
仕方ない、乗ってやるか。
「分かります? いやぁ、やっぱ愛が溢れちゃってますかねぇ」
俺はメアの耳をかぷっと甘噛みしながらおっさんににやりと視線を向ける。
「ちょっ、オウガイさん!?」
メアが耳まで真っ赤にして照れているので、その赤い耳を更にもうひと噛み。
「そんな美人の嫁もらって羨ましい限りだねぇ。うちのカミさんと取り換えて欲しいくらいだよ」
ハハハ、と上機嫌で笑うおっさん。
釣られて俺も笑おうとして、直後悪寒に襲われた。
「誰と取り換えて欲しいって?」
おっさんの背後にメラメラと立ち昇る巨大な気配。
なんだ、巨人か!?
早く風魔法でうなじを切り落とさないと食われる!
「お、お前、どうしてここに……」
身構える俺だったが、どうやら杞憂だったらしい。
背後にいたのはやたらと体格のいい、割烹着を着たおばさんだった。
恐らくカミさんとはこの人のことだろう。
俺がほっと胸を撫でおろしている前で、おっさんは首根っこを掴まれて持ち上げられている。
「変なのが絡んで悪かったね。ところで、あんたら見ない顔だけどなんでこんな何もない村に?」
苦笑する俺たちにおばさんが話しかけて来る。
「街で冒険者をしていたんですが、結婚を機に引退して移住を検討していまして。この村にはその下見に来ました」
俺は事前に考えておいた設定を伝える。
「そういうことならちょうどいい。うちの酒場に来なよ。移住の斡旋もそこでやってるから」
酒場でなぜ割烹着……と思わなくもないが渡りに船なので俺たちはおばさんに付いて行く。
酒場には結構な人がいた。
日中は普通の飲食店みたいになっているらしい。
なるほど、それなら割烹着も納得だ。
「じゃ、あたしは仕事に戻るから。話はその人から聞いとくれ。お嬢ちゃん、変なこと言われたら容赦なくぶん殴っていいからね」
おばさんは俺たちを席に案内すると厨房へと消えて行った。
俺たちはおすすめだというシチューを頼み、待っている間におっさんから話を聞く。
「移住希望の冒険者って言ったっけか。えっと、ランクとクラスは?」
「ランクはA、クラスは魔術師です」
メアが言うと、男は目を見開き驚いた様子で、
「A級!? そんなのがなんだってこんな村に? もっと割のいい衛兵とか、それこそ騎士にだって――」
言いかけておっさんは、ははんと納得したように頷いた。
「新婚なら、しがらみのない静かなとこでゆっくりしたいわな。しかし、A級魔術師ともなれば大歓迎だ。仕事もいくらでもあるぜ。飯食ったら、空き家をいくつか紹介しよう」
ということで、おっさんの案内で空き家を見に行くことになった。
因みに店を出ようとすると、迷惑かけたね、とおばさんが出てきて食事代をタダにしてくれた。
後シチューはめちゃくちゃ美味かった。
この世界に来て、初めてちゃんと調理されたものを食べた気がする。
空き家までの道中、おっさんはやたらと話かけられ、その度に移住を検討中のA級冒険者だと嬉しそうに俺たちを紹介していた。
どうやらこのおっさんは顔が利くらしい。
その度に皆大層歓迎して、色々渡してくれた。
おかげで俺たちの両手は貰い物の果物やら野菜やらでいっぱいだ。
しばらく歩くと、開けた感じの住宅地に出た。
この辺りは人もあまりいない。
「ここだ。ちょうど街に出て行っちまった家族が残したデカい家でな。二人で使うには持て余すだろうが……ま、若い二人だ。やる事やってりゃ家族も増えるだろ?」
おっさんがニヤニヤと下品な笑みを向けてくる。
まあ確かに、盛りのついた猿のようにやりまくっているけれども。
メア曰く避妊の魔法というのがあるそうで、その心配はないらしい。
「確かに大きい家ですけど、20人が暮らすのは無理ですね」
おっさんと猥談していると、メアが小さく呟いた。
おっと、つい新婚さん気分に浸ってしまった。
目的を忘れてはいけない。
「他に、この村にはどのくらい空き家があります?」
「どのくらいってもなぁ。複数人で暮らせる家は後2~3軒しかないぞ。規模は小さいが、それなりに住み良い村だからな。出ていくやつもそう多くはないんだ」
なるほど。
友好的ではあるが、入れ食い状態で人手を欲している訳でもないのか。
