第19話 休暇と魔法とチート疑惑


 石紅が内通者を探すのに3日かかるということで、思いがけず時間が出来た。


 というより、ここ2日が異常な忙しさだったのだ。

 婚約者が出来た上に自分以外の転移者が50人以上出て来て、挙句の果てに転移した女子全員が性奴隷にされそうになってるとかどんなラノベ展開だよ。ラノベ通り越して凌辱系の同人エ〇ゲの世界観だよ。

 

 もはや朝から晩までログハウスを作っていたあの日々が懐かしく感じる。


「さて、どうしたもんかなぁ」


 ログハウスを眺めながら、俺は呆然と呟く。


 一応、メアと出会う前にはこの拠点を更に充実させる為の構想も色々考えていた。

 周囲の土壁の拡張をしたり、トイレや風呂、そして何よりサウナを作ろうと思っていたのだ。


「だけど、今となっては現実的じゃないよなぁ……」


 転移者たち……というよりインテリ坊主たちのDQNグループとあんなことになってしまった以上、一体いつまでこの森に居られるのかも分からない。

 せっかく施設を拡充させても、去る時の悲しみが大きくなるだけだ。


「何を悩んでいるんですか?」


 そんなことを考えていると、近くにいたメアが声を掛けて来た。


「いや、石紅のとこに行くまでの3日をどう過ごそうかと思ってな」

「あは、オウガイさんは気が早いですねぇ。それで、どういうプレイがお望みですか?」

「え……メアさん3日全部イチャこらするつもりでいたの?」

「あれ、違うんですか?」


 絶句する俺に、メアがきょとんと首を傾げる。

 なにその仕草可愛いスマホで連射しまくりたい。


 っと、ダメだ。

 見てくれの可愛さに、めちゃくちゃ、死ぬほど可愛いけど、今すぐ襲いたいくらい可愛いけど……騙されてはいけない。

 一晩でも干乾びそうなくらい搾り取られるんだ。

 3日通しでとか、腹上死しかねない。

 そうはならなくても、3日も甘やかされたら本当にメア無しじゃ何も出来ないダメ人間にされてしまいそうだ。


「いや、流石にそれは……」

「うそうそ、冗談です」


 怯える俺を見てメアがニヤニヤと笑う。


 くそ、からかわれた。

 一体今日何度目だろうか。

 そういうの、嫌いじゃないけどさ。


「退廃的な時間も魅力的ですけど、それは夜のお楽しみという事でとっておきましょう。それよりも――」


 メアが言葉を切り、ピシッと人差し指を向けてくる。 


「魔法ですよ、魔法! せっかく時間が出来たんですから、オウガイさんには魔法の練習をしてもらわないといけません!」


 そう言うメアの目は爛々と輝いていた。


「そういや、あのでかい猪もその為に倒したんだっけか。色々あり過ぎて忘れてた」

「色々あったのは認めますけど、オウガイさんが強くなるのは私にとって最優先事項なんです。もう忘れないでくださいね?」


 念押しするメアは、ちょっぴり拗ねた様子だ。


「まあラスダン攻略出来ないと二人仲良く死んじゃうしなぁ。それに、インテリ坊主たちを制圧するのにももう少し強くならにゃならんだろうし」


 確かにこの2日は魔法の熟練度も殆ど上がっていない。

 彼らがどの程度の強さなのかはいまいちわからないが、今の俺が十数人を相手取って勝てるとは思わないしな。


「一応、今の彼らでしたら私一人でも殲滅可能だと思いますけど」

「殲滅は出来れば最終手段にしてくれ……」


 あの人数を大量虐殺とか、流石に非現実的すぎる。

 石紅たちを守る為に最終的には武力行使も必要かもしれないが……正直自分が人を殺せるのかどうかわからない。

 というか殺せない可能性の方が高いので、今やるとしたら本当にメア一人に殲滅してもらうことになってしまう。

 それはダメだ。

 あるいは異世界では価値観が違うのかもしれないが……ダメなものはダメだ。

 可愛いメアに虐殺とか、出来ればやらせたくない。メアには未来永劫平和に俺の隣で笑っていて欲しい。


「私としては、今のうちに殺っておくことをおすすめしますけどね。不覚的要素も多いですし」

「……確かに。あいつらも俺みたいに急成長できたとしてもおかしくないけどさ」


 俺のが転移ボーナスだとしたら、奴らも同じことが出来ても不思議はない。

