第20話 ゴーレム相撲と内通者


「東ぃ~石の海~」


 ズシンと音を立てて、2足歩行の巨大な岩の塊が四股を踏む。


「西ぃ~石の山~」


 反対側から殆ど同じ2足歩行の岩がのそのそ動いて地面に引かれた線の上に立つ。


「はっけよ~い、のこった!」


 合図と共に、岩同士が激突した。


 ズガン、ズドンと凄まじい音を立てて、お互い体の一部を飛び散らせながら張手、抱え込み、果てはもう技ですらない突進までして、相手を円の外へと押し出そうとする。

 しばらく激しい打ち合いが続き、砂煙が舞い次第に両者の姿は見えなくなり――


 やがて、ずごごご、と鈍い音が立ち片方が仰向けに倒れた。


「勝者は……えっと、これどっちだ?」


 砂煙の中でくんずほぐれつしてくれちゃったおかげで、すっかりどっちがどっちだかわからなくなってしまった。


「だからもう少し形を変えようって言ったじゃないですか~」


 メアが呆れたように唇を尖らせる。


「仕方ないだろ。見た目凝り過ぎると愛着湧いて壊したくなくなっちゃうんだよ」


 俺は言い訳をしながら軽く手を振り下ろす。

 すると、二つの岩の塊——俺の生み出したゴーレムはさらさらと砂になって消えた。


「今のがオウガイさんの世界の伝統格闘術なんですか? あんまり強そうには見えませんでしたが」

「強いかどうかは俺も良く知らん。実際に見たことないし」


 訝しげな目を向けてくるメアに、俺は肩をすくめてみせる。

 日本人の大半が生で相撲を見たことなんてないはずだ。

 俺だって偶にじいちゃんの家で中継を見たのと、後はバキと火ノ〇相撲で齧ったくらいの知識しかない。

 

 これならレスリングとかを再現した方がまだ解りやすかったか?


「まあ、土魔法のいい練習にはなってるみたいなのでいいですけど。今度は形を変えてもう一回やってみてください」


 メアの要望に、俺は再び土魔法で身長2メートル、横幅力士くらいのゴーレムを作り出し、片方にガンダムみたいな触覚を付け、両者を戦わせる。


 一体なぜこんなことをしているのかというと、それはもちろん土魔法の練習だ。


 3日の猶予期間。

 それを有効活用する為、俺は一種類の魔法を集中的に鍛える事に決めた。

 広く浅く鍛えるより、その方が強くなりやすいと思ったからだ。


 そして悩んだ末、土魔法を鍛えることにした。

 俺の思う強属性、風・土・雷のうち、雷はメアに任せておけばいい。

 そして風は現状の能力で割と満足しているし、これ以上を目指すとなると、3日では形にならない気がする。

 よって、消去法で土魔法に決まった。


 それでまあ、3日間なんだかんだと試行錯誤をした後、でかいゴーレムを作り出せるようになったのだ。

 ゴーレムはいい。男のロマンが詰まっている。

 後は単純に魔力操作が俺の優位なポイントということで、それを活かせる魔法を練習したってのはあるが。


 因みに相撲させていたのはメアからの、オウガイさんの世界の格闘技が見て見たい、という要望に応えての事だ。

 メアは結構俺の世界の話題に食いついて来る。

 俺のことで、知らないことがあるというのが不満らしい。

 いずれは念写魔法とか作って往年の名作をこの世界に布教したりしたいものだが、今はそんな余裕もないからなぁ。


 まあ、この3日で起きた事といえばそのくらいだな。

 後は2回くらいインテリ坊主の所に獲物を届けに行ったり、宣言通り甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるメアにたっぷり甘やかされ、そのまま毎晩絞り尽くされていたというくらいだが……まあそれはいいだろう。

 挑み続けたものの、結局俺は一度も反撃する事は出来なかった、とだけ言っておく。

 全く、情けなくて涙が出てくるよ。


「しかし、この生活も今日で終わりか……」


 今は3日目の朝。

 昼過ぎにはここを発ち、石紅のところに向かわなくてはならない。

 助けると決めたのは俺自身だ。それに後悔はない。

 