そうなると……少し厳しいな。
「分かりました、ありがとうございます」
俺たちはそのまま家の中を案内してもらい、新婚気分でここが寝室、ここが子供部屋なんて未来予想図に花を咲かせた。
……ま、実際そんな穏やかな暮らしをするのには、早くても5年はかかるだろうが。
「んー、宿屋も3部屋しかなかったしなぁ。全員で押しかけるのは流石に厳しそうだな」
内見を終えた俺たちはおっさんと別れ、村を散策していた。
「そうなるとやはり、外しかないですかね……」
腕を組み、さぞデートを楽しんでいるようなスタイルで二人して頭を悩ませる。
そう、俺たちがなぜ石紅たちとの訓練も放り出してこんな村に来たのか。
それは、逃亡後の拠点の下見のためだ。
とはいえ、奴らが手だし出来ないように街中に逃げる、という当初の計画とこの村は随分かけ離れている。
この規模なら、奴らが諦めずに襲って来る可能性は低くない。
にもかかわらず、何故ここなのか。
実は、あの森から馬車で3日程行ったところに、そこそこの大きさの町がある。
メアが依頼を受けたのもその町らしい。
なら、そこに辿り着けば万事解決……と思うが、そうもいかないのだ。
それなりに距離があるとはいえ、町は平地のど真ん中に鎮座している。
俺たちのように大木のてっぺんまで登れば、豆粒みたいな大きさではあるが、確かに見える。
つまり、インテリ坊主たちもその存在を知る事が出来るのだ。
あるいはもう知っているかもしれない。
小規模な町とはいえ、流石に右も左も分からない異世界の町中でドンパチするほど馬鹿じゃないとは思うが、俺たちも永遠に町に引きこもってはいられない。
恨みを買えば、闇討ちや待ち伏せで各個撃破される可能性は消えないだろう。
そこで、この村だ。
ここも馬車で3日程の距離なのは変わらないが、平原の先、周囲を再び深い森に囲まれた場所にある。
あの森からではどうやっても目視することは出来ない。
俺がここの存在を知れたのは、メアが持っていた地図のおかげだ。
そして、ここから更に10日程北上すると、この大陸でも3本の指に入る程大きい『ノルミナ』という街があるらしいのだ。
それも本来は森が広がっている為迂回して一月くらいかかるらしいが、そこはエルフのメアさんがいれば森をつっきることができる。
つまりこの村を中継地として、メアの案内でノルミナまで逃げる。
そうすれば、いくら彼らとて追っては来れまい。
どれだけ執念深かろうと、知らない土地で森を抜け、どこにあるかも分からない街を目指すなんてことは出来ないはずだ。
というのが、俺たちが新たに立てた計画だった。
「本当に帰っちまうのかい? 一晩くらい泊って行けば……」
時刻は夕方。
一通り散策を終えた俺たちが村を出ようとすると、おばさんとおっさんが見送りに来てくれた。
「戻ってやらないといけないことが残っていましてね。俺たち結婚式もまだなもので」
一応、嘘は言ってない。
この後は村の外で拠点になりそうな場所を探さないといけないし。
それに、本当の意味で俺たちが結婚式を挙げられるのはラスダンを攻略した後になるだろうしな。
「夜の森はあぶねえぞ……って言いたいところだが、A級冒険者、それもエルフとあっちゃ何の問題もないわな」
おっさんの方はあれから酒を飲んだようで、頬が上気している。
というか一升瓶が右手にぶら下がっている。
「色々とお世話になりました。近いうちにまた戻ってきますので。その時はよろしくお願いします」
そう言って頭を下げ、俺たちは村を後にした。
村を出てしばらく森を歩いているが、いまだメアが腕に抱き着いている。
「メアさん、そろそろ離れません? 歩きにくいんだけど……」
「すみません……でも、もう少しだけ」
俺が言うと、メアは離れるどころか俺の腕に顔を埋めてきた。
……俺とて、気持ちは分からなくもない。
いつ本当に出来るか分からない新婚ごっこ。
それが少しばかり名残惜しいのだ。
「……もう少しだけだからな」
俺たちはしばらく、夕陽に濡れる森をぴったり寄り添ったまま歩き続けた。
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