 先に石紅にステータスと、《純粋無垢》さんがあるかどうかを確認しておくべきだったか。


 後で食料を持っていくときに確認しておくか。

 いやでも、流石の石紅とて内通者探しはかなり神経使ってるだろうしなぁ。

 3日後に俺のいじめの件とまとめて聞くとするか。


「それで、魔法の練習ってのは具体的に何をすればいいんだ? また魔物でも探して倒すのか?」


 そういえばステータスには熟練度だけじゃなくてレベルの欄もあった。

 あのでかい猪を倒しても1のままだが、不思議なアメを舐めないとダメとか、何か条件があるのだろうか。


「まあ、それも追々やりますが……それよりも私と出会う前、オウガイさんはどうやって魔法の練習をしてましたか?」

「どうって言われても……普通に自分であれこれ調整しながら風魔法で木を切り倒して、土魔法で壁作って、他の魔法を適当に使って……必要があれば新しい使い方を考えたりとかって感じだけど」

「……やっぱり、そういうことでしたか」


 俺の話を聞いて、メアは複雑そうな顔でため息を吐いた。


「何か問題があるのか?」

「んー、問題というか、朗報というのか……恐らくなんですが、オウガイさんの使う魔法はこの世界の理論から外れた、別種のものです」

「マジで……!?」


 何それ。つまり俺が凄いってこと?

 チート展開来た!?


「ええ。昨日の、キングマジックキラーボアを倒した時の魔法を見て確信しました。この世界の魔法ではあんなでたらめな効果は生まれません。なんですか、一回の魔法で木をまとめて切り倒して同じ方向に倒すとか。そこまで複数の効果と自由度のある魔法、この世界にはありませんよ」


 メアは呆れたようにジト目を向けてくる。


 うんうん、それはつまり俺が規格外って事か。やったね。

 ジト目も嬉しく感じてくる。

 というかメアから向けられる目線は大体なんでも嬉しいが。


 いや待て。

 メアが言うことはつまり、この世界は俺の思っていたような魔力制御で魔法を生み出して、熟練度によってその質が左右される、みたいな仕組みじゃないってことか?


 いやだって、今まで見た魔法は――


「でも、メアだって結構自由に雷使ってなかったか?」

 

 こう、どこぞのゼウスだかポセイドンみたいな感じで手を振う度にポンポン雷を飛ばしてきてた気がする。

 それに俺は殺されかけたわけだし。


「あれだって攻撃する以外の事は出来てないですよ。そんなに自由に操れるならあんな土壁ぐにゃって避けてオウガイさんのことなんてさっさと丸焦げです」


 マジか。

 これは大きく前提が崩れたな。

 

 いやでも、別にそれで何か変わるかと言われるとそれも違う気がする。


「丸焦げとか冗談でもやめてくれ……でも、それなら問題なんてないんじゃないのか?」


 理論外、規格外のチート魔法。

 そんなのどんな作品だって最強格に決まっている。

 つまりこれは、俺にとって朗報でしかないのではないか?


「問題大ありですよ! オウガイさんの魔法が理論の外って事は、私が教えられることがないじゃないですか!」


 まあ、言われてみれば確かに。

 いやでもそんなのは――


「別に、普通に教えてくれればこの世界の魔法も使えるだろ」


 何事もやってみなければ分からない。

 俺はそう思ったのだが、


「うーん……一応、この世界にも理論を無視して魔法を使える人はいるんです。感覚派と呼ばれていて、主に魔力制御が得意な魔族に多いですが、人間やエルフにも稀にそういう人はいます」


 なんと。

 俺だけのチート能力かと思ったら、意外と普通の才能レベルなのか。

 ちょっとへこむんだが。


「でも、そういう人は大抵理論化されている普通の魔法を学びます。理論を無視しても、研究が進んでいないので普通の魔法の方が圧倒的に優位なんです。そして……一度でも普通の魔法を学べば、感覚で魔法を使うことは出来なくなります。元々あった感覚が上書きされてしまうらしいです」


 ……なるほど。

 メアが懸念していたのはそれか。


 長い年月積み上げられた研究というのは偉大だ。

 元の世界の科学だって、過去の奇跡のような発見が幾つも重なり、それがいつしか理論や基礎へと変わったものなのだ。

  

