第18話 コンバースと作戦会議
「ちょ、メアさん待って早いって! 俺まだ心の準備が出来てないんだけど!?」
膝をガクガクと震わせて、俺は情けなくメアを呼ぶ。
「大丈夫ですよ、落ちそうになったら私が助けてあげますから。最悪間に合わなくても治癒魔法も使えますし。即死以外は何とかして見せます」
そんな俺を、明らかに楽しそうに顔をニヤつかせて眺めるメア。
出来れば即死もカバーしておいてほしいんだけど。
復活の羽とか、死んだら教会で復活とか、この世界にはないらしい。
「さっきまでの威勢はどこに行ったんですか? もうひと頑張りだー、とかってカッコつけてたじゃないですか~」
「地上にいる時は大丈夫だと思ったんだよ……」
下を見ると、想像以上の高さに背筋がゾクりとして金玉が引っ込む。
さて、一体俺たちが何をしているのかというと、大木の枝から枝へと飛び移ろうとしている真っ最中なのだ。
ターザンというより、ナ〇トのやつだ。
この森の木、特に大木はめちゃくちゃでかい。枝は普通の木と同じくらい太いし、上を見上げても葉が多すぎて空が見えないレベル。
それを利用して、木の上を移動する事でインテリ坊主たちにバレないように石紅と出来ないかなぁと……考えたのだが、
「俺足の裏にチャクラ集められないし! 魔力じゃ集めても引っ付かないし! 滑って落ちる未来しか見えないんだけど!? ていうかメアはなんでそんな軽々出来るわけ!?」
意気揚々と風魔法でブーストして地面を蹴り跳び上がった……ところまではよかった。
だが、足場となる太い枝へと着地した瞬間、俺は思いっきり足を滑らせて頭を打った。
それはそれはもう、目から火花が飛び散る程痛かった。
いやマジで。冗談抜きで死ぬかと思った。
血が出てないというメアの言葉をいまだにちょっと疑っているくらいだ。
完全に失敗した。
漫画とかみたいに、身体能力さえ補助すればどうにかなると思っていた。
普通に考えれば履き潰したコンバースで滑りやすい枝に着地なんて出来る訳がないのだ。
最低でも金属スパイクが欲しい。
「ほらほら、こっちですよ~! 私の胸に飛び込んできてください。今なら揉みまくれるおまけ付きですよ?」
「いや揉む程な――じゃなくて、そんなの関係なくそれは俺のだよ! いつでも好きな時に揉むよ!」
殺気を感じて言葉を止めた。
後一文字余計に発していれば死なない程度に突き落とされていたかもしれない。
「はぁ……仕方ありませんね」
やがて、メアが折れた。
俺の方へと戻って来ると、颯爽と抱き上げそのまま跳び上がる。
二日連続のお姫様抱っこである。
「流石に恥ずかしいからこれは……って、待って! これ下見えないから普通に飛ぶより怖い! 無理無理無理無理!」
「オウガイさん、うるさいですよ♪」
慌てふためく俺を窘めるメアだが、どう考えても顔が楽しそうだ。
というかやたら上下移動が多い気がする。
絶対俺で遊んでるだろこいつ……
「ほら、もう着きますから。本当に静かにしてください」
メアに言われ、俺は必死で下唇を噛む。
しばらくして降ろされると、やや遠くに転移者たちの拠点が広がっていた。
屋根の外で何やら作業をしている石紅の姿もぼんやりと見える。
その近くにいる、ナナの姿も。
「——っ」
再び俺の心臓がひっくり返りそうになったその瞬間。
メアが静かに俺の手を取った。
「こうしていれば、大丈夫なんですよね」
メアの手は小さくて少し冷たくて。けれどぎゅっと強く握ってくるところから、俺を心配してくれているのが伝わってくる。
「悪い、もう大丈夫だ」
しばらくして、俺の動悸は収まっていた。
ここからだとかなり距離もあるしな。
遠くのナナより、近くのメアを気にする方がずっといい。
「しかし結構距離あるが……ここからで念話は届くのか?」
「石紅さんとは一度繋いでますし、ギリギリ届くと思います」
冷静さを取り戻した俺が尋ねると、メアは神妙な顔をしていた。
魔力でも探っているのだろうか。
もう少しくらいなら近づけなくもないだろうが、その分バレるリスクは上がる。
出来れば安全マージンは多めに取りたい。
さっきのすぐに俺たちを切り捨てる決断といい、恐らくあのインテリ坊主はかなりの慎重派っぽいしな。
どこに監視の目があるかわかったもんじゃない。
『石紅さん、聞こえますか? メアです』
しばらくしてメアが念話を発した。
すると、
『あ、メアさん! よかった~心配してたよ。昨日は大丈夫だったの?』
すぐに石紅からの返事がきた。
姿も見せずに話しかけたというのに、こいつは動じないな。
『えっと、まあ……それより突然繋いじゃいましたけど、そっちは大丈夫ですか?』