 だけど……


「そんなに私との夜が名残惜しいんですか? もう。心配しなくても今夜も可愛がってあげますよ」

「ちが……くないかもな。正直、この森のこの家で、一生二人で居れたら。それだけで幸せなのにって思いはまだあるから」


 いつか。

 いつかこの生活を守る為に修羅となり、さっさとインテリ坊主たちを殲滅しておけば。

 そう後悔する日がくるかもしれない。


 あるいは女子たちを見捨てて、俺たちの生活への不可侵を約束させるのもいいかもな。

 石紅だけ解放してもらって、残りの犠牲には目を瞑るのだ。


 ……だがそれは、この生活が永遠ならの話だ。


 いずれ、終わりは来る。

 この幸せは、ラスダンを乗り越えられなければ消えてしまう。

 このままここにいても、エルフ国から、もしかしたら魔族からも追われる全国指名手配犯になってしまうのだ。


 まあ、そのままずっと愛の逃避行を続ける、というのも悪くはない。

 だが、それをしようとメアは一度も言わなかった。


 きっと俺たちが逃げれば、エルフの国は大変なことになる。

 内乱だけでは収まらず、魔族の手で本当に滅びるかもしれない。


 彼女にも王族としての責任感とか、申し訳なさとか、思う所があるのだろう。

 それなら、たとえそこが死地だとしても、俺はついていくだけだ。


 もう、メア無しで生きるなんて考えられないからな。


「……行くか」


 込み上げる思いを飲み込んで、俺は歩き出す。

 

 ま、今生の別れみたいな感じの言い方をしたが、今日もここには普通に帰って来るんだけども。

 ちょっとおセンチな気分に浸ってみたかったのだ。


 よし、ここからは切り替えていこう。



***



 転移者たちの拠点に着いたのは昼頃だった。


 俺とメアは再び木の上から近づき、様子を探っている。


 ん?もちろんここまではメアにお姫様抱っこで運んでもらったけどなにか?

 ……嘘です、いい加減恥ずかし過ぎてこの3日土魔法じゃなくて木の上を移動する練習をすればよかったと本気で後悔しました。


「いました、石紅さんです。今は……食事中みたいですね」


 メアが囁くように告げる。

 前回は魔力探知をしているのかと思ったのだが、単純にエルフというのは目がいいらしい。

 俺も小学生の頃は両目2.0とかあったが、今ではゲームのやり過ぎてギリギリ1.0くらいだ。

 元の世界ではメガネ要らないくらいあればなんでもいいと思っていたが、今になって明るく離れたところでゲームをしなかったのを後悔するとは思わなかった。


「飯の最中なら好都合だ。繋いでくれ」


 咀嚼していれば仮に無言になっても怪しくないしな。


 それに、石紅ならきっと、


『石紅さん、お久しぶりです。メアです』

『おお! 久しぶり! いつ声掛けてくるかなぁって朝からそわそわしちゃってたよ~』


 やっぱり、ずっと待っていてくれたらしい。


『3日間、いっぱいイチャイチャ出来た?』

『ええ、それはもう。オウガイさんの可愛い姿をいっぱい堪能しました』


 からかうように聞いて来る石紅に、メアが恍惚とした様子で言う。


『メア、頼むからこいつにばらすのはやめてくれ。俺死んじゃう……』


 同級生に毎晩骨抜きにされてるのをバラされるとか、本当にきつい。

 一瞬でSUN値が空になりそうだ。


『へぇ、それはそれは。是非とも詳しく聞きたいなぁ』


 あ、ダメだこれ。

 石紅のやつ完全に悪ノリスイッチが入ってやがる。


『それはいいから! まずはそっちの成果を聞かせろよ。内通者、分かったのか?』


 俺は話を無理やり遮って、本題を尋ねる。


『あー、一応分かった、とは思うんだけど』


 石紅は何故か気まずそうに言葉を濁した。


『何か不味いことでもあるのか?』

『いやぁ、何というか、確証が持ちきれない半分、言い辛い半分って感じで……』

『お前にしては珍しいな』


 石紅はやると言ったら絶対にやるやつだ。

 だから3日と言われた時も確実に結果を出すのに必要な日数なのだろうと思った。


 だからこそ、今の反応が意外だった。

 

『一応、動きから推定は出来たんだけどさ。その人が向こうに協力する理由が見つからないんだよね』

『そんなの、自分だけ逃がしてもらうとか、待遇を良くしてもらうとか、そういうのじゃないんですか?』

『そう、なのかなぁ』


 メアの言う事はもっともなのだが、石紅の中では腑に落ちない部分があるらしい。


『で、結局内通者は誰だったんだ?』


 理由を考えるにせよ、それを聞かなければ始まらない。


 だが俺は、その名前を聞いて石紅が言いにくそうにしていたわけを理解した。


『七海ちゃんだよ。晴野、七海ちゃん。葛西も知り合いなんでしょ?』



 どうやらあのクソ元カノは、この世界でも俺の邪魔をしたいらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る