 ということはつまり、


「ならやっぱり、俺も普通の魔法を学べばいいだけなんじゃないのか?」


 そういう結論になる。

 この森に来て獣の解体やログハウスの制作が出来たのだって、先人によって積み上げられた知恵のおこぼれにあやかったに過ぎない。

 チートだなんだと騒いでいたが、俺自身に世界の理論を塗り替えられるだけの力があるとは到底思えないしな。


「……そこ、なんですよ。普通に考えれば、私が魔法を教えて解決なんです。ですが、私が見る限りオウガイさんの魔法はこの世界の理論と比べて劣っていない。それどころか勝っている部分も多い。なので私的には今まで通り、オウガイさんのやり方で修練を積んだ方がいいと思うんです」


 恐らく何度も考えた末の結論で、それでもまだ迷いがあるのだろう。

 メアは難しい顔でそう結論付けた。


「なるほどな……」


 言われて、俺も考え込む。


 果たしてどちらを選ぶべきなのか。

 まだこれが夢であると思ったままなら、迷わず独自の魔法を極めようとしただろう。

 だが、俺にはラスダン攻略という使命がある。

 メアと共に天寿を全うする為にも、ラスダン攻略は絶対しなくてはならない。

 その為に今までの魔法を捨てる必要があるというなら、俺は喜んで捨てよう。


 ううむ、判断がつかないな……

 

 考え込んでいると、俺の中に一つの疑問が生まれた。


「そういえば、この世界の魔法がどんなことを出来るのか聞くのも学ぶってことになるのか? 出来るなら、両者を比較してから決めても遅くはないと思うんだが」

「厳密には分かりませんが、あまりよくはないと思います。発想力の妨げになるかもしれませんし」


 確かにその可能性はある。

 俺の今の魔法はぶっちゃけ前の世界の創作のイメージが先行しためちゃくちゃ理論のものが多い。

 そこにこの世界の理論が混じれば、俺の中にこの世界の常識の方が定着してしまうかもしれない。


 そんなの気にしなければいいと言うそこのあなた。

 常識を侮るなかれ。

 例えば宗教二世とか。彼らは幼少期からそれが常識だと教え込まれているから、周囲から浮いた行動をしても気にならなかったりする。


 特にこの世界ではメア含めみんなが普通の魔法を使っているのだ。

 さっきの、風魔法ではあんなことは出来ない!と憤慨するメアのように、みんなから無理だと言われれば、俺も無理なのかな、と思ってしまう気がする。

 ただでさえ自分の理論があやふやなわけだし。


「でもそれなら、そもそも俺にこの話をしたのもまずかったんじゃ」


 最終的に元の魔法を勧めるなら、極論この世界の理論のことは存在ごと教えずとも問題ないはずだ。

 メアが言う事なら、俺は何も言わずに従って見せる。

 メアが白いと言えば、カラスだって政治だって真っ白なのだと生涯信じ続けよう。


「でも、そうしたらオウガイさんが自分の意思で決められないじゃないですか。大事なことは、二人で一緒に悩んで決めたいですから」


 珍しく照れたように笑うメアに、俺の鼓動が数テンポ早まる。


 やっば、何この破壊力。

 流石は本当に国を滅ぼしかけてる美少女様だ。

 なんかもう、この子俺の嫁なんだよ凄いだろ!って国会に乱入して全世界に叫びたいくらいだ。


「ま、夜は私がいいって言う前に出したらお仕置きしちゃいますけど」


 ということで、今日の夜はお仕置きされることが決定した。

 だってメアさん攻め方えげつないし。

 本当に処女だったのか疑いたくなるくらい、俺の弱点をピンポイントで当ててくるのだ。

 あれは耐えろって言われて耐えられるもんじゃない。


「ということで、これから3日間、オウガイさんは自由に魔法の研究をしてください! 身の回りの事は私がこれでもかとお世話しちゃいますから」


 最後は茶目っ気たっぷりなウインクが飛んできて、俺たちの方針は決まった。

 

 本当に可愛くて最高の嫁だなうちのメアは。


 だが願わくば、


「ほんと、そろそろ頼むからいい話の間に下ネタを挟むのやめような。後俺が負ける前提なのも」


 まあ、脳内ピンク一色のメアさんには言っても無駄かもしれないが。

 

 俺はため息を吐きながら、すっかり朱くなり始めた空を仰ぐのだった。

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