むしろメアの方が呆気に取られている。
『こっちは保存食とか作ってるだけだしね。あんな別れ方だったし、こういう事もあるかな~って24時間バッチリ構えてたから!』
流石成績上位者。そういうところまでしっかり頭が回るな。
でも俺たちもそこまで非常識じゃない。出来れば夜は寝ておいてくれ。
『悪いな、昨日は突然あんなことになって』
『お、葛西だ。思ったより元気そうだね。私は気にしてないから謝らなくていいよ~!』
能天気に笑いながら手をぶんぶん振る石紅の姿が目に浮かぶ。
『そうか、助かる。それで……あの後そっちはどうなったんだ?』
『あ~……結構大変だったよ? 何人かはメアさんの魔法見ちゃったから、あれはなんだって結構騒ぎになって。結局メアさんを特殊な技を使う危険な異世界人だって事にして、もう関わらないように言い含めてた。一応私と、後七海ちゃんも呼び出されたけど、私の方は中学の知り合いだって話しただけで終わったよ』
なるほど。
インテリ坊主が俺たちを切りたかった理由はそれか。
昨日の事を全部メアのせいにしたのならそりゃ、もう関わりたくないだろう。
むしろ食料調達ですらよく認めたものだ。
『やっぱり、昨日のはやり過ぎでしたかね……』
メアが沈んだ声で俯く。
『気にするな。一応、インテリ坊主たちとの関係は何とかなったわけだし。それに、俺の為に怒ってくれたんだろ? 俺はその気持ちがなによりも嬉しいよ』
『オウガイさん……!』
頭を撫で、抱き寄せると、メアが輝いた目でこちらを見てくる。
その瞳の綺麗さに、思わず吸い寄せられていき――、
『ねえ、二人は一緒にいるんだよね? いちゃつくなら念話使わないでやってよっ!』
石紅からのツッコミではっと我に返った。
危なかった。危うくこんなところで空中四十八手に挑戦するところだった。
あ、でもスパイ〇ーマンキスとか、今度やってみようかな。
魔法使えば出来そうだし。
……って、今はそれどころじゃない。
『ま、そっちの状況は概ね分かった。そろそろ本題に入ろう。魔法の事だ』
昨日は俺のせいで教え損ねてしまったが、彼女たちが奴隷にされないために魔法を覚えるのは不可欠の要素だからな。
『使い方を教えること自体は今みたいに念話で出来ると思うんだが……男たちにバレずに練習できる方法、何か思いつくか?』
この世界の魔法は熟練度制。つまり使ってなんぼだ。
理論を覚えた所で本番では使い物にならないだろう。
だが恐らく、インテリ坊主の監視は厳しい。
昨日の一件があったなら尚更だ。
最悪夜中にこっそり抜け出してもらうしかないかもしれない。
そう思っていたのだが、
『それなら大丈夫だと思うよ。木のみとかキノコとか、狩り以外の食料集めは私たちもやってるから。人数が人数だからね、いつもはぼーっとしてる子たちも、それだけはきちんと働いてくれるんだ。危ないから拠点周辺しか回らないけど、その時間なら監視の目も誤魔化せると思うよ』
確かにそれなら魔法の練習にはうってつけだ。
いやしかし、
『それ、石紅以外にも何人か行くだろ? 昨日盗み聞きした限りじゃ、女子の中にも内通者がいるらしいぞ』
『え、嘘マジ? じゃあまずはそれを探すところからかなぁ。3日くらいあればなんとかなると思うんだけど……それまで待ってもらっていい?』
『待つのはいいが……あんまり時間がかかると男共が先に動いちゃわないか?』
『そこも大丈夫だと思うよ。今は葛西たちの警戒に手一杯だろうし。何なら頻繁に接触してあげれば計画遅延間違いなしだよ! ……あんまりやり過ぎると二人にヘイト向いちゃうかもしれないけどね』
それはそれで困るな。
万が一帰って来た時にはログハウスが壊されてましたとかってなったら……しょうじきめっちゃ落ち込む。
『気にしなくていいですよ。彼らはそんなに強くないですから』
そういうの分かるのだろうか。
まあメアが言うなら大丈夫か。
この世で一番信用できるのはメアの言葉だ。
二番目はない。
『それじゃ、3日後にまた連絡する。……しくじるなよ?』
俺が煽るように言うと、
『中学の時、いじめられそうになってた葛西を主犯炙り出して裏でこっそり助けてあげたのは誰だと思ってるの?』
石紅はそう不敵に笑って念話は切れた。
え、待って俺いじめられそうになってたの?
そんなの知らないんだけど。
ていうか裏でこっそりしたなら俺が知るはずないじゃねえか。
よし、次話した時絶対問い詰めよう。
俺はそう固く心に決めた。
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